とある佐天の裏技遊戯(ニューゲーム)   作:RB_Broader

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とある魔術と科学の御伽崩し(デモリッション)

 私、佐天涙子(さてんるいこ)は学園都市の柵川(さくがわ)中学1年生。ごくごく普通の無能力者(レベル0)

 ただ一つ、他人と違う所と言えば、いつの頃からか、誰に教わるでもなく『魔術の知識』が頭に入っていて、『魔術』が使える事。

 そんな私は初春(ういはる)を始めとする沢山の友達に囲まれ、毎日が楽しい学生生活を謳歌していた。

 

 ……のだが。

 

 かくかくしかじかで、あーなってこーなって。

 そう言う訳で、今現在、私は実家がある熊本県にいるのだった。

 しかも、8月18日の深夜24時を過ぎた所で、『身代わり地蔵』あるいは『首なし地蔵』で有名な『黒川温泉』(またの名を『黒川地蔵尊』)まで来ていた。

 

 何でも、『ハナサカ・オキナ』と言う魔術師が、学園都市の壊滅を狙って暗躍しているらしい。

 九州に点在する火山のいくつかが熊本地震の影響で噴火するのに合わせ、魔術的干渉により噴火エネルギーを増幅させる事で、南海トラフ、中央地溝帯(フォッサ・マグナ)へ衝撃を与え、それにより学園都市を巻き込む形で日本全国規模の同時多発人工地震を起こそうとしているとの事。

 その情報を教えてくれたのは、『謎の組織』の首領(ボス)を務める魔術師少女・レイヴィニア。

 彼女は敵の魔術師を仕留めるため、遠路はるばる熊本まで赴いたのだそうな。

 同い年の妹が学園都市にいるらしく、妹の身の周りの日常を守るためらしい。

 

 そして、敵の魔術師と言うのは、御伽噺(おとぎばなし)に登場する『欲張り爺さん』を想起させる格好をして、日本の神話や伝承や物語を題材とした術式を駆使する東洋系の野良魔術師である。

 黒川温泉に伝わる『身代わり地蔵』の伝承を利用した『身代わり術式』と、『花咲爺(はなさかじじい)』の物語から抽出した『大判小判がザックザク』(仮称)や『もちつき、せとかけ、ガーラガラ』(仮称)等の多彩な術式を繰り出してくる神出鬼没かつ難攻不落の厄介なジジイである。

 そんな敵魔術師の力の鍵となっている『身代わり術式』のための儀式場を崩すべく、私とミサ、そして、レイヴィニアの側近のマークさんは黒川温泉の『地蔵堂』へと赴いたのだが……。

 マークさんがジジイの木片爆破攻撃から身を挺して私を庇ったせいで重傷を負ってしまう事態となり、私達は身動きが取れなくなっていた。

 

 さらに『ジジイは囮で本命は別にいる』とする追加情報に従い、レイヴィニアは雲仙岳へ向かい別行動をとっていたため、彼女がすぐに助けに来てくれる状況では無かった。

 よって、戦えるのはこの私──佐天涙子ただ一人となっていたのだった。

 

 ……つまり、絶体絶命の大ピンチである。

 

 そんな中、敵魔術師のジジイによって『大人の男性(マークさん)が怪我で動けなくなった今、残りの子供達(私とミサ)はどうせ大した事無い素人に過ぎず、儀式場も崩せやしないだろうから放って置いても問題ない』と見なされ、軽く見られたであろう事に、私は密かに腹を立て、闘志を燃やしていた。

 

 舐めるな、そんなフザケた幻想など佐天さんの魔術と知識でブチ殺してやる──と言う訳だ。

 


 

 他称『ハナサカ・オキナ』──恐らくは『花咲爺(はなさかじじい)』の別の読み方だろう。

(……本名じゃないよね、多分)

 東洋系らしいので、近代西洋魔術師が持つ『魔法名』とはまた違った『芸名』の様なものか。

 そして、使う術式は『花咲爺』関連と『身代わり地蔵』。

 

 身代わり地蔵に関する伝承は日本各地に残され、慈悲を以て罪人への厳罰を代わりに受けたり、信者に危険が降りかかりそうになった時、身代わりになってくれたりするらしい。

 自身が身代わりになって罪の罰を受ける所は『神の子』、慈悲を以て罪人への罰を免除する所は『聖母崇拝』的な要素が入っていると思うが、十字教とは違う仏教の世界観が元となっているので無関係だろう。

 

 黒川地蔵尊にある『首なし身代わり地蔵』の伝説では、こうなっている。

 

 ──昔々、あるところ(豊後(ぶんご)中津留(なかつる))に、貧しい塩売りの若者と、病気で寝たきりの父親が住んでいましたとさ。

 ある日、父親が瓜を欲しがったので、心優しい若者はその願いを叶えるため、商売物の貴重な塩をお地蔵様にお供えした後、瓜畑に瓜を盗みに入ったものの、地主に見付ってしまい、すぐに首を刎ねられてしまいましたとさ。

 しかし、お地蔵様が身代わりとなって、若者の首の代わりにお地蔵様の首だけがその場に落ちていましたとさ。

 その後色々あって黒川にお地蔵様の首を安置する事となり、お堂を立てたら温泉が湧いてきて、黒川温泉となったそうな。

 ──おしまい。

 

 ……若者は瓜を盗んだ罪で首を刎ねられるも、お地蔵様が身代わりになってくれた。

 そう言えば、あのジジイはキュウリ畑で野菜盗んでたっけ。そして、キュウリはウリ科の植物。

 一見意味の無い野菜泥棒にも、一応の魔術的意味はあったのか……いや、ダメだけど。

 そもそも、それを言うなら背中に担いだ籠いっぱいのブドウとか関係ないし!!

