とある佐天の裏技遊戯(ニューゲーム) 作:RB_Broader
私、
いや。
何だかよく分からない機械のようなものでビッシリ囲まれてる、誰もいない部屋の中に、何の前触れも無く、私は一人立っていた。
いや。
あたしの目の前には、縦に長く伸びている──否、高くそびえ立つ一本の大きなシリンダー状のカプセル……?
──これは、ビーカーと呼ぶべきだろう。
え?
──まあ、呼び方などどうでもいい。
……あたしの目の前に、誰かいる?
そう……ビーカーの中に、逆さに浮かぶ男……いや、女の人にも見える。
子供みたいな……いや、結構お年を召してるようにも……。
そして、何か『聖書』に出てきそうな神聖な預言者にも見えるし、テレビの海外捜査機関のドキュメンタリー番組に登場する
さらに、病院で着るような、患者服を身にまとっている。
あたしが入院してる病院のと同じ……?
ああ……精密検査か何かを受けてる患者さんなのかな?
逆さまになってるのがよく分からないけど。
──佐天涙子。
はい?
──貴様は、何者だ。
あたし?
あたしは、佐天涙子。
柵川中学1年D組の、
──では、貴様は『神』を信じるか?
神?
……宗教の勧誘か何か?
それを信じる人達がいるのは知ってますけど。
実際に、ソレを見た事は無いですし、信じるかと聞かれても。
よくは……分からないです。
──質問を変えよう。貴様はどこかの教会に属しているか?
教会?
あたしの生まれた地元には、『天草式』っていう隠れ十字教徒の教会が結構な数ありますけど、あたしがそこに入信したことは無いです。
というか、ウチは両親が無宗教ですし。
──では、単刀直入に聞こう。貴様は『魔術』をどこで覚えた?
!!
この人……あたしが『魔術』を使えるのを知ってる!?
何なの、この人?
──貴様の使っている術式を見たところ、『シェム・ハ・メフォラシュ(明白なる御名)』──72神名および占星術を用いたテレズマ構築……それを元に、黄道十二宮=アテュ=セフィラを結ぶことで四元素を操る術式……『黄金』のテイストが色濃く反映されているように見受けられるが。
魔術の中身まで……コイツ、何者?
──加えて、地脈・龍脈の活用と、ルーンの刻印。
……! あたしが今まで使ったのを全部見られてた!?
──もう一度聞こう。貴様はどこの組織……いや、『結社』に属している?
いや。
何を言ってるのか分からない。
あたしはどこにも属してない。
っていうか、魔術にしたって、どこで覚えたかなんて
気が付いたら、知ってただけなんだから。
──では、最後に聞こう。……
あたしの……魔法名?
って、何だっけ?
……ああ。そうだった。
魔術師が胸に刻むとかいうアレだったか。
魔術師同士の戦いとかで、本名の代わりに名乗り合うという『殺し名』。
あたし、そんなの持ってたっけ……?
いや、持ってるはずは──?
ああ、そうだ。思い出した。
あたしの魔法名。
魔法名は──Somniatora310(夢追い人)。
行間
Somniatoraはラテン語のSomniator(夢想家)の女性形。
310=ゲマトリア(数秘法)により導出された数字。
ゲマトリアは、ヘブライ文字を用いて数字を表現する手法。
文字を数字に置き換え、各数字の合計を求める。
ヘブライ文字は基本字母(子音)+ニクード(母音)で表現される。
佐天の名前『涙子(るいこ)』の場合、基本字母はResh,Yod,Qoph。
数価は200,10,100で、合計値は310。
目が覚めたら、病室だった。
って、何だこの夢。
何なの、あのビーカーの中に逆さに浮かんだオッサン。
銀髪ロンゲのイケメン外国人だし、海外の俳優か何かですか。
どっかで見た洋画が元になってるのかな。
あたしのこと何でも知ってる風だったし、やっぱりあれは夢なんだろう。
そんなことを考えながら、ボーッとしていると、誰かが入ってきた。
「あ……佐天さん。起きてたんですか」
「あ、うん。おはよう初春」
そう、朝の挨拶をする。
「って、もう夕方ですよ佐天さん」
えっ。
そんなに寝てたの? てか、今何日?
「今日は23日ですけど。ずっと眠りっぱなしだったから心配しましたよ」
ええ……。丸二日も寝てたの、あたし?
「それに、佐天さんが眠っている間、何者かが侵入したみたいなんで、様子を見に来たんです」
侵入!?
