リーンリリーンと鐘の音が広くない部屋に広がった。
パソコンでの書類整理の手を止め、音源へと近づく。
音の正体は、カウンターの横に設置された
長方形の箱に二つ付いた鐘は、今も電話に出る者へと呼び続けている。
今部屋には俺だけなので、当然受話器を上げ耳へと当てた。
「はい、ARIAカンパニーです」
慣れた手順で電話相手に呼びかける。
相手はお客のようだった。
用件を聞き、それに対応し、終われば「ありがとうございました。ではその日お待ちしております」という言葉を最後に受話器を置く。もちろん相手が切るのを待ってからだ。ここ数ヶ月で覚えたマナーだ。
決まった事項を部屋の本棚の横壁に設置されたホワイトボードに書き記し、先程の仕事へと戻っていく。
この一連の作業が、水先案内店「ARIAカンパニー」での主な俺の仕事になっている。入社当初は仕事は拙く遅かった。入力ミスに、電話対応は右往左往。唯一小さな才能を見せたのは以外にもお茶入れだった。
どれだけ上司に迷惑を掛けたか分からない。ただでさえ忙しいのに、上司はその苦労をおくびにも出さず指導をしてくれたことは恩に感じている。
キーボードに手を置き、作業開始というときカウンターから澄んだ空気によく響く声が聞こえた。
「透さん! 水無灯里ただいま帰りました!」
「ああ。おかえり、灯里」
モニターから視線を上げれば、カウンターから乗り出すように上半身を部屋へと入れている。白を基調とした生地に青のラインをあしらった、ARIAカンパニーの制服が視界に入る。
今にも部屋へと転がってきそうな体から、もみあげの位置で腰まで届きそうなほど伸ばした髪が中空で踊り、輝くような満面の笑みで、入社時期でいえば俺より先輩、この火星「AQUA」ではじめて知り合った少女がいた。
「今日は早かったな。……そういえばこの後はアリシアさんと練習だったか」
「はひっ、その通りです。早く一人前になるため、今日も頑張りますよー!」
握りこぶしを振り上げ、おーと気合を入れる灯里。
その仕草に自然と笑みが浮かぶ。
「ぷい~~っ! ぷいにゅ~~」
どこか切羽詰った、しかし気の抜けるような声に視線を向けると、灯里の横から小さな手がニョキッと生える。それは人の手ではなかった。まん丸な三本の指、ニクキュウをプルプルと震わせながら必死にカウンターを掴んでいる。次に尖った耳が生え、丸い眉毛が見え、見知った顔が姿を現す。
アリア社長。ARIAカンパニーと同じ名で呼ばれる猫は、信じられないことにこの会社の社長だった。
水先案内店では、知能が高い火星猫の中でも青い瞳を持つ猫を「アクアマリンの瞳」と呼ばれ、守り神として店の象徴している。
しかし、社長としてはその贅肉で丸々としたシルエットは(ある意味社長っぽいが……)、威厳が見えない。まぁそこは愛らしさと相殺で、気にしないことにしている。
やっとのことでカウンターへと登頂したアリア社長は、誇らしそうに胸を張る。が、すぐにぼよんと重力に従い贅肉が落ちた。
「アリア社長もお帰り」
「ぷいにゃっ」
跳ねるようにカウンターから跳び、当然のように地面へと落ちるも直ぐに起き上がり俺へと抱きついてきた。
「あいかわらず、アリア社長と透さんは仲良しさんですね」
「まぁ悪いよりはいいな。アリシアさんはまだ帰ってきてないし、お茶でも入れるか」
「あっ、それなら私が」
「いいって、灯里は練習で疲れてるだろ? アリシアさんが帰るまで休んでおけ。それとも疲れてアリシアさんの前で失敗してもいいのか?」
「はひっ?! じゃあ透さんお願いします」
「まかせとけ。ここに来て一番上手くなった分野だからな」
俺は軽く手を振り、隣室にある厨房へと足を向ける。ふと目端に映ったのは、びっしりとスケジュールが書き込まれたホワイトボード。今日書き込んだ日にちを見て、ほんの数ヶ月前を思い出す。
……5ヶ月か。
AQUAへとやってきて、ARIAカンパニーに入社してから、たった時間は矢のようで正直記憶が定かでない部分もある。
それでも思い出せるのは灯里とアリア社長との出会いの日。AQUAへとやってきた一日目の出来事。
初夏の日差しが照りつける、暑い夏の日を思い返した。