とある佐天の裏技遊戯(ニューゲーム)   作:RB_Broader

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英国留学(イギリスりゅうがく)編
佐天と英国の原石達(ブリティッシュ・グリーン・エメラルズ)


 私、佐天涙子(さてんるいこ)は学園都市第七学区の柵川(さくがわ)中学1年D組の女子生徒である。

 能力強度は無能力(レベル0)の、何の変哲も無いごく普通の女子中学生だ。

 ……のはずだったんだけど。

 

 今現在、私は連合王国(イギリス)の首都ロンドン西部のヒースロー空港にいる。

 スマホのGPSで位置情報を確認したから間違いないはず。

 ちなみに、現在日時は8月14日午後2時過ぎ。

 学生寮に戻ったのが夜遅く、午後8時半頃だったから、タイムゾーンが自動で変更され、日本標準時(JST)からグリニッジ標準時(GMT)に変わったせいで、時間が何時間か戻ったんだろう。

 つまり、日本時間だと……9時間プラスして、午後11時過ぎか。

(日本時間は英国時間のグリニッジ標準時より9時間早いって、イギリス清教のじごんすババア最大教主(アークビショップ)とのやり取りでそんな話があったし)※第6話参照

 

 ……午後11時!? マジ?

 あれから二時間半しか経ってないの!?

 

 えーと……学園都市とロンドンって、どれくらい離れてたっけか。

 

 ちょっと距離計算サイトで調べてみよう……と、WiFiのアイコンが出てる。

 ここでは無料(フリー)WiFiが使えるみたい。

 

 “_Heathrow Wi-Fi”……これかな。鍵は無し、か。

 設定画面の該当箇所をタップすると、ブラウザでポータルサイトの登録画面が開かれる。

 大型ショッピングモールなんかと一緒で、使用登録するタイプか。

 とりあえず個人情報を入力し、WiFiに接続開始する。

 

 ……って、何だか遅いな。学園都市に比べてネット回線が貧弱なのかな。

 まあ、タダで使えるだけマシか。

 

 学園都市内部は、外部からは情報管制が敷かれてるのか、正確な位置が表示されない模様。

 第二十三学区は確か、東南東の外周近くだから、東部東京の近くか。

 地図サイトで座標を取得(コピー)して、貼り付け……っと。

 そこからロンドンのヒースロー空港までの距離は──約9600キロ。

 距離を時間で割ると……時速約3800キロ……ジェット機の巡航高度(対流圏と成層圏の間)では音速およそ秒速300メートルで、時速に換算すると1080キロだから……マッハ3.5!?

 

 …………。

 

 あはは。

 つまり、あたしはマッハ3を超える超音速旅客機に無理やり乗せられ学園都市から遠路はるばるイギリスはロンドンまで連れて来られたってわけか。

 

 もう色々とヤバい。理解が追い付かないよ。

 

 ものすごい荷重(G)のせいで半分酔ってて、全身フラフラ、その上時差ボケで眠い。

 

 はぁ……不幸だ。

 

 旅客機の降り口から通路を通り、ターミナルに入ってすぐの所にある待合室のベンチに仰向けになりながらもたれ掛かり、眠たい頭を灰色にしつつ、深い溜息を吐いている私の目の前に、不意に黒い影が現れる。

 

 ……?

 

 薄目を開けながら、その黒い影を目で追っていると、それは私のすぐ背後に回り、しばしの間、私のほうを凝視するように固まった後──

 

「東洋人の顔ってどれも同じに見えるのよね。制服着てないと誰が誰だか見分けが付きにくいや。長髪と髪留めで、ようやっと判別できたわ」

 

 ──と、ナチュラルに失礼な事を(のたま)いながら、顔を近付け、ニッコリと微笑みつつ──

 

「はじめまして、ルイコ=サテン。連合王国(イギリス)へようこそ」

 

 ──流暢な日本語で馴れ馴れしく話し掛けてきた。

 

 私の『脱走』を防ぐためか、待合室の入口と出口付近にはそれぞれ黒服の警備員(ガードマン)達が直立不動のまま控えているが、私の目の前にいる()()()()には誰一人反応しない。

 ……つまりは、こいつも関係者か。

 

 私は仰向けの姿勢から体を起こし、向き直ってから、改めて相手のほうを見る。

 目の前にいるのは、金髪碧眼の典型的な西洋人の特徴を持つ、私と同年代の少女。

 服装は上が白のブラウスに緑色のサマーセーター、胸元には銀細工のアクセサリーを身に付け、下は深緑色の膝丈のペンシルスカートに黒のハイソックスと焦げ茶色のローファーを履いており、学校の制服のようだ。

 髪型は胸の下くらいまで伸ばして左側に流したサイド三つ編みのおさげ髪で、末端を青緑色(エメラルドグリーン)のリボンで結んでおり、髪の毛が所々寝癖みたいにハネている。

 顔は雪の様に真っ白な肌をしているが、雀斑(そばかす)があり、鼻筋の両側に小さな窪み(眼鏡の鼻当ての跡だろうか)が付いている。

 目は円らで大きく、丸顔の童顔美人だが、目線のピントが合っていない。

 視力が悪いのだろうか。今は眼鏡を掛けておらず、コンタクトレンズも付けていないが、普段は眼鏡を掛けていると思われる。

 ついでに若干眠そうというか、気怠い感じが見受けられ、いかにも残念美人といった様子。

 

 声を聞いた限りでは、年齢の割に大分大人びている印象だが、外見と雰囲気がズレているので、私は一目見た瞬間、思わず固まってしまった。

 

「私は、ヴァニタス(Vanitas)アルテミシア(Artemisia)メランコリック(Melancholic)スティグマハート(Stigmaheart)。あなたの案内役です。以後、お見知り置きを」

 

 そんな私に構わず、彼女は続けて名前を名乗り、素性を明かす。

 

「……え? ヴァニ……?」

 

 てか、動揺していたせいもあるけど、名前長過ぎてよく聞き取れなかったわ。

 

 私のそういった内心が態度に出てたのか、ヴァニ何とかさんはそれに反応するように──

 

「あなた、海外は初めてかしら? 東洋人ってミドルネームに慣れてないから、私達のフルネームを聞くと面食らったりするのよね。昔は日本にだって長い名前のサムライが沢山いたらしいのに。アマクサ=シロウ=トキサダとか」

 

 ──などと、意味不明の供述をし始めた。

 

 ……いや、天草四郎時貞(あまくさしろうときさだ)は、本名が益田(ますだ)時貞で通称・天草四郎なので、ミドルネームとは違うと思うし。てか、徳川家康(とくがわいえやす)とか豊臣秀吉(とよとみひでよし)とか、他に歴史上の有名な人物なんていくらでもいるのに、よりにもよって、そんな微妙にマイナーな名前、よく真っ先に出てくるもんだなあ。もしかして、海外では有名なのかな。それとも、ヴァニ何とかさんは十字教徒なのだろうか。

 

