とある佐天の裏技遊戯(ニューゲーム) 作:RB_Broader
イギリス・ロンドンのイーストエンドにあるクロトン・エメラルド研究所女子寮にて。
8月15日の朝8時過ぎ。
私、
いやあ~……色々と大変だったよ。
あたしは夜中に目が覚めて1時間程出歩いたせいで朝寝坊するし。
ヴァーニーの後輩のシャン(昨日、あたしの寝込みを襲った猫目女)を二人で迎えに行ったら、
後で聞いた話だと、昨晩、急にファティマさんが倒れたため、シャンが付きっきりで夜通し看病していたらしい。幸い大事には至らず、命に別状は無いとの事。
その話自体には別段おかしな部分は無いと言うか、あの変態女にもマトモな側面があるのだなあと思わず納得しかけてしまうところなのだが……そういった考えも、いざこうして生々しい場面を目の当たりにすると、説得力がどこかへ行方不明になったっきり戻ってはこないのだった。
てか、もう学園都市に帰りたくなってきた。
まだ中学生の佐天さんには、
精々大人しく学園都市で
まあ、そんな私はホームシックな気分とは裏腹に、楽しみにしていた
飲み物は昨晩と同様にマグカップで紅茶を淹れているが、朝なのでミルクティーにしている。
……やっぱり美味しい。てか、昨晩は砂糖だけで飲んだせいか、味がちょっと濃かった。
ただ、飲み過ぎると昨晩みたく水っ腹になるので、食事とのバランスを考えて少しずつ飲む。
ちなみに、ヴァーニーはミルクティーにお砂糖代わりにイチゴジャムを入れる一風変わった飲み方をしている。
「……ロシアンティー、ですか?」
「それは勘違いよ、ルイコ。ロシアではジャムを紅茶には入れないのよ」
「えっ……そうなの?」
「小さな器に入れてウォッカで伸ばしたものをスプーンで掬って舐めながら紅茶を飲むのよ。昔は砂糖が貴重だったかららしいわ」
「へー」
「それと東ヨーロッパの一部の国々……ウクライナやベラルーシ、ポーランドでは紅茶にジャムを入れるそうよ」
「ほー」
「ちなみに、イギリスで『ロシアンティー』と言えばレモンを入れた紅茶を指すのよ。19世紀末、
「ふむふむ」
「その後イギリスでも事ある毎にそれを飲んだり、周囲にも振る舞ったりしたおかげで、そのように広まったらしいわ」
「にゃるほどー」
(やばい……途中から全く頭に入って来なかった。適当に相槌だけ打っといたけど)
このままヴァーニーに喋らせ続けたら、トリビアが泉の如く際限なく垂れ流されるかも知れないので、ここらで話題を終わらせるべく、トーストにバターとジャムを塗って一噛みする。
サクッ。
もぐ……。
……うん、美味い。
薄切りにした食パンのトーストが『パン立て』に何枚か差してある中から、適当に一枚摘んだのだが、パリッとしていて全く湿り気や粘りが無い。日本のモチッとした食パンとは大違いだ。
ただ、少しばかりボソボソしてて、紅茶で流し込まないと喉に引っ掛かりそうな感じ。
イギリス人はこういう食感に慣れてるんだろう。ここら辺が日本人と欧米人との違いか。
ヴァーニーのほうをチラリと見ると、彼女もトーストに手を伸ばしていたが、ジャムではなく、『茶色い何か』をバターの上から塗っている。見た感じチョコレートっぽいが、何か独特のニオイがするし、恐らく
……イギリス版『ご○んで○よ』かな??
