とある佐天の裏技遊戯(ニューゲーム)   作:RB_Broader

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カレキに花を咲かせましょう

 長崎県の雲仙岳(うんぜんだけ)の最高峰・平成新山(へいせいしんざん)の頂上付近にて。

 学園都市から逃げてきた元・スキルアウトの少女は、レイヴィニアと向かい合っていた。

 そして今しがた、相手によって完全論破され、自分の信念──あるいは妄執(げんそう)を粉々に打ち砕かれた所だった。

 

「何よ……何なのよ……! 何でそんな事を今更言うのよ……!」

 

 少女は干乾びた梅干しの様に真っ赤に染まった(しか)めっ面で、憤懣やるかたないと言った様子で、恨みがましく目の前の相手を()めつける。

 

「今更そんな事を言われたって……! そんな()()()()がいるなんて、今になって初めて知った所で……私はもうここまで来てしまったのだから、今更引き返せはしないのに……!」

 

 そして、一転して儚げな表情へと変わり、さめざめと涙を流し始めるのだった。

 

 そんな彼女が懐に手を入れ、中から『何か』を取り出そうとした刹那──

 

 ……ゴバァァァッッッ!!

 

 レイヴィニアが杖の様な短剣──象徴武器(シンボリックウォポン)『剣と杯の杖』を振り上げた事で、風の属性魔術により生み出された轟風(ごうふう)が、目の前の少女をあっと言う間にどこかへ掻っ攫って行ってしまう。

 

 風に吹き飛ばされ宙を舞った拍子に、少女の掌からは黒くゴツゴツした質感の物体が零れ落ち、それは遠くの山肌へと落下し、岩盤にぶつかると同時に『発砲音』と火花を上げた後、バラバラに飛び散りながら散逸して見えなくなった。

 

「……ふん。年端も行かぬ少女(メスガキ)の手にあんな物騒な拳銃(モノ)を握らせるなんて、悪い大人連中だ」

 

 そして、レイヴィニアは溜息を吐きながら、少し離れた場所から様子を窺っていた男達に対し、氷の様に冷たい視線を向けた後。

 

「どうせ()()()()()()()()()()()()()()んだろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 と、底冷えする程に低く抑えた声で、その言葉に怒気を孕ませつつ、看破してみせるのだった。

 

 ──古来から伝わる民話の中には、自然災害を収束させるべく、荒ぶる土地の神に人柱を捧げる『人身御供(ひとみごくう)』の伝承が数多く存在する。

 その犠牲となるのは、年端も行かぬ子供や結婚前の女性(少女)がほとんどで、中には古くから土地を支配する荒ぶる神(怪物)が人柱の少女を娶る悲劇もある。

 もっとも、その手の話の続きには、颯爽と現れたヒーロー(神様だったり神の子孫だったり)が怪物を倒し、囚われの少女を救い出すと言うハッピーエンドが用意されていたりするのだが。

 

 そして、人身御供の話には2つのパターンがある。

 一つは、人柱のおかげで災害が鎮まる(様に見える)ため、学習した集落の民が、毎年決まった時期に人柱を捧げる儀式が習慣化し、ヒーローにより土地神が討伐されるまで続くパターン。

 もう一つは、人柱を捧げたにも関わらず、荒ぶる神が鎮まらないまま、自然災害によって集落が壊滅するパターン。

 

 この後者の伝承を逆手に取り、『荒ぶる神を鎮めるのに失敗する』=『荒ぶる神の怒りを買う』要素のみを抽出し徹底的に尖らせた『生贄失敗』の儀式こそ、魔術結社『宵闇(よいやみ)の出口』の一分派が仕掛けた罠である。

 詳しい術式構成は、この構図を仕組んだ魔術結社幹部(ヒゲインテリ魔術師)しか知らないが、大まかな手順は、『雲仙岳の最高峰・平成新山の頂上に配置した少女を何らかの形で死に追いやる事で祭神への生贄とする』段階と、『それにより神の怒りのスイッチをONにする事で火山噴火を意図的に起こし、なおかつ増幅させる』段階とに分かれる。

 

 元々、雲仙岳の祭神は九州島そのものである『一身四面』の神々──

 『白日別命(しらひわけのみこと)』:別名『筑紫国(ちくしのくに)』(福岡西部)、

 『豊日別命(とよひわけのみこと)』:別名『豊国(とよのくに)』(福岡東部・大分)、

 『建日向日豊久士比泥別命(たけひむかひとよくじひねわけのみこと)』:別名『肥国(ひのくに)』(長崎・佐賀・熊本)、

 『建日別命(たてひわけのみこと)』:別名『熊曾国(くまそのくに)』(宮崎・鹿児島)の4柱──

 と、『速日別命(はやひわけのみこと)』を加えた5柱の神々である。

(日本の『国産み神話』においては、国土そのものですら、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)伊邪那美命(いざなみのみこと)の夫婦神から生まれた神々なのだ)

