目標へとハイパーメガランチャーを向ける。
青い砲身をいつものように補給隊へ狙いを定めた。いつものように、欠けたスコープを覗き引き金を絞る。
「はち、なな」
ふと、耳元にかちっと音がする、それは接敵を知らせる電子音、画面の前に表示される前に聞こえる小さな電子の音を拾い取る。何度繰り返したわからないこのミッションで一度たりとも聞いたことのないその音に気を引かれる。一秒もあれば表示されるはずのウィンドウ、しかしそれが現れることはない。その意識を戻せばすでにタイマーは既にいつもの時間を過ぎていた。
「ちっ」
狙い撃つ。
しかし、いつもの位置からずれたその射線はわずかにずれ、その右腕を紅く膨れさせた。溶けるように赤熱し焼き切れたのか小さな爆発とともにその右手が落ちた。しかし、行動不能には至ることはなくすぐさま戦闘開始の警戒レベルがあげられた。いつもなら仕留めていたジム一体を中破程度までにしか追い込むことはできない。咄嗟にもう一度引き金を引く。射線は伸び、すでに散開していた補給隊に当たることはなく地面に突き刺さる。大きな爆発は降り積もった雪を巻き上げ、あたり一帯を包み込む。吹雪と巻き上げた雪煙に敵影の一つも見ることはできない。二発、もう一発あれば相手側も発射場所を特定するだろう。一機も仕留めきれず、場所のアドバンテージも失くせばあとに残る者は何もない。
そしてコクピット内に鳴り響くのは敵に見つけられたことを知らせる警告表示、見れば雪煙の中から二体のジムがこちらへと向かっている。
「くそっ」
二体へと向かい、射撃を開始する。しかし、すでに居場所が割れている射撃をことごとく躱される。
本来ならば自分が勝てるレベルのミッションではなく、一撃ですら致命に至るもの。ほとんどのプレイヤーが攻略したような正面からの奇襲には人数も、機体スペックも、そして何より技量も足りていない。しかし、何百回と検証し繰り返してきたこのミッションならば一機でも手順さえ守っていれば最低レベルの戦果と報酬の金は手に入る。分不相応であるもののこれが唯一彼にとって最も割のいい稼ぎ方。
裏を返せば、一つ間違えれば万に一つも勝ち目はないということ。
次に聞こえたのは最大レベルの警告音、背後へと振り返ればそのうちのすでにジムの一体が裏側に回り込んできていたらしかった。
「っ」
ビームサーベルを抜き、こちらを両断するように上段から振り下ろす。咄嗟に手にしていたハイパーメガランチャーを盾代わりに受け止めた。少しだけ持ちこたえ、青い砲身が赤熱し、ぐにゃりと折れ曲がるとそのまま爆発しジムもろとも、少年の機体を雪原に投げ出す。立ち上がり、あたりを確認すればすでに補給隊のコンテナ車の影は遠く届かない位置まで逃げ延び、代わりに自分の周りには三機のジムが取り囲んでいた。三方向からの銃口が輝き、対して少年の機体には対抗手段はない。
体勢を持ち直した一機の一発が右のスラスタを焼いた。雪原に倒れこみながら立ち上がろうとすれば右足を砕かれる。地面を転がり、立ち上がることはできず、クールタイムを終えた一機目の熱線がコクピットをわずかに逸れた背中を焼き、胴体に大きな風穴を開けた。動かすことができないメインカメラの端に三機目のライフルの先が映る。
『好きでやってんならいいのよ』
昨晩のトリコットの声が頭の中に響く。
右手に握られた操縦桿を握りしめた。
すでに機体の自由はなく、ただその銃口から目をそらした。
「好きじゃなきゃ、できるかよ。こんなこと」
長い一瞬。しかし、少年が待っていたミッション失敗の通知はない。いいや、ミッション失敗を伝えるはずのウィンドウは目の前に浮かんだもののその表示にはバグでも生じたのか何も映し出され手はいなかった。まるで読み込みに失敗したブラウザのようにデフォルトの緑色の画面のみが映し出されている。
「バグかよ」
顔をぬぐいながら、一向に動かない戦況を見回した。
GBNは広大な世界と多種多様なクエストや無数のNPCたちも存在している、無限の自由度と呼ばれる代わりにの数も他のゲームと比べれば多い。バグによってGBN崩壊しそうになったという噂は溢れるほどにありふれている。未知の惑星につながったという眉唾な噂すらもあるほどで、その実態は運営すらもつかめていないというのがユーザーの一般的な認識でもあった。
「初めてだな」