なにそれこわい。
「ほんの数分前、監視カメラの映像がいつの間にか差し替わってるのに気付いたんです。元に戻そうとしてもなぜか直らなくて、しばらくしたら勝手に元に戻ったんですけど。なので、異常が無いかこれから点検しますね」
そう言って、初春は私の衣服に乱れが無いかを確認していく。
「ん。佐天さんは大丈夫なようです」
そして、今度は監視カメラのほうを調べていく。
「電気系統に異常は無いみたいですね。ハッキングの形跡もありませんでしたし。……となると、光学操作系の能力を使ったアナログな手法かも……」
それから程無く、監視カメラが正常なのと、周りの物が盗まれていない事を確認した初春は、お土産にお菓子を置いて、
初春が病室を出て行った後、私は患者服を脱ぎ、全裸になる。
そして、バッグから替えのタオルを取り出し水で濡らした後、伸ばして背中をゴシゴシと擦る。
すると、タオルにベットリと血糊のようなものが付いたのだ。
「さて……誰だか知りませんけど」
患者服を着直しつつ、私は額に青筋を浮かべながら、ドスの利いた声で話し始める。
「あたしの友達を使って、随分ふざけた真似してくれますね!!」
……私は、頭の血管がブチ切れそうになるくらい怒っていた。
先程、初春は私の衣服に乱れが無いかを確認する振りをして、何者かの血を指先に付けたまま、私の背中に『魔法円』を描いたのだ。
おそらく、これから私が何かをする事が引き金となり、自動で呪術が掛かる手筈だったのだろう。
監視カメラの異常の件もウソだろう。
初春自身にそのつもりは無くても、何らかの幻術か精神操作により、異常があったと思い込まされるなどして、思考が誘導されていたと思われる。
考えてみれば、色々とおかしい事だらけだ。
本来の初春ならば、私の病室に侵入者があったと分かれば、彼女の事だから取る物も取らず、白井さんに
そして、私が目を覚ましてからそれ程時間が経ってないタイミングでの来訪も不自然過ぎる。
おそらく
なぜ初春本人を使って、このような事をやらせたのか。
それは、私の嗅覚を掻い潜るため。
私は魔力とAIM拡散力場を嗅覚で探知でき、初春本人のAIM拡散力場のニオイも覚えているため、変装した魔術師や肉体変化能力者が初春に化けても見抜くことができる。
さらに、初春本人を操作することで、私が手出しできないようにすると同時に、彼女の身柄を人質にするため。
初春をこんな風に扱う連中は、おそらく私の事をよく調べている。
その気になれば私の友達全員どころか、家族までも人質にされるだろう。
……悔しいけど、既に私は
妙な呪術に掛かる寸前に気付けたのだけは、不幸中の幸いだろうけど。
「あら。大人しく術に掛かりたれば、苦しまずに済みけるのに」
……病室のすぐ外から、馴染みのある
「……誰だ。」
私は、
「わたくしはイギリス清教
初春の皮を被ったソイツは、彼女の姿でノコノコと私の目の前に現れる。
──昔、私が地元に住んでいた頃、小学校の便所掃除を罰としてやらされた事があった。
その時、たまたま男子便所を割り当てられ、朝顔の小便器を見た時、その中に、ニオイ消しのお花がいくつか排水口の周りに置かれていて、ツーンとしたアンモニア臭で鼻が曲がりそうになったのをトラウマとして覚えている。
ソイツは最早、私の目には、初春ではなく、彼女を冒涜する別のナニカ。
そう。そびえ立つ小便器の上にニオイ消しのお花が置かれているようにしか見えなかった。
目の前の臭い汚物は、排水口から
内容を理解するのはおろか、耳に聞こえるのすら憚られるが。
曰く、呪術の内容は、私に対する精神的な暗示だったらしい。
発動条件は、初春が持ってきたお土産のお菓子を開封する事。
私が魔術の事を完全に忘れ、ただの無能力学生として振る舞うようにするつもりだったとの事。
そして、もしそれが不発に終わったとしても、
…………。
私が眠っている間、既に一度、ソイツは(初春の姿で)病室に入っており、知らない間に私の背中に『魔法円』とは別に『
魔力の生成自体が行われないため、副作用も起きないらしい。
マジか……。
なお、術式により、私自身が魔力を使わなくても、術式から別の魔力が供給される事で1日5回までの限定的な魔術使用が可能になっているらしい。
