とある佐天の裏技遊戯(ニューゲーム)   作:RB_Broader

29 / 35
英国首都の僵尸劇団(スリラー・イン・ロンドンシティ)

 8月17日(英国夏時間)18時ジャスト。

 木原円周(きはらえんしゅう)はクロトン・エメラルド研究所および女子寮の正面入口の前で立ち往生していた。

 

 学院と研究所を繋ぐ地下鉄の路線は運行停止され、全ての駅は閉鎖されているため、地下鉄には乗れず、トンネルを歩いてやってきたのだが、正面入口も閉鎖されており、入る事ができない。

 

 入口のドアは透明なガラス素材で作られている様に見えたため、ポケットに忍ばせた小石を思い切りぶつけてみたものの、壊れるどころか傷一つ付かない。

 鍵穴があったので、ピッキングの要領で鍵穴に針金を突っ込んでガチャガチャやって解錠しようとしたら、どういうわけか針金が1ミリも中へ入って行かないため断念する。

 インターホンがあったので、チャイムを鳴らして中から人を呼び出そうとしても、電源が切れているのか、うんともすんとも言わない。

 

「中に誰もいないのかなー?」

 

 円周は首を傾げる。

 ……が、その鼻が『空腹中枢』を刺激するニオイを嗅ぎ取り、無意識にお腹が鳴る。

 大人なら郷愁に駆られるニオイであり、学生なら『トロイメライ』の曲が幻聴で聞こえてきそうなニオイだが、()()()()()()()のせいで、それらしい『思い出』を持たない円周には、何の感慨も覚えさせる事は無かった。

 そして、彼女は腕時計を見ながら、冷静かつ怜悧に判断を下す。

 

「……食事の時間。つまり、()()()()()()んだね」

 

 ダイヤモンド寮に置いてきた音響兵器を何機か連れてくるべきだったかと考えるも、攻撃範囲の規模を考えると、一つも無駄にできないと思い直し、今から引き返すのも面倒なので諦める。

 

 とは言え、このまま前に進めないまま、ここにいても埒が明かない。

 

「……!」

 

 ここで、円周の顔に閃きが走り、まるで頭上に浮かぶ電球でも出現したかの様なリアクションを取りつつ、即座に踵を返し、足早に駅の方へと引き返して行く。

 


 

 クロトン・エメラルド寮では、平日の昼過ぎから夕方に掛けて専属の食品加工業者が出入りし、ティーバッグや砂糖やジャム等の補充をしたり、セントラルキッチンで調理済みのレトルトパウチ食品を納入したりする。

 そして朝昼晩の食事に合わせ、調理担当職員がレトルトを湯煎で温めて盛り付けたり、食パンを切ってトーストしたりと簡単な仕上げをする。なお、凝った料理を作る専属シェフはいない。

 

 ただし、今日に限り、食品業者からの納入はあったものの、学院での殺人ウィルス騒動のせいで調理担当職員が逃げ出してしまい、食事を用意する者がいなかった。

 その事に気付いた管理人が、急遽寮生達を集め、担当職員の代わりに皆で食事の用意をする事になったのだ。

 非常時のため食品を無駄にできないと言う事で、ビュッフェ形式を止め、予め各自のメニューを決め、食べる分だけ用意する形となるのだが。

(おかわりをする場合は、追加の分は自分で作る事になる)

 

「……あれ? ヴァーニー達はどうしたネ? サテンは里帰りでいないのは知ってるけど」

 

 ここで、何人かの生徒の姿が見えない事に、猫目少女シャンが首を傾げる。

 

「さあ?」

 

 他の寮生達に目線を向けるも、ただ首を振られるのみ。誰も居場所を知らないらしい。

 管理人に聞いてみても、外出届等は出ておらず、何も知らされていない様だった。

 

 学院本校舎にテロリストが現れ、放送室がジャックされたと言う情報が入ったため、パニックを未然に防ぐ目的で学院からの通信は全て遮断し、外部との連絡手段は学院副理事長の電話のみ。

 だが、彼からも音沙汰は一切無い。

 

 心配なので、シャンのほうからスマホでヴァーニー達へ連絡を試みるも、向こうは圏外なのか、誰とも繋がらない。

 すぐ傍では、黒髪無表情少女ミサが不安そうにシャンの服を引っ張りながら身を縮こまらせる。

 

 だが、いくら不安になっても詮無い事だし、腹は減るため、気を取り直し食事の用意を続ける。

 

 そして、ようやく今いる寮生達と職員達全員分の夕食が用意できたので、皆でテーブルを囲んで食事を始めるのだった。

 

 ──と、そのタイミングで、どこからか『キナ臭い』ニオイが漂ってきた。

 

「誰か火を止め忘れてない??」

 

 誰ともなく、そんな呼び掛けが発せられたため、ファティマが慌てて調理場へ走って行き、火元の確認を行うも。

 

「……コンロの火は全部止まってるわ。それにガス漏れも無いし、ここからじゃ無いわね」

 

 しばらくしてから、彼女は調理場から顔を出して、そう答える。

 

 何も異常は無いらしいので、そのまま食事を続けるも、ニオイが収まる気配は無く、食事が終わる頃には揮発性の燃料に似た異臭が漂ってくるまでになる。

 

「このニオイ……ガソリン!? まさか……!」

 

 ニオイの正体に気付いたシャンが、慌てて走り出し、階段で下の階へ下りていく。

 すると……。

 

「……ッ!! くさっ!!」

 

 あまりに強い刺激臭に、頭が一瞬クラッとなりかけるも、そのまま構わず階段を下り、地下2階にある研究所裏口(出入りする業者のための通用口)の所まで行くと。

 

「……、」

 

 耐熱・防弾仕様の強化ガラス製の扉の向こうに広がる『真っ暗闇』の中に、いくつもの人の顔が不気味に浮かび上がっているのが見えた。

 思わず、シャンの喉が干上がり、呼吸が止まる。

 

 しかし、よく目を凝らすと、それらは『死んだ人間』の顔をした『生きた人間』の集団だった。

 正確には、エメラルド研究所の建物周辺を日頃から徘徊している浮浪者達だった。

 そんな彼等の目には、脈絡不明かつ理解不能な『憎悪』の炎が熾火の如く燻っている。

 

 そして、扉の僅かな隙間から、鈍色(にびいろ)をした煤煙が漏れているのが分かった。

 そこから肌にチクチクと刺さる様な『熱気』までが伝わってくる。

 