 今は8月だけど、別の時期にはメロンやスイカも盗んでたに違いない。同じウリ科だし。

 

 例えば、魔術的意味を削ぐ事で術式を解体する手段を考えるなら……。

 『瓜を盗んだ罪で首を刎ねられる若者』か『罪人の身代わりとなるお地蔵様』の両方があって、初めてこの『身代わり地蔵』は完成するので、どちらかが無くなれば良い訳だ。

 まあ、ジジイが術者な時点で既に『若者』では無くなってるのだが、ここら辺は色々と調整する事でカバーしてるんだろう。

 あるいは、ジジイの正体が実は若者だったとか言う可能性も、無きにしもあらずか。

 その場合、あの格好は『花咲爺』の術式を発動させるためのコスプレって事になるけど。

 ……ここら辺は色々な要素が絡み合ってて、攻めるのが難しそうかも。

 術者が自身に魔術的意味を与えるのなら、少しくらい剥がした所ですぐに張り直せるだろうし。

 

 一方で、身代わりを発動する際、身代わりになって貰ったり、ダメージを転嫁する『先』が存在する必要がある。

 つまり、『お地蔵様』となる何かが無ければ、身代わりも何も無いと言う訳だ。

 ……崩すなら、こっちのセンか。

 

 術式発動のメカニズムとして考えられるのは──

 黒川地蔵尊の『首なし身代わり地蔵』の伝説のみを利用し、そのまま位相を差し込む方法。

 または、それに加え、『感染呪術』により術者と身代わり人形(お地蔵様)の結び付きを強め、術式の発動対象を個人に限定する事で、術の効果をさらに強め、発動を容易にする方法。

 ただ位相をそのまま使うだけだと、効果範囲があいまいな上に広過ぎるため、その分魔力を大量に消費する必要があり、個人では発動できないかも知れない。

 対象を限定できる『感染呪術』方式のほうが現実的だし、使い勝手が良いだろう。

 防護目的であれば回数無制限のほうが望ましいし、魔力の消費も抑えておきたいだろうから。

 ただ、その場合だと、予め身代わり人形を大量に揃えておく必要があるけど。

真っ赤なロン毛の魔術師(ステイル)が持ってる大量のルーンカードみたいに用意するとか?)

 

 感染呪術では、体の一部(毛や爪等)を身代わりの『呪物』に入れておく方法が一般的だけど、この場合、お地蔵様の中にジジイの体の一部を仕込んでおくか、お地蔵様の一部(欠片)をジジイが肌身離さず持ち続けるかのどちらかが考えられる。

 ……何かイヤらしい想像しちゃった。いけない、いけない。

 

 とにかく、この結び付きを断ち切れればいいのだから、その方法を考えるか。

 お地蔵様の中に術者の一部が入っている場合は……その『術者の一部』を取り除けば良い。

 術者がお地蔵様の一部を持っている場合は……術者に対するダメージは身代わりで防がれるし、お地蔵様の欠片が見付かるかも分からない。肌身離さず持っていても見せてはくれないだろう。

 ……では、()()()()()()()を何とかすると言うのは?

 ざっくり言うなら、お地蔵様が()()()()()()()()()()、感染呪術も発動しないだろう。

 つまり、身代わり用のお地蔵様全てを、何か()()()()()()()()()()()()()のだ。

 もっと具体的な方法に落とし込むとするなら──

 

 一般的に、お地蔵様は『御影石(みかげいし)』と呼ばれる石で作られる。

 墓石等に使われる石材の一種だ。

 正式には『花崗岩(かこうがん)』と呼ばれる岩石の一種だが、風化に強く、吸水性の低い、滅多な事では性質の変わらない、耐久性に優れた頑丈な石である。

 ただ、元々は地下のマグマが冷えて固まった結晶なので、超高温の環境下に置く等の化学処理をすれば、変化を起こさせる事もできなくはない。

 なので、身代わり地蔵が置かれた儀式場そのものに、何らかの処理を行えば、あるいは……。

 


 

 私は、地蔵堂の近くにある雑木林の前で、一人考え込んでいた。

(なお、周囲の警戒と灯りを確保するため、傍らには『ハリエル』のテレズマカードで顕現させた『火の蛇』を待機させたままにしている)

 

 大怪我で動けないマークさんが休んでいる所を誰かに見られて通報されたりすると面倒なので、周囲に『人払いのルーン(Ōþila(オシラ))』を刻み、近くに人が来ない様にはしてある。

 なので、一人静かにゆっくりと考え事ができる訳だ。

 

「さてん」

 

 一人静かに考え事ができ……

 

「さてん」

 

 ……って、うるさいな!

 ちょっとはゆっくり考え事させてよ!

 

「……マークのようだいが、かんばしくないように、みうけられますが。きゅうきゅうしゃをよばなくていいのかと、ミサ……は、けねんをひょうめいします」

 

 ああ、何だそんな事か。

 呼べる訳ないじゃん。

 どこからどう見ても、裏社会の住人丸出しの黒服男が、危険な任務で負傷したんだよ?

 病院なんかに担ぎ込まれようものなら、即座に警察呼ばれて面倒事になるの目に見えてるわ。

 

「いいのいいの。ここで待ってれば、レイヴィニアが来てくれるから」

 

 私は何でもないかの様に、軽く手を振って否定して見せる。

 それを見たミサは、心なしか、少し呆れた様な顔となり。

 

「……さてんはワルガキなのですね。なんというか……『しゅらばなれ』しているようです。と、ミサ……は、さてんをプロファイリングしてみます」

 

 と、私について妙に鋭い推理をかまして見せるのだった。

 まあ、当たってなくも無い様な……確かに、『血を見る』のには慣れてるけど。

 

 ここで、私は咄嗟に『あるアイデア』を思い付き、ミサのほうを見る。

 

「……なんですか?」

「えーとね……」

 

 そして、ミサに確認を取るのだった。

 

「……ミサは『電磁波による岩石破砕技術』って知ってる?」

「???」

 

 しかし、どうやらピンと来ない様子で、無表情のままキョトンとしている。

 まだ子供だからかな?

