とある佐天の裏技遊戯(ニューゲーム) 作:RB_Broader
8月17日(日本時間)午前10時の少し前。
「いくら逃げても無駄だよ、美琴お姉ちゃん。何たって、地球は丸いんだからね」
「黙りなさい!! アンタこの前みたいにボロボロの
「……ッ、もうあんな風にはならないよ。電撃対策は考えてあるんだから」
「言ってろ馬鹿ッ!!」
そんな会話を交わしつつ、音速に迫るスピードで、街中のビルの壁と壁の間をピンボールの様に跳ねながら駆け抜ける2つの影に、道行く人々は一斉に驚きの目を向ける。
一方その頃、風紀委員第177支部では。
彼女達2人が座る長テーブル席の向かいには、風紀委員志望の男子学生が椅子に腰掛けている。
「得技は『チェスト関ヶ原』とありますが?」
初春は選考書類を見ながらそう問い掛ける。
「
相手の男子学生は何やら訛りの強い方言で答える。
と言うか、どこの時代から来たのかと思えるような、野武士みたいな風体だった。
「えーと……関ヶ原は分かりますが、『チェスト』とは何の事ですの?」
「チェストはチェストでありもす」
(……???
ここで白井が質問するも、男子学生のよく分からない返答に、彼女は首を傾げるばかり。
「チェストん意味聞くような者はチェスト出来んでごわす」
男子学生は続けてそう答えるが、相変わらず意味が分からないので、白井はスルーし。
「……で、その『チェスト関ヶ原』は風紀委員活動する上で、どのようなメリットがあるとお考えですの?」
と、質問を変える。
「
「……いえ。風紀委員には襲って来るような敵はいませんの。それに倒すのではなく補導が目的ですのよ」
「
「いえ、警備員は敵ではありませんし、勝つとかそういう問題ではありませんの」
「
こんな平行線のやり取りが延々続き、ようやく面接が一段落付いた頃、白井はすっかり精根尽き果てていた。
「…………はあ。疲れましたわ」
「お疲れさまです」
例年の場合、人が集まらない中、街頭に立ってビラ配りをするなどして、募集を掛けるのに忙しかったのだが、今回に限り、風紀委員の活躍を紹介した(と言うか、誇張した)動画を見て色々と勘違いした志望者の学生達があまりに多く殺到したため、ベテラン以外の風紀委員までも面接官として駆り出される事態になったのだ。
「まったく。あのような量産型
「あはは……」
のぼせた生蛸みたいにテーブルに突っ伏したままのツインテール少女・白井の傍らで、苦笑いを浮かべる初春だったが、彼女の携帯の着信を知らせるランプがチカチカと明滅し始める。
携帯の画面を開いて、一瞥した瞬間、初春の眉毛がピクリと動く。
「白井さん、一旦休憩しましょうか」
「……へ??」
そして、初春は白井にこう呼び掛け、白井のほうは思わずキョトンとした顔で初春を見返す。
「……ちょうど、
それに対し、初春は苦笑いのまま、やや意味ありげに目でウインクを飛ばすのだった。
初春が手に持つ携帯の画面には、地図上にGPSのような光点が2つ表示され、それらは現在位置へ向かって高速で移動しながら近付いていた。
午前10時頃。
風紀委員第177支部の『いつもの溜まり場』は、すこぶる気まずい空気に包まれていた。
安心堂の期間限定・水まんじゅうが(1人3個ずつ)置かれたテーブルを囲むように、数人の少女達が無言で座っている。
そのうち2人は風紀委員第177支部所属の女子中学生で、1人は
そして、最後の1人は風紀委員の他所の支部から来た女子小学生だった。
(なお、いつも来ているもう1人のメンバーは、現在イギリス留学中で、ここには来れない)
結局、御坂は初春の所へ殴り込むと言う目的を果たすとともに、木原那由他は御坂を風紀委員の支部に連行する目論見を実現させると言う、双方の利害が一致する結果となったのだが。
それにしても、いがみ合う人達が数名同席した状態で、ギスギスしたオーラを漂わせる不快空間は、凍結する前の過冷却水のような、ちょっと揺さぶるだけで空気が凍ってしまうような、危ういバランスを保っていた。