 これだけで、シャンにはある程度の状況が飲み込めた。

 地下駐車場にある職員達の車が全て、浮浪者の暴徒達によって壊され、燃やされたのだろう。

 そして車の燃料タンクが爆発し、そこからもうもうと上がる排煙が地下通用口まで届いたのか。

 

 恐らく何かのキッカケで、彼等の怒りがこの女子寮に向けられたのだろうか。

 ()()()()()()により、彼等の気持ちが少しだけ理解できるシャンから見れば、憎悪を向けられるだけの理由が、この女子寮には有り余る程転がっていたのだろうと予想は付く。

 そして、それが爆発したのが、なぜ『今』なのか。

 

 多分、放送室を占拠していたらしい『学園都市からの刺客』──テロリストの差し金だろう。

 どうやったのかは想像も付かないが。

 彼等を怒らせる様な挑発的なデマでも流したのか。

 

 ……とにかく、こうなった原因を今考えてもどうしようもない。

 そんな事は、()()()()()()()()後で、いくらでも振り返ればいいのだから。

 まずは生き残る方法を考え、実践しなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう考え、シャンは呼吸困難になりそうな煤煙に飲まれる前に、一目散に引き返し、地上までの階段を駆け上がって行くのだった。

 


 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ロンドン・ネクロポリス地下鉄クロトン環状線が走るトンネルの途中にある非常用出口から地下の下水道に出て、そこからロンドン・イーストエンドの裏路地のマンホールを通って地上へと脱出した木原円周は、暴徒化した浮浪者や周辺住民達に囲まれ、魔女の火炙りの刑を彷彿とさせる形で燃やされるエメラルド研究所の建物を遠くから眺めながら、そう独り言つ。

 彼女の手には黒色の極太マジックペンが握られており、かなり使い込まれたのか、ペン先が大分磨り減っていた。

 

 そして。

 エメラルド研究所の建物の壁には一面に黒い太文字で、浮浪者や低所得者などの『下層階級』に対する考え得る限りの罵詈雑言、劣等感を煽る差別的な文章が、延々と書き連ねられていた。

 それだけではなく、エメラルド研究所が周辺住民から『不当な搾取』や『環境汚染』を繰り返しているだの、身寄りの無い浮浪者を『人間狩り』して『人体実験』しているだのと言った『デマ』や、ロンドン市と共謀し、殺人ウィルスをわざと漏らして蔓延させる事で、イーストエンド地区の周辺住民への『実験』を兼ねて『浄化』している等と言った『陰謀論』までが盛り込まれており、浮浪者達を焚き付けるには十分だった。

(何せ、研究所と女子寮の建物は1階から2階に掛けて、()()()()()()()()()()()()()()()()窓一つ無い平坦な壁で覆われていたため、落書きできるスペースが有り余っていたのだ)

 もちろん、これらの内容が全て真実と言う根拠などあるわけが無いが、そんな事は、一旦怒りに火が点いた暴徒達には関係無い。

 

「裏通りのジャック(酒瓶男)が黒ずくめの男達に攫われたんだって!?」(※第24話2節目を参照)

「きっとあいつら(エメラルド研究所)の仕業だ! いいヤツだったのに!」

 

「人殺し!!」

「俺達をウィルスで殺す気か!!!」

「焼け死ね!!! クソッタレの悪魔ども!!」

 

 最早、説得など不可能であり、治めるにはロンドン市警や軍の出動を待つしか無かった。

 

 しかし、いずれ治まるとは言え、それまで建物の中にいる人達が堪えられる保証など無い。

 必ず、誰かが堪え切れずに窓を開けるなり、出入口から逃げ出すなりするはず。

 

 既に地下駐車場からは有毒な煙がもうもうと立ち込め、建物内を下から燻しに掛かっている。

 我慢すれば蒸し焼きか燻製にされるだけ。屋上に出たとしても煙と熱にやられれば同じ事。

 逃げても暴徒に捕まれば命は無い。

 ……エメラルドの寮生達は今まさに『火宅』の中におり、命運尽きかけていた。

 


 

 8/17 19:00 BST

 Croton Girl's Academy Emergency System Report

 

 Administrators:

 Chairman Lord Todd Buckethead : KILLED by Enshu Kihara

 Vice Chairman Lord Hugh Buckethead : OUT (in ???)

 

 Terrorists:

 Enshu Kihara @ Ruby : ALIVE outside of Emerald Dorm

 Telesa Redbird @ Ruby : ALIVE in Croton Girl's Academy

 Fukuma Sendou @ Ruby : ALIVE in the tunnel of London Necropolis UG Croton Loop Line

 

 Queen of Swords:

 ??? (Leader) @ Diamond : ALIVE

 All of the other members ANNIHILATED by Enshu Kihara

 

 Students of Ruby Dorm:

 ANNIHILATED by Fukuma Sendou

 

 Students of Diamond Dorm:

 ANNIHILATED by Enshu Kihara

 

 Students of Sapphire Dorm:

 A few students KILLED by Enshu Kihara

 All of the other students ESCAPED

 

 Students of Emerald Dorm (in Emerald Dorm):

 Shan P Concronomine : ALIVE

 Fatima M Binface : ALIVE

 Missa Estera : ALIVE

 (Emerald Dorm is in DANGER surrounded by mobs)

 

 Students of Emerald Dorm (outside):

 Ruiko Saten : IN-FLIGHT (British Airways - Boeing 787)

 Vanitas A M Stigmaheart : OUT (in ???)

 ??? : OUT (in ???)

 ??? : OUT (in ???)

 ??? : OUT (in ???)

 

 Others:

 All staff in Ruby Dorm : ANNIHILATED by Fukuma Sendou

 All staff in Diamond Dorm : ANNIHILATED by Enshu Kihara

 All staff in Sapphire Dorm : ESCAPED

 Several staff in Emerald Dorm : ESCAPED

 Remaining staff in Emerald Dorm : in DANGER

 


 

 19時35分。

 英国(イギリス)王室に仕える『騎士派』の長である騎士団長(ナイトリーダー)が騎士団を率い、バッキンガム宮殿を出発。

 彼等は途中で二手に別れ、騎士団長はロンドン西側にあるクロトン・ルビー研究所へと向かい、騎士団はウォータールー駅の傍にあるロンドン・ネクロポリス地下鉄の駅からトンネルを通って、騎士派と馴染みの深いクロトン・ダイヤモンド研究所へ向かう。

 

 19時45分、騎士団長がルビー研究所に到着。

 20時05分、騎士団がダイヤモンド研究所に強行突入。

 その際、正面入口付近で数名の生徒が斃れているのを確認。

 心肺蘇生を試みるも、既に全身から夥しい量の出血があったため、断念する。

 

