とある佐天の裏技遊戯(ニューゲーム)   作:RB_Broader

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絶対能力進化(レベル6シフト)・前編
昼の倫敦と夜の学園都市、運命の八月望日(Xデー)


 私、佐天涙子(さてんるいこ)は、イギリスの学園都市協力機関であるロンドンのクロトン女学院にて、夏休みの補習授業を見学していた。

 

 朝10時から始まった授業は、2時間の講義と1時間の演習で構成され、昼にズレ込む形となる。

 これは別に補習を受ける生徒が昼食抜きというわけではなく、元々イギリス人のランチタイムはキッカリ正午からとは決まってないだけなのだ。

 その日の時間割によっては正午から午後1時まで授業があったりもするし、学生食堂は午前10時から午後4時までと、割と長い時間利用できるため、たとえ授業が1時間程度ズレ込んでもお昼を喰いそびれる事は無いらしい。

 

 そして、11時50分に講義が終わり、10分間の休憩を挟んだ後、生徒が自主的に議論に参加する演習の時間が始まった。

 私とヴァーニーは教室の隅っこで、演習に参加する生徒達の様子を見学する。

 

 …………。

 

 いやぁー、みんな大人だねえ。

 他人が話してる時は、誰も途中で口を挟まないし、キチンと最後まで静かに聴いている。

 質問がある時は、話す前に手を挙げるのを忘れない。

 それに話す人もキチンと口を大きく開け、ハキハキとした教科書通りの発音で、身振り手振りを交えつつ、ハッキリと意見を述べているので、とても聴き取りやすく分かりやすい。

御坂(みさか)さんや白井(しらい)さんは普段からできてそうだし、初春(ういはる)もハッキリ物を言うけど、あたしやアケミ達みたいな『普通の学生』は、そういうの全くできてないというか、及びもつかないというか……ここの人達の爪の垢でも煎じて飲ませてほしい気分だわ)

 

 理路整然と意見を述べる方法として『PREP(プレップ)法』というのがあるらしい。

 まず、『結論(Point)』から話し始め、『理由(Reason)』、『事例(Example)』、そして最後にもう一度『結論(Point)』の順に話すと理解しやすく説得力があるのだとか。

(ヴァーニーから教わったんだけど)

 

 補習を受けているのは不真面目な劣等生ばかりという先入観とは裏腹に、みんな真面目に授業に参加しててホントえらいねぇとしか思えない。

 

「彼等の制服の色に注目しなさい」

 

 ここで、ヴァーニーが横からそっと耳打ちしてくる。

 

 ……?

 何だろう。

 

 よく分からないまま、言われた通りに、参加する生徒達の服の色を眺めてみる。

 

 すると……黄色がほとんどで、赤と緑が一人か二人で、青が見当たらなかった。

 

「……補習を受けなきゃいけない劣等生のほとんどは(ルビー)だけど、奴らジャンキー揃いだから補習なんて来ないの。精々マシなのが一人二人来るくらいね。我が(エメラルド)も、恥ずかしながら一人いるわね。でも彼女は元々病気がちで休みが多かったから、決して成績が悪いわけじゃないのよ」

 

 なるほど。つまり、補習に来てる時点で真面目に授業を受ける意思があるというわけか。

 

「……で、(サファイア)の奴ら、忌々しい事に成績だけは優秀揃いだから補習を受ける生徒なんて本当に一人もいないのよ。しかも見学にすら来ない。補習そのものを見下してるのか、見に行く事すら恥だとでも思ってるのか、プライドばかり高くて鼻持ちならない、ホントいけ好かない連中なのよ」

 

 ていうか、ヴァーニーってアデレードさんに対しても結構キツい事ばっか言うし、サファイアに対する憎しみが尋常ってレベルじゃないんだけど、何か嫌な事でもあったのだろうか。

 

黄色(ダイヤモンド)の脳筋連中は基本真面目だけど鈍才(バカ)だから、どれだけ頑張っても何割かは学業成績不良で補習を受ける傾向にある。でも、軍隊式の厳しい訓練で鍛えられてるから、根性だけは他の追随を許さないのよ。だから粘り強く、真面目に努力し続けられる。言うなれば、シンボルカラーにもなっている『黒鉄(くろがね)』の意思を持っている。そこだけは認めてもいいわ」

 

 半分以上貶してるとはいえ、口の悪いヴァーニーですら一目置くレベルということか。

 ちょっとだけダイヤモンドに興味が出てきたな。

 さっきも警察か軍隊みたいな統率の取れた動きで、あたし達を助けてくれてたし。

 

「……でも、翼を持たない人間が鳥に憧れていくら腕を鍛えて羽ばたいても空を飛べないように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ここで、私の心を見透かしたヴァーニーが『お前にそういう努力は向いてないから諦めろ』と、暗に諭してくる。

 ……言われなくても分かってるけど、それを言うなら、無能力者(レベル0)超能力者(レベル5)になるのを諦めろと言われても否定できなくなっちゃうから、あたしとしては、承服はできないかなあと思う。

 


 

行間

 

 正午を過ぎた頃、ロンドンのイーストエンドの一角、クロトン・エメラルド研究所女子寮の建物のある通りでは、黒装束の集団によって、浮浪者の男がリンチを受けていた。

 その浮浪者は、夜中に出歩いていた佐天に酒瓶を投げ付けた男だった。

 

「も、もう……やめてくれ……命だけは、勘弁してくれ……全部話したじゃないか」

 

「……デタラメを言うなっ!! ()()()が、たかが小娘に倒されただと……!?」

「そうだ……あの男が、子供に負けるわけが無いんだ」

「あの男の前では誰もが子供に戻ってしまうのだから、負ける道理が無い」

「あやつがおらなんだら、わしらはこれからどうやって『生贄』を調達すればよいのだ……」

「とりあえず、我等の目の前にいるこの役立たずの『犬』を生贄に捧げてから考えよう」

「馬鹿を言え。斯様な薄汚い輩など使えるわけが無かろう。燃料にもならぬわ」

「やはり生贄に捧げるのは魂が穢れていない子供でなくては」

 

 どうやら黒装束集団は『○ーター○ン野郎』の仲間らしく、彼が佐天に倒されたという目撃談を信じられず、酒瓶男を寄って集って詰問していたのだ。

 さらに、口々に『生贄』がどうのと物騒な話もしている。

 

 黄金系魔術結社『宵闇(よいやみ)の出口』──それが彼等のグループ名だ。

 

 かつて、世界トップレベルの魔術師達が集い結成された魔術結社『黄金の夜明け団(G∴D∴)』。

 彼等はあまりに有能揃いだったため、ものの数年でやる事全てやり切ってしまい、()()()()()を切っ掛けに内部抗争に明け暮れた末に空中分解する。

 その後継を自称する『黄金』系魔術結社が雨後の筍の如く数多く結成されたが、その中でも群を抜いて『多大な犠牲を伴う』魔術に特化した集団が、『宵闇の出口』だ。

 

 ただし、払う犠牲と対価が必ずしも釣り合うわけではない。

 等価交換が成り立つのは、とある錬金術師が主人公の物語の中だけだ。

 それに、魔術師達にとってはいかに少ない対価で多くの成果を得るかが腕の見せ所なのに対し、この集団はそんな事などお構いなしに、平気で多大な犠牲を出し続けるのだ。

 しかも、子供達を数人犠牲にして、ビスケットを一枚作るのがやっとと言う程のお粗末ぶりで、魔術業界では『インテリぶった野蛮人の集団』と称される程の無能な脳筋集団らしい。

 もはや、魔術サイドの『木原』とすら呼べない、もっと悍ましい何かだろう。

 