 年齢の割に大人びてそうな雰囲気だったけど、知識の面では見た目通り普通の小学生と大差無いのかも知れない。(キュウリの栄養に関する知識はある様だけど)

 

 とりあえず、スマホを取り出し、いくつかの関連するキーワードで検索してヒットした論文や、関連技術を実用化している企業のホームページ等を見せて、分かりやすく説明する。

 

 そして、納得がいったミサと私は早速、作戦に取り掛かるのだった。

 ……割と理解が早くて助かる。

 

 野菜泥棒をしている欲張り爺さんを目撃した上で、彼から受け取った野菜を食べてしまったにも関わらず、全く悪びれもしなかったのは、ミサは恐らく悪い事だと自覚していなかったのだろう。

 と言うか、そもそも野菜泥棒と気付いていたかどうかも怪しかったり。

(……あのジジイ、あまりに堂々としていたから、事情を知らない第三者なら騙される可能性も、無きにしもあらず……か)

 そんな訳で、ある程度の偏った知識が備わっている一方で、世情には疎い様な感じだったけど、学習能力それ自体は結構高いのかも知れない。

 


 

 阿蘇山は外輪山(がいりんざん)に囲まれたカルデラと中央火口丘(ちゅうおうかこうきゅう)──『阿蘇五岳(あそごがく)』で構成されており、活動中の火口を持つのは、阿蘇五岳の内の一つ、中岳(なかだけ)のみである。

 

 私は、地蔵堂周辺にある『身代わり術式』のための『儀式場』と、術者である欲張り爺さんとの魔術的結び付きを()()()()()()()()として嗅ぎ取り、その糸を辿る様に『阿蘇くじゅう国立公園』を目指し一直線に突き進んでいた。

 阿蘇くじゅう国立公園は、外輪山を越え中岳(第一火口)へ行く事の可能なルート上にある。

 その途中に仙酔峡(せんすいきょう)ロープウェイがあり、そこを辿れば迷わずに外輪山を越え、その先の阿蘇カルデラに踏み入る事ができるだろう。

 恐らく、敵のほうも同じルートを通るものと思われる。

 

 履いているスニーカーには『騎馬のルーン(Raiđō(ライゾ))』が刻んであり、その効果により、自転車並の速度(時速20キロ)で一気に駆け抜ける事ができるため、最終目的地の中岳までは1時間ちょっとで着く見込みだ。……そこまで何も起きなければの話だが。

 もちろん、火の蛇も一緒に付いて来ている。

 テレズマカードによる術式の発動中は、ルーンは使えるものの、他のテレズマカードや属性魔術が使えないため、ミサとマークさんの警護のために火の蛇を置いて行くと無防備になってしまい、敵に襲われたらひとたまりもないのだ。

 そうなったら、応戦するために一度火の蛇を解除するしかなくなるため、そうすると警護のほうもできなくなり、ミサとマークさんが無防備となる。そして結果的に、術の無駄遣いとなる。

 どうせ戦う事になるのは分かり切っているのだから、だったら直接戦える様に、火の蛇を連れて行くほうが賢明と言える。

 

 私が目的地へ向かっている間、欲張り爺さんが身代わり術式による空間移動を利用した不意打ちでミサとマークさんを襲撃する事はあり得ないだろう。

 それは、先程私とミサを見逃した行動と矛盾するから。

 あいつは阿蘇山へ向かわなければならないのだから、わざわざ地蔵堂へ引き返したりはしない。

 それに加え、私と出くわして戦闘になったとしても、私を動揺させたり儀式場を守る目的で引き返す事もしないと思われる。

 それをしてしまえば、目的地である阿蘇山の火口(中岳)から一気に遠ざかってしまうから。

 ヤツの目的は、阿蘇山において噴火に対する魔術的干渉を行う事。

 つまり、噴火までヤツは引き返せないし、あまり時間が残されてないとするなら、下手に離れる事もできない。

 身代わり術式を使うにしても、空間移動を伴わない形でダメージの転嫁のみに留めるだろう。

 

 そして何より──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが分かる。

 もうじき、()()()()()()()()

 

 レイヴィニアは、ジジイは囮かも知れないって言ってたけど、仮にもしそうだとしても、本命の雲仙岳から魔術的干渉により増幅された噴火エネルギーが、阿蘇山の噴火のタイミングに合わせて届いて来るとするならば、ジジイもまた、何らかの役割を担っていると考えていいだろう。

 なぜなら、雲仙岳からの噴火エネルギーを阿蘇山の噴火にただぶつけるだけでは、国見岳経由で新燃岳へ噴火エネルギーを届けるのは難しいだろうし、さらに、そこから桜島経由で南海トラフへ衝撃を与える事で、日本全国規模の同時多発人工地震を引き起こす様なアクロバティックな真似等到底不可能だろうから。

 もしジジイが中継役で他に仲間がいるなら、他の山にも中継役が待機している可能性がある。

 だからこそ、レイヴィニアは最初の噴火への干渉を防ぐため、本命狙いで雲仙岳へ向かったし、私達は次の噴火予測地点である阿蘇山の噴火への干渉を阻止しようとしているのだ。

 尤も、その場合、レイヴィニアの『組織』が既に他の場所を粗方潰しているだろうけど。

 

「──ここほれ、ワンワン!」

 

 ……ゴガガガガガッッッ!!!

 

(──ッ!!)