 寮の敷地内に入ると、そこら中に同じ様な瀕死の生徒達が多数横たわっていた。

 今から救急車を呼んだ所で間に合うかどうかも分からず、たとえ間に合ったとしても、病院では手の施しようが無く、魔術で回復させようにも騎士派の手に余ると現場指揮官は判断。

 より魔術に詳しい『清教派』の応援を呼ぶべきか判断を仰ぐため、騎士団長へ連絡を取る。

 

 一方、騎士団長は血みどろの惨劇の舞台となったルビー研究所で、蛻の殻となった実験室に残された研究資料等を漁っていた。

 彼は科学技術に造詣があるわけでは無いものの、そこで何らかの非人道的な研究が行われた事、たった1個の()()を生み出すために数多の人命が磨り潰された事くらいは、資料から読み取れた。

 

「まさか……我が英国の地で、しかも科学サイドの研究機関において、()()()()()()()の真似事が行われていようとは……」

 

 目の前に広がるあまりに凄惨な現実に着いて行けず、思わず頭を抱える騎士団長の耳に、不意に部下の声が届く。

 胸ポケットにしまった名刺入れの形をした通信用の霊装から発せられたものだ。

 

 そして、二言三言やり取りをした後、通信を切り、ある決断をする。

 

「──この様な危険な研究はとても世に出して良いものではない。()()()()を駆除した後は、この研究に関わった中心人物らを一人残らず全て処刑塔に幽閉し、その技術はこの施設ごと全て灰燼に帰するべきだ」

 

 その後、騎士団長はその足で、ルビー寮前の地下鉄駅からクロトン女学院本校舎へ向け、地下のトンネルの中を進んで行くのだった。

 ……真っ赤な血みどろの異形少女が付けたと思われる赤い足跡を辿る形で。

 


 

 20時の少し前。

 赤い血みどろ少女・船頭フクマは、クロトン女学院正門前まで来ていた。

 

大地獄(おおじごく)~♪ 大地獄~♪ ……って、『大地獄』ってどんなんだっけ?」

 

 血や肉片がこびり着いたスパナを片手に持ち、満面の笑みを顔に張り付かせながら、調子外れなキンキン声で鼻歌を口遊み、頬に人差し指を当ててブリっ子っぽく首を傾げる真紅の怪物少女。

 

「……ま、いっか~♪ とりあえず血がドバドバ出てたら地獄、それが沢山なら大地獄って事で」

 

 あまり深く考えるのが得意では無いのか、そう適当に自己完結した後、千の頭を持つ赤い少女は学院の門を潜り抜け、校舎の中へ入っていく。

 

 その様子を、正門の外にある通りの陰から覗き見ていた()()()()()()()()()は──

 

「……ふぅ~。危うく鉢合わせする所だったわ。あの怪物、見境ナッシングだから、()()()()()()()()()()()()()()()()()、あれの視界には絶対に入りたくないのよね」

 

 ──テレサ=レッドバードは、その血塗れの、全身真っ赤っかの格好とは裏腹に、顔面を青くしながら安堵の溜息を吐いていた。

 

 それから暫くして、物陰から姿を現した彼女が、やおら立ち上がり駅へ向かおうとした矢先──タイミング悪く、もう一人何者かが駅の入口から出てきたのを見て、咄嗟に身を隠そうとするも、近くに隠れる場所が無いため、とりあえず他の生徒の死体に紛れて『死んだふり』をする。

 

 ──その男はフォーマルなスーツを身に纏い、王族に近しい気品あるオーラに包まれながらも、そのキリリとした眼光の奥からは、伝説に登場する『ドラゴン』の様な獰猛さが滲み出ていた。

 その道に詳しい者であれば、一目見ただけで『強者』と分かり、詳しくない者から見ても、何となく『絶対に負けない』であろう『信頼感』を覚えさせるものがあった。

 

「…………」

 

 辺りを一通り見渡した後、赤い足跡が正門を通り校舎の中まで続いているのを確認し、その男は校舎の中へと進んで行く。

 

 その様子を、石畳の地面に寝そべりながら横目でチラチラと見ていたテレサは。

 

(……はぁ……いい男♥)

 

 男を一目見た瞬間から、胸キュンとなっていた。

 


 

 8/17 20:20 BST

 Croton Girl's Academy Emergency System Report

 

 Administrators:

 Chairman Lord Todd Buckethead : KILLED by Enshu Kihara

 Vice Chairman Lord Hugh Buckethead : OUT (in ???)

 

 Terrorists:

 Enshu Kihara @ Ruby : ALIVE outside of Emerald Dorm

 Telesa Redbird @ Ruby : ALIVE in Croton Girl's Academy

 Fukuma Sendou @ Ruby : ALIVE in Croton Girl's Academy

 

 Queen of Swords:

 ??? (Leader) @ Diamond : ALIVE

 All of the other members ANNIHILATED by Enshu Kihara

 

 Students of Ruby Dorm:

 ANNIHILATED by Fukuma Sendou

 

 Students of Diamond Dorm:

 ANNIHILATED by Enshu Kihara

 

 Students of Sapphire Dorm:

 A few students KILLED by Enshu Kihara

 All of the other students ESCAPED

 

 Students of Emerald Dorm (in Emerald Dorm):

 Shan P Concronomine : ALIVE

 Fatima M Binface : ALIVE

 Missa Estera : ALIVE

 (Emerald Dorm is in DANGER surrounded by mobs)

 

 Students of Emerald Dorm (outside):

 Ruiko Saten : IN-FLIGHT (British Airways - Boeing 787)

 Vanitas A M Stigmaheart : OUT (in ???)

 ??? : OUT (in ???)

 ??? : OUT (in ???)

 ??? : OUT (in ???)

 

 Others:

 All staff in Ruby Dorm : ANNIHILATED by Fukuma Sendou

 All staff in Diamond Dorm : ANNIHILATED by Enshu Kihara

 All staff in Sapphire Dorm : ESCAPED

 Several staff in Emerald Dorm : ESCAPED

 Remaining staff in Emerald Dorm : in DANGER

 Unidentified Swordsman : ALIVE in Croton Girl's Academy

 Unidentified Armed Group : ALIVE in Diamond Dorm

 


 

 騎士団長はクロトン女学院本校舎内を一通り見て回ったが、夏休みのため生徒の数は極端に少なかったのが『不幸中の幸い』だったのか──実際の所、ほとんどの生徒達は各学寮の中に密集した状態で被害に遭ったため、幸いどころか『不幸中の不幸』と呼ぶべきなのだが──血塗れとなった生徒達の遺体は、放送室の中に数名、図書室に(司書含む)数名確認できたのみだった。

 他には、理事長室の中に『血と肉がドロドロに溶けた何か』が、バケツの被り物と全身スーツに纏わりつく様にして残されていただけ。

 

 まだ確認していない場所は、大講堂のみ。

 その入口の扉の前で騎士団長は、ふと腕時計を見る。

 時刻は20時30分を少し過ぎた所だった。

 

 ──ゴバァァァァ!!!