でも、聞くのはおろか興味がある素振りでも見せたが最後、また長いトリビアが飛び出しそうなので興味の無い素振りをしよう。
そう思いながら、私はカリッカリに焼けたベーコンを口に運びつつ、茶色い何かが入った黒い瓶に貼られているラベルを横目でチラチラ見て、そこに書かれた文字を瞬時に脳へと焼き付ける。
……“
そういえば、スマホ部屋に置きっぱなしだった。
朝起きる時にバタバタしたせいで、持って来るのを忘れたんだ。
食事が終わったら、一旦部屋へ取りに戻ろう。
行間
佐天がロンドンでイギリスの朝食を味わっている頃、学園都市の駅前にあるガチャポンの前で、
やる事が無く、公園のベンチで暇そうにしていた所を
(硲舎佳茄は、夏休み前に御坂が『にわか
公園で缶蹴りして遊んだ後、子供達の一人である長髪の女の子が身に付けている『カエルの絵』の缶バッジが気になり、近くにあるガチャポンで同じものを出そうとするも、手持ちの小銭を全て溶かしてしまい、一万円札を子供に両替させた後、さらに挑み続けるも、今度はガチャポンの筐体の容器を空にしてしまう。
呆然となる御坂に対し、長髪の女の子は自分のをあげようとしたが、硲舎佳茄が『駅前にも同じのがある』と言い出したため、そこまで出向いた次第である。
だが、目当ての缶バッジは一向に出ない。
この分だと、駅前のガチャポンも全て空にしてしまうかも知れない。
後ろを通り掛かった女学生達が『
その声を受けて、御坂はふと我に返り、決まりの悪そうな顔となるものの、今更引っ込みが付くはずもなく、
──こんにちは、御坂美琴。好き勝手に無駄遣いした気分はどう?
彼女の中の『自制心』と呼ぶべき心の声が彼女自身に語りかけてくる。
──貴女はいつまでガチャを回し続けるつもりなの?
(さあね。私は更に先へ行かなければならないの)
──ひとつ、貴女に言っておくことがあるわ。
(あによ?)
──
(断ると言ったら?)
──御坂美琴。貴女は常盤台の学生で、第三位の
(私は止まれない。その段階はとっくに過ぎてる。お別れよ、優しい優しい私の
そして、自制心を振り切った彼女は、再びガチャポンを回し始める。
そんな彼女の周囲にいる子供達を物陰から
その視線を感じたのか、長髪の女の子が後ろを振り返るも、視線の先には誰もいない。
その数秒後、御坂は念願のカエルの缶バッジを手に入れたのだった。
駅前通りを、一人の『女性』が歩いていた。
眼鏡を掛けており、ラフなTシャツとジーパン姿だが、歩き方は大股で男っぽい。
その姿は、先日まで失踪状態だった
「学園都市……随分とガードが緩いな。この私を泳がせているつもりか。わざわざ
ふと、そんな本音まで口を突いて出る。どこで誰が聞き耳を立てているかも分からないのに。
「まあ、そのほうがこちらとしても好都合だ。外とは違って、ここは『魔術師』にとっての敵地の真ん中であると同時に『安全地帯』でもあるのだから」
ここまでぶっちゃけてしまうと、最早『語るに落ちた』と言わざるを得ないだろう。
つまり、この『女』こそ一連の弁護士失踪事件の真犯人であり、『魔術師』ということになる。
「……その言葉は、ここでは禁句だぜい。それに安全でも何でも無いんだニャー」
すると突然、女の背後から『男』の声が飛び込んで来たことにより、女の体が警戒で強張る。
「──“
背後にいるサングラスの少年・
が、それに答えるどころか聞きもしないまま、女は一目散に逃げ始めるのだった。
(……ッ!)
逃げながら、女は心の中で舌打ちする。
(近くに学園都市の手の者が潜んでいたとはな。しかし一体どうやって私の居場所を捕捉した? ……魔力か! 先の女学生の『引き』を良くする手助けをしたのが仇になったか……!)
