とある佐天の裏技遊戯(ニューゲーム)   作:RB_Broader

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とある佐天の魔術実験(マジック・ショー)

 私、佐天涙子(さてんるいこ)は、幻想御手(レベルアッパー)事件が解決した日の夜、偶然『魔術師』と呼ばれる存在と()()()直接遭遇し、その結果、夜中までしつこく追い回される羽目になった。

 幸い彼らと同じ『イギリス清教』最大教主(アーク・ビショップ)ローラ=スチュアートを名乗る変装女(ニセ初春)に助けられたことで命拾いしたものの、度重なる命懸けの戦闘による疲れと寝不足のおかげで、昼過ぎまで爆睡してしまうのだった。

 

 ……って!

 あたし最近、一体全体どんだけ爆睡してんのよ!

 

 何だかこの先もずっとこんな感じでハードスケジュールで、そのうち過労で倒れてまた爆睡……てな展開になりそうな予感がするんだけど。

 

 ああ……目から“火花”が見えてきた。

 

『7月25日午後1時XX分』

 

 ふと、スマホを見ると着信が入ってる。

 お昼前に初春からの電話。

 そして今朝あたしが爆睡して間もないくらいの時間に、警備員(アンチスキル)から電話……これは今朝通報した魔術師(ふしんしゃ)の件についてかな。

 

 それと……アケミ達からのメールだ。

 時間はお昼の少し前。

 第七学区の、あたしが昨日までいた病院に入院しているみたいだ。

 どうやら意識を取り戻したらしい。

 ああ、よかった。

 後で見舞いにでも行こう。

 

 とりあえず、初春のほうに電話を掛けてみる。

 

『あっ。佐天さん?』

 

「初春ぅー。おっはー」

 

『おっはー、じゃないですよーもう! 佐天さんの住んでるアパートの周辺で今朝、不審者が出たって情報が警備員のほうからありました。住民の安否確認のため、警備員が一件一件見回りをしたそうですが、佐天さんだけ返事が無かったそうなんです。電話にも出ないから、無事なのか心配したんですよ!』

 

「ごめんごめーん。ちょっと疲れて寝坊しちゃってた」

 

『んもー。駄目ですよ? 夜更しは。それで無くとも最近無理し過ぎなんですから。このままだと学校にもマトモに行けなくなって、無遅刻無欠席どころじゃなくなりますよ?』

 

「あははー。以後気を付けます、はい」

 

 無遅刻無欠席、か。それに加えて無能力で無理し過ぎだから、『無』が四つか。

 『四無(よんなし)』の佐天さん、ってね。

 

『ところで佐天さん、明日の午前ヒマですか?』

 

「へ?」

 

 というわけで、あたし、佐天涙子は水着モデルとしてデビューすることと相成りました!

 ……というのは冗談で。

 初春の風紀委員(ジャッジメント)相棒(バディ)である白井(しらい)さんが、常盤台中学の同級生である湾内(わんない)さんと泡浮(あわつき)さんからの頼みで水着モデルを引き受けることになり、できるだけ多くの友人を誘うことになったため、初春と私にも声が掛かったという訳だ。

 

 その時白井さんと一緒にいた御坂(みさか)さんも誘われたため、結果的に彼女を含め6人で待ち合わせ場所に集合し、そこから撮影場所へ向かうこととなる。

 

 明日の予定は決まったので、今日やるべき事を済ましてしまおう。

 確か、夕方にエアコン修理の業者が来るんだっけ。

 それまでは時間が空いてるし、アケミ達のお見舞いに行くこととする。

 


 

 病院でアケミ達に面会したが、三人ともいつもと変わらない様子で元気だった。

 ただ、()()()()()()しばらく入院して様子を見ることになるらしい。

 

 ……??

 

 私の時は幻想御手を使ってないとはいえ、動けるようになってから一日二日で退院したのに。

 少なくとも、全身から血を噴いて倒れた後、顔色がお菊さんの亡霊みたいになっていた私なんかよりも、三人はずっと軽傷に見える。

 

 まさか。

 幻想御手には『後遺症』があった?

 

 ありえない話ではない。

 例えば『魔術』にしたって、不慣れな人間が軽はずみに使ってしまうことで体や心に『毒素』が溜まることがある。

 この世界と異なる世界──『位相』に関する物理法則や知識は『異法則』、『異知識』となり、それだけでこの世界の人間にとっては毒となりうるのだから。

 幻想御手を大規模魔術と見なすことが可能なら、当然、使用者の体にも毒素が溜まっているかも知れないし、それが医学的な観点から、何らかの『異常な数値』として現れている可能性もある。

 

 ……この一件、後々まで尾を引きそうな気がする。

 

 面会を終え、病室から出た私が、スーツ姿の女性とすれ違ったその瞬間。

 微かに、『AIM拡散力場の残滓』のニオイを嗅ぎ取った。

 

 これは……。

 掘り尽くされて枯渇した鉱山のような……『枯れたAIM拡散力場』?

 一瞥した限り、眼鏡を掛けた二十代から三十代の外国人女性……研究者?

