とある佐天の裏技遊戯(ニューゲーム)   作:RB_Broader

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学院の一番長い日(ドゥームズデイ・オブ・クロトン)編
茶会(ティーパーティー)の終焉と魔女の夜会(サバト)の開宴


 日本時間8月17日21時26分、九州地方の一部地域を震央とする震度7以上の大地震が発生。

 


 

 私、佐天涙子(さてんるいこ)が、ヴァーニーに連れられ、クロトン女学院正門前の通りにあるオープンカフェで昼食代わりのティータイムを楽しんでいた時の事。

 

 店の備え付けのテレビから、それまで映っていた番組を中断する形で臨時ニュースが流れる。

 

 その時私は、“Kumamoto Earthquake”と言う日本語の地名混じりの不穏な響きの英語を耳にし、()()()()()()()()()()()()()()()()映像を目にした。

 

 …………。

 

 テレビ画面に釘付けとなり、茫然としている私を他所に、ヴァーニーは呑気な声で。

 

「クマモト? ナガサキの隣かしら。アマクサがある所ね」

 

 などと(のたま)う。

 

「……うん。あたしの生まれた場所。パパとママと弟も住んでる」

 

 顔色が若干蒼白になりつつ、半ば放心状態で答える私の様子から、事態の深刻さを察したのか、ヴァーニーの顔から呑気さが消える。

 

 そして、私はそのままずっと黙り込んでいた。

 その傍らにはヴァーニーが付き添い、私の様子を具に観察しながら、次の言葉を待っていた。

 

 私が周囲に気を遣うあまり言い淀んでいると、ヴァーニーは──

 

「いいわよ」

 

 ──と、促してくれたので、お言葉に甘え、私は──

 

「心配だよ。今すぐ会いに行って、無事を確かめたい」

 

 ──と、本音を漏らす。

 それに対し、ヴァーニーは。

 

「なら、まずは今すぐ電話で無事を確かめなさい」

 

 と、安否確認を促す。

 私は言われるまま、スマホを取り出し、実家へ電話を掛けるも……何度掛けても繋がらない。

 そのうち回線が混雑し始めたのか、発信音すら鳴らなくなった。

 

 私はスマホを耳に当てたまま、ヴァーニーの方を見て、浮かない顔で無言で首を振る。

 その様子を見たヴァーニーは、表情を渋くした後。

 

「なら、すぐに会いに行きなさい。まだ夏休みで授業も無いし、今から理事長に頼めば、今日中に飛行機の予約が取れるはず」

 

 と言うや否や、代金分より少し多め(チップ込み)のお金をテーブルに置き、私の手を引いて、カフェを後にし、そのまま女学院の校舎目掛けて走り出す。

 途中で黄色い制服を着た風紀委員っぽい人に見咎められ注意されるも、構わず校舎の中へ入って行き、そのまま理事長室まで一直線に突き進んで行く。

 

 それから、あれよあれよと言う間に、トントン拍子に事が運び。

 

 私は大急ぎで身支度を整えた後、女学院が手配したハイヤーでヒースロー空港まで送って貰い、15時30分発(翌14時45分着)の羽田経由福岡行きのキャンセル待ちの便(エコノミークラス)に搭乗する事になった。

(なお、熊本空港も地震で被災しており、全便欠航のため、他県の空港を経由する形となる)

 もちろん、チケットも女学院に手配して貰った。

 だって自腹で買えるわけないじゃん。ネットで調べたら、最安値で片道16万円って……。

 

 それと、所要時間が15時間15分って……やっぱり国境を越えた飛行機は長旅なんだなあ。

 学園都市製の超音速旅客機の速さが非常識と言うか、バケモノ過ぎるんだろう。

 

 とりあえず、明日の朝の羽田到着まで12時間近く座りっぱなし決定かあ……。

 エコノミークラス症候群にならないよう、できるだけ体を伸ばすように心掛けよう。

 

 ひとまず、さよならイギリス。また会おうぞ。

 

 学園都市も初春(ういはる)達も、実家の両親や弟の事も恋しいけれど、イギリス留学ではまだまだやる事が山積してるんだからね。

 


 

行間

 

 クロトン・エメラルド研究所のビンフェイス所長が死去したと言うニュースは、その日のうちに女子寮の管理人の口から、()()()()()()()へと伝わった。

 

「おやおや。依頼人は死んじまったってか。……マジで? まいったね、こりゃ骨折り損だわ」

 

 煤けた黒ゴスロリの格好をし、ライオンの(たてがみ)の様なボサボサの金髪と褐色の肌を持つ女性は、そう軽く吐き捨てる。

 

 一応、依頼を受けた際に着手金は貰っているが、折角()()()()()()()()にも関わらず、依頼人である所長がいなくなってしまったせいで、成功報酬を貰いそびれたのだ。

 依頼人とは特に親しいわけでもなく、突然亡くなったからとて何ら感傷の無い彼女にとっては、吐き捨てたくもなるだろう。

 

「まあ、業務上得た顧客情報に関しては、こちらで責任を持って破棄致しますので、ご心配無く」

 

 対応した管理人にそう告げたゴスロリ女は、そのまま踵を返し、研究所の裏口から立ち去った。

 

「……業務上得た()()()()()()()()()()に関しては、こちらで有効活用してやるけどな」

 

 そして、ボソッと誰にも聞こえないよう、そんな事を口走る。

 

(学園都市……『科学』の街かと思いきや、魔術の……しかも『秘奥』の部分にまでガッツリ手ぇ突っ込んでんじゃねぇか。AIM──『虚数学区・五行機関』だの『黒蛇』だのと。ナメてんのか)

 

 イギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属魔術師・シェリー=クロムウェル。

 その顔付きは、獲物を前にした獰猛なライオンの様になり、その口は両端を上げ、三日月の様に広がっていた。

 


 

 私がヒースロー空港から羽田まで出発した後も、飛行機の機内で見られるイギリスのテレビ番組では、地震に関する続報が流れていた。

 どうやら、最初の地震に続いて、震度6クラスの余震が繰り返し起きているらしい。

 機内のテレビで地震速報が流れる度、私の体までが小刻みに震える。

 

 いやだ……生きててよ……パパ、ママ……そして弟。

 

 そう心の中で必死に願ってみるも、頭の中では『その後』の事が次々と浮かんでは消える。

 

 犠牲者の名前一覧に、『佐天』と言う苗字が付いた名前が3つ並んでテレビに流れる様子。

 豪華な額縁に入れられたパパ、ママ、弟の綺麗な写真が祭壇の中央に並べて飾られ、その周りに菊の花が散りばめられている盛大な葬儀の風景。

 あたしが黒い喪服に身を包み、弔問客の前で弔辞を述べている場面。

 あるいは、合同慰霊祭が行われ、知らない顔のおじさん(県知事?)が地元マスコミの報道陣の前で哀悼の意を述べ、それを清聴している被災者遺族の中に、()()()()()がいる光景。

 