 

 何の前触れも無く、大講堂入口の扉を突き破った『濁流の様なもの』が、騎士団長諸共、廊下にある全てを飲み込み、押し流した。

 

 ……と思いきや、壊れたのは扉だけで、騎士団長含め、()()()()()()()()()()()だった。

 

「……あれれー??? おかしいなー?」

 

 扉のずっと向こう、大講堂の一番奥の方から、少女の独り言が聞こえる。

 

「右手中指の能力──地獄の大殺界(ゴートゥーヘル)、こんなモンじゃなかったはずなのに……発動失敗?」

 

 壇上には、真っ赤な制服に、鮮血の赤に染まった白カチューシャの女生徒が一人立っていた。

 ……人(?)を見た目で判断してはいけないと言う格言が、これ程説得力を持つ存在は果たして他にいるだろうか。

 その、ヒトの様に見えるナニカからは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「よーし。じゃ、もっかい行っとこう♪」

 

 弾んだ声で、そう歌う様に口走る少女。

 と、同時に右手中指を立て、人前で見せてはいけないジェスチャーをする。

 

 その次の刹那──

 

 ──ドッッッ!!!

 

 地獄の釜の底から這い出て来た魑魅魍魎(ちみもうりょう)の大群がドロドロのスライム状になって大量に放出されたと言われても信じてしまいそうな程の、禍々しくドス黒いエネルギーの塊が鉄砲水の様な奔流となり、騎士団長目掛けて放たれる。

 しかし。

 

「…………」

 

 何事も無かった様に、騎士団長は平然と立っていた。

 それどころか、()()()()()()()()()()()()()()()()

 最初に放ったものは扉を破壊したと言うのに、今度のはそれにすら及ばないのだ。

 

 赤い少女は、ほんの少しの間、呆気に取られた様な素振りを見せる。

 そして、満面に笑みを張り付けたままの顔で、可愛らしく首を傾げつつ、頬に指を当てる。

 

 その次の瞬間。

 

 ──クンッ!

 

 頬に当てていた右手の人差し指と、中指の2本を揃えて立てて、上に向けてクイッと掬い上げる動作をする。

 大講堂の床の下から迫り上がって来た『正体不明』のエネルギーが、火山のマグマの如く一気に噴き出すかと思われた、その直前。

 

「──()()()()()

 

 騎士団長の()()()()()と共に、()()()()()()()かの様に静まり返る。

 

 彼が使ったのは、ソーロルムの術式──北欧神話に登場する戦士の伝承を元にした術式である。

 術者が認識した武器による攻撃の威力を、魔術・科学問わず『ゼロにする』効果を持つ。

 効果時間はおよそ10分程で、その間、対象とされた武器の威力はずっと『ゼロ』のまま。

 

 ただし、本来であれば、武器もしくは武器を介した異能に対してのみ効果を持つはず。

 目に見えない攻撃や、目視できない場合は術式の効果が出ないはずなのだが。

 

 この度、騎士団長は目の前の少女・船頭フクマに関する情報を、彼女を作り出したルビー研究所で事前にいくらか把握しており、彼女が扱う『学園都市製の能力』への対処法を考えてきたのだ。

 学園都市製の能力は、能力者の脳を使って現実の事象の発生確率を捻じ曲げる事で、ありえない物理現象を意図的に引き起こす仕組みと捉える事ができる。

 その際、能力者の脳は超常現象を引き起こすためのレーザー発振器あるいは銃火器の砲身の様な『武器』と見なせるし、そこから生み出された能力はレーザー光線または銃弾の様な『飛び道具』と解釈できる。

 つまり、彼女を『他者の能力』を『武器』として体内に多数詰め込んだ『全身武器倉庫人間』に見立てた上で、些か強引ではあるものの、武器の威力をゼロにする効果を能力に適用したのだ。

 

 赤い少女は続けて、指をクイックイッと動かすも、全く何も起きない。

 

「右手人差し指&中指の合成(コンパウンド)能力──空亡の天中殺(ジャイアントストーム)も不発かぁー」

 

 そうアッケラカンと吐き捨てる少女の顔が、何となく浮かないものへと変わる。

(とは言え、相変わらず満面の笑みを顔に張り付けたままだが)

 そして、騎士団長の方へ満面の笑みのままでありながら()()()()()()目を向けつつ──

 

「……そこのお前、()()()()()()だろ?」

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、乱暴な口調で言葉を投げる。

 

「『お前』ではない。英国女王(クイーンレグナント)直々に仕える騎士団の(おさ)だ。然るべき敬意を払え。小娘」

 

 ぞんざいな呼び方は侮辱であり許さないとばかりに、すかさず騎士団長が言葉遣いを糺すも。

 

「どうでもいいよ。お前、()()()()()()()()()()

 

 少女がそう切って捨てた刹那──

 

 いつの間に運び込まれていたのか、それとも最初からそこに()()()にも関わらず、見落とされていたのか──大講堂のあちこちに寝そべっていた大勢の女生徒達が、一斉に起き上がる。

 

「……フォゥ! ットゥ♪ ットゥ♪ ……ティク・ティク・ティク・タ・タッ・ッタ♪」

 

 それを合図として、少女はとある世界的な有名ダンサーを真似る感じで、口で打楽器の音を奏で(マウスドラムス)リズムを刻みながら踊り始める。

 すると、起き上がった女生徒達が『死んだ表情』のまま、少女の動きに合わせ一斉に踊り出す。

 ……と言うか、多分『死んでいる』のだろう。

 何かの能力によって、死体を遠隔操作で無理やり動かされているのか。

 事情を知らない人が遠目に見る分には、大物作曲家がプロデュースした素人アイドルグループのゾンビ・パフォーマンスと言われても信じてしまいそうではあるが。

 

 そして、少女は得意気な様子で、すり足で前へ歩く動きで後退(バックスライド)する。

 数歩下がった後、クルッと体を回転させピタッと停止し、周りの女生徒達もその動きを真似る。

 