 

 突如、外輪山の麓──阿蘇くじゅう国立公園の敷地に入った所で、地中から『怪人・犬男』──否、『忠犬(ポチ)』のコスプレをしたジジイが現れ、地面から大判小判を掘り出し、それらを私に向けて弾丸の様に撃ち出してきた。

 

「──ハリエル!!」

 

 私は咄嗟に、火の蛇に予めイメージしておいた『自動防御』の動作を行わせる事で、私の周囲でとぐろを巻いた火の蛇が、大判小判を全て跡形も無く溶かし尽くす。

 

 その間、私は戦闘態勢に移行しつつも、懐に隠したスマホにも意識を配る。

 

(まだ、()()()()()……今ならまだいけるか?)

 

 そして、照準を定めるため、両腕をカマキリの様に曲げ、右手を順手にして地面(前方斜め下)を指差し、左手を逆手にして空(前方斜め上)を指差す。

 

 その奇妙な構えを見たジジイの動きが一瞬止まった所で、火の蛇が私の意思通りに、一旦地面に頭を突っ込ませて地中へ潜り込んだ後、すぐに地中から頭を出すと共に、大量の石礫(いしつぶて)を体や尻尾に巻き込んだ状態から、それらを撒き散らす様にジジイ目掛けて撃ち出す。

 ジジイの大判小判や陶片攻撃への意趣返しだ。(しかも、炎を纏わせる事で焼け石となり殺傷力が増すと言うオマケ付き)

 

 ……と、ここで、ジジイは咄嗟に回避のため体を伏せた後、すぐさま地中に潜ってしまう。

 もちろん、逃さない。

 どこへ逃げ隠れしようとも、この近くにいる限り、私の()()()()()()()()()からは逃れられないのだから。

 

 ……そこッ!!

 

 死角を狙ったのか、私の左斜め後ろの地点で地中から飛び出してきたジジイのものと思われる気配に対し、逸早く予測していた私は既に待機させていた火の蛇で迎え撃つ。

 どうせ『身代わり術式』でダメージを逃がすのだろうから、せめて身動きが取れない様に全身をガチガチに締め上げる(口にも猿轡(さるぐつわ)を噛ませる事で呪文詠唱できなくする)事で、何もできなくするのだ。

 

 だが。

 

 手応えが無く、まるで『(くう)を切る』かの様な感触だけがあった。

 いや、魔術で顕現させた火の蛇と実際に感覚が繋がっている訳ではないので、実際の感覚として伝わって来たのではなく、『()()()()()()()()()()()()()()()()』と言ったほうが正しいか。

 

 とにかく、火の蛇が巻き付いている場所に、()()()()()()()()()

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()だけが、火の蛇によって締め上げられ、炎に包まれ燃えていたのだった。

 

 その光景を、振り向きざまに、呆気に取られたまま見ていた私の、その後ろの方から。

 

 ──ブォン!!

 

 ……大鉈がプロペラの如く回転しながら飛んで来た。

 もちろん、注意が他へ逸れていたので、咄嗟に避けられるはずも無いが、幸い、自動防御により火の蛇が即座に割って入り、弾き飛ばしてくれたため、事無きを得た。

 

 そして、再び前を見た所、ジジイどころか犬の毛皮の燃え滓すら、跡形も無く消え失せていた。

 

 さらに、黒川地蔵尊からジジイへと続く魔力の糸の先の方向が、中岳方面まで移動して行くのがリアルタイムで分かった。

 

 ……目的地(火口)への移動を再開したのか。やばっ……早く追い掛けなきゃ!

 そう思い、私は中岳にある火口を目指し、再び走り始めるのだった。

 


 

行間

 

 レイヴィニアが搭乗するヘリは、熊本県と大分県の県境近くにある黒川温泉から長崎県の雲仙岳の最高峰である『平成新山』まで、西南西方向へ一直線に、1時間足らずで飛んで行った。

 

 その間、平成新山の周囲に聳える普賢岳(ふげんだけ)等の他の山々の頂上付近から、いくつかの『誘導弾』がヘリ目掛けて散発的に飛んで来たが、レイヴィニアの『防護魔術』により(ことごと)く弾かれ、全く意味をなさなかった。

 それに加え、誘導弾の軌跡から発射場所が全て割り出された事で、潜伏していた敵魔術師達が、大規模な水の属性魔術による雨霰(あめあられ)の如き絨毯爆撃で、周囲の山林諸共一人残らず叩き伏せられ、雲仙岳を構成する三峰五岳(さんぽうごがく)のどこかで息を潜める中核メンバーを残し、ほぼ壊滅したのだった。

 

『おい。本当に計画は上手く行くのかね?』

 

 普賢岳の中腹辺りで息を潜めていた敵組織の司令塔と思われる真っ黒なローブを羽織ったヒゲ面の魔術師の男が、片手に持ったスマホから流れてくる相手の男の不機嫌そうな声に顔をしかめる。

 モミアゲから顎にかけて繋がっているものの、短く刈られたヒゲは決して無精髭などではなく、むしろスッキリとした清潔感のあるオシャレな印象を見る者に与える。

 仮に今の格好が、典型的な魔術師然とした黒ずくめの古風な装束ではなく、紫か赤を基調としたホスト風のカジュアルスーツ姿だったなら、反社会組織の幹部あたりにいそうなインテリ○クザに見えた事だろう。

 

「ご心配なく。計画はつつがなく進行中です。ポイントBの予定時刻まで残り約30分。それまでにポイントAでの準備を終え、Bに合わせてAを決行する手筈に変わりはありません」

『……“明け色の陽射し”などと名乗る連中に見付かって、そいつらの妨害のせいで次々と作業要員が脱落して行ってると言う報告がこちらに来ているが、本当に大丈夫なのか?』

 

 上司あるいはパトロンと思われる通話相手の懸念に対し、ヒゲ面インテリ魔術師は努めて平静を装いつつ、宥める様に安心材料となる返答をするものの、相手は納得行かないまま、なおも続けて不安を言い募る。

 

 ……ちょうどその時、雲仙岳の上空を横切ったヘリが頂上付近でスピードを落とし旋回し始めたのが見えたため、魔術師は一方的に会話を切り上げ通話を切り、その場所へ向かうのだった。

 


 

 私は阿蘇くじゅう国立公園から仙酔峡ロープウェイ沿いに外輪山を越えた後、広大なカルデラを走り抜け、中心にある中岳の火口を目指していた。

 

 そこに……()()()()()()()()一本の木が生えていた。

 

 ──ボッッッ!!!

