とある佐天の裏技遊戯(ニューゲーム) 作:RB_Broader
ベッドの上じゃないのは、疲れている余り二段ベッドの梯子を登る元気も無かったためか。
いくら真夏の学園都市とは言え、布団も掛けずに床の上で寝たら風邪を引く事間違いなしだが、そんな初春をルームメイトの
「うーん……私は『でんぱ』じゃないのー……ぬぅ……ん……そこ、そこが……なのー……もう、あんまり笑わせ、ひゃうっ……今度はこっちの……なのー、お覚悟するのー……」
横から変な寝言が聞こえてくる。
見ると、ベッドの一階部分で眠っている春上が、目を瞑ったまま体を揺すりながら笑っている。
一体どんな夢を見ているんだろう? と、呆れた様子で苦笑いする初春だったが……。
春上の事を考えた次の瞬間、彼女と
それだけではなく、学園都市第一位を使って行われた悍ましい実験の事や、それを阻止するべく暴走し始めた
……体が自然に立ち上がり、覚束ない足取りで、そのままリビングから洗面所へと向かう。
頭の中がグチャグチャになる。
最早、
気が付けば、顔を俯かせたまま洗面台に向かって、胃液の様なものを吐き出していた。
半ば放心しているにも関わらず、体に染み付いた動作が淀みなく実行され、カップに注いだ水でうがいをした後、歯を磨いて、もう一度口を濯ぎ、タオルで口を拭く。
そして、鏡を見ると、そこには何の変哲も無い、おかっぱ頭の女子中学生の顔が映っていた。
その
(あれ……??)
少女は、ふと疑問に思い。
(私……今まで何してたんだっけ)
そして、ほんの少し前の出来事が思い出せなくなっていた。
あまりにショッキングな行動に走り過ぎたため、良心の呵責に心が堪え切れなくなったのか。
初春という少女の頭の中が、『破裂して飛び散った風船の欠片』の如く、支離滅裂となる。
頭が
画面右下に『8月18日4時44分』と時刻表示があった。
よく見がちな不吉なゾロ目だが、この時ばかりは本当に不吉な予感がしてしまう。
そして、イヤホンを耳に差し、動画サイトを見る。
昨日ニュースを見ないですぐに眠ったため知らなかったが、(21時26分に発生した)熊本地震のニュースでネットは持ち切りだった。
「熊本……って、たしか……佐天さんの実家がある所じゃ……」
そう呟きつつ『自分にも何かできる事があるんじゃないか?』と、
「…………」
何かに気付いたのか、突如、黙り込む。
そして。
苦虫を噛み潰した様な表情に変わり。
「……何をやってるんですかね、私は。今更人畜無害の善人振ったところで、
今度は自分自身に対する呪詛を吐いてしまう。
「その事に薄々気付いてるからこそ、それを埋め合わせるべく今の私はこうして震災にかこつけてボランティアの真似事でもしようかと浅知恵を絞り始めてる。全く、救いようの無い最低の偽善者です。……正義? 風紀委員? そんなものとっくにお役御免ですよ」
そしてさらに自嘲気味に続け、薄ら笑いを浮かべながら、肩を落とすのだった。
「……とは言え、自分が最低だからは動かない理由にはなりませんし、ここは私にも何かできる事が──!?!?!?」
ここで唐突に、初春の目が大きく見開かれ、息が止まる。
なぜなら、モニターの画面端に表示された通知バルーンには──
『今月17日16時00分(現地時間)、クロトン女学院にて大規模テロ。死傷者多数。パニックにより、エメラルド女子寮の建物が暴徒達によって囲まれ、放火される』
──と、あまりにも青天の霹靂かつ衝撃的過ぎる内容のニュースが表示されていたのだ。
「ぁ……佐天……さん……」
思わず、カラカラに干上がった喉で、掠れた様な呻き声を出す。
茫然自失となり、頭の中が良くない事でいっぱいになりかけるも。
反射的に手が動き、通知バルーンをクリックして、ニュースの詳細な内容に目を通し始める。
(佐天さんは……テロ発生前に飛行機で実家に里帰り……)
そして、光を失っていた瞳の中に徐々に光が戻り始めると共に、マウスとキーボードを叩く手の動きが速くなっていき、遂には人間離れした速度となる。
目の前の画面表示が目まぐるしく切り替わり、『箱の見取り図』と『大小様々な部品の設計図』が表示される。
図の横には、数字と数式の羅列──
それと呼応する形で、初春の頭の中では、スーパーコンピューター並の速度で問題解決のための予測演算が行われ、未来への樹形図が設計されていくのだった。
「……私が御坂さんの問題や、架空の少年と魔術師の事件に振り回されている間、イギリスにいる佐天さんの身の周りで起きた出来事を、“
(本当はずっと起きて見張ってるべきだったんでしょうけど、疲れて眠っている間に事態が大きく動いてしまったのではどうしようもありませんし)
「佐天さんが家庭の事情で身動きが取れなくなっている以上、これらの問題は他の誰かが片付けるしかありませんが……この分だと確実に犠牲が増え続け、誰一人救われない結末になるでしょう」
「……救える命は、一人でも多く救ってみせますよ。そのためなら私は力を出し惜しみしません。ですから、頼みましたよ……
そして。
初春の目の前のモニターの画面上に
8/17 20:55 BST
Croton Girl's Academy Emergency System Report
Administrators:
Chairman Lord Todd Buckethead : KILLED by Enshu Kihara
Vice Chairman Lord Hugh Buckethead : IN-FLIGHT (???)
Terrorists:
Enshu Kihara @ Ruby : ALIVE outside of Emerald Dorm
Telesa Redbird @ Ruby : ALIVE in Croton Girl's Academy
Fukuma Sendou @ Ruby : in BATTLE against Chivalric Order in Croton Girl's Academy
Queen of Swords:
??? (Leader) @ Diamond : ALIVE
All of the other members ANNIHILATED by Enshu Kihara
Students of Ruby Dorm:
ANNIHILATED by Fukuma Sendou
Students of Diamond Dorm:
ANNIHILATED by Enshu Kihara
Students of Sapphire Dorm:
A few students KILLED by Enshu Kihara
All of the other students ESCAPED
Students of Emerald Dorm (in Emerald Dorm):
Shan P Concronomine : ALIVE * THE LAST HOPE *
Fatima M Binface : ALIVE
Missa Estera : ALIVE
(Emerald Dorm is in DANGER surrounded by mobs)
Students of Emerald Dorm (outside):
Ruiko Saten : IN-FLIGHT (British Airways - Boeing 787)
Vanitas A M Stigmaheart : IN-FLIGHT (???)
