とある佐天の裏技遊戯(ニューゲーム)   作:RB_Broader

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被災地攻防(バトル・イン・ジ・エリア・ストラック)編
魔法少女と御伽噺と魑魅魍魎(スプリーンイーター)


 私、佐天涙子(さてんるいこ)は実家の前で家族と再会を果たした。

 ──と言うのも、地元が震災に見舞われたため、留学先のイギリスから慌てて帰ってきたのだ。

 

 そして今、私達──佐天一家は避難所の前にいる。

 

「大変申し訳ありませんが、()()以外の方は、被災者の家族でも寝泊まりできないんです」

 

 そう、避難所担当の若い女性の市役所職員から平謝りされた。

 居住スペースの他、配布される食事にも余裕が無いらしく、飛び入りで来られても対応できないとの事。

 娘一人余分に増えるくらい良いだろうと思うが、私一人の特例を認めてしまうと、遠方から遠い親戚が沢山押し寄せて来ても拒否できなくなるかららしい。

(血族なら6親等以内、姻族なら3親等以内が法的に親族とされるけど、色々調べるの面倒だし)

 頭の固いお役所が决めた事なら仕方が無いね。

 まあ、わざわざ被災地に遊びに来るなんて奇特な人はそうそういないだろうけど。

(ボランティアは別として)

 

 ……と言う訳で、私はあくまでボランティアとして避難所の中へ立ち入る事が許され、ボストンバッグに詰めた僅かばかりの救援物資(一緒に来たヴァーニー達から手渡された)を両手に提げ、家族が割り当てられた居住スペースを訪れるのだった。

 

 …………。狭い。

 

 これじゃあ、精々2人分しか無い。

 3人家族だとギッチギチだし、あたしが加わると確実に容量オーバーになる。

 

 それに、エアコンが効いていないのと、人が多いせいか、ジメジメと蒸し暑い。

 この分だと、熱中症患者が出そう。

 

 ……今は、夕方5時か。夏だし、まだまだ日が高いな。

 それに熊本県は学園都市(東京西部)からずっと西の方にあるので、日没が30分くらい遅い。

 

 これからまだまだ暑くなりそうな感じ。

 夜はかなり寝苦しくなるだろうな。

 

 ……よし。ここは一肌脱ぐとするか。

 

 私は救援物資が入ったボストンバッグを家族のスペースに下ろした後、トイレに行くと言って、一旦避難所から出て、建物の裏まで行く。

 そこで、誰にも見られない様、『秘密の作業』に取り掛かるのだった。

 


 

 先ずは、地脈を手繰り寄せ、そこから『地』のテレズマを取り出す。

 

「──(かん)にして(かん)──それは重く冷たく密にして固さを与える」

 

 私の()()()()()に従い、何も無い所から『土の塊』が出現する。

 それは、手頃なヌイグルミ程度の大きさで、クマの形をしていた。

 

「……うーむ。こんなモンかね」

 

 細かいディテールまでイメージした所で、土の塊に色が付き、全身が黒と白に塗り分けられて、ほっぺに赤い丸が描かれ、少々風変わりなクマに似た『ゆるキャラ』へと変わる。

(……白黒でもパンダではない。そして、どんなキャラか分かっても言ってはいけない)

 

 続いて、微風から『風』のテレズマを手繰り寄せて、土の塊へ流し込みつつ。

 

「──(おん)にして湿(しつ)──それは多孔質にして軽さと希薄さを与える」

 

 ()()()()()を唱えた直後、それまで形を保っていた土の塊は、砂の如くサァッと崩れた。

 

 …………。

 ありゃりゃ。失敗か。

 匙加減を間違えた……いや、間違えたのは手順のほうか。

 よし、もう一度。

 

 気を取り直し、再び作業を始める。

 今度は手順を変えてみる。

 

 先ずは、地脈から『地』のテレズマを、湿気から『水』のテレズマを取り出し。

 

「──寒にして乾。なれど、寒にして湿──それは重く冷たく密にして()なれど適度な柔らかさを与える」

 

 少し複雑に唱えた()()()()()に従い、粘土の塊が出現し、徐々に形が整えられる。

 

 続いて、微風から『風』のテレズマを手繰り寄せ、粘土の塊へと流し込みつつ。

 

「──加えて、少々の温にして湿──それは多孔質にして軽さと希薄さを僅かに与える」

 

 ()()()()()を唱えた直後、粘土はまるで炭酸でも混ぜた様に膨らみ始め。

 

「……ッ!! 寒にして乾!! ──それは重く冷たく密にして固さを与える!!」

 

 慌てて別の()()()()()を被せた事で膨らみが止まり、少々ブクっと太った不格好なクマの置物が出来上がった。

 

 ……ふぅ。あぶなッ!

 危うく破裂して、佐天さんの綺麗な制服が泥塗れになるところでしたよ。

 

 まあでも、目論見通り、『多孔質の土器』になったので、良しとしますか。

 火を起こして普通に焼くと言う方法もあるにはあるが、こんな暑い日に熱くなるのは嫌なので、空気を入れて乾燥させる方法を採ったのだ。

 

 そして、仕上げに……いや、これは後にしよう。

 この場で仕上げられない事も無いけど、家族の目の前でやったほうが色々とインパクトが出る。

 


 

 避難所に戻って来た私は、とっておきのお土産と称し、作ったものを家族に披露した。

 それは、発泡スチロール製の土台の上に乗せられていた。

 

「じゃじゃーん! 涙子特製──『○○モン』の置物でーす!」

「……姉ちゃん、ヘタクソ」

 