 

 ()()()()、木が破裂し、中から臼を背負い杵を持った上半身裸マッチョ爺が現れる。

 木片がこちらへ向かってきたのに合わせ、火の蛇が自動防御でそれらを振り払う。

 

 ただ、ジジイはこれまでと少し様子が変わっていた。

 今までの悪役っぽい雰囲気を出すための寒色系の衣装から、善玉っぽい雰囲気の暖色系の衣装へと変わっているのと──顔に『(おきな)面』を()()()いるのだ。

 

 てか、満面の笑みを浮かべた好々爺(こうこうや)然とした顔立ちの真っ白に塗られたお面なんて、マッチョな肉体と釣り合って無くてキモイわ。

(まあそれを言ったら、いい年したジジイが上半身裸マッチョで襲い掛かってくる絵面そのものが初っ端からキモイって話なんだけど)

 

 それに恐らくだが、あのマッスルボディも、魔術による肉体強化の賜物なのだろう。

 レイヴィニアから逃げる際に『肉襦袢』が脱ぎ捨てられたと、彼女から話に聞いている。

 

 そもそも普通に考えたら、お年寄が杵を振れると言うだけで、かなり壮健な部類に入るだろう。

 昔の人は現代人と比べフィジカルお化けだったらしいし、異能の力抜きで真似しようと思ったら食生活を根本から見直すしかない。

 それこそ、ボディービルダー並のプロテイン尽くしの食生活と弛まぬ鍛錬が必要だろう。

(昔の人は、イナゴとか蜂の子とかもタンパク源にして、モリモリ食べてたらしいけど)

 それに加え、農場で野菜泥棒していた時のランニング姿は、それなりの恵体ではあったものの、マッチョと呼べる程では無かった気がする。

 肉襦袢を着込む事で、『偶像の理論』を応用し、昔の人──例えば『坂田金時(さかたのきんとき)』の様な剛力無双の人物の力の一端を借りると言った、『聖人』と似た原理の肉体強化術を用いていると思われる。

 

 ともあれ、あの『翁面』もまた、『花咲爺』にまつわる魔術的記号の一つなんだろう。

 物語の中の善玉──つまり、主役の『花咲爺さん』その人を演じているのか。

 となると、()()()()も自ずと予測が付く。

 

 忠犬(ポチ)は正直者のお爺さん(花咲爺)に、掘ったら大判小判がザクザク出る場所を教えてあげた。

 それを聞き付けた隣の欲張り爺さんが、忠犬を無理やり引っ張り回し、お宝を見付けさせようとするも、掘った穴からは大判小判の代わりに、ゴミや陶片がガラガラと出てくるだけだった。

 これに怒った欲張り爺さんは、腹いせに忠犬を殺してしまった。

 その後、正直爺さんは亡くなった忠犬を悼み、庭に埋葬してあげたら、そこから木が生えてきてグングン伸び、あっという間に大きく立派に育った。

 正直爺さんは木を切って臼と杵に加工し、餅を突いたら、中から大判小判がザクザク出てきた。

 それを見た欲張り爺さんが、臼と杵を勝手に使って、それで餅を突いたら、中からゴミや陶片がガラガラ出てきた。

 

 ──ここまでが、あのジジイが魔術で再現した『花咲爺の物語』のあらましの一部だ。

 思い出せる限りでは……だけど。

 

 忠犬(の格好をした爺さん)が地面を掘ったら大判小判がザックザク。

 悪役の欲張り爺さんが餅を突いたら陶片がガラガラ飛んできた。

 ならば、善玉の花咲爺さんが餅を突けば、何が出てくるだろう。

 ……答えは分かり切っている。

 

「──大判小判が、ザックザク!!」

 

 杵を振り上げたジジイが()()を唱え、背中に括り付けた臼の凹みに打ち付けた瞬間。

 

 私は火の蛇を前の方に移動させ、大判小判の『山吹色の暴風(ゴールド・ラッシュ)』を迎え撃つ構えに入る。

 

 ……と、思った矢先、臼から飛び出た大判小判が、あらぬ方向へと散って行く。

 それらは()()()()()、私の後ろの方だったりジジイの背後だったり真横だったりと、あちこちを目指してバラバラに飛んで行った後、周囲に隠れてこちらの様子を窺っていた『見知らぬ影達』をことごとく狙い撃ちして、全員を叩き伏せたのだった。

 

 !!?? ……どういうこと???

 

 いつの間に、周囲を囲まれていたなんて。

 しかも、ジジイの味方でも無さそうだし。

 ひょっとして、レイヴィニアが話に出していた『魔術結社(マジックキャバル)』の連中?

 

 私が周囲に気を取られている隙に、ジジイは一目散に遠くへ逃げていた。

 あっと言う間に豆粒程にしか見えなくなり、すぐに姿を見失ってしまった。

 ……って、(はや)ッ!?

