とある佐天の裏技遊戯(ニューゲーム)   作:RB_Broader

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佐天涙子(魔術の光を宿す身にて『私』に目覚めし魔術師にして能力者)

 ハディトと激突した有翼の太陽の蛇(ケツァルコアトル)は、眩い炎の煌めきを発した後、ほぼ消し炭と化していた。

 どうやら、エネルギーを凝縮して作られた巨大な炎の塊は、セレマの術式で相殺されたようだ。

 

 ……やったんだ。あたし。

 って、何であたしがこんな事を……?

 

 …………!!!

 

 そうだ。あたしは全部見ていた。というより、憶えている。

 あたし──佐天涙子(さてんるいこ)は今の今まで、ずっと魔女(テレスティーナ)と戦ってた。

 『風の剣(イエラヒア)』でコインを飛ばしたり、イェザレルのカードを起爆札として使ったり。

 『氷の巨人(フリームスルス)』を召喚したり、水と風の複合属性魔術で高速移動したり。

 農業ビルに『神殺しの魔法の杖(ayngbalu)』のルーンを刻んで、巨大な炎剣(レーヴァテイン)を生み出して振り回したり。

 

 ははっ……信じられない……こんな事、できちゃうなんて。

 まるで、()()()()()()()みたい……!

 だけど……とにかく、この感覚を……忘れないようにしないと……。

 

 その時、私は思い出した。

 私じゃない(おれ)が、今まで何を考えていたかを。そして、()()()()()()だったのかを。

 

 ……ッ!!

 

 つらい。

 心が、潰れそうになる。

 息が、止まった。

 

 だが、そんな私に自省する暇など与えぬとばかりに、目の前に()が迫っていた。

 

「てンンンめェェェェーー!!!!! 何度邪魔すりゃ気が済むンだよォ!?!?!? こンの、クソガキィィィィィ!!!!!!」

 

 完全に発狂した魔女が、有翼の蛇と一体化し、半人半蛇で背中に翼の生えた怪物となったのだ。

 ついでに両肩から蛇の頭が二つ生えており、キングギドラみたいになっていた。

 

 ギリシャ神話の蛇女『エキドナ』と、両肩に蛇を生やした悪王『ザッハーク』の悪魔合体?

 さっきまでは『有翼の龍蛇(アジ・ダハーカ)』、『旱魃を起こす巨大な蛇(ヴリトラ)』、『羽毛ある蛇(ケツァルコアトル)』だったけど。

 どんだけ蛇好きなのよ、このクソババア。てか、もう人間辞めちゃってるし。

 

 ……と、呆れてる場合じゃない。さっさと逃げないと。って、高速移動できない!?

 そうだった……水と風の複合属性魔術は既に切れてるんだった。

 てか、あたしじゃこんなの使えないし! どうやって起動したんだっけ!?

 『騎馬のルーン(ライゾ(Raiđō))』は残ってるけど、間に合わない!

 蛇女(アイツ)の動き、速すぎる!

 こうなったら──!!

 

「──温にして

 

「すごい……ガード!!」

 

 ドゴォォォォン!!

 

 気付いたら、私の目の前に、白い学ランと白ハチマキをはためかせる根性男の後ろ姿があった。

 毒蛇に噛まれて動けなくなったところを弾き飛ばされビルに突っ込んでから、復活したのだ。

 そして、蛇女(テレスティーナ)の猛攻を何だかよく分からない技で完全に防ぎ切る。

 

 チュドォォォーーーン!!

 

 ついでに、周囲からカラフルな煙を外側へ向け全方位に発射し、爆風で蛇女を吹き飛ばした。

 

「……ッ! てめェッ! どうやって復活した!? 蛇の毒は動けるようなモンじゃ……!」

 

「それは、根性だッ!!」

 

 …………。

 空気が、凍った。

 

「根性があれば、傷も治るし、骨だってくっつく。毒なんて根性入ってねえモンは、根性で何とかなる!!」

 

     !! 

 

 ああ。()()()()()なんだな。

 

 私は言及するのを諦めた。蛇女のほうも何だかそんな感じになってる。

 

 コキッ……コキッ。

 

 根性男は首を鳴らしつつ。

 

「んー……俺は女子供は殴らねぇ主義なんだが、どうやらアンタは人間辞めちまってるっつーか、男より強ぇみてぇだし……っつーことで、こっからはちぃっとばっかし本気出すわ」

 

 そう言って、真顔となった次の瞬間、全身からグニャグニャしたオーラ(AIM拡散力場?)が(ほとばし)り始める。

 そして。

 

 『気』を溜めるような姿勢から、犬歯を剥き出しにしつつ両目から光を迸らせた後──

 

「超ッ……すごい……パァァァーーーーンチッッ!!」

 

 ギュガッッッ!!!

 

 ──正拳突きを繰り出した。

 すると、拳の先からとんでもない規模の衝撃波が放たれ、蛇女を飲み込むのだった。

 

 ……もう全部この人一人でいいんじゃないかな。

 流石にそう思えてきたので、私は少し後ろに下がりつつ、見物を決め込もうとしたその時。

 

「まだ終わっちゃいねェンだよ!!!」

 

 蛇女がダウンから即座に回復し、下半身の蛇の体をさらに巨大化させ、大蛇の頭の上に上半身が生えた姿へと変貌する。

 

「そこのクソガキも、まとめて消し炭にしてやンよ!!!」

 

 そして、蛇女は高みの見物を決め込もうとしていた私を目敏く見付け、ご丁寧にも照準に入れてくれちゃった後、大蛇の口から二人まとめて焼き尽くせる程の業火を吐き出す。

 

 ……やばい!!

 逃げられないし、防げない!!

 

 ……が。

 

──*****ッッッ!!!!!!

 

 唐突に。

 鼓膜が破れるかと思う程の、大砲みたいな轟音が鳴った瞬間──。

 大蛇が放った炎は跡形もなく消えていた。

 

 ふと、周りを見回すと、根性男が大口を開け、雄叫びを上げる仕草をしていた。

 

 まさか。

 まさか。まさか。

 

 ……今の『大声』で炎を掻き消したとか言うんじゃ無いでしょうね??

 そんな馬鹿な事があるわけが……。

 いや、この人なら、そういうのも平然とやっちゃうんだろうなあ。たぶん。

 

「……ッ! ンなら、これでどォだッ!!」

 

 蛇女のほうは、もう突っ込む気すら起きないのか、普通に攻撃を掻き消されたと判断し、即座に次の攻撃へと移り──。

 大蛇の口と、両肩から生えた蛇の口からそれぞれ、火炎弾を連射し弾幕を張るが。

 

「根性入ってねーな」

 

 根性男は若干気の抜けた様子で、そんな事を口走りながら。

 

「よっこいせっと」

 

 と、軽く掛け声を発し、無造作に拳を突き出すと──。

 

 キュガッ!!!