 そんな私の釈然としない反応を見て、会話のつかみが滑ったと思ったのか、彼女は──

 

「……まあいいわ。長ったらしい名前なんて一々覚えるの面倒でしょうから、気軽にヴァーニー(Vannie)とでも呼んでちょうだい」

 

 ──と、気を取り直すように、改めて自己紹介してきたのだった。

 


 

行間

 

 第十七学区・特別拘置所における未決拘禁者(みけつこうきんしゃ):【称呼(しょうこ)番号0759】介旅初矢(かいたびはつや)への面会記録

 

 7月27日 10時01分~10時16分

 面会者:担当弁護士 津手水花(つてすいか)

 会話内容:自己紹介

 

 7月29日 10時04分~10時31分

 面会者:担当弁護士 津手水花

 会話内容:犯行動機および幻想御手(レベルアッパー)の入手方法について

 

 7月31日 10時02分~10時25分

 面会者:担当弁護士 津手水花

 会話内容:今後の裁判での弁護方針について

 

 8月2日 10時01分~10時31分

 面会者:担当弁護士 津手水花

 会話内容:幻想御手使用に伴う昏睡時の記憶について

 

 8月10日 17時42分~17時54分

 面会者:警備員(アンチスキル) 黄泉川愛穂(よみかわあいほ)

 会話内容:担当弁護士交代のお知らせ

 

 8月11日 11時09分~11時17分(アクシデントにより中断)

 面会者:担当弁護士 朽家瑠衣(くちかるい)

 会話内容:自己紹介ならびに前任弁護士の失踪および瀕死状態で発見された話

 特記事項:

 面会直後、介旅は錯乱状態となり、急遽、警備員付属病院へ移送された。

 また、7月27日から8月2日までの間に面会を行った担当弁護士(津手水花)を名乗る人物の素性に疑義が生じたため、要調査とする。

 


 

 風紀委員(ジャッジメント)初春飾利(ういはるかざり)は、介旅の面会記録が映し出されているモバイルPCの画面を一読した後、そっと閉じる。

 彼女は警備員付属病院の廊下のベンチに座っていた。

 そこに看護師がやってきて、面会の許可を告げる。

 

 一般病棟と()()()()を区切る分厚いアクリル板の壁の前で、初春は看護師から促されるままに、モバイル機器と財布、頭の花飾りを貴重品入れに収め、金属を全く身に付けていない状態となる。

 

 そして、アクリル製のドアを潜った後、病室まで案内された初春は、非金属素材のベッドの上で全身を布と革でできた拘束具で固められ、眼鏡を外した状態で、涎を垂らしながら虚ろな顔をしている介旅の姿を、アクリル板越しに目の当たりにする。

 

 介旅のために特別仕様に改造された病室は、天井や床面を含めた全方位をアクリル板で囲まれ、量子変速(シンクロトロン)対策のため、金属類は完全に取り除かれている。

 つまり、鉄筋や鉄骨のみならず、ドアの蝶番から電子機器、電化製品に至るまで、全て使用禁止という事であり、監視カメラも蛍光灯すらも使えないのだ。

 なお、洗面所やトイレの上下水道はどうしても外せないため、配管を非金属素材に替えてある。

 

 時刻は夕方7時過ぎ。日没の少し後だが、窓の無い密閉された部屋には日当たりなど関係ない。

 よって、真っ暗な部屋の中を、初春に同行する看護師が行灯(あんどん)の光で照らす形となる。

 行灯の中には、アルコールランプが入っており、金属は含まれない。

 

 何故ここまで念入りに金属類を遠ざけるのかと疑問に思う初春だったが、看護師の話によると、介旅の精神状態が不安定になった事で、能力を暴走させる危険が出てきたためらしい。

 一度、幻想御手により能力が底上げされ、連続虚空爆破(グラビトン)事件での犯行を通じて能力使用のコツを掴んだため、再び同じ事ができてしまうかも知れないとの事。

 

 行灯の光が介旅の顔を照らし出した事で、彼は初春のほうに注意を向ける。

 

「お前は……()()……?」

 

 介旅は、嗄れた声で、辿々しい口調で、初春に向けて誰何(すいか)する。

 

(? 私を、覚えてない……?)

 

 それに対し、戸惑いつつも、初春は恐る恐る答え始める。

 

「……私は

「おおお前はぁ……お前も……ニセモノかぁぁぁぁ!!!!!」

 

 と、次の瞬間、突如、介旅は素っ頓狂な大声を上げ、()()し始めた。

 

「かかか、返せ……! 津手先生をどこへやった!? せせ、先生がニセモノだなんて、そんな訳あるか!! お前もナリスマシのニセ人間なんだろぉ!!??」

 

 彼の言っている事は支離滅裂だが、そんな彼の尋常では無い様子に、初春はギョッとしつつも、何とか気を取り直し、返答しようと口を動かし始める。

 ……が、その矢先、看護師に手を引っ張られ、即座に病室から遠ざけられたのだった。

 

 逃げる際、看護師が咄嗟に行灯を放り捨てたため、薄暗い廊下を走る羽目になったが、それから程なくして、廊下が真っ暗になり、次の瞬間、かなり離れた後ろの方から爆裂音が響いた。

 非金属ではあるものの、アルコールランプに使われているガラス瓶には半金属の(ケイ)素が含まれており、暴走した量子加速により無理やり圧縮され、小型爆弾に変えられてしまったのだ。

 

『祟りだ……これは()()様の祟りなんだぁ……先生も祟りで呪い殺されて、ニセモノにすり替えられたんだぁ……()()はそうやって、どんどん僕の周りの人間に取って代わるんだぁ……』

 

 真っ暗闇と化した廊下の向こうから、幽霊のような男の怯える声が弱々しく響き渡る。

 

「……だから面会は辞めといたほうがいいって言ったのよ」

 

 看護師が忌々しげにそう漏らす。

 

「え?」

 

 初春はそれに反応するも。

 

「あなたも、ああいうのとは下手に関わらないほうがいいわよ。()()()()()()から」

 

 ぞんざいに注意を促されるのみだった。

 

「それにしても、アルコールランプも駄目だなんて……これは要報告だわ。ああどうしよう」

 

 そうぼやき始める看護師の顔からは、心労によるやつれが見て取れる。

 何となく、『もうすぐ辞めちゃいそうだな』と初春は思った。

 

 初春は病院から叩き出されるように出て行った後、夜遅く風紀委員第177支部へ戻り、データの整理をする。

 なお、頭の花飾りに搭載されているシステムは当面の間、調整(メンテナンス)のため停止中である。

 

(やっぱり、津手弁護士の失踪と瀕死状態での発見は事件性アリかもですね。それと、『黒蛇』)

 

 ここで、初春は介旅の発した一つの言葉に着目する。

 

(テレスティーナの被験者達が見たという悪夢と関係ありそうですが、幻想御手使()()()()()に共通するあたり、テレスティーナが植え付ける以前から、何らかの原因で植え付けられていたという事でしょうか)

 

 そして。

 

(黒蛇……幻想御手……幻想猛獣(AIMバースト)……って、あれ……?)