 ……あ。

 もし、実家が無くなったら、両親がいなくなったら、あたし……置き去り(チャイルドエラー)になるんだ。

 そしたら、あたしも春上(はるうえ)さんみたいに、初春を頼っちゃうだろうな。

 申し訳なくて、もうスカート捲れなくなるや……あはは。

 

 ……ぐすっ……ふえーん……パパ、ママ……。

 


 

 佐天が空港から出発した少し後。

 クロトン女学院正門前の通りにあるオープンカフェでは、青い制服を着た4人組の少女達が紅茶を嗜みながら、店内に備え付けられているテレビを見ていた。

 

 熊本地震についてのニュースや、中東の男子学生がドローンを使った被災地救援システムを発表したニュース、学園都市の女子高校生が被災地救援物資を運ぶ段ボール箱に新素材プラスチックを使用する事を提案したニュース等が流れている。

 

「いやあ。ジャパンも色々と大変ですねー」

「地震大国らしいからねぇ。確か10年くらい前にはトーホクって所で巨大地震と津波と原発事故のトリプルパンチ喰らってたって話だし。その時、ワタシはまだ小さかったから覚えてないけど」

「そりゃ10年前なら私達みんな小さいでしょうよ」

「それはそうと、キューシュー島のクマモトって、アマクサのある所よね」

「アマクサって確か、ローマ正教の分派のスペイン星教のさらに分派の……」

「カクレキリシタンってヤツー? あれってトクガワ政権に弾圧されて散り散りになったんじゃ」

「まだ残ってるらしいわ。ただ肝心の教義のほうは原形留めてないくらい魔改造されてるせいで、ローマ正教への復帰は断念したらしいけど」

 

 こんな感じで遠い異国の震災をネタに、雑談に花を咲かせる英国少女達。

 

 その近くを赤い制服を着た()()()()()()()()が通り掛かるが、彼女達は誰一人気にも留めない。

 魔力も無く、何の異能も持たない()()()()()()が、どれだけの内なる異常性(きはら)を秘めていようが、魔術師としての嗅覚には引っ掛からないのだから。

 

 そして、お団子頭の女生徒──木原円周(きはらえんしゅう)は、クロトン女学院校舎の中へスタスタと歩いて行き、そのまま理事長室へと入る。

 

 それから数分後、理事長室から出てきた彼女は、その足で放送室まで行き、どこかからくすねたマスターキーを用いて鍵を開け、中へ入った後、放送をジャックし始めるのだった。

 

『あーあー。本日は晴天なりー』

 

 無邪気な少女の声が、クロトン女学院の校舎と、正門前の通り全体に鳴り響く。

 それだけではなく、エメラルド研究所、サファイア研究所、ルビー研究所、ダイヤモンド研究所の各建物にまで回線が繋がっているのか、それらの建物の中にまで声が届く。

 

『学園都市からのお知らせです。ここクロトン女学院と女子寮および研究所のどこかで、女の子が迷子になっています』

 

 出だしは()()()()()()()内容のため、放送を聞いている人達は『学園都市』、『女の子が迷子』の部分に若干注意を向けながらも、我関せずと言った感じでほとんど聞き流していた。

 

『彼女は“疫病研究”のための被検体で、殺人ウィルスの保菌者として保護されました。本来ならば厳重に隔離されているはずでしたが、スパイによって学園都市から連れ出され、現在、この学院の施設群のどこかに隠れていると思われます』

 

 しかし、続けて流れた『殺人ウィルス』と言う不穏な単語に、聞いている学生達は眉を顰め。

 

『彼女が持つウィルスは物に付着すればおよそ14日間は残留し、飛沫感染、接触感染、空気感染を起こすため、彼女が辿った経路上は全て危険であり、半径10メートル以内に近付くと、それだけで濃厚接触となり感染します。潜伏期間は不明ですが、発症すれば90%以上の確率で24時間以内に重症化し死に至ると予想されます』

 

 この衝撃的な内容に、学院正門前の通りのカフェに集う学生達から、どよめきが漏れ始める。

 

『治療法は、被検体の血液から血清を作る事のみで、他にはありません』

 

『皆さんには、安全のため、被検体の少女をできるだけ速やかに捕まえていただきたく、我々へのご協力をお願いいたします』

 

 ……が、放送が終わると、どういうわけか『失笑』が漏れ始め。

 

「何よこの放送。バカみたい。そんな事あるわけ無いじゃないの」

「B級映画じゃあるまいし、もっと脚本を練ってくれないと、こっちも騙され甲斐が無いわね」

 

 と、真剣に受け止めない学生達が大半を占めるようになり、ただの不良学生の『悪戯』として、一笑に付され、軽く受け流されてしまうのだった。

 

 無理もない。

 ここにいる英国の一般学生達は皆、日々を優雅に過ごしている様に見えて、実のところ、日々の生活やら用事やら勉学やらに追われているのだ。

 これまで平穏な日常を当たり前に過ごしてきた彼女達にとって、突発的かつ理解できない出来事に対し、いつ如何なる時にも生活リズムや予定を臨機応変に切り替えて対処できる『常在戦場』の心構えなど、単なるリソースの無駄遣いでしか無いのだから。

 

 案の定、円周がジャックした放送室に、風紀委員っぽい集団が押し掛けてきた。

 彼女達は『青地に銀十字』の腕章を身に着けた『淑女騎士団(Queen of Swords)』で、黄色い制服がほとんどだ。

 

「ちょっと貴女、何してるのよ。放送委員じゃないわね。勝手に機材弄っちゃ駄目でしょ」

 

 中心メンバーと思われる眼鏡を掛けたお堅い感じの警備員(アンチスキル)っぽい女生徒が、円周に声を掛ける。

 ちなみに眼鏡を外すとアンジェリーナ=ジョリーに似ている。

 

「…………」

 

 だが、円周は何も言わず、反論も抵抗する素振りも見せない。

 

「この子を取り押さえて」

 

 ジョリー似の眼鏡女の指示で、周囲を固める他の団員達が、円周を両側からガッチリ抑える。

 そして、眼鏡ジョリーは放送用マイクのスイッチがオンになっているのを確認した後、訂正放送を開始しようとした矢先──

 

「きゃああああああああああああ!!!!!!!」

 

 けたたましい悲鳴が、理事長室のほうから聞こえてきたのだった。

 

 悲鳴の上がった場所までジョリーが駆け付けると、理事長室の開きっぱなしになったドアの前で一人の女生徒がへたり込み、その目の前には……。

 

「理事長が……!!」

 

 ……理事長が常日頃から被っていた『バケツ』のような衣装が、しぼんでクシャクシャになったスーツと一緒に床に転がっており、その中から、理事長()()()()()()()()()()血と肉と泡の塊が、部屋中に広がっていた。

 

『……あ。一つ言い忘れてました』

 

 その衝撃的な光景に被せるように、再び円周の声が学院内のスピーカーから響いてくる。

 

「ッ! あいつ、また……!?」

 

 その声を聞いたジョリーが気色ばみ、放送室の方を振り返るも、理事長室の前で動けなくなっている女生徒を放っては置けないので、その場に踏み留まる。

 しかし。

 

『ここの理事長は既に感染して発症した後、ついさっき死亡したので、予断を許さない状況です。もし感染源を見付けたら、()()()()()()()()()()、すぐにその場を離れてください』

 

「!?!? ……なッ……に……!?」

 

 目の前の出来事と重なる様な、円周の衝撃的なメッセージに、ジョリーの喉が一気に干上がる。

 

「ひっ……ひやぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!」

 

 それに反応する形で、へたり込んだ女生徒の悲鳴が追い打ちを掛ける様に発せられる。

 

「……ゴバァァァァッッッ!!」

 

 と、今度は、女生徒の口から悲鳴の代わりに、大量の血反吐が放たれる。

 そして、そのまま白目を剥いて動かなくなった。

 

 先程よりもさらに輪をかけて衝撃的な光景に、ジョリーの頭の中が一瞬真っ白になるが。

 

(……はっ! まさか!)