 

 ──()()()()()()()で、炎の弾幕は全て掻き消されてしまうのだった。

 

()()()()()が効かねェなら……()()()()()()()はどうだァ!?」

 

 ここで、蛇女は根性男の弱点を探るため、別の方法を模索し始める。

 

「……お次はコイツ。沈ンで、そのまま埋まッちまえ!!」

 

 蛇女は地面に向け、蛇の口から炎を叩き込み始める。

 すると、地中から『焼け爛れた溶岩』のニオイが漏れ始め──。

 

 これって、火山噴火みたいに地中から溶岩や炎なんかが吹き出すヤツ!?

 さっき、オープンテラスで『氷の巨人』が融かされた時の炎が、さらに大規模になったもの!?

 

 下からの攻撃じゃ防ぎようがない!

 逃げるしかないけど、これだけ広範囲だと、もう逃げ切れない!!

 根性男さんは……。

 

「……ふんッ!!!」

 

 ドゴォォォォォッッッ!!!

 

 拳で地面を殴り、周囲一帯の地面を砕きつつ、その衝撃で、地下を走る炎を止めてしまう。

 しかし。

 

 ゴガバグォォォォォォン!!!!!!

 

「てめェの動きは、まるっと見切ッてンだよォォ!!」

 

 いつの間に地面から上空へ、その大蛇の巨体ごと跳び上がっていた蛇女が、上空から体の(しな)りを利用した死角狙いの巨大尻尾攻撃を根性男に食らわせ、瓦礫の中へと突っ込ませたのだった。

 

削板軍覇(そぎいたぐんは)──超能力者(レベル5)第七位(ナンバーセブン)。能力の詳細は不明。あの幻生(ジジイ)ですら手を付けられなかった、世界最大の『原石』。……案外呆気なかったな」

 

 根性男は、瓦礫の中から出てこない。

 


 

 強制詠唱(スペル・インターセプト)──。

 

 イギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属『魔導書図書館』──禁書目録(Index Librorum Prohibitorum)──

 通称『インデックス』の10万3000冊の魔導書知識を応用した()()()()()()()()特技の一つ。

 その内容は、他者の呪文詠唱に『割り込み』を掛け、術式の内容を『書き換える』事である。

 

 インデックスはそれを用いて、アケミ達、幻想御手(レベルアッパー)使用者が暗唱する『神話』の中身を『駄作』に書き換える事で、彼等の『悪夢』の内容を『取るに足らないもの』へとすり替え、そこから『自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)』を借りているテレスティーナの力を削ごうとしているのだ。

 

 科学サイドの言い方をすれば『ハッキング』であり、簡単に言えば『茶々を入れる』となる。

 

 そして、インデックスの歌につられるように、アケミ達の歌の内容が変わり始めた。

 

『──アジ・ダハーカは火の神アタールに負けた。臆病(チキン)ゆえに負けたのだ。そして、光輪(クワルナフ)も取られちゃったね。バーカバーカ──』

 

『──ザッハークは英雄フェリドゥーンに負け、ダマーヴァンド山の地下深くに幽閉され続けた。心臓から血を滴らせながら。英雄の手で殺害されるところを、天使ソルーシュによって助命された屈辱を噛み締め、終末の時まで待つと決めた。どうせ最後は英雄ガルシャースプに殺される運命が待っているというのに。プークスクス──』

 

 アジ・ダハーカ、あるいはザッハーク本人が聞いたら憤慨して地上に飛び出して来そうなくらい罰当たりな内容だが、患者達を救うため、またはテレスティーナを止めるため、手段を選んでなどいられないのだった。

 

「こんなんで何とかなるもんなんですねぇ」

「もはや喜劇ですの」

 

 この()()を傍目から眺めている初春と白井は、思いっ切り脱力していた。

 


 

 それは突然の事だった。

 

 根性男──削板軍覇が瓦礫に突っ込み、孤立無援となった私の目の前に、蛇女が止めを刺すべく今にも肉薄してくる瞬間。

 唐突に、蛇女の巨体がバラバラに『分解』し、下半身と両肩の蛇が消滅したのだ。

 

 蛇女からただの『魔女』に戻り、空中へと投げ出されたテレスティーナはバランスを崩したままの体勢で地上へ落下し、その体を地面にしこたま打ち付けた末、痛みでのた打ち回るのだった。

 そこから起き上がるも、頭などから出血している上に、あからさまに動きが鈍っている。

 

 ……蛇女の力が失われた上に、再生能力が無くなってる!?

 初春がやったんだ! サンキュー初春ぅ!

 

「……ッ! 何が起きやがった!? ……まさか……ガキ共の『自分だけの現実』が……?」

 

 どうやら、向こうも事態を把握している様子。

 ここは一気に仕留めるか?

 

「プッ……あっひゃひゃひゃひゃ! どうやらてめェも力は残ってねェみてェだなァ?」

 

 うわ。気付かれた!

 ……そうだ。あたしも手札はほとんど残ってない。

 それに、これ以上魔術を使ったら副作用やらスタミナ切れやらで、どうなるか分からない。

 無駄撃ちできないのはもちろんだけど、大技を使うとしたら、最後の大勝負になるだろう。

 

「てめェみたいなガキ一匹、この程度の力で十分なンだよ。大人しくブッ殺されろ!」

 

 そう上から目線で宣った魔女は、腕から黒い毒蛇を出現させ、私のほうに飛ばしてきた。

 

 だが。

 

 私が右手を翳し、払い除けるように振るうと、毒蛇は()()()()()()()()()()()を立て、氷細工のように砕けて散るのだった。

 

「??!! てめッ……何しやがッた!!」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするテレスティーナに対し、私は右手の甲を掲げて見せる。

 そこには、自分の血で『聖ゲオルギウス十字』と『蛇』を組み合わせた紋章が描かれていた。

 

 聖ゲオルギウス十字は、血の赤で描かれた十字のシンボル。

 十字教の聖人である聖ゲオルギウス((セント)ジョージ)は『竜殺し』の伝説を持つ。

 右手は『神の如き者(ミカエル)』が竜を殺す際に振り上げた剣の持ち手であり、竜は蛇をも意味するため、聖ゲオルギウス十字が描かれた右手は毒蛇を退ける力を持つ事となる。

 さらに、十字と蛇の組み合わせは『旗竿の先に蛇を掲げる』シンボルとなり、それすなわち自らを預言者モーセと同じ立ち位置に置く事を意味する。

 そして、民数記に登場する青銅の蛇が預言者モーセを噛んだという描写はどこにも無い。

 

