その後のドラゴンクエスト7   作:本城淳

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その後のホンダラとオルカ

「はぁ………相変わらずあっついわねぇ……」

 

燦々と輝く太陽に照らされ、文句を言いながら手拭いで汗を拭うマリベル。

大地に光を降り注ぎ、世界に明るさと暖かさをもたらす恵みの太陽が今はただだだ恨めしい。

ここは砂漠。

ホンダラ達の一攫千金騒動からしばらくが経ったある日のこと。アルスとマリベルは公務で砂漠の国を訪れていた。

と言っても目的地は砂漠の城ではなく、その東南に位置している砂漠の村だ。

 

「大体アルス!?なんであんたは砂漠の村をルーラの行き先に登録してないのよ!」

「だって仕方がないじゃないか。砂漠の城と村はそれほど距離が離れてないんだから」

「無駄にフィッシュベルとグランエスタードと神殿を登録しているのに?」

「うぐっ!」

 

言われてみればアルスはフィッシュベル、グランエスタード、石板が納められている謎の神殿と小さな島であるエスタード島に3ヶ所もルーラの行き先に指定している。

逆に大陸の大半を埋め尽くしているこの砂漠には砂漠の城と大地の精霊像くらいしかルーラの行き先には登録していなかった。

 

「もういっそのこと、レブレサックを外して砂漠の村をルーラの行き先にしたら?」

「それはそれで問題じゃないかな……」

 

レブレサックとは砂漠の大陸の北東に位置する村だが、エデンの戦士達の間ではレブレサックに対する印象はあまり良いものとは言えない。

というのもレブレサックは排他的な地域であり、過去の世界でも現代でも、冒険していた頃のアルス達はお世辞にも良い思い出があったとは言えない場所だ。

特に良く言えば純粋、悪く言えば幼く、物事の裏を感じるのが得意ではないガボはレブレサックの事を嫌っている節がある。

ガボが顕著過ぎるだけで、マリベルもレブレサックは嫌いな土地であり、アルスも極力なら関わりたくない土地だったりする。

大人の事情を察したメルビンや、どことなく大人びているアイラはそれも仕方なしと諦めているが、アルスやマリベルはまだ二十歳を迎える前の少年少女。

その辺の大人の事情を察するにはまだまだ若すぎる。

特にこの大陸は自分達を救世主として来る度に過剰にもてなしてくれる砂漠の国の存在があるので、余計に温度差を感じてしまうのである。

 

「気持ちはわからなく無いけど、それだとレブレサックに用事がある時は困るよ……レブレサックに行くのにわざわざ砂漠のド真ん中から歩かなくちゃならないんだからさ……」

「ふん!あんな村、放っておけば良いのよ!」

「そんなワケにもいかないって………」

 