 

 突如、頭の中に『お団子頭の怪しい少女の手により血みどろの肉塊と化した団員達』の生々しい光景が過り、放送室へと引き返そうとするも。

 

「……ッッ!!!」

 

 今度は、『団員達に続き、殺人ウィルスに感染して血反吐を吐いて斃れる自分』を思い浮かべ、へなへなと力無く崩折れてしまうのだった。

 

 それから小一時間も経たないうちに、学院正門前の通りをフラフラと彷徨う円周の移動ルートに近接する位置にいた複数の女生徒達が、紅茶ではなく真っ赤な鮮血を吐きながらバタバタと斃れ、それに釣られる様に周囲が一気にパニックとなる。

 

 まだ騒ぎがそれ程広がっていなかったためか、悠々とした足取りで地下鉄駅の改札を通り過ぎる円周に、駅員達は誰一人注意を向けず、彼女はそのまま何食わぬ顔で別の場所へ行ってしまった。

 


 

 8/17 16:10 BST

 Croton Girl's Academy Emergency System Report

 

 Administrators:

 Chairman Lord Todd Buckethead : KILLED by Enshu Kihara

 Vice Chairman Lord Hugh Buckethead : OUT (in Heathrow Airport)

 

 Terrorists:

 Enshu Kihara @ Ruby : ALIVE in London Necropolis UG Croton Loop Line

 ??? : ALIVE in Ruby Dorm

 

 Queen of Swords:

 ??? (Leader) @ Diamond : UNKNOWN

 ??? @ Diamond : KILLED by Enshu Kihara

 ??? @ Diamond : KILLED by Enshu Kihara

 ??? @ Diamond : KILLED by Enshu Kihara

 ??? @ Sapphire : KILLED by Enshu Kihara

 ??? @ Ruby : KILLED by Enshu Kihara

 

 Students of Ruby Dorm:

 ??? : DECEASED in front of Chairman's office

 Several students KILLED by Enshu Kihara

 

 Students of Diamond Dorm:

 Several students KILLED by Enshu Kihara

 

 Students of Sapphire Dorm:

 Adelaide Heisenberg : ALIVE in Sapphire Dorm

 ??? : ALIVE in Sapphire Dorm

 ??? : ALIVE in Sapphire Dorm

 ??? : ALIVE in Sapphire Dorm

 ??? : ALIVE in Sapphire Dorm

 A few students KILLED by Enshu Kihara

 

 Students of Emerald Dorm:

 Vanitas A M Stigmaheart : OUT (in Heathrow Airport)

 Shan P Concronomine : ALIVE in Emerald Dorm

 Fatima M Binface : ALIVE in Emerald Dorm

 Ruiko Saten : IN-FLIGHT (British Airways - Boeing 787)

 Missa Estera : ALIVE in Emerald Dorm

 


 

 理事長室の前で血反吐を吐いて白目を剥いていた女生徒が、目を元に戻し、立ち上がる。

 

「ヒヒヒ。上手く行った。ワタシ、できる女だから。円周サンの役に立つわ」

 

 その女生徒は、血反吐と同じ赤色の制服を身に纏い、腰まで伸ばした赤茶色のストレートヘアが印象的な、悪魔祓い(エクソシスト)の映画に出てきそうな陰気そうな少女だった。

 

 名前は『テレサ=レッドバード(Telesa Redbird)』。クロトン・ルビー所属の女生徒だ。

 彼女は『木原印』の『人工能力者』で、円周と()()()()()()ため『信奉者』となったのだ。

 つまりは円周の子分で、実験台(モルモット)で、()()()だった。

(先程の悲鳴や吐血は、理事長の死を第三者に目撃させたり、殺人ウィルスの恐怖を振りまくための三文芝居だったのだ)

 

 能力名は『血液操作(ブラッド・オペラティヴ)』。

 血液量の増加(造血加速)と血流操作に特化した能力であり、血流を乱す事で血管を破裂させ、意図的に出血を起こしたり、血液量を回復したり、血流加速により運動能力を向上させられるが、一度体外に出た血液を操作する事はできない。

 操作できるのは自分の体内の血液のみ(自分の体内であれば輸血した血液でも操作可能)。

 

 そんな彼女だが、女学院校舎と正門前通りの騒ぎの火に油を注ぐ役目を円周から任されたため、これより至る所で殺人ウィルスの発症者の振りをして、盛大に血反吐を吐きまくる事となる。

 


 

 クロトン・ルビー研究所および女子寮。

 クロトン女学院を構成する学寮の一つで、学園都市に倣い、人工能力者を生み出すための研究を行っている、ただ一つの研究所だ。

 しかし、その研究方法はお世辞にも学園都市に準じているとは言えず、出鱈目に薬物投与や外科手術を乱発した結果、廃人となる生徒が後を絶たず、『血染めのルビー(Surgeon Blood Ruby)』などと揶揄されている。

(『ピジョンブラッド(Pigeon Blood)』と『外科医の血(Surgeon Blood)』を引っ掛けている)

 

 木原円周は、協力機関への潜入のため、クロトン女学院中等部に女生徒として編入していたが、担当研究員を籠絡した事で、特例で研究者のポジションとして動けるようになり、数多くの女生徒を実験対象(モルモット)として『本物の能力開発』を手掛けたのだ。

 何せ、彼女の専門分野は『学習装置(テスタメント)』であり、学生の『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を弄る事など『朝飯前(piece of cake)』なのだから。

 しかも、ただの学生を開発するのでは『木原』分が足りないと思ったのか、既に廃人(スクラップ)となった問題児ばかりに狙いを定め、ゼロから作り上げた『異常人格』を刷り込む事で、『木原』には及ばないまでも、極めて危険な精神構造を持つ狂気の能力者を生み出したのだ。

 もちろん、ただ成功させるだけでは『木原』が足りない故、失敗して自殺どころか、ヒトとしての原形すら留めなくなった『バケモノ』にまで堕とされた犠牲者の数は、成功例よりずっと多い。

 

 だが、そんな円周の遊び場(プレイルーム)すらも、今となっては用済みとばかりに、惨劇の舞台へと塗り替えられていたのだった。

 