 つまり、この右手を持つ今の私は青銅の蛇に対しては絶対無敵という事になる。

 まあ、テレスティーナの力が万全だったら通用したかどうか分からないし、下手に蛇に触れたら危険なので、この方法は一つの賭けだったんだけどね。

 なお、これは魔術と言うより相手の力の『盲点』を突いた裏技(メタゲーム)だが、竜殺しの聖人や預言者であるかのように、自分の存在を()()()()目的で魔術的記号を用いるため、魔力を消費する。

 つまり、魔術の副作用により今も私の全身の血管はブチブチと切れ続けているわけだが、戦いが長引いたおかげで既に傷だらけなので、相手には気付かれていない模様。

 

「……ッ、だから何だってンだッ!!」

 

 ()()()である青銅の蛇を無効化されたのにも構わず、テレスティーナは悪あがきをし始める。

 

「直接攻撃が効かねェってンなら、炎で燃やしちまえばいい」

 

 そう吐き捨てた後、全身から黒い蛇を生み出し、その蛇の口から炎を発射する。

 

「──ティワズ(Tīwaz)ティワズ(Tīwaz)

 

 だが、私は愛用の金属バット『ゲイ・ボルグ(Gáe Bolg)』のグリップを右手に持ち、軍神の名を二回唱え。

 

「──温にして湿(H.A.W.)

 

 先がギザギザに尖ったグリップを象徴武器(シンボリックウェポン)(ソード)に見立て、地脈の流れを()()()()()()感覚でそれに流し込みつつ、()()()()()を唱える。

 

 ゴバァッッ!!

 

 すると、グリップの先から風が生まれ、鎌鼬となり、テレスティーナの蛇が吐いた炎を一掃し、さらには彼女の全身に纏わり付く黒蛇の大群を撫でるように斬り刻むのだった。

 

「何だッつうンだ、その右手はァァァーーー!!??」

 

 全身をひん剥かれるも、なおも悪あがきを続けるテレスティーナは、背中から何本も『蛇の腕』を生やしながら、三面六臂の『阿修羅(あしゅら)』の如き姿となり、その腕で殴りかかって来る。

 私はグリップの先を大きく振り回し、それらの蛇の腕を全部纏めて一掃する。

 だが。

 

「ガラ空きだッつーの!!」

 

 ……ガゴンッ!

 

 うわ!!!

 やば。

 

 顎に、一発食らった。

 目の前がグニャグニャする。気持ち悪い。

 

 ドゴォッ!!