そして、駅前の人混みに紛れるように、巧妙に考えられた逃走ルートを縫うように走って行き、その後を少年が力任せに追い掛ける。
まるでコインの裏表の別々の面にいるように、周囲の通行人達は彼等の事を気にも留めないが、それを良い事に、女はズカズカと人の多くいる場所へと入り込んでいく。
そして、女はゲームセンターの
「……!! しまった……」
当然の事ながら、少年は男なので、そこから先へは進めない。
たとえ魔術か何かで見付からないようになっていても、人としての一線は超えられないのだ。
(ここのトイレは外へ繋がってたかどうか、思い出せないニャー)
途方に暮れ、立ち尽くす少年だったが。
「! ……そういう手もあるか」
何かを閃いた少年は、再び歩き出し、
それからしばらくして、ゲームセンターから出てきた『女』の前に、少年が立ち塞がる。
だが、女は無言のまま立ち尽くすのみで、再び逃げ出す様子は無い。
「…………」
「……もう観念したか? ……って、ちょっと待て。お前……まさか……!」
女の表情は虚ろで、まるで催眠にでも掛けられたかのよう。
異変に気付いた少年は、目の前の女が『偽者』だと気付くも、時既に遅し。
『本物』はとっくにどこかへ逃げた後だった。
(やられた……!)
少年は、女がトイレからいつ出てきても
しかし、女はその上を行っていた。
女子トイレに偶然居合わせた女学生を捕まえ、催眠を掛けた上で自身の姿をコピーし、それまで自分が着ていた服を着せ、自身の魔力を擦り付けた上、自分が遠くへ逃げるまでの間待たせた後に『身代わり』としてトイレから出て行かせたのだ。
なお、自分は魔力を上手く消した上で女学生の制服に着替え、髪型を変えて眼鏡も外したため、
式神による魔力探知を用いた監視網には引っ掛からなかったし、ぱっと見で同一人物だと判り難いので、目視でも見付けるのは難しいかも知れない。
もし今から少年が探索魔術を使ったところで、既に範囲外だろう。
「これは……東洋系……いや、『ヒンドゥー教』の術式か。ヤツはインドの魔術結社か……?」
催眠術を掛けられた上、姿をも変えられた『女性』を近くのベンチで休ませ、彼女に掛けられた魔術の構成を解析しながら、少年は考える。
(いや、しかし……この催眠術は、英国式のニオイが……西洋にアジアのエッセンスを混ぜ込むとなると……まさか……『黄金』!?)
そして、一つの『解』へと至ってしまうのだった。
なお、彼女が住むマンションはオートロックなので、寮の管理人には許可を取ってある。
しかし、部屋のチャイムを鳴らしてみても、出てくる様子はない。
今は夏休みなので授業は無い。
そして、彼女には補習を受ける予定は無く、部活もしていないため、学校にはいない。
実家へ帰省する場合は外出許可が要るが、その手続きも行われていないので帰省はしておらず、学園都市の中にいるのは間違いないのだ。
部屋に不在となると、どこかへ出歩いている事になる。
管理人から聞いた話だと、今日の朝7時30分頃、慌てた様子で建物から出て行ったのを目撃したらしい。
監視カメラを確認したところ、確かに同じ時間に制服姿の彼女が建物を出る場面が映っていた。
(カメラは建物の玄関付近にしか付いておらず、部屋の出入りの監視までは行き届いていない)
管理人から部屋の鍵を借り、女子生徒の部屋へ入ると、『ムワッ』とした『古い木のニオイ』がいきなり鼻につき、黄泉川はほんの少しだけ眉を顰める。
「……~~~ッ!!」
同行していた鉄装は鼻が曲がりそうになり、思わず口を押さえ、涙目で声にならない声を出す。
(……真夏にエアコンを切ったまま、
と、黄泉川は思った。
確かに、よく考えてみれば、無理があるのは分かり切っていた事だ。
あくまで黄泉川の『推理』に基づけばの話だが。