??? : IN-FLIGHT (???)
??? : IN-FLIGHT (???)
??? : IN-FLIGHT (???)
Academy Staff:
All staff in Ruby Dorm : ANNIHILATED by Fukuma Sendou
All staff in Diamond Dorm : ANNIHILATED by Enshu Kihara
All staff in Sapphire Dorm : ESCAPED
Several staff in Emerald Dorm : ESCAPED
Remaining staff in Emerald Dorm : in DANGER
Chivalric Order:
Knight Leader : in BATTLE against Fukuma Sendou in Croton Girl's Academy
Several knights : UNKNOWN (in Croton Girl's Academy)
All of the other knights : ALIVE in Diamond Dorm
──そこには
(正直な話……ロンドンの学園都市協力機関が
行間
世界中の視線が、極東の島国の南西部にある島の一区域──クマモトに注がれていた。
中東に住む一人の優秀な男子学生は、前々から温めていたアイディア──『永久電池式人工知能搭載ドローンのネットワーク連携を用いた救援物資搬送システム』──を、震災発生直後に逸早く世界に公表する。
(永久電池には
さらに、日本の学園都市に住む一人の天才女子高生は、衝撃吸収性に優れ、どんな気圧・気温・湿度にも耐えられ、風雨や雪や雷等に晒されても破損・劣化し難く、それでいて廃棄後は自然分解される新素材(と言っても学園都市での最先端からは大分遅れている)のプラスチックを用いて、段ボール箱に似た耐久性のあるコンテナを作るアイディアを、その日のうちに提案し公表する。
それらを受け、学園都市は異例の速さで(しかも日付が変わる5分前に)、震災の救援に名乗り出るのだった。
そして、ドローンやコンテナを誰でも簡単に作れる様にする『枯れた技術』を世界に公表する。
(この決定には、統括理事の
この事により、早速、世界中で有志達の手で様々なドローンが作られ、新素材のコンテナに救援物資が詰め込まれ、世界中の様々な場所から目的地・クマモトへ向けて飛ばされて行くのだった。
そして。
炎に包まれた建物のどこかで息を潜めている猫目少女・シャンのスマホに一通のメールが届く。
(差出人……“
迷惑メールかと思い、開くのを躊躇ったものの、メールアドレスどころかヘッダー情報すら無い怪し過ぎるメールに逆に興味が湧いたのと、極限状況の中で冷静な判断力を失い、藁にも縋る思いだったのか、開くだけなら、リンクを踏まなければ大丈夫だろうと考え、恐る恐る開いたメールの中身を読んだ彼女は。
そのにわかには信じ難い内容にギョッとなり、罠と疑いつつも、意を決し仲間の
学園都市のどこかで息を潜めていた魔術師の少女は、遠い場所にいる
もちろん、指示通りに新素材のものとし、寸法も設計図通りに寸分違わないものとする。
そして──善意を象徴するかの様な『白い
それを組み立てる前の部品の状態のまま、いつも使っている『黒い匣』の中に入れ、相手の所へ転送する事で、一仕事終えたのだった。
(私利私欲のためだけに力を振るってきた魔術師の少女にしては、らしくない
世界中の人々の善意の数だけ、世界中の空を、そしてクマモトの空を『白い匣』が埋め尽くす。
その奇跡を目の当たりにした、ロマンを解する知的な犬は、空を見上げつつ感慨に浸っていた。
「……アレイスター。
『──ああ……もう良い。たかが
その答え──事実上の『白旗宣言』を聞いた犬は、その全身に殺戮の匂いを纏わせた、ゴツゴツした戦艦の様な機械の塊を纏った直後、その場から音も無く一瞬で消えた。
霊装『フルンティング』──古代イングランドの叙事詩『ベオウルフ』に登場する魔剣と同じ名前を持つ、極めて強力な『霊装』だ。
元々は幅3センチ、刃渡り80センチ程のロングソードだが、力を発動した後は、重量はそのままに、全長3メートルを超える赤黒い長剣へと変わる。
そして、力の源は、
目の前で繰り広げられた破壊の中心には、赤い血みどろの怪物少女──
周囲には、彼女に強襲され斃された数名の騎士達が横たわっている。
そして、騎士の一人が彼女に襟首を掴まれた状態で、高く掲げられていた。
「──移動速度」
そう唱えた騎士団長の姿が掻き消えた次の瞬間、船頭フクマの真横にいた。
「──的確精度」
そして、相手が気付く前に、赤黒い長剣が一閃し、船頭フクマの首から上を斬り飛ばす。
さらに、剣が独りでに渦を巻く様に旋回し始め、斬り飛ばされた頭をフードプロセッサーの如く粉微塵になるまで粉砕するのだった。
粉々になった船頭の頭が血霧の様に空気中に広がった後、自動修復機能でも働いたのか、一箇所に寄り集まろうとする。
それに伴い、血霧を浴びた騎士団長の体も引き込まれそうになるが。
……バチンッ!!
と言う火花の様な音と共に、意思を持った血霧は騎士団長の体から弾かれる様に離れて行く。
そして、別の標的を物色するため、周囲に斃れていた騎士達の方へ向かうも。
いつの間にか、騎士達はその全身を淡い光の様なオーラで覆われ、怪我から回復していた。
加えて、船頭に襟首を掴まれていた騎士も、いつの間にか彼女の手から離れていた。
恐らく、騎士団長と同じく、カーテナからの力の供給によるものだろう。
首から上を失ったまま、血を一滴も流さず、微動だにしない船頭は──
『……チッ。脳が死んでやがる』
「──専門用途」
しかし、それを黙って見過ごす程平和ボケしていない騎士団長は、有無を言わさず畳み掛ける。
赤黒い長剣は巨大なメイスへと形を変え、固い肉を解す様に、船頭の体をサンドバッグと化す。
しかし。
──カッ!!!