 

 ~~~ッ?!?!?

 

 吐きそう。苦しい。

 鳩尾に……膝ッ……!?

 

 ガッ!

 

 あっ……。

 後頭部……肘打ち……。

 気が……遠く……。

 

 ズザァッ!

 

 っ()……!

 地面に叩き付けられた。

 

 駄目だ……強い。

 そうだ、コイツ、先進状況救助隊(MAR)の隊長だったっけ……警備員(アンチスキル)じゃん。

 すっかり忘れてた。

 

「てめェみてえな弱っちいガキなんざ、その()()()()さえ無けりゃ、素手で十分なンだよ」

 

 そうだ。あたしなんかが、マトモにコイツに勝てるはずが無かった。

 魔術が使えるくらいで、自分が強いと思い込んで、自惚れていた。

 あたしは──弱い。

 

 テレスティーナが上から見下ろしてくる。

 まるで、屠殺場に連れて来られた家畜を見るような目だ。

 その目を私は見返す。

 

「ンだァ? てめェ……家畜(モルモット)の分際で、生意気にも睨み返してンじゃねェッ!!」

 

 私の目つきが気に入らなかったのか、機嫌を損ねたテレスティーナは私の頭を踏みつけにする。

 ……上等じゃん。

 

(アンタが神様気取りで、あたしとあたしの友達を家畜扱いするなら──)

 

 私はさらに神経を逆撫でするべく、ゲイ・ボルグのグリップを持つ右手を掲げ。

 

(──そのふざけた幻想ごと、アンタを焼き殺す!)

 

 テレスティーナのほうへ向け、『逆転ホームラン予告』を宣言してみせる。

 

「……ッ」

 

 バゴン!!

 

 舌打ちをした後、テレスティーナは私の右手を蹴飛ばした。

 おかげで右手からグリップが離れ、飛ばされる。

 

 ザリッ。

 

 ……ッ!!

 右手が踏み付けられた。

 ……痛い痛い痛い!!

 

「悪い右手ちゃんはコイツかァ~?? いけねェなァ~? お仕置きしてやらねェとなァ……!」

 

 グリグリ踏み付けられるせいで、ジンジンとした痛みが広がって行く。破裂しそう。

 

 ……十分に時間は稼いだか。

 

「──にして乾。温にして乾。(H.A.D.)温ニシテ乾(HAD.)……」

 

 私は右手に注意を向けさせている間、死角となる体の下に隠した左腕で左側のポケットから鉛のケースを取り出し、その中からイェザレルのカードを取り出していた。

 ケースの違いはニオイと感触で大体判別できるので問題ない。

 てか、左のポケットにはイェザレルしか入れてないので、間違えようがない。

 同じ種類のケースを使っているヴェフエルのカードは、反対側の右のポケットに入れてあるし。

 そもそも、今はそんな事を気に掛けている場合ではないのだ。間違えたらそれまでの話。

 

「そして、火──すなわち獅子座のテレズマを代価とし、I.(ヨッド)Z.(ザイン)L.(ラメド)御名(ぎょめい)を唱え……」

 

 全身の血管が切れていく感覚が伝わってくるが、右手の痛みのせいで気にならない。

 後、もう少しだ。

 

「……イェザレル。(I.Z.L.)己が『欲望』のままに、(A.I.L.)火の蛇を解き放て。(U.S.O.F.)

その意思は己が意思、(I.W.E.M.W.)己が意思はハ(A.M.W.E.H.)──

 

 ……グラッ。

 

 あ……れ……?

 

 あた、し……(おれ)……?

 

 …………────。

 

 その時、私の目の前が──ではなく、()()()()()が、闇に染まって消えて──

 

「すごいパーンチ!!」

 

 キュガッ!!

 

 ドゴォォォォン!!

 

 復活した削板軍覇が、テレスティーナを盛大なパンチ一発で吹き飛ばしていた。

 

 ……あれ??

 あたし、今……()()()()()()()だった?

 何で術式途中で止めちゃったんだろう。

 根性男さんが助けてくれなかったら、どうなってた事か。

 まるで止まったように、()()()()()、ただじっとしていたなんて。

 

 顔を上げて見ると、周囲一帯が吹き飛んだ後で、テレスティーナは全身に纏わりついていた黒い蛇が全て剥げ落ち、あられもない姿で()()を剥いて倒れていた。

 

 『赤』じゃなくて『白』か……。

 もう、終わったんだ。

 

「よっこいせっと」

 

 うわっ!?

 根性男さん……そんな……恥ずかしいよ。お姫様抱っこだなんて。

 

 そう。私は削板軍覇にお姫様抱っこの形で抱き上げられていた。

 

 これが……超能力者(レベル5)か。

 御坂さんのとはまた違った強さだけど……カッコイイし、憧れるなあ。

 

「あなた方、そこで何をしてますの? あら、あなたは……」

 

 そこに、不意に見知った人の声が──って、白井さん!?

 何だか、根性男と以前に会った事があるような感じだが、私の()()を目にした途端、悪戯っぽい笑みを浮かべつつ。

 

「まあまあまあ。仲がおよろしい事。佐天さんにも遂に春が訪れ──」

「違います! 違いますってば!」

 

 そんな白井さんの冷やかしに対し、私は首をブンブン振って即座に否定する。

 

「……まあいいでしょう。で? これは一体どういう事ですの?」

 

 これ以上詮索しても詮無いと判断したのか、白井さんは話題を切り替えるとともに、少し離れた場所で伸びているテレスティーナを一瞥し、状況を尋ねる。

 

「よく分かんね」

 

 が、根性男はあっけらかんと、そう言い切る。

 

「……!?」

 

 それに対し、白井さんは口をあんぐりと開けたまま、固まってしまう。

 ああ。分かります。その気持ち。

 私は苦笑いをしてみせる。

 

「なんか、すんげえ喧嘩してたから、首突っ込ませて貰っただけだ。危うく殺し合いになるところだったから、こっちの嬢ちゃんを止めてから、あっちのオバさんを止めた訳だが、毒なんか使ってくるもんで、エライ時間掛かっちまった」

 

 大体あってる……のか??

 まあ、とにかく。

 この人が間に割って入らなかったら、あたしは今頃、テレスティーナを()()()()だろう。

 アイツは子供達を攫ったり、実験動物に使ったりする悪人で、今でも死んで当然だと思うけど、いざ死なせたら死なせたで、寝覚めが悪くなるというか、多分、()()()()()()()

 だから、これでよかったんだと思う。

 余計な戦いをしたせいで、結構ボロボロだけどね。

 

「と……とにかく、ご協力感謝しますの」

 

 何だか釈然としないまでも、一応は納得が行ったのか、白井さんは根性男にお礼を述べる。

 そして、私の身柄を受け取った後、一足先に私を連れて、第七学区の病院へと空間移動(テレポート)する。

 

 それからすぐに、私は見るからに大怪我のため緊急病棟へ搬送され、即刻入院となるのだった。

 


 

 白井黒子が第十七学区の、佐天とテレスティーナが戦闘を繰り広げた現場へ戻ると、削板軍覇の姿は既に無かった。

 周囲をグルリと見回し、よく目を凝らすと、空中にある見えない地面を蹴るようにピョンピョンと連続ジャンプし続ける白服の男が、遠くの方に小さく見える。

 ……あまり深く言及しないほうがいいと判断し、その事についてそれ以上考えるのを止めた。

 