 パニックとなり逃げ惑う赤い制服──ルビーの女生徒達の後を追うように、ゆったりとした足取りで、ヒタヒタと歩いてくる()()()制服の女生徒。

 その顔には、ヌラリとした気持ち悪いまでの満面の笑みが張り付いている。

 ()()()()()()()()()()()()()()で肩にかかる程度のショートヘアに白いカチューシャを着けた、英国ならどこにでもいそうな典型的な白人少女。

 だが、その風貌とは裏腹に『船頭(せんどう)フクマ』と言う日本人風の名前を名乗る。

 

「ふふふのふー。『船頭多くして船山に登る』。この『船頭フクマ』ちゃんが、尖塔の如く先頭で先導して扇動しちゃいまーす。Let's 戦闘態勢!」

 

 頭の天辺と見せ掛けて、足の爪先からでも出しているのかと思えるくらいの甲高いキンキン声を響かせ、周囲の空気を瞬間凍結させそうなダジャレを交えて、訳の分からない事を言う。

 しかし、その『全身』からは『無数の殺意』がサボテンの棘の如く、剥き出しとなっていた。

 

「コラッ! 君はここの生徒じゃないね? こんな所で何をしてるんだ? 早く避難しなさ──」

 

 そこに、事情をよく飲み込めていない新人の警備員(ガードマン)が現れ、彼女を呼び止めるも。

 

「……ぶぢゅ」

 

 彼女が伸ばしたと思われる『見えない左手』によって、レモンを絞る様に、握り潰された。

 

「レモンイエローの少女がーレモンを絞るようにーバクハツさせたー♪ It's 檸檬爆弾!」

 

 すると彼女は、自身がしでかした事に全く悪びれるどころか、自らが作り出した惨劇と全く噛み合わないような、底抜けに明るい自作ソングを歌い出すのだった。

 

 その一部始終を目撃していた別の警備員が。

 

「……うわあああああああああ!!!!!!」

 

 と叫び声を上げながら、素早く取り出した『対暴走学生用』のサブマシンガンをぶっ放した。

 不穏なレモンイエローの女生徒に向けて。

 

 銃弾の雨により、たちまち女生徒はヒトの形を留めない『血と肉の塊』へと変貌し、周囲へ飛び散ってしまう。

 残っているのは、両膝から上を失い、奇跡的に倒れないまま地面に立っている両足の先のみ。

 

「……はぁッ……はぁッ……はぁッ……!」

 

 銃弾を撃ち尽くしたため、弾切れとなったサブマシンガンを構えたまま、息を切らせる警備員。

 だが。

 

「「ふふふのふー」」

 

 突如、女学生()()()()()の残された両足の靴の爪先部分がバックリと横に裂けて口の様に開き、そこから先程と似た様なキンキン声がハモるように発せられる。

 それを目の当たりにした警備員が、ゴクリと喉を鳴らした直後。

 

『ボ』

 

 と言う謎の音とともに、警備員の『前半身』がパックリと抉れた様に消失し。

 その断面から、血が霧の様に噴き出し。

 

 それと向き合う形で、スプラッタにされたはずの女生徒が、()()()()()()()()()()

 ……ただし、髪の色は先程とは打って変わり、艶の無い漆黒で、肌の色も真っ黒で、制服の色は葡萄の様な紫色へと変わっている。

 

「怒りの葡萄が炸裂ゥ~! 武道を使う暇も無く、フィニーッシュ!」

 

 ネガポジ反転した様な色合いとなった女生徒は、相変わらず満面の笑みを顔に張り付かせたまま底抜けに明るいキンキン声で、寒いダジャレを再開する。

 その彼女の背中には、先程前半分を抉り取られた警備員の顔面だけが貼り付いていた。

 サブマシンガンで粉々のミンチにされた時、飛び散った肉片が警備員の体の前半分に掛かったのだが、まるでトリモチにくっつけた物を引き戻す様にして、()()()()()()のだろう。

 

 その時、満面の笑みのまま()()()()()()()()()()()顔が、ようやく動き始め。

 

「──損傷部位:全体の25パーセント。

左手薬指の能力:悪魔の左手(グラビティグリップ)を喪失。

左胸部の能力:卑劣の起爆(ブレストブラスト)を喪失。

左肩甲骨の能力:突貫の迫撃(スリリングスラスト)を喪失。

背骨の一部を損失につき、他者の顔面および頭蓋骨の一部を充填剤として代用し、同化させる。

──以上、報告おわり」

 

 と、読み上げソフトの様な、抑揚のないロボットの声で、淡々とメッセージを発する。

 

『グジュグジュバリバリゴキン』

 

 そして背中から謎の破砕音を出したと思ったら、いつの間にか背中に埋まっていた警備員の顔が跡形も無く消えており、元通りの綺麗な背中となっていた。

 ついでに、全身の色も元通りとなり、プラチナブロンドヘアに白い肌と黄色い制服となる。

 そして続けざまに変化が起き、今度は赤い髪に褐色の肌と赤い制服へと変わり、同時に不自然な輝きが消えたのだった。

(全身の色彩を変化させる『光学操作系能力』を発動していたものと思われる)

 

 彼女は、クロトン・ルビー研究所に所属する『実験体』であり、『失敗作』の集合体。

 実験時のコードネームは『伏魔殿(パンデモニウム)』。能力名も同じ。

 名前の由来は『千の頭を持つ』すなわち『千頭(センドウ)』と、『伏魔(フクマ)』。

 ヒトとしての形すら失われた数多の失敗作をヒトの臓器の形に擬態させ、さらには『成功作』をも()()()()事で、擬似的な『多重能力(デュアルスキル)』を実現させようとした、正真正銘の『バケモノ』である。

 

 木原たる者、実験をただ『成功』させるだけなら落第点。

 実験が『失敗』するまで、実験体を使い潰してこそ及第点。

 ただし、そこで満足して立ち止まるなら『木原失格』。さらなる高みを目指してこそ『木原』、人としてさらなる『底』を突き抜けてこそ『木原』なのだから。

 木原が足りない円周は、ただ実験を成功させるでもなく、ただ失敗を重ねるでもなく、失敗作をさらに使い潰し、捏ねくりまわし、そこに成功作をも惜しみなく素材として磨り潰して混ぜ込み、消費させる事で、失敗に失敗を上乗せした『超失敗作』を生み出したのだった。

 

 そしてこの度、木原円周の襲撃に合わせ、禁を解かれ、野放しにされるに至った。

 


 

 8/17 16:30 BST

 Croton Girl's Academy Emergency System Report

 

 Administrators:

 Chairman Lord Todd Buckethead : KILLED by Enshu Kihara

 Vice Chairman Lord Hugh Buckethead : OUT (in Heathrow Airport)

 

 Terrorists:

 Enshu Kihara @ Ruby : ALIVE in Diamond Dorm

 Telesa Redbird @ Ruby : ALIVE in Croton Girl's Academy

 Fukuma Sendou @ Ruby : ALIVE in Ruby Dorm

 

 Queen of Swords:

