とある佐天の裏技遊戯(ニューゲーム) 作:RB_Broader
私、
しかも、しがない
一つ違う所と言えば、『魔術』が使える事くらいかなあ。
そんな私はひょんな事からイギリスの学園都市協力機関・クロトン女学院に留学する事となり、ロンドンで数日過ごすも、熊本震災など色々あって、実家のある熊本へ震災ボランティアの名目で帰省していたのだった。
そして、熊本空港で
……何を言っているのか分からないと思うが、私自身も何が起きたのかよく分かっていない。
色々こんがらかり過ぎて、一々説明するのも億劫になる。
そして私は、物音と揺れで目を覚ましたミサを背負い、さっさとその場から逃れていた。
面倒事に巻き込まれる理由も無いし、この子を空港まで急いで送り返さないといけないから。
(背中が塞がっているため、リュックは前のほうに掛けている)
「……あの、みちばたでたおれていた、はだかのおじいさんは、いったいだれなのですか……?」
「…………」
「それと、きんぱつのしょうじょのことも、きになります……」
「…………」
「……さてん。ミサ……を、むししないでください」
「…………」
「へんじをしてくれるまで、オ○ャパメンをフルコーラスうたいますよ……しかもエンドレスで」
「……だぁ~~もう! うっさいッ! 全く誰のせいでこんな真夜中に走ってると思って……!」
ッ……! ふー。やばいやばい。
こんな小さな子供相手に感情的になるなんて、あたしらしくない。
きっと一人で心細かったんだろう。
ヴァーニー達は皆日本人じゃないし、同じ日本人のあたしの側から離れたくなくて勝手に付いて来ちゃったとしても、一体誰が責められようか。
「さてん……おこっているのですか?」
「……怒ってないよ」
なるべくミサを怖がらせないよう、そう言って誤魔化すも。
「さてんはウソがへたですね。……と、ミサ……はズボシをついてみます」
「……ッ! ゴチャゴチャ言ってないで、早いトコ、皆の所に帰るよ!」
うん。やっぱメンドクサイ。
一見、淡白そうに見える子だったが、結構押しが強い所があるし、ウザ絡みしてくるし。
気を抜くとこの子のペースに乗せられそうな気がする。
きっと親御さんはこの子のワガママに振り回されて苦労してるんだろうな。
……早い所、元の居場所へ帰してあげないといけないな。
いつまでも面倒を見られる訳じゃないんだし。
そう思いながら、私は正面を見据えつつ、目的地の熊本空港を目指して夜道を走り続け。
私の背中に掴まるミサの手に、心なしか、ギュッと力が入るのが伝わってきたのだった。
佐天とミサがさっさとその場から逃げた直後、レイヴィニアの目の前で斃れて全身をピクピクと痙攣させていた『欲張り爺さん』もまた、いつの間にか忽然と姿を眩ませていた。
無防備な態勢で前方にのみ注意を払っていた爺さんの横合いから、『召喚爆撃』による衝撃波をマトモに喰らわせたはずなのだが、どういう訳かダメージが通ってなかった様なのだ。
ムキムキマッチョの上半身に見えたのは、伸縮性のある肉襦袢っぽいボディスーツをゴム風船の要領で膨らませたもので、モンペに似た袴と一緒に脱ぎ捨てられ、蛇の抜け殻みたくなっていた。
「やられた……ッ! この私とした事が……完全な不意打ちだったはずだが、常時ダメージ低減の防御術式を用意していたか。……もしくは『感染呪術』の応用で、どこかに『身代わり人形』でも設置していたか?」
ジジイの抜け殻を見下ろしつつ、歯噛みするレイヴィニアだったが、すぐさま『魔力の痕跡』を辿る事で、この標的が逃走に用いた魔術の情報を調べ始める。
「……方位は1時から2時方向……北東およそ31マイル(50km)……この辺りは──
そして、ある程度の手掛かりを掴んだ事で、彼女は我が意を得たりと言った感じでほくそ笑み、迷うこと無く
熊本環状道路を通り
が、神社を通り抜ける訳にはいかないので、ここを北側に大きく迂回し、第二空港線を通る。
そして、陸上自衛隊・健軍駐屯地に突き当たった所で、今度は南側に迂回し、再び第二空港線に入り、そこからはずっと道なりに進んで行く。
そして九州
(……クンクン)
畑一杯に広がる収穫前の野菜や果物の匂いに混じって、何だかブドウの甘い匂いがする。
震災のせいで農作物が潰れたりして駄目になったのかな。
今は夜中だし、道路の上からじゃあよく見えないや。
それにしても、ブドウ園はこの道路沿いには無かった様な……。
確かもっと離れた場所に、ブドウ狩りのできる施設があった様な記憶が。
拭えない違和感を覚えた私は、この妙な匂いに誘われるが如く、道路脇にある畑に目を向ける。
……すると、その先には。
「ふむ。シャクシャクと歯応えが心地良く、瑞々しく美味ぢゃな」
大きな籠を背負った欲張り爺さんが、もぎたてキュウリに齧りついていた。
いつの間に着替えたのか、先程までのステレオタイプな昔話に出てくる服装とは打って変わり、白いランニングシャツに麦わら帽子と作業用のベージュのズボンと言う、その辺にいそうな農家のおじさんの格好をしている。
……ってか、野菜ドロボー!!!
しかも、籠の中には黒い房の様な塊……ブドウの山がドッサリと。果物もかよ!!
