とある佐天の裏技遊戯(ニューゲーム) 作:RB_Broader
私、
そして出発6時間後──つまり、現在。
学園都市協力機関のクロトン女学院傘下、クロトン・エメラルド研究所の女子寮の一室で、私はベッドに横たわり、仮眠を摂っていた。
「ん……」
目が覚めた私は、ふと横──右の方を向く。
すると、枕の横にスマホが置きっ放しになっており、画面が真っ暗だった。
体を右に転がし左手でスマホを掴み、指紋センサーに親指で触れると待ち受け画面になる。
8月14日18時30分……か。
…………。
画面に窓の光が反射しているので、反対側へ向き直ると、窓から見える空はまだ明るかった。
……??
あれ、おかしいな。
真夏とはいえ、この時間帯になれば空が暗くなるのに。まだ明るいなんて。
……って。
ここどこ!?
思わず上半身をガバッと起こした私は、部屋の中をキョロキョロと見回しながら、徐々に記憶を鮮明に取り戻していく。
あ。そうか……今、あたしロンドンにいるんだった。
ここは、イギリスの学園都市協力機関の女子寮だっけ。
……!!!
一瞬、目の前に迫った猫目の少女のドアップ顔が脳裏を掠め、全身に
(~~~ッッッ!!!)
やばいやばい。嫌なもの思い出しちゃった。
ロンドンこわい。ニホンかえりたい。たすけて
…………。
震えたら、何だか催してきた。
うー。
英語だと“Lavatory”または“Bathroom”か。
ベッドから下りて靴を履いて立ち上がり部屋の中をグルリと見回すと、片隅にお風呂場みたいなドアがあった。
ここかな?
開けてみると、中には洗面台と洋式便器があり、反対側にシャワーが設置されていた。
……ユニットバスみたいだけど、バスタブは無いのか。
足元に浴室用サンダルがあったので、それに履き替える。
うーん。
一眠りして寝汗を掻いたせいか、ひとっ風呂浴びたい気分だな。
そう言えば、ロンドンに来る前、学生寮に帰った時点では夜だったわけだし、このまま体も洗わないのは不潔かも。
着替えは……持って来てるわけないか。
踵を返し、部屋の中で自分のリュックが置いてある場所に視線を移す途中で、ふとベッドの横に何かが置かれているのに気付く。
ビニール袋に包まれたバスタオルとフェイスタオル、下着とパジャマ一式。
それと……新品のブラウスと緑色のサマーセーター、ペンシルスカートとソックス。
つまり、ここ──クロトン女学院、クロトン・エメラルド研究所の女生徒の制服一式だった。
マジか……。
体のサイズなんか測った覚えもないにも関わらず、自分用の下着やら制服が既に用意されていることに、私はギョッとして、軽く戦慄を覚えてしまう。
とりあえず、用を足してからシャワーを浴びて、それから着替えよう。
そう考え、私はバスタオルを手に、再び洗い場へと踏み入り、ドアを閉めるのだった。
しばらくして、体にバスタオルを巻いた格好で浴室から出てきた私は用意されている着替え用の下着を身に付け始める。
…………。
何でピッタリなの。
おかしい。
まさか……どこかから見られてて、知らない間に体のサイズがまるっと測定されてる!?
一体誰に!?
クロトン・エメラルドの(大き過ぎず小さ過ぎず、見事なほど体にジャストフィットな)制服に着替えた私は、部屋に盗聴器や隠しカメラが仕掛けられてないか、ベッドの下やクローゼット等を目を皿のようにして隅々まで調べて行くも、怪しい物は何も出て来なかった。
ベッドのすぐそばの足元に、新品のローファーが入った紙箱が置かれているのが気になり、箱の中や靴の中まで隈なく確認したが、靴やクッション材の他に何も入っていない事が分かった。
新品……?
そう言えば、これまで出会ったロンドンの女学生達は皆ローファー履いてたっけ。
あたしは普段着のまま連れて来られたから、学校の外靴用のローファーは持って来ていない。
まさか。
そう思い、恐る恐る足を入れてみると……ピッタリだった。
しかも、私が普段履いているものとほとんど同じ色とデザイン。
これは……!