 元々能力者だったのが、何らかの原因で()()()()()()のか。

 私が知る限り、こういうケースは正直、初めてだと思う。

 

 まあ、あんまり見ず知らずの人間をジロジロと観察するのも失礼だし、気付かれたら気まずい事この上ないから、さっさとこの場を去るとしよう。

 


 

 夕方にエアコン修理して貰い、ようやく快適な住環境が戻ってきた。

 

 ……あ。まだ炊飯器とレンジの買い替えを済ませてなかった。

 もう面倒だから自炊止めてコンビニ飯かカップ麺だけにしようか。

 それともパスタや素麺を主食にするか。お粥って鍋から作れるんだっけ。

 

 ああ。

 何だか、あたしどんどん駄目な方向に行ってるわコレ。

 しっかりしないと。

 

 今日はもう遅いし、明日は水着モデルをするので、魔力を使う機会も無いだろうし、今日の分の魔力をテレズマ充填のために消化してしまおう。

 

ヴェフエル(Vehuel)

 

 イェザレル(Iezalel)が7月下旬(獅子座・第1デカン)の昼間を支配する天使なら、これは同時期の夜間を支配する天使の御名(ぎょめい)だ。

 充填に使えるカードも、対応するセフィラ同士のパスおよびアテュ(トート・タロットの大アルカナ)、属性・形も同じなので、術式の中身も天使名を除けば一緒になる。

 

「充填に使うカードは『(ワンド)の5』」

 

 黄色の地と十字の形に捻れながら伸びた赤白い炎を背景に、赤(不死鳥)と青(蓮の花)の2本ずつ細い杖が二重に交差し、そのさらに手前に、鷲を象った飾りが乗った1本の太く立派な杖が陣取っており、計5本の杖が描かれている。

 上の縁に数字の『5』、下の縁に『WANDS(杖)』と『Strife(闘争)』のロゴが入っている。

 図柄自体の意味は、中央の『首領達人(Adeptus Exemptus)』の杖が『大達人(Adeptus Major)』の赤い不死鳥の杖と『小達人(Adeptus Minor)』の青い蓮の花の杖を力で抑え込んでいる事から、まさに『闘争』を象徴しており、『強い自己主張』あるいは『独善』と解釈できる。

 

 私が昨日、その力を存分に振るった『炎の蛇』の術式に相応しい意味合いだと思う。

 

「『強い自己主張』あるいは『独善』……か」

 

 考えてみれば、事情なんか何も知らないままあの場に飛び込んで、ただあの怪物を消し去る事だけを考え、思いっ切り力をぶつけただけなんだよなあ。

 

 結果的に、あの一連の行動は間違って無かったと思う。

 後悔もしていない。

 それに、収穫もあった。

 セレマの術式を重ね掛けする際の『限界』を知る事もできたし。

 たとえ私の行動が『強すぎる自己主張』かつ『独善』だったとしても、今はそれでよかったと思ってる。

 

 魔力を5回分使い、『ヴェフエル』のテレズマ・カードを5枚充填する。

 これで今日の分の魔力は使い切った。

 明日の朝9時まではもう一切の魔力は使えない。

 

 ──そして、()()()()()()()だ。

 

 私は魔力が使えない状態で、『それ以外の力』をトリガーとし、テレズマの充填を試みたのだ。

 

 占星術における『星座』とは『黄道十二宮』を指す。

 これらは『黄道』、つまり太陽の通り道に位置が重なる星座の総称だ。

 各星座は、太陽と重なる位置にある時期が『誕生月』となる。

 つまり、太陽が南中する時間、すなわち真っ昼間に空に浮かんでおり、夜の間は太陽と一緒に地平線の下に沈んでいるため、夜空には浮かんでいない。

 (もし星座を夜空で見たいなら、誕生月の3~4ヶ月前がベストらしい)

 

 獅子座の誕生月は7月23日から8月22日までの約1ヶ月間。

 また、獅子座の守護星は太陽なので、誕生月、すなわち太陽と星座の位置が重なる時期に、その力が最大になるという特別かつ『最強』の星座なのだ。

 さらに獅子座に対応するアテュは『欲望』で、前述の理由により黄道十二宮に配された12枚のうちで最も強力なカードとなり、それを用いた術式も最強といえる。

 

 そして、ここからが私の仮説。

 

 昼間であれば、火の象徴である太陽と、それを守護星に持つ獅子座の力が最大限に発揮されるため、『火属性』のテレズマは最も強力なものになる。

 しかし、夜の間は太陽が沈んでいるため、この力を直接利用はできない。

 そこで、夜空に浮かぶ月の光を利用する。

 月は太陽の光を反射して地上へ届けている。

 すなわち、太陽、それと重なる獅子座の力を帯びた光を間接的に地上に届けてくれるのが、今の時期の月ということになる。

 

 この月の光を地脈・龍脈と同様のエネルギーと見なし、触媒を通じて魔力の代わりにできるかどうかの実験を行うのだ。

 

 ──結論を言えば、()()()()()()()()()

 

 月の満ち欠けも関係しているのかも知れないが、トリガーとして不安定すぎるせいで、テレズマがほとんど充填されていないに等しいのだ。

 試しに月の光ではなく地脈・龍脈を触媒に通してもみたが、昼間に日向になっていた日当たり良好な場所が溜め込んでいるエネルギーを利用するほうが、むしろ不安定さが軽減されている有様だった。

 それに月は前の誕生月である蟹座の守護星であり、その関係で月の光に蟹座の力が干渉し、獅子座の力と混線している可能性も考えられた。

 

 昼間にイェザレルのテレズマを充填する際は日光を利用し、夜間にヴェフエルのテレズマを充填する際は月光を遮り、昼間に溜め込んだ日光の力を利用するのが得策という事になるのかな。

 

 ここまで、あくまで全て私の仮説に過ぎず、手探り状態ではあるものの、少しずつではあるが、手応えは感じられた。

 この調子で実験を重ねていけば、そのうち()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようになるかも知れない。

 

 夜空の星々はとても綺麗だ。

 ただキラキラと光っているだけでなく、星一つ一つに特有のニオイまで感じられた。

 まるで色とりどりの花が咲き乱れる花畑のように。

 

 そして月の光からは沢の蟹のニオイがした。

 って、これじゃあ花畑というより、海や川の生態系だよね。

 

 ……さて、今日は早めに寝ないと明日も寝坊するかも知れない。

 そうなったら折角の楽しみがフイになっちゃうし、初春に迷惑掛けるから、もうそろそろ家に入って寝る準備をしよう。

 