ともあれ、私がこの××野郎に首根っこ掴まれたことに変わりはない。
……夢の中に出てきたビーカー男もグルかも知れないな。
とんでもない連中に目を付けられてしまった。
どうやら、学園都市に限らず、この世界では魔術というのは秘匿すべきもので、魔術結社に入るか、宗教団体に入信するなどしないままの野良の魔術師は取締りの対象となるらしい。
今回の場合、学園都市と協力関係にあるらしいイギリス清教が動き、学生である私に『首輪』を付けることで、何とか穏便に済ませるつもりのようだ。
まあ、初春をあんな風に人質にされた時点で、私の中ではとっくに穏便などという概念は虚空の彼方に消え去ったも同然なのだが。
初春の体を無断使用した“じ××す”は、いつの間にか姿を消していた。
そして程無く、憔悴し切っていた私は、心労のためか、全身から力が抜け、そのままベッドに倒れ込むのだった。
行間
“×ごん×”
意味を調べてはいけないし、使ってもいけない言葉。
熊本、鹿児島、長崎など九州全域で使われる方言。
直訳すると『アリジゴクの巣』だが……。
──あれはそちらの異能を自在に扱える程のタマではないのだろう? あのような置き土産、わざわざくれてやる必要も無かったのではないのか
「うふふふふ」
男の目の前には花飾りの少女が……否、彼女の姿に化けた女狐が、陰険かつ不敵な笑みを浮かべつつ、コロコロと飴玉を転がすような声で笑っていた。
「わたくしの企みを潜り抜けし、聡明なりける仔羊への褒賞を与え給うたに過ぎなしことよ。ただ縛るのみにあらず、時に与えつつ、縋らせしこともまた肝要なりたるのよ」
──ふむ……だが、あれは元来こちらの学生だ。そちらの手に負えなくなれば、こちらの流儀で
「それで良きことよ」
そう言い残すと、女狐は踵を返し、後ろに控えていた赤毛のツインテールの少女に先導される形で、部屋の中から姿を消すのだった。
7月24日の朝になった。
私は前日の夕方にベッドに倒れ込んだまま寝入ってしまい、夕食を食べ損ねたので、結局何日も食事を取っておらず、点滴のみで過ごしたことになる。
そのため、体力が極端に落ちていた。
さらに、胃腸も弱っていたので、朝食は重湯と梅干ししか口に入らず、すぐにお腹が空き、フラフラの体で売店までお菓子と飲み物を買いに出掛けた。
点滴は鬱陶しいし歩くのに邪魔なので、勝手に外した。
後で叱られようが構うものか。
ああ。そういえば、昨日、お土産に貰ったお菓子があったっけ。
……いや。
あれは駄目だ。
“×ご×す”野郎の差し入れなど触りたくもない。
どんな罠があるかも分からないし。
4階の病室から1階の売店までやっとの思いで辿り着き、震える手で購入したバナナボートとムサシノ牛乳500mlパックをそれぞれ片手に持ち、ベンチに座り寛ぎながら、久しぶりの美味を堪能しつつ、物思いに耽っていたその時。
これまで病院全体に充満していた奇妙な
これは……幻想御手!?
おそらく、この病院に担ぎ込まれた幻想御手の副作用による被害者達のAIM拡散力場だろう。
それらが一斉に、ある種の『指向性』を持ち、そのネットワークの束がある特定の場所へと集中しているのが分かる。
その中心点に──幻想御手の作成者──犯人がいる!
これから何かを始めようって言うの!?
……今からあたしが行ったところで、一体何ができる?
能力どころか、魔術も使えないのに!
いや。制限付きで使えるけど、ルーンもタロットも手元に無い以上、即興で扱える術式しか選択肢が残されていない。
今から寮へ取りに戻るにしても、部屋の鍵は病室に置いたままだし、時間が掛かり過ぎる!
入院さえしなければ!!
……くそっ!!!
ん。
手元に……売店のレシート。裏は真っ白。
近くには外来窓口。アンケート用紙とボールペン。
駄目だ。レシートは2品しか買ってないから小さいし、第一、薄過ぎる。
アンケート用紙もボールペンも受付の人の許可が必要だし、入院患者が使う理由が無い。
その上、今からじゃ時間が掛かり過ぎるし、そもそもこんな震える手じゃ、とても無理だ。
……売店?
あそこは入院患者用に、
…………!