なるほど。大体分かった。
学園都市めえ……さては、あたしの個人情報──身体測定の結果や買い物履歴など体のサイズが特定できる数多の情報──を密かに集めて、協力機関に横流ししたな?
そもそも、あたしはロンドンに来てから
なので、ここでいくら測定しても、ほぼ同じ色と形のローファーを用意するのは無理だろう。
こちらで体に合った衣服を用意して貰えて至れり尽くせりではあるけど、こういう具合に情報を全て掌握されるのは、ホント薄気味悪いな。
まあ、
……ピンポイントでいきなり留学させられて、マッハのジェット機で飛ばされたりして、何だかあたしだけ妙に特別扱いされてる気がして奇妙な違和感を覚えるけど……学園都市なら、その気になれば、全学生を個別に管理できてもおかしくはないし、こういうものなのかな。
いや、でも……病院で寝ている時に、遠くから変な『逆さビーカーおじさん』に個別面談された事もあるし、やっぱりあたしだけマークされてるのだろうか……学園都市上層部に。
考えれば考えるだけ、思考の迷宮に嵌りそうな気がしたので、私は一旦思考を止める。
すると……。
ぐぅぅぅぅぅ~。
お腹へった。
そう言えば、夕食から何時間も経ってるんだった。
今は──19時まであと5分か。
スマホで時刻を確認した私は、ふと画面右上にあるアイコンを見て、サァッと血の気が引いた。
残り15%!?
やばいやばい。スマホが使えなくなったら、ロンドンでの生活が一気に不便になるぞ。
それにしても、ほとんど着の身着のままで引っ張ってくるなら、せめてベッドの横に転がってるスマホの充電ケーブルくらい一緒に持って来てくれてもいいのに、ホント肝心な所で気が利かないなあ学園都市。
心の中で学園都市に当たり散らしながら、私は念のためリュックの中身を確認してみる。
タットワ記号が刻まれた紙コップやペーパーナイフ、コイン等の
テレズマ充填済のカード(トート・タロットの
マネーカード(
タオルに包まれた
その他、雑多な小物類。
……やっぱ無いか。スマホ充電ケーブル。
スマホ用の携帯型バッテリーは持ってないので、もちろん入ってるわけがない。
空腹とスマホ電池切れの危機との間で板挟みになるパニック寸前の私。
「……うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
頭を抱え両手でワシャワシャと掻きむしりながら、思わず獣のような叫び声を上げてしまう。
その時。
コンコンコン。
部屋の出入り口のドアを叩く音が聞こえた。
すぐにドアを開けると、案内役のヴァーニーがいた。心なしか視線が冷めている。
「声が外にまで聞こえてるわよ、ルイコ」
そう言われ、私は顔を赤くする。
と同時に、お腹がグゥ~と鳴ったため、さらに顔が真っ赤になった。
「……ハァ。もうすぐ
呆れた様子で溜息を吐くヴァーニーは、そのまま踵を返し、さっさと歩いて行こうとするが。
「ちょちょ、ちょっと! いいですか?」
私はすかさず手を挙げ、恐る恐る質問する。
「えっと……スマホを充電できる場所、知ってます?」
すると、ヴァーニーは『何をいまさら分かり切った事を尋ねてるんだ』と言いたげな、うっすらバカにしたような表情となり、無言で部屋の隅っこを指差すのだった。
その指差した先には机が置かれ、その机の上には、電源コードに繋がった黒くて四角い薄い板が置かれていた。
ホテルにあるポットウォーマー(水を入れたステンレス製の大きなマグカップを上に乗せて沸騰させるやつ)のように見えるけど……。
そばに寄って、改めてよく見たら、どこにもスイッチが見当たらない。
さっきは盗聴器や隠しカメラを探すのに夢中で、そう言った部分は見過ごしていた。
これは、もしかして……。
試しにスマホを上に置いてみると、『充電中』のアイコンが表示される。
「学園都市って外と比べて科学技術が20~30年進んでるって聞いてたけど、中にいる学生の知識はあまり進んでないのかしらね」
──と、ヴァーニーにバッサリ言われてしまった。