 弟よ、酷い言い様だな、全く。

 

「それに、片目だけ白目剥いてて何だかキモイ」

 

 よくぞ、そこに気付いてくれたな、弟よ。

 ……いや、始めからそうさせるつもりだったんだけど。

 

「じゃあ、最後の仕上げはアンタがやりなさい」

 

 私は弟にそう命令する。

 が、弟はあまり乗り気じゃない様子。

 

「サインペンで()()()()()引くだけでいいから」

 

 そんな弟に対し、簡単な作業だと説明しつつ、ペンを手に握らせる事で、渋々やらせるのに成功した。

 もちろん、一発勝負で失敗は許されないので、線を真っ直ぐ引き易い様に、白目の中に縦一本の溝を入れておいた。

 

 そんな私の真剣さが伝わったのか、いつもならふざけてわざと間違えたりしそうな弟は、いつに無く真剣となり、綺麗な縦一本の線を、真っ白な片目の真ん中に描き込んだ。

 

 その瞬間、弟の体から『魔力』のニオイが感じられたのを合図とし、私は完成したクマの置物に地脈を流し込む事で、『ギミック』を発動させる。

 

『シュゥゥゥ……』

 

 何やら、置物から微かに音が聞こえる。

 と同時に、ドライアイスの煙の様なものが上がり始め、表面が白く煤けていく。

 

 早速、()()()()()様子。

 

「?? ……何だか、ひんやりする」

 

 冷たい空気が流れて来たのか、弟がそんな感想を漏らしつつ、置物に触ってみる。

 

「……うわっ! 冷たッ!」

 

 そして、冷凍庫に入った氷の塊みたいな予想外の冷たさだったのか、慌てて手を離す。

 

 でも心配は要らない。

 もし間違って触っても、くっ付いてしまわない様に、多孔質で乾燥した材質にしたのだから。

 つまり、多孔質の土器で作ったクマの置物の片目に『氷のルーン(Isaz(イサズ))』を刻んで染める事で、絶対に温くならない『万年氷』の置物──即席の魔術的な冷房器具を作り上げたのだ。

 

「これは『学園都市の技術』だから、他所の人には内緒だよ?」

 

 とりあえず、こう言い含めておけば、魔術だとバレないし、他人の手に渡る事も無いだろう。

 もし要らなくなったら、()()()()()()()()から処分するように、と言っておくのを忘れない。

 一先ず、これで家族が熱中症になる心配は取り除かれたと言う訳だ。

 

 ……そろそろ夕食の時間なので、ボランティアの私はお(いとま)する事とした。

 避難所の食事は限られてるし、3人分しか出ないから、分けて貰う訳にはいかないのだ。

 

 そんな私や家族の事を、後ろから『何者か』がずっと見ていたのに、私は気付かなかった。

 


 

 避難所から川縁の合流地点まで私一人で帰るのは淋しいけど、仕方が無い。

 と思っていたら、パパが一緒に付いて来てくれるらしいので、お言葉に甘える事にした。

 

「一度は学園都市に送り出したとは言え、一人娘の夜歩きは心配だからな」

 

 との事だ。

 ……まあ常識的に考えればそうなるよね。

 あたしの場合、プロの魔術師相手でも無い限り、心配要らないんだけど。

 

 先ずは、避難所から実家へ戻る。

 震災のせいで所々道路が寸断されたり瓦礫の山となっており、地図通りの道順で進めなくなっている上、空は薄暗くなっているため、避難所から合流地点まで直行するより、一旦避難所から実家を経由するほうが来た道を戻るので分かりやすいのだ。

 

 そして、実家に着いた私とパパの目の前には。

 

「……あん? 何見てんだ?」

 

 見るからに柄の悪そうなチンピラ然とした『怖いお兄さん達』が屯し、瓦礫を漁っていた。

 

 ……火事場泥棒か。

 東日本の時も出たらしいけど、ホントどこにでもいるのな。

 って、あたしん家かよ!?

 

 そんな感じでギョッとしている私とパパの目の前に、チンピラ達の中から一人の優男が現れる。

 

「……おや、これは失礼しましたっす。ここの家にお住まいになられている方々っすか? 俺達、震災ボランティアで、この町の被害状況を調べに来たんす」

 

 確かに言われてみれば、野良仕事に向いてそうな格好をしている男衆が何人かいるけど。

 まあ、この程度の『口から出任せ』に騙される程、この佐天さんの嗅覚は鈍くは無い。

 ……さて、どうしてくれようか。

 

「ああ、ボランティアの方でしたか。お勤めご苦労さまです。それじゃあ」

 

 そう思った矢先、私の動きを遮る様に、パパが愛想笑いを浮かべ、適当に流してしまう。

 そして、そそくさと実家の前から立ち去ろうとするのだった。

 

(ちょっ……なんで?)