「7時半に家を出て、たったの2時間足らずで第十七学区の特別拘置所の中。しかも、私の目の前で同じクラスの男子生徒に
そう一人呟きながら、冷蔵庫を開けると、中身が半分程残った開封済みのパック牛乳があった。
日付を確認すると、消費期限が2日前(8月13日)になっている。
冷蔵庫の中はスッキリと整頓され、物を詰め込んでは放置して腐らせるタイプとは思えない。
「この部屋の主は、
「……やっぱり先輩もそう思いますか~」
黄泉川の独り言に対し、鉄装が同調する形で被せる。
「……って、お前、本当は分かってたみたいな口ぶりじゃんよ~」
「実は──」
鉄装の話によれば、黄泉川が管理人と話をしている最中、偶然マンションの同じ階に住んでいる
何でも、回覧板を回そうとチャイムを鳴らしても、朝や昼だけでなく完全下校時刻を過ぎた夜になっても出て来なかったらしい。
「とは言え、あの管理人さんに嘘なんか吐けるとも思えませんし、監視カメラの映像にも、どこもおかしな点はありませんよね……一体何が本当なんでしょうか……??」
そうボヤきながら、頭に手を当て悩む鉄装に対し。
「……
黄泉川は至極落ち着いた様子で、こう答えた。
それを聞いた鉄装は、訝しむ表情となり、黄泉川のほうをジッと見る。
そして、鉄装の疑問に答える形で、黄泉川は自分の推理を披露し始める。
「尾道統理は
「犯人……『役』……ですか?」
「そうじゃん。だから、彼女は数日前に『スカウト』され、『演技指導』を受けた後、
その推理に対し、鉄装は。
「……それって、『陰謀論』っぽいって言うか……考え過ぎじゃないですか~?」
と、先輩に対し口を滑らせてしまう。
だが、黄泉川は真剣な表情のまま、怒る様子も無く、ただ黙り込む。
「……先輩?」
黙っている黄泉川に対し、再び訝しむように声を掛ける鉄装だが。
「なあ……鉄装」
「はい?」
黄泉川は神妙な面持ちとなり、鉄装に対し、諭すように話し始める。
「私ら、
「何を……ですか?」
「
「それは、専門家じゃないと分からないと思いますし、まだ解明されてないんじゃ……」
「あの『
「確かに……あの『木原』なら、とっくにできててもおかしくないような」
「それだけじゃない。学園都市の外から逃げてきた
「ああ、確か……
「アレに関してはいくら調べても手掛かりが途中でプッツリ途絶え、ほとんど分からない事だらけじゃん。同じ日に起きた『人工衛星消失』についても何の手掛かりも出ないまま、スキルアウトによるテロの可能性も証拠不十分で、結局真相は藪の中で迷宮入りじゃん」
「それは……知りませんでした」
「
「私の知ってる事件ですか?」
「……テレスティーナの件じゃん」
「!!」
ここで、鉄装の表情がハッとしたものへと変わる。
「犯人のテレスティーナは警備員の上部組織のリーダー……つまりはウチらの上司だったじゃん。その時点で、本来ならウチらは初動すらできない程の圧力が掛けられてたじゃん」
「あの時は先輩も諦めかけてましたからね。でも『あの子達』からの説得で、先輩のやる気に火が点いたんですよね~?」
「それで事件が解決した……までは良かったが、その後、テレスティーナが暴走して、もう一波乱あったじゃんよ?」
「……『コードネーム:
「ああ、そうじゃん。結局アイツのやった事は幻想御手と
「それは……私にも分からないです」
「宗教の物語を参考に、
「確かに、『存在しない物理法則』が適用されるとは言え、『存在しない物質』はあくまで物質であり、生命じゃないですもんね」
「しかも聞いた話では、常盤台の超電磁砲が黒蛇に噛まれ病院に運ばれた後、宗教の
「まあ、よくある都市伝説じゃないですか?」
「……私もそう思いたいところだけど、それだとどうしても不自然な点が残るじゃん」
「??」
「あの負けん気の強い超電磁砲が、ただの蛇に噛まれた程度で動けなくなるとは思えないじゃん。猛毒でも打ち込まれない限り、