 そんなクソ野郎共だが、これまでは生贄の調達を外から招き入れた()()()魔術師に頼っていた。……のだが、その魔術師が突然消息を絶った挙げ句『女学生に敗れた』などと、信じ難い目撃証言まで入ってきたのだから、彼等にとってはまさに『青天の霹靂』というわけだ。

 

 これからそう遠くない未来、生贄を調達するための『人身売買ルート』を確立するべく、彼等は科学サイドのとある事業に一枚噛む事となり、それによって()()()()()()()()()の首領と衝突するのだが、それはまた別の話。

 


 

 御坂美琴(みさかみこと)は、偶然遭遇した自身の『クローン人間』と、木から下りられなくなった小さな黒猫を()()()()助けたり、何故か一緒にアイスを食べたり、紅茶やケーキをご馳走したりしていた。

 というのも、このクローン、どういう経緯か、オリジナルの御坂美琴の事を『お姉様』と呼び、あたかも本当の妹であるかのように、言葉巧みに甘えまくっているのだった。

 

 挙げ句の果てに、御坂が試着目的で貸し与えた(クローンが着ているサマーセーターに安全ピンで留めた)カエルの缶バッジを『既に所有権が移動したから自分のだ』などと言い張り、返すのを拒んだため、『姉妹同士』でのバッジの奪い合いに発展する。

 

 最初は未知との遭遇のはずだったのに、クローンが掴みどころのない『かなりイイ性格』をしていたせいで、御坂の調子が狂い、何だかおかしな事になっていた。

 しかも、『アンタに付いて行けば製造者に会えるのね』と早合点したオリジナルを釣ることで、お菓子をご馳走になろうという魂胆だったのか、このクローンは、自分に付いて行ってもクローンを製造した研究者には会えないと、別れの段になってからようやくネタバラシしたのだ。

 

 だが、この時点ではまだ、御坂には知る由も無かった。

 クローンには希望の無い運命が待っている事や、これが『今生の別れ』になる事を。

 

 御坂はクローンと別れた後、クローンが『パスの確認』と称して告げた『暗号』について調べるため、ハッキング情報処理に詳しい初春の携帯に電話する。

 

 ちょうどその頃、初春は自分の学生寮で春上(はるうえ)さんと一緒に手分けして夏休みの宿題を片付けているところだった。

 風紀委員(ジャッジメント)の夏季公募やら、弁護士誘拐事件の()()調()()やらで、宿題が疎かになっていたためだ。

 

 御坂から『暗号』を教えられた初春は、何の気無しに、それが『セキュリティーランクA以上の情報に付いているパスに似ている』と答える。

 

 そして、電話を終えた後、はたと気付く。

 

「御坂さん……一体何を調べてるんだろう」

(まさか、また何かの『事件』?)

 

「どうしたの? 初春さん」

「……いいえ。何でもありません」

 

 そんな初春の様子を心配する春上さんに対し、初春はお茶を濁すような返事をするのだった。

 

 その後、初春は御坂から電話で教えられた『暗号』の事がずっと頭から離れず、宿題に集中できなくなったため、適当な所で切り上げる。

 そして、春上さんに『風紀委員の支部に忘れ物をしたから取りに行く』と嘘の理由を告げた後、パジャマから制服に着替え、ノート端末を収納したリュックを背負い、そのまま部屋を飛び出して行ってしまう。

 

 部屋を出た後、初春は頭の花飾りの中に()()()()()()USBメモリーを引き抜く。

 それを右腕に着けた小型端末に差し込むと、中身のデータのリストがズラリと表示される。

 その中から、先程御坂さんから聞いた暗号の文字列を含むデータをピックアップする。

 

 ……と、そこには──

 

絶対能力進化(レベル6シフト)計画

 

 ──という論文のタイトルが表示されていた。

 


 

 大規模情報観測システム『Euros(エウロス)』。

 

 電脳を支配する少女・初春飾利(ういはるかざり)によって開発された大規模データ収集システム。

 広範囲のネットワークから()()()()()()()()()()()()()()自動収集したデータを整理・分析し、外部記憶装置に出力する。

 

 初春飾利が普段から頭に装着している花飾りのカチューシャに内蔵され、初春本人の代わりに、シームレスにデータを収集し続けている。

 出力したデータはファイル形式でUSBメモリーに記録され、パソコン等で見る事ができる。

 

 要するに、全自動ハッキング万能情報処理装置であり、機械化された初春の分身とも言える。

 名前の由来はギリシャ神話の『東風の神』から。

 


 

 御坂美琴のルームメイトかつ後輩の白井黒子(しらいくろこ)は、常盤台外部学生寮の自室の中、ポツンと一人で御坂の遅い帰りを待っていた。

 

「お姉様……今日はやけに遅いですわね。それにいつもなら、門限破りの際は寮監の目を誤魔化すため、事前にわたくしに連絡をくださるのに、今日に限って何の連絡も無しですの」

 

「…………」

 

「……まさか、お姉様まで()()()()()みたく眠らされて、どこかで寝たきりになってるとか……」

 

「……そんなわけありませんわよねー。お姉様が不覚を取られる相手など、第一級警報発令(コードレッド)クラスのバケモノくらいしかありえませんの」

 

「…………」

 

「……でもまさか、いつぞやの『三沢塾ビル』への巨大な赤い落雷と、『時間巻き戻し』のような()()()()()()()を自在に引き起こせる、『不世出の規格外能力者(ミュータント)達』が実在するとしたら……」

 

「……そういえば、()()()()()()()()の犯人、まだ捕まっていませんでしたわね」

 

「…………」

 

「……地上から衛星軌道上まで届く遠距離攻撃なんて、お姉様の全力レールガンでも無理ですの。それどころか、学園都市の全学生、全ての能力者を集めてもできっこありませんの」

 

「…………」

 

「……って、そんな星空の中から星屑を見付けるような、万に一つどころか億に一つも無いような可能性を考えても仕方がありませんの! それを言うなら、()()()()()()()()()のほうがよっぽどありえますの」

 

「……はっ! も、もしや、お姉様は他の超能力者(レベル5)に喧嘩を吹っ掛けていらっしゃるのでは……」

 

 白井は延々と独り言を続けるうち、ドツボに嵌った末、『ありえない可能性』に考えを巡らせてしまった事で、両手で頭を抱えるとともにワシャワシャと引っ掻き回しつつ、首を絞められた鶏のような唸り声を上げながら、ブンブンと頭を振って髪を振り乱すのだった。

 

『RRRRR──』

 

 そのタイミングで、白井の携帯のベルが鳴った。

 近未来的なフォルムの携帯を手に取り、サブディスプレイに表示された発信者名を確認。

 発信元は初春の携帯だ。

 

「はい、こちら白井。……何ですの、初春?」

 

『──白井さん。一緒に来てもらいたい所があるんですけど、今からいいですか?』

 


 

 夜9時を回った頃、学園都市は教師などの大人や大学生、そしてスキルアウトなどの不良学生が多く出歩く『夜の街』の様相を呈していた。

 

 小学生は勿論、マトモな中高生はみんなとっくに寮へ帰り、勉強しているか寝ている時間帯だ。

 真面目な風紀委員は仕事でも無い限り、勝手に出歩くなどありえないし、ましてや年端も行かぬ少年少女が人目に付かない裏路地や橋の下、操車場で()()()()()()()()()()など以ての外だろう。

 

 その頃、第七学区の外れにあるボロアパートの一室のドアの前に、女学生の格好をした『女』が立っていた。

 

『ピンポーン♪』

 

 と、チャイムを鳴らすと、少し時間をおいて、開いたドアの向こうから眠そうな顔をした少年が出てくる。

 

「なんだぁ? ウチは新聞は取らねぇぞ。図書館でも読めるし、紙を無駄にするのは根性な……」

 

 黒髪ボサボサ頭の少年は、ちょうどお風呂上がりのようで、海軍旗がプリントされたTシャツと白い短パン姿だった。

 