 

 はたと気付く。

 

(佐天さんの……魔術? まさか……!)

 

 今頃になって。

 


 

 初春は風紀委員支部から学生寮へ帰る途中で、念のため、佐天へ電話を掛けてみる。

 ……が、通じない。

 佐天は普段からスマホの電源を付けっぱなしにしたまま、充電し忘れる癖がある。

 そのせいかと思ったが、今回に限り、何だか胸騒ぎがするので、『監視用』に仕掛けた発信機を使って辿ってみる。

 もちろん本人に黙って付けたものだし、ハッキングによる不正アクセスなのは言うまでもない。

 

 その発信機から送られてくる佐天の位置情報を携帯端末で確認したところ──

 

「……!?!?」

 

 ──『ユーラシア大陸の東から西へ向け、ありえない速度で』移動していた。

 

「なな……何これ……!?」

 

 その『ありえない現象』が映し出された画面を、初春は確認するように何度も何度も見返して。

 

「…………」

 

 呆気に取られて、しばしの間、固まった後。

 

「佐天さん……佐天涙子……あなたって人は……!」

 

 その全身をわなわなと震わせつつ、徐々に声を低くしながら。

 

「こんな時に、一体全体どこを飛んでやがるんですか!!!???」

 

 頭とか、心とか、怒りとか、様々なものを一気に爆発させた。

 なお、彼女の携帯に表示されている時刻は、ちょうど午後9時を回ったところだった。

 


 

 私、佐天涙子は、案内役のヴァーニーに連れられ、生まれて初めてロンドン地下鉄に乗車した。

 詳しく説明すると、ヒースロー空港ターミナルからロンドン地下鉄ピカデリー線ヒースロー支線『ヒースロー・ターミナルズ2,3駅』まで徒歩で行き、そこから『コヴェント・ガーデン駅』まで乗車したのだった。

 ……時差ボケのせいで眠気に襲われ、乗車中はほとんど居眠りしていたのは内緒だ。

 

 地下鉄を降りた後、ロンドンのテムズ川に架かる200年もの歴史を誇る『ウォータールー橋』を(約750メートルの歩道を)徒歩で渡り、ランベス特別区にある『ウォータールー駅』まで行く。

 一眠りしたおかげもあってか、橋の上から望むテムズ川の絶景により、すっかり目が醒めた。

 

 ロンドン・ウォータールー駅は、イギリス最大規模の鉄道駅であり、複合ターミナル駅だ。

 開業時の名前は『ウォータールー橋駅』で、『ワーテルロー(Waterloo)の戦い』の勝利を記念して命名されたウォータールー(Waterloo)橋にちなんでいるらしい。

 

 開業以来150年以上の歴史を持つ古めかしい荘厳な駅舎を目の前にし、私はそこから本物の歴史のニオイを感じ取った。これは学園都市では決して嗅ぎ取る事のできない貴重なモノだろう。

 

 それだけではない。

 空港に着いてから、そこら中に微かに充満していた『魔力のニオイ』が、ロンドンの街中に出た途端、より克明な形で、具体的な『エネルギーのフィールド』として感知できてしまうのだ。

 もっと端的に言うならば、『魔術で構成された巨大な結界』がロンドンをスッポリ覆っていると表現できる。

 

 ここは、魔術の国なのだ。

 


 

 ウォータールー駅の前(北側正面入口前)を通り過ぎた後、右折してベイリス・ロードへ入り、南方向へしばらく進むと、ウェストミンスター・ブリッジ・ロードに差し掛かる。

 ロンドン地下鉄ベーカールー線『ランベスノース駅』の入口を目印にして、そこを右折すると、ウォータールー駅に隣接する『旧ロンドン・ネクロポリス駅跡』の建物が見える。

 どう見ても現在は使われてなさそうな廃墟にしか見えない建造物を一目見て私は首を傾げるも、案内役のヴァーニーは勝手知ったるとばかりに、ズカズカと踏み入って行く。

 

 かつてロンドンには、ロンドン・ネクロポリス鉄道という『死者を運ぶ』ための鉄道会社が存在したらしい。正確には、墓地まで棺を運ぶための鉄道だそうな。

 ウォータールー駅に隣接するロンドン・ネクロポリス駅からブルックウッド墓地までの間を運行していたが、第二次世界大戦中の空爆により駅舎の一部が破壊された事で廃駅となった。

 空爆の被害を免れたビルの一部は現在、オフィスビルとして使われているとの事。

 

 まさか……この建物の中に、学園都市協力機関があるってえの??

 棺を運ぶ死者の鉄道駅の跡とか、何か()()()で嫌だなあ。

 ほら、地獄行きの『幽霊列車』とか、『きさらぎ駅』みたいな。

 単なる都市伝説や怪談の枠に収まらず、ホントに引きずり込まれちゃいそうだし。

 

 そんな不謹慎な事を考えつつ、私が怯えながら歩き続けていると、階段で降りた先に地下鉄駅の構内のような開けた場所へと出る。

 

 ……????

 

 それまで薄暗く陰鬱な雰囲気を濃厚に纏わせていた空間が、一気に明るく開放的な空間へと切り替わった事で、私が目を白黒させていると、ヴァーニーが私の手を引っ張り、改札口のような場所へと案内する。

 そこで、彼女は胸元の銀のアクセサリーを見せると、窓口にいる駅員ぽい女性がハンドスキャナのような機械をかざし、アクセサリーに光を当てる。

 すると、アクセサリーから空中に立体的なスクリーンが投影され、そこに彼女の登録情報が表示された事で、関係者であると認められたのか、通行を許可される。

 ちなみに、私は関係者ではないし、情報が入った銀のアクセサリーも持ち合わせてはいないが、同行者として通行を認められたようだ。

 

 この雰囲気、どこかで見覚えがあると思ったら……『学舎(まなびや)の園』か。

 白井(しらい)さんに招待されて初春と一緒に遊びに行った時も確か、こんな感じの改札口みたいなゲートを通ったんだっけ。

 

 もしかして、ここは学園都市の雰囲気を真似ているのかな。協力機関っていう話だし。

 

 ……と、思ってたら、周りにいる駅員さんや車掌さんみたいな人達は皆男の人だった。

 海外は治安悪いって言うし、ロンドンもご多分に漏れず、時々テロ事件が起きているニュースが流れたりするから、それなりの警備体制は必要って事ね。

 

 学舎の園には常盤台(ときわだい)中学みたいな強能力者(レベル3)以上のお嬢様が集まったエリート校があるから、外国の武装集団に攻め込まれたとしても平気かも知れないけど、ここでは同じ風には行かないだろうからね。

 

 そんな感じでのんびりした事を考えながら、案内役のヴァーニーの後を付いて行くと、地下鉄のホームへ続く階段の前に、青系の色合いの制服を来た女生徒が腕組みしながら陣取っていた。

 パッと見た感じ、艶のあるブルネットのショートヘアを肩まで伸ばし、七三分けで広いおでこを出しており、大きめの丸眼鏡を掛け、肌は白く、切れ長の目をした利発そうな美人だった。

 ただし、私の前に立つヴァーニーに向けた、屈折した心情を隠しきれない上目遣いの目つきが、目の前の相手との険悪な関係を示唆するのみならず、本人の美貌を台無しにしていた。

 そんな恨みがましい目線を向けられた当の本人は、天然なのか、どこ吹く風と言った様子だが。

 

 そして、制服の色は異なるものの、全体的なデザインはヴァーニーのものと共通していた。

 上は白のブラウスに青色のサマーセーター、胸元には赤銅色のアクセサリ。

 下は濃紺色のペンシルスカートと、黒のハイソックスと、黒光りする革製のローファー。

 

 ……同じ系列の姉妹校の生徒かな?