澄まし顔の初春と、同じく澄まし顔だがイライラを隠し切れていない御坂。
そして、わざとらしく子供みたいに(子供だが)破顔させつつ、テラテラと光る水まんじゅうを口いっぱいに頬張る那由他。
そんな彼女達に挟まれた格好となった白井は、そのピリピリとした空気に困惑しつつ。
(何ですの……? このギスギスしたドス重い気まずい空間は。折角お姉様のために初春に頼んで安心堂の期間限定・水まんじゅうをゲットした上に、今はおねえさまとご一緒に……うへうへえへあは……と言うのに、食べ物の味がまるでしませんの)
お茶と水まんじゅうを口にしながらも、喉をカラカラに干上がらせていた。
(……それに、いつぞやの小学生
なお、同じ支部の先輩である
この場合、空気を読み、初春達4人が別室へ移動する選択肢もあったが、白井だけが状況をよく掴めないまま、いつもの溜まり場のテーブルにお茶とお菓子を用意したのと、それを初春がわざと止めなかったせいで、内密にせざるを得ない込み入った話題──
「「「…………」」」
「ぁむ……もぐもぐ……んん~~ッ! おいし!」
なので、那由他以外の3人は、ただ黙々とお茶を飲みながら水まんじゅうを口に運ぶ以外の行動を取れずにいたのだった。
場所は変わり、イギリス・ロンドンにて。
時間を遡り、8月16日(英国夏時間)午後15時頃。
私、
ちなみにスマホには、とある場所の位置情報を保存してあり、その元となる住所は、
そして……歩く事、約2時間。ようやく目的の場所を見付けた。
メモには、その場所の主の名が、こう記されていた。
──『拘束職人・
そのメモは、8月7日にテレスティーナと戦った時に破損した愛用の金属バット『ゲイ・ボルグ』のグリップ部分──柄の中に隠されていた。
霊装を拵えたイギリス清教
万が一、バットが破損した場合、この人物に修理して貰えと言う事なのだろう。
事情を上手く説明するのが難しかったので、私はメモを直接手渡した所、そこに書かれた署名の筆跡を見ただけで、相手のエーラソーンさんは、私の事をイギリス清教『
(工房に入った途端、10代後半の若い女の子が拘束具に緊縛されている所を見てしまい、怪しい場所に迷い込んでしまったと思い、ギョッとなって慌てて一度飛び出したのは内緒だ)
修理は大体1~2週間で終わるため、遅くとも2学期には間に合うだろう。
届け先は、とりあえず女子寮にしておく。
無いとは思うけど、もし学園都市に急遽帰る事になっても、女子寮経由で自宅まで届けて貰えばいいし。
……なお、修理代金はイギリス清教にツケておいた。
まあ、いいよね。
いきなり爆散する機能が付いてるなんて聞いてなかったし、あのバットは元々あたしのだから。
じごんす
そんな訳で、用事を済ませた私は大急ぎで女子寮まで戻る。
無断外出の上、ロンドンの街を長時間彷徨いた挙げ句、夕食に遅れたとなれば、大目玉を喰らうのは必至だろうから。ヴァーニーを心配させるのも心苦しいし。
そして、女子寮に着いた頃には、既に夕方の17時40分を過ぎていた。夕食まであと20分程か。
急いで真っ直ぐ帰って来たので、トイレを少しだけ我慢していた。
もう部屋まで行くのはかったるいので、途中にある共同トイレへ行く事とする。
その時、
……いや~。ビックリした。危うくチビる所だったわ。
もしそんな事になってたら、一生の恥ですよ。まったく。
時間は戻り、8月17日(英国夏時間)の夜更けも大幅に過ぎた頃──草木も眠る丑三つ時。
(ちょうど学園都市では初春達が私に内緒で安心堂の期間限定・水まんじゅうを突いている頃)
ベッドで寝ていた私は目を覚ます。
別に、トイレに行きたいわけでも、眠れないわけでも無い。
……
私がベッドから起き上がろうとした瞬間、窓の外にある気配がスッと離れて行く。
……誰かがこの部屋を覗いてた??
起き上がった私が窓際まで歩いて行き、窓の外を注意深く観察するも、何も見当たらなかった。
気のせいか……?