「…………」

 

 その様子を眉一つ動かさない無表情のまま無言で眺める騎士団長。

 

 次に少女は、肩を交互に上下させる動きで体をグネグネと縦方向に波打たせつつ両足をウネウネと捻りながら体全体を回転させつつ横に平行移動(ムーンウォーク)する。

 

「…………」

 

 騎士団長は相変わらず無表情かつ無言のまま、リアクション無し。

 

 それに対し反応を窺う様に少女は横目でチラチラと見ながら、今度はタンッとステップを踏むと同時に、両脚を真っ直ぐ揃えた直立姿勢に変わる。

 そして、徐々に体を前へ傾けて行き、およそ45度程前傾した所で停止した後、そのままの角度を維持する(ゼロ・グラヴィティ)。

 ついでに、周りの女生徒達も同じ動きをする。

 いつバランスを崩して倒れてもおかしくない様に見えるが、どう言う仕掛けなのか、倒れない。

 

「……もうそろそろいいか?」

 

 ついに痺れを切らした騎士団長が、そう尋ねるに至ったのだが。

 

「……クソッ! 右足&左足の連携(ユニゾン)能力──死霊の盆踊り(スリラー・イン・ロンドンシティ)も不発かッ!!」

 

 思った様なリアクションを得られなかったのが悔しいのか、少女は地団駄を踏んでみせる。

 

 そんな彼女を他所に、周りの女生徒達は斜め立ち姿勢で止まったまま、ピクリとも動かない。

 その姿はまるで、死後硬直で体が硬くなった『僵尸(キョンシー)』を想起させるものだった。

 

「…………」

 

 騎士団長は再び黙り込んだまま、それらの『人形』達を眺める。

 そして、突然──

 

『タッタタタン・カツカツココッ・タッタタン♪』

 

 ──ピカピカに磨かれた見るからに高級品のオーダーメイドの革靴を踏み鳴らし、タップダンスの要領で踊り始めた。

 さらには、側面を向いた状態でバックスライドしたり、全身をウネウネさせてムーンウォークしたり、直立姿勢のまま体を前後に傾けたりと、先程の少女の動きを見様見真似で完璧にトレースしてみせる。

 そして畳み掛ける様に、体操選手ばりにバック転や後方伸身2回宙返り3回ひねり(シライ3)を繰り出す。

 

 それらの一連の動きを、呆気に取られた様子で、じっと見詰める真紅の少女。

 そんな彼女に対し。

 

「……()()()()()()()?」

 

 騎士団長は、()()()()()一言を言い放った。

 

 その真意を即座に理解した少女は──全身からハリネズミの如く、『殺意』を爆発させる。

 その顔は、それまでの満面の笑みから、『憤怒の形相』へと様変わりしていた。

 

「……滑稽だな。そして卑小でもある。生まれながらにして人となり損ねた()()()()()()()()()()が人に憧れ、その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それで自尊心を満たすついでに己の力を誇示するとは」

 

 騎士団長はついでに、より事細かに分かりやすく、ハッキリと言い放つのだった。

 それはまるで、爆発させた地雷をより細かく粉砕するため執拗に踏みつけるかの如く。

 

「──お前は殺すだけじゃ足りない。養分にもしてやらない。ミンチにして腐らせて生ゴミの日に猫の死体と犬のフンと一緒に混ぜて捨ててやる」

 

 血みどろ少女──船頭(せんどう)フクマは、地の底から蠢く様な怨嗟に満ちた怒声で、これ以上無いくらいの悪意と殺意を込めつつ、口汚く罵る。

 

「右足&左足、そして右手親指&人差し指&小指、左手小指&人差し指&親指の大連合(ユニオン)能力──戦場の管弦楽団(エインヘルヤル)を発動ゥゥッ!!!」

 

 そして、仁王立ちの格好で、両肘を折り曲げ両前腕を胸の前で交差させつつ両手の甲を前に向けて指を3本ずつ立て(ウィッシュのポーズ)、仰々しく『必殺技』ばりに能力名を宣言した瞬間。

 それまで斜め立ち姿勢のまま固まっていた女生徒の死体達が、騎士団長目掛けてミサイルが発射されるかの如き勢いで、『轟ッ!!』と床面を踏み鳴らしながら一斉に押し寄せて来たのだった。

 

「……()()()()()

 

 しかし、騎士団長がそう呟くと同時に、超速で迫っていた死体の軍勢は突如力を失い。

 騎士団長の頬に、ポコンと擬音で表現できそうな赤ちゃんパンチを当てた後、一斉に崩折れた。

 

「!?!? ……なっ!?」

 

 それを目の当たりにした船頭は、怒りの表情を思わず解いて、驚きをあらわにしてしまう。

 怒りで頭に血が上っていたせいか、先程二度三度と攻撃を無効にされたのを失念したまま大技を放った末、それも無効にされた事で、流石に狼狽したのだろう。

 

「ふん。貴様如き卑しいバケモノに、聖なる剣の一撃どころか、拳ですら勿体ない」

 

 そこに、追い撃ちを掛ける様に、騎士団長が煽りの一言を放つ。

 

「……??」

 

 何となく舐められているのまでは理解できるが、わざわざ手抜き宣言する意図が掴めないため、船頭は首を傾げる。

 

 その次の瞬間。

 

 ──ドンッ!!!

 

 真っ白な光の柱の様な何かが、船頭フクマの背中から胸にかけて貫いた。

 それは大講堂の窓の外、遥か遠くから射出されたものだった。

 そして、窓の反対側の壁にまで穴を開け、大講堂の横手にある防風林の中に生えている太い樹木の幹に、全長30センチの鏃の様な()()が突き刺さっていた。

 

 ロビンフッド──英国騎士派が用いる狙撃用の霊装である。

 

 騎士団の中から数名の騎士達が、騎士団長のサポートのためダイヤモンド研究所から学院本校舎まで赴いた後、大講堂に『標的』が潜んでいるのを把握し、狙撃のチャンスを窺っていたのだ。

 

 狙撃の鏃に胸を貫かれた船頭は、穿たれた大穴から()()()()()血を噴き出させた後、そのままの姿勢で前のめりに倒れ、うつ伏せとなって床面に臥したまま、体をビクンビクンと痙攣させた。

 

 その光景を間近で見た騎士団長は、胸に大穴を開けられた敵が動かなくなったのを確認した後、ほんの僅かな()()()を覚え、その正体を探るべく、鏃が飛んで行った先──大講堂の外の防風林へと歩いて行くのだった。