 

行間

 

 ちなみに、誕生月をさらに3等分し約10日ごとに区切ったのが『十分角(デカン)』。

 第1から第3に分けた上で、昼夜に分け、それぞれ別々の天使が支配する。

 星座の力が最も強いのが第1デカンで、番号が大きくなるに従い次の誕生月の星座の影響が強くなるため、そのぶん力が弱まる。

 

 7月下旬は獅子座の第1デカンに入るため、獅子座の力が最も強い。

 その力を借りたイェザレルの『炎の蛇』は、佐天が使用する術式の中で、現在のところ、最も強力なものと呼べるだろう。

 


 

 午前中は水着モデルのお仕事楽しかったなぁ。

 初春と白井さんの風紀委員での先輩・固法(このり)さんや、御坂さんの同級生の婚后光子(こんごうみつこ)さんっていう人まで来てたのは驚きだったけど。

 あと、婚后さんが連れてきたペットのニシキヘビ……エカテリーナちゃんだっけ?

 凄かったなぁ。大きさや迫力もさる事ながら、それを全く怖がらない初春も。

 それと、どういう風の吹き回しか、水着のままキャンプ場でカレーを作る流れになってたけど、カレー美味しかったし。

 やっぱりカレーは野菜が大きいほうが見栄えが良くて食べごたえもあって、美味しいよねぇ?

 

 まあ……最後に御坂さんがこっそり抜け出して、一人で子供っぽい水着を着て楽しんでたのが、カメラの操作ミスでビルの外に筒抜けだったのは、言わない約束だ。

 

 …………。

 

 あの撮影に使われてた技術は恐らく、光による立体映像と、『擬態』による『騙し絵』、風や音や匂いなどを織り交ぜた『人工現実(AR)』技術だろう。

 

 立体映像は、無限遠に近い空などの遠景や天体などの光源に使われてる。

 そして、地面や近景部分の騙し絵に使われてるのは『磁性制御モニタ』。

 これの原理は、騙し絵を配置したい場所を『画素』で覆い、有機ELモニタの要領で色を変える事で、様々なものへと擬態させられる。

 画素はフルカラー印刷で使われる『CMYK(シアン・マゼンタ・黄色・黒)』の4原色の色素が使われ、磁力で変色させて全ての『物体色』(『光源色』とは見え方が違う)を再現する。

 この技術に加え、質感や触感や匂いや湿り気や温もりまでも再現する事で、本物の物体と錯覚させられるようだ。

 他には、欺瞞技術で隠蔽された空中の小型カメラ付きドローンだの、環境音を再現するための磁性制御スピーカーだの、温度と湿度と匂いと空気の流れを調節する空調設備だの、多種多様な技術がてんこ盛りだったようだ。

 まさに驚くべき『解像度』だけど、まあ、私の嗅覚までは完璧に騙し切れなかったみたい。

 

 おかげで色々勉強になった。

 魔術的観点で見れば、幻術や通信術式に応用できそう。

 科学的観点では、民生用のAR技術だけでなく、おそらく『軍事』にも転用可能……いや、軍事に()()最大限活かせる技術かも知れない。

 

 ──ふむ。

 カレーの他、()()()()料理、美味しゅうございました。

 


 

行間

 

 色は『光源色』と『物体色』に大きく分類できる。

 

 光源色は、発光体からの光が直接、視覚により認識された場合の色。

 物体色は、光が物体に反射した後の光が視覚により認知された場合の色。

 

 基本的に、光源色で物体色を、物体色で光源色を再現するのは難しい。

 具体的には、液晶やプラズマ、有機ELモニタの色域のみで、物体色を完全に再現するのは技術的に難しく、印刷や染料・顔料のみで表現できる色域で、光源色を完全に再現するのは不可能。

 なぜなら、発光しないインクでは光の眩しさは表現できず、光源となる発光体では発光しない物体の自然な暗さ(眩しく無さ)を表現しきれないから。

 


 

 昼過ぎ、学生寮へ一旦帰宅。

 そしてすぐに、イェザレルのテレズマ・カードを5枚充填し、今日の分の魔力を使い切る。

 

 そしてまた、()()を開始する。

 

 今度は、昼間の太陽光から『火』のテレズマを抽出し、テレズマ充填のトリガーとして利用できるかどうかの実験。

 さらに、既に充填されたカードから力を開放し、それを使って再度充填できるかどうかの実験を行った。

 

 学生寮の近くだと近所の人に見られるかも知れないので、遠くの河川敷に移動し、周囲に人がいないのを確認した後、実験を開始。

 できれば『人払い』のルーンを使いたかったが、魔力を使えないので断念。

 

 水晶玉を触媒とし、虫眼鏡やペットボトルなどで太陽光を集める事で、効率よくテレズマを流し込み、ある程度安定供給するのに成功した。

 それでもあくまでトリガーとして使える範囲の貧弱なエネルギーに過ぎず、それ単体で術式に使えるものではなく、聖化発声(しょうけはっせい)により充填されるテレズマと量・質ともに比べるべくもないが。

 

 そして、一度充填されたテレズマ・カードから引き出した力を再充填する実験のほうは、見事に失敗した。

 この際、在庫処理も兼ね、使用したのは一年前(小学6年7月下旬)に充填したイェザレルのカードだ。

 

 力を引き出すには術式として発動するしかないため、出現させた『火の蛇』から『火』のエネルギーを抽出し、それをトリガーに聖化発声を行い、同じ術式のためのテレズマを同種の別のカードに充填するという流れになる。

 だが、エネルギー抽出の段階での損失が大きすぎただけでなく、術式の維持と聖化発声の儀式を両立させるには、私自身の『練度』が不足していたため、途中で術式が解除されてしまったのだ。

 

 これは私なりに喩えると、『左右の脳を別々に働かせ、右目で夜空を見上げて星の数をカウントしながら左目で地面を見下ろし砂利の数をカウントする』ようなもので、常人の感覚では到底無理な離れ業に等しい。

 こんな事ができる人がいるとするなら、頭脳を能力制御のための演算に使う超能力者(レベル5)くらいなものだろう。

 

 ……エネルギー供給を自動化する仕組みが欲しいな。

 つまりは、あたし個人のための『永久機関』──か。

 

 何だかあたし、ワクワクしてきた……!