ロンドン・イーストエンド。クロトン・エメラルド女子寮の建物の近く。
『箒に跨る魔女』を彷彿とさせる4人の少女達のシルエットが、上空に浮かんでいた。
いや、箒と形容するには些か
そう……物干し竿の一方の端にUFOキャッチャーのアームが接続されたような、無機質な形。
彼女達は、夜空に溶け込む青……クロトン・サファイアの制服を着ていた。
つまり、彼女達が跨っている物体は、サファイアの秀才達の手により製作された科学技術の結晶なのだろうか。
……否。
「エメラルド研究所、流石にガードが堅いですねー。
尻尾の様なものを生やした長い黒髪の少女が話を切り出し。
「恐らく、『許可された人間』以外の進入を拒む
一番背が高く大人びた銀髪の少女が答える。
「それって、『原石』とか言うヤツ?」
そこに、翼の様なものを肩から生やした金髪の少女が口を挟み。
「いひひひ……体がくすぐったい……!」
金髪の隣で、一人マイペースな茶髪の少女が何やら体を揺らし始める。
「こら、ランシス! 揺れるな、ぶつかる!!」
「うひひ……だって……何だか
「あの辺って言うと、サテンとか言う人がいる部屋の辺りですかねぇ?」
「? ……そいつ誰だっけ?」
「ほら、
「ああ……アイツかぁ」
「まあ、
そう。
彼女達は『魔術師』であり、跨る箒に似た物体は『霊装』で、その名を『鋼の手袋』と呼ぶ。
そして、月明かりに照らされる影達は、建物から遠く離れた夜空へと消えて行った。
行間
未明から
クロトン・エメラルド研究所の裏口前に、一人の少女と一頭の大型犬が佇んでいた。
中学生程度に見える少女は頭の左右をお団子状に纏めた髪型をしており、首からいくつも小型の精密機器をぶら下げ、赤系の制服──クロトン・ルビーの制服を着ている。
大型犬のほうはゴールデンレトリバーだが、背中に大きなリュックの様な物を背負い、そこから金属製のアームが飛び出していると言う奇妙な風体だった。
「……どうやら、ここからはどうやっても入れないようだ」
そして、どこからか、ダンディな男性の声が発せられる。
「それは当然だよ。だって、女子寮はペット禁止だもん。
その声に反応し、少女が
あたかも、大型犬自身が人間の男性の声で話をしているかのように。
「……それ以前に、君も入れないようだが?」
否。喩えではなく、本当に大型犬の口から男性の声が発せられていた。
顔立ちもどこかしら普通の犬とは違い、高い知性を伺わせる精悍さを醸し出している。
決して、少女が声色を変えて一人二役で腹話術をしているわけではない。
本当に喋る犬が、年端も行かぬ少女と二人きりで、
「うーん。いくら部外者立入禁止でも、
それだけでも奇妙極まりないのに、さらに少女の口から、『木原』の姓を持つテレスティーナの名前まで飛び出す。
どうやら少女の親戚か知り合いに当たるらしい。
と言う事は、この少女もまた『木原』なのだろうか。
「それが可能ならば、
「……やっぱり、協力機関とは言え、学園都市の外には学園都市のルールは通用しないのかなあ。……って、
そして、犬の名前は『脳幹』と言うらしい。
彼等の口ぶりからすると、双方とも学園都市の関係者らしかった。
犬が喋るのも、学園都市の……とりわけ『木原』の技術力によるものだろう。
学生の脳を弄って超能力を開発するくらいだから、動物の脳を開発して人間並の知性を植え付けるくらいは普通にやってのけそうではある。
そんな連中が、こんな時間にアポ無しで押し掛けるとは、穏やかではない。
少女と大型犬と言うほのぼのとした組み合わせとは裏腹に、すこぶる不穏な目的を匂わせる。
「なるほど……では、
「……えーと。ちょっと待ってて」
そう言うと、少女は首からいくつも提げている携帯電話や携帯端末、小型ワンセグテレビの画面をチカチカと明滅させながら、何やら瞑想状態に似た雰囲気となる。
……そして、唐突に目を見開く。
「何か良いアイデアは浮かんだかね?」
「……
「……その心は?」
「
少女は、まるでイタコのように誰かが乗り移ったかの如く、『他者の意見』をエミュレートし、それを口に乗せてみせる(少女の名前は『円周』と言うらしい)。