「……!!」
「それに加え、主治医の先生が言うには『毒は打ち込まれてたけど血清は効かなかった。それでもどういうわけか治った。原因は分からないし、嘘は言わない』の一点張りだったけど、風紀委員の花飾りの子の証言は『気合いで毒に打ち克った』、『能力者が倒れたら毒も消えた』、『そもそも毒じゃないかも知れない』てな具合にブレまくりだった。修道女を呼んだ事についても、
どうやら黄泉川は、テレスティーナの能力の正体の他にも、科学の申し子であるはずの初春達が宗教的存在である修道女のインデックスに協力を仰いだ事についても怪しんでいるようだった。
「それに何より……」
そんな彼女の勿体つけた話に飲まれ、鉄装が『……ゴクリ』と音を立て、ツバを飲み込む。
「ここだけの話、あの『花飾りの風紀委員』……初春って子、私に『口止め』してきたじゃんよ。『この子(修道女)がここで治療に関わった事は、この子のためにも内緒にしておいてください』……ってな」
「…………。」
その話を聞いた鉄装が、しばしの間、固まる。
「……え~~~~~!?!?」
そして、突然、素っ頓狂な大声で叫び出すのだった。
「シーッ! 静かにするじゃん」
「だって先輩、そんな内緒話、何で私にするんですかぁ~! 絶対喋っちゃいますって!」
「大丈夫じゃん。お前が喋ったって、こんな話、誰も信じないじゃんよ」
「そ、それって酷くないですかぁー!? それに、初春って子も証言をコロコロ変えてまで誤魔化してたくせに、そんな重大な秘密をゲロっちゃうなんて、語るに落ちてますよもう~」
そんな癇癪を起こす鉄装のペースに構わず、黄泉川は話題を終わらせるべく、締めへと入る。
「まあとにかく、私らの
そう締めくくりつつ、少しだけ意地悪な笑みを浮かべる黄泉川だった。
私、佐天涙子は、イギリスの朝食を堪能した後、ヴァーニーに学校を案内して貰う事となった。
スマホは一度部屋へ取りに戻ったので、既にポケットの中に入っている。
朝食後からも慌ただしかったせいで、着信を確認する暇は無かったけど。
クロトン・エメラルド研究所からクロトン女学院の校舎へは『ロンドン・ネクロポリス地下鉄』の『クロトン環状線左回り(反時計回り)』を一駅先に進めば行けるとの事。
もうすぐ夏休みの(10時からの)補習が始まるため、移動時間を考え、少し早め(25分前)に出発した。
ちなみに、地下鉄の車両の色は『赤緑青黄金銀銅黒の極彩色』へと変わっている。
(色が変わる仕組みが『磁性制御モニター』なのも、次の駅によって変わる色が決まっている事も既に聞いているので知っている)
……しっかし、極彩色って……テクノロジーの無駄遣いかよ。混ぜ過ぎ危険。
変化する車体色のヴァリエーションの一つとはいえ、こんなのに乗る人の気が知れないわ。
作業服店で大量に売れ残っている100円の特売品の蛍光オレンジレッドの作業着を、安いからと考え無しに買ったきりほとんど腕を通さず一度も外で着る事の無かったパパの心境が、今になってようやく理解できるくらいに、乗りたいという気持ちが全く起こらない。
てか、眩し過ぎて目が潰れるわ。
徳が低いと魂が焼かれそう。
『ぎぃんごぃんぐわん』と金属を擦り合わせるような耳障りで甲高い音まで響いてきそう。
と、口には出さないものの、全身全霊で拒絶する私を見兼ね、ヴァーニーが一言フォローする。
「……慣れれば何でも無いわ」
そう促された私は羞恥心を押し殺す形で、この『世界で最も恥ずかしい』車両に乗るのだった。
──恥の多い生涯を送って来ました。
あたしには、都会の生活というものが、見当つかないのです。
あたしは九州の田舎に生まれましたので、地下鉄を見たのはよほど大きくなってからでした。
……ってな具合に頭の中で『人間失格』な感じのセルフ朗読してると、あっという間に目的地へ着いてしまった。
