バリヤードと共に大道芸をしながら旅をする、声の出せぬ少女のある日。

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バリヤード(ガラルのすがた):ダンスポケモン
足の裏から冷気を出す。
凍らせた床の上で一日中タップダンスに励んでいる。


喉から産まれず、故に心より出づる

───例えば。

 

例えば、そこに何が無くとも。

無いものは無いまま、仮定すら在らず。

 

転じて、有ろうものが無ければ。

無数の仮定の上に、変わらぬ現が在る。

 

 

───吐く息は暖かく、声は出ずとも呼吸音はするのかと、ふと思う。

 

カツンと凍りついた土の上を踵で叩けば、横から更にリズミカルな音が返ってきた。

突き放すように速度を上げれば、相方のバリヤードが追うように外したリズムを“合わせて”くる。

それを耳に、思わず口角が上がった。

相方に視線を合わせ、遠くにいる人々の耳までをも惹くように。

更にリズムは加速する。

 

 

声が出ない事をどれだけ不自由に思ったかなど、いちいち覚えてはいない。産まれた頃より喉のどこかがおかしくて、誰にも治せないからそれを受け入れただけ。

声一つ出せぬ娘を育ててくれた親も、共に暮らしていたキャモメにも感謝しているが、ただその一点だけを、私は今も疎ましく思う。

 

昔、物心がついて少しした頃に、声を出せぬ私のためにエスパータイプのポケモンを迎えるという話を親から聞いた。

人の心理を読み、第六感を働かせる特殊能力が備わっているとも言われる彼等を迎えることは、双方にとって大きなストレスとなり得る可能性もある。

 

故に警戒心の強い野生では無く、卵から生まれたばかりのポケモンを選ぶものだ。

そうして入念な準備の末に家に来たのは、マネネだった。

 

 

───声が無ければエスパータイプの子以外に指示を届ける事も困難で、元よりバトルの素質など無く。

それでも外の世界を見たいと、心配する親を押し切り、同い年の子がリーグチャレンジに挑戦する時期に合わせてバリヤードを相方に、大道芸をしながらガラル地方を放浪し始めた。

 

手先は器用だったため、バリヤードと一緒に遊びとして行っていた大道芸やサイコキネシスを使ってのパフォーマンスを披露して日銭を稼ぐ日々。

意外にもアイデアを出すのは得意で、遊び半分にそれらを街の中心地で気まぐれに披露して。

 

ふらりふらりと目的なく歩き、街にいる人達に芸を披露しては拍手とちょっとしたお金を稼ぐ。

私としては、そんな生活が好きだった。

 

 

アラベスクタウンのポケモンセンター内のカフェで、ひと段落。

光るキノコによってそれなりに明るさはあるものの、薄暗いこの街でどうやって派手に芸を魅せるかが難しい。

どうしたものかと考えている時、突如頭に乗せられた手に、ビックリしてテーブルにコーヒーを溢した。

手袋をつけたような白く大きな手が、撫でるように髪を揺らす。

それを払うのも嫌で、溢したコーヒーを拭くのも後にして目を閉じる。

───暫くして満足したのか、手が頭を離れたので、イマイチ表情の変わらぬバリヤードの頬を手で挟んだ。

 

疑問の意思を伝えると、また頭を撫でられて。

意味が分からず、頬に熱が溜まる。

カフェのマスターから差し出されたおしぼりでテーブルに溢れたコーヒーを拭き、ハンドサインで感謝を伝えた。

 

「…随分、エスパータイプに好かれているね」

 

声を出せない事は注文の時点で伝えていた。

話しかけているというよりは、ただの感想だろう。

マスターの言葉に、頬を掻いた。

 

 

家に来たばかりのマネネは、よく私の動きを真似していた。

疎ましく思った時には近寄らず、構いたい時に寄ってくる姿にエスパータイプとは凄いものだと単純に驚いた記憶がある。

言葉を出さずとも私を助けてくれる存在に、いつしか甘えるようになっていた。

 

そんな私の動きを真似していたマネネは、ほぼ完璧に私の日常動作を再現できるようになり、ある日進化した。

バリヤードとなったマネネは、進化した事による大きさの差異に戸惑っていたが、暫くすればいつも通り私の側で過ごし始め。

 