 

 もっともっと、強くなるんだ。

 そしていつか、超能力者よりも……!

 


 

 初春飾利は困惑していた。

 

「何……これ……?」

 

 彼女の頭に乗っかっている()()()から、思わぬ『落とし物』が見付かったからだ。

 

「何で、私の頭のお花から、こんなものが……」

 

 彼女の掌の上には、小型の隠しカメラが乗っかっている。

 

(まま、まさか……御坂さんだけじゃなく、私も誰かに見られてる?)

 

 そんな愚にもつかないアイデアが頭を過るものの。

 

(で、でも、私の頭にカメラ付けても私が見える訳じゃないし……)

 

 すぐにそう思い直し、カメラを調べていくと……。

 

「これって……」

(私の()()()()()()()()()に送信されてる……!)

 

 そして、固法先輩など他の人に見られるとマズイので、彼女は風紀委員の支部から一旦自宅へ戻るのだった。

 


 

 引き続き、河川敷にて。

 

「佐天さん」

 

 ……へ??

 

 あれ? 白井さん?

 なんでいるの?

 

「河川敷で能力を使って火遊びしてる不良学生がいると通報がありましたの。やはりあなたでしたか」

 

 はあ。そうですか。

 人払いしてなかったから、遠くから誰かに見られたんだろう。

 今度からはキチンと人払い張ったほうがいいかも。

 

「いやぁー。ただの“手品(マジック)”の仕込みですよ。もう作業も終わって、これから撤収するところなので心配要りません。お騒がせしました」

 

「はぁ……。気を付けてくださいまし。ただでさえあなたはやる事なす事人騒がせなのですから」

 

 とりあえず、そういう事にして誤魔化しはしたものの、白井さんは何だか納得しきれていない様子。また、何かに勘付いてるのだろうか。

 白井さんって結構鋭いところあるからなあ。

 不用意にウソで誤魔化しても見抜かれたりするし。

 

「それに最近は、お姉様が『誰かの視線が気になる』とかでノイローゼ気味ですのよ。わたくし、とても心配で堪りませんの。ですので、これ以上余計な面倒事を持ち込まないでくださいまし」

 

 そう言うや否や、白井さんは空間移動(テレポート)でさっさと帰ってしまった。

 

 ああ、そういえば、最近御坂さん、そんな話してたっけ。

 適当に聞き流してたから、すっかり忘れてた。

 こっちはこっちで自分の事で手一杯だからね。

 

 『視線が気になる』──か。

 ……魔術の『探索術式』?

 

 そういえば、あたしがここで実験をする前、周囲に人通りが無いのを予め確認してたんだっけ。

 だから、目撃者がいるとすれば、かなり遠くから覗いてた事になる。

 でも、魔術絡みであればあたしが気付かないはず無いし、千里眼(クレアボヤンス)などの遠隔視を使ったとしても、AIM拡散力場があたしの嗅覚センサーに引っ掛かるはずだから、おそらく双眼鏡か何か、()()()()()の産物に頼ったのかも知れない。

 となると、学園都市かイギリス清教からの監視かな。

 あまり大っぴらに魔術を使わないよう()()の意味で、風紀委員に通報したのだろう。

 

 いずれにせよ、あまり人目に付くような動きができない時点で、そろそろ本格的に、エネルギー供給の自動化用の霊装だけでなく、人払いや『神隠し』のような隠密用の補助術式なども組み上げる必要があるかも。

 


 

 自宅に帰ると、儀式に使った水晶玉をクローゼットの中にしまい、水の入ったペットボトルから水を捨て空にした後、それも片付ける。

 

 ペットボトルは儀式に用いる他、飲み水を入れたりするなど、多目的に使えるので、何本か捨てずに取っておく。

 ただ捨てるだけだと勿体ないし、資源ゴミは捨てるにもお金が掛かるし。

 

 押入れの奥のほうに、正方形の平たい桐の箱が収納されている。

 

 それを開けると、中にはトート・タロットのカード8枚と、白梅の髪留めが“3個”、魔法陣のように綺麗に配置されていた。

 

 

貨幣の

女王

       貨幣の

騎士

   白梅の

髪留め

   
  

8

  

9

  
   貨幣の

エース

   
  白梅の

髪留め

  白梅の

髪留め

  
   

10

   
貨幣の

王女

      貨幣の

王子

       

 

 

 具体的には、四隅に『貨幣(ペンタクル)』のコート・カード(絵札)が4枚、中央にエースが1枚配置され、計5枚で斜め十字形が作られている。

 そこに、『(カップ)』の8~10の3枚が逆三角形に配置され、白梅の髪留め3個が正三角形に配置される事で、六芒星の陣が重ねられている。

 なお、『(カップ)』の8~10は『魚座』のテレズマを充填済み。

 

 そして、白梅の髪留めは、私がたった今、そしていつも身に付けているのと全く同じものだ。

 この髪留めは私が元々幼い頃から身に付けていたものに似せて『石英ガラス』の花細工をサテン生地のカバーで覆ったもので、学園都市に入ってしばらくしてから制作した『追儺(ついな)の霊装』だ。

 