私とヴァーニーが降りて振り返るとすぐに、車両の色が『赤と金のツートンカラー』に変わる。
「あれは『クロトン・ルビー』のシンボルカラーよ」
と、ヴァーニーが説明してくれた。
へー。
という事は、さっきの『名状し難き極彩色』は、全ての研究所のシンボルカラーを混ぜ合わせたものなのか。まさか、
学校名の由来である『
なお、
また、トウダイグサ科クロトンノキ属の『ヘンヨウボク(変葉木)』または『クロトンノキ』を指す場合もある。(こちらも英語名は『クロトン』となる)
ヘンヨウボクはその名の通り、葉の模様が様々な色の線や斑点によって構成されている。
クロトン女学院は、独自のシンボルカラーを持つ様々な研究所(学寮)の寄せ集めらしいので、由来としてはこっちのほうが近いのかな。
って事は、
……やっぱあるわけないか。
そんな感じで色々考えながら、ヴァーニーの後を付いて行くと──
そこには、『
正確には、地下鉄駅の正面入口周辺をハイソな町並みが囲み、そこから真正面には常盤台中学を彷彿とさせる威風堂々たる構えの正門が鎮座していた。
「はえー。これが、イギリス人が考えた本場イギリス仕込みのお嬢様タウンかあ。初春にも見せたかったなあ」
私は思わず感嘆の声を漏らす。
「イギリスの貴族階級は元々フランス出身だから、上流階級の文化はフランス仕込みだけれどね。そのフランスにしても文化の源流はイタリアだから、『
それに対し、ヴァーニーがツッコミついでにトリビアを披露する。
隙あらば何とやらというやつですか。
「ところでルイコ。『ウイハル』って、あなたのお友達かしら?」
「え? ……ああ、はい。そうです。同じ中学のクラスメイトで、あたしの親友なんですよ」
「へぇ。一度会ってみたいわね。ルイコのお友達なら、良い子で間違いないんでしょうけど」
「あはは。ヴァーニーなら、初春と良いお友達になれると思いますよ」
雑談に花を咲かせながら、私とヴァーニーは女学院の正門をくぐる。
……カン、カン! キン、キン!
何だろう、工事でもやってるのかな?
ツルハシでも打ち付けたような金属音が響いてくる方向へ目を向けると……。
赤いサマーセーターと
他の寮の生徒だろう。赤だから『クロトン・ルビー』か。
具合でも悪いのかと思い、近寄って見ようとしたら、ヴァーニーに肩を掴まれ止められた。
振り返ると、彼女は無言で首を横に振り、『ソイツに近寄るな』と暗に伝えてくる。
よく分からないまま、無関心を装いつつ、その場を通り過ぎようとした次の瞬間。
──ブォン!!!
……『ハンマー』が、頭部をこちらに向けた状態で、私の頭目掛け飛んで来た。
死角からだったせいで反応が遅れ、避け損なった私をヴァーニーが無理やり上から抑えつけて、二人とも体を沈み込ませた姿勢となり、背中の少し上をスレスレでハンマーが通過して行く。
……って! あっぶねー!!!
夜中の酒瓶男に続いて、本日二度目の危機一髪じゃんかよ!!
しかも、よりにもよって、『学舎の園』みたいな『お嬢様タウン』の中にある『お嬢様学校』の敷地内で、当のお嬢様から飛び道具で殺されかけるとか、いくら何でもありえないっしょ!!!
パニックになりかけている私の体を後ろへ引っ張り、ヴァーニーが即座にその場から離れる。
すると、それまで私達がいた場所に、赤い制服の『通り魔』が『五寸釘』を振り下ろしていた。
「ゆるさない……」
石畳の地面に釘を打ち付けた直後、長い黒髪を振り乱し項垂れた格好のまま、○けしゃん女が声を震わせながら不穏な呟きをする。
何を『許さない』のか、全くもって意味が分からないが。
「学園都市の人間が、何で
ここでまた、ドキッとするような事を言う。
一体何なんだ、この女は。あたしがここにいたら悪いのか。ちょっとだけカチンと来た。
ってか、何で学園都市の人間だって分かったんだろう。見掛けない顔だから?