 そして、足下で伸びている『魔女にして蛇女となった者』の敗北した姿を一瞥し、腕章を掲げ。

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの。テレスティーナ=木原(きはら)=ライフライン。脱走およびテロ現行犯で拘束します」

 

 テレスティーナの両手に手錠を嵌め、そのまま空間移動で警備員の詰め所へ連行しようとする。

 その時。

 

「……あら。このバット……佐天さんのですわよね?」

 

 ゲイ・ボルグのグリップ部分が近くに落ちているのを目敏く見付け、拾い上げるのだった。

 そして程なく、白井は拘束したテレスティーナを連れて、その場から消えた。

 


 

 第一級警報(コードレッド)解除。

 テロリスト・コードネーム:『燃える青銅の蛇(ネフシュタン)』は鎮圧後、風紀委員により拘束された模様。

 その他の脅威の可能性を考え、コードグリーンへ移行。

 警備員ならびに風紀委員各位は引き続き警戒を続けるように。

 

 第十七学区の全住民の避難要請解除。

 学園都市の封鎖および全学区の移動制限も解除します。

 


 

 インデックスの活躍により『悪夢』から解放された幻想御手使用者の患者達は、経過を観察した後、何も異常が無ければ、翌日退院する運びとなった。

 毒蛇に噛まれた御坂さんは、毒以外は命に関わるような大怪我は無く、骨折も無く普通に動けるものの、大事を取り、翌々日の退院となる。

 全身に血管破裂の大怪我と、両手に火傷、右手に挫傷を負った私は、しばらく入院する事に。

 まあ、またどうせすぐに元気になって、病院から叩き出されるに決まってるんだけどね……。

 

 一仕事終えたインデックスは、

 

「とうまが補習から帰ってくるから早くおうちに帰って晩御飯食べるんだよ!」

 

 とか言いながら、さっさと帰ってしまったため、私は会いそびれた。

 はぁ、残念。

 

 そして、御坂さんのアイデアで、彼女が退院する日に()()()()()()()()()を行う事となった。

 ふふ……楽しみ。

 

 ふと、ベッドの横を見ると、血とか砂埃とかで汚れたセーラー服のそばに、金属バットの破片が置かれているのに気付く。

 愛用の『ゲイ・ボルグ』の残骸で、グリップから先が爆散し、ギザギザになってるものだった。

 

 そういえば、あの時、テレスティーナのクソババアに蹴られて落っことしたんだっけ。

 誰かが拾って持って来てくれたのかな?

 この金属バットがあたしのだって知ってるのは……初春と……ああ、白井さんか。

 あの現場で見付けて持って来てくれたのか。後でお礼言っとこう。

 

 そして翌日、初春がアケミ達を連れてお見舞いに来てくれた。

 

「涙子、聞いたよ~。あたし達に変な実験やってたオバサンをやっつけたんだって?」

「もー。あの先生のおかげで、毎日マズい飯食わされるわ、無駄に入院させられて遊びに行けなくなるわ、ホント最悪ー」

「ねー」

「でも無茶するよね~。涙子って結構向こう見ずな所あるし」

「そうそう」

「でもそこがまた、いい所なんだよねー」

 

 そうして、いくらか愚痴った後、皆が私のほうを見る。

 ああ。そうだ。

 友達だもん。感謝の言葉なんか必要ない。貸し借りなんか要らない。

 お互い顔を見れば、それで十分だと思う。

 

 その後、ここ最近あった事など、色々な世間話をしてから、アケミ達は病院を後にした。

 

 しばらくすると、初春だけが病室に戻ってきた。

 頭にはいつもの花飾りを着けておらず、手に持っている。

 

「初春。言いたいことは分かるよね?」

 

「……ごめんなさい」

 

 私は初春の態度から本当の事を白状しに来たのだと察し、初春もそれに応える形で謝罪する。

 だが、私は初春には謝ってほしくなど無いし、むしろ、どちらかと言えば私のほうが分が悪いと思っているので。

 

「まあ。元はと言えば、全ての原因はあたしにあるから、初春が謝るのは違うと思う」

 

 あえてこう言っておく。

 

「え……?」

 

「でも、あたしは初春に隠し事してるのも含め、何も悪いとは思ってないから謝らない。初春も、何も疚しい事が無いなら、あたしに謝らないで」

 

 と言うか、本当は私のほうこそ謝りたいんだよね。知らない間に色々迷惑掛けてたみたいだし。

 でも、お互いに気兼ねするのも嫌だから、恨みっこ無しって事にしてしまおうと思う。

 

「ただ、一つだけお願いがある」

「……何ですか?」

 

「初春の大事な頭、あまり無茶な事はしないで。もしその変な機械の副作用とかで、アンタの頭がパーにでもなったら、あたしの力じゃどうにもならないし、何より悲しいし」

「…………真っ先に出てくる『お願い』が、自分の事より私の頭の心配ですか。全く、どこまでも優しすぎますよ、佐天さんは」

 

 そして、初春は感極まったのか、私のベッドの横で泣き崩れてしまった。

 

 それから、私は初春から色々な『懺悔』を聞いた。

 上層部から目を付けられ、実際に襲撃までされ記憶を改竄されたという話は正直驚きだったし、その後、春上さん絡みの件で本気で怒った初春のほうから反撃に出て、関係者の一人をハッキングを駆使して『撃沈』までしてしまったという話には、肝が冷えたなんてモンじゃなかったけど。

(……撃沈って、サーバーの重要なデータを破壊したとかで、傷害沙汰とかじゃないよね?)

 てか、こんなとんでもない話、聞いちゃって大丈夫なのかな、あたし?

 そのうち、初春ともども『闇』とかいうのに狙われたりして。

 

 そういえば、スキルアウトのリーダーの大男から『年端もいかない少女が闇の組織にいる』っていう話を聞いてたっけ。あれって最初に聞いた時は眉唾だと思ってたけど、女子高校生のお姉さんとか、金髪サングラスの男子学生が陰で暗躍してるという話を初春から聞かされた今となっては、事実なんだろうと思う。

 ただ、だからと言って、そういう連中から狙われて生き残るために、ズルズルと闇の世界に足を踏み入れるのだけは絶対にやりたくない。それをやったら、日の当たる場所を歩けなくなるから。

 私は皆が憧れるような超能力者(レベル5)になりたいのだ。

 


 

 初春が風紀委員の仕事のため、病室を出て行った後、入れ替わるように御坂さんが入ってきた。

 あの後の事は白井さんから聞かされたらしいが、どうも釈然としていない様子。

 

「ねえ、佐天さん」

「何ですか、御坂さん?」

 

「あいつ……本当に多才能力(マルチスキル)とかじゃないのよね?」

 

 どうやら、テレスティーナの能力がどう考えても複数の能力にしか思えないという事らしい。

 まあ、魔術絡みの『位相』とかから色々なエッセンスをコピーしちゃってるし……ねぇ?

 でも、『魔力』のニオイは全くしなかったから、あれは『能力』で間違いないと思う。

 

「多分、一つの能力を軸として、色んな攻撃に派生させてるだけだと思いますよ?」

 

 こう簡単に答えてみるも、御坂さんはまだ納得が行ってない様子。

 

「ほら、春上さん達を使おうとした時みたいに、幻想御手使用者の『自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)』を借りて、自分の中にある現実を補強する事で、『毒蛇使い(スネークチャーマー)』の能力を作り込んでいったんですよ」