 4個の髪留めのうち3個を基地局のアンテナとして、タロットの陣の中に配置。

 1個を端末用アンテナとして私自身が身に付ける。

 

 霊装に組み込まれた術式の内容は『私個人を対象とする異能を用いた精神操作に対する迎撃』。

 

 術式の発動条件は次の通り。

*私が髪留めを身に付けている間。

*私()()を対象に、魔術や能力などの異能を用いた精神操作が発動した時。

 ただし、無差別の場合は私個人を対象としないため、条件を満たさない。

 

 発動条件を満たした場合、次の『即時効果』を発動する。

*その精神操作を無効化する。

 

 即時効果が発動した場合、次の『永続効果』を発動する。

*私個人を精神操作の対象にできなくなるよう、精神操作の使い手の潜在意識を誘導する。

 この効果は、私の意思で解除するか、霊装を破壊するまで持続する。

 

 ただし、タロットの陣に配置された『魚座』のテレズマ・カード1枚につき1回の迎撃が可能で、最大3回まで霊装効果を維持できる。

 再充填したカードを再配置して術式発動する事で、迎撃可能回数を回復できる。

 永続効果使用中は術式発動中なので、術式解除するまで再充填も再使用もできない。

 カードは数字の小さい順に使用されるが、同じ数字のカードが複数配置され、いずれも未使用の場合、どのカードが先に使用されるかは『決めていない』。

 

 現在のところ、まだ一度も精神操作を受けていないため、残り回数は3回のまま。

 というか、霊装が有効かどうかの検証もできてないので気休めにしかなっておらず、実際に精神操作されるまでは安心できないというジレンマが……。

 

 実のところ、あのイギリス清教の変装女から精神操作の呪術を掛けられそうになった時、髪留めを身に着けていれば、たとえ回避しなくてもこれで迎撃できる可能性もあったんだけど……まあ、正体も分からない呪術に大人しく掛かる道理も無いので、あれはあれで正解か。

 

 ……ぶっちゃけた話、心を操られたり人格を改造されたりするのって、自分が自分じゃなくなりそうで、想像も付かないと言うか……考えただけでも恐ろしいと思う。

 

 あたしが知らないうちに『魔術』の知識をインプットされたのだって、見方を変えれば、魔術を知る前の『別のあたし』が『今のあたし』に塗り潰される形で()()()()とも言い換えられるし。

 まあ、人間の自意識なんか『テセウスの船』に喩えられるくらいつかみどころのない領域だし、何を以て自分だと言えるのかなんて分からないけど、それでも、他人の手で『切ったり貼ったり』されるのを認める訳が無い。

 

 そして、魔術の世界に限らず、学園都市にも精神系能力者が多数いるため、こいつらに操られるリスクはかなり高いと踏んでいる。

 その中でも、『心理掌握(メンタルアウト)』と呼ばれる超能力者(レベル5)がどこかのエリート学校に通っていると噂で聞いた事があるから、特に要注意なのだ。

 なので、そのリスクに備え、予めこういった迎撃術式を整えておく。

 『魔術師』なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()事だと思うから。

 

 ……だったらわざわざこんな霊装作るよりも『自動切断(オートヒューズ)』のほうが手っ取り早いって?

 でもアレって『擬似的な死亡』を誘発して強制的に意識を落とす事で操作されなくなるだけで、自分は気を失って無防備なままその場に残るわけだから、結局意味無いじゃん。

 それよりも最初から迎撃するほうが、意識も保てるから安全でしょうに。

 


精神操作迎撃用『追儺の霊装』の詳しい仕組み

 

 『明白なる御名(シェム・ハ・メフォラシュ)』では、星座一つにつき6柱の天使が対応する。

 さらに、星座=アテュ(大アルカナ)=生命の樹(セフィロト)のパスの組み合わせが12通りあるため、天使名さえ分かれば、他の全ても自ずと決まる。

 そして、迎撃術式に使われる天使に対応する星座は『魚座』で、アテュは『月』。

 その属性は水、形は『後頭部』で、小脳の潜在意識や本能に関係する。

 したがって、術式の内容も『人間の脳や精神』に関するものとなる。

 ちなみに、『魚座』の天使のテレズマ充填可能な時期は2月19日から3月20日まで。

 

 佐天の場合、術式詠唱の際、星座=アテュに対応するパスで結ばれる二つのセフィラに対応する金属を指定するため、アテュ『月』の術式の場合には不都合が生じる。

 なぜなら、『月』に対応するパス『クォフ(Qoph)』は、第7セフィラ『勝利(ネツァク)』と第10セフィラ『王国(マルクト)』を結ぶのだが、王国(マルクト)には対応する金属が無いからだ。

 ただし、王国(マルクト)には対応する宝石『水晶』があるため、これを金属の代わりに指定できれば、『月』の術式が使えるようになる。

 そのために、水晶──すなわち『二酸化ケイ素(SiO2)』から『(ケイ)素(Si)』という『半金属』としての属性を抽出し、これを金属として扱うための『屁理屈』を一枚噛ませる必要がある。

 そこで、前述した霊装(タロットの陣)の出番である。

 

 王国(マルクト)は物質世界を意味し、地球を象徴する。

 四隅の絵札はそれぞれ、『地の中の火』、『地の中の水』、『地の中の風』、『地の中の地』。

 エース札は『地の力の根源』を意味し、全ての『貨幣(ペンタクル)』のカードは王国(マルクト)に帰属する。

 地属性の中の四大属性と力の根源。これらを揃えて配置する事で、盤上に『地球』を作る。

 そして、石英と水晶は同じ物質のため、石英ガラスの白梅の髪留めを組み込む事で、水晶を珪素という『金属』として扱い、王国(マルクト)と結び付けるための『儀式場』が完成するのだ。