 ??? (Leader) @ Diamond : UNKNOWN

 ??? @ Diamond : KILLED by Enshu Kihara

 ??? @ Diamond : KILLED by Enshu Kihara

 ??? @ Diamond : KILLED by Enshu Kihara

 ??? @ Sapphire : KILLED by Enshu Kihara

 ??? @ Ruby : KILLED by Enshu Kihara

 

 Students of Ruby Dorm:

 ANNIHILATED by Fukuma Sendou

 

 Students of Diamond Dorm:

 Several students KILLED by Enshu Kihara

 

 Students of Sapphire Dorm:

 Adelaide Heisenberg : ALIVE in Sapphire Dorm

 ??? : ALIVE in Sapphire Dorm

 ??? : ALIVE in Sapphire Dorm

 ??? : ALIVE in Sapphire Dorm

 ??? : ALIVE in Sapphire Dorm

 A few students KILLED by Enshu Kihara

 

 Students of Emerald Dorm:

 Vanitas A M Stigmaheart : OUT (in Heathrow Airport)

 Shan P Concronomine : ALIVE in Emerald Dorm

 Fatima M Binface : ALIVE in Emerald Dorm

 Ruiko Saten : IN-FLIGHT (British Airways - Boeing 787)

 Missa Estera : ALIVE in Emerald Dorm

 

 Others:

 2 staff in Ruby Dorm : KILLED by Fukuma Sendou

 


 

 クロトン・ダイヤモンド寮では、9月中旬に学園都市で行われる大覇星祭に合わせ、体育祭紛いの寮祭が行われる。

 それに備え、今から色々と準備で忙しいわけだが。

 

 寮祭の催事の一つ、ロックフェスティバルの準備のため、学園都市から『最新鋭』の音響機材が『お下がり』として送られてきたのだ。

 

 そして、それらは現在、寮の体育館のステージに置かれているはずだが、影も形も見えない。

 それもそのはず。学園都市製の巨大スピーカーは、背景に溶け込むための『磁性制御モニター』で覆われており、だまし絵の様に、一見しただけでは周囲と見分けが付かなくなっているのだ。

 

 学院校舎では殺人ウィルス騒ぎが起きていると言う情報が、放送の他に、()()()()()情報筋から入ったので、寮祭の実行委員がステージで使う音響機器をウィルス等から保護するため、シートを被せようとしたのだが。

 

「……あれ??」

 

 ハラリと、シートがステージの()へ覆い被さった。

 ステージの端に置かれているはずの見えないスピーカーが、本当に()()()()()()()()()()()

 

 ちょうどその頃、寮の入口前には円周が立っており、それに立ち塞がる形で黄色い制服の集団が壁を作っていた。

 

「……その制服、ルビーでしょ。ここはダイヤモンド寮生以外は立入禁止なのよ」

 

 集団の中央にいるリーダー格の女生徒が、上から目線で高圧的に詰め寄る。

 しかし、凄まれた形の円周はビクともせず、真顔のまま無言で見上げるだけ。

 

「それに、淑女騎士団の団長(リーダー)から連絡が来たのよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

「…………」

 

 そして、円周を騒ぎの元凶だと看破するのだった。

 相手が完全な警戒態勢に入ったと理解した円周は、ぐうの音も出ないのか、無言のまま。

 だが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 突如、円周は口を開くとともに、指をパチンと鳴らす。

 すると。

 

 円周の背後に、数台の()()()()()()()()を変形させた様な、人型ロボットが。

 それまで()()()()()()空間に、ポッと現れた。

 

「ゎわっっ!?!?」

 

 それを間近で見たリーダー格の女生徒が、驚きのあまり、思わず大きく飛び退いた後、足を絡ませて転びそうになるも、周りの取り巻き達に支えて貰い、事無きを得る。

 

()()()()()()()()()()

 

 円周がそう言い残し、踵を返して駅の方へ立ち去ると、巨大スピーカーの変形ロボ軍団は隙間を埋める様に隊列を組み直す。

 

「……! ちょ、待ちなさい──」

 

 完全に意表を突かれる形となった女生徒は、円周を追い掛けようとするも、時既に遅し。

 

『────(ブツッ)』

 

 頭にグワンと言う衝撃が走った直後、糸が切れる様な感覚とともに、全身に激しい痛みが走り。

 

 ……黄色い制服の集団は、その制服を真紅に染め上げていた。

 

 寮の入口前だけではなく敷地全体を取り囲む様に、巨大()()()()付き変形ロボ軍団が既に配置されており、寮の中は『阿鼻叫喚の地獄絵図』と化していた。

 ……いや、完全なる無音の世界なので、本人達にとっては阿鼻叫喚ではないのかも知れない。

 結果的には『殺人ウィルスによるパンデミック』と変わらないのだから、どうでもいい事だが。

 


 

 クロトン・サファイア女子寮は、自由で開かれた気風を持つ変わった学寮である。

 他の寮の生徒を受け入れない他寮と違い、向学心のある生徒なら誰でもウェルカムなのだ。

 なので、普段から頻繁に他の寮から生徒が出入りしている。

 そしてそれが、今回は仇となった。

 ……いや、幸いしたと言うべきか。

 

 ルビーから助けを求める生徒を受け入れた事で事態を把握した寮生達は、()()()()()()()()()、その全員が寮から逃げ出したのだ。

 

 才能の無い秀才止まりと呼ばれ、能力開発に関わる事も無いため、予算もあまり下りず、設備も乏しいので、寮生にとっての財産と呼べるのは、サファイアの自由な精神と自分自身の頭脳だけ。

 なので、勉強はどこでもできるし、頭脳さえあればどこでも研究は可能と言う事で、この場所を捨て去るのに躊躇う理由が無かったのだ。

 

 サファイア女子寮のあるロンドン北部の高級住宅地の上空を、箒に乗った魔女の様な4人組+αが飛んでいた。

 

 魔女の箒に似たシルエットを持つ霊装『鋼の手袋』のスティック部分に跨る銀髪少女ベイロープの後ろに、ブルネットヘアの淑女・アデレードが同乗しているのだ。

 ちなみに、彼女は魔女のとんがり帽子に似た『組分け帽子(シンキング・ハット)』を被っているため、見た目だけなら典型的な魔女である。

 

 ベイロープを始めとする4人組の少女達。

 彼女達はクロトン女学院に潜入した魔術師達──魔術結社予備軍『新たなる光(N∴L∴)』である。

 今回は、女学院にいる原石達が『とある計画』にどれくらいの影響を及ぼすか、計画の阻害要因になるか否かを調べるための潜入任務だったのだが。

 学院正門前の通りで殺人ウィルス騒ぎに遭遇し、数人の生徒達の突然死とそれに伴うパニックを目の当たりにした事で、『クロトン女学院はもう終わりなので影響力は無く、警戒に値しない』と判断し、危険を回避するため、速やかに撤収する決断をしたのだが……。

 サファイア寮に私物を取りに戻った後、霊装を使って飛び立とうとしたところを、アデレードに目撃されてしまい、色々あって今に至る。

(レッサーが『人払い』や『隠蔽』のルーンを張り忘れていたために起こったハプニングらしい)