……が、それを聞いた大型犬の反応は芳しくない。
「「…………」」
しばらくの間、二人とも無言だった。
「……で、その答えをどのようにして彼に教えてあげるのかね?」
先に口を開いたのは、大型犬──脳幹のほうだった。
「それは……今から起こしに行って……」
「恐らく彼は寝室のベッドの中だ。そして、我々は外にいる」
「目覚まし時計か何かで大きな音を立てて起こしてあげれば」
「皆が目を覚ますだろうから、我々はたちまち注目の的になるだろう」
「……じゃあ、起きるのを待ってから、インターフォン越しに繋いで貰えば」
「それでは我々が来た事が明るみに出てしまうし、そもそも隠密任務からは外れるが」
「うう……じゃあ、匿名で
「大変ロマン溢れるアイデアだが、無関係の多くの人間を巻き添えにする上に、標的に見て貰えるかどうかは運任せ。実効性が期待できない上、善悪で言えば悪で、好悪で言っても悪でしかない。……却下だ」
どうやら、円周と呼ばれる少女の会心のアイデアは実現不可能なものらしく、脳幹との押し問答の末、バッサリ却下されてしまう。
「じゃ、じゃあ……脳幹ちゃんは、何かいいアイデアでもあるの? 自分は駄目出しばかりして、何もアイデア出さないのはズルいって、
「なるほど。確かにそれは一理あるな。……では、こう言うのはどうだろう?」
駄目出しされた少女は傷付いたのか半泣きとなり、大型犬に喰ってかかるも、相手のほうは大人なのか、クールに受け流しつつ、淡々と自分の見解を述べ始める。
それから程無くして、少女と大型犬のコンビはその場から立ち去った。
しばらくして、夜空の彼方から未確認飛行物体の様な巨大な影がいくつか飛来し、大型犬の周りをグルリと囲み、
そして、先端にドリルの付いた複数のアームを屋上に突き立て、およそ1時間程度、微細な震動を与え続けた後、建物の外壁に複数の細かいヒビ割れが走った所で即座に手を止め、そのまま屋上から空の彼方へ飛び去って行ったのだった。
……有り体に言えば、
8月17日(英国夏時間)朝5時頃、私は唐突に目を覚ました。
夜中にも目が覚めたばかりだが、どうやら今度のはアクシデントによるもののようだった。
……何で、ベッドから転げ落ちてるの?
あたし、こんなに寝相悪かったっけ?
ふと横を向くと、机の上に置いたはずのスマホが充電器ごと、床に落ちていた。
……まさか、地震?
それに、床からバタバタと足音の様な振動が伝わってくる。
誰かが廊下を走ってるのかな。それも一人じゃない、大勢が。
怪我はしてないようだけど、何だか疲れが取れてないっぽいので、寝直そう。
部屋の外で何が起きているのか、興味はあるけど、それは後でいいや。
おやすみー。
行間
8月17日(英国夏時間)午前6時03分。
ロンドンの病院にて、一人の中年男性の死亡が確認された。
死因は──『圧死』。
その際、顔が分からなくなるくらい原形を留めていなかったため、彼の寝室で発見された事だけが身元特定の手掛かりとなった(DNA情報は登録していなかった)。
なお、彼が常日頃から身に着けていた『ゴミ箱』の様な被り物は、脱いだ状態で別室の隅っこに飾られていたため、辛うじて難を逃れ無傷だった。
そして、彼の近親者は彼が運営する研究所に所属する一部生徒のみで他に身寄りはいないため、葬儀は『学院葬』という形で近日中に執り行われる事となった。
そして、朝7時頃に再び目覚めた私は、結局あまりよく眠れなかったものの、とりあえず疲れは取れたっぽいので、そのまま起きる。
朝食の時間に間に合うように、身支度を整え、管理人さんから貰った替えの制服に着替えた後、スマホを持って部屋を出ると──
……廊下がまだ騒がしかった。
それだけでなく、全体的に『空気が忙しない』ように感じられた。
作業服を着た業者らしき人達がバタバタと走り回ってるせいもあるが、何やら『パラダイム』が変わったような……これまでの平穏が破られるような、何か大きな出来事が起きた後のような。
そんな危険なニオイがする。
とりあえず、食堂のある3階へ下りたところ。
「何……これ……?」
食堂の入口の反対側の突き当たりにある一角が、『崩れて』いた。
あそこは確か……『所長室』!?