 そして、一身四面の神々の総称が『温泉四面神(うんぜんしめんしん)』であり、それら4柱と『速日別命』を祭神として祀る神社が『温泉神社(うんぜんじんじゃ)』であり、『雲仙(うんぜん)』の地名の由来でもある。

 

 もちろん、温泉神社は『温泉四面神』を1柱としてではなく4柱として個別に祀っている。

 だが、ヒゲインテリ魔術師率いる魔術結社は敢えてそうしなかった。

 

 ──無礼千万にも、たった1柱の荒ぶる神と見なし、たった1人の生贄を捧げようと言うのだ。

 敢えてそうするのだ。神々の怒りを買うために。

 これでは、人身御供が成功するはずも無く、ただただ神々の怒りを喚起するのみ。

 そして、それこそが、雲仙岳の噴火を増幅するための魔術的干渉の正体なのだ。

(つまり、計画に荷担していると思われた少女もまた、魔術師連中に騙され都合よく使い潰される予定であり、嵌められていたのだ)

 

 ……だがしかし、その口火が切られる事は無かった。

 生贄にされそうな元・スキルアウトの少女や、生贄の予備として別の場所で待機させられていた(震災の混乱に乗じ行方不明に見せ掛けて魔術結社によって拉致された被災地の)子供達は全員、レイヴィニアの大規模な風属性魔術による轟風に飛ばされた事で、安全な場所へ強制的に避難させられており、取り残されたヒゲインテリ魔術師の部下達は、続けて放たれた大規模な水属性魔術による豪雨で叩き伏せられた挙げ句、ことごとく押し流されて行ったのだから。

 

 もちろん、幹部であるヒゲインテリ魔術師本人もまた、無事であるはずが無かった。

 水属性魔術による豪雨からは何とか逃れたものの、部下を盾にする形で防護魔術を使った事で、レイヴィニアに居場所が突き止められ、ピンポイントで狙われたのが運の尽き。

 彼だけは特別に、数十本もの『風の矢』をそれぞれ束ねて作った十数本の『竜巻ロケット』から伸びる『竜巻の鎖』で両手両足を雁字搦めに拘束されたまま、成層圏近くまで打ち上げられた後、長い長い遊覧飛行(スカイダイビング)を無理やりエンジョイさせられる羽目になっていたのだ。

 

 そして、彼にはまた別の恐怖が襲い掛かるのだった。

 

(──ヒィッ!!!! 息がッ……!!! し、死ぬ!!! 死んでしまうッ!!!)

 

 眼下には雲海、頭上には明るく大きな月が煌々と輝き、その周りを満天の星空が広がり、真横の全方位を丸みを帯びた地平線がグルリと囲む、空気の薄い高高度の空の中、身動きすら取れず息もできないまま、呻く事すらままならず、心の中で叫び続けるも。

 

(……()()()()()()()()()()()()()()()!!! ……来る!!! ()()が来てしまう!!!)

 

 どうやら彼は、地上へ落下する事よりも、()()し続ける事により大きな恐怖を覚えている様子。

 

 なぜなら、それは全ての魔術師にとっての『常識』だからだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()術式の存在。

 

 ──聖ペテロの撃墜術式。

 

 十二使徒の一人、聖ペテロが、悪魔の力を借りて空を飛ぶ魔術師シモン=マグスを、主への祈りだけで撃墜した──と言う伝承に基づく術式。

 十字教で解釈可能な異端・異教の飛行術式を用いる人間に対し、呪文一つで墜落させ、墜落以上のダメージを与える効果を持つ。(伝承では、魔術師シモンは撃墜された後、即死した)

 

 この術式の存在により、現在では全ての魔術師は地上10メートル以上を魔術で飛行できない。

 なぜなら、簡単に撃ち落とされてしまう上、余計なダメージまで喰らって死にかねないからだ。

(いくらか誤魔化す方法はあるものの、飛行する際は自力ではなく道具や乗り物に頼ったりする)

 

 しかし、今の彼は違う。

 レイヴィニアに掛けられた風の属性魔術により、生身の体で無理やり空を飛ばされているのだ。

 加えて、この術式は彼の体から無理やり吸い上げた生命力を魔力に変換して動いている(呪いに近い)ため、彼自身が術者と見なされ、彼が生きている限り術式は発動し続けるのだ。

 

(お……おろして……ゆるしてくれ……お、俺が悪かった……もう、こんな事しないから……! だ、誰か……早く俺を地上におろしてくれぇぇぇーーーッッ!!!)