(いくらパパが強くても、お前を守りながらじゃ、あんな大人数と一遍にケンカなんかできない。一先ず退くんだ。後で警察に通報するから)

 

 パパの判断は正しかった。

 それを聞いた私は納得し、一緒にその場から立ち去ろうとした。

 

 ……のだが。

 

「おい待て」

 

 瓦礫の上に乗っているチンピラ達の中にいる、強面のボスみたいな男が私達を呼び止めた。

 

「ちょっ、センパイ……」

 

 優男が冷や汗を流しながら、そう呻くも。

 

「こいつら避難所にいる被災者だろ? (ツラ)見られた。警察(サツ)通報(チク)るか、避難所で俺らの事バラすに違いねぇ。そうなったら、やりづらくなる。……()()()()()()()

 

 そう、冷徹に言い放つ。

 ……逃げ道は塞がれた。何もしなければ、()()()()

 

 奥の方にいた男達が、やおら立ち上がり、バールの様な物を手に取り、こちらへ向かってくる。

 手前にいる優男も、嫌そうな顔をしつつ、懐からバタフライナイフを取り出す。

 

「こっちの嬢ちゃんもやるんすか? 可哀想なのはカンベンっすよ……」

「どうせ被災してんだ。俺ら他所者と違って、災害に巻き込まれたのと区別付かねぇ。男のほうは足を滑らせ川に落っこちて水死。ガキのほうはクスリ打って壊してから売れば、アシは付かねぇ」

 

 身の毛もよだつ様な悍ましい会話が聞こえてくる。

 ただのコソ泥ってレベルじゃない。本物の犯罪者達の会話だ。

 ……ここは、あたしが戦うしか無いのか。

 

(……涙子。お前は逃げろ)

 

 えっ!?

 

(大丈夫だ。お前は警察に通報しろ。そして、家族に連絡して、市の職員にも知らせるんだ。それまでパパは持ち堪えてみせる)

 

 や、止めてよっ!!

 あんな恐ろしい連中相手に、パパが一人で戦って、生き残れる訳ないじゃん!!!

 

「一緒に逃げようよ、パパ!!!」

 

 私が半分涙目になりながら、そう呼び掛けるも、パパは動こうとしない。

 そして、私を避難所の方へ突き飛ばそうとする。

 

 が、本能的に、その手を避けた私は、パパの前にしゃしゃり出て。

 

「あたしが戦うから、パパは逃げて」

 

 底冷えする様な低い声で、パパの言い分を全否定する。

 

「!? な、何言ってるんだ!? 馬鹿な事を言うな!!」

 

 いきなり『突拍子も無い』事を言われ、娘の気が動転したとでも思ったのか、ギョッとした顔をしながら、震える声で呻く父親を他所に。

 

 あたしは。

 

「──イェザレル。(I.Z.L.)己が『欲望』のままに、(A.I.L.)火の蛇を解き放て(U.S.O.F.)

 

 もしもの時のため、リュックから何枚か取り出しポケットの中に忍ばせておいた『鉛のケース』入りのテレズマ・カードを1枚だけ取り出し。

 阿蘇山へと流れ込む地脈の一つから『火』のテレズマを手繰り寄せ、拝借しつつ。

 明白なる御名(シェムハメフォラシュ)を唱える事で、イェザレルの力──『巨大な炎の蛇』を顕現させるのだった。

 

 ……もう、後先考えるのは止めだ。

 魔術の事がバレたって構いやしない。

 ()()()()より、パパが死んでしまうほうがずっと嫌だ。

 

「……涙子、お前。()()は一体……何だ? お前が、出したのか??」

 

 後ろの方から、パパが茫然とした様子で尋ねてくるのが聞こえるが、それどころじゃない。

 目の前のチンピラ男達の方を見ると、皆一様に口をポカンと開けたまま、夕闇の中で眩く煌めく巨大な炎の蛇を見上げながら、固まっていた。

 

「……あたしは、学園都市・柵川(さくがわ)中学1年、佐天涙子だ!!! 覚えておきなさい!!!」

 

 スゥッと息を吸い、私は大声で啖呵を切る。

 それを見た男達は一斉に怯えた顔となり。

 

「こ、こいつ……超能力者だぁぁぁーーー!!!!!!」

 

 奥にいたチンピラの一人がそんな悲鳴を上げ、一目散に逃げ出したのを皮切りに、他のチンピラ共も次々と逃げ出して行き、手前で腰を抜かして尻餅付いてへたり込んでいた優男も、遅れる形で逃げて行った。

 

 ……ふぅ。

 これで終わりか。

 

 そう思った矢先。

 

 ──ゴバァァァァッッ!!!

 

 私が出した『巨大な炎の蛇(イェザレル)』が、白い閃光の様な爆発によって消し飛ばされ。

 

 ──ズガガガガガッッ!!!!

 

 続けて、暗くなりかけの夕闇の空から、スコールを数十倍強烈にした様な『水の矢』が雨霰(あめあられ)の如く降り注ぎ、逃げようとしたチンピラ共を一人残らず叩き潰したのだった。

 

 ふと、『ニオイ』がしたので、反射的に後ろを振り向くと、そこには──

 

 純白のドレスを身に纏う金髪少女が、太太(ふてぶて)しい笑みを浮かべつつ、『(カップ)』を掲げた格好のまま颯爽と立っていた。

 

 ……何だコイツ??

 見た目、小学生くらいに見えるけど。それにしては、随分態度がデカいな。チビの癖に。

 

 で、コイツがあたしの『火の蛇』を掻き消して、水鉄砲を機関銃みたいに上から乱射する事で、チンピラ共を一掃したのか。

 

 手には『杯』の様な『杖』が握られている。……と言うか、さっきと形が変わっている?

 そして、何となく『短剣』の様にも見える。

 

 (カップ)……(ワンド)……短剣(ソード)……象徴武器(シンボリックウェポン)??

 まさか……コイツ、あたしと同じ『魔術師』!?