 

 とにかく、すぐに追い掛けないといけないけど、周りで倒れている連中の事も気になる。

 見た所、全員が周囲の景色に溶け込む様な、砂漠に似た色の服装で固められていた。

 加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、普通の登山客と見分けが付かなかっただろう。

 

 まあ、魔術結社と一口に言っても、ピンキリだし。

 実際に魔術を使えるのが一握りだけで、ほとんどは魔術を使えない素人か下働きばかりって事も十分あり得るだろう。

 

 それはそれとして、こいつらに不用意に近付くのも危ないし、放って置いたほうがいいか。

 寝た振りをしているのかも知れないし、近寄った所を不意に襲ってくるかも知れないから。

 

 そう考え、私は周囲で倒れている連中に構わず、ジジイを再び追い掛け始めるのだった。

 


 

 魔術結社『宵闇(よいやみ)の出口』の日本支部リーダー・仮称『ヒゲインテリ』は、愚鈍極まりない組織に愛想を尽かし、脱退と同時に新たな結社の旗揚げを目論んでいた。

(と言うのも、最近になって、生贄の調達が客分の魔術師一人に任されていた事や、その魔術師が何者かに撃退され、組織の幹部が右往左往している事等が耳に入り、先が無いと感じた模様)

 

 そこで、組織には内緒で、独断でスポンサーを募り、人員をかき集め、大博打を打った次第だ。

 その中身とは──

 

「……新たな学園都市を作るだと!?」

 

 平成新山の山頂付近で、目の前に対峙している()()()()()に向け、レイヴィニアが怪訝な表情をあらわにしつつ、素っ頓狂な声を上げる。

 

「ええ。誰もが()()()()()()()()()平等に能力開発を受けられる、誰もが夢に向かって挑戦できる、そんな『開かれた』学園都市を、新天地に作るのよ」

 

 それに対し、目の前の少女が、誇らしげに答える。

 

「……ハッ」

 

 しかし、それをレイヴィニアは鼻で笑う。

 

「ッ! ……何が可笑しいの?」

 

 露骨に見下されたと感じた少女は、イラついた様子で尋ねるも。

 

「……甘えるな、凡夫め。貴様はエサを与えられなければ自力で飛ぶ事もできない籠の中の鳥だ。そんな他力本願の抜け切らない甘えたヒヨッコ風情が、革命家気取りとは笑わせる」

「!!」

 

 レイヴィニアにこう切って捨てられ、何となく図星を突かれた様な顔になり──

 少女はそれまで抑えつけていた感情を一気に爆発させる。

 

「……あなたは何も知らない癖に! 学生は入学と同時に『伸びしろ』を測定され『素養番付(パラメータリスト)』に纏められて、そこから既に進路が決まっているの! 伸びないと判っている学生は予算もまともに下りない低レベルの学校に集められ、意味の無い『超能力開発ごっこ』で貴重な数年間を台無しにされた挙げ句、外へ逃げる事も叶わず、最後は掃き溜め(ストレンジ)に捨てられるのよ! それだけじゃない。超能力者になれなかったからと言って『別の異能』を学び直す事もできない! 私を学園都市から逃してくれた『恩人』から聞いたのよ。()()()()()()()()使()()()()()()()()()()からって」

 

 そこからは、堰を切った様に、少女の嘆きの独白が続いた。

 

 どうやら、この少女は学園都市に住んでいた無能力者(レベル0)の元・スキルアウトらしい。

 通常であれば、学園都市に在籍する学生が、学園都市から許可無く抜け出す事は固く禁じられており、その上、厳重なセキュリティーが張られているため脱出はほぼ不可能なはずだが、何らかの『通常ではありえない特殊な方法』で抜け出す事に成功したらしい。

 加えて、学園都市の闇の部分についても知り過ぎているため、身柄の回収あるいは抹殺のための部隊がいつ送られてもおかしくはないのだが、外部の魔術結社に協力する形で関わっている以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()上に、魔術結社に匿われていると見るべきか。

 

 そんな多くの情報が隠された話を、レイヴィニアはいかにも眠たげな顔で、半分以上()()()()

 

「……まあ、言い過ぎた。才能が無い上にオツムも弱く、さらには運にも見放されたとあっては、()()()()のも致し方あるまい」

 

 そして、哀れみの眼差しを向けつつ、謝罪に見せ掛け、さらに傷口を深く抉るのだった。

 

「……ッッ!!! ば、ば、バカにするなぁ!!」

 

 それを受け、少女は顔を耳まで真っ赤にし、涙目になりながら、激昂する。

 

「ああ、一つ言い忘れた。貴様には根性も無かったか」

「ッ!!」

 

 追い打ちを掛ける様に、レイヴィニアは傷口に泥を塗り付けるかの如き毒舌を浴びせる。

 そんな鬼畜と見紛うばかりの所業に対し、二の句が継げなくなった少女は口をパクパクさせる。

 

 さらに、そんな彼女に対し、レイヴィニアは駄目押しとばかりに。

 

「私が知ってる学園都市の学生には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がいるんだが……気に入らなければ環境のせいにして駄々を捏ねて周囲に迷惑を掛ける貴様なんぞと違い、奴は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……そんな奴の爪の垢でも煎じて飲ませてやろうか?」

 

 と、まるで『才能がある自分はそれよりもっと凄いのだ』と自慢するかの様な態度で、目の前の人物と比較して、上から目線で()()を持ち上げて見せる。

 

 ……それは荒療治とも呼べるものだった。

 

 どんなに努力しても報われなかった──いや、努力する機会すらも貰えなかった彼女自身を含むスキルアウトを始めとする低レベル能力者の恵まれない境遇は、素養番付を始めとする学園都市の不条理にこそ、全ての原因があり、全く新しい環境を用意さえすれば、現状よりはいくらかマシになるだろう──そんな希望的観測に基づく『御伽噺(げんそう)』。

 いや、そんな理由で学園都市の消滅を願い、その目的のため日本全土を巻き込む巨大人工地震を起こす様な恐ろしい魔術儀式に加担している時点で、それは最早『妄執』と呼ぶべきか。

 

 レイヴィニアの辛辣な言葉と、同じ無能力者なのに魔術を学ぶ事で自力で道を切り開く何者かの存在を仄めかされた事は、そんな妄執(げんそう)を粉々に打ち砕くには十分だった。

 


 