「って、誰だか知らんが、オナゴがこんな夜遅くに何で俺んち来てんだ?? さっさとウチ帰れ」

 

 ドアの前にいる『女』が女子の制服を着ているためか、紳士的な少年は彼女を未成年の女学生と見なし帰るよう促す。だが──

 

「……あたち、なにもおぼえてないの。じぶんがだれだかわからないの。おうちのばしょもわからない。おなかすいた。なにかたべさせて。うえーん……!」

 

 ──『女』は、まるで生まれたての赤ん坊のような表情で、幼児そのものの喋り方で、目の前の少年に助けを求め、啜り泣き始めたのだ。

 

 それから数分後、快く部屋の中に上げてくれた心優しい少年は眠りの中にいた。

 

 風呂から上がったばかりで、これから冷たい飲み物でも飲もうかというタイミングでの、不意の来客だったので、少年は冷蔵庫から冷えた麦茶を出し、コップに注いで分けてくれた。

 

 少年曰く、『炭酸とかいう甘い飲み物はそればっか飲んでると、だらけきって根性無しになる』らしく、代わりに『ミネラルがたっぷり入った麦茶は体に良くて根性も付く』との事。

 

 その後、『女』は自分に出された麦茶の入ったコップにコッソリ睡眠薬を混ぜた上、『魔術』を使ってコップの中身を少年の分とすり替え、まんまと少年を眠らせるのに成功したのだ。

 

「……『規格外の第七位(ナンバーセブン)』と言うからには魔術や催眠の類は効かないものと見て、敢えて()()()()()()()()()籠絡した後、()()()()()()薬を盛ってみたが……案外すんなり上手く行ったな」

 

 少年の寝顔を眺めつつ、『女』は『記憶喪失の精神年齢赤ちゃん』の演技を忘れ、ほくそ笑む。

 

「さて。こいつの精神に『同調(ダイヴ)』して、中身を覗くとしよう」

 

 そう呟き、『女』は少年の額に手を当て目を瞑る。

 すると彼女の頭の中に、少年の考えている事が少しずつ『コピー』されていく。

 

(……ッ! 何だこいつ……頭の中はハッキリとイメージできるのに、考えている事の意味がまるで分からんッ……バカと天才は紙一重なのか?!)

 

 それまで演技を除けば冷静かつ冷酷で一貫していた『女』の表情が、あからさまに調子が狂い、狼狽えたものへと変わる。

 

「とりあえず、『炎を纏った黒い蛇か()()()の蛇』のイメージを探すとするか……」

 

 気を取り直すように、『女』は『本来の目的』を確認するため、意識的に言葉として発する。

 

「……お前、何してんだ??」

 

 その時、不意を突く形で、少年が目を開け、『女』に問いかける。

 

「うぉっっ!?!?」

 

 仰天した『女』が反射的に手を引っ込め、体をビクつかせて、思わず大声を上げてしまう。

 

「……よっと!」

 

 少年は仰向けの姿勢から、足を大きく後ろへ振り上げ、その反動で一気に起き上がる。

 

「急に寝ちまって悪かった。手当てしてくれてたのか。サンキューな」

 

 睡眠薬を盛られた事にすら気付かないまま、すぐに目覚めた少年は『女』にお礼を言う。

 

(な、何だコイツ……グリズリーですら一日は目覚めない程の強力なヤツだぞ……ありえん)

 

 その後、すっかり怖じ気づいた『女』は、少年の頭の中からこれ以上の情報を引き出すのを一旦断念し、大人しく記憶喪失の赤ちゃんの演技を再開し、非常食のレーション(乾燥ビスケット)をご馳走になった後、少年が床に就くまでの間、寝たふりをし続けるのだった。

 


 

 午後1時を10分過ぎた頃。私、佐天涙子はクロトン・エメラルド研究所の女子寮に戻っていた。

(ちなみに、エメラルド行きの地下鉄の車両の色は『緑と銀のツートンカラー』だった)

 

 クロトン女学院の校舎にある学生食堂で昼食をご馳走になるつもりだったのだが、夏休み期間中や土日などの休日はお休みのため利用できないとの事だった。

 代わりに女子寮の食堂が昼間も営業しているため、そこでお昼を食べる事になる。

 

 昼の食堂には、朝作ったベーコンエッグやトーストの残りと、追加で作ったベイクドビーンズとサラダの残りがあるだけだった。

 時間が少しズレたせいもあるけど、人も疎らだった。

 

「……これだけ?」

 

 と、つい不満を零してしまう。

 一方、ヴァーニーは脇目も振らず、サラダバーへ直行し、自分が食べる分を確保している。

 しょうがないので、私は比較的温かいベイクドビーンズと、冷めたトーストとベーコンエッグを皿に取り、マグカップに紅茶を淹れた後、ヴァーニーがいるテーブルの向かい側に座る。

 

 最初に、まだ作ってからあまり時間が経っていないベイクドビーンズを口に運ぶ。

 

 ……んん。これは結構イケるかも。

 昨日の夜食べたのは時間が経ってて味が落ちてたのかな。

 

 そして、冷めたトーストにバターを塗った後、試しに『マーマイト』を少しだけ付けてみる。

 今朝、ヴァーニーがトーストに塗っていたのと同じものだ。

 スマホで少しだけ調べてみたのだが、『ビールの酒粕みたいなもので酵母の塊』らしい。

 イギリス人ですら好き嫌いの分かれる独特の風味にもかかわらず、昔から親しまれている伝統的なロングセラー商品で、健康食としても知られているとの事。

 

 パクッ。

 

 …………。

 

 うーん、マズいっ! もういらない!

 

 冷めたトーストでもバターかマーガリンをたっぷり塗っておけば、ザラザラ感や硬さが和らいで何とか食べられるってのは経験則で知ってる。

 でも、これはトーストが冷めているかどうかなど全く関係ない。

 バターの他に塗っているモノのせいだ。

 

 タレに漬け込んだお肉を鉄板で焼いた後のお焦げを掻き集め、余分な油を抜いて舌触りが滑らかなペースト状になるまで細かく挽いたのを、できる限り上品な味に調(ととの)えたような塩味と苦味が、胸をムカつかせる。わざわざパンに塗って食べようとは思えない味。(作者注:個人の感想です)

 

 ……いや、言い過ぎか。

 初めて飲んだブラックコーヒーで胸焼けしそうになった時の苦味……いや、それも違うか。

 

 バターを一緒に塗った事で多少マイルドになっているとはいえ、この類の苦味は苦手だなぁ。

 他はそんなに変な感じはしなかったので、この苦味のせいで好き嫌いが分かれるのかも。

 慣れれば何てことは無いんだろうけど。

 納豆嫌いな人にとっての納豆みたいなものか。あたしは納豆好きだけど。

 

 そして、これまた冷めてカチカチになっているベーコンエッグを強引に噛みちぎりながら食べていくも、やっぱり硬すぎて不味かった。

 よく噛まないと飲み込めないし、よく噛んでも喉に引っかかる。

 なので、トーストと一緒に口に入れてから、紅茶で流し込む。

 

 それほど量は無いはずなのに、冷めて硬くなったせいで、妙にもったりした重たい感じがして、あまりお腹に入らないため、すぐに食事を終えてしまう。

 ……何だか、もっと水分取らないといけない気がするなあ。紅茶をおかわりするか。

 

 正面にいるヴァーニーのほうを見ると、冷めたトーストは持って来ておらず、たっぷりのサラダにオリーブオイルと酢を混ぜたドレッシングをかけたのと、温かいベイクドビーンズを美味しそうに食べている。

 ……あたしもサラダにしとけばよかったかなあ。

 

「平日の昼食は残りものばかりであまり美味しくないから、軽く済ませるつもりのほうがいいわ。どうせすぐに『おやつの時間』だし」

 

 ……え?