血塗れの袋にされそうだった船頭の体が、唐突に眩い光を発したため、騎士団長は反射的に目を瞑ってしまう。
気付いた時には既に、船頭の姿はそこには無かった。
クロトン・ルビー研究所で使用した、光の波長を歪める事で体の色彩を変える能力(能力名:
これは『攻撃には当たらない』と見做されたため、ソーロルムの術式の適用外だった模様。
だが、騎士団長はまだ気を抜かない。
相手は絶対に逃げないと分かっているからだ。
今のも恐らくは、有利な距離を取り直すための戦略的撤退に過ぎないのだろう。
それに、いくら目を誤魔化そうとも、その全身から溢れ出る『無数の殺意』までは隠せない。
船頭フクマが放つ
そして船頭は──唐突に、騎士団長の
「──移動速度」
音速を超えるかと思える程の速度で、騎士団長が一気にその場から離れると。
そこには、全高15メートルを超える巨人となった船頭フクマがいた。
ちなみに、首から上には頭が生えているが、白カチューシャが無くなり、髪型もボサボサのボブショートヘアに変わっており、顔つきも先程までの満面の笑みを張り付けた気味の悪いものから、如何にも気性が荒そうな別人の顔へと変わっていた。
騎士団長の頭上から降ってきたのは、巨大化した彼女の足の裏だった。
光学迷彩か何かで姿を隠したまま巨大化した後、姿を現して踏みつけようとしたのだ。
姿を見せないまま踏みつければ有利になったかもしれないのに、わざわざそうしたのは、真正面から戦って勝ちたかったからか。
「およそ1000人分。それが貴様の本来のサイズか」
騎士団長はそう看破する。
船頭フクマの『通常時』のサイズは身長150センチ程度だが、それはあくまで1000人分の質量を無理やり1人分の体に押し込めているに過ぎず、1000倍の体積を持つ巨大生物こそが本来の姿。
それを通常時の姿形に整えると、横幅・奥行き・高さがそれぞれ10倍の巨人となるのだ。
こうなるともう、3メートルの長剣で斬り飛ばしたりメイスで叩き潰す戦術が通用しなくなる。
如何せん、的が大き過ぎるあまり、攻撃範囲がカバーし切れないからだ。
その上、体の大きさを活かす事で『高さ』と言うアドバンテージをも確保できる。
だが、それだと『別の問題』が発生する。
騎士団長も顔を顰めつつ。
「己の巨躯を戦術に組み込む発想は悪くないが、感心せんな。淑女としての慎みを忘れているぞ」
と、注意を促した。
そして、その事に気付いた船頭は……。
「?! ……~~~~~ッッ!!!」
顔を真っ赤にし、スカートを両手で抑え、そのままペタンと地面に女の子座りするのだった。
「──切断威力」
と、ここで騎士団長が隙を突く形で、腰を下ろし頭の高さが下がった船頭の頭上へ跳び上がり、脳天唐竹割りの要領で大剣を上から下へ真っ直ぐ振り下ろす。
次の瞬間、船頭フクマの巨体が頭から真っ二つに割られ、ズンッと言う轟音を響かせつつ、左右に分かれた半身がそれぞれ地面に倒れ伏すのだった。
たとえ相手が『女の子』でも、隙あらば容赦無く仕留めに掛かる騎士団長。
「ここは戦場だ。しかも貴様が戦争を始めたのだろう。敵の『甘言』に惑わされるな、バケモノ」
そして、こう無碍に言い捨てる。
先程の『淑女』呼びは本気じゃなかったのだろう。
『ひっ……ひどい……アタシだって女なのに……こんな風に嵌めてくるなんて』
半分になった船頭の口から思わず泣き言が漏れるも。
「ひどいだって? 貴様がこれまで殺めてきた罪無き者達の前で同じ事が言えるのか」
そう、騎士団長が怒りを込めた『正論』で切って返す。
「貴様には死すら生温い。が、貴様を収容できる監獄は生憎この世には存在しない。だから地獄へ堕ちるが良い。分かったか、汚らわしいバケモノめ」
そして、先ずは口で引導を渡すのだった。
『くそう……アタシだって、こんな風に生まれてなけりゃ、血みどろじゃない人生もあったのかも知れないってのに……それもこれも全て、
逃げ場が無くなるくらいにやり込められたせいか、流石にブルーになり始め、ブチブチと愚痴り出す船頭だったが。
「貴様の事情なんぞ知らん。だが、無辜の人々を楽しんで殺め続けたのは貴様のやった事だろう? 他人のせいにして逃げるなよ。貴様はこの私が直々に地獄へ送ってやる。貴様をそんな風にした誰かは後で探し出して、貴様の後に送ってやるから安心して地獄で待っていろ」
斟酌するべき事情が少しはあると分かり、流石に問答無用で仕留めるのも気不味くなったのか、騎士団長の口調が罵倒一辺倒から若干諭す様なものへと変わる。
だが。
『……戦場での敵の“甘言”に惑わされるなよ、間抜け!』
ブルーな調子から一転、突如、ふざけた調子に戻った船頭は、真っ二つとなった巨体をそれぞれスライムの様に溶けさせ、騎士団長を津波で飲み込む様な形で押し潰し、喰らおうとする。
「──耐久硬度!」
しかし、騎士団長は何ら動揺する事無く、泰然とした姿勢を崩さないまま、激流に飲み込まれ。
……ゴバァッッ!!!
その激流が、雷でも浴びたかの様に弾け飛び、中から無傷の騎士団長が出て来たのだった。
「……ふん。所詮バケモノ。演技が見え見えだったぞ」
『なッ!?』
思わず驚きの声を上げてしまう船頭。流石にこれは演技では無かった。
「貴様如きでは、この私に指一本どころか、細胞一個すら触れる事はできん」
それに対し、絶対的なステージの差を見せ付けるが如く、騎士団長が決定的な言葉を言い放つ。
カーテナにより天使の力を供給されている騎士団長は既に天使の領域にいるため、何者であろうとも気安く触れる事すら敵わないのだ。
それに加え、霊装フルンティングに『パターン魔術』で特定のパターンの能力を付加する事で、何でも切り裂く『切断能力』、独りでに急所へ向かう『的確精度』、何者にも追いつけない『移動速度』、怪物を倒すために特化した『専門用途』等、一度に一種類の極限能力を発動できるため、それら一つ一つに対処できるくらいの『強大かつ多彩な力』が無ければ、為す術無くやられるだけである。
そして、船頭フクマは残念ながら、その領域には達していなかった。
「──射程距離」
騎士団長がそう唱えた瞬間、赤黒い大剣から
1000人分の頭を持つ船頭フクマだったが、どうやらその全てが無数の刃に貫かれたのだろう。
能力を失った事で、その形どころか生命の維持すらできなくなり……斃れた。
「……素敵♥」
その様子を、テレサ=レッドバードは一人、ウットリした顔で物陰から覗き見ていた。
しかし。
『クソッ。くソクそくソッ! このままジャ終わらナイ。こうなッタラ……』
彼女の背中に、スライム状の『ナニカ』が引っ付いていた。
それは、船頭フクマの残り少ない断片であり、成れの果てだった。
スライム状になって襲い掛かるタイミングで、保険のため、どさくさ紛れに僅かばかりの断片を逃しておいたのだ。
『やいっ! お前ッ! この女がどうなってもいいなら、攻撃してミろ!』
物陰から出て来たテレサは……船頭の断片によって寄生され、無理やり体を動かされていた。
そしてそのまま、寄生者の意のままに、自身の能力で血流操作し、その運動能力を倍加させた事による人間離れしたスピードで、騎士団長へと襲い掛かる。
最早、船頭は形振り構ってなどいられなかった。
どうしても、負けたまま終わらせたくなかったし、逃げたくもなかったのだ。
……が。
──ドックン!