このミッション、ひいてはこのノヴゴラーダエリアが実装されてすでに五年。数多くのプレイヤーがこのミッションに挑み、そして完遂してきた。実装当初ならばあったのだろうが先人たちによって既に大方のバグは発見、そして運営に報告済みのはずであり、少年自身も量の手では数えられないほど挑んできたミッションで初めて遭遇したバグだった。
「あいつらは」
吹雪きの中、こちらを囲んでいたジムたちを探す。その姿はすぐに見つかった。一瞬前と変わらないようにそのままの状態で止まってる。吹雪の中、本来であれば倒れてしまうような体制であるにもかかわらず時が止まったようにそのままの姿で静止していた。
「フリーズ、かな」
サーバーの定期メンテナンスの予定はなく、辺境のフリーミッションまで影響が出るような大型の負荷が出るようなイベントも覚えはない。何よりエリア自体は正常に機能しているらしく猛吹雪は依然として倒れた機体にも刻々と降り積もり始めている。機体は損傷によって動かないものの、システム汎用コンソール自体は問題なく開いた。ミッションに関する項目を中心としていくつかの機能がフリーズしている様だった。機体は動かず、ミッションは終わらない。十分ほどそのまま待機した後、少年は自分の機体を解除する。ところどころ黒煙を上げる機体は電子の海に小さく分かたれ消えていく。雪原にそのまま残された雪の跡の中央へ少年は降り立つと、足の裏から寒さがしみ込んでくるように感じる。
「うわっ」
一瞬にして無くなった機体、降り積もっていた雪が少年へと落ちてくる。十センチ程度の雪の重みを払い、顔にまで張り付く雪をぬぐう。吹雪は強く、肌に打ち付ける雪の礫は肌に触れるとその熱を取り去っては吹き流されていく。直ぐにはあの熱を奪い去ってしまう。
「さみぃ」
静止した巨人たちの中を、破れた防寒布の切れ端を体に巻き付けると硬い触感の代わりに多少の風は遮ることができる。フードのように顔まで巻き込みながら自らを囲む巨人を望む。そこだけ時が止まったようなその様相は降りしきる雪に触れつつもその形が変わることはない。
「外に出たからか」
拓いたシステムウィンドウはところどころ歯抜けのように表示が乱れ、MGへのバグ報告やフレンドへの通信関連がすべて喪失してしまっていた。
「戻れもしないか」
GBNにおいてミッションは広大なGBN内に作成、設定されたエリアを使い行われる。一般エリアを囲い、戦闘可能領域として設定、ミッションに必要な施設、人員、そしてエネミーといったオブジェクトが設定されミッションエリアとして用いられる。そして同一ミッションであってもそのミッションを単発から遠征ミッションと呼ばれる変更をすることでいくつかのレギュレーションを変えることができる。単発ミッションとは中央ロビー、またはミッションの受注後自動的に目的地となるミッションエリアへと移動することができる方式。一般的な受注の方式であり、そのミッションエリアがいかに遠方だろうと一瞬に移動することができる。
対して遠征ミッションとはミッションの受注までは同じであるがその後、自らの力でミッションへリアへと赴かなければならない。目的地までの移動やそれによる燃料減少、遭遇戦などがあるものの時間内であれば別の場所への寄り道や材料、燃料の買い込みなども行うことができる。そして何よりのメリットは単発ミッションよりも装備や燃料の所持上限が上がることだった。少年が持つハイパーメガランチャーも単発であれば持ちめないランクの武器であり、高難易のミッションなどに行く場合の様々な物資やミッションエリアへ近くのキャンプ設営といった文字通り遠征をおこなうための機能ともいえる。
「一番近いのは、マスケアかよ」
本来ミッション失敗や今回のようなバグによる停止が起きた場合であっても運営コールによるミッションの中断を宣言することができる。ミッションは中止扱いになり強制的に終了させる事ができる。通常であればそのままロビーへと期間するのだが遠征状態では最寄りのミッションロビーのある都市となりホームエリアへと帰還する。しかし、現状はその運営コールも行うことができない。
「どれだけだっけ、エリア」
マップには現状の自分の位置とミッションエリアの領域が示されてる。ミッション終了もできず、運営による中断もできない、最終的な終了手段、それはミッションエリアから抜け出すこと。原始的ではあるものの、それこそが唯一残された脱出法だった。
「今日中に、帰れればいいな」
吹き荒れる吹雪と押しつぶされるような曇天を背負いながら少年は歩き始めた。