 

 彼女達からすれば、魔術を使えない一般人などお荷物でしかなく、連れて行くわけにはいかないのだが、原石を見分けられる高度な発明を作る技術を見込んで、()()()()()の発掘作業を手伝って貰う事を交換条件に、同行を認める事となった。

 

 その一方で、アデレードはベイロープ達が使う『霊装』に興味津々である。

 彼女は科学サイドの人間ではあるが、能力開発は一切受けておらず、魔術に対する拒否反応も無いため、今から魔術を学ぶ事は十分可能なのだが、それをベイロープ達が認めるかどうかは分からない。多分何も教えては貰えないだろうし、交換条件としての仕事が終わればポイされるだろう。

 

 それでも、難を逃れた彼女の目の前には、サファイアの様な青空が広がっていた。

 


 

 猫目少女シャンと無表情少女ミサは、エメラルド女子寮の自室で息を潜めていた。

 もちろん、円周のメッセージはこの研究所と女子寮の中にまで届いており、現在は外部から誰も入れないよう研究所と女子寮の全ての出入口が完全にロックされている。

 

「大丈夫、アッシが付いてるネ」

 

 恐怖のせいで、無表情のまま体をブルブルと震わせているミサに対し、シャンが宥める。

 もちろん、あんなフザケた放送など1ミリも信じてはいない。

 学園都市から来た少女がミサの事を指しているとして、彼女と接触したシャンも管理人も今まで何とも無かったし、地震で潰れて死んだ所長にしたって、何らかのウィルスに感染していたと言う報告は病院からは無かったのだから、ミサが殺人ウィルスの保菌者であるはずが無いのだ。

 とは言え、パニックになった赤の他人がその言い分を信じるかと問われれば心許ないが。

 

 そして何より、この状況を生んだ原因が自分自身にあると薄々勘付いていたミサが、この状況に揺さぶられないはずが無かった。

 

「ミサ……は、だれかをギセイにしてまで、まもってもらわなくて、けっこうです」

 

 早朝に起きた所長の『事故死』と先程の学院理事長の『突然死』が自分のせいだと考えたのか、『けっこう』な訳など無いのに、ミサは今にも消え入りそうな声で、そう強がりを言ってしまう。

 

「……、」

 

 そんな彼女を、シャンは有無を言わさず、ここから行ってしまわないようギュッと抱き締める。

 しかし、そんな中、ミサは心の裡に何かが込み上げるのを堪えつつ、声を震わせながら。

 

「ミサ……は、ツクリモノです。超電磁砲(レールガン)、みさかみことおねえさまの、たいさいぼうクローンのうちの、ひとつにすぎません。とりかえのきく、モゾウヒンです」

「……!?」

 

 自身がクローン人間であると打ち明ける。

 ただ、言われたほうは理解が追い付かない。

 学園都市協力機関の学生とは言え、いきなりそんな事を言われても実感が湧かないのだ。

 

「なので……せかいでたったひとり……とりかえのきかない……ひとつとしておなじものがない、ホンモノのニンゲンたちが、ニセモノの、ミサ……のために……しぬひつようなど、ないのです」

「…………」

 

 が、そんな相手の反応に気付かないまま、ミサは『自分の命に価値が無い』事を滔々と述べ続けるのだった。

 それを聞いてようやく、シャンはミサが言わんとしている事に対し理解が追い付くも、心穏やかでいられるはずが無く、無言のまま唇を噛み締めた。

 そして。

 

「ふざけるナ」

 

 と、シャンの口から本音が零れ。

 

「オマエに、誰かに守って貰う価値が無いだって? ()()()()()()()()()()模造品だから? それがどうしたネ!? 何でそんな“価値”のために自分の命をそんな風に投げ捨てようとするネ!?」

 

 堰を切ったように、出会ってそんなに経っていない少女に向かって、剥き出しの感情をぶつけるのだった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、オマエは生きてていいに決まってるネ!! ……アッシだって、そうするネ」

 

 それは、シャン=ナコット=コンクロノミネと呼ばれる『少女』としてではなく。

 ()()()()()()()の、剥き出しの『少年』として。

 

「……!」

 

 それを聞いたミサが息を呑み、その表情がハッとしたものへと変わる。

 無表情少女が無表情では無くなった瞬間だった。

 

「……よく聞くネ。これからアッシはオマエを生きてここから逃がす。学園都市だろうが何だろうが、誰もオマエを死なせたりはしない。アッシがそうさせない。だから、安心するネ」

 

 そして、紛い物の『少女』から一皮剥け、世界で唯一人の『おねえちゃん』となったシャンは、新しく『妹分』となったミサに、この上なく優しい笑顔を向けるのだった。

 


 

 8/17 16:50 BST

 Croton Girl's Academy Emergency System Report

 

 Administrators:

 Chairman Lord Todd Buckethead : KILLED by Enshu Kihara

 Vice Chairman Lord Hugh Buckethead : OUT (in Heathrow Airport)

 

 Terrorists:

 Enshu Kihara @ Ruby : ALIVE in Sapphire Dorm

 Telesa Redbird @ Ruby : ALIVE in Croton Girl's Academy

 Fukuma Sendou @ Ruby : ALIVE in Ruby Dorm

 

 Queen of Swords:

 ??? (Leader) @ Diamond : ALIVE

 All of the other members ANNIHILATED by Enshu Kihara

 

 Students of Ruby Dorm:

 ANNIHILATED by Fukuma Sendou

 

 Students of Diamond Dorm:

 ANNIHILATED by Enshu Kihara

 

 Students of Sapphire Dorm:

 Adelaide Heisenberg : ESCAPED with Bayloupe and company

 Bayloupe : ESCAPED

 Lesser : ESCAPED

 Floris : ESCAPED

 Lancis : ESCAPED

 A few students KILLED by Enshu Kihara

 All of the other students ESCAPED

 

 Students of Emerald Dorm:

 Vanitas A M Stigmaheart : OUT (in Heathrow Airport)

 Shan P Concronomine : ALIVE in Emerald Dorm

 Fatima M Binface : ALIVE in Emerald Dorm

 Ruiko Saten : IN-FLIGHT (British Airways - Boeing 787)

 Missa Estera : ALIVE in Emerald Dorm

 ??? : OUT (in Heathrow Airport)

 ??? : OUT (in Heathrow Airport)

 ??? : OUT (in Heathrow Airport)

 

 Others:

 All staff in Ruby Dorm : ANNIHILATED by Fukuma Sendou

 All staff in Diamond Dorm : ANNIHILATED by Enshu Kihara

 All staff in Sapphire Dorm : ESCAPED

 All staff in Emerald Dorm : ALIVE

 


 

 …………。

 

 ……ハッ!