それとも、あたしが日本人だからか。
「……マトモに取り合っちゃ駄目よ」
ヴァーニーが、横からそっと耳打ちしてくる。
まあ、アレな人なのは確実だから、取り合わないのが賢明か。
「あなた一人が本来の居場所に
だが、聞き流そうと思った矢先、コイツはまた難儀な事を言い始める。
何なんだ、それは。禅問答でも始めようってのか。
あたしに本来の居場所とやらがあろうが無かろうが、遠出とか旅行したりするのは勝手でしょ。
あたしの知らない所で誰かが助けを求めたとして、それがあたしに関係あるとでも言うつもり?
そんな事を一々言い出してたら切りが無いでしょうが。ふざけんなよ、アホらしい。
「
そして、いよいよもって意味の分からない事を言い始めた。
いくら友達作るのが得意だからって、あたしに1万人も友達なんかいませんってば。
小学校に入ったばかりの頃、『友達100人できるかな?』の歌を真に受けて、本当に友達100人作ろうとした結果、最多記録31人で挫折したってのに。
(しかもすぐに煩わしくなって、20人以上と疎遠になったし)
「ああ……見える……
何か普通の人には見えないモノでも見てるんだろう。
電波の入った支離滅裂な女は、振り乱された長い黒髪の隙間から覗かせる形で、ギョロッとした『四白眼』を見開きつつ、両手を広げ天を仰ぐ。
そこに現れた、黄色のサマーセーターと黄土色のペンシルスカートの制服を着た女生徒の集団が周囲を取り囲み、電波女の両手両足と頭をガッチリ拘束した後、そのままどこかへ運んで行く。
直後、女生徒の一人が私達に向かい軽く会釈をした後、すぐに他の女生徒達と合流する。
私も同じ様に会釈を返すものの、タイミング的に間に合わず、スルーされる。
「かくきけくこくけけーー!!! あくせられーたーだー!! よろしくぅーー……!」
そして、連れ去られていく電波女の甲高い奇声が、だんだん遠のいて小さくなっていった。
お礼を言う暇も無かったし、結構慌ただしかったな。
一時はどうなる事かと思ったが、どうやら事なきを得たようだ。
私は安堵の溜息を吐いた後、気を取り直して、再び歩き出そうとした矢先。
……ほんの微かな『AIM拡散力場』のニオイが鼻腔をくすぐった。
これは……ヴァーニーの……とは別の能力??