 

「3時からはティータイムよ。……まあ、1時間か2時間くらい遅らせても別段支障はないけど」

 

 それをもっと早くに言って欲しかった。

 よくよく考えると、ヴァーニーはお腹に溜まらないものばかり選んで食べているようだった。

 あたしはお腹いっぱいにする事にとらわれ、冷めたトーストに手を出してしまったと言うのに。

 これのせいで食事が一気に重くなったような……って、お前が戦犯かいっ! 冷めたトースト!

 

「……あらかじめ教えておいてもよかったんだけど、失敗しないと覚えないから」

 

 そんな、『痛くなければ覚えませぬ』みたいに言わなくても。

 分かってたなら教えて欲しかったけど、失敗しないように先回りする形で何でもかんでも手取り足取り教えてたら、失敗しない分何も身に付かないと言うのも、理屈としては分からなくもない。

 

 ……ヴァーニーって、口が悪いのは勿論だけど、時々『底意地の悪さ』を感じさせるよね。

 弱いヤツ、頭の悪いヤツは馬鹿にして、だらしのないヤツはさっさと置いて行くみたいな。

 馬鹿にされるようなのが悪い、付いていけないのが悪いと言われればそれまでだけど。

 

「食事が終わったら、腹ごなしに少し歩きましょうか」

 

 私の不快な感情が顔に出ていたのか、ヴァーニーは若干バツが悪そうにそう提案してきた。

 

 ……まあ、昨日の今日で突然やってきたあたしの案内役をイヤな顔ひとつせず引き受けて、右も左も分からないあたしに色んな事を懇切丁寧に教えてくれたり、顔色を見ながら色々気遣ってくれたりもするし、今朝は寝坊したあたしをわざわざ部屋まで起こしに来てくれたり、変態女や電波女から守ってくれたりもしたから、物凄く面倒見のいい人なのは間違いないんだけど。

 


 

 絶対座標:X-162258、Y-415687。

 学園都市第十七学区の自動工場ビル群の谷間にある人目に付かない路地裏の一角。

 

 ──絶対能力進化(レベル6シフト)計画の第9982次実験(戦闘)が行われる開始予定位置である。

 なお、開始時刻は8月15日21時00分。

 

 『神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの(SYSTEM)』とは、学園都市が目指す理念であり、設立目的。

 その体現者とされる絶対能力者(レベル6)の創造は、学園都市の悲願と言える。

 その夢に魅せられたあまり、人の道を踏み外し、冥府魔道に堕ちた研究者は数知れず。

 中でも、木原幻生(きはらげんせい)や、テレスティーナ=木原=ライフラインなどの天才科学者による執着ぶりは際立っており、その研究の犠牲となる子供達は今なお増え続けている。

 

 今度の実験もその研究の一環であり、木原幻生が提唱し、樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)の予測演算によって、指示通りに遂行した場合の達成が確約された一大プロジェクトなのだ。

 

 研究対象は、学園都市第一位の超能力者『一方通行(アクセラレーター)』。

 彼を通常のカリキュラムによって育成した場合、絶対能力者になるまで250年もかかるらしい。

 それは『250年法』と名付けられたが、当然ながら、人間の寿命では到底間に合わない。

 聖書の登場人物のように千年近く生きられるのなら話は違ってくるのかもしれないが、いずれにせよ、どれだけ早くから始めたところで、達成する頃にはヨボヨボの老人では意味がない。

 第一位ですらそうなのだから、従来のカリキュラムでは誰がやっても無理なのだろう。

 

 そこで、通常ではない『異常』な方法を選択する事になるのは当然の帰結と言えよう。

 ただし、木原にかかると、その『異常さ加減』が半端では無くなると言うだけの話だが。

 

『訓練より実戦のほうがレベル上がるの早いから、どんどん戦わせろ』

『できれば強いヤツと戦うほうがいいけど、返り討ちに遭ったら元も子もないというか、そもそも大前提として一番強いヤツをさらに鍛える話だから、格下で我慢するしかないんだけど』

『なので、できるだけ沢山の敵と戦わせろ』

『レベルアップが頭打ちにならないよう、敵もレベルを上げていけば、なお良い』

『命懸けの真剣勝負じゃないと実戦経験積めないので、殺し合いは必須』

『……そういえば、お(あつら)え向きの奴等が確かいたっけな』

『塩漬けになった“量産型能力者(レディオノイズ)計画”のために作られたクローンを戦わせよう』

『予測演算によれば、オリジナルの超能力者が相手の場合128回倒せばレベルアップできるけど、クローンは弱いから2万回倒す必要があるらしい』

『それならクローンを2万体作って、脳波でネットワークを繋げて記憶を共有する事で経験を積ませれば、数をこなせる上に徐々にレベルを上げていけるから一石二鳥だろう』

『よし、そうしよう。今すぐやろう。善は急げ。悪でも急げ』

『……あ、御坂美琴(オリジナル)には内緒な』

『子供の頃にDNAマップを嘘の理由で騙し取った件もバレると流石にマズイから』

 

 ──などと、()()()()()()()()()()()()()()クソッタレの研究者達が言ったか言わなかったかは定かではないが、概ねそんな感じの発想に基づき大勢の命を磨り潰すような、人権も倫理も法律も全力でスルーしたイカレた計画は、かなり前から進められ、既に半数近くのクローンが殺された。

 

 今度行われる第9982次実験──9982人目のクローンとの戦闘もつつがなく行われ、また一人、殺害されるのが確定している。

 

 そして、戦闘は既に始まっており、開始地点には、被験者の一方通行や、敵役のクローンの姿はもうない。ただ、クローンが頭に装着していたと見られるゴーグルのみが残されていた。

 彼女が一方通行に向けてサブマシンガンで銃撃を浴びせた際、能力によって『反射』された銃弾がゴーグルに当たった事で、破損したゴーグルが地面に落ちたままになっているのだ。

 

 クローンから聞いた『パス』を使って、セキュリティーランクの高い機密情報にハッキングした御坂美琴が、その場所を突き止めるまで、それほど長い時間を必要とはしなかった。

 計画の存在や、次の実験が行われる日時と場所を知った彼女は、実験開始より遅れること13分、その場所へ駆けつけ、そこで()()()()()()壊れたゴーグルを発見し、尋常ではなく思い詰めた様子で、別の場所を探し始める。

 

 それからさらに遅れること3分、白井の空間移動(テレポート)で、初春と白井がその場所を訪れる。

 

「やっぱり……この論文に書かれている事は間違いありませんでした」

 

「まだ事実と決め付けるのは早いですわよ初春。……そこに転がっているゴーグルも、大方単なる落とし物かも知れませんし」

 

 壊れたゴーグルのそばで座り込み、ノート端末の画面とゴーグルを見比べながら、深刻な口調や表情とは裏腹に、淡々と冷静に作業を進めていく初春。

 対照的に、傍らで立ったまま平静を装いつつ、事態の深刻さを受け止め切れていない白井。

 

「近頃、常盤台中学内部に良からぬ噂が届いておりますの。やれ『茶髪の常盤台生が路地裏で拳銃持ってサバゲーやってる』とか『茶髪の常盤台生が自販機を蹴っている』とか『茶髪の常盤台生が男子学生を追い掛け回してる』とか……。大方、お姉様と似た背格好の不届き者がお姉様のせいにしながらサバゲーで遊んでるだけに決まってますの」

 

「それ7割くらい『既出』じゃないですか。御坂さんが故障自販機からジュース泥棒してるのも、上条さんの右手が能力キャンセルできるからって面白がってサンドバッグにしてるのも」

 

 白井が必死で逃げ道を探すために並べ立てた噂の3件中2件を既知の事実と、無表情で事も無げに切って捨てる事で逃げ道を塞いでいく初春に対し、白井は喉をひくつかせる。

 