あたしとしたことが……こんな身近な事で見落としがあったなんて。灯台下暗しか。
都市伝説になるような先端技術だったり、超能力開発や『魔術』に関する知識は貪欲に追求するのに、ありふれた物に関しては、てんで無頓着なのが仇になったか。
今すぐにでも、
スマホを『充電器』の上に置いたまま、私は部屋を出て、ヴァーニーの後へ付いて行く。
「はい、これ部屋の鍵。無くさないようにね」
そう言われ、ルームキーを手渡される。
鍵を置いたまま部屋を出ても閉め出される事のないよう、敢えてオートロックは付けておらず、電気的ハッキングで開けられないようカードキーを採用してもいない、古いタイプの鍵だった。
「それ一見古いタイプに見えるけど、そういう風に
へぇー。『らしい』って言い方からして、学園都市の技術か。
協力機関には伝わっているけど、学園都市内ですら一般には実用化されていないレベルの。
鼻を利かせて
これはまさしく、純粋な
私がヴァーニーの後に付いて廊下を歩いて行くと、いつの間にか食堂の入口前まで来ていた。
中に入り周囲を見渡すと、重厚感溢れる大広間に木製の長テーブルが何個か置かれ、テーブルの両側にズラッと椅子が並んでいるのが分かった。
以前、ネットか何かで見た覚えがある、イギリスのオックスフォード大学のカレッジ(学寮)の一つ、クライスト・チャーチの大広間と似ている。
! ……なるほど。ピンと来た。
ここの学校、『研究所』ごとに制服の色が違ってたり、寮が分かれてたりするけど、イギリスのカレッジ(学寮)制みたいなものか。
周りをもっとよく見ると、壁には歴代の寮長だろうか、肖像画がいくつも並んでいる。
だが、さらに目を凝らすと……全員、何らかの被り物をしているのが分かった。
さっき会った所長も『ゴミ箱』みたいな被り物してたけど……これみんな歴代の所長なのか。
何か、
「入口から向かって右の壁にあるのはエメラルドの歴代所長。左端が初代ね。正面の壁にあるのは理事長と副理事長よ」
「理事長と副理事長?」
「……クロトン女学院のよ」
はえー。あれがこの学校で一番エライ人達かあー。
2人揃って黒光りする缶みたいな被り物してて、黒のマントを羽織ってるし、ハリウッド映画のスター・ウォーズスペースオペラに出てくるダースベイダー悪役のパロディーみたいな感じだな。
目を凝らしてよく見ると2人の肖像画の下にネームプレートがあるのが分かる。
そこには“
Bucketheadって……『バケツ頭』……また変な名字か。
それはともかく、同じという事は、ご兄弟か親族なのか。
しかも、“Load”(卿)という称号まで付いているって事は、きっと由緒ある家柄なんだろう。
私が立ち止まったまま感心していると、ヴァーニーが急かすように私の手を軽く引っ張るので、彼女のほうに向き直り、そのまま後を付いて行く。
……そうだった。お腹空いたから食事しに来たんだった。
食堂の左側にはカウンターが設置され、いくつか並んだ容器にオカズが盛られている。
おおー。これが憧れの『
以前、
これから毎日、こんな食事が食べられるなんて、まるで夢みたい。
初春も一緒に連れて来たかったなあ。
とりあえず味見を兼ねて、チーズがたっぷり乗ったラザニアと、真っ赤なトマトで豆を煮込んだベイクドビーンズ、ニンニクとパセリが乗ったガーリックブレッドを少量ずつチョイスする。
……あんまり一度に欲張り過ぎると、
「……賢明な選択ね」
私が持っているトレーの上に乗っている皿を見て、ヴァーニーがそう呟く。
「え?」
「それ、脂っこい食事に慣れてない日本人だと、食べ過ぎたら胸焼け起こすから気を付けてね」
私が反応すると、ヴァーニーが理由を説明するのだった。
かく言う彼女自身のトレーに乗っているのは、ガーリックブレッドの他には野菜だけだった。
……ヴァーニーはどこからどう見ても脂っこいものに慣れてそうな西洋人にしか見えない上に、脂っこいのに慣れてない日本人の体を気遣える(自分はそうじゃない)にも関わらず、彼女自身はそれが大の苦手なのかな?