レブレサックの現在は政治的に厳しい状況になっている。

理由はその排他的な気風だ。

オルゴ・デミーラが現れるまでは外からの移住者に対して歓迎的な態度をとる村だったが、魔王の復活の時にその本性が表に出てしまった。

村に訪れる者を徹底的に排除しようとし、あろうことか少し前に移住してきた者まで排除しようとする始末。

世界の情勢を見て回っていたアルス達が、宿をとることも出来ずに追い返された事も記憶に新しい。

そんな村人の態度に移民者は嫌気が差し、また別の町へと移住してしまった。

世界が平和になった現在は元のように表向きは取り繕っていても、件の移住者によって広まった噂が広まり、レブレサックは世界から白い目で見られてしまっている。

エデンの戦士達が宿屋から追い返された事も噂になっているのだとか。

さすがは世界の話題の人とも言えるエデンの戦士達。

事を大きくしないように本人達が黙っていても、そういうことは瞬く間に広がってしまうのだろう。

今は魔王の脅威が取り払われたばかりで人類同士が争っている時ではないが、いつまた人間同士が争う時代がやって来てもおかしくはない。

レブレサックにとって不運なのは、エデンの戦士達に対して好意的な砂漠の国が隣国であることだろう。

砂漠の民はエデンの戦士達を同族として扱っている。

砂漠の厳しい環境に生きる彼らの同族意識は非常に高く、戦争にこそ発展はしていないが、砂漠の民とレブレサックの関係は特に冷えきっている。

アルス達も事を大きくしたくはないから間に入って仲裁のような事をしている。

ルーラの行き先にレブレサックを消せないのにはそういう理由からだ。

だが、心情的にはレブレサックの擁護はあまり気が乗らない。

レブレサックが排他的になっているのは過去の出来事による伝承が原因なのだが、その伝承が歪められて伝わってしまっているのだ。

レブレサックも過去の時代に魔物の侵攻によって苦しめられた事があり、それが村に伝わっている神父と黄金の女神像、そして旅人の伝説だ。

レブレサックの歪められた伝説では旅人に化けた魔物が村を襲い、それを勇敢な神父が村人と共に追い返したと言うもの。

しかし、真実は異なり、魔物に苦しめられていた村を救ったのが旅人だった。そして、その旅人とは過去の世界を旅していたアルス達本人だ。

すべては魔物が悪かった。レブレサックの村人だって被害者だった。

メルビンがそう言うように、頭ではそう割りきるつもりではいるものの、アルス達が苦労して救った村なのに、その歴史が改竄されて悪者にされてしまっているのだから、さすがのお人好しが服を着ていると言われているアルスだって一言くらいは言いたくなるだろう。

世間では英雄だの救世主だの言われているが、アルスだってまだまだ幼い人の子なのだから。

 

「今日はレブレサックに用があるわけじゃないから良いじゃないか」

「そんなの当たり前よ。だったら最初からレブレサックにルーラをしているわよ!あたしが言いたいのは何でこのカンカン照りの砂漠の中をわざわざ歩いて族長の所まで行かなくちゃならないのかって事よ!」

「そんなに歩くのが嫌だったのなら、島の神殿にある旅の扉で砂漠に来た方が良かったんじゃ無いかな……ほら、あの丘にある……さ」

「うぐっ!」

 

今度はマリベルが言葉を詰まらせる番だった。

アルスが指摘した通り、エスタード島にある謎の神殿と砂漠の城と村の中間にある丘は旅の扉と言われているワープゾーンで繋がっている。

ついでに言えば、神殿まではルーラで行くことが出来るので、同じルーラを使うのであれば砂漠の城までルーラを使うよりも、神殿までルーラで行ってから旅の扉で砂漠の丘まで来た方が時間的にも体力的にも余裕が出来る道程だった。

 

(何でわざわざマリベルはこんな手間のかかる事をしたんだろう?マリベルって頭は良いくせに、時々こんな天然な事をやるよね?)

 

とか思うアルス。

もちろん、そんな事はマリベルだってわかっている。

しかし、これはマリベルが少しでも長く、アルスと一緒に行動したいという乙女の心情からだったのだが、ニブチンのアルスにそんな乙女の心を理解しろというのは酷な事だった。

理解できるのならば、この二人の幼馴染みはとっくの昔に関係が変わっていたことだろう。

そして、マリベルの「二人きりのお散歩デート」計画は最初こそ目論見通りであったのだが、それはすぐに破綻することになる。

マリベルはすっかり忘れていたことなのだが、日中の砂漠はとてつもなく暑い。「暑い」というよりかは「熱い」と言い替えても良いくらいに熱い。

そしてマリベルという少女の忍耐力は、島の住民からは「同行する幼馴染みに吸収されているのでは無いか?」と言われているくらいには恐ろしく低い。

あまりの熱さに我慢できず、地団駄を踏んでいつものワガママお嬢様の出来上がりとなってしまったのである。

ここで少しでもか弱い素振りでも見せて普段のギャップを演じる事が出来ればアルスへのアピールにでもなったのであろうが……。

もっとも、相手は朴念仁の見本を地で行くアルス。例えマリベルがか弱いお嬢様を演じきったとしても

「え?マリベルどうしちゃったの?いつもならここで癇癪を起こしてるよね?」

の一言で結局はマリベルを怒らせてしまうのだろうが。

付き合いが長いということは良いことばかりでもない。

結局この二人の関係は中々進まない運命ということなのだろうか?

閑話休題

 

「んもう!わ、わかってるのなら最初から言いなさいよ!本当にいつまでたってもあんたって遅くなってから気が付くんだから!」

「え?これって僕のせいなの?」

「当たり前じゃない!あんたがすぐに気が付けば、こんなに汗だくで砂漠を歩くことなんて無かったんだから!とにかく、丁度中間点なんだから、あの丘で休憩をするわよ!」

「はいはい。わかったよ。じゃあ少し休んで行こうか」

 

相手がアルスで無かったのならば、とっくに絶交をされていてもおかしくない物言いなのだが、そこは付き合いの長いアルス。どんなに理不尽な癇癪を起こされても溜め息混じりの苦笑いで受け流し、素直にマリベルのワガママを受け入れる。