毒蛇使い(スネークチャーマー)、ねぇ……」

 

「そうそう。体色は黒で、体は青銅でできていて、毒を持ってて、火を吹くっていう()()の」

「設定、ねぇ……」

 

 まあ、私にもこれ以上の事は言えないから、これで御坂さんが分からないなら、お手上げだ。

 

「それと佐天さん、どうしてアレが()()()()()()()って知ってるの?」

 

 そしてどうやら、御坂さんの興味の方向性が変わったようだ。

 ああ、よかった。これなら答えられる。

 

「それはですね……元ネタが『宗教の話』で、たまたまそれを知ってる()()()()がいたんですよ。まさに『青銅の蛇』っていうドンピシャな話なんですけど」

「なるほどねぇ……まあ、作り話(フィクション)を参考に、新たな能力応用への着想(インスピレーション)を得るのは珍しくもないか」

 

 うんうん。いい感じの流れだ。

 このまま、あたしの魔術について詮索されない方向でお願いしますよ、神様。

 

「ところで、佐天さんを助けたっていう男の人の名前分かる?」

「え……?」

 

 そういえば、あの人の名前よく聞いてなかったな。……ソギ何とか……? いや、出てこない。

 一度見たら忘れられない格好と、()()な言動だけはよく憶えてるけど。

 

「黒子に聞いても要領を得ないのよねぇ……『大能力者(レベル4)幻術使い(イリュージョニスト)』とか何とか……」

(それにどうやら、()()()鹿()でもないみたいだし)

「えーと。名前は分かりませんけど、白い学ランに白ハチマキで、海軍の旗みたいなTシャツ着てて……あとは、やたらと『根性』って叫んでました。はい」

 

 とりあえず、分かる範囲で答えてはみたものの、その瞬間、空気が凍ったような気がした。

 何か、御坂さんの前髪から『パチッ』と火花が飛んでる。

 あれ? ……何かマズい事言ったっけ?

 

 その後、御坂さんから今回の事件の顛末を聞いた。

 どうやら、テレスティーナは『謎の超能力者(レベル5)』に倒された事になってるらしい。

 ああ、あの根性男さんか。

 まあ合ってるけど。結局、あたしじゃ勝てなかった訳だし。

 

 ……もし、()()土壇場で、最後の最後に術式が発動していたら、どうなってた?

 あの時、私はつい反射的に、変則的な方法でハディトを召喚しようとして失敗したけど、もし、普段やってるのと同じ方法で、イェザレルの炎の蛇だけを召喚していたら?

 おそらく、勝ってただろうけど……同時に、テレスティーナを()()()()()()()事だろう。

 

 勝ち負けっていうのは、ただ強いか弱いかだけで決まるものではない。

 時の運というのも絡んでくる。

 もし私が真っ先に戦っていたら、すぐ毒蛇に噛まれ何もできずに動けなくなっていた事だろう。

 語弊があるかも知れないが、一番最初に御坂さんが戦って、毒蛇に噛まれた()()()()、私は事前情報を得た結果、毒蛇を警戒できたし、打開策を練る事もできた。

 そして、勝ち負けとは戦いの勝敗のみを指すものではない。

 相手を撃退するとか、殺すとか、そういうのに成功しても、結果、手を汚す事になったり、犯罪に手を染める事になれば、それは人生の()()を意味する。

 どうやって勝つかよりも、()()()()()が重要なんだと思う。

 

 テレスティーナだって、変な野望を抱いて、おかしな能力を身に付けて暴れていたのを早いうちに鎮圧された事で、戦いに負けても、ある意味()()()()と言える。

 もしあのまま学園都市が壊滅すれば、アイツは国家レベルの大量虐殺犯となり、どう足掻いても最後に待っているのは『勝利』などではなく、『孤独』と『死』だけだったのだから。

 

 ……やっぱり、あたしは間違ってた。

 『焼き殺してやる』とか、そんな考えは駄目だ。

 そんな恐ろしい感情に突き動かされるままに、自分が強くなったと思い込み、ハイになって力を振るうなんて、どう考えても『破滅的』な行いだった。

 ()()()()()()()()()()()()

 根性男さんの言った事は理想論だし、並大抵の人間にできる事じゃないけど、それを正しい形で実践できる力こそが『強さ』なんだろう。

 それは御坂さんも同じ。

 もしもあの人が本気で殺しに掛かれば、あっという間に相手は死んでいたはず。

 それをせず、相手が死なないよう手加減したからこそ、毒蛇という形で付け込まれた。

 ただ、だからと言って、御坂さんが間違ってる訳じゃないし、()()()でも弱い訳でもない。

 たとえ仮に死んでしまってたとしても、正しい戦い方を貫き通せた時点で、既に()()のだ。

 あたしも超能力者(レベル5)を目指すのなら、強い力を持った時にどう正しく使うかを、今からでも考えておくべきだろう。

 


 

 さらに翌日。

 つまり、8月9日。

 御坂さんが退院する日だが、実は木山(きやま)先生の誕生日だったのだ。

 

 そのサプライズイベントとして飛行船のスクリーンに『教え子達からの誕生日メッセージ動画』を流して貰う事となったのだ。

 御坂さんが常盤台中学の理事長と掛け合って、上層部からの許可と協力を得た結果だそうな。

 学園都市上層部としては、木原幻生(きはらげんせい)が関わった人体実験の犠牲となった子供達の存在はなるべく秘匿しておきたいはずだが、おそらく御坂さんが、人体実験を明るみに出さない事などを条件に、木山先生に対する情状酌量を含めた寛大な措置とか、置き去り(チャイルドエラー)の子供達への人道的なアフターフォローなどと合わせて要求を飲ませたのではないかと思う。

 それに加え、木原爺の孫娘であるテレスティーナが幻想御手使用者を利用し、絶対能力者(レベル6)になろうとした結果、能力を暴走させ、破壊行為に及んだ今回の一件も、大きく響いていると思う。

 未遂に終わったポルターガイストの一件と違い、()()()()()()()()()のだから。

 しかも、大々的に。学園都市全体に第一級警報(コードレッド)が発令される規模で。

 MARが解体されたそばから、警備員にも多大な被害が出たと聞く。

 おそらく今頃は、上層部の面目とか色々丸潰れだろう。

 

 さて。

 あたしも行きますか。

 

 撮影場所には既に、枝先(えださき)さんを始めとする教え子達と、春上(はるうえ)さんがスタンバっていた。

 後ろの方には御坂さんと白井さんもいる。ってか、婚后(こんごう)さんまでいるし。なんで???

 あ……そういえば、春上さん達の一件では婚后さんも絡んでたっけ。

 

 話に聞いたところ、どうやら常盤台中学の理事長や学園都市上層部との掛け合いにも立ち会ったらしく、さらに父親が航空会社の社長さんで、睨みを利かせてくれたのだとか。

 はあ。やっぱりモノホンのお嬢様は違うなあ。

 

 では。撮影タイム。

 生本番の一発撮りなので、失敗はできない。(何度も練習はした)

 

『せ~の……木山せんせーい!』

 

 枝先さん達が一斉に、恩師の名前をコールする。

 ちょうどその時、飛行船は『アンチスキル附属病院』の前を通り過ぎるタイミングで、大画面の前には木山春生(きやまはるみ)の病室があった。