 

 そんな悲痛な心の叫びも虚しく、彼の体は高度が下がりそうになると、竜巻ロケットの推進力で上に引き戻されるのを、誰かに撃墜されるまでの間、あるいは上空で水分を失って干乾びるまでの間、延々と繰り返し続ける事になる。

 

 言うまでもない事だが、彼にこの術式を解除できる程の実力などあろうはずがない。ないったらないったらない。

 それに、解除したらしたで地上への自由落下から身を守る術など持ち合わせていないのだから、二重の意味で救いなど無いのだ。

 

「……せいぜい、地獄への遊覧飛行(スカイダイビング)を長く楽しめる様、山の神々にでも祈り続けろ。下種(ゲス)め」

 

 レイヴィニアは空を見上げながら、フライング・ヒューマノイドと化したヒゲインテリ魔術師に向かって勝利の捨て台詞を吐く。

 そして、迎えのヘリが到着するのを待っている最中、スマホのベルが鳴り始めるのだった。

 


 

 レイヴィニアのスマホの通話呼び出し画面には“Ruiko Saten”の文字。

 だが、万が一スマホが敵に奪われた上にロックを解除されたとしたら、たとえ電話の向こうから聞こえる声が『顔見知り』のものだったとしても、成り済ましの可能性を考えるべきだろう。

 

「──アブラハム(Abraham)。5、11、21、23、27、29、39、45」

『──ラメク(Lamech)。9、13、37、41』

 

 そう考えたレイヴィニアが『合言葉』をぶつけると、相手からも『合言葉』が返ってくる。

 ……どうやら本人(佐天涙子)らしい。

 

「それで、儀式場の破壊には成功したんだな?」

『うん。()()()()()()()()()()()から、術式は破壊されたと思う』

 

 とりあえず、佐天から作戦成功の報を受けたレイヴィニアだったが。

 

「……?? (『魔力の繋がり』? ……『思う』?)」

 

 簡潔過ぎるあまり、明らかに言葉足らずな物言いに思わず首を傾げながら眉をひそめる。

 

 もしも相手が部下だったなら、あまりの使え無さに迷わず怒鳴り散らしていた所だろう。

 もっとハッキリと分かるように説明しろ──と。

 しかし、今の相手は新参者(ニオファイト)同然とは言え、曲がりなりにも自立した魔術師。

 彼女なりに何か考えがあっての事だろうと思い直すも──

 

「……ちょっと待て。貴様、今どこにいる?」

 

 ──やはり、詳しい話を聞いておくべきかと考え、改めて問うのだった。

 

 そして、佐天から現在位置──ミサとマークを残したまま黒川温泉(地蔵堂)から離れ、単独で阿蘇(あそ)中岳(なかだけ)火口へ向かっている事と、儀式場を破壊するまでの一部始終を説明され、ようやく合点が行ったレイヴィニアは、草臥れた表情で思わず溜息を吐いてしまう。

 

「……まあいい。あの魔術結社(ゴミクズども)は綺麗に掃除しておいた。雲仙岳(こちら)のほうは心配いらない」

 

 そして、こちら側の現状を伝えた後、そそくさと話を切り上げようとするも。

 

『あの……』

 

 向こうから、何やら話を切り出されるのだった。

 


 

 私、佐天涙子(さてんるいこ)は、阿蘇山・中岳火口を目指し、外輪山を北東方面から乗り越えた後、目的の人物──『欲張り爺さん』こと魔術師『ハナサカ・オキナ』と会敵し、戦闘となるのだが……。

 その過程で紆余曲折あって、爺さんが悪性の魔術師ではない事に気付いた私は──

 その真意を知りたくなり、レイヴィニアとスマホで連絡を取って相談した後、彼奴(きゃつ)の行動を阻止する方向から見守る方向へと方針転換するのだった。

 

 そして、しばらく走り続けた後、私は目的地の中岳火口付近まで辿り着いていた。

 自動防御のため『ハリエル』の術式で顕現させていた『火の蛇』は、火山ガスに引火する危険があるので、現在は術式を解除して引っ込めている。

 

 そしてこれから、爺さん演じる『花咲爺(はなさかじじい)』の物語の山場(クライマックス)を見届けようとしている所だ。

 

 レイヴィニアの話によれば、雲仙岳の噴火を狙っていた連中は()()()()()ので、雲仙岳のほうは心配無いらしい。

 

 ……彼女の事だから、あの『白い爆撃魔術』でド派手に一発ドカンとかましたんだろうな。

 あたしにも、あれくらい強力な()()()魔術が使えればなあ。

 象徴武器(シンボリックウェポン)を使った他の属性魔術と違い、あれだけは術式構成が()()()()()()()()()

 属性魔術にしても、詠唱無しで発動していたので、他の手段──()()()()()()を使って発動している所までは分かったに過ぎないけど。

 一見普通の小さな女の子にしか見えないし、特別に生命力が強い訳でも無ければ、莫大な魔力を持っている訳でも無さそうだし……あれだけ強力な魔術をバンバン使うのには、何かカラクリでもある様な気がするんだけど。

 何となくだけど、そのカラクリさえ分かれば……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな風に色々考えているうちに、いつの間にか、高濃度の火山ガスが充満する危険地帯に踏み込んでいた様だった。

 

 満月に近い十三夜の明るい月が半分以上西に傾いており、火山の噴煙による曇り空に月明かりが乱反射しているせいか、空が全体的に明るく光って見える。

 それに加え、暗い中をずっと走り続けてきたおかげで、目が大分慣れてきた模様。

 

 モクモクと上がり充満する噴煙の少し向こうに、中岳火口の外縁部が見え隠れしている。

 

 ……っ!!