そんな風に私が頭に疑問符を浮かべつつ、怪訝な表情をしていると、ヴァーニーは意図を察したのか、答えてくれる。
「私自身は
ふーん。そんなものかねえ。……『濁る』……ねぇ。
……ま、人それぞれか。
ん?
ヴァーニーが持っているトレーの上にガラス製のマグカップがある事に、私は今ごろ気付く。
でも、食堂のどこにもそれと同じマグカップは見当たらない。
……もしかして、マイ・マグカップ?
あたし、それ持ってない……。もしかして、それが無いと飲み物にありつけないの?
マグカップを不安気に見詰める私に気付いたのか、ヴァーニーは懇切丁寧に説明してくれる。
「ああ、このマグカップは紅茶用。食堂には備え付けのマグカップが用意されてるけど、使うのに抵抗がある人は、自分専用マグカップの持ち込みオーケーなのよ」
なるほど。
確かに、ちょっと見回せば、給湯器のそばにプラスチック製のマグカップがいくつも伏せられているのが見える。まあ見た感じ安っぽいし、細かい傷とかも目立つせいで嫌がる人もいそう。
ついでに、ティーバッグが沢山入ったガラス容器が、シュガーポットと並んで置かれている。
ティーバッグには“PG Tips”と書かれたタグが付いている。イギリスの紅茶ブランドかな。
「……何だか意外ですね。イギリスって『紅茶の国』って聞いてたから、もっと本格的に茶葉から淹れた紅茶をティーポットからカップへと優雅に注いだりするのかと思ってました」
「そういうのは貴族のやり方だから、一般的な庶民はそこまで格式張った方法に拘らないわね」
「へぇー」
話しながら、ヴァーニーはマグカップにティーバッグと砂糖を放り込み、豪快にお湯を注ぐ。
それに倣い、私は備え付けのマグカップ(綺麗なやつ)を手に取り、紅茶を淹れるのだった。
食事を一通り確保したので、私とヴァーニーは空いているテーブルの席に座る。
テーブルにはクロスが敷かれている他、紙ナプキンが常備されているのみで、他には何も無い。
なので、調味料が欲しければ、カウンターから持って来るしかないのだ。
ヴァーニーはサラダ用のヴィネガーとオリーブオイルと塩だけ。
私は特に必要と感じないため、何も持って来ていない。
では早速、味見と行きましょうか。
最初はラザニアから。
ぱくっ。
…………。
次、ベイクドビーンズ。
ぱくっ。
……………………。
ここで、向かいに座っているヴァーニーのほうへ懇願の眼差しを向ける。
……が、視線を向けられた彼女はサラダを突きながら、我関せずと言った感じの澄ました表情で目を伏せるだけ。
(サラダ美味しそう……)
……ガーリックトースト。
カリッ。
…………。
……紅茶で流し込む。
ズズズ……──ッッッ!!