「あ、あ、あんた……何やってんのよ!!」
あまりに大胆かつ鮮やかな犯罪行為に度肝を抜かれた私は思わずジジイに罵声を浴びせる。
すると。
「おや。また会ったのう。お主もどうぢゃ? 美味いぞ?」
あたかも自分の畑だと言わんばかりに、悪びれもせず、盗んだキュウリを私に勧めてくる。
「……ミサ……は」
「駄目ッ!!」
ミサが釣られそうになるのを、私が慌てて声を上ずらせながら制止する。
「……まだなにもいってませんが」
「ミサの行動パターン、大体分かってるから! 知らない人から物貰っちゃ駄目だよ!」
「……はい」
黙って勝手に付いて来たり、毛布に潜り込んだりする様なアグレッシブ極まりないガキだ。
こーゆうガキは食い意地も張っていると相場が決まっている。
そんなミサは、私からピシャリと制止された事で、消え入りそうなションボリ声で返事をする。
「食べ盛りの子供にお預けを喰らわせるとは、お主も中々に怖いお姉ちゃんぢゃのう」
「あんたがそれを言うかッ!?」
下らない軽口を叩いてくるジジイに、思わず言い返す私。
そんな私達目掛けて、畦道の向こうから突如、ライトが当てられる。
「くぉらぁぁ!!! ぬし
向こうにいたのは、懐中電灯を持ったブドウ園の御主人らしき人物だった。
眩い光源の向こう側で影になっており、顔がよく見えないが、酷くご立腹なのは声色で分かる。
……へ???
『ら』って……もしかして、あたし達も含まれてる!?
「あたしは関係ありませぇぇん!! ってか、失礼しまぁす!!」
そう叫んだ私はミサを背負ったまま、一目散にその場から離れ、全速力で走り去る。
だが。
「ほっほっほっ。儂を置いていくとは、連れないのう」
何故か、ジジイが付いてきた。
しかも、盗んだブドウが一杯入った籠を背負ったまま。
「アンタは付いて来んなッッ!!」
私は思わずジジイに怒鳴るも。
「やっぱり、ぬしらはグル
後ろの方から、大いなる誤解を固定化させてしまったブドウ園の御主人の怒声が飛んでくる。
「?!?! ……何でぇぇぇーーー!!??」
私は半ば泣き叫ぶ様に喚き散らしつつ、この理不尽な現状を嘆くも。
「ボリ……ボリ……」
耳元のすぐ後ろから、妙な咀嚼音が聞こえてきて。
猛烈に嫌な予感がして。
「……美味いか?」
「はい……おいしいです……と、ミサ……は、そっちょくなかんそうをのべます」
知らない間に、ジジイが畑から盗んだキュウリを、ミサが勝手に受け取って食べてしまっていたのだった。
「さらにいえば(バリボリ)、キュウリにはカリウムやビタミンC、カワにはβカロテンがふくまれており(バリボリボリ)、ねっちゅうしょうよぼう(ボリ)、ならびに、からだをひやすさようがあります(ボリボリ)……と、ミサ……は、ほそくせつめいをします(シャクシャクシャク)」
よっぽど暑くて喉が渇いていたのか、ミサは悪びれる間もなく、瑞々しくて冷たくて美味しそうなもぎたてキュウリを頬張りつつ、食レポっぽく講釈を垂れ始める。
「ほれ。ブドウもあるぞ」
「では、ありがたく、ゴチになります。と、ミサ……は、かんしゃをのべます」
……もうどうにでもなって。
あああ。おそらく今日は人生最大の厄日に違いない。
とりあえず、農家の皆さんゴメンナサイ!!
空港までジジイを一緒に連れて行く訳にはいかない(ヴァーニー達を巻き込みたくない)ので、私はミサを背負ったまま、ジジイを振り切るため、暗闇の中をあちこち出鱈目に走り回った結果、森林の中へと迷い込む。
もちろん、スマホの光は目印になるので、画面も懐中電灯もオフにしてある。
ふと、木々の中から夜空を見上げると、満月になりかけの明るい月が見える。
この月……何て言ったっけ? えーと……『
現在位置とか方角とか色々知りたい事は山程あるけど、ここでスマホ点けたらジジイに見付かるかも知れないし、そうでなくても、ここは市街地から遠く離れ、山に囲まれている場所。
野生動物に遭遇するかも知れない。
絶滅したとは聞いているけど、未だに目撃情報が跡を絶たない『ツキノワグマ』も。
あたしは兎も角、まだ小さいミサにとっては、アナグマ程度でも十分脅威だろう。
早い所ここから脱出して、空港へ向かいたい。
とりあえず、方角を知るために『北極星』でも探すか。
えーと……北極星の地平線からの高度は、観測地点の緯度と同じだから……。
さっき調べた地図には確か……北緯32度って書いてあったっけ。
そして、月が出ている方角が南だから……北はその反対側……。
上弦の月は夕方に真南になって、満月は真夜中に真南になるから、その間の月は夕方から真夜中までの間に真南となる。
十三夜に近い月の場合、満月の2日から3日くらい前だから、月齢が2日から3日減る。
だから……月が真南になる時刻は満月よりおよそ1時間半から2時間半くらい早くなる。
(24時間×月齢1日÷30日=月齢1日当たり48分。2日で1時間36分。3日だと2時間24分)
今はもう夜11時近いと言うか、とっくに過ぎてるだろうから、月は西に傾いてて、その反対側は東寄りになる。
つまり、目線を32度の高さで見上げたまま、月の反対側から西寄りに動かしていけば……。
って、木に隠れてて、よく見えないや。
先に森を出るしかないのか……とは言っても、方向が分からないと迷うかもなんだよなあ。
さて、どうしたものか。
「ミサ……は……」
ん?