 

「やあ。私はレイヴィニア=バードウェイ。お前が『超能力者』と呼ばれるのなら、さしづめ私は『ハイパーウルトラ超能力者』とでも呼ばれるのが相応しいか」

 

 そいつは、私とパパを大上段から見下ろす格好で、鈴を鳴らす様な幼い声に似合わない偉そうな口調で、そう名乗りを上げるのだった。

 


 

 あれから、私とパパは避難所に戻り、市の職員に『火事場泥棒』の件を伝えた。

 もちろん、『魔術』を使って撃退したなどとは口が裂けても言えないし、たとえ言っても信じて貰えないだろうから、『通りすがりの能力者』が『水流操作(ハイドロハンド)』で退治してくれたとだけ伝えた。

 まあ面識の無い赤の他人、しかも魔術師を匿う理由も無いので、『金髪の西洋人の女の子』と、正確な特徴は伝えたし、そもそも能力者じゃなく魔術師なので、それで学園都市の書庫情報(バンク)を調べられても身バレする心配は無いだろうけど。

 

 と言うか、あのガキ、言いたい事だけ言って、こっちの話も聞かずにさっさと姿を消してしまいやがんの。

 何が──

 

「お前の()()は『魅せ技』か? 素直にビビってくれる一般人(シロウト)相手で運が良かったな。もし錯乱でもされて、銃でも撃たれてみろ。お前程度じゃ命がいくつあっても足りないだろう」

 

 ──だ!!!

 

 ムッカつく~~~~~~!!!

 

 ……そりゃ、確かに後先考えて無かったし、あの術式で脅し掛けて何とか追っ払う事しか考えて無かったけど。ましてや実際に炎で攻撃して焼くなんて、恐ろしくて考えも付かなかったけど。

 

 もし、あのガキみたいに水の術式を使っていたら?

 あたしがテレズマ・カードで扱える水属性の術式は『戦車』(水の柵)、『死神』(水の魚)、『月』(水の後頭部)の3種類のみ。

 その中で大人数の相手を一度に制圧できるのは、『水の魚』を大量に飛ばす『死神』のみ。

 ただ、あの術式は文字通り『水の魚』で『死』に追いやるものなので、手加減ができない。

 もう一人の自分(ハディト)になった時、暴走したテレスティーナ相手に使ったのみ。

 しかも、そのカードは今の所切らしているため、テレズマ充填するまで使えないし、充填できるのは10月末からの1ヶ月間で、まだまだ先の話。

 

 となると、象徴武器を用いた属性魔術で攻撃するしかなくなるが、一度に大人数を(死なない程度に手加減して)制圧できる様な大規模な攻撃を出せる程の練度は無い。

 

 …………。

 

 何なんだアイツ。

 まだ年端も行かないあんなチビが、あれだけの魔術を扱えるなんて。

 しかも、あたしのとっておきの『火の蛇』を、白い爆発で、たった一撃で粉砕するとか。

 バケモノか。

 

 ……まさか、あたしと同じ、『どこかで憶えた知識』の持ち主!?

 いやいや、もし仮にそうだとしても、練度がダンチ過ぎる。

 アイツからは、熟達した魔術の『ニオイ』がプンプンする。

 金髪の白人(多分イギリス人)、そして属性魔術──オーソドックスな『近代西洋魔術』。

 十中八九、『黄金系』だろう。

 

 …………。

 あたし、もしかして、嫉妬してるのか。

 能力開発では無能力者(レベル0)として、御坂(みさか)さんや白井(しらい)さんみたいな凄い人達と大きく差を付けられていて、その上、魔術でもずっと上がいて、大きな差を見せ付けられているから。

 

 はぁ……力が欲しい。

 ただ闇雲に誰かを傷付けたり、力を誇示するためじゃなく。

 誰も傷付けず、恐ろしい敵さえも大人しくさせて()()()()()事のできる『強い力』が欲しい。

 だって、力不足なのは悔しいじゃん。

 

 ……どうすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()??

 考えろ。考えるんだ。

 

 …………。

 

「おい、涙子。元気出せ」

 

 と、ここで、パパにいきなり後ろからポンと肩を叩かれると同時に声を掛けられ。

 

「うぁッ!?」

 

 と呻き声を上げてしまう。

 

 避難所の家族スペースで三角座りする私の後ろにはパパとママがいて、目の前には弟がいた。

 弟は考え事に没頭している私の顔をジーッと見詰め、ママは私が火事場泥棒に襲われたショックで塞ぎ込んでいると思い心配していた。

 そして、パパはと言うと──私が同じ学園都市の能力者に差を見せ付けられて落ち込んでいると思っている様なのだ(半分くらいは当たっているが)。

 

「パパは、お前の力は凄いと思ったぞ。だが、上には上がいるんだな。まあ気を落とさず頑張れ」

 

 そう励ましてくるが、ちょっとだけ同情入ってるのが分かるから、却って惨めになるんだよね。

 くそう、腹立つー。あたしの見せ場を返せーっ!

 


 

 結局、私は避難所で一夜を過ごす事となった。

 火事場泥棒が出没する状況で、川縁までの夜道を歩くのは危険と判断されたからだ。

 ヴァーニー達には既にメールで連絡を入れてあるので、すぐに神裂(かんざき)達にも伝わるだろう。

 

 ……と言うか、家族の無事を確認できた時点で、もうあたしのやる事って無いんだよねぇ。

 このまま明日にでも避難所を出て、一旦、学園都市に帰るかな。

 普通に飛行機でイギリスに戻るよりも、学園都市の第二十三学区から超音速旅客機で飛ぶほうが速いだろうし。

 

 何より、震災の影響で水道が止まっているため、避難所でも生活用水に余裕が無く、シャワーを浴びるのさえ順番待ちらしいし。

 しかも、あたしは避難民じゃないから、家族の誰かに順番を譲って貰わないとシャワーを浴びる事もできないし、そんな形で家族を困らせたくはない。

 なので一晩過ごしたら、さっさと出て行ったほうがいいだろう。

 そんで、急いで学園都市に戻り、寮でシャワーでも浴びて一休みして、またイギリスに行くか。

 

 そんな事を考えながら、私はウチに割り当てられた救援物資の毛布に包まろうとしたのだが──

 

「……うーん……おねえさま……そのアイスは、ぜんぶミサ……のです……あげません……」

 

 ──?!