 木山先生に見てもらうためにわざわざ時間を合わせたのだ。

 ……初春が病室の監視カメラをハッキングして所在を確認したのは内緒だ。

 

『お誕生日、おめでとー!』

 

 ここで、私達仲良しグループも全員参加する。

 教え子達の後ろに、向かって左から婚后さん、御坂さん、白井さん、春上さん、初春、私の順に並ぶ。一気にズームアウトする事で、手前にいる教え子達の他に、後ろの私達まで映る寸法だ。

 

「ありがとう! 木山先生! 大好きだよ!」

 

 そして最後は、枝先さん達のアップに戻り、中央にいる彼女が満面の笑みで感謝のメッセージを伝えるのだった。

 


 

「幻想御手の理論を参考に、『脳波』の代わりに『AIM拡散力場』を調律する発想は──まあまあ悪くは無いが、肝心の()()と『能力』が()()()()では……駄目だねぇ」

 

 他に人の気配の無い部屋で、モニタの画面とにらめっこしている白衣の老人男性が一人。

 彼の頭の生え際は半分以上後退しており、前頭部の左側には特徴的なシミがあった。

 

「ひょひょひょ……まあ、超能力者(レベル5)の能力は、いつ見ても心躍るものがあるがね」

 

 モニタには、どこかの監視カメラから撮ったのか、暴走したテレスティーナが、御坂美琴、佐天涙子、削板軍覇と戦う場面が映し出されている。

 

「だが、()()()()に後れを取るようでは、到底絶対能力者(レベル6)には届かん」

 

 失望……というよりかは、とっくの昔に諦めてて、今さら失望するまでも無いと言った感じで、溜息混じりに吐き捨てる。

 その老人の目には、モニタに映る()()()()は元より、相手の()()()()()()()()()()()()()様子。

 

「もし、私が同じ事をするのなら……素体(オリジナル)には御坂君。動力源(レプリカント)には、御坂君の妹達(クローン)を使うかな。ただ能力をそのまま利用するのではつまらんから、『法の書』あたりを参考に、アレンジを加えてみるのも一興か」

 

「まあ、所詮は皮算用。言うなれば、『セカンドプラン』に過ぎんのだがね」

 

 そう独り言つ老人が見るモニタには、いつの間にか別の画面が表示され。

 

絶対能力(レベル6)進化(シフト)計画』

 

 ──論文のタイトルが大映しになっていた。

 

「科学の発展は犠牲なくしてはありえん。これくらいでなければ『木原』には及ばんよ。よって、あの()()()()()()()()()は落第だ。アレは最早、木原の名を冠するに値しない」

 

 それから程なくして、全ての電子記録や警備員の捜査記録から、テレスティーナのミドルネームの『木原』の二文字は省略あるいは抹消され、『テレスティーナ=ライフライン』の表記に統一されるのだった。

 


 

 撮影が終わり、御坂さんが退院した後、私の病室に担任の大圄(だいご)先生が来た。

 何でも、第十七学区の監視カメラに、私が走り回ってる姿とか、オープンカフェのテーブルに落書きしてる所や、農業ビルの定礎板に落書きしてる所、屋上のドアを蹴破り侵入した挙げ句、液体肥料を盗み出す所などがバッチリ映ってたらしい。

 

 やべぇ。

 どうしよ。

 

 夏休みとは言え、非行に走り過ぎてると思われてる。

 下手すると停学コースか。

 中学だから落第は無いとは言え、親が呼び出されたりしたら嫌だなぁ。

 しらばっくれてもいずれバレるだろうから、ここは正直に謝ろう。

 

 と思ったら、どうやら事情が少し違ってたらしい。

 

「お前のような無能力者(レベル0)があんな立ち回りできる訳が無いので、改めて身体測定(システムスキャン)する事で、真偽の程を確かめる」

 

 ……だそうだ。

 

 地味にと言うか、思いっ切り凹む言われようだわ。ぎゃふん。

 

 まあ、ここで無理に自白したところで、魔術の事も話さない限りは信じては貰えないだろうし、それなら身体検査で無能力(シロ)と判定されたらそういう事にするしか無いのかも。

 

 担任が帰った後、夜になり、病室の窓から南の夜空を眺めていると、突如空が赤くなり始める。

 ……どっかで火災か爆発事故でも発生した!? あるいは火山の噴火か隕石の落下!?

 しかも、北西方向から()()()()()()()()()のニオイがする。

 

 まさか……また、テレスティーナが!?

 

 ここからじゃ見えない。ひとまず屋上へ登ろう。

 

 そして、屋上へ登った後、北西の方角を見ると……真っ赤な空の中に不思議な雷雲があった。

 あれは……超能力ではない。何か……『聖なる力』のニオイがする。

 大小様々な力が混ざり合うも、全体的に一定の傾向が見られ、ほぼ同質の力の塊と化してる。

 

 これは──『グレゴリオの聖歌隊(グレゴリオ・クアイア)』!? しかも、()()の。

 使用者はおそらく……『十字教』の最大宗派、バチカンを本拠地とする『ローマ正教』。

 

 こんな学園都市のど真ん中で、何やってんだ。

 侵略でもおっ始める気か!?

 

 そんな事を考えている間にも、莫大なエネルギーが雷雲に凝縮され、今にも落ちそう。

 

 うー。遠すぎて見えないよー。スマホのカメラでズーム最大にしても小さすぎる。

 おっ、そうだ。

 白井さんに電話を掛けてみる。

 

『何ですの? 佐天さん』

「白井さん、双眼鏡持ってる? 今すぐこっちに持ってきて欲しいんだけど。今屋上にいるから」

『双眼鏡?』

「早く早く」

 

 そして程なく、白井さんが空間移動で私の横に双眼鏡を持って現れる。

 

「一体何なんですの?? わたくしは運送屋では──」

 

 間髪を容れず、私は白井さんから双眼鏡をむしり取り、遠くの雷雲のほうを覗き見る。

 白井さんは額に青筋を立てて怒気を放つが、私は特に気に掛ける事も無く、観察に専念する。

 

 そして、『ゴロゴロドーン』という音とともに、()()()()()の雷が高層ビルの頭上に落ちた。

 うわ、スゲー。

 

 高層ビルを一撃で砕く程の威力か……ハンパないな。グレゴリオの聖歌隊。

 

 パシッ。

 

 ……と。あれれ?? 双眼鏡が……。

 

「これはわたくしのものですの」

 

 横を見ると、白井さんが双眼鏡を引ったくり、自分で覗いている。

 

「ん? これは……」

 

 ここで、白井さんが何か見付けたらしい。気になるー!

 

 パシッ。

 

 白井さんから双眼鏡を引ったくり、今度は私が覗く。

 隣で青筋立てて怒ってるが気にするもんか。気にしないったら気にしない。

 

 え……???

 

 崩れたビルが……まるで動画の逆再生みたく、元に戻ってる!?

 

 パシッ。

 

 うわ、また取られた!

 横で白井さんが双眼鏡を覗きながら、呆然としている。

 

「ビルが……倒壊したように見えましたのに……信じられませんの」

 

 遠くの空を見ると、雷雲が消え、元の暗い夜空に戻っていた。

 

 白井さんは自分がパシリ扱いされた事や、私と双眼鏡を奪い合った事などどうでもよくなったかのように、不可思議な超常現象を目の当たりにしてしまった時の、まさに慄然とした感じで何も言わずに帰って行った。

 

 はぁ……気になるぅー!!