 いけないいけない。いつの間にか転寝しちゃってたわ。

 

 てか、あたし泣いてたっけ。

 そうだった。泣き疲れて眠ってたんだ。

 

『……ぐぅ~』

 

 あ。腹の虫が鳴った。

 そう言えば、遅めのランチ代わりのティータイムの途中で地震のニュース見て切り上げちゃったせいで、半分くらい食べそびれたんだ。

 

 今は……そうだ。機内ではスマホの電源はオフにしなきゃいけない決まりだった。

 これじゃあ時間が分かんないや。

 いつもスマホで時間確認してるから、腕時計持ってないし。

 

 えーと……時計時計っと。

 って、どこにも見当たらない。

 何でよー?

 

 ……キャビンアテンダントさんに聞くのも何だし、う~ん……どうしよう。

 

「目の前にあるモニターのホーム画面の右下に、フライトの残り時間が表示されるらしいですよ。それを移動時間から差し引いて出発時刻に足せば逆算できます」

 

 ……ん?

 横から()()()()()()()声が聞こえてきたよ?

 

 しかも、何だかあまり良い思い出の無い様な……。

 

「お久しぶりですね。……と言っても、もう覚えてないかも知れませんが。一応、改めて名乗っておきます。神裂火織(かんざきかおり)です」

 

 ギギギ……とぎこちない動きで首を左に回す私の視線の先に、袖の破けた白いTシャツと、片足だけ付け根から短く切ったジーパンを履いた、パンクな黒髪ポニーテール女が座っていた。

 

 …………。

 

 うえええぇぇぇぇ~~~!?!?!?

 

 あ、あの『チャンバラ聖人』が……あたしの隣の座席に……き、気付かなかった。

 

「何ですか? その、まるで危険人物でも見る様な目は」

 

 だって、一介の無能力男子高校生を一方的にボコったり、年端も行かない女子中学生のあたしを一晩中追い回したりした危険なチャンバラお姉さんじゃん。

 いくら()()()()()()()事情があったところで危険なものは危険だよう。

 

「……まあいいでしょう。私は熊本に()()()()()()がいるので、様子を見に会いに行く所です」

 

 大変ゲンナリした表情で神裂を凝視する私に構わず、神裂は聞かれてもいないのに自分から搭乗理由をペラペラと語り出す。

 

「しかし奇遇ですね。キャンセル待ちに乗ったらあなたの隣の席だったとは。あなたも熊本行きですか?」

 

 そして世間話のつもりなのか、ズケズケと聞いてくるが、私はあまり答えたくは無かった。

 

「…………」

 

 しばし無言となった私の様子から無言の是認と受け取ったのか、はたまた聞かれたくない事だと察したのか、神裂はそれ以上詮索してこなかった。

 確かに一度はインデックスちゃんと上条(かみじょう)さんを助けるために共闘した関係ではあるが、そこまでプライベートかつ他人に触れられたくない部分に触れられてもいいくらいに心許せる相手にはなってはいないのだ。

 

 ひとまず、話は終わったようなので、目の前にあるモニターを操作し、ホーム画面を見る。

 そして、右下に表示される“Flight time remaining”と書かれた項目の横の数字を確認すると。

 

 ──残り9時間50分。

 つまり、ロンドン・ヒースロー空港から羽田までの移動時間11時間25分からこれを差っ引くと、出発から1時間35分経過しているのが分かる。

 そして、出発時刻(現地時間)15時30分と足し合わせると──現在時刻17時5分か。

 

 ……まだ夕食まで1時間もあるのか。

 いや、夕食まであと1時間しか無いんじゃ、今からオヤツと言うわけにもいかないな。

 もっと早めに何か頼んどくんだった。

 

 とりあえず、空腹を紛らわせるために、モニターを操作して動画でも見よう。

 

 ……航空会社の『機内安全ビデオ』か。離陸前にも一度見た覚えがある。

 何か眉毛の太い濃い顔のおじさんが、喜劇みたいな動きで座席の周りをてんてこ舞いしてる。

 どこかで見た事があると思ったら……『Mr.○ーン』の人か。

 流石はイギリス。ユーモアが洗練されているなあ。コメディからも紅茶の香りがする。

 

 そんな事を考えていると、ふと、見られている気配がしたので、横目でチラ見すると……。

 神裂が自分のではなく()()()()()()()()ほうのモニターを食い入る様に眺めていた。

 

「……あなたの目の前にもあるじゃないですか」

 

 私はムスッとしながら、そう言い放つも。

 

「なっ……!」

 

 言われた神裂のほうは、そう呻いた後、どういうわけか困惑した顔で言葉を詰まらせてしまう。

 

 ……? 一体何なんだろう……変なの。

 

 そこでふと気付く。

 神裂は聖人であると同時に『魔術師』だ。

 魔術師ならば常に武器となるものを肌身離さず持ち歩くはずだが、完全な丸腰に見える。

 私みたいに身近にある日用品を象徴武器(シンボリックウェポン)に転用したり、何の変哲も無いタロットにテレズマを込めて術式を発動するのと違い、神裂は刀と鋼のワイヤーを駆使して術式を組み上げるタイプだ。

 なのに、相棒とも呼べる『七天七刀(しちてんしちとう)』を持ち込めなくて不便では無いのだろうか。

 

 もちろん、飛行機内に刀剣類など持ち込めるはずも無く、まかり間違って持ち込めたとしても、あんなドデカいサイズの長物を座席の下に収められるわけが無いけど。

 

 ただ、刀剣類の場合は、所定の手続きを踏めば『美術品』扱いで預ける事が可能らしい。

 なので恐らく、あの刀は貨物室に預けてあるんだろう。

 かく言う私は、手荷物検査でリュックの中に入れてあった金属製のカードケースが金属探知機に引っ掛かったため、中身を全部開けてチェックされる羽目になったが、何とか機内に持ち込めた。

 

 そうこうしているうちに夕食の時間になったのか、機内サービスが機内食を運んできてくれた。

 よく“Beef or Fish”などとキャビンアテンダントさんに聞かれる場面が想定されるが、この航空会社では搭乗前に予め提出する書類の記入事項の中にそれがあるため、機内で質問される事は無いのだった。

 私は“Beef”と回答したので、パックに入った肉料理が運ばれてきた。

 ちなみに隣の神裂は“Fish”と回答した模様。

 

 ついでに私にだけ缶コーラ2本と透明なカップ、スコーンみたいなチョコレート菓子がオマケに付いてきたが、多分、私がオヤツの時間に眠っていたせいで運ばれなかった分がまとめて来たんだろう。

 前の座席の背もたれから引き出したテーブルの上があっという間にいっぱいになった。

 

 うーん……食べ切れるかなあ。

 まあ、飲み物やお菓子は持ち帰って後で食べる事もできるし、まずは夕食から片付けるか。

 いただきまーす。

 

 ……んんっ! このお肉、ステーキかと思ったら、柔らかくて味が滲みてて美味しーい!!

 まるでビーフシチューみたい。

 

 ……はは。そういえば、学食では『肉料理』を一度も味わって無かったなあ。

 イギリスは肉食文化と聞いていたのに、初めての美味しい肉料理が帰りの飛行機でだなんて。

 熊本で家族の無事が確認できたら、そしてイギリスに戻れたら、美味しい肉料理はあるかって、ヴァーニーに聞いてみよう。

 


 

 8/17 18:00 BST

 Croton Girl's Academy Emergency System Report

 

 Administrators:

 Chairman Lord Todd Buckethead : KILLED by Enshu Kihara

 Vice Chairman Lord Hugh Buckethead : OUT (in ???)