騎士団長に間近に迫ったその時、船頭=テレサの心臓が高鳴り……攻撃の意思が消える。
『え……? なっ、なな、なんで……攻撃できない!? 攻撃、したくない? そんなぁ……』
自らの『心臓』から発せられる『恋心』を自覚した船頭=テレサは。
素直に負けを認め、騎士団長の前で跪いた後。
『ごめんなさい。アタシ……貴方の事が好きです♥ お嫁にしてください』
……求婚したのだった。
「…………」
しばらく無言のまま固まっていた騎士団長だが。
「……すまない。私は、ゲイなんだ」
と、衝撃的なカミングアウトをしてしまう。
目の前でそれを告げられた船頭=テレサは、真っ白な石となり固まった。
(それから暫くの間、騎士派の間では騎士団長に関する奇妙な噂が流れる事となる)
なお、戦意を失った上、何やら虚脱状態となった船頭フクマならびにテレサ=レッドバートは、無力化されたと見做され、騎士団の手で捕縛された後、
8/17 21:40 BST
Croton Girl's Academy Emergency System Report
Administrators:
Chairman Lord Todd Buckethead : KILLED by Enshu Kihara
Vice Chairman Lord Hugh Buckethead : IN-FLIGHT (???)
Terrorists:
Enshu Kihara @ Ruby : ALIVE outside of Emerald Dorm
Telesa Redbird @ Ruby : DEFEATED by Knight Leader in Croton Girl's Academy
Fukuma Sendou @ Ruby : DEFEATED by Knight Leader in Croton Girl's Academy
Queen of Swords:
??? (Leader) @ Diamond : ALIVE
All of the other members ANNIHILATED by Enshu Kihara
Students of Ruby Dorm:
ANNIHILATED by Fukuma Sendou
Students of Diamond Dorm:
Several students KILLED by Enshu Kihara
All of the other students : UNKNOWN
Students of Sapphire Dorm:
A few students KILLED by Enshu Kihara
All of the other students ESCAPED
Students of Emerald Dorm (in Emerald Dorm):
Shan P Concronomine : ALIVE * THE LAST HOPE *
Fatima M Binface : ALIVE
(Emerald Dorm is in DANGER surrounded by mobs)
Students of Emerald Dorm (outside):
Ruiko Saten : IN-FLIGHT (British Airways - Boeing 787)
Vanitas A M Stigmaheart : IN-FLIGHT (???)
??? : IN-FLIGHT (???)
??? : IN-FLIGHT (???)
??? : IN-FLIGHT (???)
Missa Estera : ESCAPED
Academy Staff:
All staff in Ruby Dorm : ANNIHILATED by Fukuma Sendou
All staff in Diamond Dorm : UNKNOWN
All staff in Sapphire Dorm : ESCAPED
Several staff in Emerald Dorm : ESCAPED
Remaining staff in Emerald Dorm : in DANGER
Chivalric Order:
Knight Leader : ALIVE in Croton Girl's Academy
Several knights : ALIVE in Croton Girl's Academy
All of the other knights : ALIVE in Diamond Dorm
Anglican Church:
All of sisters : ALIVE in Diamond Dorm
怪物によって血みどろの惨状と化したクロトン・ルビー研究所に、背中に機械を装着した一頭の大型犬──
既に生きている人間は皆逃げたか殺された後で、人っ子一人残ってはいなかった。
論文等のデータを閲覧できる端末のモニターが点けっぱなしにされていたが、データそのものを外部に持ち出された形跡は見当たらない。
研究所の奥にある隠し部屋へ通じるドアを、背中から伸びるアームを器用に使って開ける。
……と、床が血塗れとなっており、一番奥にあるカプセル全ての中身が蛻の殻となっていた。
「……ふむ。
そう
そして、機械の一部から、強酸性の液体がビームの様に放出され、血塗れのカプセル群を跡形もなく溶かしてしまう。
同時に、別の機械からは高圧の気体が吹き出てバリアの役目を果たし、跳ね返った強酸が装着者である大型犬の体に掛かるのを未然に防ぐ。
その作業を延々と繰り返す事で、ルビー研究所はノッペリとしたコンクリートのみの、