後ろのほうから声が聞こえたので振り向くと、いつの間にか、ミサが側にいた。
そして、若干俯き加減ながら無表情のまま、私のサマーセーターの裾を引っ張っている。
よく見ると、股をモゾモゾと擦り合わせて貧乏揺すりしている。
「……マジ?? それ、今じゃないと駄目?」
私が思わずそう問い掛けたのに対し、ミサはコクコクと頷く。
水分たっぷりのキュウリや、糖分たっぷりのブドウを一杯ご馳走になったおかげか、出るものが出そうになっている様子。
近くに川は見当たらないし、そもそもこんな暗い夜道の中、足を踏み外したら危ないので、水の無い所で済ませるしかないか。
仕方が無いので、ミサにポケットティッシュを渡す。
すると、ミサはそれを持って、近くの茂みの中へと駆けて行くのだった。
ここで逸れたら恐らく遭難してしまうかも知れないので、目を離さない様にしないとね。
ミサが用を済ませた後、私達は森から出るため、再び方角を探り始める。
スマホのデジタルコンパスを使えば一発で分かるのだが、野生動物がいるかも知れない森の中で目立つ行動を取るのはリスクが大きいと判断し、見合わせる。
こんな時、アナログ時計や方位磁針があれば、目立たない形で方位を調べる事ができただろう。
スマホ一つあれば時間も方位も現在位置も分かるから他は必要ないと高を括って、色々ケチったツケがここに来て一気に押し寄せた感じか。
でも仕方ないじゃん……魔術やるための出費だけで馬鹿にならないんだもん。
……まあ、今更後悔しても埒が明かない。
足らぬ足らぬは工夫が足りぬ──じゃないけど、リソースが足りない時は大体頭脳でカバーするのが鉄板と言うか、定番と言うか、人類の知恵みたいなものだろう。
と言う訳で……南の空を見てみる。
正確には、星座の並びを確認する。
……南の空の低い位置に、射手座、蠍座、へびつかい座を発見。
頭の中に天球儀を思い浮かべ、目で見た星の並びを当て嵌めた後、そこから北極星の位置を推定する事で、北の方角を特定する。
次に、私達の現在位置を、この状況から推定する。
高い山を登った覚えは無く、そんなに遠くまでは行っていないので、ここは
つまり、さらに東へ行けば阿蘇山を登る事になり、西へ行けば市街地に戻れる。
北西方向へ行けば、空港に近付けるかも知れないし、外れても白川に差し掛かるだろう。
……北西へ向かうのが正解か。
そうと決まったら早速、この森を一直線に突っ切って行くとしよう。
……!
…………。
南の空を見上げていた所から後ろを振り向いた瞬間──
少し離れた所に、黒くて大きな影が一つ。
それを見て息を呑みつつ固まっている私の服の裾を、ミサが怯えた様子でグイッと引っ張る。
シルエットは熊に近いが……木々の間から漏れる月明かりに照らされ『
体の大きさは、全長1メートルを超えているか?
地域によって個体差があり、中には1.5メートル程もある個体が目撃されているらしいが。
ツキノワグマの目撃情報の中には、これを見間違えたケースもあるらしい。
目の周囲はパンダかタヌキと酷似した黒い縁取り模様が頬に垂れる形で広がっている。
間違いない……アナグマだ。しかも特別に大きい個体だ。
とにかく、ここから立ち去ろう。
目を背けたり、背中を見せてはいけない。
ゆっくりと後退りながら、徐々に距離を開けて行く感じで、その場を離れる。
もちろん、ミサも一緒に。
本当は、アナグマが立ち塞がっている方角へ行きたかったが、背に腹は代えられまい。
まずはその場を逃れてから、後の事を考えるとしよう。
そう考え、十歩、二十歩と後退りし続けるも、相手もこちらに合わせて距離を詰めに来ている。
……何でよ!?
もしかして、あたし達の手荷物を狙っている?
でも、普通の旅行客か登山客だったら、リュックを捨てて逃げる選択肢もあるけど……この荷物だけは絶対に捨てられない。
この中には、旅行用品だけでなく、大切な
これが無ければ、ここから生き延びる事すら難しくなる。まさに命綱と言っても過言では無い。
……仕方ない。
ここは、強硬手段を使ってでも、あちらさんに立ち退いて貰うしかないか。
アナグマから目線を逸らさないまま、私は嗅覚を研ぎ澄ませ、この地を流れる地脈を嗅ぎ取る。
すると、南と東の両方から、『火』と『地』のテレズマが混ざり合ったニオイがした。
南からのテレズマは、発生源が遠くにあるためか、流れが弱くはあるが安定しているのに対し、東からのテレズマは、発生源が割と近くにあるものの、不自然に強くなったり、そう思ったら急に弱くなって消えたりと、不規則に明滅を繰り返しており、不安定な感じがする。
ここから南だと……
そして、東にあるのは……
阿蘇山のほうは、地脈の流れが不安定に思える。
地震の影響か、あるいは地脈の乱れで地震が起きたのか、前後関係は分からないけど、とにかく火山活動が不安定になっているのは間違いあるまい。
……近い内に、噴火あるかも。
それは兎も角として、南からのテレズマが安定して使えそうなので、それを手繰り寄せる。
ポケットから鉄のケースを取り出し、そこからカードを1枚取り出す。
その動きに合わせ、アナグマが警戒を高め、ジリッと一歩踏み込んでくるが、気にしない。
「──
私の
野生動物は警戒心が強く、取り分け見慣れない『異物』に対しては極度に警戒し、距離を取ろうとする習性がある。
つまりは……この魔術的存在を呼び出した時点で、アナグマが退散するのは確定──
……?!