 

 あまりの刺激臭に鼻が曲がりそうになるのと同時に、頭がクラクラしてくる。

 これ以上踏み込むのは危険だ。

 

 嗅覚も利かない状態じゃあ、テレズマの流れを感知して引き込むのも無理そうだし、とりあえず引き返そう。

 

 その時。

 黄色いポリ袋を手から提げた爺さんらしき人影が、視界の向こう──火口の外縁部に見えた。

 

 ……“克灰袋(こくはいぶくろ)”?

 

 蛍光色の黄色いポリ袋の表面に、黒い丸ゴシック体で大きく縦書きされているのが確認できる。

 その下には4文字の言葉が書いてあるのが分かるが、暗いせいで視界がぼやけて、あまり細かい文字までは読み取れず、2文字目の『児』と4文字目の『市』だけがギリギリ読み取れる。

 

 ……鹿児島市の指定ゴミ袋?

 

 中には灰色っぽい粉……あるいは砂? ……灰? ……の様なものが入っている。

 多分、あの中に『忠犬(臼と杵)の遺灰』が詰め込まれているのだろうか。

 

 そう言えば、阿蘇山噴火の時、火山灰を回収するための袋が配布されるって聞いた事がある。

 きっとそれと同じものだろう。

 

 まあいい……とにかく急がないと。

 と、その前に……まずは火山ガスの薄い場所へ一旦引き返して嗅覚が復活するのを待ってから、風のテレズマを手繰り寄せ、風の属性魔術で周囲から風を送り込む事で火山ガスを吹き散らして、少しでも火口に近付く事ができる様にしないと。

 

 本当なら今すぐにでも爺さんを追い掛けたい所だけど……『急がば回れ』って言うからね。

 もっと早くに風の属性魔術を使っておけば、一々引き返す必要も無かったんだろうけど、後悔しても詮無い事だし、ウジウジ悩んでもしょうがない。

 さっさと引き返そう。

 

 ……恐らく、噴火までの猶予は後10分も無い。

 このまま何も出来ずにただ見過ごしたんじゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 


 

 8月19日午前1時30分頃──

 花咲爺の格好をした翁面の魔術師ハナサカ・オキナは、阿蘇中岳火口の外縁に一人立っていた。

 辺り一帯は火山ガスと噴煙が充満し、視界はおろか、呼吸すらままならない中で、爺さんはどこ吹く風と言った感じで平然としていた。

 方法は定かではないが、火山ガスから身を守るための何らかの手段を講じているのだろう。

 

 なお、佐天は科学サイドの力──ガスマスクが翁面の裏側に仕込まれていると推測していたが、火山ガスを完全に防ぐ事のできる性能のマスクはそれなりの厚さが必要となるため、翁面の裏側に収まりきらないだろうし、仮に翁面の裏側に収まる様な超薄型の高性能マスクがあったとしても、呼吸音が混じったり、声が籠ったりして、呪文がハッキリと詠唱し辛くなるデメリットがある。

 したがって、この推測はハズレである可能性が高い。

 

 仮に、魔術サイドの力──防護魔術を使っているならば、『那須(なす)殺生石(せっしょうせき)』の伝説に絡める事で、火山ガスを『殺生石』の力と見なし、さらにそこへ『殺生石を破壊した高僧・玄翁(げんのう)』の逸話をぶつける事で、火山ガスを無力化していると考えられる。

 そして、この可能性の裏付けとなるものが、彼の腰に括り付けてある『玄翁(げんのう)』と呼ばれる金槌の一種で、その名の由来は正に玄翁和尚(げんのうおしょう)その人であり、金槌で殺生石を破壊した伝説に因んでいる。

 

 ただし、異なる伝承を元にした複数の術式を併用する場合、混線したり競合を起こす等して失敗するリスクもあるため、組み合わせや発動のタイミングには細心の注意を払う必要がある。

 例えば、『花咲爺』の物語と『玄翁』の伝説を併用する場合、『爺』と『翁』と言う似た意味を持つ言葉同士が混線して術の性質が変わってしまうリスクがある。

 さらに、『玄翁』の『殺生石を破壊する』魔術的効果が、同じく石で作られた『身代わり地蔵』に作用して破壊してしまう等の形で、術式同士が互いに打ち消し合う危険性が高い。

 

「──枯れ~木に~花~を~、咲か~せま~しょ~~!!」

 

 ここで、爺さんは黄色いポリ袋から灰を一掴み掬い上げ、噴火寸前の火口の中へ投げ入れる。

 そして続けて、ポリ袋を逆さにし、中身の灰を全て、火口へ向けてブチ撒けるのだった。

 


 

「──温にして湿(Hot and Wet)……さらに、温にして湿(Even more, Hot and Wet)!!」

 

 その時──私、佐天涙子は風と一つになっていた。

 

 火山ガスがそれ程濃くない場所まで引き返した後、風のテレズマを手繰り寄せ、練り上げる事でより大きな流れを生み出し、それを利用した風の属性魔術で、私自身の体を撃ち出したのだ。

 

 もちろん、目標は中岳火口の外縁部にいると思われる爺さんだ。

 遠くから風で狙い撃ちする事も考えたが、それだと狙いが外れた場合に軌道修正できないため、私自身の体を移動させる事で、途中で加速や軌道修正したり、爺さんの居場所を目視確認した上で次の行動が取れる様にしたのだ。

 

 ……見付けたッ!!!