 

 私がそんな事を考えていると、青服のクールビューティーが口を開く。

 

「こんにちは、ヴァーニー。その子は誰? 見ない顔だし、ウチの制服じゃないわね」

「こんにちは、ハイジ。今日も()()()()かしら。でも、この子はもう()()()だから」

 

 呼びかけられたヴァーニーのほうも、“ハイジ”さんに挨拶を返しつつ、軽口を叩く。

 

「……ッ! その呼び方は辞めてと何度言えば分かるの!? 私の名前はアデレード(Adelaide)よ!」

 

 しかし、ハイジと呼ばれたほうは、途端、血相を変えて声を荒らげ始めた。

 ってか、嫌いな相手に愛称で呼ばれるのが嫌だという以上の感情が籠もってるな。

 

「でも、ドイツ語だとアーデルハイト(Adelheid)だからハイジ(Heidi)じゃない?」

「私を愛称で呼んでいいのは家族だけよ。あなたとは他人同士。勘違いしないで」

 

 そんな彼女に対し、ヴァーニーは鈍感なのかワザとなのか、遠慮なく言い返す。

 何か誰にも触れられたくない心の琴線にズカズカ踏み込んでそうだし、その辺で辞めたげなよと言いたくなる感じがする。

 

 というか、アーデルハイトで愛称ハイジって……あの山の上でブランコに乗る少女ですか。

 たしかに、秀才っぽいお嬢様には似合わない感じがする。

 ……イギリスでも、あのアニメは有名なのかな?

 

「って、そんな事より、そこのあなた」

 

 へ? あたし?

 

「まだ名乗らなくていいわ。あなた日本人ね? 学園都市から来たのかしら」

「はあ、そうですけど」

 

 一体何だろう。というか、さっきからどうして日本語? ここイギリスだよね?

 

 そんな私の釈然としない顔色を見て気付いたのか、アデレードさんは親切に説明してくれる。

 

「ここでは日本語が公用語なのよ。学園都市の協力機関だから、日本人と話せないと何も進まないし、ドイツやフランス等の非英語圏からの移民も多いから、言語の格差をなるべく埋めるために、第三国の言語を共通語にするのは都合がいいの」

 

 へー。それは便利というか、大変ありがたい話ではあるけど、何だか拍子抜けかも。

 生まれて初めての外国、言葉が通じない場所と思って、色々と気張ってたのに。

 

「という訳で、あなたには『組分け帽(シンキング・ハット)』を被って貰うわ。栄えある我が『クロトン・サファイア研究所』に通う資格があるかを見定めるために」

 

 そう言うや否や、アデレードさんはどこかから取り出した魔女が被るような帽子を間髪を容れずいきなり私の頭に被せてきた。

 

「……! ちょッ……何すんですか!?」

 

 アデレードさんの突然の暴挙に対し、私が呆気に取られながらも、嫌がっているにも関わらず、すぐそばにいるヴァーニーは面白がっている風な表情で、ただ横で眺めているだけだった。

 すると、帽子からロボットみたいな音声が流れ──

 

『ピピピ……判定結果出ました。

知力:レベル0。体力:レベル3。気力:レベル2。性格:レベル0。才能:レベル不明。

総合判定──エメラルド(クソ原石)です』

 

 ──とんでもなく失礼な事を垂れ流す。

 

 …………。

 

 何だよ『知力:レベル0』って……ひどすぎる。

 

「……ッ。ハズレか」

 

 そう舌打ちをすると、アデレードさんは私の頭から帽子をむしるように剥ぎ取った後、こっちを振り返りもせず、そのままどっかへ行ってしまう。

 もう顔を見る時間も、言葉を交わす時間も無駄だとばかりに、コミュニケーションを拒絶されてしまったようだ。名前すら名乗らせて貰えなかったし……それすらも聞く価値が無いって事?

 何だか、一方的に期待されて、勝手に裏切られたと思われて、踏んだり蹴ったりじゃないか。

 

 そんな感じで私がしょげていると。

 

「……まあ、彼女はいつも誰にでもあんな感じなのよ。気にしないほうがいいわ」

 

 ヴァーニーが宥めるように、私の肩に手をポンと乗せたのだった。

 

 その後、私はヴァーニーに引っ張られるようにして、階段を下り、地下鉄のホームまで行くと、

ちょうど、2つの列車がホームの両側に、()()()()()到着したところだった。

 

 両方とも車体の色が濃い緑一色で統一されており、地味であるにも関わらず、どういうわけか、ダサさを感じさせないような風格あるデザインに見えた。

 この色の雰囲気……どこかで見覚えがあると思ったら、『ブリティッシュ・グリーン』か。

 確か、イギリスのナショナルカラーだっけ。

 

 昔、弟の同級生の間で、レーシングカーのプラモが流行ってた事があり、弟が友達を家に集め、プラモの見せ合いっこをした事があった。

 その時、弟の友達の一人、大人しそうな子が『ロータスF1』という車のプラモを持って来てて、地味な色だったので、弟や他の子達から馬鹿にされてたんだっけ。まあ、あの年頃の男の子って、赤や青みたいに派手な色が好きだもんね。

 でも、あたしはあの落ち着いた緑色──ブリティッシュ・レーシング・グリーンの塗装を施されたレーシングカーをカッコイイと思って、弟達の前にしゃしゃり出て、『それカッコイイね』って褒めちゃったんだよね。

 そのおかげで、それまで落ち込んでた子がほんのちょっぴり救われた顔をしたんだけど、弟達が『入ってくんなー』ってブーイングを上げ始めたもんだから、あたしはカッとなって思わず弟の頭にゲンコツ落としてしまい、結局、その子と弟達の仲がギクシャクし、後で弟はあたしにゲンコツ食らったのを両親に言い付けて、あたしは弁解すら聞いてもらえず問答無用で怒られた。