 

「あ~……あっつぅ……族長の所に着いたなら、すぐにでもお風呂に入ろうかしら……村のオアシスで水浴びでも良いわね。神秘のビキニを持ってきてるから、周りの目を気にしなくても良いし」

「砂漠での水は貴重なんだから……」

「キィィィ!だったらアルスがフィッシュベルまで戻って水を持ってきなさいよ!ほら、そこに旅の扉があるんだから、ルーラでフィッシュベルまで戻って、水を調達して神殿から来ればすぐじゃない!」

「わーい。僕たちがわざわざ半日かけて歩いたのってなんだったんだろうねー?」

 

最初からそうしていれば、今頃は目的地に到着していたのであろうにと思うアルス。目尻にホロリと光るものが見えるような気もするが、砂漠の熱さにその涙もすぐに乾いてしまうだろう。

 

「うるさい!だったらせめてこの水筒の水を冷しなさいよ!」

「……ヒャドも使えないんだけど?」

 

持参してきた水は既に温くなりきっている。そして、アルスが使える呪文で氷の呪文や特技はヒャダルコくらいのもので、それは既に冷やすとかのレベルを軽く越えてただの攻撃だ。

水筒もろともマリベルを傷付ける。

 

「あたしがアルスにマヒャドをかけてヒンヤリするとか?」

「僕がヒンヤリを通り越しちゃうんだけど!?それだったらフィッシュベルまで水を鳥に戻った方が良いんだけど!大体、何でマヒャド!?ヒャダルコじゃなくて何でマヒャドなの!?」

「え?だってアルス、マヒャドくらいじゃどうってことないじゃない」

「死なないけど!確かに今さらマヒャド一発くらいで死なないけどさ!痛いものは痛いんだからね!?」

 

確かに今のアルスがマヒャドを食らったくらいでは死にはしない。が、全く効かないと言うわけではない。いくらマリベルに甘いアルスでも、体力の何割かを削られる行為を甘んじて受けるほどお人好しではない。

 

「そこのお二人さーん!冷たい水なんていかがですかーい!」

 

半ば熱さでやられていて、普段のじゃれ愛……ではなくジャレ合いを通り越したやり取りになりつつあった二人に、何やら聞き覚えのある声が耳に届く。

 

「え?叔父さん?」

「……何でこんなところにいるのよ……」

 

そこにいたのはホンダラだった。

よく見れば前にこの丘に来たときには無かったテントが立っており、ホンダラはそこで何やら商売をしているような感じである。

 

「商売だよ、商売。ほら、ここは砂漠の城と村を結ぶ中間点だろ?そこで………」

 

ホンダラはコップを鞄から取りだし、龜から柄杓で水を注いでから……

 

「ヒャド!」

 

弱めのヒャドを唱えてコップに氷を入れる。

 

「すごい!ヒャドを完璧にコントロールしている!」

「へへーん!だろ?俺様の手にかかりゃ、こんなもんよ!」

 

如何に氷系最弱呪文のヒャドとはいえ、攻撃魔法。

コントロールを誤れば、コップごと自分の手を傷付けてしまう。それをホンダラは完璧にコントロールをし、氷水を作り出してしまっていた。

 

「ふーん……少しは見直したわ。大方、魔力が低いからヒャドをコントロールをするのもそれほど苦労は無かったでしょうけど」

 

とはいえ、マリベルは悔しかった。

魔力コントロールの上手さはマリベルの方が上だ。しかし、マリベルが使える最弱の氷系呪文はヒャダルコ。ヒャドを覚えるには死神貴族の職を経験しなければならない。

マリベルは死神貴族のモンスター職には就いていない。というより、モンスター職そのものに就いていない。

年頃の女の子であるマリベルが、例え仮の姿だったにしてもモンスターの姿に変わるのは我慢できなかった。

しかも死神貴族はスケルトンの騎士だ。

ただでさえなりたくないモンスター職なのに、その上アンデットになるなど耐えられない。

エデンの戦士達の中で躊躇なくモンスター職になったのはガボくらいのものだ。

 

「ほら、ここじゃ水は貴重だろ?しかもキンキンに冷えた水ともなれば誰だって欲しいじゃねぇか。それで俺様はここで氷水を売る商売を考えたって訳よ。一杯20ゴールド……なっ!ほれ、払えよ」

「ぼったくりじゃない!何よその値段!たかがコップ一杯の氷水で20ゴールド!?クレージュのおいしい水だってもう少し安いわよ!それも口を付けてから値段を要求するなんて!詐欺よ詐欺!」