 

 爺さんは火口の外縁部──噴煙の噴き出し口から10メートルも離れていない場所にいた。

(しかも、マッチョな腕を振り上げて、ガッツポーズを取っている)

 

 火口からは、今にも噴火しそうな感じで、煙が『シュッコ、シュッコ』と音を立てている。

 

 もうじき噴火する……このままだと噴火に巻き込まれる……今すぐ離れないと危ない!!

 

 その時──爺さんと目が合った様な気がした。

 

 素顔は見えなかったが、翁面の目の穴の部分から、表情が僅かに読み取れた。

 

 『我が生涯に一片の悔い無し』──爺さんの目が、そう語っていた。

 

 ……って、ふざけんな!!!

 アンタがそれで良くても、あたしが駄目なんだよ!!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

 だから……助ける!!!

 

 死に損なったクソジジイの末永い余生に、多大な悔いあれ!!!!!

 

「──温にして湿(H. A. W.)さらに温にして湿(E. M. H. A. W.)

そして(T.)我が身を後方へ撃ち出すと共に(S. M. B. B. A.)標的をさらに遠くへ吹き飛ばせ(B. T. T. F. A.)

 

 私の()()()()()に従い、右手に持ったペーパーナイフの先に生まれた烈風が、私自身の体を後ろへ飛ばすと同時に、ずっと向こうの方にいる爺さんの体をさらに向こうへと吹き飛ばし。

 

 その次の瞬間──

 

 ……×××××××ーーーーー×ッッッ!!!!!!!!!!!

 

 爺さんが立っていた場所を含む火口付近の地面の全てが、巨大な紅蓮の柱に丸ごと飲み込まれ、さらに周辺一帯の『大気』が激しく振動し、(つんざ)く様な『衝撃』が私の耳を潰す。

 

 頭が痛い……意識が体から離れ、遠くへ飛んで行く感覚がする。

 もう何も聞こえない。

 景色が真っ黒に見える。火山の噴煙の色が空全体を埋め尽くしているのだ。

 

 視界の端に、私の両腕がヒラヒラとはためいているのが微かに見える。

 右手に握られていたはずのペーパーナイフがどっか飛んで行ったらしい。

 暗さのせいか、あるいは私の視界から色が失われたせいか、腕の肌の色が灰色がかって見える。

 

 ……あはは。

 爺さん助けに行って、あたし自身が死にそうになってちゃ、世話ないや。

 

 魔術の集中も切らしちゃったし、象徴武器になるペーパーナイフもどっか飛んでったし。

 早く何とかして体のバランスを取り戻さないと、このまま頭から地面に突っ込んでお陀仏かも。

 

 って、随分遠くまで飛んで行ったもんだなあ。

 もう火山の噴煙があんなに遠くに見える。

 

 勢い良く噴火したおかげか、まるで……巨大なキノコ雲……いや。

 

 ──()()()???

 

 その時、私の視界いっぱいに広がる噴煙が、ほんのり薄桃色っぽく輝いて見えた。

 そう、まるで……火山の頂上に(そびえ)える巨大な『満開の夜桜』の様に。

 

 それに加えて、空から阿蘇山周辺および、さらに広範囲の熊本県全域にかけて──

 

「……()……()()()……?」

 

 ──無数の桜の花びらが、吹雪の如く、舞い散っていたのだった。

 


 

 8月19日午前1時33分──熊本県阿蘇市・阿蘇中岳──噴火。

 

 噴火に伴う火砕流等による被害……無し。

 降灰による被害……確認されず。

 なお、噴火時に()()()()()()()()()が起きたとされる未確認情報が多数あり。

 


 

 目覚めた時、私の目の前には見覚えのある狭い天井があった。

 

 ……昨日乗ってきた(クロトン女学院の)飛行機?

 

 体を動かしてみる。

 ……何とも無い? 普通に動く。

 腕が煤みたいなもので汚れている様に見えるけど、きちんと血の通った赤みがかった肌色だ。

 耳は……籠った感じや詰まった感じはしない。

 狭い機内なので周囲の雑音はカットされてるけど、自分の衣擦れの音が聞こえる。

 

 おもむろに体を起こすと、『巨大な満開の夜桜』の光景が脳裏に蘇った。

 

 まさか……また、()()()()()()()()が起きた訳じゃないよね??