頑丈そうな入口の扉だけを残し、周りの壁が全て綺麗に崩れ落ち、その向こうに見える所長室と隣の部屋だけが、
一体何が……。
「おはよう、サテン」
そこに、後ろから声が掛けられる。
振り向くと、ヴァーニーがいた。
私の肩を掴んでいる。
何となく、彼女の顔に『これ以上踏み込むな』と書いてある気がした。
まあ……わざわざ面倒な事に首を突っ込んで、それでヴァーニーに迷惑を掛けるのもアレだし、元々あたしは朝食を食べに行く所だったから、流れに逆らわない事にするか。
そう考え、私はヴァーニーと一緒にその場から踵を返し、食堂へ向かった。
行間
少女は自室で一人震えていた。
「し……しんだ……所長が……!」
いくら何でも
恐らく、所長は『良からぬ連中』の秘密を探るうちに、そいつらの『虎の尻尾』を踏んだ事で、秘密裏に『消された』のだろう。
……実行犯は、学園都市から来たのだろうか。
それに、なぜ
学園都市から佐天が来たから?
それとも、自分が謎の胎児を学園都市から取り寄せたから?
はたまた、自分が謎の少女を学園都市から運んで匿ったから?
あるいは、佐天の脳内情報を読み取ったから?
いやいや、それ以前に、(所長と
あいつら、好き勝手に
危うく警備員に補導されそうになり、あの人の助けで何とか撒いた後、撤収させるのにも一苦労だったし。
そんなこんなで、思い当たるフシは数え切れない程ある。
だが、それらのほとんどは所長の命令で、
佐天が来たのも、もしかしたら所長の一連の行為に対する学園都市による潜入捜査か、あるいは喰い付かせるための『
……だとすれば、次に狙われるのは自分かも知れない。
そんな考えに取り憑かれ、恐怖で
(でも、これで……
そんな猫目少女の様子を、傍らにいる黒髪の無表情少女が、よく事情を掴めないと言った感じで首を傾げながら、じっと見ていた。
8月17日(日本時間)16時頃、学園都市の一角を急ぎ足で進む1人の少年と1人の少女がいた。
「待ってくれー、インデックスー!」
「とうまとうま! 早くしないとタイムセール終わっちゃうんだよ! そしたら、ばーべきゅーが食べられなくなるかも!」
それは、白い修道服を着たシスターと、後を追うツンツン頭の少年と言う組み合わせだった。
シスターからは、グルルル……という謎の重低音が響き、少年からは何だか不幸なオーラが滲み出ている。
「まったく、とうまったら帰ってくるのが遅いんだよ!」
「しょーがねぇだろ! 今日は補習だったんだから」
「私の腹時計は、ほしゅーなど待ってはくれないんだよ!」
そして、彼等が向かう先には、『体育会系のために!!』と大書された看板が掲げられた業務系スーパーの大型店舗があった。
入口の自動ドアのすぐ向こう側に、パックの肉が山積みにされたワゴンが見える。
そして、『タイムセール!! お肉半額!! 5時まで!!(無くなり次第終了)』と書かれたPOPが立てられていた。
「おにく! おにく! ぐわぁぁぁぁ!!!」
それを目にしたシスターが、歯をガチガチと鳴らしながら猛獣の顔付きとなり、透明な自動ドアが閉まっているのも忘れ、ジャンプして肉ワゴンへ一気にダイヴしようとする。
「止まれぇぇぇ!! インデックスー!!」
少年は慌ててシスターの服を手で掴んで引き留めようとするも、店内から誰かが出てきた拍子にドアが勝手に開いたため、シスターはドアに激突せず、そのままワゴンへとダイヴに成功し。
手が空を切った少年は、そのままバランスを崩し、前のめりにつんのめって倒れかけて。
ちょうど店から出てきた
『キュイイーン!!』
と言うガラスが砕ける様な音とともに、女生徒の姿が、
「あ……あれー?」
目の前の出来事に、呆気に取られる少年だったが。
「…………。」
西洋人少女は、手に持っていた買い物袋をその場に落とした後、しばしの間、固まって。
体が一気に縮んだ事で、それまで自分が着ていた女子制服のスカートがズリ落ちたのに気付き。
「???!!!?!?!」
ついでに、今しがた少年に胸をがっつり触られた事も思い出した事で、顔が真っ赤に染まり。