最早、そこには最初から何も無かったと言わんばかりであった。
今までそこで起きた『全て』が、根こそぎ闇へと葬られた瞬間であった。
大型犬が去った後、それまで周辺で待機していた素姓の分からない『謎の業者』が建物内に立ち入り、配管を付け直したり、不要な穴を塞いだり、壁を塗装し直したり、新品の機材を持ち込んだりする事で、外見だけは何事もなく平穏な『クロトン・ルビー研究所』へ整えられる。
一通り作業が終わった後、業者は足早に現場から立ち去り、入れ替わる様に、白衣の研究者達がゾロゾロと入って来る。
彼等は事の真相について何も知らされず、ただ『ルビー研究所で
とは言え、仮に誰かが真相を話したとしても、学生を実験動物としか見ていない『学園都市から来た研究者達』は、さして気にも留めないだろう。
程無く、クロトン・ルビー所属の学生データも手を加えられ、事件に巻き込まれた寮生達の死はただの『事故死』扱いとなり、彼女達と似た感じの、世界中から集められた『薬物中毒』の少女達が替わりにクロトン・ルビーに編入される事となるのだった。
クロトン・ダイヤモンド研究所には、騎士団からの救援要請に応じて清教派から派遣された多くの
修道女達による大規模な回復魔術の効果で、全身から血を流して斃れていたダイヤモンド寮生達のほとんどは危機的状況から脱しつつある。
なお、彼女達はなぜ自分達がこの様な目に遭ったのか、
実際、木原円周と対峙した女生徒達は真っ先に音響兵器の餌食となった事で救命が間に合わず、彼女達だけが真相を知るのみとなったにも関わらず、その口を開く事は二度と叶わないのだ。
……否。ダイヤモンド寮生の中にもう一人、事の真相を知る者がいた。
アンジェリーナ=ジョリー似の眼鏡の女生徒──治安維持組織『
彼女は、
あまりに筆舌に尽くし難く凄絶な出来事に遭遇したため、『
そして、その後の彼女がどうなったのか、知る者は少ない。
修道女達の治療を受けていた他の寮生達もまた、学園都市によって保護される事となる。
具体的には、黄色や青や赤の制服を着用した『淑女騎士団』を名乗る数名の女生徒達によって、『ダイヤモンド研究所所長代理』の名義で、『ダイヤモンド研究所付属病院への緊急搬送』が言い渡された事で、後は彼女達に任せる運びとなったのだ。
もちろん、同じ名前の治安維持組織は既に壊滅しており、唯一生き残った団長以外にその名前を名乗って良い生徒などいない。
さらに、ダイヤモンド研究所所長に代理などいないが、その事を知る肝心の所長は他の寮生達や職員達と一緒に瀕死状態で意識などあるわけが無かったので、それを伝える事もできず。
加えて、研究所付属病院など存在しないのだが、学院外の人間である騎士団や清教派の修道女達には事の真偽など確かめようも無かった。
(所長本人は研究所ぐるみで騎士派と親しかったので、別人が成り済ましても見破られるだろう)
騎士団と修道女達が去った後、『どこか』へ搬送された寮生達や所長を含む職員達はそのまま
無論、それら一連の出来事に関わる登場人物の中から『木原円周』なる少女の名前は跡形もなく消えている事だろう。
なお、彼女が放送室をジャックした際、『学園都市』、『殺人ウィルス』等の言葉を使ったが、これも録音は残されておらず(たとえ誰かが録音していたとしても、後から消す方法はいくらでもある)、その後のパニックで有耶無耶となったため、ほとんど誰も憶えてなどいないし、よしんば憶えていたとしても、何の証拠も無ければ、うろ覚えの域を出ないのだ。
──こうして、一つの凄惨な事件は闇に葬られる事となる。
「本体「敗北」心臓「腑抜け「復讐」力」必要」
地下鉄トンネルの中を、朧げな顔つきの少女が覚束ない足取りでヒタヒタと歩いていた。
髪の毛はボサボサで定まらない髪型。視線も泳いでいる上に、左右の焦点が合っていない。
見かけは一人の少女なのに、まるで違う生物同士が寄り集まり不規則に動いている様に見える。
ソレは、船頭フクマの余った予備パーツだけが組み合わさった、言わば『成れの果て』だ。
本体からも不要とされ見放された残り滓だが、今は本体が無力化したため、統制を受ける事無く自由に動き回れる。
「……原石「吸収「強化」復活」復讐「可能」」
そんな彼女が向かう先は……クロトン・エメラルド研究所だった。
今現在、そこは木原円周の差し金により建物ごと火炙りにされている真っ最中なのだが、そんな事情は彼女には知る由も無い。
たとえ辿り着いたとしても、標的の原石少女達は既に死んでいるか、あるいは生き延びていたとしても、建物には入れないため、外を取り囲む暴徒相手に憂さ晴らしするか、養分として取り込むのが関の山だろう。
出るタイミングを完全に逸したと言わざるを得ない。
そんなお呼びでない不要物が今更ノコノコと出ていこうとするのを、暗闇の中の物陰から何者かが様子を窺っていた。
(……まあ、
それからしばらくして、下水道のマンホールから這い出した不定形生物がエメラルド寮の建物を取り囲む暴徒達に襲い掛かり、もう一つの地獄絵図が完成するも、彼等の手で火炙りにされている建物のほうが目立つせいで、誰一人として暴徒達の心配をする者はいなかった。
……ある意味自業自得とは言え、何とも哀れな末路である。
暴徒達を一掃し、栄養補給を済ませた『残り滓』は、建物の中に籠城しているエメラルド寮生達に狙いを変え、まずは能力を使って、周囲で燃え盛る炎を消し始める。
そして、窓という窓を物色し、入れる隙間を虱潰しに探して行くも、『どういう理屈』なのか、どの隙間からも入る事ができなかった。
仕方がないので、正面入口の前で待ち続ける長期戦に移行するべく、マンホールを目指して引き返そうとした、その刹那。
──ゴゥッッッ!!