 

 ななな、なんで、この子が……ここにいるの!?!?!?

 

 捲った毛布の中に、隠れて何やら寝言をブツブツ言いながらグッスリ眠っている黒髪少女ミサの姿を見付けた私──佐天涙子の顔は、ムンクの叫びの様になっていた。

 


 

『涙子、その子は誰なの?』

『えーと……その……迷子で……』

『迷子!? それならすぐ市役所の人に知らせないといけないな』

『……ミサ……は、マイゴじゃありません……』

『迷子じゃないだって? 一体どう言う事だ?』

『姉ちゃん、もしかして誘拐?』

『ちょっ、違ッ……!』

『そうなのか? ……悪い事は言わん。自首しろ』

『そ、そんな…………涙子ッッ!! ママはアンタをそんな子に育てた覚えは無いわよ!!』

『って、あたしの話を聞けぇぇぇぇーーー!!!!』

 

(以上、脳内予想終わり)

 

 …………。

 やっぱ家族に正直に話すのはよそう。

 もう色々とこんがらかり過ぎて説明するのも面倒だし。

 

 とりあえず、もうじき消灯時間だから、皆が寝静まっている間に、この子を抱えてこっそり抜け出して、ヴァーニー達の宿泊場所まで行き、この子を置いて帰って来るしかない。

 向こうもこの子がいつの間にかいなくなって探してるだろうし。

 

 イギリスから帰って来たばかりで時差ボケが治っていないのか、まだ全然眠くないし。

 用心のため『神隠しのルーン(Ansuz Gebō(アンスズ・ギーボ))』を刻んでおけば、変な奴に出くわす心配も無いだろう。

 

 と言う訳で、私はミサを毛布に包んだ状態でおんぶしたまま、避難所の家族スペースから抜き足差し足で音を立てずに抜け出し、他所の人のスペースに入り込まない様用心しながら、避難所から脱出したのだった。

 

 ……ああ、重い。

 おんぶ紐が欲しい。

 って、あたしゃこの年で母親かよ!

 

 そんな感じで、心の中でブツクサ言いながら、避難所の外をグルリと見回す。

 震災の爪痕なのか、道路が所々亀裂が走っており、注意して歩かないと躓いてしまいそう。

 街灯も半数以上が断線しているか倒れているため、表通りもいつもより暗い。

 夜空の月は満月に近いので、その分明るいのが唯一の救いか。

 

 ……ん?

 スカートのポケットの辺りが何だか光ってるような……って、着信ランプ?

 

 ポケットからスマホを取り出し、通知を開いてみる。

 

 ヴァーニーからメールが来てたのか。

 どれどれ……。

 

『そっちにミサ行ってない? もし彼女を見付けたら連絡して』

 

 ええ、ええ。ちゃっかり付いて来てましたよっと。

 

 一応返信しておくか。

 

 さて。ヴァーニー達が泊まっているのは……。

 

 ここで、私はスマホのメーラーを閉じて、方位磁針アプリを開く。

 そして、リュックから紙の地図を取り出し、スマホの懐中電灯をONにし、地図を照らす。

 地図は地図アプリでも見られるが、充電の減りが速くなるので、極力使わない。

 ヴァーニー達から予め聞いておいた宿泊場所の地点に印を打ってあり、さらに方位磁針アプリに従い、そこに向かうだけでいい。

 

 場所は──阿蘇くまもと空港(熊本空港)。

 

 スニーカーには『騎馬のルーン(Raiđō(ライゾ))』を刻んでおいたので、自転車並のスピードで一足飛びに進む事が出来る。

 ただ、道路は半壊している箇所が多く、夜道は暗いので、なるべく明るくて開けた場所を選んで行く事とする。

 

 ……とは言ったものの、改めて地図を眺めてみると、熊本市って結構河川が多いのな。

 実家に住んでた頃は気にもしなかったけど。

 通っていた小学校は白川(しらかわ)の近くにあったし、行動範囲も学区内だけだったから、他にも沢山川があるなんて普段は意識もせず、忘れてしまいがちになってた。

 足元に気を付けないと、真っ暗な道に見えていた場所が川面だったりして、そのまま飛び込んで溺れてしまうなんて事になりかねない(しかも水に入った途端スニーカーに刻んだルーンが消えて脚力強化が解除される危険性が高い)ので、なるべく水辺から遠く離れた場所を通って行きたいのだけど……。

 この分だと、空港までの間に何度も川を飛び越えたり橋を渡ったりする必要が出てくる。

 川に落っこちない様に足元をよく見て進むしかないか。

 ……朝までに避難所に戻れるだろうか。

 

 数々の不安を抱えつつも、私はミサを背負ったまま、駆け足で空港へ向かって行った。

 


 

 私、佐天涙子がミサを背負ったまま、空港へ向かって走る事小一時間。

 熊本東バイパスを通り、加勢川(かせがわ)流域の江津湖(えづこ)に面した『江津塘(えづども)』(加藤清正(きよまさ)公が築いた堤防)を通り過ぎた所で、向かって右側──つまり下流の方から微かに不気味な声が聞こえてきた。

 

『……ぁず……ぁらぉか……ととっ……ぉぅか……ゃくゃく……く……』

 

 あそこは──熊本市動植物園がある下江津湖(しもえづこ)の東側の埋立地へ続く、川岸の釣りスポットか。

 

 ……ああ言う行楽地って、毎年誰かが『行方不明』になってるもんだよね。

 水辺だし、()()()()()が色々と()()()ではある。

 足を踏み外したりして落っこちない様に気を付けないと。

 

 と、ここで、私の嗅覚が『獣臭いニオイ』を微かに嗅ぎ取る。

 さらに。

 

『……あずき洗おか……人取って喰おうか……シャクシャクシャク……』

 

 微かだった不気味な声が、よりハッキリした『歌』として、耳に入ってくる。

 まさか……『妖怪・小豆(あずき)洗い』!?