「……んきゃああああああああ!!!!!」
と悲鳴を上げ、
少女がいた場所には、中に蜂蜜のボトルが沢山入った買い物袋が落ちたまま放置されていた。
「……いってぇぇ……!!」
少年は、どういうわけか
『ピシィィィッ!!』
と、再びガラスが砕ける音が鳴ると同時に、首から上が元に戻る。
「ん……?? 何だったんだ? 今の」
何が起きたかいまいち事情を掴めていない少年だったが、その一部始終を店内から目撃していた連れのシスターは、相手を『魔術師』と見抜き、即座に後を追い始める。
「おーい、インデックス! どこ行くんだ?」
「あの魔術師……他人に変装してたし、他人の顔を変えられるし、蜂蜜と鞭──
少年が呼び掛けるも、シスターはスーパーのタイムセールの事など後回しでも良くなったとばかりに、魔術師の事で頭がいっぱいになった模様。
「はあ……じゃあ今日はバーベキューはおあずけか」
少年が溜息を吐きながら、そうボヤくと。
「あっ!! とうま!! おにく買うの忘れないでね!!」
と、ちゃっかり釘を刺すのを忘れなかった。
しかし──
「にしても、ここで目を離すわけにも行かねぇし、あいつに何かあったら、管理不行届って事で、あの
──そう独り言った少年はタイムセールのお肉を買うのを諦め、魔術師が持っていた蜂蜜が沢山入った重い買い物袋を拾った後、シスターの後を追い始めるのだった。
行間
魔術に関しての嗅覚が鋭い上に、変にすばしっこくてしつこい
完全下校時刻を過ぎたあたりで、第十七学区に息を潜めていた。
「ふぅー……魔術師狩りの『
金髪の少女は、一人溜息を吐く。
「仮に、こちらから向こうの精神を読み取ったところで、アレの頭の中は猛毒を帯びた
そして、偶然出くわした少女──
「
さらに、傍にいた少年についても思い出した所で、不意に、彼女の顔がカァッと赤くなり。
「ふぅーッ! ふぅーッ! お、落ち着け……私らしくもない」
体の奥底……脳髄から湧き上がる羞恥心を、大脳新皮質の働きによる理性で何とか抑え込もうとするも、頭に血が上ったままの真っ赤な顔は元に戻らず、体の震えも止まらないまま、少年に触られた胸を隠すように両腕を組み、そのままの体勢で『内なる何か』と戦い続ける。
(クソッ……やはり、
そして、意味深な事を心の中で呟き始める。
(私は、黄金系魔術結社『
偉大なる『
ちなみに、彼女は動転する余り、買った大量の蜂蜜を落とした事をすっかり失念していた。
「結局、初春さんと、あの
寮に帰った御坂は、そう独り言ちつつ、しょげていた。
部屋から窓の外を覗くと、昨日と変わらず監視カメラがこちらを向いている。
向かい側の建物の窓に反射される景色を見ると、こちらの寮の上階の窓は閉まっており、寮監の監視は無くなっているものの、無断外出でもしようものなら、さらに研究施設へ襲撃でも掛けようものなら、即座に小学生風紀委員が飛んでくるだろう。
「……いや。何もできないわけじゃない。私に覚悟が足りないだけだ」
(まだ私は……自分可愛さに、
その瞬間、御坂の目付きが据わったものへと変わる。
「来るなら来てみなさい。風紀委員。私は学園都市を敵に回してでも、あんなフザケた研究はすぐにでも叩き潰してやるんだから!」
覚悟を決めた御坂は、寮の窓から
「あ~あ~。御坂さん、やっぱり行っちゃった……」
風紀委員の夏季公募の選考作業からこっそり抜け出した初春は、呆れた様子で一人呟く。
現在、彼女はとあるコンビニの裏口の近くで、しゃがんだ状態で端末を操作していた。
いつもは行かない場所なので、白井からの追跡の死角を突いた形となる。
「さてと。そろそろ第10001次実験が終了して、あの
その初春の呟きに呼応するかの様に、コンビニの出入口のドアを白髪の少年が潜る。
「……ルーンの魔術とは──文字を刻み、染め、壊す事」
「
「確実に
初春は、歌うように一人呟き続ける。
「まあ、缶に細かいキズが付くくらいじゃ誰も気にしませんけどね。缶を