私の目線の先……でっかいアナグマの斜め後ろ、少し離れた所に、子供と思われる小さな個体が隠れているのが、火の蛇により照らされた事で、ここで初めて分かる。
『シィ~~~……!!』
微かな呻き声に気付いた私は、それまで思わず子供のほうへと視線を向けてしまっていたのを、親と思われる大きなアナグマのほうに慌てて視線を戻す。
親アナグマは歯を剥き出しにしながら、火の蛇に向け、敵意を顕にしていた。
……やばい。子を守る親だったのか。
これはとんでもない地雷を踏んでしまった様だ。
『グワッ! ワッ! ワワワワワンッ!!』
親アナグマが耳障りな呻き声を上げると共に、いきなり俊敏な動きで火の蛇に飛び掛かった後、炎に触れるのもお構いなしに蛇の喉笛に噛み付いたまま覆い被さる。
「……ハハシア!!」
私は神経を集中し、火の蛇にテレズマを注ぎ込む様に念じる。
すると、それに応じた火の蛇が力を増大させ、親アナグマを押し返そうとする。
しかし、親アナグマの力が思いの外強く、火の蛇の喉笛が食い千切られた瞬間、一気に炎が弱々しくなると共に、その姿が消え掛かる。
やばい……力負けした!?
相手は子供を守るため本気になっている。
この分だと、親アナグマのほうを殺してしまうまで決着が付かないだろう。
もしそうなれば、残された子供のほうは……。
子供への同情心から躊躇し、集中を欠いた私の精神状態が影響したのか、火の蛇は動きを止めたまま、点滅を繰り返す様に徐々に消えて行く。
その時、私の服を
そうだ……このままだと、私だけじゃなく
もう後戻りはできない。ここで退いたら命は無いのだから。
だから、腹を決めろ。躊躇してはいけない。
そんな私の覚悟が伝わったのか、消えかけていた火の蛇はハッキリとした姿を取り戻し、火力を増大させ復活する。
「──
そして、私の再度の
『グギャギャギャギャーーーッッ!!』
全身を締め上げられると共に、火達磨と化した親アナグマは、苦悶と敵意と殺意の入り混じった壮絶な表情で凄まじい呻き声を上げながら、身を捩り足をバタつかせ、何とか主導権を取り戻そうとするも、上手く行かない。
……ここまでか。
そう思い、何だか悲しい気持ちとなり、私は親アナグマと、後ろで怯えている子供のアナグマのほうを憐れみの目で見詰める。
その時。
『ゴバァッッッ!!!』
……へ???
私は呆気に取られ、一瞬、状況が分からなくなるも。
微かに月明かりに照らされた『飛翔体』が、空高く飛び去って行くのが見えたため、何が起きたのかを、やや遅れて把握する事ができた。
私とミサの背後の方向から森の中を一直線に突き抜けてきた『巨大旋風』が、子供のアナグマを攫って行って、そのまま空高く飛ばしてしまったのだ。
これに驚いた親アナグマは、すぐさま炎の蛇の拘束を解いた後、遠くへ飛んで行った子供の後を追う形で戦線離脱してしまう。
何だかよく分からないうちに、アナグマ親子との戦いは有耶無耶な形で中断されたのだった。
「……まだまだ
そこに、白を基調としたドレスを身に纏う見知った顔の金髪碧眼少女が現れる。
レイヴィニア=バードウェイ。
詳細は不明だが、
また、見せ場が取られた……と言うより、
恐らく、風の属性魔術で子供のアナグマを遠くへ飛ばしたのだろう。
親のアナグマを
おかげで、
そして何より──これこそが、私が今
はぁ……負けた。完敗だわ。
戦意の無くなった私の心境に同調する様に、傍らにいた炎の大蛇は見る見るうちに小さくなり、空気に溶けるが如く、その姿が掻き消えていく。
そんな、気が抜けた炭酸水の様になった私の顔を一瞥したレイヴィニアは一言。
「どうやら、弱いだけじゃなく、目の前の物すらも碌に見えない
と、よく分からない事を言う。
「え……?」
意味が掴みきれず、思わず聞き返す私に対し、レイヴィニアは心底呆れた様子で。
「……
と、さらに難解な言い回しで、よく分からない説教……と言うか、マウントかましてきた。
ただ、煽る様な感じではなく、あくまで上から目線ではあるものの、真剣な様子ではある。
どうやら、ふざけている訳では無さそうだ。
……『目に見える物事だけに囚われるな』……ねぇ。
「あ……ありがとうございます……」
とりあえず、助けて貰ったので、私はレイヴィニアに対し頭を下げ、お礼を言うのだった。
行間
レイヴィニアは『組織』がチャーターしたヘリに乗り、大分県との県境近くにある黒川地蔵尊を目指していた所、途中にある森林から炎が上がっているのに気付き、念のため、標的の魔術師──欲張り爺さんが関わっているかどうかを確かめるべく、パイロットと部下を残し、一人でヘリから地上へ降下した。
そして、炎の原因が標的ではなく
そこでひとしきり考えた結果、一つの推論に至る。
佐天は最初、
そして、この不毛な争いを止めるため、
レイヴィニアは服の中に隠し持っていた無線機で誰かと話した後、私を連れて、森の南の方へと歩いて行った。
そしてその先には、木の枝に引っ掛かったパラシュートが垂れ下がっていた。
「……一応、環境に優しい学園都市製の新素材で作られているから、このまま捨てて行っても森林破壊には繋がらないが、使い捨てる程安物じゃないからな。回収していくぞ、手伝え下っ端」
そのパラシュートを見たレイヴィニアが、いきなりそんな事を言う。
だが、勝手が分からない私は。
「えー……?」
と、軽く尻込みして見せ、暗に無理だと表明する。
だって、あんな高い所に届く訳ないし、木登りも得意じゃないし。
パラシュートの片付け方だって分からないのだから。
そんな私の様子を見たレイヴィニアは、呆れた様に溜息を吐きつつ。
「……全く、貴様はてんで役立たずのボンクラだな。科学の子の癖に、科学技術の利用法すら碌に学ばないとは。今日日、魔術師ですら科学技術の恩恵に預かるべく、日々学んでいると言うのに」
私を上から目線で徹底して扱き下ろしてくる。しかも、全くの正論なので言い返せないと来た。
ムスッとした私を他所に、レイヴィニアは象徴武器を取り出し。