 

 Terrorists:

 Enshu Kihara @ Ruby : ALIVE (just arrived at Emerald Dorm)

 Telesa Redbird @ Ruby : ALIVE in Croton Girl's Academy

 Fukuma Sendou @ Ruby : ALIVE in the Croton Ruby Dorm Station of London Necropolis UG Croton Loop Line

 

 Queen of Swords:

 ??? (Leader) @ Diamond : ALIVE

 All of the other members ANNIHILATED by Enshu Kihara

 

 Students of Ruby Dorm:

 ANNIHILATED by Fukuma Sendou

 

 Students of Diamond Dorm:

 ANNIHILATED by Enshu Kihara

 

 Students of Sapphire Dorm:

 A few students KILLED by Enshu Kihara

 All of the other students ESCAPED

 

 Students of Emerald Dorm:

 Vanitas A M Stigmaheart : OUT (in ???)

 Shan P Concronomine : ALIVE in Emerald Dorm

 Fatima M Binface : ALIVE in Emerald Dorm

 Ruiko Saten : IN-FLIGHT (British Airways - Boeing 787)

 Missa Estera : ALIVE in Emerald Dorm

 ??? : OUT (in ???)

 ??? : OUT (in ???)

 ??? : OUT (in ???)

 

 Others:

 All staff in Ruby Dorm : ANNIHILATED by Fukuma Sendou

 All staff in Diamond Dorm : ANNIHILATED by Enshu Kihara

 All staff in Sapphire Dorm : ESCAPED

 All staff in Emerald Dorm : ALIVE

 


 

行間

 

「何ぃ!? クロトン女学院のバケットヘッドと、ビンフェイスの野郎が死んだだと?」

「左様にございます」

 

「……()()()()にこうも立て続けに死なれると、寝覚めが悪くなる。……原因は?」

「ビンフェイスは事故死ですが、理事長は何者かに殺害されたとの情報が。さらに……」

「ん? 申してみぃ」

「本校舎および各学寮との通信が途絶え、中の様子が分からない上に『生物災害(バイオハザード)』との情報が」

 

「……早急に調べろ。警察や軍の手に余るようなら、騎士派を使え。……『魔術』が関わるなら、清教派の手も借りろ」

「……御意」

 


 

「う~ん」

 

 全身を血みどろ色に染めた真っ赤な制服の白カチューシャ少女は、相変わらず満面の笑みを顔に張り付けたまま、地下鉄路線図の前で首を傾げていた。

 

「ど・れ・に・し・よ・う・か・な・せ・ん・ど・う・ふ・く・ま・の・い・う・と・お・り」

 

 人差し指を『クロトン女学院』(右回り)と『クロトン・ダイヤモンド女子寮』(左回り)との間を交互に行き来させながら、脈絡不明な数え歌を口遊む。

 

 ……どうやら、奇数なので次の行き先は『クロトン女学院』(右回り)に決まった模様。

 

「ク・ロ・ト・ン・じょ・が・く・い・ん……天国・地獄・大地獄(おおじごく)・天国・地獄・大地獄・天国・地獄・大地獄……『大地獄』に、けってーい!!」

 

 そして今度は、指折り数えながらルーレットみたいな数え歌を口遊む事で、行き先の『運命』とやらを勝手に決めてしまう。

(『ん』を1音節扱いしている癖に『じょ』を2音節として扱わないなど、かなり無理やりな決め方だが……)

 

「ふふふのふー。みなごろしー♪ みなごろしー♪ 鹿に金と書いて(みなごろし)ー♪ 血みどろ血みどろ血みどろ男爵♪ 真っ赤なお部屋で生ーまれたー♪ 真っ赤な赤ちゃん少女はー♪ 真っ赤な制服白カチューシャでー♪ 真っ白ブラウス真っ赤っかー♪」

 

 物騒な自作歌を口遊みつつ血に染まったスパナをぶん回し、スプラッタとなった駅員達の亡骸があちこちに散乱する駅構内をプラプラ歩き、列車が運行停止となった線路の上に降り立つ。

(殺人ウィルス騒ぎのせいで校舎と寮が全て封鎖され、ロンドン市街への出入り禁止となった)

 一駅先は既に地獄だったが、この怪物のせいで、さらなる『大地獄』と化すのだろう。

 その時までのカウントダウンを刻むが如く、真紅の怪物はヒタヒタと不気味に歩を進めて行くのだった。

 




解説1:
 東日本大震災と熊本地震の時期について:
 作中では、魔術や地脈などの影響で、自然災害の時期にズレがあるため、現実とは異なる。
 そして、原作(旧約3巻)と外伝漫画(超電磁砲4巻~7巻)と外伝アニメ(超電磁砲S)の中では8月中旬に熊本地震は起きていないため、それら全てとも時期が異なる。

解説2:
 佐天が搭乗した飛行機(ブリティッシュ・エアウェイズ)の機内安全ビデオの元ネタ:
 機内安全ビデオに大物スターを起用! ラストに登場するのは?|BUSINESS INSIDER
 (2017年11月21日11:30AM)
 https://www.businessinsider.jp/post-35082

解説3:
 テレサ=レッドバードの名前について:
 元ネタは映画『エクソシスト』に登場する悪魔憑きの少女・リーガン=テレサ=マクニール。
 さらに、カクテル『ブラッディ・マリー』にビールを加えた『レッドバード』から。
 ブラッディ・マリー(血染めのメアリ)は、16世紀のイングランド女王およびアイルランド女王であったメアリ1世の異名。
 プロテスタントに対する過酷な迫害で知られており、カクテルの名前の由来。

 血液操作(ブラッド・オペラティヴ)の読み方について:
 MtG(マジック・ザ・ギャザリング)に同名のカードがある。なお能力の中身とは無関係。

 船頭フクマのダジャレの中に出てきた果物について:
 檸檬爆弾は、梶井基次郎の短編小説『檸檬』から。
 『怒りの葡萄』は、ジョン=スタインベックの小説のタイトル。

 船頭フクマが喪失した複数の能力について:
 『悪魔の左手』(グラビティグリップ)は重力操作系能力。
 対象の中心に能力の噴射点を設定し、重力で収縮させ押し潰す。
 元々の使用者は人間の形を失った後、フクマの左手薬指に移植された。

 『卑劣の起爆』(ブレストブラスト)は発火系能力。
 能力者本人の胸部から対人地雷に似た爆発を起こし、近くに誘い込んだ標的へダメージを与える卑劣な不意打ち技。
 元々の使用者は人間の形を失った後、フクマの左胸に移植された。

 『突貫の迫撃』(スリリングスラスト)は、左肩に見えないエネルギーシールドを張った状態で、攻撃を防いだり、タックルを仕掛ける攻守一体の能力。
 元々の使用者は人間の形を失った後、フクマの左肩甲骨に移植された。

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