「ういはる……」

 

「ちょっと今調べものしてるんで」

 

 虚脱した格好で体を反らせたまま首を回し顔を斜めにして(シャフ度気味に)見下ろしつつ背後から呼びかける白井に対し、初春はあまり真剣に取り合わず、ノート端末の操作に集中している。

 

「ぬぁぁぁぁんで、貴女はそんなに反応が薄いんですのぉぉーー!! ……というか、わたくしの知らないところで一体全体、貴女は何をやってるんですのぉー!!」

 

 そんな初春のつれない態度に堪りかねたのか、白井は遂にブチ切れ、初春の蟀谷(こめかみ)に両側から拳をグリグリと捩じ込んで来たのだった。

 

「い、いたっ、いたいいたいです! やめてください白井さん! 今調べものに集中──!」

 

 ……その時、遠くから『爆発音』が聞こえてきた。

 

 二人は動きを止め、音がした方向へ顔を向ける。

 

 初春のノート端末の画面には、そばに転がっているゴーグルと同じ型番の『電子ゴーグル』の写真が表示されており、それは実験計画に記載された『備品』の項目にあるもの──クローン達が常日頃から身に付けているゴーグルと同じものだった。

 

 そして、画面右下に表示されている時刻は“21:19”──戦闘開始から既に19分が経過していた。

 


 

 御坂美琴は見てしまった。

 コンテナや使われなくなった車両が沢山積まれている人気のない『操車場』の片隅の砂利の上で血の跡を付けなから片足を引き摺って、動けないまま蹲る一人の少女の姿を。

 

「──ダメッ!!!!!!」

 

 操車場を跨ぐ歩道橋の上から叫ぶも、その声は今にも列車に潰されそうな少女はおろか、近くにいる()()()の少年にすら届かない。

 

 そして。

 

 ドォォォォォォォン!!!!!

 

 無情にも、少女がいた場所に、列車が綺麗に落下する。

 

「本日の実験……しゅーーりょーー♪」

 

 その能力で少女の銃撃を全て跳ね返し、地雷の爆発すら寄せ付けず、砂利を飛ばして少女を痛め付けながら散々追い回した末、片足をもぎ取った挙げ句、列車を地面から打ち上げて、少女の上に落下させた張本人が、怠そうに欠伸もしくは伸びをするように両腕を広げ、軽い調子でそう曰う。

 

 そして、まるでこれが日課で生活の一部だと言わんばかりに、『帰りにコンビニでも寄ろうか』などと生活感溢れるセリフを吐く()()()()少年に向け、雷撃の槍が殺到し。

 

 直後、雷の速さで操車場の砂利の上に着地した御坂が、吶喊(とっかん)しながら突進するのだった。

 

 ──その様子を、近くの空間移動地点から歩道橋まで息を切らしながら走ってきた花飾りの少女が遠巻きに見ており、彼女が右腕に装着している小型端末には“8/15 21:21”と表示されていた。

 


 

 第七学区・水穂機構病院のロビーにて。

 全身傷だらけで片足を失った少女と彼女を担ぐ()()()()の少女が、何もない空間から出現する。

 これ以上の失血を防ぐため、膝から先が無くなった脚の付け根近くの部分、二箇所が止血のため赤いリボンでキツく縛られていた。

 そして、片足の少女をベンチに寝かせた後、赤髪少女は当直医を呼びに行くのだった。

 


 

 第十七学区・操車場にて。

 落下した列車のそばに転がっている『少女の片足』を目にした御坂は平静を失い。

 

「……ぅあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 絶叫とともに極大の磁気嵐を巻き起こし、資材置き場に置かれているものと線路に敷かれている何本もの巨大なレールの鉄骨を宙に浮かせた後、それらを投げ槍(ジャベリン)のように標的目掛けて次々と撃ち込んでいく。

 

 ズカカカカカカッッッ!!!!

 

「ひゃあああッッ!!!」

 

 それを遠巻きに眺めつつも、右腕に装着した小型端末や頭の花飾りに組み込んだ『情報端末』が次々と強制シャットダウンしてオシャカになっていくのに対し、初春はどうする事もできないまま恐怖と絶望の叫び声を上げてしまう。

 

「み、御坂さん……落ち着いてください……私の機械が……『花飾りの女神(アンテイア)』が壊れる……!」

 

 と言っても、ここに初春がいるなどと御坂には知る由も無ければ声も届かないので意味は無い。

 

 攻撃が収まった頃合いを見計らい、初春はシャットダウンした小型端末の電源スイッチをオンにしてみると、どうやら電磁波干渉により誤作動を起こしていただけのようだった。

 頭の花飾りに組み込んである機械も同様に無事だった。

 

(ほっ……外部記憶装置にHDD(ハードディスク)じゃなくSSD(ソリッドステートドライブ)を使っといてよかった……。SSDは磁気による干渉を受けないので、データも無事だったようです)

 

 気を取り直し、操車場のほうを見ると、御坂が何やら話しているようだった。

 右手の指にコインを乗せ、超電磁砲の構えをしている。

 

 それに相対する被験者と思しき相手の少年は、先程の御坂による怒涛の攻撃の雨あられを避ける素振りすら見せず、『棒立ちのまま』全て喰らい続けたにも拘らず、信じ難い事に『全くの』無傷どころか、衣服にすら汚れ一つ傷一つ付いていなかった。

 それもさる事ながら、何ら悪びれる様子も無く、自己陶酔したように何かを語りつつ、片手を上に掲げ、握り拳を作る。

 

 アルビノと思われる白髪と白い肌の幻想的な雰囲気の少年だが、書庫(バンク)に載せられている顔写真と、月明かりに照らされ、鬼のように嗤う実物とでは、天使と悪魔ほどのギャップがあった。

 

(あれが『第一位』……)

 

 正直、初春にはアレが科学の産物だとはとても思えなかった。

 

(何ですか……学園都市がひた隠しにしている秘密って、『魔術』の事だとばかり思ってたのに、科学のほうにも、こんな『悪魔じみた怪物(バケモノ)』を隠してたんじゃないですか)

 

 そんな風に失望と落胆と呆れを綯い交ぜにしつつ、初春が心の中で愚痴を吐いていると、御坂の表情がより強い憤怒へと変わり、その激情を解き放つかのように必殺の超電磁砲が発射され──

 

 キュイイイイイイイン!!

 

 ──呆気なく『反射』された。

 進行方向を真逆に変えられた超電磁砲の光線は、御坂の体スレスレを一瞬で掠め、後ろに何本か突き立っている鉄骨をサックリと、ゼリーにストローで穴でも開けるように丸く抉ったのだった。

 

 自分の全力が『全く』通じなかった事に茫然自失となり、力無く崩折れる御坂の様子を遠巻きに眺めながら、初春自身もまた、自分の無力さを噛み締めていた。

 

(私の『正義』って何だったんでしょう……? 『力なき正義は無力』と言いますけど、今の私達もまた無力じゃないですか。御坂さんをあの『理不尽』から守る事も、実験のために使い潰されるクローン達を、春上さんや枝先(えださき)さん達を助けたみたいに救う事も、そのために学園都市や第一位と戦う事も、できっこないんですから)

 

(全く、馬鹿みたいじゃないですか。学園都市の人形になりたくない、自分だけの自分でいたい、本当の事を知りたいと願った結果、こんな理不尽(ほんとうのこと)を見せ付けられるなんて)

 

 初春が歩道橋の上で一人蹲りながら、下の様子をただ眺める中、少年と御坂の戦闘を止めるべく介入してきた他の大勢のクローン達が、()()()()()()()()ため、手分けして後片付けをしていた。

 

 その様子を見て、初春は思う。

 ……あれは人の命を使った()()()だと。

 

