ハウンテッド・キャンプ。但し此の地縛霊は無害且つ影が薄い物とする。 作:馬汁
この焚き火を見守る者が去った後、薪を食い尽くした火はすぐに縮んでしまった。
月明かりだけの、何処か肌寒く感じる夜を何度も迎えたが、それでも私は、この場所を去らない。
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「もうすっかり夜だね」
「だな。おい、なんか見えそうか?」
「特に……あ、あそこに野営跡地がある」
半月の夜、夜目の利く猫種の亜人を先頭に、三人組がやってきた。
「ふむ、ずっと前から沢山の人がここで休憩したみたいだな」
「確かに丁度いい所にあるしね。あ、ご飯食べようよ。お腹すいた」
三人組の中で最年少だと思われる背の小さい冒険者が、お腹を抱えて食事を求めた。
無言の中でこれからやることを全員で決めつけると、各々が準備を始めた。
「この食料もそろそろ時間が心配だから、今晩はこれにする。良いよな?」
「肉!」
「がっつくな。ほら、鍋を出してくれ、今日は肉とキノコでシチューだ」
「お兄ちゃんは相変わらずお肉好きだねえ。あ、鍋に水入れておくね」
「頼む、俺は簡単に下ごしらえを済ませる」
その手際の良さは、何度も野営をこなしているからだろう。
亜人は荷物から食器や道具を次々と取り出し、少年が魔法で火や水を生み出している。
「……?」
その様子を見ていると、鍋を火から少し浮かすための台を組み上げた亜人が、ふと私の方を見つめた。
なんとなしに見つめ返すが、目は合っていない。その猫耳が何かを探るようにあちらこちらへと向いているが、何も見つからないという感じの様子だ。
諦めた亜人は、作業の仕上げを済ませた。
「……リーダー、鍋の準備ができた」
「助かる」
リーダーと呼ばれた、無精髭を生やした男が、大まかに切り刻まれた具をボトボトと入れていく。
「さあ、見つめていても出来上がるまでの時間は短くならないぞ。装備の手入れでも星の数でも数えてろ」
「はーい」
「自分は魔法書を読んでますね」
今日やって来た三人組は、どうやら冒険者のようだ。
リーダーと呼ばれた男は剣と大きな盾を、猫の亜人は弓を、背の小さい少年は杖を持っていた。
「船に乗るのが楽しみですねー」
魔法書のページを捲りながら、その目は離さないまま話しかけてきた。
「億劫だ……」
「頼むぞ。俺の剣じゃ船から海のモンスターに届かないんだからな」
「分かってはいる」
亜人は耳を畳んで俯いた。
「船酔いが苦手なんだよね、今回は来なくても良かったんだよ?」
「……それは、それ。子供が心配だ」
「ぼく子供じゃないんだけど」
「はっはっは。一応成年はしてるんだがな。まあ今からでも沢山食えば、十分デカくなるだろ」
そう言いつつ、ブロック状の物が鍋に投入される。
「予定じゃ明日には到着だ。沢山腹の中に詰め込んでおけ」
「はーい」
「オレの分も分けてやる」
「お兄ちゃんがそう言って分けてくれる時は、大抵が野菜なんだよね」
「野菜も大事だ」
「じゃあお兄ちゃんは?」
「お肉も大事だ」
もー。と少年は不満の声を上げて魔法書で亜人を叩き始める。パタパタというより、モフモフという擬音がどうにも似合っている様子だが。
「それはそうと皆。クラーケンの弱点、覚えているな?」
「まあね。雷属性がよく通るんでしょ」
「眼は横斜めに付いている」
「そうだ。そして攻撃手段の触手だが、これは基本的に叩きつけるか摑むかの2つだから、これを気をつければいい」
「うんうん。船も守んないとだしね」
「ああ。……最初に向かった大規模な討伐隊も、主力の弓兵の乗った船が沈められて…………二の舞にならなければいいが」
「大丈夫です。今日だけの為に魔法の見直ししてきてるので」
「頼もしいな」
大規模な討伐隊より上手くいく自信でもあるのか、3人はまるで少し手応えがある程度の狩りに出かける様な言動をしている。
討伐隊がどの様なものだったかは知らないが、隊と言うからには、数えて5人や10人程度はゆうに超える筈だ。
「……オレも、弓の手入れ」
「ああ。遠距離用に弦を調整するなら後にしてくれ」
「手入れにも色々ある」
「そうか? 悪かった」
その言葉で会話は終わり、各々の作業に没頭し始めた。
鍋はぐつぐつと音を立てて、その度に亜人の耳がその方に向く。
焚き火から一歩離れた辺りに佇んでいた私は、屈んで鍋の様子をじっと見つめた。
炎は鍋底を包み、蓋は時折蒸気を吐き出す。火の粉が弾ける音と、沸騰する音が、この空間にもたらす安らぎの協奏曲。
聴衆はそれに気にかけず、己の得物や書物にばかり目を向ける。
その中で、私だけが瞳で以っての歓声を静かに捧げた。
「……リーダー。頃合いだ」
「んああ、そうだったな。危うく忘れるところだった。どうも愛剣を構ってると、すーぐ時間が経つんだよな」
「焦げた具は好きじゃない」
「だろうな。そこの魔法書を目隠し代わりに寝てるやつを起こしといてくれ」
「ああ。……また魔法書によだれが付いてるな。おい起きろ」
「ひゅわ?!」
顔を上げると、すぐ側にリーダーさんが寄ってきた。もちろん視線は私ではなく鍋の方へ向けられている。
右手で鍋の蓋を取り、左手の掬いでシチューを持ち上げる。
香りが伝わる、熱気が伝わる、食欲が伝わる。
新鮮なほどの感覚が共有され、私はのそのそと鍋から離れた。
見るのは好きだ。聞くのも、嗅ぐのも、醜いものじゃなければ好きだ。
けれど感情の伴ったそれは、苦手だった。
私はいつもより遠くの場所に居座り、遠目に、というほどの距離でもないが、その程度の間を挟んで食事を眺めていた。
私は、生者の感覚と感情を受け取る形でのみ共有できるらしい。それが具体的に判明した時期はわからないけれど、私はこの性質が好きだったり苦手だったりする。
特に強い感情が流れ込むと、私は私のことがよく分からなくなる。
けれど、霊体の私は五感がないから、視界や聴覚、匂いとか温度とかを一緒に感じ取れると、何処か生きた心地がする。
それでも今は、少しだけ距離を置きたかった。
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「よし、朝食は食ったな。朝の支度は済んだな。それじゃあ二人とも、出発だ」
「ああ。行こう」
「しゅっぱーつ!」
三人が去って行く。
焚き火の火は踏み潰され、黒こげの木片が細やかに煙を上げている。
そのすぐ側で、私は目送ることもせず、温もりが感じ取れなくなってゆく焚き火を、じっと見つめ続けた。