「しょうがない。この私が直々に手本を見せてやる。篤と目に焼き付けておけ」
そう言い放つや否や、短剣の形となった象徴武器を振るう。
そして、下から上に捲くり上がる形で風が吹き込まれる事で、パラシュートが浮かされて木の枝から剥がされた後、乱気流が縦横無尽に吹き荒れる中、見る見る内にクシャクシャに折り畳まれ、くっついていたリュックサックの中へと収納されるのだった。
見た事も無い程の精密動作。
まるで風を手足……いや、指の様に繊細に動かす事で、離れた場所にある大きくて薄っぺらい物を意のままに動かし、折り畳むテクニック。
今の私には高度過ぎた。
「……すごい」
私は思わず感嘆の声を漏らす。
「…………」
そんな私の反応に気付かない振りをしているのか、レイヴィニアは黙っていた。
それからものの数分で、ヘリがパラシュート落下地点の側まで飛んできた。
近くに降りられるスペースが無いため、パラシュートが引っ掛かっていた木の真上辺りの低空でホバリングしたままヘリを静止させた後、黒服の金髪白人男性(レイヴィニアの保護者っぽい)がドアを開け、縄梯子を下ろしてくる。
レイヴィニアに促され、私が先に縄梯子を登る事になる。
もちろん、ミサは体が小さいため、自力で登るのは難しいと言う事で、私の背中にしがみついた状態で一緒に登る事となる。
少々胸がキツくなるが、リュックを前のほうに掛けた状態で、両方の肩紐をミサの両肩の後ろに通した上、肩紐に付いているチェストベルトをミサの背中の後ろに回し、落ちない様に固定する。
そして、ヘリのホバリングによる乱気流に揺らされながらも、私は何とか縄梯子を登り切って、ミサと共に無事ヘリに乗る事ができた。
続けて、レイヴィニアが縄梯子を登ってヘリに搭乗した所で、ヘリは出発し、ここから北東方面──阿蘇山の北東にある『くじゅう連山』の西の麓の外れにある黒川地蔵尊──『首なし地蔵』と呼ばれる観光名所へと向かうのだった。
ヘリの中で、レイヴィニアから色々話を聞く。
彼女の話によれば、『ハナサカ・オキナ』と呼ばれる野良魔術師が暗躍しているらしい。
恐らく、件の欲張り爺さんの格好をした怪しい老人の事だろう。
使用術式は東洋系──特に、日本神話から民間伝承・御伽噺に至るまで幅広い『物語』の位相を利用したものを得意とするらしい。
(……そう言えば、『花咲か爺さん』に登場する『欲張り爺さん』や『忠犬』の格好をしてたし、地面の中から
何でも、今回の地震に伴う火山活動の活発化を利用し、熊本とその周辺地域のどこかに位置するいずれかの火山の噴火に合わせ、大規模魔術で地脈に干渉するつもりらしく──
それにより、日本全国を走るいくつかのプレートの境界に揺さぶりを掛ける事で、南海トラフ、あるいは北陸から東海および関東地方に掛けて走る『フォッサ・マグナ』と呼ばれる中央地溝帯を震源とした日本全国規模の同時多発的人工地震を誘発──
最終的には、東京都の西部に位置する『学園都市の壊滅を狙っている』との事。
…………。
正直、耳を疑ったし、陰謀論の類かと、危うく聞き流しそうになったが、レイヴィニアの組織の情報網から得た『信頼できる情報』らしい。
彼女の妹(同い年の才女らしい)が学園都市で研究者として働いているため、巻き込まれない様に予め手を打っておくつもりなのだそうだ。
それも、妹本人には一切を秘密にした上で、身の回りの日常を守るため。
……学園都市には、
あたしの一番大切な友達だ。
だから、あたしにも戦う理由がある。
(火山噴火の被害に実家の家族が巻き込まれるのも心配だし)
話を聞いた以上、是が非でも同行させて貰おう。
ミサを安全な場所へ預けたかったが、どうやらその時間は無さそうだ。
「……あたしにも、協力させてください!」
そう声を上げた私に対し、レイヴィニアは心底呆れた顔で溜息を吐き。
「仕方あるまい。精々足を引っ張るなよ。新入り」
と、渋々了承してくれたのだった。
レイヴィニアによれば、今回の熊本地震の影響を受けたと思われる活火山はいくつかあり、その中でも、観測結果に異常値が見られたのは──
──この3箇所に絞られるとの事。
「だが問題は、これらの山々からどうやって南海トラフプレートへ打撃を与えるか、だ」
私は一つ言いたい事があったが、それを胸に秘め、レイヴィニアの話に聞き入る事とする。
「一番近いのは、新燃岳だが……それにしても、まだ距離がありすぎる」
なるほど。三山全てが噴火したとしても、それだけでエネルギーが届くかは未知数だろう。
それに加え、新燃岳は他の2つの山々からも離れ過ぎている。
仮に、雲仙岳か阿蘇山のどちらか、あるいは両方が噴火したとしても、そこまで届くかどうか。
「ここで、仮説として、大きく分けて3つのパターンが考えられる」
そう言いながら、レイヴィニアは指を3本立てて見せつつ、仮説を述べ始める。
1つ目は──新燃岳噴火から
今回、地震による桜島への影響は軽微だったため、地震の余波としての噴火の可能性は低いが、過去の度重なる噴火による災害の数々は、地元の住民にとっては半日常に近い。
そもそも、桜島自体が元々は島であり、火山噴火によって大隅半島と地続きとなったのだ。
つまり、この火山の噴火は、地図を書き換える程の一大災害と言える。
それを引き起こす可能性が、新燃岳噴火への魔術的干渉による地脈の乱れの増幅だ。
これらの噴火が重なる事で、南海トラフプレートに至近距離からの打撃が加わる事となる。
2つ目は──阿蘇山噴火から
国見岳は活火山では無いが、阿蘇山と新燃岳を繋ぐルート上に位置し、もしこれが噴火すれば、南海トラフプレートへの連鎖が完成してしまう事となる。
その近くにある阿蘇山は日本最大の活火山であり、噴火に加え魔術的干渉によるエネルギー増幅が重なれば、無理やり『寝た子を起こす』事も不可能では無い。
3つ目は──雲仙岳噴火から阿蘇山、国見岳、新燃岳、桜島への九州全土にわたる大規模連鎖。