激しい戦闘で寸断された高速道路。
その真ん中に、青のランボルギーニ・ガヤルドが乗り捨てられていた。
さらに、その付近には破壊された
近くには原子力実験施設があり、この世のものとは思えない毒々しい存在感を放つ神話生物の如き『巨大な怪物』が接近しつつあった。
その怪物を止めようとしているのは、数名の負傷した警備員達。
そして、学園都市第三位の『
高架下には、
この場面だけを何の前情報もなくいきなり見せられたとして、誰が原因で、何を取り除けば解決するのかなんて、誰にも判断が付かないに違いない。
だから、この場面だけを見た私は、たとえ解決する方法が分からなかったとしても仕方がない。
そして、解決という発想さえ変えれば、自ずとすべき事は見えてくる。
──そう。
私には、既にやるべきことが分かっている。
事態を打開するための鍵──幻想御手の『ワクチン・プログラム』が入ったメモリーカードを手に、風紀委員の初春飾利は階段を駆け上がり、高速道路の上にいる警備員の元へと急ぐ。
ワクチン・プログラムを何らかの方法で学園都市中に流すことができれば、幻想御手の使用者達に掛けられている効果が消え、AIM拡散力場で構成されたネットワークが解体され、あの怪物──
だが、私、佐天涙子にはそういった事情は全く知る由もない。
──それでも、私は何をすべきかを既に分かっているのだ。
御坂美琴が幻想猛獣との戦闘中、その猛攻を躱しつつ、原子力施設から遠ざけるべく、デリケートな戦闘に専念している最中、注意から逸れた分の熱光線が偶然、階段を駆け上がっている初春へ向けて飛んでいったその時──。
「
ボッッッ!!! ズガッッッ!!!
──初春の目の前には、熱光線を『魔術』で掻き消した私、佐天涙子の姿があった。
あたしは……初春を守る!!!
行間
私は、病院の売店でトランプを2セット分購入した後、『ダイヤの5』だけを1枚ずつ計2枚抜き取り、それだけを懐に忍ばせ、残りをその辺に捨てた。
(出費が痛い上に勿体ないけど、背に腹は代えられないし!)
そして、病院にいる幻想御手の犠牲者達から伸びるAIM拡散力場の糸の束を辿ることで、犯人がいると思われる現場へ急行しながら、その間にテレズマ充填の儀式を行い、トランプのダイヤをタロットの
これで魔力を2回消費したので、今日の残り回数は3回となり、術式発動の際にも(触媒を通して地脈・龍脈を使う方法を用いずに)魔力を消費するので、実質残り1回分しか余裕が無くなった。
なお、トランプとタロットの対応関係は、『黄金の夜明け団』の基準を参考にしている。
私に気付いたのか、巨大な怪物はこちらへ進路を変更したようだ。
しかも、消し飛んだ箇所が何だか再生してるし。……無敵かよ!
初春はしばしの間、私の『魔術』に目を奪われ、固まっていたものの、すぐに気を取り直し、階段で上へ駆け上がって行く。
この怪物の頭には、無数の糸が束となり繋がっている。
それらは幻想御手使用者達から伸びているものだ。
どういう仕組みか全く見当も付かないが、どうやら『大規模魔術』は成功したようだ。
……いや、そもそもコイツが何をしたいのかがさっぱり見えてこない。
周囲の様子を見るに、この怪物の生みの親は木山先生らしい。
だって、本人の顔にそう書いてあるもん。
脳科学者だって言うし、脳と能力開発は密接に結び付いてるのだから。
まあ、詳しい話は後でいいや。
今はこの怪物を討ち滅ぼすのが先決ってことなんだろう。
あ。
御坂さんがこっち見てる。
そして、怪物がこっちへ来ないよう、自分のほうに誘導してる。
とりあえず、今の攻撃で私が顕現させた火の蛇は相殺されてしまったから、もう一度同じものを顕現させる必要がある。
それも、先程のような
……ふぅ。
まずは、ゆっくり深呼吸をし、息を整えよう。
精神を集中し、イメージをより強固にしながら、魔力を生成していく。
そして、天使『イェザレル』のテレズマをイメージ通りの形に押し込め、それを顕現させるための術式を英語で丁寧に詠唱し始める。
「
キュガッッッ!!!