 ()()()()()()()()()()()()みたいに。

 

 と言うか、今までここで眠っていたって事は、誰かがここまで運んでくれたって事なんだろう。

 つまり、何らかの処置──例えば回復魔術なんかを施して貰ったって所だろうか。

(いくら何でも、上空から落下して無傷なんてありえないし、多分、かなりの大怪我だっただろうし、そこからすぐに全快させるなんて、今の医療では不可能だから)

 

 ……体も何となく怠いし、回復魔術の影響で、体力をゴッソリ削られたんだろう。

 ただでさえ夜更けまで走り続けたり戦闘続きだったんだから、疲れてないほうがおかしいか。

 

『……ぐぅぅぅ~~』

 

 !?

 

 ああ。腹の虫の音か。

 ……ま、まあ……健康な証拠だし、食欲無いよりマシか。

 

 誰にも見られてなくてよかった。

 

 そう思い、赤面する私が身動ぎした拍子に、手元に何かが当たる感触があった。

 

 ……紙?

 

 手元を見ると、ベッドの横に、折り畳まれた白い紙が置かれていた。

 開いて中を見ると……英語で何かが書かれている。

 

『天才魔法少女より、ガキの使いレベルの役立たずへ。元気か?

貴様のヘマのせいでハナサカ・オキナを捕まえ損ねた。結局、ヤツの目論見通りとなった訳だ。

一体何をやってる? 標的を仕留める時は確実に仕留めた事を自分で確かめろ。

その程度の事もしないまま自分がさっさと眠りこけてどうする。このウスラトンカチめ。』

 

 意訳すると、大体こんな内容だった。

 てか、原語のままだと過激な罵倒語が満載で、もっと酷い事が書かれてらあ。

 

 まあ、誰が書いたのか見当は付くけど。

 

 ……あれ? 1枚だけじゃないのか。

 

 どうやら、置き手紙は2枚あるらしく、重ねたまま折り畳まれていたのだ。

 と言う訳で、2枚目に目を通してみる。

 今度は日本語で書かれていた。

 

 ご丁寧に長々と仰々しい文体で書かれていたので、差出人は神裂火織(かんざきかおり)だとすぐに分かった。

 詳しい内容は省くが、私が阿蘇カルデラ地帯の牧草地で倒れていた事や、それを神裂の仲間達が見付けて救命措置を施した事、熊本空港まで運んだ事等が掻い摘んで書かれていた。

 どうやら、私がミサを連れて帰ってくるのを待っていたヴァーニー達が、私がいつまで経っても来ないので、心配して神裂達に知らせたらしい。

 その後、阿蘇山噴火があり、それに伴い()()()()()が起きたため、それに巻き込まれた可能性を考え、阿蘇山周辺を調べていたら見付かったとの事。

 

 ……あれ? でもそうすると、レイヴィニアはどうやって私を見付けて置き手紙を……?

 神裂の手紙のほうには、レイヴィニアに関する事は一切書かれていないので、2人で置き手紙を用意したと言う訳では無さそう。

 よく見たら、紙の質感が微妙に違うので、元々神裂の手紙1枚だけだったのに、レイヴィニアがこっそりもう1枚を忍ばせたのだろうか。

 

 うーん。分からない事だらけだ。

 そもそも、だだっ広い阿蘇カルデラ地帯から、あたし一人をどうやって見付けられたのか。

 魔術で探知したと考えるのが妥当なセンだけど、そうなると、あたしの体の一部……例えば髪の毛なんかをいつの間にか採取されていた事になる。

 でも、そんな機会なんてどこにも無かったし、あたしを捜索する必要がある状況なんて誰も予測できなかった。

 

 ベッドの脇に、煤か何かを浴びたせいなのか薄汚れたリュックが置いてあったので、中身を改めて見ると、スマホを含む小物類は、奇跡的に全て無傷だった。

 ポケットに入れたカードケースも同じだった。

 

 ……?

 あの時、かなり高く飛んでいたような記憶があるんだけど……それに、中岳火口付近から牧草地まではかなりの距離があるはずだし、そんな高く遠くまで飛んで行って落っこちたにも関わらず、この程度ってのは、どう考えてもおかしいんじゃ……。

 

 とりあえず念のため、ヴァーニーや神裂達からもっと詳しい話を聞いておくべきかも。

 

 今の時刻は……午前9時半を過ぎた所か。

 もうとっくに朝食とか終わってるんだろうな。

 

 はあ……お腹減った。

 

 …………。

 

 ……あ。

 

 ミサを連れてくるの、すっかり忘れてた……。

 

 とりあえず、朝食を摂ってから考えよう。

 マークさんと一緒だったし、あの後レイヴィニアと合流したはずだから、まさか、あんな小さな子供を一人置き去りにしてるなんて事は無いとは思う。

 ってか、レイヴィニアがここに来てるって事は、ミサもどこかに保護されてるのだろう。

 まあ、後で探せばいいか。

 

 さてと。

 まずはベッドから立ち上がって、ここ(飛行機内)から外へ出ないと。

 

 今着ている服は……制服のままか。

 サマーセーターは脱がされ、ベッド脇に畳んで置かれていた。

 左胸の辺りに、外し忘れたのか、()()()()()()()()()()が留められたままになっている。

 手当てのためか、半袖の白いブラウスが半開きになっており、下はペンシルスカートのまま。

 

 節電のためエアコンを切ってあるので、結構蒸し暑い。半袖のままで充分かも。

 ……ブラウスのボタンは留めておくとして。

 

「……すー……すー……」

 

 んん???

