ハウンテッド・キャンプ。但し此の地縛霊は無害且つ影が薄い物とする。 作:馬汁
一時の炎の温もりを知れば、月の下で夜風の寒さを知った。一団の談笑を聞けば、鳥と虫だけが鳴く静寂を聞いた。そしていつの日か、私は孤独を感じる様になった。
私は、このキャンプに居続ける。寒さと静寂が私の隣で寄り添っているのは、間違いなかった。
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東に微かな光が見える頃、遠くの方で草を踏む音が鳴る。雑な足踏みで、不規則な歩みながらも一人の男がキャンプに辿り着いた。
「けはっ……ぐ、うう……くそ、さみい」
ずっと前からある焚き火の場は、小石で囲われた燃えかすの炭だけが今はあり、微かな火は勿論、温もりも残っていなかった。それでもと、男が炭で汚す程近くまで手の平をかざすが、感じるのは触れた側から崩れる炭の感触と、湿った冷たさのみだった。
男の着る革鎧には黄色い砂が随所にこびり付いていた。服は濡れており、精々が生乾きと呼べる状態だろう。
「えだ、を……」
男が震える体を抑えつつ、薪として置かれていた枝を二本手に取った。石を使ってその内の一本を削り平らな部分を作ると、もう一本を使い先端をそこに当て回し始める。
しかし、手の震えが軸をずらし、枝が外れて土を削ってしまう。
「止まらねえ……くそ、くそ、収ま……ご、けほっ」
苦し気に咳を繰り返し、枝を手放した両手を地面に付いた。今にも血を吐きそうな勢いだが、何度咳をしても出るのは唾のみだ。
「はぁ、はぁ……く、けほっ……。ああ…………さみい」
「……」
言葉は弱々しく出るばかりなのに、彼の感情は荒々しく混ざり、だというのにハッキリと一つ一つが
死が目前にまで迫っている。訓練場の土から血濡れの土までを共に踏んできた仲間を失った。まだ残っている借りを返しきれていない。ただ何を思おうが、この場で終わってしまう。
絶望。孤独。後悔。諦め。感情としてでしか感受していなかった筈のそれは、どうしてか明確なイメージを持って私の記憶に刻まれる。ああ、どれも苦しいものだ。辛いものだ。私は彼のそばで、弱っていく身体を見下ろしていた。
「ほしが……みえねえ。まっくらだ……くそ」
彼が空を見上げると、また別の感情が湧き上がる。
それは怒りだった。そして記憶の一片が想起される。船上での戦い。弓が軋み、矢が空を舞う。触手が海中から現れ、大きく振り上げられると、そのまま甲板に叩きつけられる。ばき、ぐしゃ、がらん。
記憶の中の彼が海面に落ちると、その成れ果てである彼が地面に拳を叩きつける。
「死ね、ない。……這って、でも」
「死ねない」
「ああ……アイツのめだまをぶちぬく、まで……。ふくしゅう……いや……ちがう」
「復讐、じゃなく」
そんな物の為ではない。そうだ、生きなければ。生きなければ。復讐なんてものの為ではなく。
────「お前はただ、生き延びることだけを考えろ!」
「……からだが、あつい」
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「今夜は冷えますね」
「まだ秋ですが、連日の曇りと雨です。雪の降る夜に匹敵するぐらいでしょう」
「ええ。……馬車を止めてください、何か気配がします」
……。
「如何致しましたか?」
「こちらから気配が……あら、キャンプ場があったのですね」
「月が細いので、この距離になるまで気付かなかったようです。……気になるのでしたら、私達が先行して安全を確認します」
「ええ、お願いします」
……。
「これは……死体? 外傷は無いが、脈がある訳でもない。ただ酷く冷たい……濡れているし、凍え死にか。……この紋章は、同郷の者か」
「部隊長。周辺に脅威は確認できませんでした」
「む、ああ。……この辺りは氷や水の魔法を使うようなモンスターは居ない筈だったな」
「はっ。そういった情報はありません」