詠唱を終えた直後、私が右手で指し示す先に『巨大な炎の蛇』が現れた。
カードはこれが最後。魔力使用の残り回数はたったの1回。
もう無駄撃ちはできない。おそらくこれがラストチャンス。
巨大な怪物が原子力施設に入らないよう御坂さんが懸命に引き付けてる。
しかし、戦況はあまり芳しくない様子。
ちまちまやってたら、怪物の怒涛の攻撃で、こっちが削られてしまう。
てか、熱光線の他に氷だのアルミ爆弾(虚空爆破?)だの、オールマイティ過ぎるでしょ!
何なのアレ。
能力絡みなのは見れば分かるけど、あれじゃあまるで魔術じゃん!
多数の能力者の『自分だけの現実』を繋げて『位相』を作るだけじゃあ飽き足らず、それを受肉させ『人工天使』を生み出すなんて、何をどう考えれば、そこまでゲテモノじみた『科学』の使い方ができるのだろう。
……もし、アレの実体が『位相』だとするなら、あの怪物の肉体をいくら焼いたところで、『影』を消し続けるのと一緒で意味が無い。
別の位相から召喚した神話の怪物とかを消滅させても、神話の中にいる本体には影響が無いのと同じ。
おそらく──幻想御手使用者からその効果を取り除かない限り、際限無く再生し続けるだろう。
仮に、アレを一撃で屠ることができるくらいの高火力で一気に焼いたとしても、AIM拡散力場が繋がっている限り再び現れないとは限らないんだよねえ。
『~♪』
そんな風に考えながら、攻撃のチャンスを伺っている時、どこからか奇妙な音楽が流れてきた。
それをチャンスと見たのか、怪物の触手に捕まっていた御坂さんが不敵な笑みを浮かべた次の瞬間、物凄い雷撃を落とし、怪物を丸焼きにしてしまう。
……再生が止まった?
だが、コイツ自身のAIM拡散力場はまだ消えていない。
おそらく、さっきの音楽は幻想御手を無効化するための『解呪』みたいなものだろう。
この分だと、位相のほうはすぐに消えるだろうが、まだ実体が残っているため、止めを刺す必要がありそう。
そして、相手が沈黙したと考え安堵したのか、御坂さんが余所見をする。
しかし、木山先生が『気を抜くな!』と大声で叫んだ直後、案の定、怪物が再び動き始めるのだった。
よし。
今。
私が意識を集中すると、それまでチャンスを伺っていた巨大な炎の蛇が一気に動き出し、怪物目掛けて頭から突っ込んだ。
キュゴゥッッッ!!!!!
丸焼けから立ち直り掛けていた怪物は再び丸焼けとなり、そのまま炎の渦に飲まれるも、こちらの火力がまだ足りていないのか、しぶとく残り続ける。
「……ちぃッ!! まだ、足りないの?」
「こんなんじゃ、あたしは何をやっても無能力止まりじゃんッ!!」
「あたしは……超能力者になるんだから!! こんなところで、止まってられないってえの!!」
気合いを入れ直したところで、火の勢いが上がり、怪物が僅かに怯む。
炎の蛇……コイツを焼き尽くせ!!!
消えろ、バケモノ!!!
あたしの友達に、手を出すなあーーー!!!!!
さらに火の勢いが上がるが、どこからそんな底力が湧いてくるのか、怪物は鉄壁の守りを見せ始める。
くっそ……!
アンタに一体何があって、どんな悲しみを背負ってて、何と戦ってるのかなんて、あたしには分からないけど、アンタはあたしの友達を傷付けた!!
だから、あたしはアンタと戦うし、絶対に容赦なんかしない!!
アンタみたいなバケモノ、ここで大人しく燃やされて消えろ!!
こうなったら、あたしのとっておきを──!!