 

世界樹の効果により、清らかな美味しい水で有名なクレージュの水だってここまで高くはない。

下手な宿屋よりも高い値段設定に怒るマリベル。

 

「何言ってるんだよ。ここは砂漠だぜ?さ・ば・く。こんな場所で冷えた水を飲めるんだ。クレージュの水なんかよりもよっぽど貴重だぜ?砂漠価格ってヤツだよ」

「あ、足下を見たわね……ア・ホンダラー!」

「世の中ここだぜ?こ・こ」

 

マリベルを小馬鹿にしたにやけ笑いをしながら、ホンダラは自分の頭を指でつつく。

 

(相変わらずセコいお金稼ぎをすることに関しては頭が働くなぁ……いつものに比べたら需要があるけど…。これも冒険の成果なのかなぁ……)

 

もはやこれにはアルスも苦笑いをするしかなかった。

そもそも龜を満たす程の水をここまで運ぶのだって一苦労だろう。

しかし、ホンダラという男は金稼ぎの為ならば、どんな苦労も厭わない。そういうところは素直に感心するとアルスは思う。

ゴールデンスライムで一攫千金を狙える強さを手に入れる苦労は嫌だが、セコい小遣い稼ぎをする苦労はするホンダラの努力のあり方はどうかとも思うのだが……。

 

(叔父さんらしいと言えば叔父さんらしい結果……なのかなぁ……アハハハハ……ハァ……)

 

アルスの乾いた笑いが砂漠の風に溶けて消えていった。

 

 

リートルード……バロック橋

お洒落屋

 

散々だった砂漠の村までのデートから数日後、マリベルはリートルードのお洒落屋を冷やかしに来ていた。

 

(フンフンフーン♪新作のドレスは出来てるかしらぁ♪)

 

ツンデレな中身はともかくとして、元々の外面の可愛さもあって、かっこよさランキングの常連となっているマリベル。特に掲示板を確認せずともお洒落屋は、顔パス出来るマリベルの休日を過ごすお気に入りのスポットの一つとなっていた。

クレージュの宿屋で世界樹をバックにお茶をするか、ルーメンのモンスターパークでホイミスライムと戯れるか、そしてバロック橋のお洒落屋を冷やかした後に喫茶店のハーブティーを楽しむか……。

最近のマリベルの楽しみ方は大体こんなものだ。

お洒落屋の方もかっこよさランキング常連のマリベルが来ればそれだけで宣伝になるので、たとえ何も買わなかったにしても特に何も言わないし、リートルードと言えばファッションの最先端。

流行に敏感なところはマリベルもやはり乙女だと言うところだろう。

ここに来るときだけはマリベルも普段着や冒険の格好ではなく、いつも以上に身なりを気にしてやって来る。

自身がファッションリーダーの一人である自覚の現れとも言える。それがあるからこそ、マリベルのランキングが常に上位にいると言っても過言ではない。

リートルードに来るときはわざわざダーマでスーパースターに転職してからやって来る程の徹底ぶりだ。

 

「キャー!マリベル様よ!さすがはランキング常連よね!」

「美しさの中に垣間見える可憐さ……憧れちゃうなぁ……」

 

うっとりと頬を染める女性の声に悪い気はしないマリベル。

 

(ふふーん。そりゃ努力をしてるもの……ファッションだけじゃなくて、知識も仕種もね♪アルスも早くあたしの美しさに気付きなさいよ♪)

 

上機嫌のマリベル。

しかし……それはすぐに下降することになる。

 

「やぁマリベル。いらっしゃい。綺麗に着飾っているから最初は誰だかわからなかったよ」

「げっ………オルカ………あんた本当にここに弟子入りしたのね………」

 

店番に立っているのは再びグランエスタードから家を出た仕立て屋のオルカだった。

今度こそ本当にやりたいことを見つけたオルカは、以前よりも幾分か輝いており、少しだけかっこよくなっている。

一方でマリベルは昔からの自分を知っている人物の登場に思わず素の部分を出してしまった。

 

「あれ?今………」

(やばっ!今はよそ行きの格好だから……)

 

武器にもなる月の扇で口許を隠し、立ち居住まいを正すマリベル。スーパースターのかっこよさ補正があるとは言え、淑女を演じるのも大変である。

ライバルは他にもアイラやリーサ、グレーテにレファーナ等、アルスを巡って女の戦いを繰り広げている世界が注目する美女達だ。妙な事で評判を落とすわけにはいかない。

 