その近すぎる距離感が、私にとっては心地良かった。

 

 

タップシューズに足を入れ、更衣室内で深呼吸。

白いワンピースに青いアウターを羽織る。

バリヤードに寄せた服装も、今ではこれを着なければ身が締まらないぐらいに感じていた。

顔を隠すために仮面をつけて、防水防寒のグローブを手に嵌めて。

 

ポケモンセンターから許可を貰えたので、邪魔にならない入り口横で準備を始める。

芸をする場所だけをバリヤードに歩いてもらい、地面を凍らせてもらう。その上で何をしても、特製の靴のおかげで滑る事は無い。

“パフォーマンス中”なんて書いてあるボードを横に置き、とりあえず手慣らしにジャグリングでもするかと手を叩いた。

 

パントマイムのように、手だけを動かす。

何も投げていないけれど、これでいい。

妙な動きが目に止まったのか、遠くの人が不思議そうに見ているのが視界に入った。

バリヤードの冷気によって凍りついた地表を、踵で叩く。

 

手に、重みが乗った。

透明度の高い氷の球が、一つ、二つとパントマイムに合わせるように現れる。

バリヤードの冷気とサイコパワーによって生み出されたそれを、ポンポンと投げると受けるを繰り返し。

 

ココンコン

 

球が四つとなり、投げる高さも高くなってきた辺りで再度氷面を踵で叩けば、氷球が棒状に変化した。

形状の変化によって受け方と投げ方も変わり、即座に対応してジャグリングを続ける。

おお、と近くで見ていた人達から感嘆の声が漏れ、拍手の音が聞こえた。

 

 

何かを踏むようなバリヤードの動きが気になったのは、3年前だっただろうか。

真似するように床を踏み、滑って転んだ事はよく覚えている。

ついでに、慌てて駆け寄ってきたバリヤードの事も。

 

タップダンスというものを知ったのは、その時だった。

足下より生じる冷気によって地を凍らせ、タップを踏むバリヤードの生態について知ったのも、その時で。

 

声は出せずとも、耳はよく聞こえる。

バリヤードの出す音が気になって、私も出来ないかとバリヤードの動きを真似るようになり。

それを見て、バリヤードは時折サイコキネシスで動きを矯正し、その通りにやってみて、矯正されての繰り返し。

 

それでも楽しかった。

声の出せぬ私にとって、音を出すという行為がとても楽しかったのだ。

 

 

物珍しいのか、いつの間にか沢山の人が私達の周りにいた。

アラベスクタウン特有の光るキノコが、氷のジャグリングをより幻想的に見せてくれる。

一際高く投げ、ぐるりと回転。

最後に全てをキャッチし、大袈裟に礼をする。

 

拍手と、お気持ちが貰えた。

リーグチャレンジ中だから、結構トレーナーもいる。

いつの間にか野生のミブリムやネマシュまでいて。

 

パントマイムやアクロバットは、薄暗いこの村では映えない。

拍手を収めるように大きく腕を動かせば、観客も何があるのかと拍手を止める。

陽気な動きで一礼。バリヤードと腕を組んでふざけたダンスを始めた。

明るく陽気に。何が始まるのかと期待させるため、派手になりすぎないが、目を惹くように体の動きは大きく。

 

バリヤードは足の裏から冷気を発するため、そのダンスによって周囲の土がより深くまで凍りついた。

これなら、“強く踏んでも大丈夫”だろう。

バリヤードから手を離し、ドレスの裾を摘んで今度は上品に一礼。

 

タタンと、小気味良く踵と爪先で氷の地を叩く。

合図のような軽い音では無い。

人差し指を立て、観客に静かにして頂けるように求める。

薄暗い中で、今度は目ではなく聴覚を刺激するために。

 

───私の音が、始まった。

 

 

家では基本的に、スマホで話していた。

というよりスマホでしか話すことができないのだが、いざ旅に出るという話を出した時はテーブルを囲んで話し合うことになって。

 

反対というわけではなく、心配だったあたり、親の優しさを感じる。

バトルをできない事は分かっていた。

だから、私の大好きなバリヤードと一緒にガラル地方を見て回りたいと素直に伝えた。

 