そして、私はこれまで使ったことの無い術式を詠唱し始めた。
アレイスター=クロウリー著『法の書』より抜粋──。
セレマの第二の主神・ハディトから『炎の蛇』たる意味を抽出。
イェザレルの炎の蛇へと、その位相を差し込み、意味を再定義する。
──炎の蛇は今までの10倍以上の大きさとなり、その両目は真っ赤に燃え、その体色は黒く染まり、それまで粘っていた怪物を一気に飲み込んだ。
そして、一瞬の後、跡形もなく
「え……?」
私を含め、その場にいた全員、呆然としていた。
目の前には、ほとんど消し炭となり、動かなくなった怪物。
そして、その頭部からは三角柱状の謎の構造物が飛び出し、テラテラと輝きを放っている。
なお、今ので魔力使用制限残り回数ゼロとなり、打ち止め。
これは……どうしよう。
「あの……御坂さん! お願いします!」
「……えっ!?」
私の声に反応し、我に返った御坂さんは、慌ててコインを取り出す。
そして、コインを指で弾いた後、音速の三倍の速度で超電磁砲を発射。
怪物の核らしき三角柱を、いとも簡単に撃ち抜いた。
流石、常盤台の超電磁砲。……お見事です。
脳学者・木山春生は、幻想御手の作成および頒布容疑と、初春飾利の誘拐、警備員への暴行傷害および公務執行妨害の現行犯で拘束され、連行されることになった。
結局、後からやって来た私にはほとんど事情が分からなかったが、あの人工天使の怪物を生み出したのは、あくまでネットワークの暴走の結果であって、アクシデントに過ぎなかったらしい。
はあ。
科学の街で最先端の研究をしてる科学者が、意図せずにあんな魔術的存在を召喚してしまうなんて、そんな事ってあるのかなあ。
聞いた話では、幻想御手はレベルアップの道具ではなく、脳波を木山本人と同じものに『調律』するための擬似的な学習装置らしい。
それだけでAIM拡散力場同士を共鳴させ、脳波リンクによるネットワークを作るなんて、科学者の領分だけで実現できるとは思えない。
他人の脳波同士を類似させて力を分け合うのは『偶像崇拝の理論』に基づく『類感』呪術の原理に近い。
そして、自分の脳波を植え付けた大勢の他人の脳を奪い、それらを自分の脳の一部として扱い、その能力まで借りてしまうのは『感染』呪術に近い。
あの人自身の力だけでそんな変態じみた事が可能なら、とっくに学園都市の上層部にでも食い込んで好き放題やれてるし、こんな風に警備員と風紀委員を敵に回すような危ない橋を渡ったりしないだろう。
何より、自分で制御できなくなるリスクを孕んだ
あれがもし魔術師のやった事なら、召喚されたモノが暴走した時点で無能のレッテルを貼られるんじゃないかな。
おそらく、あの人自身にそれ程の力は無い。
幻想御手に使われている数々のゲテモノ技術すら、もっと力のある誰かから教わったのかも知れない。
そんなトンデモ連中が上でのさばってて、あの人をずっと苦しめてた。
だから、一人悩み苦しんだ末、あのような凶行に及んだんだ。
そしてそれは、学園都市の上層部が規格外の力を持ってる事を意味する。
御坂さんと並ぶほどの凄まじい超能力者を、彼女も含めて少なくとも7人は輩出した、ある意味バケモノ以上のゲテモノ連中に違いない。
この街に引っ越してきた頃から、あちこちで
上層部がイギリス清教などの魔術勢力と繋がってるのは確実として、この街は色々とヤバイ。
それでも。
あたしはこの街で、アケミ、むーちゃん、マコちんと友達になり。
──初春と親友になった。
御坂さんと白井さんとも出会って仲良くなれた。
そして、超能力者への憧れが一層強くなった。
もう二度と、あたしが弱いせいで、初春があんな目に遭うことの無いように。
学園都市を変えるとか、弱者を救うとか、そんな大それた願いじゃなく。
少なくとも、あたしの友達に手出しさせない程度に強くなるため。
そして、超能力者になるため。
──
幻想猛獣との戦いの現場からやや離れた場所にて。
「うふふふふ。面白きモノを見物できたりて、満足なりけるののことよ」
飴玉を転がすような声をコロコロと鳴らしつつ不敵な笑みを浮かべる制服コスプレをした若作りの畜生ババアが、男子便所の小便器のニオイ消しのお花を頭に乗っけたままの格好で佇んでいた。
彼女の傍らには、ワックスを利かせたギザギザの金髪にサングラスを掛け、アロハシャツを着た若い男がいる。
「幸い目撃者も数人程度だし、後始末はこっちに任せるにゃー」
金髪グラサン男は、おどけた口調でそう答える。
便所のニオイ消しの仲間か部下のようだが、こちらはオシャレな車のニオイ消しといった感じで、全く同類には見えない。
まあ、どんな上司であっても自分では選べない世知辛い立場なのだろう。
今の佐天のように人質を取られているのかも知れない。
「さて。用事は済みしなりけるから、わたくしはそろそろ帰りたるわよ」