「オホホホホ!久し振りね、オルカ。仕事には慣れたかしら?オホホホホ」

「え?誰お前……。気持ち悪い。本当にマリベル?」

「気持ち悪いって何?死の躍りでも踊ってあげようかしら?それとも剣の舞が良い?今は天地雷鳴師じゃないからザオリクは使えないわよ?」

「あ………マリベルだ」

 

もっとも、天地雷鳴師だったならば先にザラキーマやジゴスパーク等の災害級の大呪文を放っていた可能性があるが。

そもそもザオリクで生き返らせる事が前提の、一度地獄に落とすつもりなのが怖い。

 

「仕事かぁ……仕事ね。今はまだ店の掃除だったり、道具を運んだりの雑用しかやらせてもらってないさ。まだ針の1つも握らせて貰ってないよ。そりゃ入ったばかりの下っ端なんて、こんなもんだろ?」

「え?だってあんた、グランエスタードじゃあ……」

「田舎にある実家の雑貨屋に毛が生えた店と、ここみたいな専門店じゃ比べるのもおこがましいぜ。勉強することはまだまだ多いんだぜ?さすがはリートルードだな」

「へぇ……変に自信家だったあんたが……ねぇ」

 

ホンダラとは違って、あの冒険で商人としての自覚に目覚めたオルカは憑き物が落ちたかのようにスッキリとした顔をしていた。

 

「ここの服でセンスを磨いて、いつかはグランエスタードに戻って世界一の……」

 

オルカは目をキラキラと輝かせながら少年のように夢を語る。

マリベルの脳裏には渋い声で『しょ○ーねんー♪じだーいのー♪見果て○あの夢~♪いまー○もー♪ここー○にー♪抱き続○てる~♪』という歌の幻聴が聞こえた気がした。

が………。

 

「世界一の銅の剣と旅人の服を作って見せる!」

 

ガクッ!

『履き続けて○た靴の数と♪同じ数○けの夢達♪』と幻聴の歌が良い感じで盛り上がったところでずっこけるマリベル。

 

「それはもう銅の剣と旅人の服じゃないわよ!そこまでの技術があるならもっと作るべき物があるでしょ!何でその2つなのよ!」

「あ、『超カッコいいお鍋の蓋』とか『お洒落な木の帽子』も忘れちゃいけないよか?」

「ずれてるわ……あんた、やっぱりどこかセンスがおかしいわよ……お鍋の蓋は料理道具よ?防具じゃないのよ?わかってるの?」

 

無駄にお洒落な『銅の剣』『お鍋の蓋』『旅人の服』『木の帽子』の姿になったアルスを想像して冷や汗が出るマリベル。逆にカッコ悪い気がするのは気のせいでは無いだろう。

普段、ツッコミに回るはずのアルスやアイラがいないのでマリベルがやるしかない。

こんな形でアルスを求める日が来るとは思わなかったマリベル。

 

「それよりもマリベル。アルスとはそれからどうだ?」

「な、何よいきなり……あ、アイツとはまだ……そ、その……普通よ……普通。あ、あんたには……関係ないでしょ?」

 

頬を赤らめて答えるマリベル。

オルカは本人がいないんだから意地を張らなくても良いのにと内心で溜め息を吐く。

昔はそれで自分にもまだチャンスはあると勘違いしたものだが……。

 

(良くもそんな勘違いが出来ていたものだよな……)

 

と、今では冷静に過去の自分を振り返る事が出来るくらいには心の整理が出来ていた。

 

「いや……まぁ……確かに俺には関係のない話だけどな?変な噂を耳にしたから……」

「変な噂?」

 

マーディラスと並んで世界有数の芸術の町、リートルード。特にこのバロック橋には世界一のハーブティーが楽しめる喫茶店があるのだ。

つまり、芸術の町=恋の町。

お洒落なカフェ=貴婦人の噂の発信地。

リートルードのカフェ=恋のゴシック話の発信地。

しかも話題となるのは世界の救世主であるアルスやマリベルのような、現代地球でいうところの大物有名人のゴシックともなれば話題にこと欠かない。

 

「いや、お前が砂漠の村の族長の三つ子と結婚するとかなんとかの変な噂が……」

 