 黒川温泉の地蔵堂の周辺にて、ミサはL字に曲げた針金の棒を両手に一本ずつ持ちながら、ウロウロと歩き回っていた。

 電磁波による感知を応用したダウジングである。

 

 能力強度(レベル)が低いため、超電磁砲(レールガン)の様な電磁波レーダーを使った検知はできないが、素人が第六感に頼るのと似た要領で、道具による補助と迷信(オカルト)的な思い込みを利用し、『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を補強しているのだ。

(第六感とは、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚以外の感知能力を指す。一部の動物には、電磁気を感じ取る能力を持つ種がいて、それを第六感と見なす研究もある。一般に言語化が難しく、意識の俎上に上らない様な、雑多な感覚情報が直感を司る右脳によって無意識の内に統合処理され、その結果が『第六感』あるいは『霊感』として、ぼんやりと意識されると考える事もできる)

 

 そして、『反応』が感じられた場所に木の棒を突き立てて目印とした後、そこに近くの温泉から無断で拝借した『様々な化学物質が溶け込んだスープ』──つまりは『温泉の湯』を流し込む。

 

 全ての木の棒の目印を付け終えた後、それらを全て針金で結び、端っこを握った状態で、能力を使って特定周波数の電流を流し込む。

 超電磁砲が発する事のできる5億ボルトには遠く及ばないものの、人一人を感電死させられるに余りある高圧電流が地中へ流し込まれ、地中に浸透した『反応液』を媒介し、地中に埋まっている『身代わり地蔵』を形作る御影石が微細な振動により全て粉々に粉砕され、(魔術によって)中に混ぜ込まれていた欲張り爺さんの毛髪も、石臼に挽かれる様に、跡形も無くなるのだった。

 

 斯くして、佐天の魔術知識による術式解析とミサの発電能力を用いた『科学技術』の合体技で、『身代わり術式』と言う名の『御伽噺(げんそう)』は、跡形も無く解体(デモリッション)された。

 


 

 外輪山からカルデラ地帯を通り抜け、阿蘇中岳付近へ辿り着いた私、佐天涙子は──

 

 周囲を警戒させる目的で随行させている火の蛇が纏う炎が不安定に揺らめいているのに気付き、火のテレズマが尽きかけているのかと、不安に襲われる。

 だが、その直後、炎の色がいつもの赤ではなく()()()()()に変化している事に気付き。

 

「炎色反応? まさか……」

 

 鼻をヒクヒクさせながら、『火山ガス』──阿蘇山の場合、『亜硫酸ガス』(二酸化硫黄)──の存在に、ニオイで気付く。

 

「やばっ! ……火山ガスじゃん! 吸い込まない様に気を付けないと」

 

 私は咄嗟にポケットからハンカチを取り出し、口を塞ぐ。

 そして、炎が波打つ様に膨れ上がっては萎むのを断続的に繰り返す火の蛇の方を見ながら。

 

「って、それだけじゃないし。こいつに引火して爆発でもしたら一大事だから……消すか?」

 

 と、一人呟く。

 

(でも、ここで消すのも()()()()し、ジジイはいつまた襲ってくるか分からないからなぁ)

 

 そして、心の中で逡巡し、ヤキモキしていると。

 

 ……!!

 

 唐突に、()()()()()()()()()()()()()

 それと同時に、懐に入れてあったスマホが振動し始める。

 スマホを取り出し、メーラーを開くと、ミサの携帯電話からショートメールが届いていた。

(誰に買って貰ったのかは知らないが、彼女は最初から自分用のキッズ携帯を持っていたらしく、後になってから聞かされたため、黒川温泉を出発する前に番号を交換しておいたのだ)

 

『地蔵を全て破壊しました。ミサカより』

 

 ショートメールには、そう書かれていた。

 ……ん??

 

「……『ミサカ』? 御坂(みさか)さんの事? ってか、誤字だよね? コレ」

 

 最近の携帯スマホは、漢字の予測変換がAIによるディープ・ラーニングで色々と凄い事になってたりするから、ちょっと手が滑って、余計なお節介じみた変換結果が誤入力されたんだろう。

 

 とにかく、あたし達の目論見は成功した。

 これでもう、あのジジイは身代わり術式を扱えない。

 そうなると、火山噴火に対する魔術的干渉は、文字通り、捨て身の作業となる。

 

 一体全体何の目的があって、日本全国規模の人工地震を起こしてまで、学園都市を消し去りたいのか……ジジイの願いは()()()()()()()し、()()()()()()()()()()()()()()()()()のかも全く知りようが無いけど。

 

 もし、本気で命を捨ててでも目的を達成しようとしているのなら……このまま捨て置けない。

 

 ……ここからは、あたしも腹を括らなければいけないか。

 初春達が住んでいる学園都市を守るためにも。

 それに、阿蘇山噴火から家族を守るためにも。

 

 噴火が避けられない事だとしても、せめて魔術的干渉だけは、させてはならない。

 

 かと言って、ここから火の蛇を使って火山ガスに引火させる等して、中岳火口付近を纏めて焼き払う様な、手荒な真似もできない。

 あの場所には無関係の人がいるかも知れないし、高価な観測機器があれば壊してしまうから。

 それに、たとえ焼き払ったとしても、あのジジイなら地中に隠れてやり過ごすくらいは朝飯前だろうし、ダメージを転嫁できない状況に備えて、ガスマスクくらい用意しているはず。

 

 ……あの『お面』の中に、ガスマスクが仕込まれてるんだろうか?