 友達同士の会話に割って入って友達を庇うのと弟に恥をかかせるのをワンセットでやった事で、彼等の関係にヒビを入れたのがまずかったらしい。

 でも、あんなに大人しそうな、車の事が純粋に好きなだけの子が、自分の弟に馬鹿にされるのを黙って見過ごせるわけないじゃん。なのにあたしだけ怒られるなんて理不尽だと思った。

 ……絶対に忘れない。

 

 そんな回想をコンマ5秒程度で済ませた私から見て両側の線路に、列車がピタリと止まる。

 左側の列車はこちら向きで入ってきて、右側の列車は向こう向きで入ってきた。

 ホームから見て右方向から来るのは、学園都市の地下鉄と一緒らしい。

 そして、ホームは『(しま)式』(線路と線路の間にホームが配置される方式)か。

 進行方向によって別々のホームに下りなきゃいけない『相対式』に比べ、乗り換えやすさなどの利便性に優れる一方で、ホームを確保できるスペースが限られているから、拡張が難しく、その上限られたスペースに階段などを配置しないといけないため、混雑に弱いというデメリットがある。

 

 まあ、そんなどうでもいい薀蓄(うんちく)を脳内で垂れ流していた私に関係なく、時間は目の前を刻一刻と過ぎて行くわけで。

 

 それまで緑一色だった列車の色が、突如、左右それぞれ別の色に切り替わる。

 

 ……!?!?

 

 左側の列車が黄色と黒のツートンカラー。右側の列車が青と赤銅色のツートンカラー。

 私は目をゴシゴシ擦った後、目の前で起きた()()()()()()()に対し、キョトンとしていると──

 

「私達が乗るのは『青いほう』よ」

 

 ──動けずに固まっている私の左腕を引っ張り、ヴァーニーは既に開いているホームドアを通り抜け、右側に停まっている青と赤銅色の列車の中に駆け込むのだった。

 

「この路線は『ロンドン・ネクロポリス地下鉄(London Necropolis Underground)(:)クロトン環状線右回り(Croton Loop Line Clockwise)』よ。車体の色は次の駅によって変わるの。色が変わる仕組みは磁力によるものらしいわ。学園都市の技術らしいけど」

 

 駆け込み乗車で周りの乗客(全て女生徒)から顰蹙を買った後、座席に座って落ち着いた所で、ヴァーニーから説明を受ける。

 

 ああ……磁力ってのは『磁性制御モニター』ね。

 金属光沢まで再現するとなると、『特色インク』(原色(CMYK)による混合では再現できないメタリックカラーや蛍光色などを印刷するため特別に調合したインク)でも使ってるのかな?

 

「……そういえば、さっきの人(アデレードさん)も『クロトン』とか言ってましたね」

 

 私は目まぐるしく変わる状況に翻弄されっぱなしだったのがようやく落ち着いたため、草臥(くたび)れた様子で溜息を吐きつつ、何の気無しにそう答えるも。

 

「! ……よくぞ聞いてくれました。『クロトン』は、我がイギリスの学園都市協力機関の実体を成す学校名なのです」

 

 ヴァーニーはここへ来て、水を得た魚のように、()()元気になり、饒舌になり始める。

 

クロトン女学院(Croton Girl's Academy)は、7歳から19歳までの女子が通う女学校です」

 

「7~11歳までの初等部、11~16歳までの中等部、16~19歳までの高等部に分かれ、全ての生徒は能力開発のため、クロトン傘下の研究所に所属する決まりとなっております」

 

 ……『能力開発』?

 学園都市だけかと思ったけど、イギリスでも同じ事してるのか。意外だし、初耳だなー。

 

「現在、研究所は4つあります」

 

「所属生徒数最多。質実剛健をモットーとし、才能や素質の無い『()()()()』を厳しい訓練でただひたすら鍛えまくり、どうにかして能力を発現させようと涙ぐましくも()()()努力を続ける『クロトン・ダイヤモンド研究所(Croton Diamond Lab.)』。卒業生は心身ともに鍛え抜かれ、一流の軍人や諜報員として多数輩出されています」

 

 ……ん?

 

「施設の規模は最大、生徒数はやや多め。個性重視の名の下に奇抜な変人ばかり集め、薬物実験と人体改造しまくりで、輪を掛けた奇人変人へと改造する事で、宝くじにでも当たるように能力発現してくれたらいいのになーくらいの他力本願、無い物ねだりのギャンブル感覚で貴重な人的資源をドブに捨てまくる『クロトン・ルビー研究所(Croton Ruby Lab.)』。お粗末な理論で効率が悪く、無茶な実験や改造で人格を破壊されたスクラップ揃い。卒業前に人生卒業しちゃう人も多いらしいわね」

 

 …………。

 

「お次は『クロトン・サファイア研究所(Croton Sapphire Lab.)』。さっき会った()()()がいる所よ。生徒数はやや少なめだけど、少数精鋭主義らしいわ。スカウトされる生徒も飛び抜けて秀才揃い。その優れた頭を必死こいて捻りまくり、しょっぱい予算と貧相な施設をやり繰りして、知能ばかりで才能も素質も無い秀才止まりを何とか能力者にするため、ずっと頑張ってるけど、徒労に終わっちゃってるみたい」

 

 ……てか、ヴァーニーさん、こんなに口悪かったのね。

 さっきのアデレードさんも大概だったけど。

 

 いや、イギリス人って皮肉屋が多いらしいから、皆こんな感じなのかな。

 何だか、先が思いやられるなあ。

 

 ヴァーニーさんが一人悦に入って、独演会をしている真っ最中、列車が止まった。

 どうやらいつの間にか次の駅に着いていた模様。

 

 そこに、足音をズンズンと響かせながら、何者かが駅のホーム側の窓の向こうを歩いて乗降口の前までやってくる。

 

 肩をわなわなと震わせつつ、顔を真っ赤にして俯いたままのハイジ……アデレードさんだった。

 ……彼女も同じ列車に乗ってたのね……って、もしかして今の全部聞こえてた?

 

「私はアデレードよ!!! ……ハイジじゃないわ……二度とその名前で呼ばないで……!」

 

 堪えきれなくなったのか、ヴァーニーさんに向けて、涙目で怒鳴る。

 って、真っ先に怒るところ、そこかい!

 

「……それとクロトン・サファイア研究所は貧相でもしょっぱくもな──」

 

 プシュゥゥゥゥ~!

 

 アデレードさんが全て言い終わるのを待たずに、列車のドアが音を立てて閉まるのだった。

 あわれな……。

 

 そして程なく、列車が再び発車する。

 心なしか、さっきよりも周りの乗客が少なくなっているような気が……?

 いや、気のせいなんかじゃなく、ホントに誰もいないな。

 アデレードさんと同じ青系の制服を着た人達は皆、彼女と一緒に降りたのか。

 残っているのは、ヴァーニーさんと同じ緑系の制服の人達だけみたいだ。

 しかも、ほんの数名のみ。

 

 車内の揺れが収まるとともに、ヴァーニーさんの独演会が再開する。

 

「そしていよいよ最後は、私達が所属する、そして、これからあなたが所属する事になる場所よ」

 

 ……!