「……髪が潮で固まっている上に、砂もこびり付いてる。海からここまで来たのか。……ということは、あの討伐隊か」
……。
「シスター。ご遺体を一人発見しました。同郷の者です」
「ああ、何てこと……彼は見知った顔です。でも、どうしてここに……」
「恐らく、海へ赴いた討伐隊です。船の沈没から流れ着いた後、ここまで来たのかと。弔いましょうか?」
「そうだったのですね……弔いますけれど、少しお待ち下さい」
ふと、視線を感じた。今までとは違う、私を通して向こう側を見つめるような物ではない。
見返すと、その目はたしかに私の目に向けられていた。
「亡霊……ですね」
立ち上がる、それを彼女の目が追う。そういえば、彼女には見覚えがある。私は知らないけれど、亡き彼は知っていた。私の中で記憶が疼く。
故郷のシスター。怪我の耐えない兵士を自ら進んで癒やしてくれていた、国も頼りにする信仰術の使い手。院を出るたびに、「死なないで」と声をかける、心優しいシスター。
そうだ、生きなければ。
「貴方は……とても残念なのですが、既に亡くなられています」
声が魂を静かに揺らすように、柔らかな声が存在しない耳を撫でる。
それでも、生きなければいけない。
生きなければいけない。隊長に、そう言われたから。彼女がそう言ってくれたから。
……けどそれは、私への言葉ではない。
生きるべきなのは、彼なのだ。
私の足元で、胸が小さく上下する。
「……え? まさか……!」
私は、静かに彼の側を離れた。それに代わるようにシスターが駆け寄ると、彼の額に手を当てる。
「我が主よ、私は望みます。彼に癒やしの奇跡を」
すると、暗闇の中で彼の身体がひかりだす。暖かな輝きが彼を包んでいくと、次第に青かった顔色が赤みを取り戻していく。
「……う」
「やはり、生きていました……! 誰か、火起こしの魔道具と薪を、それと食べやすい食事もお願いします!」
「は、はい! 直ちに!」
様子を見ていた護衛が、ポーチから魔道具を、馬車から幾らかの薪を運んでくる。乾いた枯葉に魔道具から火種が落とし込まれると、じわじわとそれが広がっていった。
しかし彼は、一つうめき声を出してから変化はなく、暖かさを取り戻しても尚眠っていた。
「……貴方が、彼を助けてくれたのですね」
「……」
「あの……まるで聞こえていないようですけど、でも、ありがとうございます。お陰で、彼の命は救われました」
「……」
「それで、えっと……貴方の事をお聞きしても、良いですか?」
「……」
「……えっと、そうですか。ごめんなさい」
それからシスターは押し黙り、焚き火の温もりがキャンプの周辺に広がる。護衛達は交代しつつその温もりに当たりに来る。
様子を見ながら、簡単なスープを少しずつ飲ませて、しばらくが経った。器は空になり、彼の呼吸は既に安定していた。
「貴方が救った彼は、新人の頃から知っています。よく訓練で無茶をして、私の所に来ました」
沈黙の中、ゆっくりと語りだしたシスターの言葉は、護衛達の目線を意に介さず続けられる。それはまるで、物語を読み聞かせるように。
「擦り傷だった時もあれば、酷い出血をして運び込まれたこともあります。指南役の方も、危なっかしいと心配していました。だから私は『どんな怪我をしても、どうか生き延びてください』と、治療の度に伝えました。彼も指南役によく言われると笑いながら返しましたが……」
私は目を閉じる。意識が消えかかるのを感じる。
「亡霊さん……?」
火の温もりがない、寒さと孤独感だけがある。
目の前に火があるというのに、どうしてか肌寒い。
ああ、身体が震えるようだ。かつての彼の様に、私は地面に倒れ込む。
「亡霊さん!」
きっとこれが代償なのだろう。死に逆らうための犠牲なのだろう。生にしがみつくための条件だったのだろう。
絶望と共に襲いかかる寒さと孤独を、私は受け止めた。
聖職者やネクロマンサーの類は、主人公のことが見える。大体は。