雲仙岳は、噴火活動が活発な事で有名であり、30年以上前から続く活動期による度重なる噴火で多くの人々が被災し犠牲となった。
未だに活動期であり、いつ噴火してもおかしくない状況にあるため、仮に魔術的干渉を仕掛けるなら、この場所は地震に関係なく狙われやすい。
ただ、阿蘇山を含む連鎖を狙うなら、地震が起きた直後のタイミングが最も効果的と言える。
加えて、島原半島および天草地方をテリトリーとする十字教宗派『天草式』は震災の救援活動や復興作業に駆り出されており、今が最も魔術的防護が手薄になっているのだ。
──この様に長々と説明してくれたレイヴィニアだったが、私は途中から上の空で、あまりよく理解できていなかった。
ただ、十字教宗派『天草式』と言うどこかで聞き覚えのある名前が気にはなったが。
「……私は、雲仙岳からの連鎖パターンが怪しいと睨んでいる。天草式が不在なせいで、ガードがガラ空きだしな。それに、阿蘇山や新燃岳と違い慢性的に噴火が続いているせいで、魔術的干渉のタイミングにシビアさが要求されない上に、ある程度のやり直しが利く」
続けて、レイヴィニアがそう説明するも、私は『ん?』と首を傾げる。
それを見て取ったレイヴィニアは『何だ? 言ってみろ』とでも言いたげに、イラ付いた感じの目線を向けてくる。
促されるまま、私はこれまで言いたかった事を述べ始める。
「あたしは阿蘇山からのセンが一番確実だと思います」
「……理由は?」
「方法は上手く説明できないけど、あたしがさっきまでいた森の中で、阿蘇山からの地脈の乱れを感知しました。それ以前に、益城町辺りのキュウリ畑で、あの怪しいお爺さんが野菜泥棒している所に出くわしましたし。あそこから一日で行ける距離の近い山は阿蘇山くらいしか……」
「って、ちょっと待て。ヤツと出くわしただと!?」
うわ。やべ。何かマズった!?
レイヴィニアさん、めっちゃ怒ってるじゃん……。
顔に思いっきり書いてあるよ……『何でそれを最初に言わなかった?』って。
……
「
ここで、黒服の白人男性がレイヴィニアの傍らに立ち、備え付けの無線電話を彼女に手渡す。
……ってか、保護者じゃなくて部下だったのね。
「──ん? 何??」
電話の相手と何か話した後、さっきまでとは打って変わり緊迫感のある鋭い眼差しへと変わったレイヴィニアは、通話を切った後、部下に指示を出す。
「マーク。貴様は佐天とそのガキと一緒に、身代わり地蔵の所へ行け」
「では、
「私は雲仙岳に行く。……恐らく本命はそっちにいる。
「……承りました。では
このやり取りを見た時点で、私には何となく察する事ができた。
──事態が急変したのだと。
ただ、一つ解せない事があった。
レイヴィニアが雲仙岳のほうに向かうのは良いとして、なぜ私達が向かう先が阿蘇山ではなく、黒川温泉──『首なし地蔵』で有名な観光名所なのか。
私の疑問が顔に出ていたのか、レイヴィニアが説明する。
「火山噴火に対する魔術的干渉は、火口付近で行わなければならない命懸けの作業だ。何の準備も無しにそんな事をする輩は、よほどの命知らずか自殺志願者か、あるいは川の中洲でBBQやる様な後先考えない頭お花畑の
……あ。そう言う事か。ようやく合点がいった。
(川の中洲でバーベキューのくだりは聞かなかった事にする)
「つまり……危険から身を守るための防護術式、もしくは霊装の核となる儀式場みたいなものが、その場所にあるって事?」
「ああ。ヤツに逃げられた時点で確信した。『身代わり人形』か何かを設置した儀式場が黒川温泉──恐らく『地蔵堂』か、近場のどこかに隠されている。逆に考えれば、そこが弱点となるため、そこを叩けば必ずヤツが現れる」
仮に、あの欲張り爺さんが阿蘇山を狙って行動していると仮定するなら、目的地で待ち伏せするよりも、儀式場があると思われる黒川温泉(地蔵堂)へ行くほうが確実と言う訳ね。
作戦会議が一通り終わると同時に、ヘリは黒川温泉の近くまで辿り着いていた。
ここからは、レイヴィニアとは別行動となる。
ヘリは危険な目的地・雲仙岳へ向かう事になるため、ミサを残して行く事もできない。
よって、私とミサは、レイヴィニアの側近と思われるマークと呼ばれた男性と一緒に、縄梯子を使ってヘリから降りる事となる。
離着陸できる広い場所があれば、もっと安全に降りられたのだが、山の麓で森に囲まれており、そんな場所は見当たらなかった。
加えて、今は真夜中で、普通なら眠っている時間だし、温泉街の宿泊客も例外では無い。
ヘリのホバリング音は迷惑となるため、温泉街から少し離れた場所に降りる事となる。
そして、私とミサと、マークさんの3人は山道を歩き続ける事十数分、沿道に疎らにあるお寺、飲食店の前を通り過ぎた後、ようやく旅館等が立ち並ぶ温泉街へと入る事ができた。
既に夜中なので、ほとんどの建物は灯りが消え、人通りも無く、ほぼ真っ暗だった。
マークさんの手元には数枚の写真のコピーがあった。
そこには、地蔵堂周辺の建物や通りの風景が写っており、それらと周りの景色を見比べる事で、現在位置を把握している様子。
明るい風景と真っ暗な風景を照合するのは脳内補完で何とかなるものなのか。
……魔術で探知とかしないのね。GPSや暗視スコープも使わないっぽいし。
結構アナログだけど、人間の五感が一番頼りになるって事か。
そして私とミサは、マークさんに先導され、地蔵堂の前まで辿り着く。
坂道やら階段やらで、メチャクチャ疲れた……。
もし、この場であの元気過ぎる爺さんと出くわしたら、とても戦える気がしない。
追い掛けっこなんぞ真っ平ごめんだ。
そんな事を考えながら、いい感じに草臥れていると──
『……いじわるじいさん……いぬころし……』
──お堂の向こう、裏手の方から──
『……うらのはたけに……うめたれば……』
──ポツリ、ポツリと、嗄れた老人の──
『……たちまち……きがはえ……』
──詩吟の様な、念仏の様な──
『……すくすく……のびた……』
──何かを口遊む様な、不気味な声が聞こえて来た。
……ッ!!