 

 い、いやいや。妖怪だなんて、そんな迷信(オカルト)の産物が、この世にいる訳が……。

 きっと、誰かの悪ふざけか何かだろう。

 被災地で人も亡くなってるだろうに、不謹慎だなあ。

 

 そう思った私は目を背けつつ、先を急ごうとした矢先。

 

 ──ゴパァァァァ!!!

 

 水飛沫を思いっ切り強烈に変えた様な轟音が右後ろから聞こえ、何かが飛んでくる気配を感じたため、背中のミサを守る様に、身を翻しつつ(進行方向を変えないまま)後ろへ飛び退く。

 ……と、その直後。

 

 目の前を、アメリカザリガニが後ろ向きに、弾丸の様な速さでビュンと通り過ぎて行った。

 

 ……何で、ザリガニ?? と言うか、(あっっっぶ)な!!!

 この子(ミサ)に当たりでもしたらどうすんの!?

 

 飛んで来た方向を見ると、川縁(かわべり)にポツンと人影の様な何かが蠢いていた。

 

 あれは──人面犬……いや、その逆──『犬人間』!?

 

 そいつは、人と同じシルエットにも関わらず、全身毛むくじゃらで頭には犬の耳が生えており、焦点の定まらない真っ暗な目でこちらを見上げ、口をダラリと大きく開けた化け物だった。

 

 !!! ……喰われる!?

 

 そもそも、あれの正体が一体全体何なのか──

 超自然的な存在、妖怪変化か魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類なのか。

 あるいは科学的な存在、生命を弄ぶ非道な実験の末生み出された遺伝子操作の産物なのか。

 はたまた魔術的な存在、頭のイカレた魔術師によって生み出された魔法生命体なのか。

 ──そんな根本的な疑問を差し挟む暇も無いまま、直感的に身の危険を感じた私は、間髪入れずポケットから鉛のケースに入ったカードを取り出し。

 

「──ヴェフエル(V.H.V.)己が『欲望』のままに(A.I.L.)火の蛇を解き放て(U.S.O.F.)

 

 ()()()()()を唱える事で、()()()()()()に『火の蛇』を顕現させ。

 上から覆い被せる形で一気に燃やし尽くそうとした、その矢先。

 

『──ッッッ!!!』

 

 そいつは咄嗟に、目にも留まらぬ速さで地面を掘り、そのまま地中へ潜ってしまう。

 

 しまっ……逃げられた!?

 

 ……と思ったら、いつの間にか川の中へ潜り、物凄い速さで上流まで泳いだのか、道路を挟んだ反対側(上流側)の川面から頭を出し。

 

 ──ヒュンヒュンヒュン!!

 

 今度は、川で獲ったと思われるエビを数匹、石礫(いしつぶて)の如く投げ付けて来た。

 

 ……これを防ぐ術は無い。火の蛇は道路を挟んだ反対側(下流側)にいるから、間に合わない。

 体を伏せて避けるにしても、背中にはミサがいるので、もしかしたら当たるかも知れない。

 だったら……!

 

 私は咄嗟にミサを背中から落とし、両腕で素早く受け止め、そのまま覆い被さる様に身を屈め、亀の様な姿勢となり、ミサを守る形で地面に伏せる。

 

 直後、背中すれすれを何かが通り過ぎたが、当たった感触は無い。辛うじて避けられたらしい。

 川面から道路まで高さがあるお陰で、死角の中に逃れられた模様。

 

 すると、道路の下から水をバシャバシャと掻く音が聞こえてくる。

 また川を泳いでどこかへ移動しているのだろうか。

 

 ……と、思ったら。

 

『──()()()()()()()()()!!』

 

 下流側の埋立地に戻った犬人間が()()()()()()を発した次の瞬間、そいつが掻き上げた地面の中から、何やら固い岩盤の破片の様なものが次々と飛び出し、こちら目掛けて飛んで来る。

 

 ──!!

 

 危険なニオイがしたので、ミサを素早く拾い上げ、思いっ切り前へ駆け出す。

 

 すると。

 

 ──ガギガギガギゴグガギャガンッッッッ!!!!!

 

 道路を斜め下から突き破る形で、謎の金属片が雨霰の如く、飛び出して来たのだった。

 

 粉々になったアスファルトの粉塵が砂埃となり巻き上げられるのと同時に、月明かりに照らされ漆黒の中に際立つ光沢を放つ何かがヒラヒラと宙を舞う。

 

 これは……黄金(こがね)色の……小判!?

 

 あの犬の化け物……地面から何かを掘り出してる様に見えたけど、大判小判がザックザクって、お伽噺に出てくる忠犬かよ!

 

 って、このまま敵の攻撃に見とれてる場合じゃない!!

 追撃が来る前に、さっさとあれを沈黙させないと!

 

()()()()()()()()()!』

 

 ……来る!!