 クローン達は殺されるが、被害者と言うより、むしろゲームの敵キャラか、あるいはシステムを担うノンプレイヤーキャラクター(NPC)もしくはゲームマスター(GM)として動いているようにも見える。

 そして、殺す側の第一位も、ゲームクリアまで()()()()()としての役からは逃れられないため、たとえ自らの意志で進んで殺人を楽しんでいたとしても、そうなる様に巧妙に仕組まれ、ゲームに()()()()()()()()()()()的な側面もあるように見受けられる。

 こんな意地悪かつ悍ましい構図を仕組んだ研究者達が一番の悪であり加害者なのだが。

 

 もちろん、人間のクローンの量産は違法であり、それを知った上で被験者になったのであれば、共犯者なのは否めないが、少年を『殺人』の罪で裁くためにはいくつかのハードルが存在する。

 クローン達にもし市民権が無いとされれば、自動的にペットと同じ『物』扱いとなる上、所有者の研究機関の許可があれば、()()()()殺人どころか『器物損壊』にすら当たらないのだ。

 また、生き物でも実験動物と言い張られたなら、『動物愛護法違反』すら適用できない。

 それよりもむしろ、実験を止めるべく第一位に先制攻撃した御坂のほうが『傷害未遂』もしくは『威力業務妨害』に問われる惧れすらある。

 

 そして何より、学園都市は日本の施政下にあるとは言っても特区扱いであり、独自の条例のみが適用される実質『治外法権』なのだ。

 つまり、学園都市の中では学園都市そのものが『法』であり、トップである統括理事会の意思に逆らう者のほうが犯罪者扱いされるシステムで、それを取り締まるのが警備員と風紀委員だ。

 

 もし、御坂美琴が実験を止めるため、これから本格的に動き出すとなれば、初春と白井は彼女を拘束しなければならなくなるのだ。

 

(そんな事をするくらいなら……私は、風紀委員を辞めます)

 

 ふと気付くと、後片付けはあっという間に終わり、その場に座り込んだままの御坂一人を残し、クローン達は一斉に撤収していく。

 

 ……声を掛けるのは躊躇われた。

 恐らく、彼女にとってこの事は誰にも知られたくない秘密なのだろう。

 

 そういえば、この前、『自分のクローンがいたらどうするか?』という話をしていた。

 あれは、彼女なりに色々調べて、ある程度の事情を掴んでいたという事なのだろう。

 それでもハッキリと打ち明けられなかったという事は、初春達は蚊帳の外という事だ。

 

「……白井さんは、納得しないでしょうね」

 

 そう、初春は独り言つ。

 

「何が、納得しないんですの?」

 

 と、そこに白井が何の前触れも無く背後からツッコミを入れる。

 初春は少しの間、体を強張らせるが、一呼吸置いた後、やおら後ろを振り返り。

 

「白井さん、御坂さんの事はしばらくの間そっとしときましょう」

 

 と、質問された事をまるっとスルーして、釘を刺す。

 そのまま何も言わなければ、白井は何も考えずに御坂のところへ飛んでいくだろうから。

 そうなれば、御坂は一番知られたくない事が白井にバレてしまったとショックを受けるだろう。

 

 操車場にいる御坂のほうをチラリと一瞥した白井は、初春の意図を察し、無言で頷く。

 

「ですが、()()()の事もあり得ますので、厳重に()()する事にしますの。初春も頼みましたわよ」

 

 だが、こうやって抜け目なく釘を刺し返すのを忘れない。

 

「……なるべく善処します(白井さんの場合、今までとほとんど変わらないような)」

 

 初春には下心も丸見えだが。

 

「ところで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 そして、初春は話題を切り替えるように、新たな質問を投げかける。

 が、それに対し、白井は気不味そうな表情となり、言葉に詰まる。

 

「……? どうしたんですか?」

「それが…………()()()()()()()()()

 

「…………え?」

 

 そして、とても答えづらそうに、想定外の答えを返し、初春をキョトンとさせるのだった。

 

 どうやら白井が病院まで運んだ後、当直医を呼びに行っている間に姿を消したらしく、片足ではそう遠くまでは行けないだろうと、病院内を隈なく探したのだが、見付からなかったとの事。

 

 それだけで、()()()()には全てを察する事ができた。

 この実験で()()()()クローンは、()()()()()()()()()()()()()()()

 たとえ第三者の助けにより、密かに命拾いしていたとしても。

 

「……今はその事を気にしている余裕は無さそうです。時計を見てください」

 

 考えても詮無い事なので、初春は話を逸らし、別の心配事に注意を向けさせる。

 

「……はっ! マズイですわ!! あのクソ寮監の巡回が……!!」

 

 白井の顔色が別の意味で真っ青へと変わる。

 時刻は21時59分を過ぎた所だった。

 

「私の所は門限ありませんが、春上さんが心配してるんで、寝る前に一応連絡入れとかないと」

 

 初春が話を続けるも、それに構わず白井の姿が消える。

 

「……って、すぐにいなくなりますね」

 

「…………」

 

「……あれ? ここから一人でどうやって帰れば? 白井さん……置いてかないでください……」

 

 ポツンと一人虚しく取り残された初春のか細い呟きが、誰の耳にも届かぬまま夜風に掻き消されるのだった。

 


 

 この日の夜、御坂美琴は寮へは戻って来なかった。

 

 そして、コッソリと気付かれぬよう空間移動で部屋まで戻って来た白井を待ち構えていたのは……全開にしたドアの前で、眼鏡を吊り上げ腕を組んで鬼のオーラを醸し出す寮監だった。

 


 

 午後22時10分過ぎ。

 夜遅く運行している交通機関の無い中、白井に置いてけぼりを喰らった初春は、第十七学区から第七学区の寮まで、ノート端末の入ったリュックを背負い一人で歩いて帰るのは流石に無謀というか危険なので、慌てて白井を電話で呼び戻した後、空間移動で寮まで送ってもらったのだった。

 ただでさえ体力が小学生並の初春にとって夜遅くの遠出は重労働であり、その上()()()()()()()が大きい出来事に見舞われたため、まさしく疲労困憊だった。

 そんな疲れ切った体をリフレッシュするため、初春は寝る前にシャワーを浴びるのだった。

 

 初春が浴室から出ると、シャワーの音で目が覚めたのか、春上が一人でジュースを飲んでいた。

 

「おかえりなのー。初春さん、忘れ物は見付かったの?」

 

 初春は第十七学区から帰る直前、春上に電話を掛けたのだが、既に春上は寝ていたので、連絡がつかなかったのだ。

 

「はい。何とか見付かりました」

 

 なので、こう答える。もちろん、本当の事は言わない。

 風紀委員ではない彼女には関わりの無い事だし、たとえ友達同士でも他人に知られたくない秘密を勝手に教えるわけにはいかないのだから。

 そもそも、知ったところで何かできるわけでもなし、辛い事を分かち合うとは聞こえが良くても悲しみを無駄に広げる事に意味など無いのだから。

 

 そもそも、初春自身、御坂美琴が抱える悲しみを受け止め切れてはいなかった。

 自分の身に置き換えて考えたとしても、初春ならば『自分は騙された被害者だ』と逃げる気持ちしか起こらないかも知れない。

 しかし、御坂の場合、『自分が撒いた種だから、クローンの死の責任は自分にあるから、自分が何とかしなければならない』と()()()()()()()だろう事は、今までの付き合いで何となく分かる。

 

 だが、気持ちが分かったところで、それ以上は何ともしようが無いのが現状だ。

 所詮は御坂自身が背負っている問題であり、初春にとっては友達とはいえ個人の問題でしかないのだから。

 なので、風紀委員として問題を解決する以外に、この件に関わる動機を持ちようが無いのだが、()()()()()()()()()()()()()()となれば、そもそも『問題視する』事すら上層部の意思に背く事となるため、御坂が実験に異を唱えたり妨害しないよう阻止する(事で結果的に守る)側に回るしかなくなる。