 同じ材質・形状の髪留めを複数揃えているのは、『同じ姿形のものには同じ性質が宿る』という『偶像崇拝の理論』を応用し、髪留めを介して儀式場と佐天自身を結び付けるため。

 

 霊装の目的上、術式の内容は前述の迎撃術式のものに統一しているが、他の内容に変えれば、別の効果を持つ霊装への差し替えも可能となる。


 

 自宅へ戻った初春は、彼女が所有する個人用隠しサーバーに本人の知らない間に保存されている監視カメラの映像について色々調べて行く。すると……。

 

「動画データが7月(今月)21日の昼過ぎから記録されてる……何、これ……まさか、()()()()()()()()()()()()……?」

(そういえば、白井さんがそんな事言ってたような……私が佐天さんの病室にカメラ仕掛けたとか何とか)

 

 初春の目の前には、初春自身の頭上からの撮影映像の他に、佐天が入院していた病室の中の様子まで、事細かに映像が残されていた。

 そこに映っていたのは。

 

「これ、私? いや……私の……ニセモノ……何してんの、コイツ……」

 

 初春の表情が徐々に険しいものに変わっていく。

 

(……佐天さんに……何してくれてんの……何なの、このニセモノ野郎は)

 

 そして、徐々に『黒いオーラ』が彼女の周囲に立ち込めてくる。

 いつの間にか、佐天の病室を映した動画は再生終了していた。

 

「……私の頭のほうのは、見てもしょうがないと思うけど」

 

 何となく、彼女の脳裏に、自分を助けた時の佐天の姿が思い浮かぶ。

 

「確か……24日の朝だったっけ」

 

 無意識のうちに、初春の手が滑らかな動きで、彼女の頭上カメラからの映像を精査していく。

 

「……ッッ!!」

 

 その時、彼女の眼前には、『()()()が熱光線を遮るように出現し、相殺する瞬間』の映像が映し出されていた。

 

(やっぱり……変だと思ってた。手鏡なんかでアレを跳ね返せる訳無いのに……)

 

 そして、映像をさらに進めていくと……。

 

「!!! ……これは、一体……???」

 

 『巨大な炎の蛇神』が出現し、あの幻想猛獣(AIMバースト)を一瞬で飲み込んで消し炭にする場面が、バッチリ映り込んでいた。

 

「これ……やっぱり、佐天さんの……」

 

 そして間を置かず、初春の顔色が徐々に青ざめていく。

 

(このカメラと言い、佐天さんの()()の事と言い、()()()()()()()()()()()()()のは間違いない。それは多分、何者かが()()()()()()を覆い隠すため。この事に私が気付いたのは、そして、この映像を見て()()()しまったのは、ひょっとしたら、とってもマズイ事なんだろう。どうしよう……)

 

 持ち前の洞察力の高さが災いし自ら踏み入ってしまった状況を理解し、さらに困惑してしまう。

 ……だが。

 

(ここまで踏み込んでしまったらもう、遅かれ早かれ私は狙われるだろう。また記憶とか証拠映像とかを消されるだけならいいけど、そんな楽観的な予想は恐らく当てにならない。何より──)

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。来るなら来ればいい……!!)

 

 彼女はただ身に降りかかる恐怖に竦み上がるだけのか弱い少女ではないのだ。

 

「……もう二度と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。毒を喰らわば皿まで。こうなったら徹底的に……!!」

 

 初春飾利は『覚醒』した。

 

 それから程無く、佐天の自宅にあるパソコンが()()()起動し、部屋の中に仕掛けられていた隠しカメラと連動し、ちょうど帰宅した佐天が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、リアルタイムで初春の目に映り込むこととなる。

 


 

 私は自身の霊装が変わらずそこにあるのを確認した後、壊さないように気を付けながら、そっとクローゼットにしまう。

 

 ……そういえば、御坂さん、誰かの視線に悩まされてるって言ってたっけ。

 たしか、そんな『都市伝説』があったような……。

 

 えーと。

 

 私はパソコンの電源を入れる。

 

 ……あれ? いつの間にか『スリープ』になってた?

 電源オフにし忘れてたのかな。

 まあいいや。

 スリープになってたなら、付けっぱじゃないから電気代無駄にならないし。

 

 思ったより早く起動したパソコンでブラウザを起動し、都市伝説サイトを開く。

 そして、御坂さんの悩みと関係ありそうなネタを探す。

 ……と。

 

誰かが見てる

 

突然背を射る謎の視線。振り向いても誰もいない。

それでも、視線は確実に、少しずつ近付いてくる。

やがて、視線に取り憑かれた人は、部屋から一歩も出られなくなる。

ドアの向こうから、視線を感じるから。

それでも、ある時一人の女の子が思い切ってドアスコープを覗いてみた。

そうしたら──』

 

 ……まあ、よくある典型的なホラー話だね。雰囲気出てるけど。

 もっと早くに調べて、御坂さんに話しておけばよかったかも。

 てか、初春に話したら、本気で怖がってくれそうで面白そう。

 今更話しても遅いだろうし、ちょっともったいなかったかな。

 この情報、結構前から出てるみたいで、もう古いし。

 

 まあ、この都市伝説自体が眉唾だったとしても、御坂さんを悩ませる視線のほうは、たぶん()()だろう。

 本人のノイローゼとか被害妄想とかで片付けられがちだけど、異能の蔓延るこの街……のみならず、この世界では、何者かが誰かを監視し続けるなんて、ごくありふれた()()()()()でしかないのだから。

 かくいう私だって、今も誰かに見られてるかも知れないし。

 

 ……大丈夫だよね?

 

 何となく不安になり、私は部屋の隅っことかに監視カメラが仕掛けられていないか、チェックし始める。

 

 そんな矢先、玄関のチャイムが鳴った。

 

 誰だろう?

