ガンプラバトルネクサスオンライン
通称GBNと呼ばれる。それは自分が作成したガンプラをスキャンし、その機体に乗り込み様々なミッションに挑むことのできるオンラインゲームだった。アニメ機動戦士ガンダムや数多くの作品を再現し作りこまれたフィールドやメインやサブといった無数のミッション、運営やプレイヤーによって開催される様々なイベント、気の合う仲間たちと結成することのできるフォース、そして何より自分の相棒ともなるガンプラに乗り込み操縦することのできる興奮それこそが、ユーザー数が全世界に数万人規模の大きなゲームの一つ、GBN。
そんな広大な世界の端、ノヴゴラーダと呼ばれた小さなエリアにその影はあった。
吹きすさぶ吹雪の中濃紺に染められたハイパーメガランチャーを抱えるようにうずくまるのは黄色い巨体。取り付けられたスコープのレンズのゆがみを気にしているのか機体の排熱を逃がさないように機体全体に大きなシートをかけ、その中にライフルを抱き込むように抱えていた。本来ならば黄色のその機体は雪原用迷彩仕様のシートと、降り積もった雪でその色を表すこともない。山麓に置き去られた巨岩のようなその体躯の中、少年は小さく息を吐いた。
「寒い」
コクピットの中、まして本来であれば感じるはずのないGBNの世界で少年はそう呟く。悴んだように感じるその指先を、閉じたり、開いたり、感覚を取り戻すように、血を通わせるように。吐いた息が白く凍り付くような幻覚、それを少年は見るでもなく眺めていた。
『FIELD COMPLETED』
ミッション用のFIELDが読み込まれたことを表すアナウンス。少年はその声に再び操縦桿を握りなおすと再び耳元で同じ機械音性が告げる。
「MISSION START」
ブザーが鳴り、ミッションの開始を知らせ、しかし、それで何かが変わることはない。少年はそのまま動くことなく兵装の確認をするだけ。聞こえるのはコックピットの中に響く機械の駆動音。吹雪の映像だけが代わり映えもなく、メインカメラに写される。その代わり、一つだけ絶えず動き続けるのはミッション開始からの経過時間を伝えるウィンドウ。せわしなく動くそのタイマーだけを少年は注視する。
「じゅう、きゅう」
唇からこぼれるように聞こえたその言葉とともに覆いを払いのけ、手にしていたその砲身を背後の岩棚に固定する。風で射線がぶれぬように飛び出したアンカーがあたりに突き刺さり、ワイヤーを巻き取る。ワイヤ―のきしむ音とともに砲身を締め付ける。突き刺さった地面はまるで今初めてそのアンカーに穿たれたようにわずかな亀裂のみが走っている。
「ろく、ご」
狙撃モードを開くとスコープからの映像が届く。一部欠けたような虫食いがあるもののそれを気にした様子はなく、じっと、耐える。
「さん、に」
『ENCOUNTER』
その声にかぶせるように機械音声が流れ、視界の端にはもうもうと雪煙を上げながら行軍するその列が見て取れる。それは寒冷地仕様のジム六体とコンテナ車八台の大きな補給隊だった。相手の索敵範囲にはまだ入っていない。スコープを除いた自分だけが彼らの姿を見知っている。
「いち」
『FIRST POINT PASSED』
その声とともに僅か、吹雪の勢いが弱まる。絞った引き金は咄嗟にその銃口から薄い赤色の光線を解き放つ。膨大な熱量の前に一直線に降る雪の礫は一瞬にして蒸発し消えていく。瞬きのような時間、その光のたもとは防衛していたジム一機のコクピットへと当たり、溶かし、膨れるように見せたかと思えば上半身を吹き飛ばすほどの爆発を引き起こす。彼に一番近かったコンテナ車は巻き添えを食うように同時に燃え上がり、灰色の空の下、黒煙を上げた。コンテナ車一台は倒れ行くジムを避けるように大きくハンドルを切る、しかし車はその急カーブに耐え切れず横転し、滑っていく。咄嗟に散開する小隊、しかし、打ち抜いた隊長機によってその判断も一瞬遅れる。それで十分だった。ライフルの排気口、砲身の冷却とバッテリーの交換、何度してきたかわからないその工程をこなすのにはそれで充分。予想通りに散らばった彼らのうちちょうど射線に出てきた二体をひと固まりで打ち抜く。破片がコンテナ車を一台走行不能にして、もう一台は倒れてきたジムの巨体に運転席をつぶされる。