不意に、鋭い視線を向けられた気がしたため、萎縮しながらヴァーニーのほうを見る。
すると、彼女が私を睨んでいた。その顔にはこう書かれていた──『音を立てるな』と。
飲んでいる最中なのに、喉が干上がるかと思った。
ラザニアやベイクドビーンズが作り置きで大分時間が経ってるせいで冷めてギトギトしてる上にヤバイくらいに口に合わなかったのとか、それとは対称的にガーリックトーストがカリカリの焼き立てで香ばしくて旨かったのとか、庶民派のマグカップに淹れた紅茶がそれはそれは異次元の美味しさだったのとか、色々なものが全部まとめて吹き飛び、全く味がしなくなったのだった。
口の中に『油粘土のような固形物』を運び、柔らかくなるまで破砕処理した後、紅茶で流し込む『作業』を9割方終えたところで、私はふと、食堂の片隅に見知った人影がひっそりと佇んでいるのに気付く。
そいつの後ろ姿は、猫耳っぽく逆立った癖っ毛の金髪に、肩を竦めた女生徒の制服。
先程、私の寝込みを襲った
肩を竦めているところを見ると、同じ空間に怖い先輩(ヴァーニー)が背中合わせで座っているのに気付いてて、見付からないように息を潜めている模様。
シャンが座る席のテーブルを挟んだ向かい側には、亜麻色の三つ編みお下げ髪と褐色肌を持ち、物腰が柔らかそうな雰囲気の少女が座っている。
彼女は私と偶然目が合うと、はにかむような微笑みを浮かべつつ、頬を赤らめる。
ああ……
って、あちこちツマミ喰いかよッッ!!
……外道めが。
私がスケコマシに氷の如き限りなく冷たい視線を送っていると、食事を終えたヴァーニーが既に気付いていたのか、やおら椅子から立ち上がり後ろを振り返った後、優しい微笑みを讃えながら、ロクデナシな後輩の肩をグワシと力強く掴み押さえ付けるのだった。
「た、た、……ただのともだちネ」
聞かれてもいないのに思いっ切り挙動不審となり慌てて弁明する、語るに落ちた変態猫目女。
「後で、私の部屋に来なさい。
「……は、ハイ」
ドスの利いた声で先輩にそう告げられ、後輩は引きつった表情となり、ただ震え声で返事をするしかなかった。
夕食を終え部屋へ戻った私は、脂っこい料理のせいで胸焼けを起こしかけ、中和しようと紅茶をガブ飲みしたせいで水っ腹で動けなくなり、仰向けにベッドに横たわっていた。
「うっぷ……動けない……」
だが、今日
せっかく作れた自由時間、有効活用しない手はない。
イギリスという未知の土地へ、予想だにしないタイミングで放り出されたのだ。
これからも何が起きるか分かったもんじゃない。備えあれば憂い無し。
準備だけは万全を期しておかないと、何かあった際に取れる選択肢が無くなってしまう。
思い立ったが吉日。早速ベッドから無理やり起き上がる。
まずは腹ごなしに部屋の中をグルグルと歩き回った後、窓から夜空を見上げてみる。
ロンドンの空は一年を通して曇りが多いのか、星は一個も見えない。
充電器の上からスマホを拾い上げ、現在日時を確認する。
──8月14日20時頃か。
獅子座の第3デカンの夜、天使名は『
支配星は火星(容器は鉄)。
火のテレズマは──ほとんど見当たらない。
ロンドンの風土的特性なのか、全体的に水と風が多め……か。
(イギリスは暖流の北大西洋海流と偏西風の影響を受けている温暖な『
……窓を開けて、生暖かくて湿った『偏西風』を入れるか。
そう考え、窓を半開きにし、浴室のドアも開け、シャワールームと窓の間に風の通り道を作る。
次に、洗面所に備え付けられたカップを手に取り、
「──
カップの中に、どこからともなく水が集まり、
……よし。『
この
そうしたら、窓と浴室のドアを閉め、
──結果は成功。
ハハシア(火属性、蛇の形、『欲望』のアテュ)のテレズマ・カードが2枚用意できた。
充填に要した時間は約1時間(そのうち準備に約20分)。魔力を直接使えれば、この4分の1にも満たない時間で済むとはいえ、リスク無しで充填できるようになったのは大きな進歩だろう。
天使の術式が出せるなら、いざという時の大技──セレマの術式に繋げる事も可能なのだから。
なお手持ちのテレズマ・カードは、いつぞやのテレスティーナ(レベル6