その頃、コンビニの飲料売り場のケースの扉を開け放ったまま、白い少年は最近お気に入りの缶コーヒーをカゴいっぱいに何本も放り込み、そのままレジへと持って行く。
「
レジの店員は缶コーヒーが全部同じ物だと知りつつも、何も考えずにルーチンワークで1個ずつスキャナーで商品情報を読み取って、レジ袋へ入れていく。
代金を払い、商品をレジ袋ごと受け取った白い少年は、そのままコンビニを後にする。
「……仮に、私が『自首』したとしても、『不能犯』は未遂にもなりません。ただの頭がお花畑な女の子が『魔術』だのと『
それから程無く、学生寮へ帰った白い少年の部屋から『断末魔の様な絶叫』が漏れたのだった。
部屋の中には、少年の全身のあらゆる血管から飛び出た血飛沫が広がり、床に散乱した
「絶対能力進化実験の前提条件には、被験者である
どこかの店で買った私服に着替えた御坂は、実験に関係する研究施設の一つへ潜入するも、明らかに異様な慌ただしい空気に、自分が場違いな様な気がして、思わず恐縮してしまう。
(関係者以外の者が侵入している時点で場違いなのは分かり切ってはいるのだが)
「一体何が起きてんのよ……」
物陰で息を潜めながら、そう独り言つ御坂の疑問に答えるように、研究者達が口々にこう叫ぶ。
「実験は中止!?」
「第一位が危篤状態だって!?」
「今、
「計画はどうなるんだ!?」
「知るか! とにかく続報を待つんだ! それまでジッとしてろ!」
それを聞いた御坂は。
「うそ……」
全身から力が抜け、崩折れた。
──ふむ……。
『どうしますか?』
──まあ、このまま実験は中止でも構わんのだが……
『計画はつつがなく続行と言う事で』
──ああ。その場合、第一位の事だ……
『では、花飾りの子は放置するのですか?』
──あれ以上の事は何もできんよ。研究施設を狙うにしても、第三位の様な直球勝負はできない。どれだけの被害が出ようとも、
『……佐天涙子はどうしますか?』
──最早、あの国に長居させる理由も無い。頃合いを見て、呼び戻せ。
解説1:
黄金系魔術結社『金の暁星』(Stella Auream Aurora):
作中オリジナルの組織。構成員は首領(ゴールドスター=グローリー)のみ。
黄金の魔術師・アレイスター=クロウリーに憧れている模様。
魔術師として名乗る名前(魔法名ではない)は、あくまで偽名であり、本名は別にある。
(原石の猫目少女とは別人)
アシュヴィン双神(Ashvins):
インド神話における双子の医術の神。
片方は天の子で、もう片方は人間の子と言い伝えられている。
蜜の滴る鞭を振るう事で、人々に滋養を与えたり、若返りで寿命を伸ばしたりする。
また、赤の他人(男性)を自分達と寸分違わぬ姿に変えた後、その妻に、どれが本物の夫かを当てさせるエピソードがある。
解説2:
『体育会系のために!!』:
劇場版BD&DVD特典SS(外典書庫1に収録)『ロードトゥエンデュミオン』に登場。
なお、インデックスはそこの試食コーナーでお世話になっており、『飲み干す者』の異名をほしいままにしていると同時に、要注意人物として警戒されている。
解説3:
木原脳幹が使った『試作品』:
新約に登場する『魔術を殲滅するための兵器群』。
解説4:
初春が
一方通行は缶コーヒーを愛飲しており、気に入った銘柄を見付けると、それだけを何本も飽きるまで飲み続ける習性がある。
それを利用し、彼がいつも立ち寄るコンビニに陳列されている特定銘柄の缶コーヒー全てのプルタブに密かにルーンを刻んでおき、開封時にプルタブを中身に浸す事で黒く染め上げさせ、魔術を無意識に行使させる事で、能力者特有の『魔術の副作用』を起こさせ、全身の血管を破裂させた。
ただし、この方法にはいくつか穴があった。
もし彼の気が変わって、別の銘柄の缶コーヒーに変えてしまったら、魔術が発動しない。
さらに、別の学生が先に間違って買って飲んでしまったら、誤爆の危険性が高くなる。
そして、一度この方法で死に至らなかった場合、二度と同じ方法は使えない。
一方通行は常に成長し続ける正真正銘の怪物なのだから。