 

「──()()()()()!!」

 

 咄嗟にそう叫んだ私の声を合図に、体のサイズを巨大にした火の蛇は犬人間をグルリと取り囲む様にとぐろを巻き、地面から掘り出される大判小判の飛び道具を一つたりとも漏らさずブロックし燃やし尽くす。

 

 攻撃が通らないのに加え、炎に囲まれた状況を悟ったのか、犬人間はすぐさま掘った穴から地中へ逃れ、さらに川の中へと潜水し、再び上流へ逃れようとする。

 

 ……が、そうは問屋が卸さない。

 そいつの後を追う形で、火の蛇が体を細くしつつ地中へ潜り、さらに川の中まで体を伸ばして、犬人間の片足、いや後ろ足一本に尻尾を巻き付けて放さなかった。

 

 水の中なら炎の攻撃が通じないとでも思ったか。

 魔術の炎は物理的な炎とは違う。()()()()()()()()()()()()()のだ。

 しかも()の性質を併せ持つから、水中はむしろ格好の独擅場(どくせんじょう)ですらある。

 

 ……もう逃さない!! 観念しろー!!!

 

 火の蛇は体を地中に引っ掛けたまま、犬人間を水中から引き戻した後、そのままの勢いで地面の穴から引き摺り出し、全身を締め上げた状態で火達磨に変えたのだった。

 

 全身を炎に包まれ、白目を剥いたまま大口を開け、徐々に黒焦げへと変わっていく犬人間。

 化け物でも命ある存在だろうに、と少々心が痛むも、先に仕掛けて来たのは向こうなのだから、あくまで正当防衛に過ぎないのだと思い直し、私は力を緩めず、敵を仕留めに掛かる。

 

 だが、次の瞬間。

 

 犬人間の口の中から、ぬるり、と。

 一人の老人男性の体が、柔らかいコンニャクか何かの様に、滑る様に這い出てきた。

 

 その様子を見た私は、ほんの一瞬、その老人が犬の化け物に丸呑みにされた『被害者』なのかと疑ったが──その顔に浮かぶ『底意地の悪い笑み』が、その浅はかな考えを即座に打ち消した。

 

 暗いせいで見づらいが、全体的に青みがかった鈍色系の色合いの、昔話によく出てくる典型的な『お爺さん』の服装だった。

 それも、全体的に嫌悪感を誘う顔立ちと配色の組み合わせから察するに、『意地悪爺さん』か、あるいは『欲張り爺さん』のイメージか。

 

 ある程度体が出た所で、勢い良く一気に飛び出した爺さんは、その見掛けによらず卓越した身体バランスで、クルリと一回転宙返りした後、片足で難なく着地し。

 懐から笹の葉に包まれた美味しそうな握り飯を一個取り出して、そのままペロリと平らげる。

 

「……むほ。良い焼き加減ぢゃ。『えのころ(めし)』と呼ぶには少々味気無いがの」

 

 そして後ろを振り返り、黒焦げになった犬の化け物の『死骸』を見ながら、そんな事を言う。

 

 えのころ飯──聞いた事がある。

 鹿児島(薩摩藩)の郷土料理と言われ、江戸時代に食べられていたとされる『ゲテモノ料理』。

 初めて聞いた時、すぐには信じられず、あまりの残酷さに思わず吐き気を催したっけ。

 その詳しい作り方は──思い出すだけで気分が悪くなるけど、さっきの状況で(たと)えるなら、料理の『中身』に当たるのが爺さんと握り飯で、『包装材と調味料』が犬の化け物って事になる。

 

 と言うか、あの犬の化け物……丸焦げになったとは言え、骨も残さず薄皮程度しか残らないのは流石に奇妙だ。

 そもそも、()()()()()()()()()()()()??

 ……前提から間違えてる??

 

 つまり、アレの正体は犬の化け物などではなく、怪しい爺さんが犬の毛皮を被っていただけ?

 

「飯を喰ろうたが、()()()()欲しくなってきた所ぢゃ……そこに()()()()が1匹ずつおるのう」

 

 そう口走ったジジイの眼光が怪しく閃き、私とミサへ向けられる。

 

 ……げ。

 タゲられた。やっべ。

 アレは(まさ)しく『捕食者』の目だわ。逃げよう。

 

 私がビビって背を向けて逃走を始めるのと時を同じくし、ジジイは握り飯の入った笹の葉包みを紐で括り、腰にぶら下げた後、背中から一振りの大鉈を徐に引き抜く。

 ……と同時に、ツギハギだらけの古びた着物の上半分がビリビリと真っ二つに裂け、中から膨れ上がった筋肉に包まれた上半身が露出し……初っ端から一気に全速力(トップギア)で走り出す。

 

「ほっほ。お主……()()()ぢゃろ?」

「……ッッ!?」

 

 背後から聞こえたジジイの言葉に、私は背筋を凍り付かせ、喉が一気に干上がる。

 

 やっぱり。

 犬人間の格好だの、ゲテモノ料理だのに惑わされてたけど、()()()は魔術だったか。

 しかも、あたしが魔術を使った事もバレてる。

 と言うか、この分だと、術式の構成も幾らか暴かれてるな、こりゃあ。

 

 って、感心してる場合じゃない!

 あたし全速力で逃げてるのに、しかも『騎馬のルーン』で脚力強化してるのに、それに易々と追い縋ってくるって一体全体どう言う事なの?

 ターミネーターかよっ!! あのチャンバラ聖人でもあるまいし!!