横合いから、強烈な『極寒の塊』が吹き付けられ──その全身が一瞬にして凍りつく。
木原脳幹が操る兵器から発射された『液体窒素』だった。
「……円周。
いつまでも家に帰ろうとせず遊び続ける子供を叱る父親の様な口調で、脳幹はそう言い放つ。
「えぇ~? ……まぁ、そろそろ飽きて来ちゃったから、もういいよね」
それに対し、一度は不満をあらわにするも、しぶしぶ言う事を聞く円周だった。
たった一人で、あれだけの凄惨な地獄を作り上げた少女は、まるで外でオママゴトで遊んでいた程度の気軽な感じで何ら悪びれる様子も無く、そのままお家に帰ろうかみたいなノリで、クロトン女学院を後にし、学園都市への帰路に就くのだった。
──まさに『木原』。
その後、騎士派に捕縛され、もうすぐ連行されようとしていたテレサと、彼女に寄生して一体化している船頭フクマは、騎士団長が目を離した隙に、唐突に上空から降ってきた『氷の塊』の様な飛来物の直撃を受け、赤黒い地面の染みへと変わり果て、その姿を跡形もなく消したのだった。
しかも、氷の塊もあっという間に融けてしまい、そのまま何も残さず地面に染み込んでしまった事で、騎士団長が気付いた時には、何もかも消えて無くなっていた。
これにより、英国騎士派や清教派の手からも、木原円周(学園都市)が関わったと言う手掛かりが消えた。
真相は藪の中。一連の騒動は、最終的にクロトン女学院で発生した実験の不始末の結果と言う事になるのだった。
22時30分を回った頃。
ようやく火の手が収まり、暴徒の声も聞こえなくなったため、エメラルドの寮生が自分の部屋の窓から外を覗いてみると、建物周辺からは人っ子一人いなくなっており、火は完全に消えていた。
長い一日が終わりを告げた事で、緊張の糸が切れた寮生達は、それまでずっと蒸し風呂状態の中で閉じ込められていた事もあってか、汗を洗い流すために水シャワーを浴び始める。
と言っても、建物ごと長時間火で温められ続けていたせいで、屋上のタンクから供給される水はとても温かったとか。
建物を侵入者などから守るためのセキュリティシステムのお陰か、火炙りにされたはずの建物には焦げ跡一つ残っておらず、全くの無傷だった。
その仕組みは、原石の能力者の力を借りて、因果律の中に『許可された者以外の立ち入りを固く禁ずるためのルール』を組み込むと言うものであり、その能力が働いている限り、どんな科学技術や異能を使っても、絶対に破る事はできないのだ。
(これを突破できるのは、異能そのものを打ち消す『
ちなみに、この能力の使用者はエメラルド研究所創設時の寮生であり、とっくの昔に学院を卒業しており、所在が分からなくなっているため、新たにセキュリティを張り直すのは不可能に近い。
「今日は大変な一日だったでござる」
「それなー」
寮生達の顔から緊張の色が消え、ようやくのんびりした会話が交わされ始める。
そんな中、浮かない顔のままの女生徒が一人。
「…………」
事件の真相──というか、そもそもの発端を知る数少ない人物の一人・シャンである。
「どうしたの?」
恋人の褐色少女・ファティマが尋ねるも。
「……何でもないネ」
素っ気ない答えを返すのみ。だが、その表情から憂鬱さは隠し切れない。
「そう言えば、あの
黒髪無表情少女・ミサの姿が見えない事にようやく気付いたファティマが彼女の事に言及する。
「……、」
それに反応する様に、体をビクンと震わせたシャンは、更に浮かない顔となり。
「どうしたの?」
その顔を見たファティマが心配そうな表情で、シャンを気遣うが。
「……大丈夫ネ。あの子は保護されたネ。当面の間、療養するらしいネ」
シャンは周りに心配を掛けまいと、思い付きの適当な嘘をでっち上げる。
(当面……多分、もう二度と会う事は無いと思うネ。でも、これで良かったネ)
そして、二度と会えないであろう小さな新しい友達の事を想い、顔では微笑みを浮かべつつも、心に一粒の涙を浮かべる。
そんな彼女の横顔を、ファティマは不思議そうに見た後、安心した様に微笑みかけるのだった。
8/17 22:40 BST
Croton Girl's Academy Emergency System Report
Administrators:
Chairman Lord Todd Buckethead : KILLED by Enshu Kihara
Vice Chairman Lord Hugh Buckethead : IN-FLIGHT (???)
Terrorists:
Enshu Kihara : VANISHED
Telesa Redbird @ Ruby : DIED in accident
Fukuma Sendou @ Ruby : DIED in accident
Queen of Swords:
??? (Leader) @ Diamond : SHELTERED by Academy City
All of the other members ANNIHILATED by Enshu Kihara
Students of Ruby Dorm:
ANNIHILATED by Fukuma Sendou
Students of Diamond Dorm:
Several students KILLED by Enshu Kihara
All of the other students : SHELTERED by Academy City
Students of Sapphire Dorm:
A few students KILLED by Enshu Kihara
All of the other students ESCAPED
Students of Emerald Dorm (in Emerald Dorm):
Shan P Concronomine : ALIVE
Fatima M Binface : ALIVE
Students of Emerald Dorm (outside):
Ruiko Saten : IN-FLIGHT (British Airways - Boeing 787)
Vanitas A M Stigmaheart : IN-FLIGHT (???)
??? : IN-FLIGHT (???)
??? : IN-FLIGHT (???)
??? : IN-FLIGHT (???)
Missa Estera : ESCAPED
Academy Staff:
All staff in Ruby Dorm : ANNIHILATED by Fukuma Sendou
All staff in Diamond Dorm : SHELTERED by Academy City
All staff in Sapphire Dorm : ESCAPED
Several staff in Emerald Dorm : ESCAPED
Remaining staff in Emerald Dorm : ALIVE
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[EOF]
日本時間8月18日11時頃。
羽田空港に到着した私・
もちろん、同行していたチャンバラ聖人・
「おはようニッポン!! あたしは帰ってきたどー!!」
飛行機のエコノミークラスの席で半日近くも窮屈な姿勢のまま『がまんの子』でい続けた私は、両手を広げ
どうせ知り合いなんか一人もいないし、『旅の恥は掻き捨て』って言うじゃん?
……神裂がいるって? 友達でも何でも無い赤の他人だし、別に気にしないし。
「ちょっとっ! こんな所で何やってるんですか! 周りが見てますよ、ほら!」
そんな神裂が、泡を食った様な顔で、私の突発的な奇行を辞めさせようとするも。
「あなたみたいな変な服装の人に、そんな事言われる筋合いありませんから」
私はYの字の体勢のまま、首だけ振り向いた状態で、真顔でそうやって切り返す。
ポニーテールに片袖切って腰結びしたエロエロTシャツと、片方だけ根本から切ったジーパンを一張羅にしている人に、たかが一時的な奇行についてとやかく言われたくないのである。
「ちょっ……! 変な服装って、これは意味のあるものなんです! あなたならそれくらい解っているでしょうに」
そんな彼女に対し、周囲の人達(主に男共)が携帯のカメラレンズを向けているのが見えた。
「……そんな事言ってる場合ですか? 撮られてますよ。叫び声を上げたあたしを差し置いて」
「うぇっ……!? ちょ、ちょっと、撮らないでください! 見世物じゃないんですよ!」
際どい格好をしている神裂のほうが目立つのか、周囲の視線は彼女に釘付けだ。
……ちょっとだけ羨ましい。
「元はと言えば、あなたが叫び声なんか上げるから、目立ってしまったんですッ!」
人のせいにしないで貰いたいなあもう。
そもそも叫び声を上げた張本人のあたしじゃなく、あなたのほうが目立っている時点で、それは最早あなたの自業自得では。
そう切り返す私に構う余裕も無くなったのか、神裂は顔を真っ赤にしてその場から一目散に逃げ出して行ったのだった。
……あ。昼食一人で食べる羽目になった。
まあいいか。
どうせ元々一人旅のつもりだったんだし、神裂と乗り合わせたのは偶々だったから。
そう思い直し、私はラウンジの中にある日本食レストランを探して見るも、居酒屋っぽい雰囲気の焼き鳥屋さんくらいしか見付からなかった。
他は高級スイーツの店ばかり。
久しぶりにラーメンが食べたかったのに。
とりあえず、イタリア料理のあるコーヒーショップにでも入るか。
リュックの中には、学園都市で拾ったマネーカードが何枚か入っている。
結局、イギリスでは一度も使う機会が無かったのだ。
そう言えば、学園都市以外で使えるのかな?