 

「天然至上主義。所属する生徒数は最も少ないけど、選りすぐりだけが集まっている証拠。特別な事など何もしなくていいから、予算もそこそこあれば十分だし、設備だって最小限あれば十二分。学園都市が能力開発を始めるよりもずっと前、遠い遠い太古の昔より、世界のどこかでひっそりと生まれ続ける、ほんの一握りの『原石』をかき集め、訓練のみに専念する事で元から備わっている能力を伸ばす。薬物投与・人体改造は行わない。人工的な能力開発なんかに手を出す必要もない。──その名は、『クロトン・エメラルド研究所(Croton Emerald Lab.)』。クロトン女学院設立当初から存続する()()()()()()()()()()()()()()所よ」

 

 そして、ちょうど彼女の演説が終わるタイミングで、列車が目的地へ到着し、ドアが開く。

 直後、彼女は席を立ち、私の手を引いたまま、踊るように乗降口からホームへと駆け抜け──

 

ようこそ、我等がクロトン女学院へ。(Welcome to Our Croton Girl's Academy.)そして、クロトン・エメラルド研究所へ(And welcome to the Croton Emerald Lab.)

 

 ──歌うように歓迎の挨拶をするのだった。

 


 

行間

 

 介旅初矢の元担当弁護士・津手水花に関する記録

 

〈経歴〉

 

 28歳・女性。埼玉県さいたま市出身。

 12歳で学園都市へ入学。身体検査(システムスキャン)の結果は無能力(レベル0)

 柵川(さくがわ)中学卒業後、開発を除き成績優秀のため、長点上機(ながてんじょうき)学園へ進学。

 断崖大学法学部卒。同大学大学院法学研究科法務専攻(法科大学院)修了。

 司法試験合格後、司法修習生として考試を受験するも2回不合格となり、3回目で合格。

 弁護士資格を得るまで法科大学院修了からおよそ3年を要する。

 弁護士会への入会後、学園都市弁護士会公設事務所(第一学区)で新人として勤務。

 国選弁護人として介旅初矢の弁護を引き受ける。

 

〈周囲からの評価〉

 

*学生時代の同級生や教授から見た評価:

 人付き合いは苦手なほうだが、大人しくて真面目。美人だが彼氏はいなかった模様。

 勉強の成績は中くらいだが、人一倍努力家。

 講義の出席率は100%(皆勤)。単位もほとんど取り零さなかった。

 

*勤務先から見た評価:

 優秀さに欠けるものの、規則正しい生活を送り、仕事熱心で勤務態度も良好だった。

 介旅初矢の弁護を引き受けた当日も、いつも通りの勤務状況だった。

 次の日に欠勤してから、無断欠勤が続くようになり、勤務態度のみならず、まるで人が変わったように怠惰になった。

 

*特別拘置所から見た評価:

 失踪直前までは、平日・休日を問わず定期的に決まった時間に何度も面会に訪れ、被疑者に対し親身になって接するなど、仕事熱心だった。

 弁護士になって間もないのか、弁護士活動に不慣れな感じではあった。

 

〈最近1ヶ月の活動記録〉

 

 7月15日8時45分、公設事務所に出勤。

 12時30分、昼食休憩(弁当持参)。13時00分から引き続き勤務。19時に退勤。

 (平日の活動パターン)

 

 7月16日~17日、休日のため、活動記録なし。

 

 7月18日~22日、平日の活動パターンと同じ。

 

 7月23日~24日、いつもの休日。

 

 7月25日8時45分、事務所に出勤。

 10時00分、介旅初矢の担当弁護を引き受ける。

 12時30分、昼食休憩(弁当持参)。13時から引き続き勤務。15時30分に外出。

 16時30分、第七学区・警備員第73活動支部を訪問。黄泉川と面会。

 17時30分、弁護士会事務所に戻り、19時まで残務処理をした後、退勤。

 

 7月26日、活動記録なし(事務所へは欠勤の連絡あり)。

 

 7月27日9時30分、第十七学区・特別拘置所を訪れ、介旅と面会。

 (事務所へ出勤せず、欠勤の連絡はなし)

 

 7月28日、活動記録なし(事務所へ出勤せず、欠勤の連絡なし)。

 

 7月29日9時30分、特別拘置所を訪れ、介旅と面会。

 (事務所へ出勤せず、欠勤の連絡なし)

 

 7月30日、活動記録なし(休日)。

 

 7月31日9時30分、特別拘置所で介旅と面会。休日のため、事務所へは出勤せず。

 

 8月1日10時00分、連続無断欠勤について、事務所から電話で呼び出しを受ける。

 11時30分、事務所へ出頭し、ボスから口頭で厳重注意を受ける。

 12時00分、昼食休憩。いつもの弁当持参ではなく、第八学区まで足を伸ばし、カフェで外食。

 13時30分から15時まで残務処理をした後、体調不良を訴え早退。

 

 8月2日9時30分、特別拘置所で介旅と面会。(事務所は無断欠勤)

 11時頃、自宅へ帰った所を同じアパートの近隣住人から目撃される。

 以後、音信不通となる。

 

 8月6日23時過ぎ、自宅から出る所を別のアパートの住人が偶然目撃する(信憑性は低い)。

 

 8月9日13時頃、管理人により、部屋の中から餓死寸前で発見され、緊急搬送される。

 なお、褥瘡(じょくそう)の状態から、半月以上寝たきりであったと推測できる。

 

 8月14日現在、水穂機構病院に入院中。

 瀕死の状態から回復し、命に別状は無いものの、依然昏睡状態のまま、意識は戻らず。

 


 

 8月15日午前(深夜)0時過ぎ。

 警備員第73活動支部にて、黄泉川愛穂は津手弁護士失踪事件の捜査資料に目を通していた。

 

「…………」

 

「……これじゃあまるで、介旅の弁護を引き受けた日の夜から翌朝を境に、そっくりさんの別人にすり替わったって書いてあるようなもんじゃんよ……!」

 

「でも、学園都市で活動が認められた弁護士は学園都市弁護士会に所属していなければならない。所属弁護士は全員、生体情報を書庫(バンク)に登録してある。特別拘置所での面会時も生体認証があるから本人じゃなけりゃ入れない。なら、本人じゃない成り済ましだとすれば、肉体変化(メタモルフォーゼ)能力者しかありえないけど、該当能力者は全員アリバイがあるじゃん」

 

「……どうすりゃいいじゃんよ」

 

 そして、彼女の独り言は、捜査の行き詰まりを意味していた。

 

 前日(8月14日)の昼に警備員の後輩・鉄装綴里(てっそうつづり)が連れてきた協力者とのやり取りを思い出す。

 その協力者は、風紀委員に所属する『読心能力者(サイコメトラー)』の女学生だった。

 能力の使い道は、人または遺留品等に触れる事で、そこから情報を読み取るというもの。

 中には、人間並の知能を持たない動物からも情報を読み取れる能力者もいる。

 