近くにいるヴァーニーからも、恐らく『原石』としてのだろうけど『
特に、昨日初めて会った時よりも、昨晩の夕食時や今朝のほうがより色濃く感じられる。
多分、あたしを寮まで案内した後、どこかのタイミングで能力を使ったんだろう。
でも、それとは別に、ここに来てから新たに嗅ぎ取ったニオイがほんの少し混じっているのだ。
まさか……さっきの電波女の……
行間
完全下校時刻15分前の放送が鳴ったため、御坂美琴と遊んでいた子供達は寮に帰る事にした。
御坂は子供達をバス停まで送り届けた後、歩いてきた道を引き返し始める。
なぜなら、バス停までの道のりを子供達と歩いている途中で
まるで、
そして。
彼女の目の前には……夕日を背に、彼女と全く同じ背格好で瓜二つの少女が立っていた。
──ここより先、御坂美琴の運命の歯車が大きく狂い始める。
私、佐天涙子は案内役のヴァーニーと一緒に、夏休みの補習のための教室にいる。
今日の補習は朝10時からの予定らしく、既に始業5分前を過ぎていた。
なお、私は留学してきたばかりなので、わざわざ補習を受ける必要は無い。
ただ、ここでの授業がどんなものか知っておきたいので、見学のためにいるのだ。
ヴァーニーも同様に、補習を受ける必要は無く、私の付き添いらしい。
教室の片隅に、さっきの黄色い制服の集団の中にいた数人の女生徒達を見付ける。
彼女達も補習を受けるのか……。
そんな私の視線の方向に気付いたのか、ヴァーニーは黄色の制服軍団を指差し。
「……『クロトン・ダイヤモンド』ね。さっきのやり取りを見て分かる通り、あいつら軍隊ばりに鍛え抜かれてるけど、それに比例して『脳筋』だから、ああいう『落ちこぼれ』が結構いるのよ」
と、本人達に聞こえる場所で、小声とはいえ、失礼極まりない事をズケズケと
あの……もう少し、こう、何というか……手心というか……皮肉が得意なイギリス人だしさあ。
ほら、聞こえちゃってるし、こっち見てる。
……ああ、あたしが睨まれちゃってるよ。言ったのヴァーニーなのにい~。
そんな感じでピリピリしてると、先生が教室に入って来た。
「そろそろ授業が始まるわ。科目は『リベラルアーツ』(自由七科)……あなたにも分かるように言い換えると『読み書きソロバン』ってところかしら」
授業開始まであと僅かのタイミングで、ヴァーニーがそう教えてくれる。
計算じゃなく『そろばん』ですか……小学校の時、計算練習のためほんの少しだけかじった覚えがある。まあ、昔のアナログな計算道具で、今はどこもデジタルだから、古い表現だと思うけど、最近になって教育の面で見直されてるらしいから、別にいいか。
授業内容は、語学を除いてほぼ全て英語で進められる事以外、
まあ、数学の記号が日本で使われるのと微妙に違うのと、ラテン語があるのがネックだけど。
さらに、授業が1コマ50分程度なのは学園都市と同じだけど、先生の話を聞く座学中心の
ここら辺はイギリスのほうが遥かに進んでるのかも。
だって、ただ授業を聞くだけだと受け身になっちゃって、サボるというか、聞き流すというか、隠れて適当にやり過ごす癖が付いちゃうし。
でも、議論をするとなれば、これはもう積極的に参加せざるを得ないでしょ。逃げられない。
まあ、いつも適当にサボってばかりのあたしには、正直辛いところだけど。
これから、ここで授業を受けるとなれば、慣れた頃には格段に学力が上がってる事だろう。
……ついて行けるか、正直不安だなあ。
解説1:
歴史に関する生々しい話:
ヴィクトリア女王にロシアンティー(レモンを乗せた紅茶)を振る舞った孫娘の
だが、ロシア革命で誕生したボリシェヴィキ政権(ソヴィエト連邦成立前)による皇族に対する粛清に巻き込まれ、1918年、革命軍の手で銃殺される最期を遂げ、遺体はソヴィエト連邦崩壊後になってようやく発掘された後、身元が判明するという何とも悲惨な目に遭った。
東ヨーロッパ情勢について:
作中ではロシアから独立した国々によって『エリザリーナ独立国同盟』が結成されている。
ロシアのやり方に反発し、その影響から逃れるため、ヨーロッパとの交易路を繋ぐように、その領土はロシアの首都モクスワ近くから東西に長く伸びており、ロシアからは警戒されている。
そのモデルはウクライナかベラルーシとされる。
ロシアンティーの話に繋げるなら、紅茶にジャムを入れる国(地域)が領土に含まれる。
解説2:
リベラルアーツ(自由七科)は、『人が自由であるために持つべき必要な教養・技芸の基本』とされる学問分野を指す。
言語学・修辞学・論理学の3学と、算術・幾何・天文・音楽の4科からなる。
厳密には、『読み書きソロバン』に加え、弁論術や論理的思考、図形計算、天文学、音楽も加わるため、その内容はかなり広い範囲に渡る。