 

 後ろの方から寝息が聞こえたので、そちらを振り返って見ると……。

 

 ──そこには、座席の上で毛布に包まったまま、寝息を立てるミサの姿があった。

 

「……ミサ……は……この……“あなのなかのヒキガエル”……が、このみです……おかわりを……さいそくします……」

 

 ついでに、何やら癪に障る寝言をほざいている様子。

 よく見ると心なしか、妙に肌艶が良く、顔が油で若干テカってる。

 あたしが寝ている間に、皆と一緒に美味しいものでも食べたんだろうか。ムカつく。

 

「……さてん」

 

 ──ッ!!! (ビクゥッッ!!)

 

「……おそかったですね……あなたのぶんも……のこってますよ……」

 

 うおっ。……ビックリした。

 いきなり名前を呼ばれたから、気付かれたのかと思った。

 どうやら寝言みたいだ。

 夢の中で帰ってきたあたしに向けて喋ってるんだろう。

 

 その時、ミサの顔が少しばかり笑った様に見えて、それを見ている私もまた笑顔になっていた。

 


 

行間

 

 昔々──14世紀~15世紀頃、ドイツのヴォルムスと言う街に魔術師アブラハムが住んでいた。

 彼は『神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くための神様の答え』を求め世界各地を放浪した末、エジプトの地にて、アブラメリンと呼ばれる老賢者と出会う。

 アブラハムは、老賢者アブラメリンから一般には知られていない様々な秘術を学んだ後、詳しい内容を息子のラメク宛てに書簡で送ったらしい。

 

 その書簡の中身は魔導書の原典としてドイツ語で書かれた後、多くの魔術師達の手で他の言語へ翻訳され、ヨーロッパ各地へ散らばって行った。

 そして、その中でフランス語で書かれた写本がパリのアルスナル図書館に死蔵されていたのを、1893年に魔術師マグレガー=メイザースが発見し、英訳した上で写本を作ったのだ。

 

 アブラメリンの秘術を会得するためには、聖なる秘儀によって『聖守護天使』の加護を得た後、12体の大悪魔を呼び出し、使役する契約を結ばなければならない。

 

 かつて魔術結社『黄金の夜明け団』に所属していた魔術師アレイスター=クロウリーも、秘儀を会得しようと試みるも、一度は失敗した。

 ネス湖の湖畔に購入した邸宅でアブラメリン魔術の儀式を行ったが、聖守護天使の加護を得ないまま11体の悪魔を呼び出してしまい、その結果、使用人達を錯乱させ、大惨事を招いたのだ。

(もっとも、その後、妻ローズとのハネムーン先であるエジプトのカイロにて、別の方法を用いた魔術儀式により『聖守護天使エイワス』との交信に成功し、ソレから受け取った言葉を『法の書』として書き留める事になるのだが)

 

 そもそも魔術とは、その種類によっては、聖守護天使からの加護を得て、防護結界を張った上で行使しなければならない大変危険な代物である。

 天使の加護を得ないまま行ったり、防護結界を張るのが不十分だったりすると、術の力の反動を術者自身がまともに喰らう事で、とんでもない対価(肉親や愛する人の命など)を要求されたり、呪いが跳ね返ってくる。

 そのため、天使の加護あるいは防護術式は、通常においては必要不可欠である。

(術が用済みとなった後は、後片付けとして『追儺(ついな)の儀式』が必要になる事もある)

 

 ──そしてその事は、いつ頃からか魔術知識が備わっていた()()()()()()()()()()()

 


 

 飛行機から出て、空港の係員に案内されながら、熊本空港の国内線ターミナルビルに入る。

 そして、1階のコーヒーショップを外から覗いて見た所、ヴァーニー達はそこにはいなかった。

 他に飲食店は見当たらないし、大人数が集まっているなら目立つはずなので、別の場所を探す。

 

 スマホのブラウザで『阿蘇くまもと空港』のホームページを開き、空港マップを確認しながら、隣接する『サテライトビル』に入ると、向かって右側のフードコートに、ヴァーニー達はいた。

 

 ……と言うか、知らない人達に囲まれ、さながらホームパーティーの様相を呈していた。

 

「あ。サテーン!!」

 

 私の姿を見付けるなり、ヴァーニーが手を振って大声で呼びかけてくる。

 

「はぁ……何なの……これ?」

 

 私が戸惑いながら質問すると。

 

「炊き出しだよ。……さあ、皆さん! ドンドン召し上がってください!」

 

 バケツを被った副理事長が代わりに答えると共に、パーティーの司会みたく両腕を広げながら、その場にいる大勢の人達に向かって、流暢な日本語でそう呼びかけるのだった。

 

「あはは……」

 

 もう笑うしかないわ。

 

 よく見ると、フードコートに入っている店舗の従業員達が調理に駆り出され、クロトン女学院が持ち込んだと思われる食材を、慣れない手付きでイギリスっぽい料理へと加工しているらしい。

 なお、調理指導はヴァーニー達がやっている模様。

 

 まあ、こうなったら、あたしも手伝うとしますか。……お腹減って減って仕方ないけど。

 

 そうこうしているうちに、あっと言う間にお昼の時間帯となり、パーティー客達のお腹も膨れ、パーティーがお開きとなったタイミングで、ようやくメシにありつけたのだった。

 

 ……う~~~~~ん!!!