私はビクゥッと体を震わせた後、恐る恐る、建物の裏手の方へ歩いて行き、そーっと覗き込む。
すると……建物の脇の方にある雑木林に何本か生えている中の、一本の木。
その幹の部分に……。
犬の顔……いや、犬の石像の顔が生えていた。
それを見て、私はギョッとしてしまい、思わず呻き声を上げそうになる。
しかし、暗闇で見辛いせいもあってか、本物と見間違えそうになるくらい、精巧に作られているなあ。
特に、石のザラザラした穴だらけの表面を犬の毛穴に見立て、本物の犬の毛皮っぽく表現できている所なんか、騙し絵っぽくて凄い技術だと感心してしまう。
それとは対照的に、黒い鼻先は艶があって湿っている感じがよく出てる。
目の部分もクリッとしてて、まるで本当に生きているみたい──
……?!
見惚れていた中で不意に、犬の目がギョロッと私の方を見て、互いに目が合う。
『見ぃ~~~たぁ~~~なァ~~~~~??』
次の瞬間、犬の口がガバァッと開き、中からジジイの顔が現れる。
「ひぃっ……きぃやぁぁぁぁぁぁーーー!!!!」
全身から一気に血の気が引き、動転した私はとうとう悲鳴を上げてしまった。
マークさんが私の悲鳴を聞き付け、すぐさま駆け付けて来たが──
……バグヮアアアアアッ!!!
──突如、犬ジジイの顔が生えた木が爆発し、木っ端微塵となり。
私の目の前に割って入ったマークさんが、顔を庇う様に両腕をクロスさせたままの姿勢で爆発に身を晒す。
そして、気付いた時には、犬ジジイが埋まっていた木は跡形も無くなり、代わりに木の『臼』を背中に担ぎ、両手に『杵』を持った、上半身裸マッチョの欲張りジジイがそこに立っていた。
さらに、ジジイと私の間には、トゲトゲした木片が体中に刺さって、跪いて苦しそうに肩で息をしているマークさんの姿。
やば……これって、絶体絶命!?
もしも、たった今、マークさんが盾になってくれなかったら、そこで斃れていたのは間違いなくあたしだった。
嫌だ……完全に足手まといになってる。
それに、部下に大怪我を負わせたなんて、レイヴィニアに何て言い訳すればいいんだろう。
どうしよう……って、そう言えば、ミサは?
確か、マークさんが側に付いていたはずだけど。
「──もちつき、せとかけ、ガーラガラ!」
唐突に、ジジイが何やら怪しい
すると──
……ガラガラゴバァァァァッッッ!!!
──と、身を屈めたジジイの背中の臼の凹みから、大量の陶片がガラガラと溢れ出し、それらは一斉に私目掛けて飛んで来た。
咄嗟に地面に伏せたため、辛うじて避ける事ができたものの、まだ絶対的窮地は変わらない。
このまま死んだ振りをした所で、見逃してくれる訳が無い。
なのでとりあえず、素早く立ち上がり、そのまま一気に逃げる!
ふと横目で、建物の壁の方を一瞥すると、夥しい数の陶片が突き刺さっている。
……ゾッとした。
あんなものをまともに喰らったら、あたしなんか一瞬でお陀仏だろう。
「──もちつき……」
……ッ!! やばッ!! また来る!
私は素早くポケットから鉄のケースを取り出し、中から『HRI』と裏書きされた『
そして、
「せとかけ……ッッ?!」
「──
……ギュガッッッ!!!!!
ジジイの至近距離まで飛んで行った鉄のケースに向け、手で指し示しながら
だが、次の瞬間。
「うっ……ゲホッ!!」
息苦しくなり、口から血を吐いた。
少しだけ意識が遠のいて、体がグラグラして倒れそうになる。
咄嗟の事だったので地脈を手繰り寄せる暇が無く、
今ので敵をやっつけられなかったら、この先は一段と危険な戦いになるだろう。
念のため、ジジイが沈黙したかどうかを確認する。
……!?
目の前にはジジイの姿は無く、杵が刺さった臼を背中に括り付けられた『地蔵』の姿のみ。
そして、臼と杵は今の爆発のせいで燃えていた。
まさか……『身代わり』!?
と言う事は──ジジイはまだどこかにいる?