 

「はーい。ちょっと待っててくださーい」

 

 私は慌てて玄関のドアの前まで行き、ドアスコープを覗いてみる。

 すると、ドアの前には長身の黒髪の女性と、ピンク髪の小学生みたいな()()がいた。

 

 黒髪の女性のほうは、覚えている。

 確か、幻想御手事件の時、バケモノと戦ってた警備員の一人だ。

 木山先生が護送された際に、私も一度顔を合わせたから間違いない。

 

「この間は世話になったじゃん。黄泉川(よみかわ)だ」

 

月詠小萌(つくよみこもえ)です。小萌先生と呼んでくださいね」

 

 ……え。

 このチビっこいの、先生なの??

 

 まあ、学園都市だし。

 天才児が飛び級で大学卒業とかよくあることなんだろう。

 

 とりあえず、挨拶といくか。

 

 私は黄泉川先生に『どうも』と会釈した後、小萌先生の目線の高さに合わせるように腰を落とし、とびっきりの優しい笑顔で話しかける。

 

「あたしは佐天涙子です。よろしくお願いしますね。小萌先生」

 

 しかし。

 

「な、何ですか? その子供と向き合うような目線は。私大人なんですよー」

 

 どうやらご機嫌斜めの様子。背伸びしたいお年頃なのかな。

 

「あっはははは。ツカミは完璧じゃん」

 

 えっどういう事なんですか? 黄泉川先生、何で笑ってんの?

 

 よく分からないけど、まあ教師になれるくらいだから、社会的には大人なんだろうし、子供扱いは失礼だったかも。

 

「ところで、折り入って頼みがあるじゃん」

 

 頼み?

 何だろう。先生が二人して、()()()()()()()()()()()()()のあたしに頼み事だなんて。

 

 そんな事を考え、怪訝な表情をする私に対し、黄泉川先生は親指を立てて、後ろを指差す仕草をしてみせた。

 

 ……ここでは話せない事か。

 

 事情を察した私は、急いで支度をして、二人に付いていった。

 


 

 月詠先生が運転する(!!)車に乗り、彼女と黄泉坂先生と私は、第七学区の交通量が多い道路をずっとグルグル回るように移動し続けている。

 

 ……監視対策と襲撃対策か。

 (人混みに紛れることで監視の目を撒き、さらに人の多い場所にいることで襲撃されるリスクを減らす)

 どうやら、かなりヤバイ話のようだ。

 

「お前さんの周りを彷徨いてた『赤いロン毛の不審者』」

 

 !!

 

「逃げられた」

 

 やっぱり。魔術師が警備員に大人しく捕まる訳無いのは分かってた。

 

 そんな顔色一つ変えない私を、助手席の黄泉川先生がバックミラー越しにチラリと一瞥する。

 なお、私は後部座席に乗っている。

 

()()()()って顔じゃん」

 

 それに対し、私は無言で頷く。

 

「何があったか話せ」

 

 ……そう来ましたか。

 ここは密室。逃げられない。

 非公式の取り調べってところですか。

 

 それに、こういう質問の仕方をするって事は、これは新たに何かを聞き出したい訳じゃなく、既に調べが付いている事を改めてあたしの口から聞き出す事で、再確認するのが目的なんですよね?

 しらばっくれても無意味って事ですか。

 

「……偶然、見ちゃったんです。高校生がボコボコにされてる現場を」

 

 それから私は、魔術のことは伏せた上で、粗方の事情を説明した。

 不審者(まじゅつし)の事は、『奇術師集団(サーカス)の一員』と言うことにしておいた。

 赤のロン毛は火吹き男で、パンク女は刀とワイヤーを使って殺陣(たて)を行う曲芸師という設定だ。

 私と一緒に逃げた少女(ニセ初春)については、変装の名人で、私を追い掛けた不審者の上司だと説明した(間違ってはいないはず)。

 つまり、一介の高校生が奇術師集団のゴタゴタに巻き込まれ、ボロボロにされている現場を私が目撃したせいで狙われる羽目になったが、上司が尻拭いをしたというカバーストーリーだ。

 まああのツンツン頭の人が何であんな事になったのか、正直あたしにはサッパリなんだけどね。

 

「つまり上条ちゃんは、奇術師集団(サーカス)から逃げてきたシスターちゃんを助けたって事なんですねー」

 

 ここで、運転中の月詠先生が思わず感心するように呟く。

 ん? 『シスターちゃん』?

 何か新たな登場人物がインしてきたけど、泥沼の予感しかしない。

 しかも、修道女……イギリス清教絡みだから、宗教的な対立……異端審問(いたんしんもん)か何かかな?

 『必要悪の教会(ネセサリウス)』は、対魔術師のための組織らしいし、魔女裁判でもするつもりなのか。

 兎に角、ツンツン頭の上条さんとやらはかなりハードな事件に首を突っ込んでしまったらしい。気の毒に。

 

「……ッ」

 

 得心が行ったような顔で一人納得する私の表情を見て取った黄泉川先生は、同僚が余計な情報を漏らしてしまったと気付いたのか、思わず歯噛みする。

 

「……佐天。もっと詳しく、犯人の情報を教えて欲しい」

 

 ここで、話題を本筋に戻すためか、黄泉川先生が改めて話を切り出す。

 

「お前が“手品”が得意だって、お前の友達から聞いてるじゃん」

 

 ……!

 白井さんか、初春のどっちかが喋ったのか。

 まあ、秘密にしろとは言ってないし、しょうがないかぁ。

 

 多分だけど、幻想猛獣(AIMバースト)と戦った現場にいた人達はほぼ全員、あたしが魔術を行使した事については記憶を改変され、『手鏡で熱光線を弾いた』事にされてるはず。

 考えてみれば、それですらかなり人間離れしてるんだよねえ。

 あたしが手品の達人みたいに思われるのも無理もないか。

 

「かつて“脱出王”ハリー=フーディーニは奇術師として名を馳せたが、一方でインチキなオカルトを暴く『サイキックハンター』としても有名だったじゃん」

 

 んん? 何の例え話ですか?