スマホで調べてみたところ、羽田空港はマネーカード対応しているらしい。
ラウンジの飲食店でも使えるっぽい。
とりあえず一安心か。
食べた後で支払いの段になって、手持ちが無いなんて事にはならずに済みそう。
店内に入った後、レジで注文する。
前払い方式なので、お金が無くて無銭飲食みたいな展開にはなりようがないのだった。
さっきの心配は杞憂だったか。
マネーカード払いで手頃なメニューを注文した。
コーヒーはまだ苦手なので紅茶にしようかと思ったけど、もし本場に比べて不味くてガッカリしたら嫌なので、ブラッドオレンジジュースのレギュラーサイズにする。
そして、食事のほうは海老とアボカドのバジルソースの生パスタを注文。
税込で1000円オーバーしたが、まあこれでも安いほうだろう。
いつも食べない様な気合いの入ったメニューだったので、少々お腹が落ち着かないものの、概ね満足した私は、乗り継ぎ便の搭乗ゲート近くの待合席へ向かう。
そして30分くらいボーッとしていると、神裂がやってきた。
何だか、焼き鳥みたいなニオイがする。炭火焼き鳥の店にでも行ったのだろう。
やっぱり聖人様は羽振りがいいんだろうな。
プロの魔術師らしいし、
あたしも将来の就職先の一つとして選択肢に入れておこうかな。
って、あんまりよく分かんない組織に入るなんて言ったらパパやママが悲しむだろうな。
それに、あたしは元より魔術師になるつもりなんかサラサラ無いし。
あたしの夢は
そんな事を考えていたら、いつの間にか搭乗10分前になっていた。
搭乗案内の放送が聞こえてきたので、私と神裂は搭乗ゲートまで歩いて行く。
そして、羽田から福岡行きの飛行機(国内線)に乗り、故郷の熊本を目指すのだった。
時刻は13時ちょうど。福岡まで約2時間だから、家族に会えるとしたら夕方になるか。
早く無事を確かめたいなあ。
そして時刻は14時45分。
イギリスはロンドン・ヒースロー空港を出発し、15時間余りで日本の福岡空港に到着した飛行機から降りた後、検疫等を通過して無事帰国を果たした私は、空港の出口で『信じられないもの』を目の当たりにするのだった。
「やっほー! サテン!」
そこには、私に向けて大きく手を振る、深緑色の制服を来た女生徒・ヴァーニーを始めとする、エメラルド寮に所属する数名の女生徒達が、一団となって待ち構えていたのだ。
……え? え??
これって何のドッキリ?
ここって日本の福岡だよね? ジャパンのFUKUOKAだよNEー?
実はロンドンに逆戻りしてたとかじゃなく。
目を白黒させながら、空港から出て来た私は、ヴァーニー達に早速取り囲まれる。
「ヴァーニー。何でここにいるの?」
私は単刀直入に疑問をぶつけてみる。
すると。
「実は、私達もサテンに付いて行く事になったんだ。震災ボランティアの名目でね」
との答えが返ってきた。
どうやら、クロトン女学院の副理事長の取り計らいによるものらしい。
……何だか『疚しい
学院理事長と同じく意味不明なバケツみたいな被り物をしている風変わりな人物なので、表情が全く読めず、何を考えているのか分からない人だった。
何でニオイが分かるかって?
彼もこの場に同行していて、今私の目の前にいるからだ。
ちなみに神裂のほうは、出口で『よく分からない人達』に囲まれて付いて行ったけど、昔からの知り合いなのだろう。……まあ、あたしには関係ないか。
かく言う私は、副理事長に連れられ、学院がチャーターしたプライベートジェットに乗り込み、ヴァーニー達と一緒に、熊本を目指し、福岡空港から飛び立つのだった。
てか、到着した矢先に間髪入れず離陸するとか、忙しいな。
それから30分程で、飛行機は被災した熊本空港の上空に差し掛かるのだが、空港は運航停止しており、滑走路は何やら沢山の荷物が散乱している様に見え、着陸できそうにない状態だった。
そこで、操縦士が何やら管制塔とやり取りした後、飛行速度を徐々に落とし始める。
……着陸許可が出たのかな? 特別扱いされてるのだろうか。
そう思った私を他所に、飛行機はホバリングの様な動きへと変わる。
って、これってヘリコプターじゃなくて飛行機だよね?
色々と考えているうちに、飛行機は着陸態勢となり、大きなホバリング音を鳴らしながら、少しずつ高度を下げ、空いているスペースへと着陸を果たすのだった。
……もしかして、この機体って『
はえー。流石は学園都市協力機関。学園都市には及ばずとも、結構進んでるのね。
着陸した後、私は降りる前に機内で私服からクロトン・エメラルドの制服へと着替える。
私一人だけが実家への帰省ではあるものの、一応、震災ボランティアの名目で熊本入りする事になっているので、見分けが付き易い様に学院の生徒としての服装に統一するためだった。
そして、タラップを降りた後、夥しい数の
──突然、腰の辺りに軽い衝撃を感じたので、見下ろしてみる。
すると、そこには。
「……ようやく、見付け……ました。……シャンの、同じ学校の人」
私の腰に縋り付いている、黒髪の小さな女の子がいた。
顔は無表情だったが、目元に泣き腫らした跡があり、膝小僧に擦り傷を作っている。
……迷子だろうか?
それにしても、『シャン』って。
あの猫目女の知り合い?
しかも、この子はあたしと一切面識が無いにも関わらず、あたしに縋り付いて来た。
……もしかして、この制服が目印になった?