 今回は、昏睡したまま意識が無い津手弁護士の体から、彼女が見聞きした記憶の他に、身の回りで起きた出来事や、彼女に成り済ました犯人の行動等の残留情報を読み取ってもらったのだ。

 

 そして、読み取った情報は……既知の捜査情報の域を出ないものばかりだった。

 彼女は何者かによって催眠術のようなものを掛けられ意識を失った後、犯人が彼女の体に触れた直後、そいつは確かに、彼女の姿に『変身』したのだ。それも、首から上だけが。

 

 そいつの手は、見た感じ『女』の手だったが、変身できるとなると、女であるかも疑わしい。

 さらに、そいつの変身前の姿は、行方不明になっているスキルアウトの少女と瓜二つだった。

 もちろん『本人』にそんな芸当などできるはずもなく……恐らくは既に消されたのだろう。

 『暗部』の流儀に従うなら、既に『闇の業者』の手により秘密裏に『火葬』された後、川か湖かどこかに『散骨』されて、跡形も無くなっているに違いない。

 

 意識を失った津手弁護士は、偽者の手で自宅アパートまで運ばれた後、素っ裸にされ、床に寝かされた状態で、半月もの間、寝たきりのまま『介護』され続ける羽目になる。

 その間、偽者は本人の服に着替えて外出を繰り返すとともに、日に一度のペースで体のパーツを『コピー』し続け、徐々に本人と見分けが付かなくなっていった。

 ……いや、唯一、その悪意に満ちた笑みだけが、偽者と本物を見分ける目印といえたが。

 

 そんな感じで、犯人のした事は『丸裸』に出来たものの、肝心の犯人の正体や犯行動機や行方に関しては、依然、手掛かりはゼロのままだった。

 

 なお、協力者の女学生は途中で気分が悪くなったため、彼女には休んでもらい、これ以上関わるのは彼女の精神衛生上危険なため、この件にはもう関わらせない事となった。

 


 

 とある少女の部屋の奥に、黒い小箱が鎮座していた。

 

 その小箱の中身を、今日も少女は開けてみる。

 何が出てくるのか分からない『びっくり箱』の中身を。

 

 箱の中には、生きた猫が入っているのか、それとも()()()()()()()()()()のか。

 開けて見るまでは分からない。──ただし、箱を開ける少女自身を除いては。

 

 黒い小箱の中には、折り畳まれた一通の手紙が入っていた。

 

首尾はどうだ?(How's it going?)

 

 差出人不明の手紙にはそう書かれている。

 だが、少女には差出人が誰かなど、わざわざ確認するまでもない。

 

 少女は、手紙の裏側に、こう返事を書く。

 ──『首尾は上々だ(Things have gone well.)』と。

 

 そして、その手紙を再び黒い小箱の中に入れ、密閉した後、手を添える。

 一拍置いて、小箱を再び開けて見ると、中には真っ更な一枚の紙切れが入っているだけだった。

 直前まで入っていた手紙は影も形もない。

 

 だが、少女はそれが当たり前だとでも言うように、小箱の蓋を閉め、部屋の奥へと引っ込める。

 

 その少女は、くすんだ金髪のショートヘアで、頭の天辺が猫耳のような癖っ毛になっていた。

 そして、上は白のブラウスと緑のサマーセーター、胸元には銀のアクセサリ。

 下は深緑色のペンシルスカートと白のソックス、茶色のローファー。

 クロトン女学院、クロトン・エメラルド研究所所属の女生徒の制服を身に纏っていた。

 

 その顔立ちは、色白の肌に猫目のようなやや吊り気味の、エメラルドグリーンのクッキリとした円らな瞳と、幼さを残す小さめの鼻と口。

 第一印象は『猫みたいな女の子』に過ぎないが、彼女は紛れもない天然の能力者──

 つまりは『原石』である。

 


 

 私、佐天涙子は、とうとうイギリスの学園都市協力機関──クロトン女学院へやってきた。

 正確には、学校傘下の研究所の一つ──クロトン・エメラルド研究所の女子寮の一室である。

 

 既に研究所のお偉いさん(所長)への挨拶は済ませてある。

 ずいぶんと偉そうな態度の割には、人前で素顔すら晒せない程の恥ずかしがり屋らしく、いつも頭に『学園都市のお掃除ロボット』みたいな被り物を着けている。

 『ビンフェイス(ゴミ箱顔)』とか名乗ってたけど、あれって渾名じゃなく本名らしい。

 イギリスは初めてだけど、いざ訪れてみると、随分変わった名前の人もいるんだなあと思う。

 

 まあそれはそれとして。

 

 つ・か・れ・たぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!!

 

 もー!! 疲れちゃったよー!!

 

 あれから、地下鉄に揺られて凡そ50分。

 駅から徒歩でウォータールー橋を渡ってネクロポリス駅までさらに約50分。

 そこから色々ゴタゴタがあったけど、待ち時間含めてここに着くまで20分。

 しめて合計2時間か。

(ロンドン市内での移動時間を把握するため、途中で何度もスマホで時刻を確認していたのだ)

 

 ただでさえ時差ボケな上、飛行機にマッハで揺られてグロッキーなのに、さらに2時間動きっぱなしって。あたしゃ過労まっしぐらの猛烈サラリーマンか。

 

 はぁ……不幸だ……。

 

 思えば地下鉄に乗ったのって、去年の大覇星祭(だいはせいさい)以来だな。

 地元には中心街にさえ地下鉄なんて代物は無くて、学園都市で初めて見た時は迷宮状態で目玉がグルグル回ってたっけ。

 競技時間に間に合わせるため、上手く移動できるように必死こいて路線図覚えて、ようやく乗りこなせるようになったんだよなあ。

 そのおかげか、あるいは案内人のヴァーニーさんと逸れないようにキチンと付いて行った甲斐もあり、初めての外国の地下鉄でも迷わずに目的地まで乗ることができた。

 

 ……あたし、成長できてるのかな。

 

 はあ……何だか疲れて眠い……。

 

 …………。

 

 ────。

 

 ……うん?

 

 体が重い……ってか、目の前に誰かいるような……?

 

 …………。

 

 ん?

 

 ……誰!?!? 何!?!?

 

「おっと。起きちゃったのネ」

 

 目の前にいる『猫目の女の子』が、互いの息が掛かるくらいの距離まで顔を近付けたまま、私にそう語りかけてくる。

 

「なな、な、ああ、あんた、一体何なのよッッ!!」

 

 いきなりの急展開に、私は心臓をバクバクさせながら、目の前を陣取っている『夜這い女』相手に誰何(すいか)する。

 

「ああ。アッシは『シャン』。『シャン=ナコット=コンクロノミネ(Shan Pnakot Concronomine)』と言うネ。よろしく」

 

 ってか、名前なんか後でいいから、そもそもアンタが『何者』なのかを教えて欲しいのだが。

 そんな私の心情を察したのか、この変態猫目女は、続けて詳しく自己紹介する。

 

「クロトン女学院中等部2年。クロトン・エメラルド研究所所属の原石ネ。あなた日本の中等部1年だそうだから、アッシと同学年(オナイ)ということネ。()()()()()()()()ネ」

 

 ああ……そういう事ね。

 女学校で全寮制だから、やっぱり白井さんみたいなソッチの気がある人もいるわけで……。

 

 って、やだぁー!!