そして、途端に無表情となったトイレババアは、パクリ元の花飾りの少女が絶対に出さないような低く抑えた声色で、そう素っ気なく言い残し、その場を立ち去ろうとするが……。
「おや、もうちょっと観光とかして行かないのかにゃー? 観光スポットとか結構あるし、折角だからもっと楽しまないと損だぜい」
そう言って、金髪グラサン男に引き止められる。
「遠慮したるわ。このオナゴの似姿のまま彷徨きたれば本人と間違われし惧れがあるのよ。おまけに風紀委員なれば、面倒なることこの上なしな上、同僚の
どうやら、
大方、この姿のままどこかで時間を潰してるところを白井黒子に見付かり、本人と間違われた上、サボりと見なされ、しょっ引かれそうにでもなったのだろう。
「にゃーるほど。俺的にはその姿でも満更ではないですたい。にゃははは」
「もうっ! おだてたりても、何も出ないわよ!」
何だかんだ言いつつも、この二人は波長が合うらしい。
……あくまで表向きは、だが。
あれからすぐに病院まで連れ戻された。
まあ、患者服のまま駆け付けてきたんだから、(実際脱走同然だし、)脱走扱いになっても仕方無いよね。
それに、無理に動き続けたせいで、今にも死にそうな顔色だったようだ。
「ところで初春。あたしが病院抜け出したの、現場に来るまで知らなかったよね。何で気付かなかったの?」
「え? だって……あの時、私、木山先生に誘拐されてたんですよ!」
「ああ、そうだった。でも、白井さんは気付いてたんじゃないですか?」
「いえ。わたくしは事件現場を見るので手一杯でしたので。それに、佐天さんのカメラは初春担当なので、わたくしはノータッチですの」
「え? 何のことですか?」
ここで、初春がおかしな事を言い始め、白井さんが怪訝な顔をする。
「そう言えば初春。あなた3日くらい前に佐天さんにあれだけ怒って、病室をカメラで見張るんだと息巻いていたではありませんの。なのに、
「……え? 本当に何のことですか? 私、
初春の様子がおかしい。
またあの“じ×ん×”に操られてる訳じゃないよね??
確かに3日前、私の病室に初春自身がカメラを仕掛けたのを私と白井さんが直接目の当たりにしてる。
なので。
「初春。3日前、ここにお見舞いに来たのを覚えてる?」
──と、一応聞いてみる。
「え? はい。よく覚えてますよ。佐天さんったら死人みたいな顔してる癖に無理して立ち上がろうとするから、私ホントに頭に来ちゃいましたよ。ああ、今思い出したらまた腹が立ってきた! って、今度は病室抜け出すなんて、まだ懲りてませんよね!?」
あはは……。
って、『昨日から』って。白井さん、今そう言ったよね?
昨日は……。
「ねえ初春。昨日何してたの?
私は、直感でカマをかけてみた。
おそらく、これが正しければ……昨日の『初春』は。
「ああ……ごめんなさい」
……やっぱり。
「別に謝る必要などありませんわ。こっちは忙しくて猫の手も借りたいくらいでしたのに。幻想御手の使用者を見付けるのに、初春と一緒に一日中てんてこ舞いでしたのよ。謎の嗅覚がある佐天さんがいればもっと楽でしたのに、この肝心な時に、手品の失敗なんかで倒れてしまうなんて」
うーん。耳が痛い。
「ちょ、白井さん! そんな言い方」
「初春も初春ですの! あなた、仕事が溜まってる時に限って、こっそり抜け出してサボる癖があるじゃございませんの」
うわ。直球。
初春も何だか冷や汗ダラダラで目を逸らしてるし。
「なので昨日ファミレスであなたに瓜二つな方を見かけた時は、怒りのあまり目の前が沸騰しそうになったんですのよ! 結局は人違いでしたけど」
「だから、何度も言ってるじゃないですか! 私ずっと支部にいましたって!
! ……あはは。
昨日のは、初春じゃなかった。
おそらく、あの“××んす”が完璧な変装か何かで化けてたって事か。
魔力の痕跡も全く残さず、初春本人の姿形のみならず、AIM拡散力場のニオイまでも完璧に真似られるほどの力量かぁ……。
イギリス清教の最大教主だか何だか知らないけど、魔術師っていうのは、上には上がいるもんなんだなあ。
考えてみれば、あたしの嗅覚が誰にも欺けないほどの神がかったものだなんて、どうしてそんな風に思い込めたんだろう。自惚れもいいとこだわ。
それに、初春は3日前に仕掛けたカメラの事を完全に忘れてるけど、これが記憶操作か認識操作によるものだったとしても、偽者がすり替わっていたとしても、大した問題じゃないだろう。
完璧な変装ができる魔術師なら、軽い精神操作くらいお手の物だろうし。
仮に3日前の初春も成り済ましで、あたしに怒ったのが演技だったとするなら、そいつ映画俳優になれると思いますよ、佐天さんは。
いずれにせよ、あたしは魔術の世界でも、トップの足元にすら遠く及ばないって事か。
「佐天さん?」
え?