機械音声とともに、手元に現れた小さなウィンドウ、少年はそれを見ることもなく、表示されたYESに触れる。
三機撃墜、コンテナ四個掌握、もう一度打てば残った三機のジムはこちらの居所をつかむ。そうなれば万に一つも勝ち目はなく、すでに補給隊の半分を妨害した。
それはつまり、
『MISSION FINISHED』
ミッションの終了を告げる声。ウィンドウの一番上には本来達成されるべき三つの空の王冠が並び、一番右だけ、銅の王冠が輝く。達成率30%を表すCがはじき出され、リザルトには特別な報酬などはなく、撃破数に応じたコインが増える。最低限をクリアし、そしてミッションを終える。ミッションが終了し、このフィールドも溶けていく。背後ではまだ警戒するジムたちをしり目に少年は一人、再びリトライのボダンを押した。
暗い部屋の中、少年は一人手持ちのアイテムを整理していた。
紺のつなぎに大きめの軍靴を履いた黒い短髪の少年だった。金色に輝ひとみはどうやらルーペツールを使い手にしていたドロップ品の鑑定をしている途中らしい。時刻は既に深夜の一時を回り、ロビーのあたりにもちらほらと数人を見つけるのみ。GBNロビー内に設けられたマイルームの中、唐突にベルの音が鳴り響く。それはGBN内での呼び出しコール、フレンド登録しておいた誰かからの通信を知らせるものだった。六回のコールを聞き流し、七回目の前に着信拒否を押し、音を止める。束の間の静寂、そして再び鳴り出すその音。五回の攻防の後、折れたのは少年のほうで、仕方なく通話をひらいた。
「無視すんなよ」
「無視されてるって気づいてんなら何度もかけてくんなよ」
「ひどーい、だからモテないんだ」
「うるせぇよ」
「いいから開けろい」
電話口の声とともにマイルームの扉をたたく音が聞こえる。少年は少し眉を顰めるも一つため息をつき入室を許可した。
「おいっす、久しぶり。暗い、電気つけなさいよ」
明るくなった部屋、その声とともに入ってきたのは仮面をつけた甚平姿の青年だった。
「なんで甚平なんだよ、鳥野郎」
まだ開いていた電話ウィンドウに記された通話相手の名前、トリコット。それが今部屋に入ってきた男の名前らしかった。
「いいだろ、これ。去年のランカー報酬だったらしいんだけどちょっと前に余ったってのがフリー交換に出ててな、交換したんだ」
「ふーん」
顔の上半分ほどを隠す仮面の端から覗く金髪と紺色の甚平が思いのほか似合っていた。
「そんで、お前はまたあの面白くもないミッションに行ってたってわけか」
マイルームの机の上、そこの置かれたいくつかの素材や設計図たちを一瞥すると彼は大仰に肩をすくめた。
「まぁ俺のかかわることでもないし、いいんだけど」
「なんか用があるんじゃないのかよ」
「なんか用がなきゃ来ちゃまずい」
「水曜の夜だぞ、明日も平日だ、サッサと寝ろよ」
「それじゃあ人のこと言えないでしょうが」
「オンラインでオフの詮索をするやつは嫌われるぞ」
「どの口が言うんだか」
「さてな」
「まぁこにくたらし、あ、随分珍しいの拾って来たね、ウェポンリカバリーのランクBか」
「やらんぞ」
「けちんぼ」
「売らんとは言っていない」
「足元見やがって」
それでも相場の二割引き程度の値段を提示した少年にトリコットは五分間、うなりながら思案すると最終的に彼の前にコインを積むことになった。
「毎度あり」
「市場に出るよりか安いからまぁいいか」
「実は仲買を通していないためいつもより二割ほどもうけが多い」
「なんて野郎だ」
マイルームの中、いつもの席に座った彼は手に入れたアイテムを指で見分しながら切り出した。
「そういや、今度のゴールデンウィークイベ、先週、発表されたの知ってる」