とりあえず、いつ襲って来られても対処できる様に、テレズマによる術式を起動させておく。
地脈の中から火のテレズマを手繰り寄せ、手に持っているもう1枚のカードを掲げ──
「──
──
そして、雑木林の方へ引き返し、マークさんの姿を見付けて近寄ると、彼は小さく片手を振って『大丈夫』と無事を知らせてくれたので、彼には休んで貰う事とし、ミサを探し始めるのだった。
だが、その矢先。
──バチンッ!!
お堂の建物の方から『火花が飛ぶ』様な音がしたので、慌ててお堂の中に踏み入ると。
そこには、ミサの姿があった。
ついでに、彼女の傍らには、その全身から微かに煙を上げている地蔵が倒れていた。
「ミサッ!!」
「あ……さてんですか。おそかったですね。……まいごですか?」
(……イラッ)
このガキは……。
「……何があったの?」
「ミサ……は、じぞうどうのなかを、たんさくしていました。ですが、そこにおじいさんがあらわれて、ミサ……をゆうかいしようとしたため、ひばなをだしてやりました……と、おもったら、おじぞうさんに、かわっていました……と、ミサ……は、こんせつていねいに、じじょうをせつめいします」
「……ああそう」
よく見たら、彼女の周囲には微かだが静電気っぽいものが漂っており、
発電能力者だったのか。
って事は……学園都市の子供!?
何でこんな所にいるんだろう。
いや、あたしも人の事あんまり言えた立場じゃないけど。
思えば、彼女と最初に出会ったのは熊本空港の滑走路だった。
……そう言えば、ニュースで『熊本に世界中から救援物資が届いた』とか言うのが流れてたな。
確か、新素材の『白い箱』に入れた荷物がドローンで運ばれたとか。
まさか、彼女も白い箱に入って学園都市から飛んで来た?
…………。
いやいや、ありえないって。いくら何でも。
この事については、もう考えるのをよそう。
今は、ジジイの襲撃に備え警戒を怠らないのと、マークさんに安全な場所で体を休めて貰う事が先決だ。
あたし達はもう、ここからは動けないだろうから、レイヴィニアさんの用事が済んだら、ヘリで迎えに来て貰えばいい。
それまでの辛抱だ。
「……くっ! 待てッ! ……ぐぁッ!!」
!!
今、壁の向こう、雑木林の方からマークさんの声がした!?
まさか……ジジイに襲われた!?
私達が雑木林に駆け付けると、そこには全身血塗れとなり倒れ伏したマークさんの姿が。
そして、近くには、人一人分がスッポリ収まるくらいの大きな穴が空いていた。
「……ヤツは……地面の下に隠れていた……!」
マークさんは息も絶え絶えながら一言一言を絞り出す様に、今しがた起きた事を教えてくれた。
そんな彼の話を聞いた私は……ピンと来た。
これまでの状況を整理すると、あのジジイは神出鬼没で、なおかつ忍者の『
つまり、あいつの『身代わり術式』とは──黒川温泉の『首なし地蔵』の話と同様に、身代わりとなった地蔵が本体と入れ替わる形で空間移動する術式だった。
ただ、レイヴィニアの攻撃を喰らった際には、倒れてピクピク痙攣してたから、その後に逃げたとすると、もしかしたら、位置を入れ替えないままダメージのみを転嫁する別のバリエーションもあるのかも知れないけど、それは未確認なので、今の所は保留でいいか。
そして、マークさんを生かしたまま逃げたと言う事は……既にヤツは本格的に動き始めた。
あたしとミサが見逃されたのは、倒し切れなかったと言うのもあるけど、そもそもあたし達にはヤツが仕掛けた『身代わり地蔵』の儀式場を壊す力が無いと踏んだからだ。
ただ一人、儀式場を壊せそうな手練の雰囲気を持つマークさんは動けない状況にある。
なので、守る必要の無くなったこの場所を離れたと言う訳か。
…………。
舐めやがって。
あたしだって、魔術が使える。魔術師なんだ。
身代わりをたんまり用意して、安全地帯から一方的に攻撃するなんて、無敵モードかよ。
チキンめ。
そんな舐めたクソジジイには、このあたしが一発『熱いの』をお見舞いしてやる。
今に見てろ。
どんな相手から、どんな攻撃を喰らっても、お地蔵様に身代わりになって貰えば怖いもの無し。
そんなふざけた幻想……このあたしの魔術と知識で、跡形もなくブチ殺してやる!!!
解説1:
かゆいところ。
佐天がアナグマ親子と遭遇した際、嗅覚でニオイを感知すれば、子供がいるのを察知できた。
ただ、真夜中の森の中で野生動物と遭遇した経験の無い佐天に、そこまで冷静な判断ができたかは疑問だが。
それに加えて、佐天は親アナグマと対峙している間、ずっと相手と目を合わせ続けていたため、周囲への注意が散漫になっていた。
解説2:
夜空に見える月の満ち欠け(月齢)について。
作中では、2021年8月の月齢に準拠している。
超電磁砲アニメ(第2期)においては、御坂が一方通行と衝突した8月15日夜に出ていた月は、月齢20(
(御坂の寮の部屋で上条が携帯の時刻を確認している場面があり、その時点で8月21日19時38分となっており、その時間に御坂は鉄橋の上を歩いていて、上空には見えるはずのない二十六夜の月が出ている)
超電磁砲漫画においても、8月21日夜に出ている月は逆三日月(二十六夜?)なので同様の事が言える。
時間的に無理が出ない様にするには、月齢を若くし、空に上る時間を早めるしか方法が無かったので、作中の月は満月より前に変えてある。
解説3:
佐天の手持ちのテレズマカード残り枚数。
イェザレル=2枚(使用せず)
ヴェフエル=2枚(使用せず)
ハリエル=2→0枚(1枚を爆破に使用し、もう1枚を火の蛇の顕現に使用)
ハハシア=4→3枚(アナグマに対する威嚇目的で使用)