しかも一度使ったら再充填しないといけない上、被害を最小限に抑えるべく、威力を微調整して使っても、一旦発動してしまえば必ず一回分のテレズマは使い切るので、チューブの調味料みたく少しだけ使って残りを取っておくという都合の良い使い方はできない。あくまで一回は一回だ。
……まさに『帯に短し
なので、それほど強力な術式でなくても済ませられる場合に備え、
そのために新しい武器となる道具をいくつか作ったものの、まだしっくり来ないため、いずれは本格的な魔術戦用の『霊装』の開発を試してみるつもりだ。
以前使っていた愛用の金属バット(ゲイ・ボルグ)の残骸(グリップ部分)も、こうして持って来ているわけだし、せっかく魔術の総本山のお膝元であるロンドンへ来たのだから、
行間
変態猫目女シャンに食堂で話し掛けられていた褐色の少女ファティマは、原石である。
ポルトガル系移民2世であり、ムーア系(北西アフリカの一神教徒)とイベリア系の両親の間に生まれる。
なお、両親は片方が一神教から改宗したローマ正教で、もう片方は生粋のローマ正教だったが、異端を嫌う地元の教会を始めとする地域社会全体から結婚を反対され、反対を押し切っての結婚後にも大小様々な形で迫害を受け続けたため、地元からほとんど追い出される形でイギリスへ逃れ、イギリス清教に保護して貰うために改宗を余儀なくされる。
しかし、彼女は原石としての能力に目覚め、それに伴う『異様な眼』のせいで、敬虔な十字教徒である両親から気味悪がられ、移住先のロンドンの孤児院に預けられたまま捨てられるのだった。
両親曰く──こんな気味の悪い目が生えたのは、私達が主の御心に
そして、クロトン・エメラルド研究所のビンフェイス所長により、原石として才能を見出され、養女として引き取られるとともに、クロトン女学院への入学を特例的に認められることになる。
そんな彼女は数年後、同学年のシャンと親しくなり、遂に一線を超え『相思相愛』の仲となる。
そして、『彼氏』のシャンから、所長により与えられた『課題』の手伝いを頼まれたのだった。
その課題とは──
時刻は21時過ぎ。
絵の具で薄汚れたTシャツと作業ズボンの格好で眼鏡を掛けたヴァーニーの横に、作業の様子を見守っていた彼女の後輩・シャンが立っている。
先程まで作業場に置かれていた『小さな胎児が入ったカプセル』は既にどこかへとしまったのか見当たらない。
作業は既に終わったのか、キャンバスに描かれた『寓意画』は完成しており、ヴァーニーは徐に後片付けを始めようとしていた。
──その時、ドアを3回ノックする音が聞こえた。
「……どうぞ。開いてるわよ」
ヴァーニーがそう声を返すと、ドアがゆっくりと開き、向こうから一人の少女が顔を覗かせた。
先程、食堂でシャンと同席していた少女、ファティマだった。
彼女は作業部屋の中を一通り見回した後、キャンバスに目を留め──
「こちらの絵を
──と、確認を取る。
他の2人の顔色から、肯定の返事と受け取った彼女は、早速作業を始める。
まずは両手を広げ、親指と人差し指、人差し指と中指、薬指と小指を離したまま、中指と薬指を揃えてくっつける(特殊な動作のため、できる人とできない人がいて、訓練が必要)。
次に、その状態を維持したまま両手の甲を上に向け、左手の上に右手をピッタリと重ね合わせ、上から見た時に指が六本見えるようにする(中指と薬指は密着しているため、左右対称な五本指のようになる)。
その姿勢のまま両目を閉じると、両手の甲に瞼が固く閉じられた『
そして、両腕を交差させながら、右目を左手で、左目を右手でそれぞれ覆い隠すと、両手の甲の『魔眼』の瞼が開いて、その『青い瞳』があらわとなり、その目に映る『ありとあらゆる暗号』を解読できる能力──『
「これは──『黒い蛇』……『炎を纏っている』……『真紅の双眸』……『大地と一つ』……」
両目を『魔眼』が開いた両手で覆い隠し、能力を発動したまま、寓意画の暗号を読み解きつつ、頭に浮かんだキーワードをポツリ、ポツリと呟いていくが。
「──『遍在する中心点』……『
徐々に声色が弱々しくなり。
(──『ハ』……『ディ』……!)