 もちろん、敵が息を吹き返す可能性を考え、自分のネクタイを外してロープ代わりに敵の首に巻いて固定した状態で、その端を掴んだまま引き摺っていく。

 その重さは、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、防風林の中にある樹木の幹に刺さった鏃を見て、確信する。

 

 違和感の正体は、胸を貫かれた船頭の『死体』に()()()()()()()()が見当たらなかった事だ。

 ロビンフッドは強力な霊装ではあるものの、標的を射抜いた箇所を()()()()()()()()()みたいに刳り抜いたりする様な、馬鹿げた性能までは持っていない。

 それに加え、心臓がある胸を穿たれた標的の出血が不自然に少なかった事や、穿たれた胸の部分の肉片が周囲に飛び散ったりもしなかった事により、2つの可能性が生まれた。

 

 1つ目は、船頭フクマは通常の人間と異なり、体内に血流を持たない不死人(アンデッド)の様な存在で、なおかつ、鏃に穿たれた胸の部分が鏃の先端が突き刺さったまま押し出される形で、鏃と一緒に遠くへ飛んで行った可能性。

 2つ目は、船頭フクマには元々胸の部分──心臓にあたる臓器が()()()()()()()()可能性。

 

 どちらにせよ、これらの可能性から導き出される結論は、船頭フクマはまだ()()()()()と言う事だが、もし心臓の部分だけが遠くへ飛ばされたせいで動けなくなっているのであれば、早急にそれを見つけ出して潰してしまうのが最善手である。

 ただし、もし元々『心臓が無い』のであれば、彼女は『死んだふり』をしているため、その演技がバレた瞬間、息を吹き返して襲ってくるかも知れないし、あるいはこの『死体』は囮で、本体は別の場所に逃げた可能性も考えられる。

 

 だが、その点について、騎士団長はあまり悲観的では無かった。

 なぜなら、船頭フクマが心の裡に秘めた『渇望』や『嫉妬心』について、全てお見通しだから。

 もし生きていて身動きが取れる状態ならば、必ずリベンジを挑むだろうと踏んでいるのだ。

 

 もちろん、彼女が現時点では騎士団長に勝てないと悟り、勝負を諦め、その場から逃れた上で、街中に出て一般人相手に無双して憂さ晴らしをすると言う選択肢もあるにはある。

 だが、そんな負け犬の行動を取った時点で、船頭フクマは()()()()()()()へと成り下がるのだ。

 それにロビンフッドが如何に強力とは言え、騎士派なら誰でも扱えるレベルのものでしかなく、その程度の霊装相手に怖気づく様なら、警察や軍隊に鎮圧されるのも時間の問題だろう。

 去る者は追わない。雑魚は相手にしないのだ。

 

 そんな事を考えながら歩いていると、騎士団長の目の前に、鏃が刺さった樹木が立ち塞がる。

 ……鏃の先に『船頭フクマの心臓』は()()()()

 


 

行間

 

 木原円周は多重能力者(デュアルスキル)を作るため、人の形すら失った実験体の成れの果てを寄せ集めて、粘土細工みたいに固めて一つの形にする事を思い付いた。

 

 だが、『言うは易く行うは難し』の諺通り、研究は難航を極めた。

 それぞれの『部品』を、能力を維持したまま臓器として成形して機能させるのも至難の業だが、元々は違う人間同士であるため、DNAも異なり、一つの体に繋ぎ合わせるのは臓器移植の極致とも呼べる神業以上の難関なのだ。

 その上、それら全ての問題をクリアしても、()()()()()()()()()途端、意識を覚醒させた実験体が能力を暴走させた末、自壊してしまうため、多重能力を行使させる実験すらままならない状況が続いた。

 

 その不具合の原因が『脳と心臓がそれぞれ保持している記憶の齟齬』にあると推測した円周は、原因を取り除くべく、思い切って心臓の代わりに機械の人工心臓を付ける事で解決を図った。

 しかし、今度は暴走はしなかったものの、多重能力が発現せず、脳にあたる部位を『担当』した能力者本人の能力しか使う事ができず、ほぼ普通の能力者と変わらない結果となった。

 かと言って、他の部位が能力を失った訳ではなく、脳の部分を他の部分と入れ替えると、能力や人格が別人のものへと変わり、別の能力が使える様になった。

 だが、そのままでは依然として『多重能力者』足り得ていないため、円周は発想を転換する。

 

 木山春生(きやまはるみ)が製作した『幻想御手(レベルアッパー)』。

 そして、木原幻生(きはらげんせい)の『脳波調律』の理論。

 さらに、量産型クローン能力者達による脳波ネットワーク──『ミサカネットワーク』。

 

 これらの理論に基づき、部品それぞれに自前の脳機能を持たせた上、それらの脳波を合わせて、神経で繋ぎ合わせる事で脳同士を連結し、体内にネットワークを構築する事で、多重能力者を実現しようとしたのだが……。

 

 能力を発動させる実験の最中、肉体と重なり合う様に『虚数学区』が出現(実体化)した事で、実験体の肉体が内側から膨らませられる形でバラバラに弾け飛ぶ結果となった。

 

 ここまで実験のために磨り潰した人間の数はおよそ100人。

 一度に繋げられる能力者の数は最大10人程度だった。

 

 実験は暗礁に乗り上げたかと思われたが──

 

 ある日、円周は英語に翻訳された“MANGA”なる本を数冊入手し、何となく手に取り目を通す。

(幼い頃に座敷牢の様な場所に閉じ込められた彼女は碌に学校にも行かせて貰えず、同年代の子供とも遊べず、子供らしい遊びも娯楽も知らなかったため、漫画も生まれて初めて読んだのだ)

 それらはイギリスで最近有名になった日本の漫画作品で、大分昔の国民的大ヒット漫画だった。

 その一つに登場する悪役は、魚肉ソーセージみたいな色をした不定形生物で、主人公の仲間達を次々と『吸収』する事で能力まで自分のものにしてしまう凶悪な性能を誇り。

 別の作品に登場する悪役は、有名歌手そっくりの顔をした大食漢で、他の能力者を『食べる』事で能力を自分のものにしてしまう能力を持つ『怪人』だった。

 

 これらの『能力者』に甚く感銘を受けた円周は、そのノリのまま、他人の能力を吸収する方法で自分の能力を増やしていく『多重能力者』の開発をゼロから始めた。

 

 そのためには先ず、『他人の能力を吸収する能力』を開発する必要がある訳だが、そんな都合の良い能力者など、そうそう生まれるはずもなく、研究は失敗続きとなった。

 