 

「初春さん、大丈夫なの?」

 

 パジャマに着替えた後、いつの間にか抜け殻のようになっていた初春に対し、春上が心配そうに声を掛ける。

 

「……え? あ……はい」

 

 初春は我に返り、心配を掛けまいと、慌てて取り繕うように作り笑いで答えを返すも。

 ……その瞳の奥底に秘めた感情は、()()()()()()()()()()()()のだった。

 

 ベットに上がり、布団に入った後、初春は心の熱を取り戻すかのように、声も無く啜り泣いた。

 泣く理由などどうでもよく、『友達の不幸が悲しい』でも『御坂さんとクローンが可哀想』でも『自分は何も出来なくて悔しい』でも『風紀委員なのに不甲斐ない』でも何でもよかった。

 ただ、理不尽な事に対して怒れる、救われない者の不幸や悲しみに涙を流せる、自分自身の人間らしい心を守りたかっただけで、()()()()()()()になりたくなかっただけなのだから。

 


 

──ふむ。どうやら、予測不能な存在(イレギュラー)が増えたようだ。

 

『ツインテールの子と、花飾りの子ですか?』

 

──想定外だが、まあ……誤差の範囲だ。

 

『では、このまま放置ですか?』

 

──所詮奴等は第三位の金魚のフンに過ぎん。どうせ何もできんよ。それは奴等自身ですら理解が及んでいる事だ。

 

『……佐天涙子に助けを求める可能性は?』

 

──仮にそうしたところで、あれは地球の裏側にいる。すぐには帰っては来れまい。

 

『更なる不測の事態(イレギュラー)が起こる可能性はゼロではありません。何より、あちらには未確認の“原石”がゴロゴロいるようですし、“魔術”の本拠地でもあるので、万が一も考えられるかと』

 

──……。念のため、佐天涙子に特別カリキュラムを用意するよう協力機関に伝えろ。

 

『はい』

 

──空間移動能力者(テレポーター)が第三位の『足』となる可能性もあるな。遠ざけるのが望ましいか。

 

『協力機関にて、学生による自治組織結成の動きがあるので、そちらを利用するという事で』

 

──方法は任せる。

 

『……かしこまりました』

 


 

 8月15日15時過ぎ。イギリスのロンドン──

 私、佐天涙子と案内人のヴァーニーは、クロトン女学院の正門前の通りにあるスイーツの店で、午後のティータイムを楽しんだ後、店を出た所で黄色のジャージの集団とすれ違う。

 クロトン・ダイヤモンド女子寮の学生達が町中をジョギングしているのだ。

 よく見ると、右腕に青と銀色の腕章(青地に銀の十字のラインが入っている)を着けているが、学校のシンボルか何かだろうか。

 

「へー。ここにも体育会系(military-like)の部活ってあるんですね」

 

 私は呑気に反応するも。

 

「……違うわ。あれは学園都市の『風紀委員(Judgement)』を真似た『淑女騎士団(Queen of Swords)』とかいう自警団()()()よ。最近できたばかりの」

 

 ヴァーニーは素っ気ない感じでそう答える。というか、嫌そうなのがアリアリと顔に出ていた。

 

「全く。ここは私達淑女(ladies)が優雅に歩むための道なのに。あんな品の欠片も無い軍国主義(military-like)脳筋共(meatheads)が治安維持と称してドタドタと砂埃を撒き散らし、我が物顔で闊歩していい場所じゃないのよ」

 

「あはは……手厳しいですね」

 

 私はどうリアクションしていいのか勝手が分からず、乾いた笑いを漏らすしかない。

 ……のだが、通りを見回すと、カフェで紅茶を嗜んでいた女生徒達がハンカチで口を抑えながら眉を顰めていたりと、評判はあまり芳しくないようだった。

 

「分かります。こんな平和な午後のティータイムに、あんなに暑苦しい猪武者共が肩で風を切って押し寄せてきたら、雰囲気ブチ壊しですし。平時では野蛮な『勇者』は嫌われ者です。本当に平和を守りたいなら、もっと世間に馴染む努力をするべきなんです」

 

 と、そこに、横から見知らぬ少女が声を掛けてきた。

 声のした方を見ると、同じジャージを着た4人組の少女達がカフェのテーブルを囲んでいた。

 話し掛けてきたのはその中の一人、薄紫色のカチューシャを着け、前髪の両端に一房ずつ金髪のメッシュを入れた黒っぽいお提げ髪の、飄々とした雰囲気の少女だった。

 

「……あなた達、見ない顔ね。最近入ったばかりかしら?」

 

 ヴァーニーは怪訝な表情となり、そう尋ねる。すると。

 

「御名答。私達はスコットランド分校からこちらに編入してきました。『レッサー』と言います。ちなみに、こちらの銀髪お姉さんが『ベイロープ』、金髪の子が『フロリス』、オールバックの子が『ランシス』で、同郷の仲良しグループなんですよ」

 

 黒髪の子、レッサーがそう答える。

(てか、オールバックの子、髪型のせいか、枝先さんによく似てるな)

 

「スコットランド分校? 聞いた事無いわね」

 

 その答えに、ヴァーニーはさらに怪訝な表情となり、ツッコミを入れるも──

 

「いやぁ~。最近できたばかりというか、できる予定だったんですが、入学者のキャンセルが予想よりも多かったせいで人数が少なくなり過ぎて、少人数のためにわざわざ施設を新しく用意するのも勿体ないという理由で、すぐにこちらと統合する事になっちゃいまして、私達が居候させて貰う形になったんですよ」

 

 ──レッサーは澱みなくスラスラと、尤もらしく取って付けたような答えを返すのだった。

 ってか、事情を知らないあたしから見ても、胡散臭く感じるのだが。

 ……まさか、侵入者かスパイとか? 年はあたしと同じくらいに見えるけど。

 ひょっとして、『魔術師』だったりして。

 

「ほら。こちらに来てから貰った『入場証』みたいなのもありますし」

 

 そう言って、レッサーが掲げたのは『鷲』が象られた『銅』のアクセサリーだった。

 あれ? ……どっかで見たような。

 

 すると、それを見た途端、ヴァーニーの顔色がギョッとしたものへと変わった。

 

「それって……」

「ここに来る途中の地下鉄駅で()()()()()()()()()()()()()が学校まで案内してくれたり、色々と手配してくれたんですよ。その縁で、彼女と同じ寮に入る事になりました」

 

 地下鉄駅で偶々出会った親切なお姉さんって……ああ、なるほど。大体分かってきたわ。

 あそこでアデレードさんに捕まって、『組分け帽子(シンキング・ハット)』とやらを被せられて、サファイアに連れて行かれたんだな。

 

 ヴァーニーのほうを見ると、何だか沸騰寸前のケトルみたいにブルブル震えてる。

 ああ、分かる。

 馬が合わない人が他人に親切にしたり好かれてたりすると、沸々と湧いてくるものがあるよね。

 とりあえず、ご愁傷さまとしか。

 

「へー。それは良かったですね。あたしは佐天涙子。日本の学園都市からの留学生です。こちらはあたしを案内してくれている先輩のヴァーニーさんです。よろしくお願いします。近いうちにまた会いましょう。それではー!」

 

 私はサクサクと自己紹介を済ませた後、まだ震えているヴァーニーの腕を引っ張り、そそくさとその場から退散するのだった。

 


 

「……あの佐天って子、どう思います?」

 

「まあ、見た目や性格は普通だな」

 

「何だか、あの子がそばにいると、少し鼻がムズムズしてクシャミを堪えるのが大変だったよ」

 

「……よく分からないけど、あの子……()()()()()なのに()()()のニオイがプンプンするわね」

 


 

 私は寮の部屋に戻った後、スマホのメールや不在着信などを確認する。

 時刻は16時過ぎ──か。日本はもう夜中の1時過ぎだろうなあ。

 

 さて。御坂さんからメールが来ている。珍しいな。

 どれどれ……。

 

『……それから、佐天さんって海外初めてよね?