 あたしは初春のスカート捲るの大好きだけど、同じ女の子に夜這いを掛けられる趣味は無いんですの事よー!!!

 

 助けて誰かー!!

 

「こら」

 

 ゴチン!!

 

 と、ここで、猫目女の脳天に何者かのゲンコツが落ちて、盛大な音を立てたのだった。

 

「アンタってばもう……留学生襲ったら駄目でしょ! いい加減にしなさい!!」

 

 ゲンコツの主は、ヴァーニーさんだった。

 猫目女ことシャンとの体格差から考えて、ヴァーニーさんは恐らく上級生だろうか。

 

「いてて……」

「そんな事ばかりやってたら、もうあなたの()()()聞いてあげないわよ!」

 

「……!! そ、それはとても困るネ。分かった。もうしないから許して欲しいネ」

 

 先程までとは打って変わり、猫目女はビクビクした様子でそそくさと部屋から出て行く。

 

「来た早々、いきなりこんな事になって、本当にごめんなさいね。私が少しの間、目を離したのがいけなかったんだわ」

 

 いや、ホントにごめんなさいしてください。マジで大惨事になる一歩手前でしたよ。

 後、ここが女子寮でよかったわ。あの猫目女がもし()()()()()と思うと……ゾッとする。

 全く、イギリス治安悪すぎ。色んな意味で。

 

 来た早々、初日からこんなバタバタしてたら、果たしてこの先どうなる事やら。

 ……不幸だ。

 


 

 猫目の少女シャンから不意の()()()()を受けた後、佐天は用心のため鍵付きの個室へと移され、そこで再び仮眠を摂る事になった。

 

 そして、シャンの監視も兼ね、ヴァーニーは自分専用の『仕事場(アトリエ)』に彼女を同行させ、『作業』に立ち会わせる。

 

 先程までとは打って変わり、()()を掛け、Tシャツと作業ズボンというラフな格好のヴァーニーは、イーゼルに固定されたキャンバスを目の前にして、絵筆とパレットを手に、プロの画家ばりに本格的な『作業』に取り掛かる。

 

 キャンバスには、果物や置物、果ては『髑髏(どくろ)』などの()()()な物が次々と描かれ、絵全体からは()()()()()()()()ような、謎めいた雰囲気が醸し出される。

 

 その場に専門家がいれば、それを『寓意画(ヴァニタス)』と表現するだろう。

 

 ヴァーニーこと、ヴァニタス=アルテミシア=メランコリック=スティグマハート。

 ──彼女もまた、『原石』の一人であり、何らかの『超常』を操る能力者なのだ。

 

 そして、彼女の視線の先──キャンバスの向こうには。

 

 小さな『胎児』のようなものが中に浮かぶ、バスケットボール大の透明なカプセルがあった。

 

 




解説1:

 ヒースロー空港の無料WiFiと、ロンドン地下鉄について:
 2021年3月現在の実際の情報に基づく設定。
 旧ロンドン・ネクロポリス鉄道駅の地下深くに地下鉄が走っているのは、作中オリジナル設定。

 アデレードの『組分け帽子(シンキング・ハット)』の元ネタ:
 MITが脳波から子供の考えを当てる、ホグワーツ「組み分け帽子」風ウェアラブル・システムを開発中 | ギズモード・ジャパン
 (2019.03.06 11:30)
 URL:https://www.gizmodo.jp/2019/03/mit-thinking-cap.html

解説2:

 弁護士の雇用形態について:
 司法修習を終えた後の弁護士は、すぐ独立するか、弁護士事務所に所属するか、企業で雇用されるかに分かれる。
 事務所に所属する場合、代表弁護士(ボス弁)に雇われる形となるが、最初の数年は新人として固定給で雇われ、ボスの指示に従い実務を行い(居候弁護士=イソ弁)、その後は退職・独立するか歩合制に移行し、ボスの看板で顧客を獲得して自分で稼ぐ(軒先を借りる弁護士=ノキ弁)。
 イソ弁は正社員に近く、ノキ弁は独立開業と似ている。

 津手弁護士は事務所に雇われた新人のため、サラリーマンと同じ。

登場人物解説:

 ヴァニタス=アルテミシア=メランコリック=スティグマハート
 [Vanitas Artemisia Melancholic Stigmaheart]
 クロトン女学院中等部3年(日本の中学2年に相当)。クロトン・エメラルド研究所所属の原石。
 愛称:ヴァーニー
 能力名:寓意画家(サイファー・ペインター(Cipher Painter)
 読心能力の一種。脳内情報を読み取り、暗号が込められた寓意画として出力する。

 シャン=ナコット=コンクロノミネ
 [Shan Pnakot Concronomine]
 クロトン女学院中等部2年(佐天と同級生)。クロトン・エメラルド研究所所属の原石。
 渾名:シャッガイ(Shagguy)(“gay's hug”のアナグラム)
 能力名:秘密之匣(シュレディンガーズ・ボックス(Schroedinger's Box)
 確率操作を利用した空間移動能力。アポートに近い。
 全く同じ外観を持つ複数の小箱を用意し、そのいずれかの中に物体を封入した時、それらの小箱の中からどの小箱を選んでも、中から封入した物体が出てくるというもの。
 ただし、能力発動可能な小箱のサイズは、能力者自身の体のサイズを超えることはない。
 小箱の外観が全く同じと判断する基準は能力者本人の主観に拠る。
 複数の物体を別々の小箱に入れた場合、手元の小箱と別の小箱の中身を入れ替える事も可能。
 通常の空間移動と違い、11次元演算を行わない。

 アデレード=ヘイセンバーグ
 [Adelaide Heisenberg]
 クロトン女学院中等部3年(ヴァーニーと同学年)。クロトン・サファイア研究所所属の才女。
 名前はドイツ式だと『アーデルハイト(Adelheid)』。
 先祖はドイツ系の『ハイゼンベルク(Heisenberg)』姓。
 不確定性原理のヴェルナー=ハイゼンベルクと血縁かどうかは不明。
 愛称:ハイジ(本人は家族以外から呼ばれると嫌がる)
 新入生に対し『組分け帽(Thinking Hat)』を被せ、サファイア研究所に相応しいかどうかを判定しながら勧誘する癖があり、そのために、女学院行きの地下鉄ホーム手前の階段で待ち伏せる姿が度々目撃されている。

 ラビッシュ=ビンフェイス
 [Rubbish Binface]
 クロトン・エメラルド研究所所長。
 素顔を隠すため、頭に『ゴミ箱(Bin)』のような被り物を着けている。
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