 いくら『木原』と言えども、こうも失敗ばかりで成功の兆しすら見えなければ、精神的にも磨り減って行くし、無能の烙印を押されれば、プライドに傷も付く。

 その上、木原が足りないとまで言われ、一族から後ろ指を刺される不名誉な立場にある円周は。

 

 今度こそ成功を掴むため、再び原点に立ち戻り、必要条件を整理し直す。

 そこで、何も『他人の能力を吸収する能力』なんて得難い代物をわざわざ持たせる必要が無い事に気付いてしまう。

 そんな能力など無くても、能力を吸収させるのは、研究者の手で行えばいいのだから。

 だから、先ずは『能力を沢山詰め込める袋』の役割を果たす肉体を作る事からやり直した。

 

 とは言え、それすらも中々上手く行くものではなく、再び暗礁に乗り上げそうになるも。

 

 試しに、『血液操作』の能力を持つ少女・テレサ=レッドバードから採取した血液を、実験体を構成するタンパク質の塊に注入した所、ほんの僅かな時間だけ、自発的に人の形となり生命活動を行ったのだ。その後すぐに崩れ、ただのタンパク質に戻ったのだが。

 

 次に、テレサの体にチューブを繋げ、彼女の心臓から送り出された血液が実験体の中を通る形にした所、実験体は人間の少女の姿となり、そのうち骨や『脳』を含む内臓までが作られて、完璧に人間の姿へと変化を遂げたのだ。……心臓の部分を除いて。

 

 しかし、いつまでもテレサの体と繋いだままにはしておけないので、いずれ独立して生きられる様にするため、試しに血管を外してみたのだが、どういう訳か、心臓が無いにも関わらず生命活動に支障は出なかった。

 円周はそれを、テレサの『血液操作』能力の影響かと考えたが、結局の所、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何はともあれ、自立して生きられる人造能力者は作られたので、次は他の能力を吸収させる段階となった訳だが、これは案外スムーズに進んだ。

 と言うのも、実験体はドロドロのタンパク質が()()()()で人間の形を保持しているだけなので、他の能力者を人間の形を失ったドロドロ状態にした上で、実験体に混ぜ込むだけで済んだためだ。

 後は、()()()()()が勝手に判断し、他者の『構成成分』を特定部位に住まわせ、『○○(部位の名前)の能力』と言った具合にポジションを割り振る事で数多の能力を系統立てて管理するとともに、段々とキメラとしての体と能力が仕上がっていったのだ。

 

 こうして遂に──千の頭を持つ伏魔殿少女──船頭フクマが誕生した。

 


 

 船頭フクマ目掛けて狙撃用霊装ロビンフッドを放った騎士達は、逃げ惑っていた。

 なぜなら、倒されたはずの標的が『死体』を騎士団長に引き摺られて行って消えたと思ったら、実はほとんどノーダメージで生存していた上、いつの間にか分離していた『本体』が狙撃用霊装の発射場所を特定し、聖人レベルの速力で一気に迫って来たからだ。

 

 だが、たとえ強襲されても簡単に砕かれる程、騎士は軟な鍛え方をしていない。

 着込んだ鎧に強化用の霊装を組み込んでも、バリバリに鍛え過ぎた鋼の超肉体のせいで内側から壊してしまいかねないくらいなのだ。シックスパックどころの話ではない。

 

 ただ、そんなマッスルタフな超人であっても不死身では無いため、遠距離狙撃するだけの一方的に優位な立場から一転し、死んだと思われた標的がいきなり襲ってきたら、誰だって面食らうし、態勢を立て直すべく逃げ出したくもなるだろう。

 それに加え、どんな事をしても死なないバケモノが、攻撃を喰らって爆ぜた体の一部を修復する度、周囲に飛び散り他者の体に付着した返り血や肉片をトリモチの要領で引き込むため、中々馬鹿にできないのだ。

 少しでも気を抜くと、鎧ごと手足を引っ張られた上、捕まれば縊り殺されるのだから。

 

 さらに。

 

 ──クンッ!

 

 船頭が右手中指と人差し指の2本の指を立て、上に向けて掬い上げる動作をする。と──

 

 ──キュガッッ!!!!!

 

 正体不明のエネルギーが地中から上に向けて迫り上がり、そのまま地上の全てを吹き飛ばす。

 直径100メートル圏内全て、謎の衝撃波によって完膚無きまでに痛め付けられ、廃墟と化した。

 大講堂の半分と学院正門前の通りの一部までが、ミステリーサークルに押し潰された麦畑の様に綺麗な円弧の形に削り取られ、瓦礫の山となる。

 その破壊の中心では、数名の騎士達が鎧の隙間から血を流して斃れ臥していた。

 鋼の筋肉の鎧すらも意味をなさない、物体の内も外も一律に破壊する念動力(サイコキネシス)だろうか。

 もし10分程前に、騎士団長に無効化されていなければ、大講堂で大勢の生徒達を巻き込む形で、全く同じ惨状が繰り広げられていた事だろう。

 

 時刻は20時44分(英国夏時間)──騎士団長が船頭フクマに心臓が無い事、彼女が生きている事に気付いたのと、ちょうど同じ時間だった。

(日本時間だと翌日早朝4時44分)

 


 

 遠くの爆発音により異変に気付いた騎士団長に引き摺られていた船頭フクマの『死体』が、突如幻の様に『消えた』。

 恐らく『能力』で『分身』を作って本人とすり替わっていたのだろう。

 

 そして向こうにはロビンフッドを使用した数名の騎士達がいたはず。

 

「……チィッ! 抜かったか!」

 

 自らの落ち度に気付いた騎士団長は、部下の犠牲を思い歯噛みしつつも、即座に引き返す。

 

 そして。

 

 遠巻きに彼が目にしたのは、巨大な円の形をした途方も無い破壊の爪痕だった。

 それは、100メートル四方よりも広大な麦畑ではなく、校舎や町並みを含んだ辺り一円が均等に圧し潰されたミステリーサークルに似たものだった。

 その中心点では、()()()()()()()()()()()()小柄な少女が、片腕を目一杯高く掲げる事で、重い鎧を着込んだ騎士の一人の体を、喉元を掴んだ状態で摘み上げていた。

 周囲には、他の騎士達が血を流しながら斃れ臥している。

 

「…………」

 

 喉元を掴まれた騎士は、意識が無いのか、身じろぎすらしない。

 それに対し、血みどろの少女からは若干の苛立ちが垣間見える。

 どうやら拷問に失敗し、何も聞き出せなかった様だ。

 