 

 ローストした牛肉の肉汁がたっぷり染み込んだヨークシャー・プディングの旨味が、五臓六腑に染み渡るぅぅぅ~~~~ッッ!!!

 

 イギリス留学してから食べたものの中で、初めて心から美味しいと思ったよ。

 それも帰国してから味わう事になるなんて。

 全く、佐天さんの人生はどうなってるんだか……ワケガワカラナイヨ。

 


 

 炊き出しパーティーが終わり、昼食を済ませた私が飛行機に戻ると、ミサが起きていた。

 

「……さてん。ミサ……は、のどがかわきました。それと……トイレ」

 

 …………。

 

 機内にあるトイレのドアの方を見ると……“Don't Use!”(使用禁止!)の張り紙が。

 ミサの方を見ると……首を横に振るだけ。

 

 ……あああもうー!! 面倒臭いのがいっぺんに!

 何で子供ってこうなのかなぁー!

 あたしゃ保母さんじゃないってーの!!

 

 憤慨しつつも私の体は自然に動いて、ミサをおんぶしたまま駆け足で空港のトイレへ直行する。

 もちろん、スニーカーには『騎馬のルーン(Raiđō(ライゾ))』が刻まれたままなので、目にも留まらぬ速さで空港の滑走路からターミナルまでを一気に駆け抜ける。

 

 だが、トイレに着いた所で、鼻孔を刺激する変なニオイが……。

 

「さてん……すみません……」

 

 ……もう何も言うまい。

 

 どうやら、おんぶしながら猛スピードで走ったせいで、振動が伝わり、緩くなったらしい。

 

 幸い、私は上にブラウス一枚だけだったので、洗面所でミサの服と一緒に手洗いする事に。

 市街地と違い、空港では上下水道は無事みたいで、とても助かった。

 電気も通っており、ハンドドライヤーも使えるため、それで服を乾かす。

 私が作業をしている間、ミサは素っ裸なので、トイレの個室に入って待っている。

 

「……さてんは、()()()ですね」

 

 藪から棒に、個室のドアの向こうから、ミサがそんな事を言い始める。

 私は意図が分からず、首を傾げつつも、適当に相槌を打つ。

 

「…………」

 

 それからしばらくの間、お互いに無言が続く。

 

「……さてん」

 

 そして、痺れを切らしたかの様に、あるいは『満を持した』かの様に、ミサが重い口を開く。

 

「これは……ミサ……の、『ひとりごと』です……」

「?」

 

「もし……いやなら、きこえないふりをして、わすれてください」

「……」

 

 最初は首を傾げたものの、たとえ顔が見えなくても、何となく『大事な話』だと言うのが空気で伝わってきたので、私は黙って聞き入る事にした。

 

 それから、私が耳にしたのは……。

 




解説1:
 レイヴィニアと佐天が連絡を取り合う際の合言葉について。

 『術士アブラメリンの聖なる魔術の書』──第3の書 第1章の図表11:
 “To know true and false Friends”(真の友と偽りの友を知るため)の護符より。
 差出人であるアブラハム(Abraham)の頭文字“A”の位置が魔方陣の何文字目にあるか。
 受取人であるラメク(Lamech)の頭文字“L”の位置が魔方陣の何文字目にあるか。
 これらをそれぞれ数字の羅列として全て列挙したものが、双方の合言葉となる。

解説2:
 克灰袋(こくはいぶくろ)とは、鹿児島県鹿児島市指定の火山灰回収用のポリ袋である。
 また、同県霧島市には『集灰袋(しゅうはいぶくろ)』と呼ばれる同じ用途のものがある。

解説3:
 魔術師ハナサカ・オキナの目的とは。
 言うまでもないが、阿蘇山噴火の被害を最小限に留める事。
 加えて、桜の花を咲かせる事で熊本地震の被災者達を喜ばせ、元気付ける事。
 それにより、愛する郷土(クニ)を護る事。

 ただし、決して善人では無く、価値観が他人とズレているため、盗みや犬食い等を平気で行う。
 そもそも、魔術師とは得てしてそういうものである。
 自分の願いに忠実であり、既存の法や秩序、モラルからは自由なのだ。
 彼の考える事を他人が推し量るのは難しく、それゆえ誤解も受けやすい。

 その事を悪用され、レイヴィニアの情報網に偽情報を紛れ込ませる形で囮に利用された。
 双方が潰し合う事で最も得をするのは、魔術結社『宵闇の出口』である。

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