「いいや」
「いっつも雪山にこもっているからそんな風に流行に乗り遅れんのよ」
「いいだろうが、好きでやってんだから」
「好きでやってんならいいのよ」
彼はそう言ってアイテムランをあさる。
「去年はアクシズチャレンジだったか」
「そうそう、結局みんな押し返さず長火力で吹っ飛ばしてたやつ」
長期休暇になるものも多いゴールデンウィークなどの期間にはGBNでも大型のイベントが開催される。昨年のイベントは地球に落下する資源衛星アクシズを押し返すというミッションだった。しかし、本来の攻略法であるいくつかのイベントでのボーナスがつく機体を用いてニュータイプの超能力によって押し返すという方法以外にもアクシズを減速させるよりか加速させたほうが地球の重力から離脱できるといった様々な攻略法があり、その中でも桁違いの出力を持った機体によってはアクシズそのものを破砕することが可能であったため終盤はいかに効率よくアクシズを木っ端みじんに粉砕させるかを競っていた。
「去年があんな感じだったから、今年はもっと自由度が高いのになったらしい」
「あれ以上に自由度高くするのかよ、今度はコロニーレーザーでも止めるかよ」
「おっ、あながち遠からじ」
そういって彼から見せられたのは大きなウィンドウに踊るRE:UCというロゴだった。
「ストーリーミッションの拡張版みたいなのらしいよ」
機動戦士ガンダムユニコーン、主人公バナージリンクスがラプラスの箱と呼ばれる秘密をめぐりその在処への鍵を握るガンダムユニコーンとともに工業コロニーインダストリアル7や地球といった様々な場所を旅する物語。劇中ではユニコーンガンダムはラプラスの箱の在処を示すために特定の座標を示していた、その座標へとたどり着けばまた次の座標というように、指定された中継地をめぐり最終的なラプラスの箱の座標を得る。今年のミッションは劇中に沿うようにいくつかの中継地をめぐりそこでのミッションをこなすことで最終的なラプラスの箱をめぐる戦いを目指す仕様と記されていた。
「普通のストーリーミッションって感じでもないのか」
「面倒くさいのはジャンプとかができないみたいよ」
「ってことは全部自分の足で歩けってことか」
「モビルスーツの足だけどね」
ミッションによってはそのフィールドへ瞬時に転送されることも少なくない。多くの敵と戦うことのできる連戦ミッションなどでは森林や宇宙、市街地など、一戦一戦ごとにフィールド移動が自動で行われる。しかし、今回のミッションではそれが無く、つまりそれぞれの座標へ赴くための足を用意しなければならないということだった。
「初期スポーンはインダストリアル7みたいだけど他のグラナダとかサイド3とかルナツーとか本編になかったところにも中継地にあるみたいよ」
「どうでもいい」
「またそんなこと言って、今年も参加しないつもり」
「まず足がねぇだろうよ」
「まぁそれもそうなんだけど、これこれ」
彼が示すのは少し下をスクロールすると示されていたのは特別報酬の告知。
「先着順に特別報酬が出るってさ。一番乗りには五千万ビルドコイン」
少年はその言葉に小さく鼻を鳴らしウィンドウを閉じた。
「絵にかいた餅だ」
「そんなこと言って、久しぶりに参加してもいいんじゃない。移動もGBN内の輸送艦とかも使えるみたいだし」
「そんなことやってるよりかは今のほうがいくらかマシだ」
「でもそれだけあったらもういいじゃないか」
机に出していた素材の中からいくつかをアイテムボックスへと仕舞込み、使い道のないごみを廃棄へと流す。
「そろそろ帰れ」
「ちょっとま」
管理者権限で青年を退出させるとため息を一つ。
暗い部屋の中、ウィンドウが明るく光る。開くのは先ほどまで見ていたイベント告知のページ。
一か月後のイベントを知らせるバナー、そして少年はその知らせを消して自らもからログアウトする。
誰もいなくなった部屋の中窓からさす月光はいつの間にか雲に隠され消えていった。