知ってたらゴメン。

一応伝えておくけど、イギリスには夏時間があるから、今の時期は1時間進んでるの。

だから、日本との時差は8時間よ。』

 

 …………。

 

 マジ?

 

 という事は、たった今、向こうは日付が変わって夜中の0時を過ぎた所?

 何か()()()()()()()ような気がするけど……まあ、今気付いたって事で、別にいいか。

 

 今の時間、皆寝てると思うけど、一応電話掛けてみるか。

 

 ……初春は、もう寝てるのか。

 白井さんも寝てるっぽい。

 御坂さんは……出ないな。と言うか、電波が届かないか電源が切れてるみたい。

 

 はぁ……。

 

 とりあえず、初春にメール出しとこう。

 御坂さんには、夏時間の事を教えてくれたお礼のメールかな。

 

 今日一日、色々あり過ぎて、書きたい事が山程あるな。それこそ書き切れないんじゃないかってくらいに。

 補習の事とか、朝食や昼食の事とか、『マーマイト』の事とか。

 後、ヴァーニーやアデレードさん、猫目変態女シャンと、友達のファティマさん。

 学校でいきなり襲い掛かってきた電波女や、学校前の通りで出会ったレッサー達4人組とかも。

 

 ……う~ん。ちょっと長々としすぎたけど、まあいいか。ポチッとな。送信っと。

 


 

「…………はっ!」

 

 白井黒子が目を覚ますと、見た事も無い『密室』の中だった。

 

 低い天井と、左右には冷気を感じさせる狭苦しいアクリル製の嵌め込み窓(外は妙に真っ暗)。

 自身の体は、まるで拘束されてるんじゃないかと思える程にキツキツのベルトで座り心地の悪い座席にガッチリ固定されている。

 

 そして、天井と左右の窓の向こうからは『ゴォォォ』と言う不気味な気流音が微かに聞こえ。

 何より、体全体に謎の倦怠感というか、『重力感』が前から後ろへと掛かってくる。

 

「はて……? スペースシャトルの打ち上げですの? 随分凝った『夢』ですこと」

 

 白井が目を覚ましたのに反応する形で、座席の前からモニターが付いたスタンドがせり上がって来た後、その画面に(録画したものと思われる)寮監の顔が映し出される。

 

『白井、目が覚めたか。お前に伝えておく事がある』

 

 画面に映し出された寮監の言葉をしばらく聞いているうち、状況を理解し始めた白井黒子の顔色が見る見る蒼白となり、虚脱状態となる。

 

(……思い出しましたわ)

 

 夜10時過ぎに寮の部屋へ戻ったら、そこには寮監が待ち構えており、二言三言交わした後、有無を言わさず首の骨をコキッと捻り落とされたのだ。

 その時の会話内容はよく覚えていないが、恐らくこう言われたのだろう。

 

 白井、お前は明日からイギリスへ出張だ──と。

 

 そして、モニターの中の人となった寮監の説明では──

 イギリスのロンドンにある協力機関の学校で新たな風紀委員のような自治組織を設立するため、学園都市の風紀委員代表として、外部顧問の立場で招聘される事となったらしい。

 それで、一番仕事熱心で優秀な白井に白羽の矢が立ったのだそうな。

 

「そ、そんな……わたくしとお姉様が、広大なユーラシア大陸を挟んで離れ離れだなんて……」

 

「……ノォォォォォ!!! おねぇさばぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 白井の絶叫が、超音速旅客機の中から、高度2万メートルの成層圏にこだまするのだった。

 


 

「──という夢を見ましたの」

 

 風紀委員第177支部の会議(駄弁り)用テーブル席で、白井が頬杖を突きながら、そう愚痴る。

 

「それって、()からの警告なんじゃないですかぁ?」

 

 初春は、そんな白井を見もせず、パソコン画面のほうを向いたまま、投げ槍な感じで答える。

 

「警告って……また適当な絵空事を」

「絵空事じゃないかもですよ。能力開発の一環で、夢の内容を操作する研究もあるみたいですし。案外、白井さんも上層部からマークされてたりして……それで寝てる間に白井さんの頭に毒電波を……うへへ」

「案外は余計ですの。それと、笑い方がキショいですわよ初春」

 

 そんな感じで互いに憎まれ口を叩いていると。

 

「え? 何何? 夢の話? 私にも聞かせて」

 

 最後のほうだけ聞いていたと思われる先輩の固法美偉(このりみい)が話に首を突っ込んでくる。

 

 先輩を無碍にはできないので、白井は今朝見た夢の内容を掻い摘んで説明すると。

 

「そういえば、最近、イギリスの協力機関になっているクロトン女学院っていう学校に自治組織ができるって話があったばかりね。その話、白井さんも聞いてたっけ?」

 

「……いえ、初耳ですわ」

「私は佐天さんからのメールで知りました。っていうか、そこ佐天さんがいる所じゃないですか」

 

 思わぬ『偶然』に、白井と初春はハッとなる。

 が、考えても答えが出ないため、ただの偶然だろうという事で、この話はお開きとなった。

 


 

『協力機関のほうは既に順調に準備が整いつつあり、人員も十分なため、学園都市から風紀委員の学生をわざわざ呼び寄せる必要は無いとの事でした』

 

『統括理事会も、大能力(レベル4)の学生一人を乗せて、わざわざ時速7000キロ超の超音速旅客機を飛ばすための大義名分が無さすぎると難色を示しており……』

 

『一昨日、無能力者(レベル0)を“原石”の能力解明という名目で協力機関へ移送したばかりなので、ゴリ押しは難しいでしょう。やり過ぎると、こちらの腹を探られる惧れもありますので』

 

──…………ふむ。()()()()()ものだな。

 

『代替策として、ツインテールの子には“警告”を与える事としました。()()()()()()()()()()……との意味を込めて』

 

──()()のフットワークを奪うためでもあったのだが……致し方あるまい。引き続き監視を頼む。

 

『かしこまりました』

 




解説1:

 黄金系魔術結社『宵闇の出口』は、『とある魔術の禁書目的SP』(通称ステイルSS)に登場。
 魔術の生贄を調達するべく、ポルトガルに人身売買ルートを確保するための資金を得る目的で、北海油田の開発プロジェクトに一枚噛む事となる。
 その際のゴタゴタで、黄金系魔術結社『明け色の陽射し』の首領レイヴィニア=バードウェイの妹である、研究員のパトリシアが巻き込まれる事態に発展したため、魔術師同士の戦いとなる。

解説2:

 佐天が昼食で『マーマイト』を食べた時の感想は、筆者が味見した所感に基づくもの。
 ただし、『マーマイト』は入手困難だったので、代わりに『ベジマイト(VEGEMITE)』を食べたため、微妙に味が異なるかも知れない。
 また、独特の風味といっても試食困難な程ではなく、マーガリンかバターと一緒に適量をパンに塗って食べる程度なら何の問題も無いし、健康目的なら毎日でも続ける事が可能。

解説3:

 レッサー、ベイロープ、フロリス、ランシスの4人組は、原作17巻から登場。
 また、外伝『とある科学の超電磁砲SS』の『能力実演旅行編』にも登場。

 佐天が彼女達の『正体』に気付かなかったのは、彼女達が潜入任務を得意としているため。
 ランシスが『感知タイプ』なので、当然、自分達が『同業者』に感知されないための隠蔽工作も万全である。
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