ああ。いつの間にかボーッとしてたみたい。
初春と白井さんが心配そうにこっち見てる。
「それにしても、佐天さんが病院を抜け出し、いきなり初春の目の前に現れ、敵が撃ったビームを手品で弾いたなんて、話に聞いた時には流石に肝を冷やしましたわ。あんまり無茶しないでくださいませ」
「そうですよ。
「初春。それは初耳ですわ。手鏡でなんて、信じられませんわ! というか、火傷どころか、手首ごと蒸発して持っていかれますわよ」
……あれ?
もしかして、また記憶操作されてる?
どうやら、
初春や警備員達からの目撃証言がそのようになっているからだ。
御坂さんからの目撃証言は無いらしく、本人は沈黙を保っている様子。
ああ、何となく分かった。
これは学園都市による
魔術の存在が秘匿されている以上、私が魔術を使った事も別の事実で上書きする形で隠蔽されるという事か。
正直悔しいし、シャクだけど。
魔術が明るみにできない以上、仕方ないよね。
学園都市の学生は、魔術に憧れを持ってはならないって事か。
私みたいに
それに。
私は最後に『セレマ』の魔術をド派手にぶっ放した。
どういうわけか、これに関する知識も私の頭に
これに関しても、私が使った術式の存在が学園都市の内外に知られると色々と困った事になるのかも知れない。
むしろ、隠してくれたのはありがたかったのかも。
結局、なぜか一瞬で消えるという不発に近い結果に終わったし。
術式が甘かったのか、それとも魔力が足りなかったのか。
はたまた、魔力が送られてくる術式を施した“じご××”が何らかの干渉をして、術を強制的に切ったのか。
答えは藪の中だろうけど、それで分かったのは、もはや魔力は当てにならないということ。
これから、魔力を使わず、地脈・龍脈、
──おっと、いけない。あたし、超能力者になるんだった。
やっぱり学園都市に来たからには、能力を開発しないとね。
よし。改めて……。
がんばるぞー!!
「佐天さん、何一人でガッツポーズ決めてるんですか?」
「だいぶ疲れてるようですの」
……てへっ。
解説1:
ローラ=スチュアートが初春に化けたのは、7月23日から。
ただし、7月21日の時点で既に初春に接近し、監視カメラに盗撮用術式を仕掛けることで、お見舞いの際のやり取りを覗いていた。
初春に変装した後、初春本人の記憶を操作し、監視カメラの事を失念させた上で、佐天の病室に忍び込み、彼女の体に魔力封印などを施した。
また、病院に行く前、変装したままファミレスで時間を潰してるところを白井に見付かり、本人と間違われ、しょっ引かれそうになった。
初春の人となりや仕草を調べ、完璧に成り済まそうとしたが、パンツの柄までは調べていなかったので、もし佐天にスカートを捲られたら即バレしていただろう。
解説2:
ハディトの『炎の蛇』の術式全文。
(『法の書』第2章より抜粋しアレンジ)
ハディト。無限の星々たる
Hadit. The complement and the hasband of Nuit the Infinite Stars.
それに広がりは無く、
It is not extended, and resides in Khabs.
それは遍在する中心点。
It is the ubiquitous Centre.
全ての人の心の内、全ての星の中心核にて燃える炎なり。
It is the Flame burning in every heart of man, and in the core of every star.
それは魔術師にして退魔師。
It is the Magician and the Exocist.
とぐろを巻いてまさに跳び上がろうとする秘密の蛇。それがとぐろ巻くところ喜びあり。
It is the secret Serpent coiled about to spring: in the coiling there is joy.
頭を挙げれば
If it lifts up the head, it and Nuit are one.
頭を垂れ毒を吐けば大地が歓喜しそれと一つとなる。
If it droops down the head, and shoots forth venom, then is rapture of the earth, and it and the earth are one.
すなわち、炎の蛇なり。
In other words, it is the Serpent of the Flame.