 だとすれば、火山ガスが充満している河口付近では、あの格好のままで居続ける事になる。

 これから行使するであろう術式も、あの『翁面』を付けたまま行われると言う事か。

 

 ……『花咲爺』の話の続きは、こうなっている。

 

 ──臼からガラクタが出てきた事で、怒った欲張り爺さんは臼と杵を燃やして灰にしてしまう。

 忠犬の形見とも呼べる木から作られた臼と杵が燃やされ灰になってしまった事で、正直爺さんは嘆き悲しむも、死んでしまった忠犬が夢の中に現れ、桜の枯れ木に灰を撒いて欲しいと告げる。

 夢で告げられた通りに、灰を撒くと、そこから桜の花が咲いたのだった。

 

 つまり、この話の通りに術式を展開した場合、ジジイが背負っていた臼と杵を燃やして灰にし、それを枯れ木に撒く行程を辿る事となる。

 燃やすのは欲張り爺さんの役目なので、翁面をツケずに『素面(すめん)』のまま、欲張り爺さんの格好で行わなければならない、よって、火山ガスが充満している火口付近では行えない。

 なので、この行程は既に終えている可能性が高い。

 後は、臼と杵を燃やした後の灰を、翁面をツケた『花咲爺』が()()()へ持って行く事になる。

 ……どこに持って行く?

 

 桜の枯れ木? でも、火口のすぐそばに桜の木は無い。

 そもそも火山ガスが常に充満している場所は植物の生育に適さないので、ある訳が無い。

 火口から遠く離れた場所にある『阿蘇くじゅう国立公園』や『一心行(いっしんぎょう)公園』、外輪山の内側の牧草地帯にある『観音桜』等、桜の木が生えている場所は沢山あるけど、それらに灰を撒くとするなら、中岳火口へ向かうのは矛盾している。

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それなら、辻褄が合う。

 

 やる事は変わらないと言う訳か。

 ジジイが周辺一帯の桜の木に灰を撒くため、中岳火口に灰をぶち込む──その作業を妨害する。

 

 そうと決まれば、急がなければならない。

 恐らく、火口付近では、ジジイはもう『大判小判』や『ガラガラ』等の攻撃術式は使えない。

 忠犬の格好でしか行使できないと思われる『ここ掘れワンワン』や、臼と杵を使う『大判小判』と『ガラガラ』を発動するには、作業工程を大幅に後戻りさせる必要があるからだ。

 

 なので、火の蛇による自動防御はもう要らないだろう。

 いずれにせよ、こんな火山ガスの充満する場所で、これ以上出し続けるのは危ないし。

 

 一通り考察を終えた私は、火の蛇の術式を解除し、そのまま中岳火口を目指して再び走り出す。

 

 ……が、そこでふと立ち止まってしまう。

 なぜなら、一つだけ釈然としない様な、モヤモヤとした違和感が胸の内に残っていたせいだ。

 

 ──あのジジイと魔術結社の連中は、仲間同士じゃなかった。

 そして、レイヴィニアはジジイを(デコイ)と呼んだ。

 つまり、ジジイの動きと魔術結社の動きは全くの別物と言う事だ。

 

 そもそも、灰を桜の枯れ木に撒いて花を咲かせるとして、そこからどうするのか?

 ……と言うか、今は夏だし、桜は枯れているのではなく、葉桜になっているはず。

 

 枯れ木……かれき……ガレキ?

 んー。

 でも、何だか無理がある様な……震災の瓦礫(がれき)に火山灰を撒いて花を咲かせるって。

 それとも、魔術的干渉のための触媒……あるいは『(にえ)』として瓦礫を使うとか?

 

 …………。

 

 花咲爺の物語には、超常的な力を扱う忠犬が登場し、実はコイツが物語を進行させる狂言回しの役割を持ち、影の主人公とも呼べる。

 コイツには財宝やガラクタ等を意図的に掘り当てる能力があり、正直者の善人には福を運ぶ一方で、欲のために犬を無理やり連れ回す心無い悪人には不幸しか運ばない。

 その力は、死んで木に生まれ変わり、臼や杵になった後も変わらず残り、さらに燃やされて灰になった後は、正直爺さんの夢枕にまで立って、桜の枯れ木に花を咲かせるに至る。

 つまりは、花咲爺とは、忠犬の『死と再生』の物語と解釈する事も可能な訳だ。

 

 『死と再生』……ね。

 

 ……まあ、思えばずっと違和感だらけだった様な気もするけど。

 

 あのクソジジイは、野菜泥棒だし、真夜中の川縁で犬の毛皮を着て不気味な歌を口遊んでたり、『えのころ飯』がどうのと気持ち悪い事を言って、あたしとミサに怪しい視線を向けて来たりと、得体の知れない怪しい破落戸(ごろつき)にしか見えない。

(マークさんを傷付けられた恨みもあるし……足手まといになったあたしのせいだけど)

 

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 むしろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは、あたしの気のせいだろうか?

 

 とにかく、ここから先……あのジジイがやろうとしている事を、あたしは見届けるべきなのかも知れない。

 直感がそう言ってるのだ。……刮目せよ、と。

 と言うか、あたしが見てみたいだけなのかも知れないけど。

 

 こうして、一つの結論に達した私は、レイヴィニアに電話を掛けて、現在の状況を粗方報告した上で、()()()()()()()()()()()()()()()を伝えた。

 もちろん、私のせいでマークさんに怪我を負わせてしまった事も併せて説明したのだが、それに関しては『本人の自業自得だ。ウスノロめ』と切って捨てられてしまった。マークさん……。

 

 そして、彼女から承認を得た後、私はそのまま中岳火口を目指し再び走り出すのだった。

 ……場合によっては、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ために。

 

 その時既に、私の目を曇らせていた、ジジイが悪い魔術師に違いないとする先入観と言う名の御伽噺(げんそう)は、私自身の手で跡形も無くブチ殺されていたのだった。

 




解説:
 欲張り爺さんが『花咲爺』を演じる際にツケている『翁面』は、能面の一種。
 正式名称は『白式尉(はくしきじょう)』。
 古くは長寿を祈祷する呪術的な踊りに用いられ、『翁猿楽(おきなさるがく)』あるいは『翁舞(おきなまい)』と呼ばれる。
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