そこで、
バサッ。
──脳の『ヒューズが飛んだ』ように、全身から力が抜け、『
スマホで現在日時を確認すると──8月14日21時34分か。
もうすぐ寝る時間だし、寝る前に初春に電話でも入れとくか。
ロンドンの
ちょうど起きる頃合いだな。
RRRRRR……。
……出ないな。
夏休みだし、寝坊でもしてるのかな。
初春は
ん? 不在着信?
初春から?
時刻は9時間前──8月14日12時59分……日本時間だと22時くらいか。
そんな夜遅くに、一体何の用事だろう。
……まあいいや。また後で掛けるか。
一応メールだけ打っとこう。
『ういはる~? 元気してるか~? こっちは今ロンドンにいる☆彡
急に留学する事になっちゃって、バタバタしてて知らせるのが遅れちゃったんだ
ゴメ~ン(-人-)
んじゃ、また明日電話するね~!
おやすみー( ˘ω˘ )スヤァ…』
学生寮にて、
「ふぁ~……よく寝たぁ」
既に(二段ベッドの上段部分の)ベッドから下りていた初春は、寝ぼけ眼をゴシゴシ擦った後、ポリポリと頭を掻きながら、タンスの上にあるデジタル式の目覚まし時計を確認する。
『8/15 6:41』
「って、もうこんな時間!? やばいやばい……今日も風紀委員のお仕事なのに、昨日夜遅くまで残業で夜更ししたせいで寝坊しちゃった……あ、そうだ。
そう独り
「むにゃむにゃ……もう食べられないの~」
──春上さんは、楽しい楽しい
「あはは……」
呆れた様子で乾いた笑いを漏らす初春だったが、ふと、携帯に着信があるのに気付く。
「えーと……佐天さんからメールと不在着信……
着信履歴を確認した初春は、届いたメールを開く。
「……………………。」
「……まあいいでしょう。お説教は帰ってからにしときます。その前に聞きたい事も山程ありますし……えーと……今は朝7時前だから、向こうは──
そして、佐天に電話を掛けるも──
RRRRRR……。
「やっぱりもう寝てますね。仕方ありません。メールの返事だけでもしときますか」
──通じなかったため、初春はメールで返信した。
(……佐天さんにも
メールを打ち終えて送信した後、初春はしばしの間、手を止め、思索に耽っていたが、気を取り直し、携帯を置いて身支度を始める。
(
(病院に搬送され、今なお昏睡状態のまま一向に目覚める気配すらない被害者が、一体
(それでも駄目だった時は……また、困った時の
第七学区・
今朝(8月15日朝7時過ぎ)、それまで昏睡状態だった
犯人の供述によれば、弁護士を昏倒させた後、彼女に『変身』して成り済ましたのは自分で間違いないとの事で、それ以前にスキルアウトの少女に成り済ましていた事も認めたのだった。
ストレンジで監禁されていたのは、警備員の捜査から逃れるための潜伏場所を探している最中、そこを根城としているスキルアウトの集団と衝突し、その際『キャパシティ・ダウン』を使われた事で、能力のみならず身動きまでも封じられ、不覚を取ったせいらしい。
変身能力を得た経緯についてだが、元々
犯人は未成年の学生のため、素性は一般には公開されないが、警備員の捜査資料の中で機密情報として明記されている。
そして、元々は普通の男子学生
その後、自力で肉体変化能力を覚え直してからは、顔だけ他人に変身するなどして他人の振りをしながら生き延びていたとの事。
スキルアウトの少女に関しては、放浪生活の中で知り合っただけらしく、本人はどこかで生きているらしい。学園都市から逃げるための陽動役を頼まれ、影武者として彼女に成り済ましていたのだとか。
弁護士の振りをして介旅と面会したのは、他の幻想御手使用者に興味があっただけで、特に深い意味は無く、新米弁護士が会社勤めのサラリーマンと同様の生活に縛られていると分かったため、数日で嫌気が差してオサラバしたとの事。
弁護士を昏睡状態にしたのは、スキルアウトの少女から譲って貰った『