確かに先日、マリベルはアルスと共に砂漠の村に足を運んだ。

族長から相談があるとエスタード王を通じて聞き、赴いた。

内容は次の族長候補についてだ。

最有力候補だった末っ子のサイードが姿を眩ませてしまい、誰が族長になるべきかを真剣に悩んでいるという内容だった。

いっそ、砂漠の救い主であるアルスが族長になってはどうかという話も飛び交った。

そして伝説のハディート王と女王フェデルのようにアルスと女王ネフティスが結婚するのはどうか?とかという冗談とも本気とも取れない内容も飛び交った。(少なくともマリベルから見た族長の目は本気だった)

そして件の族長の三つ子……一族からも3バカと言われる息子達が乱入してきて、自分達の誰かがマリベルと結婚して族長を継げば良いという「寝言は寝てから言え!」と叫びたくなる与太話まで出てきた。

どの話もマリベルが即座に潰したが。

特に最後の話に至ってはマリベルが本気でジゴスパークの詠唱を始め、アルスが即座に止めるという騒動にまで発展した。

騒動の原因たる3バカは逃げた。メタルキングもかくやという勢いで逃げ去った。砂漠地方が魔王によって封印され、城が魔物に襲われた時には普段からは考えられない程の逃げ足を披露したのだが、その逃げ足に衰えは無かった。むしろ更に磨きがかかっていた。

それで懲りたと思っていたのだが、3バカはその事をさも決定事項のように吹聴したのだとか。

「やはり後でキッチリとシメるべきであろうか?」と考えるマリベルだが、それよりもまずは気になることがある。

あまりにもリートルードに伝わるのが早すぎるのではないのか?と………。

 

「オルカ。その情報の発信源は誰?」

「ん?そう言えば最近、砂漠の城と村の間に喫茶店が出来たらしいぜ?そこで噂されてるとか……」

「旅の扉の休息地に喫茶店?まさか……」

 

それはとてもではないが喫茶店と呼べる代物ではない。

喫茶ではなく喫水店だ。それもぼったくりバーも真っ青なレベルのぼったくり店だ。

そしてその店主は………。

俯くマリベル。影を背負ったその姿は世界的スーパースターのそれでは決してない。

その時の彼女の姿を目撃した者はこう語る。

「オルゴ・デミーラの再来かと思った……あの時の彼女は魔王よりも魔王だった……」と。

 

「マリベル?」

「まずはダーマね………そして天地雷鳴師に転職よ……ジゴスパークは確実よね?ウフフフ……ウフフフ♪」

 

彼女の耳にオルカの声は届かない。

 

「何が悲しくて魔王討伐の邪魔をしたあの3バカとくっつかなくちゃいけないのよ……。例えアルスとダメになったとしても、あの3バカはないわ……。そうなるくらいだったらサイード……ううん、ガボやメルビン……最悪オルカやブレシオさんの息子の方がマシよ……」

「え?俺、浮浪者と見まがうくらいの人物と同一で見られちゃってるの?ひどくね?」

 

ワナワナと震えるマリベル。既にマリベルには周囲が全く見えていないだろう。

スーパースターなのに下手をしたらその辺にいるバトルマスターすらも裸足で逃げ出す闘気をマリベルは醸し出していた。

 

「あのア・ホンダラ……そこまであたしが嫌い?そう…そうなのね……良いわ。あんたのハラワタを引きずり出して、二度と再生出来ないようにしてあげる……」

 

ゆらりゆらりと外へと歩き、そして………。

 

「ルーラ!」

 

「あーあ……しーらね」

 

ボリボリと頭をかくオルカ。

 

「まったく……その程度で揺らぐような関係じゃねーだろう?お前とアルスの関係はよ……」

 

かつてはその関係に嫉妬した。

どうにかしてマリベルを振り向かせたかった。

アルスからマウントを取って優位に立ちたかった。

そのどれもが無駄だったと知りつつも……。

 

「こうして第三者として見ている分には、もどかしつつも面白いけどな」

「オルカァァァ!サボってないで早く道具を運んでこい!」

「やべ!すいません!親方ぁぁぁぁ!」

 

慌てて仕事に戻るオルカ。

最後にもうマリベルが出ていった一度扉を見て…。

 

「頑張れよ、マリベル」

 

この日、砂漠地方の南東に血の雨が降り注いだ。

 

ホンダラ&オルカ編……終わり




ゲーム的には砂漠の城までルーラを使い、トヘロスを使って歩いた方が早いのですが、現実に生きるアルス達にとっては旅の扉を使った方が早いよね?とか想像してみた本城です。

マリベルが落ち要員になりました。何でこんなことに…

それでは次回もよろしくお願いいたします。

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