それに加え、どう見ても日本人にしか見えない顔立ちと、日本語ネイティブの言葉遣い。
……この中で、あたしだけが日本人だから、安心して寄ってきたのだろうか。
ヴァーニーの方を見ると、彼女もこの子が口に出した『シャン』の名前に反応した様子。
怪訝な表情をしていた。
そんな私達の様子に気付いたのか、小さな少女は一転して気不味い感じへと変わり、それっきり口を噤んでしまうのだった。
とりあえず、このまま放っては置けないので、副理事長の許可を貰い、この子を私達に同行させる事にした。
と言うのも、この子が私の傍から離れようとしないためだ。
空港の迷子センターに連れて行こうとしたら、なぜか物凄く嫌がり、その場から動こうとしなくなるし、名前を聞いてみても中々答えてくれなかったし。
(『ミサ』と言う名前らしい。苗字のほうは分からなかったけど)
それに、あくまで私の勘だけど、この子の親は
加えて、見た目の年齢の割に、中身は結構大人びている様にも見える。
なので、このまま連れて行っても、あまり負担にならないんじゃないかな、と言う気がする。
(……気がする、ばかりで理由があやふやだけどね)
空港で手に入れた地図(地図アプリだとスマホが無いと見られないし、通信状況が悪かったり、電池切れになったら使えなくなるので、紙一択)を片手に、地元の街を散策してみると、その影響がヒシヒシと肌に直接伝わってくるのが分かる。
何せ、交通機関がほとんど麻痺している上に、自家用車の列が渋滞を起こしているのだ。
これではもう歩くしかない。
本当に疲れる話だった。
しかも、こちらは地元の人間と違い、ボランティアでわざわざ押し掛けてきた他所者なのだ。
(私だけは地元出身で家族がここにいるけれど、遠くに住む所がある時点で五十歩百歩だろう)
たとえ歩けなくなって困ったとしても、誰かに助けを求めた時点で厄介者となる。
それに加えて、ここは日本で南の方にある九州の熊本で、今は8月中旬の真夏。
イギリス出身のヴァーニー達にとって、かなり辛い気候と言えるだろう。
挙句の果てに、副理事長はバケツ頭で、強い日差しが燦々と降り注ぎ、頭に照り返している。
蒸し風呂状態になっていないか、見ているだけでハラハラして、気が気じゃなくなる。
熱中症で倒れたりとかしたら、最早笑い話にもならない。
ボランティア目的で来日したイギリス人男性がバケツ被って熱射病とか、世界の面白ニュース枠確定じゃん。流石に居たたまれなくなるわ。
そんな感じで困った顔をしながら歩いていると。
渋滞している道路の後ろの方から、クラクションを鳴らされる。
何だろう? と思い振り向くと。
その先で、数名の男女が荷台に乗った軽トラがノロノロと進んでいた。
(そう言えば、彼等は福岡空港の出口でも見掛けたっけか……)
運転席には高校生くらいに見えるボブショートカットで柔和そうな女の人。
そして、助手席には神裂火織が乗っており、こちらに向かって手を振っている。
「……足に困っているのであれば、私達と一緒に行きませんか?」
神裂からそう持ちかけられるも、私はあまり乗り気にはなれない。
と言うのも、荷台に乗っている人達が何だか怪しげな若者達にしか見えないからだ。
山奥の限界集落で『野菜』を栽培してパーティー開いてそうな集団に見えてしまう。
(それに、何だかほんのりと『
そんな私の怪訝な目線に気付いたのか、神裂は私の後ろを歩いている人物を指差し──
「そこの御仁は、かなり苦しそうですが」
──と、告げるのだった。
……って、副理事長ォォォーーー!!!
…………。
結局、彼等に同行させてもらう事になった。
空港から2キロ程北上すると、
ここで、彼等は個人的にチャーターしたと思われるボートに乗り換え、熊本市の中心街へ向け、川を一気に下っていく。
なるほど。
陸路は震災の影響で寸断されたり、渋滞で塞がってたりするけど、河川は無事なのか。
ボートなんか個人所有してる人って滅多にいないもんなあ。
しばらく川を進むと、熊本城が見えてきた。
震災のせいで土台の一部が崩れて、半分程垂れ下がり気味に見える。
もう少しで危なく全部崩れるところだったんだろうか。
周りには現場作業員がいて、何やら必死に守ろうとしているのが、遠目からでも分かる。
頑張ってほしい。
すると、ここで神裂の仲間達のうち何名かがボートを下り、熊本城の方へ歩いて行った。
城の修復作業を手伝うとの事。
彼等は専門知識でもあるのだろうか。神裂の知り合いって色んな専門家が集まってるのかも。
……もしかして、『魔術』を使って復興のお手伝いをするとか?
いやいや、あり得ないでしょ。
魔術は一般には秘匿されているものだし、そんな代物を震災復興のためとは言え大々的に使ってしまったら、それこそ公にせざるを得なくなる。
そもそも、城等の史跡は公共物に含まれ、それらは自治体の管轄だし、それを修復するとなれば公共事業と見做される訳で。
どうやって直したの? と聞かれて、魔術を使いましたなんて、馬鹿正直に言ったらどんな騒ぎになるか分かったもんじゃないし、本当の事が言えなければ、嘘で塗り固めるしか無い訳で。
よしんば魔術を公にできたとしても、個人技でしか無いものを公共工事に使えば、技術の再現が難しくなるから、色々とマズイ事になりそう。
そんな考え事にのめり込みながら、川を下って行くと……実家がある地域に差し掛かる。
そこからは、私一人で行く事とする。(ボートは川縁に停泊し、待っていてもらう)
…………。
生まれてから10年程住み続けた『我が家』は……地震で倒壊していた。
ああ、嫌だな。
もし、あたしが超能力者なら、ここで今すぐに家を元通りにできるのだろうか。
瓦礫の下に、
心の中が徐々に暗く、黒くなっていき、そのまま不安で沈みそうになる私の背後から。
「もしかして、姉ちゃん?」
聞き覚えのあるような無いような……声変わり途上っぽい少年の声が聞こえてきた。
思わず反射的に振り向くと。
目の前には、かつて同じウチに住んでいた弟がそのまま縦に伸びた様な少年が立っていた。
(てか、ちょっと見ない間にでっかくなったな、弟よ)
そして。
その傍らには、パパとママがいる。
「パパ。ママ」
私は驚くより先に、一言一言をゆっくりと声に出し。
「おかえり、涙子」
「ああ、おかえり」
「……ただいま」
そう、帰りの挨拶をするのだった。