結局、被害者が目覚め、犯人が捕まった事で、事件は『解決』の方向へと進み、捜査は一段落となったのだった。
「ふ~。……とりあえず一件落着じゃん」
夜通し捜査資料を漁っていた
「センパーイ、これから容疑者の『少年』との面会とか、音楽薬物の入手ルートとか、色々問題が山積みなのに、そんな終わったみたいな顔してていいんですかー?」
そんな彼女に対し、同じく徹夜明けで目の下に隈を作っている鉄装がツッコミを入れるも。
「いいんだよ。これ以上犠牲者が増えなくなった時点で、私らの仕事は一区切りじゃん」
そう居直る黄泉川だったが、気の抜けた表情とは裏腹に、心の中のモヤモヤが晴れない。
(──そう……私らができるのは、
警備員の捜査資料をハッキングで閲覧した初春は、渋面を作る。
「……絶対違う。こんなの、あまりにも
とは言うものの、今の彼女の立場では、これ以上踏み込むわけには行かない。
学生を狙った事件の犯人で、なおかつ自身も学生である介旅に関する事ならともかく、警備員が一件落着と判断した
それに加え、昏睡状態だった被害者は既に目を覚ましており、介旅との面会に関する情報を得る名目で、読心能力者の協力によって意識の回復を試みたり、場合によっては禁書目録まで引っ張り出す理由そのものが消滅しているので、接触の機会すら失われたと言っても過言ではない。
また、介旅自身は心神喪失状態にあり、能力の暴走により接触すら危険なため、これ以上関わる事すらできないのだ。
まさに、打つ手なし。
(
まるで、翼をもがれた小鳥のように、力無く背中を丸め、俯く初春だったが──
(私達に思い通りの
(そんな
──その目から、不屈の正義の輝きは消えてはいなかった。
解説:
イギリスの一般的な学生寮は、トイレ、洗面所、浴室が一緒で、バスタブ無しのシャワーのみとなっているらしい。
佐天が知らなかったスマホのワイヤレス充電技術の元ネタ:
『Qi(チー)』で検索すると幸せになれる。
イギリスの食事が美味しいか不味いか:
時と場合による。
佐天が食べた夕飯は、ガーリックトースト以外は残りもので、冷めたのを温め直したため、味がかなり落ちている。
そもそもイギリス人は、休日(日曜日)の昼飯をたっぷり時間を掛け大量に食べる習慣があり、それ以外は残りものなどで軽く済ませるため、夕飯は『
現代日本人のように夕飯をディナーとし、美味いものをガッツリ食べるのとは習慣が異なる。
また、イギリスの学生食堂は学生の健康面を考え、サラダバーが充実しているらしい。
ヴァーニーがサラダばかり食べていたのは、菜食主義という理由だけではない模様。
イギリス人の紅茶の飲み方:
高級ティーセットを用意し、スコーン等のお菓子をお供にお茶会を楽しむのは上流階級の作法であり、一般的な庶民は、市販のティーバッグでマグカップにお茶を淹れてゴクゴク飲むらしい。
日本人が急須にティーバッグでお茶を淹れ、でっかい湯呑みで飲むのと似た感じ。
最もポピュラーなメーカーは『PG Tips』で、現地価格だと240パック入り4.5ポンド(約700円)で売られている。
登場人物解説:
ファティマ=ミリアム=ビンフェイス
[Fatima Miriam Binface]
クロトン女学院中等部2年。クロトン・エメラルド研究所所属の原石。
出生名:ファティマ=ジーザス=サントス[Fatima Jesus Santos]
ポルトガル系移民2世で、ムーア系ポルトガル人とイベリア系ポルトガル人との混血。
原石の能力のせいで両親から気味悪がられ、ロンドンの孤児院に捨てられた過去を持つ。
同学年のシャン=ナコット=コンクロノミネとは相思相愛の仲。
能力名:告解魔眼(
見ただけでありとあらゆる暗号を解読できる『
能力発動のため、特殊なジェスチャーが必要。
イスラム世界で『邪視』から身を守るための護符として使われる『ハムサ(ファティマの目)』に見た目が酷似している。