 

「近代西洋魔術……タロットを用いた明白なる御名(シェムハメフォラシュ)と、北欧ルーンの併用ぢゃな?」

 

「しかも『8と11の交換理論』により『正義』と『剛毅』が入れ替わっておる。つまりは伝統的な『マルセイユ版』ぢゃのうて『ウェイト版』──『黄金の夜明け』のタロット理論ぢゃろう?」

 

 ひぇえええええ~~~~!!!

 怖いよ~~~~!!!

 

 走りながら普通に喋りかけてくるだけでも尋常じゃないってのに、それに加え、あたしの術式や使っているタロットが黄金系だってのもバレちゃってるぅー!!

 

「……お主ぢゃろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 …………。

 へ???

 

 唐突に、怪しいジジイの雰囲気が敵意を帯びた鋭いものへと変わった。

 

 しかも、何だかよく分からないうちに、あたしがこのジジイを狙っていると勘違いされてる!?

 んなアホな!!!

 

 あたしはこの子(ミサ)を友達の所に送り届けるため、必死こいて走ってただけですよぅ!!

 ここで会ったのはただの偶然ですってばぁ!!

 

 もうやだぁーー!!!

 学園都市に帰りたいー!! 初春(ういはる)助けてー!!

 

 ほとんど泣き顔になりながら、私はミサを背負ったまま、無我夢中で逃げ続ける。

 その時。

 

 ──ズドムッッッ!!!

 

 後ろから、砲撃の様な音が轟いたため、反射的に後ろを振り向くと。

 

 大鉈を持った上半身肥大化マッチョジジイが、横合いからの『白い爆発』をまともに喰らって、体をくの字に折り曲げた状態で吹き飛ばされていた。

 

「──ようやく居場所を突き止めたと思ったら、()()()()()までくっ付いてくるとは。いやはや、どのタイミングで仕掛けようか迷ったぞ」

 

 その()()()()()()()()()()()()()のした方へと振り向くと……。

 

「また会ったな。下級能力者(ニオファイト)。この私を忘れたとは言わせんぞ」

 

 道路脇にある高齢者施設の屋根の上に、天才魔術師少女・レイヴィニアが立っていた。

 

「そして小汚い欲深クソじじい。この私こそが──()()系魔術結社『明け色の陽射し』の首領(ボス)──レイヴィニア=バードウェイだ。ちなみに魔法名は『Regnum(レグナム)771』──その意味は『王権を支配する』。冥土の土産に胸に刻んで()け」

 

 吹き飛ばされた先(反対側の道路脇)で倒れて全身をピクピクと痙攣させているジジイに向け、プライドと才能の塊の様な高慢ちき少女は、罵倒混じりに上から目線で名乗りを上げるのだった。

 

 ……って、また見せ場を取られた!?

 最近こんなんばっかな気がする。もうやってられないよ全く!

 

「うーん……なんなんですか……せっかくアイスをぜんぶひとりじめにして、おいしくいただいていたところだったのに、きゅうに『だいいちい』のしょうねんがらんにゅうしてきて、ミサ……のアイスをよこどりして、ぜんぶひとりじめしたあげく、せんしゃやミサイルがバンバンでてきて、まるでせんそうでもはじまったみたいな……って、ここはどこですか?」

 

 そんな中、怒涛の展開に置いてきぼりだった私の背中で目を覚ましたミサが、目を白黒させつつキョロキョロと周りを見回しながら、一人状況が掴めないまま、そんな寝言混じりの呑気な台詞を吐くのだった。

 




解説1:
 黄金系魔術結社『明け色の陽射し』の首領・レイヴィニア=バードウェイについて。
 外伝『とある魔術の禁書目録SP』の第1話に初登場。
 神裂火織編第6話(外典書庫1に収録)にも登場。
 本編では22巻から登場。

 白い爆撃は『召喚爆撃』と呼ばれる形の無い純粋なエネルギーの爆発による攻撃術式。
 直径10メートルにも及ぶ爆発のため、直撃すれば命は無い。
 幻想殺し(イマジンブレイカー)でも打ち消し切れない程の質を持つ。
 今回使ったのは、巨大な炎の蛇を消滅させるための直撃と、欲張り爺さんを撃退するために少し離れた場所で爆発させ、横殴りの衝撃波を叩き付ける手加減ありの攻撃の2種類。

 雨霰の如く降り注ぐ水の矢は、水の属性魔術。
 属性に応じて様々な形となる専用の象徴武器『剣と杯の杖』を用いる属性魔術の一つ。
 その威力は極めて強力で、幻想殺しでも打ち消し切れない。
 術式の威力を上げるため、いつでも同じ動作で同じ術式を取り扱う事を数多く繰り返している。
 そのため、同じ術式は同じ動作で発動しなければならないと言う弱点があるものの、召喚爆撃を交える等の戦術の工夫でカバーしている。

解説2:
 欲張り爺さんが佐天の扱う術式に関して述べた内容について。

 8と11の交換理論とは、『黄金の夜明け』のアーサー=エドワード=ウェイトがタロットカードの大アルカナを黄道十二宮や生命の樹と対応させるに当たり、感覚的にしっくり来る様に8番目の『正義』と11番目の『力(剛毅)』の順番を入れ替えるのに用いた理論。
 元々は、生命の樹の小径の9番目(テト)と『獅子座』と『正義』、小径の12番目(ラメド)と『天秤座』と『力(剛毅)』がそれぞれ対応していたが、力の象徴は獅子、正義の象徴は天秤のほうが相応しいと考えられたため、大アルカナの順番を入れ替える事で正しい組み合わせとした。
 ウェイトが作成したタロットでは、8番目が『剛毅(力)』、11番目が『正義』となっており、これは伝統的な『マルセイユ版』タロットと順番が異なる。
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