 

「奇術師は奇術師を知る、じゃん」

 

 ああ、なるほど。つまり、捜査に協力して欲しいってことですね。

 

「……拒否権を発動したいんですけど」

 

 とりあえず、こう答えてみる。

 もうあんな面倒事に巻き込まれるのはコリゴリだし。

 

「別に無理強いするつもりは無いじゃん。けど、一介の高校生がボロボロにされてまだ目覚めてない。彼に守られてる小さな女の子がそれで苦しんでる」

 

 うわぁ……。昏睡状態ってこと?

 それってもう刑事事件じゃん。警察呼ぼうよ。って、ここでは警備員か。

 まあ、あの聖人相手じゃ警備員総掛かりでも相手になるかどうか怪しいと思う。

 超能力者(レベル5)達人(アデプタス)級の魔術師でも引っ張ってくればあるいは。

 

 それに、あたしだってあの魔術師達には死ぬような目に遭わされた。

 もう二度とあんな目に遭わないよう、今度は一人でも戦えるように、もっともっと強くなるために努力はしていくつもりだけど、これからすぐにあいつらと再戦するなんて無茶だし、正直、今は会うのですら怖い。

 仮に、たとえ御坂さんや白井さんが一緒に付いてきてくれたとしても。

 

 なので、こればかりはハイと言う訳には行きません。

 断固拒否したいです。

 

「…………」

 

 そんな私の『怯え』を見て取ったのか、黄泉川先生は無言のまま目を伏せ。

 

「悪かったじゃん」

 

 そう言って、頼みを取り下げた。

 

 多分だけど、黄泉川先生は、あたし()小さな女の子だってことを思い出したんだと思う。

 先生なら生徒を危険な目に遭わせる訳にはいかないもんね。

 

 ……でも。

 あたしって弱いなあ。

 

 だから、早く強い大人になりたい。

 そして、ただ強く大きくなるだけじゃなく、超能力者になりたい。

 たとえ仮に超能力者になれなかったとしても、それよりもっと強い魔術師になりたい。

 

 そのために、あたしはその胸に魔法名を刻むのだ。

 

 あたしの魔法名──Somniatora(ソムニアートラ)310。

 その意味は『絶対に夢を叶える』。

 


 

 あれから私は真っ直ぐ家に帰して貰えた。

 学生を夜遅くまで引っ張り回すのは教師にあるまじき事らしい。

 それを言うなら、捜査協力させようとしたのは何だったのかって話だけど。

 

 ……あ。炊飯器とレンジまだ買い替えてなかった。

 とりあえず、今夜も素麺かあ。

 

 あんまり毎日毎日素麺ばかりだと、そのうち魔術的意味を帯びてきて、変な術式とか使えるようになったりして。

 例えば小麦粉製品のパンは『神の子』の肉体を、葡萄酒(ワイン)は血を意味するから、葡萄酒(ワイン)限定の液体操作術式に特化した魔術師になれたりとか。

 って、どんな使い道あるんだそれ。相手を酔わせたりするのかな。

 

 あと、『元々は葡萄酒じゃなくて、地中海沿岸で使われてた“ガルム”という魚醤が神の子の血に準えられてた』っていう出所不明な都市伝説を聞いたことがあるけど、もしその話が真実で、魚醤の親戚のめんつゆが神の子の血とするなら、あたしは毎日素麺食べ続けたら神の子の血肉を摂取し続ける事になるのかなあ。

 そしたらいつの日か、後天的な『聖人』になれたりして。

 

 ……バカな事考えてないで、さっさと夕飯済ませるか。

 

 それから私は夕飯を食べ、夏休みの宿題をある程度進めた後、歯磨きや風呂などを済ませ、()()()()()()早めに寝るのだった。

 

 そう。

 私は()()()いた。

 口ではああ言って断り、怯えた態度で一旦は拒絶を示したものの、心の底では断った事を後悔しており、体は自然と()()()()()()に備え動いていたのだ。

 意識するしないに関わらず。

 




解説1:
 磁性制御モニタは新約11巻に登場。
 『ファイブオーバー・OS(アウトサイダー)』という兵器に搭載された。
 第二十一学区『グラウンド・ジオ』の円形人造湖の景色一面を覆い、別の景色に書き換えた。

解説2:
 佐天がクローゼットの中にしまっている『追儺の霊装』の術式構成は作中オリジナル。
 ただし、使われている占星術やトート・タロット関連の知識は実在のもの。

 白梅の髪留めは原作の佐天が着けているものと全く同じ外観だが、中の材質のみ異なる。
 花弁を象った形状のため、一体成型だと根本からポッキリ折れてしまうので、花弁と花柱を別々に成形したものを、部品ごとにサテン生地のカバーの中に収めた。

解説3:
 自動切断(オートヒューズ)の術式は新約22巻リバースに登場。

解説4:
 『神の子の血が元々は葡萄酒(ワイン)ではなく魚醤(ガルム)が使われていた』という都市伝説は、本編にも現実にも存在しない作中オリジナル。
 ただし、元ネタは実在する。
 『Dの嘘』というサイトの『天才醤油少女カオリ』という作品のコンテンツ『論文集』の中に、『キリストが醤油を飲んでいた』とされる内容の論文が登場する。
 詳しくは『天才醤油少女カオリ』で検索。
 トップから『論文集』の『新約聖書の常識 第2回「基督教と醤油」』のページへ移動。
 (サイト管理者への配慮のため、直リンはしません)
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