バリヤードと共に遊びとして練習した大道芸でも披露しながら、贅沢はせずに自分の力で稼ぎながらふらりふらりと街を歩き旅をする。

家を出なければいけない理由はないが、家を出たいと願う自分がいて、親はそれを尊重してくれた。

 

ありがとうと声で伝える事は出来なかったけど。

二人を抱きしめたあの時に、それが伝わっていればいいなと思う。

人間はエスパータイプのように超能力は使えないけれど。

人間もまた、心で繋がる時がある筈だ。

 

 

あの時と同じく、ありがとうとバリヤードに声で伝える事は出来ないけれど。

───感謝の意思は、喉より産まれず。

 

この感情を、きっとバリヤードはわかってくれていた。

───感謝の意思は、心より出づる。

 

言葉が無くとも、私とこの子は繋がっていて。

爪先は氷面を叩き、叩き叩き叩き。

バリヤードと共に奏でる硬質な音の連続により、音はいつしか曲に成っていて。

 

汗を拭う暇すら無い。

スカートの裾をはためかせ、足は躍動する。

私が出す音に、周囲にいた皆が動きを止め、呼吸すら止めたように聞き惚れていた。

今この時、喉より産まれる声なんて無くていいと真に思う。

誰の声も聞こえないこの瞬間に産まれ続ける私達の“声”を、忘れられないほど脳に刻みつけて欲しい。

 

興奮のあまり、心臓が飛び出しそうだった。

挑発的なリズムを追うように、バリヤードも音を鳴らす。

 

仮面の下で、恍惚とした表情が浮かんで。

声があれば叫んでいただろう。

こんなにも、こんなにもこんなにも楽しい。

足で、足首で、爪先で、踵で歌うような感覚。

感情が爆発する様だった。こんなにも心まで踊る日は初めてだ。

 

目を閉じればキノコの蛍光色が目に残っていた。

鮮やかな色彩が黒い瞼の裏で尚も主張を続ける。

綺麗だった。全てを誘うように腕を広げ、足は氷の地を踏みつけて。

跳ねるように、音は続き続き続いていく。

 

バリヤードのリズムが近付くたび、突き放すようにペースを変えた。

それでもバリヤードは追い縋るように、僅かに遅れさせて音を鳴らす。

追い、突き放し、それでも追っていく。

これは、私が未だ知らぬ恋情の音。

バリヤードと共に奏で、己が創り出していくこの曲は、私の年齢の声で紡ぐには不相応な程に扇情的な意味を秘めていた。

 

だからこそ、幼い声すら出せぬ私は、音でこの曲を紡ごうとしている。

このタップ音には、大人も子供も関係ないのだから。

 

バリヤードから教わったため、比較的私の方が上手くない。

だから私が先にリズムを刻み、バリヤードが合わせる形となっているが、それでいい。それだからこそいい。

拙い方に上手い方が合わせて追ってくれるのも、曲の雰囲気に合っている。

 

そんな“歌”も、気がつけば終わりへと近づいていき。

興奮冷めやらぬまま、瞼を上げた。

仮面の奥でバリヤードに目を合わせれば、そのリズムは徐々に緩やかなものへと変わっていく。

激しさは穏やかに。挑発的なリズムは、いつしか伺うような、期待と不安を孕むものへと変わっていった。

 

離され、追いかけていたバリヤードのリズムはゆっくりと、しかし確かに重なっていき。

僅かなズレを残し、二重にブレて聞こえる音は心地良く。

 

 

タタンッ

 

 

最後に踏み鳴らした両足の音が綺麗に重なり、そこで動きを止めた。

疲労を一切動きに出さず、バリヤードと共に一礼。

 

───拍手が聞こえた。

 

その時、私の“音”は。

喉からでは無く、爆発しそうなほど鼓動する心臓より産まれていた。

バリヤードと手を繋ぎ、もう一度頭を下げる。

 

拍手の中、私はこんなに素敵な事を教えてくれたバリヤードに、感謝の心が全て伝わっていれば、と息を漏らした。

すると、私の手を握っていたバリヤードの手が、優しく労るように、しかし僅かに強く握ってきて。

 

 

きっと、明日も。明後日も。そしてその先も。

───また、私の喉では無いどこかで、私の音が産まれる。


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