 騎士団に所属する騎士達は、常日頃から英国に忠誠を尽くすための忠誠心を叩き込まれており、そのためなら自ら命を絶つ事すら厭わない。

 その他にも、魔術による精神操作および、それを使った自白や裏切りを未然に防ぐため、()()()()()()()()()()()()()を掛けており、たとえ敵から操作されそうになっても思い通りには行かないのだ。

 

 だが、そんな()()()()()()事は、騎士団長にとっては今更考えるまでも無く。

 

 彼が気にしているのは、騎士を掴み上げている赤い少女・船頭フクマの()()()()だった。

 いくら重い鎧を着込んだ筋骨隆々の成人男性の体重を足し合わせたからと言って、小柄な少女の両足に掛かる荷重が劇的に増えるはずが無く、ましてや地面に減り込む程重くなる訳が無い。

 それに加え、重心のバランスも何となくおかしい。

 騎士の体の重心が少女の体の真上になる様に、もっと体を反らしていなければ不自然なのだ。

 それこそ、少女の足の裏から大地に根でも張っていない限り、すぐにバランスを崩して騎士の体を落っことしてしまうだろう。

 

 つまりは──この少女の体は、()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事になる。

 彼女が異能の使い手なのは今までの戦闘で散々明らかにされてきた事であり、能力で持ち上げた可能性もあるが、念動力を使った場合、わざわざ近付いてから直接持ち上げなくても、遠隔操作で宙に浮かせれば済む事だし、身体強化を使った場合、やはり重心バランスからは逃れられない。

 

 騎士団長がクロトン・ルビー研究所で調べた『船頭フクマ』に関する研究資料の中には、素人の彼でも理解できる範囲内に、『数多の能力者を取り込んだ』と受け取れる内容が含まれていた。

 それこそ、()()()()()()生命維持に支障をきたすレベルにまで。

 いくら何でも数十人分から数百人分の体重そのままで、大講堂の床の上で踊れるくらい軽やかに動き回れるはずが無いので、能力か何かで体重を軽減させているのだろう。

 

 そして、彼の脳裏に、ある存在が思い浮かぶ。

 モックルカールヴィ(Mokkurkalfe)──北欧神話に登場する、粘土で作られた巨人の名前だ。

 英国では、この神話の存在をモチーフとした『とある防衛術式』が組まれているが。

 この『実験動物』も、科学サイドにありながら、実験を重ねるうち、意図せず魔術的な仕組みを築いてしまったと言うのか。

 あるいは──研究者達の中に北欧神話系の魔術師でも紛れていたか。

 

 ともあれ、心臓が『弱点』とするなら、自壊を避けるため、その部位のみ体に組み込まず、別の場所に安置している可能性が高い。

 その場合、あそこにいる『本体』をいくら倒したところで、際限無く復活してくるだろう。

 もっと絶望的な可能性──心臓そのものを持たない場合、弱点が無いのでどうしようもない。

 だが、確実に無力化させなければ被害が拡大する一方なので、最低限、力を根こそぎ奪うために徹底的に潰しておく必要がある。

 

 そこまで考えた騎士団長は、腰に差した剣の鞘を左手で握りしめ、覚悟を決めた表情となる。

 そして、懐から取り出した携帯電話で、どこかへ掛け始めるのだった。

 


 

 8/17 20:50 BST

 Croton Girl's Academy Emergency System Report

 

 Administrators:

 Chairman Lord Todd Buckethead : KILLED by Enshu Kihara

 Vice Chairman Lord Hugh Buckethead : OUT (in ???)

 

 Terrorists:

 Enshu Kihara @ Ruby : ALIVE outside of Emerald Dorm

 Telesa Redbird @ Ruby : ALIVE in Croton Girl's Academy

 Fukuma Sendou @ Ruby : in BATTLE against Chivalric Order in Croton Girl's Academy

 

 Queen of Swords:

 ??? (Leader) @ Diamond : ALIVE

 All of the other members ANNIHILATED by Enshu Kihara

 

 Students of Ruby Dorm:

 ANNIHILATED by Fukuma Sendou

 

 Students of Diamond Dorm:

 ANNIHILATED by Enshu Kihara

 

 Students of Sapphire Dorm:

 A few students KILLED by Enshu Kihara

 All of the other students ESCAPED

 

 Students of Emerald Dorm (in Emerald Dorm):

 Shan P Concronomine : ALIVE

 Fatima M Binface : ALIVE

 Missa Estera : ALIVE

 (Emerald Dorm is in DANGER surrounded by mobs)

 

 Students of Emerald Dorm (outside):

 Ruiko Saten : IN-FLIGHT (British Airways - Boeing 787)

 Vanitas A M Stigmaheart : OUT (in ???)

 ??? : OUT (in ???)

 ??? : OUT (in ???)

 ??? : OUT (in ???)

 

 Academy Staff:

 All staff in Ruby Dorm : ANNIHILATED by Fukuma Sendou

 All staff in Diamond Dorm : ANNIHILATED by Enshu Kihara

 All staff in Sapphire Dorm : ESCAPED

 Several staff in Emerald Dorm : ESCAPED

 Remaining staff in Emerald Dorm : in DANGER

 

 Chivalric Order:

 Knight Leader : in BATTLE against Fukuma Sendou in Croton Girl's Academy

 Several knights : UNKNOWN (in Croton Girl's Academy)

 All of the other knights : ALIVE in Diamond Dorm

 

 




解説:
 大殺界(だいさっかい)、ゴートゥーヘル(Go to hell):某占い師に関連する言葉。
 空亡(くうぼう)天中殺(てんちゅうさつ):占いに関する用語。
 ジャイアントストーム、『クンッ』:有名漫画の悪役が使った技。
 死霊の盆踊り:ホラー映画の題名。
 スリラー(Thriller):楽曲名。
 戦場の管弦楽団(オーケストラ):楽曲名。
 エインヘルヤル(einherjar):北欧神話における戦死した勇者達の魂の呼び名。
 ウィッシュ:某タレント(日本の総理大臣の孫)の決めポーズ。
 シライ3(後方伸身2回宙返り3回ひねり):白井健三(元体操選手)の名前を冠した技の一つ。

 国民的大ヒット漫画:○ラゴン・ボー○、○☆○☆白書。作中の世界でも大人気。
 魚肉ソーセージの色をした不定形生物:アザトースではない。ピンク色の魔人。
 有名歌手そっくりの大食漢:グルメ○原。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。