 あれだけの規模の特大魔術を喰らっても『無かった事にできる』能力なんて、見たことも聞いたこともない。

 上条(かみじょう)さんの右手だって、魔術で一度壊されたものまで元通りにはできなかったはず。

 おそらく、魔術師達が戦ってるんだろう。もしかしたら上条さんも参加してるかも。

 いや、きっとそうだ。そうに違いない!

 ……あたしも混ざりてぇ~~~!!

 

 でも、今面倒事起こしたら、今度こそ担任(だいご)から完全に睨まれる……停学じゃ済まなくなるかも。

 仕方ない。今回は諦めるか。

 


 

 そして翌日。

 私は病院を退院した後、一旦寮へ戻り、制服に着替えた後、身体検査のため学校へ行く。

 

 結果はすぐに出た。

 

 能力強度(レベル)──無能力(レベル0)

 能力名──()()

 

 …………。

 

 はぁ。ガックリ。

 やっぱりとは思ってたけど、改めて突き付けられるとキツいなあ。

 先生方は、何だか()()な顔をしてたけど。

 

 それにしても……『能力不明』?

 今までは『空力使い(エアロハンド)』だったのが……一体どういう事だろう。

 何か変わったのかな?

 

 とりあえず、改めて無能力者と分かり、第十七学区で暴れたのは私じゃない別の誰かという事になったらしい。

 今回は嫌疑を晴らす目的での簡易的なものだったので、追加検査は無しで、そのまま帰る事に。

 

 まあいいや。

 レベルが上がらなかったのは残念だけど、能力名が変わったのは、きっと何かの前触れなのだろう。そうに違いない。そうとでも考えなきゃ、やってられないってーの。

 

 気合いを入れるため、私は意味もなくガッツポーズを取る。

 

 よし、がんばるぞー!!

 


 

 そんな私の様子を物陰からこっそり伺うように、校舎の裏に、その場にそぐわないランドセルを背負った金髪ツインテールの少女が隠れていた。

 




解説1:
 佐天の中にいる己(ハディト)について。
 佐天自身の『強い自分になりたい』という変身願望に、法の書に触れた事による『魔術の毒』が作用した結果、生み出された『心の仮面』。
 別人格のように見えるが、佐天自身が『己(おれ)』という仮面を被り、自己催眠により意識を変容(トランス)させ、他人(ハディト化した佐天)に成り切っているに過ぎない。
 それを望んだのはあくまで佐天自身の深層意識だが、表層意識にとっては無自覚なため、自分と同じ声を持つ謎の人物が頭の中から罵倒してきたり、意識を乗っ取るなどの加害行為を働いているようにしか感じられない。
 大幅な魔力の増大、高度な術式の操作、新陳代謝の活発化による自然治癒の加速なども自己暗示によるもの。
 この現象が佐天自身の『能力』によるものかは不明。
 なお、ハディト化した佐天自身は、自分を佐天の別人格だと考えていた。

解説2:
 セレマの術式で召喚されたハディトについて。
 魔術による召喚は、別位相に存在する神話生物などをイメージにより具現化する場合と、本体をそのまま呼び出す場合がある。
 佐天が扱うハディト召喚の術式の場合、彼女の頭の中にあるイメージを具現化するため、彼女に都合よく事情を把握していたり、ハディト化した佐天の意思がそのまま乗り移ったりする。

解説3:
 ハディト化した佐天による明白なる御名(シェム・ハ・メフォラシュ)の独特の詠唱スタイルについて。
 通常の佐天は魔術の練度が低く、術式も失敗を未然に防ぐため整然とした内容になっているが、ハディト化した佐天の場合は、敢えてそれを崩した上で要点を押さえつつ効率化を図っている。
 通常の佐天でも、術式の中身を理解した上で扱えば、この形でも発動は可能。
 ただし、イェザレルにハディト召喚を重ね掛けする術式のみ、佐天の体からハディトの意思を解放するイメージで発動させるため、ハディト化した佐天でなければ扱えない。

解説4:
 テレスティーナ“PHASE-NEXT”の各形態についての説明。

 Ver.1:燃える青銅の蛇(ネフシュタン)
 基本形態。
 旧約聖書『民数記』第21章第5~9節の『青銅の蛇』の記述を元に調整した『自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)』を動力源とする。
 自身の患者達を洗脳し、動力源として利用しているおかげで無尽蔵の再生能力を持つ。
 最初は紫色のパワードスーツを着込んだ上から黒蛇を纏わせた格好だったが、激しい戦闘の末、パワードスーツは脱落し、ボディスーツの上に黒蛇を纏う格好に変わる。
 黒蛇は青銅でできており、小さな群体を発生させたり巨大な姿になったりする。
 また、蛇は口から炎を吐く。
 噛まれると異能による毒に侵され、あらゆる解毒剤も血清も効果がない。
 毒は即効性の麻痺毒と、遅効性の致死毒があり、十字教の教えに従い、神への信仰を表明しない限り、苦しみ続け、やがて死に至る。(すなわち、十字教徒には効果がない)

 Ver.2:有翼の太陽の蛇(ケツァルコアトル)
 火力特化の最強形態。
 アステカ神話の創造神であり太陽神の一柱『羽毛ある蛇(ケツァルコアトル)』がモデル。
 使役される怪物は翼ある極彩色の蛇の姿をしており、強力な炎を吐いたり、自身が太陽のような高エネルギー体になったりする。
 この状態でエネルギーを炸裂させると、学園都市そのものが消し飛ぶレベルの破壊をもたらす。

 Ver.3:有翼の龍蛇(アジ・ダハーカ)
 機動力特化形態。
 ゾロアスター教の原典『アヴェスター』に登場する『アジ・ダハーカ』あるいは『ザッハーク』がモデル。(ザッハークはアジ・ダハーカの人間としての姿であり、同一存在とされる)
 テレスティーナの上半身に、有翼の蛇の下半身と、両肩から蛇が生えた蛇女の姿。
 蛇と合体してるので使役はできない代わりに、自分の体と同様に動かせる。
 蛇の体で移動できるので、とても足が速い上に、立体的な動きを駆使した格闘戦もできる。
 蛇の口から炎を吐く能力も健在。
 下半身の蛇を巨大化させると、腰の辺りが蛇の頭に変わり、能力が上がる。

 Ver.4:阿修羅(アシュラ)
 動力源が絶たれ、弱体化した後の苦し紛れの戦闘形態。
 体に纏わせた黒蛇の群れを腕の形に変え、背中から何本も生やす事で三面六臂の『阿修羅(アシュラ)』のような姿になる。
 蛇には毒の能力が残っているが、『聖ゲオルギウス十字』と『蛇』の血の紋章を右手の甲に描いた佐天の『裏技』で、蛇の腕ごと無効化される。
 ただ、テレスティーナの素の身体能力と格闘能力は警備員として鍛えられていたため、素手での格闘戦で佐天を捻じ伏せる結果となった。

解説5:
 御坂美琴と白井黒子は、削板軍覇と面識がある(ただし、超能力者だとは知らない)。
 幻想御手事件の解決後、8月初旬(乱雑解放事件の前)に、御坂と削板が衝突し、白井が目撃している。
 なお、白井は(削板を知っている)傍観者の少年から、削板の事について『大能力者の幻術使いで、今のは全部幻って思っといたほうが精神衛生上いいですよ……多分』と説明されたため、そのように解釈している。

 詳細は『とある自販機の存在証明(ファンファーレ)』にて。
 (漫画・超電磁砲第5巻特装版の付録『偽典・超電磁砲』に収録)
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