悪女が逆ハーレムを夢見るとき、生贄たちは推しのユメを見る 作:paruco
主人公たち≠ユウリ・マサル
複数主人公
夢・腐的要素あり
勘違い要素をふんだんに盛り込む予定
捏造設定・特殊設定有り
とにかくなんでも有りが大丈夫な人のみ閲覧推奨
【カブside】
ダンデくんとキバナくんが連れてきたポケモン達が例の研究所の被害者かもしれない、という推測は担当地方から送られてきていたデータと若草色の髪をした目付きの鋭い少年が名乗った『被検体番号:CQ105473a_21S』という名前(寧ろただの識別番号だと思う)を照らし合わせたことで確信となった。
ダンデくんは直ぐにガラル地方リーグ協会会長であるローズ委員長に連絡し、慌てた様子で飛んできた彼と共に戸籍作りへと向かっていった。大方、必要な書類を作りに行ったのだろう。
一方、ボクとキバナくんは三人の診察を終えたドクターから彼らの診察結果を聞いていたのだが、ドクターの口から飛び出したとんでもない事実に、ボクは遂に握っていたボールペンをへし折ってしまった。
彼らの情報を他のジムリーダーのみんなにも送らねばと思い逐一メモを取っていたのに、と考えながら自分の手の中で無残な姿と化したボールペンだったものをすぐ近くにあったゴミ箱へと捨て、新しいボールペンに持ち替えてからボクはドクターに再度確認を取った。
その間、なぜかボクの隣に立つキバナくんの視線がボクの顔とボールペンの間を数回行き来していた。
「えっ、ええ……CQ105473a_21Sさんの背中にはメタルコートが移植されていましたが、かなり手荒な手術だったようで接触部分の皮膚が一部壊死したり腐敗していたりと酷い有様でした」
「CQ105473a_21S……若草色の髪の、ストライクに変身していた子のことだね」
「はい。それに、どうやら過度な実験により痛覚に異常が残ってしまっているようで……」
べキリ、と再び硬い物が折れる音がした。
手の中を見てみると、ボールペンがまたへし折れている。
ボクは無言でそれをゴミ箱へと捨てた。
「それで」
「は、はい」
「その異常とは? 治る見込みは?」
「……どうやら、痛覚がかなり鈍くなっているようでして。治る見込みは……ほぼ、無いに等しいでしょう」
では、せめて背中のメタルコートを取り除くことはできないかと問いかければ、ドクターは小さく首を横に振り、既に移植されたメタルコートが正常な部分の皮膚と癒着してしまっているので無理に切除するとかえって肉体に悪影響を及ぼすかもしれない、と酷く言いずらそうに答えてくれた。
更に、非常に申しにくいのですが、と前フリを置いてドクターは続ける。
「KB276434w_68Cさんの両手の甲にもキーストーンと呼ばれる石とサーナイトナイトという石が埋め込まれておりまして、そちらも同様に……」
「KB276434w_68Cっていったら……あのラルトスか」
低い声で呟くキバナくんも眉間に深い皺が刻まれている。
本来ならば、そのどちらもがポケモンに持たせるはずの道具であり、決して人間の肉体に埋め込むような物ではない。
そんな物がなぜ埋め込まれているのかを想像するのは、容易なことだった。
道具による進化の記録実験のためか。
そんな事のために、彼らはその身を犠牲にさせられたのか。
ボクは、同じ人間が犯したとは思いたくもないその所業に言いようもないほどの怒りを感じ、自身の爪が手の平を傷つけるのも厭わずに強く手を握りしめたのだった。
【68Cside】
わたしがダンデさんを推すようになったキッカケは、確か下のチビたちが楽しそうにテレビにかじりついていたのを偶然気にし、そこに映っていたダンデさんに一目惚れしたことだったと思う。
当時、わたしは荒れに荒れていて、髪は金髪にしていたし、高校もろくに卒業もせず日々素行の悪い連中とバカ騒ぎをしているような女で、所謂ヤンキーと呼ばれる分類だった。
だけど、ストイックなくらいに勝利へ、そして
痛みの酷い金髪は艶のある黒髪へと、派手だった服装やメイクは落ち着いた大人っぽい物へと。
爪も毎日手入れをしては、休みの日に推しをイメージしたデザインのネイルを施した。
言葉使いだって、SNS上の先輩方を見習って女の子らしいものへと変えた。
両親も真っ当な道へと戻ったわたしを喜んでいたので止めることはなかったし、寧ろ率先してグッズや推しカラーな小物などを探してくれた。
それに、ダンデさんを推し始めたことでチビたちとの会話も増えたことで兄弟仲も修復され、ゲームやアニメでダンデさんが出てくると必ずわたしを呼んでくれるようにもなったし、ダンデさんの自室の壁が黄色と知るや飛んできて教えてくれるようになった。
勿論その後、わたしは部屋の壁紙を黄色に換えたのは言うまでもないだろうけど。
いつしか、わたしの中心はダンデさんとなっていた。
だけど、それを後悔したことはないし、寧ろこんなにも人生を輝かせてくれた彼には感謝しかなかった。
だからこそ、わたしは潔く、カッコよく生きている彼に相応しい美しい女になりたいと願った。
それなのに──
21Sに声を掛けられてやっと我に返ったあの時、振り返った先でわたしを見る彼の眼は驚きと戸惑いの色に染まっていた。
軽蔑はされていないのが唯一の救いではあったけれど、それでもあの時の眼は人を見るようなものではなかったし、なによりもそれが女性に向けるものでもなかったという事実が、鋭い刃物となって心の柔らかな部分に深い傷をつける。
みるみるうちに顔色が悪くなっていくわたしを見て、ダンデさんの相棒であるリザードンが「どうしたの? 大丈夫?」と心配してくれるが、その時のわたしはただ頷いて返すことしかできなかった。
──見られた、わたしの醜い部分が、嫌われた、相応しくない。
21Sの怪我を治療する為、エンジンシティへと移動している間、彼女の頭の上というわたしの特等席で推しを目の前に小さくなるわたしの脳内では、そんな言葉が何度も過り、恐怖のあまりダンデさんを見ることができなかった。
ぐちゃぐちゃな感情を一人では処理しきれなくて、いつもの調子で21Sと42Aの二人に軽口を叩けば同じように返してくれて、それだけでわたしの心は軽くなる。
自分たちだって、恋い焦がれ、いつか死んでしまうその前に、この目で一目見たいと思っていた推しが、触れられるほどの距離にいるというのに、喜ぶ気持ち以上にわたしを心配している感情が流れ込んでくるのを感じ、本当にこの二人が一緒に居てくれてよかったと心から思った。
冷静さを取り戻し始めた心が、ふと二人のものじゃない感情が一緒に流れ込んでいることに気がついた。
どうやら、誤って周囲の感情も一緒くたに感じ取ってしまったらしく、では誰の感情なのだろうかと出所を探ってみたところ、わたしは驚きのあまり小さく息を呑むこととなった。
その感情は、わたしが推してやまないダンデさんから流れ込んでいたのだ。
弾かれるように顔を上げたわたしの視線の先、真剣な表情でジョーイさんと話し合っていた彼が不意にこちらを見て、画面越しにいつも向けてくれていたような太陽みたいな笑顔を浮かべる。
「大丈夫だ。キミもストライクもミニリュウも、みんな元気にしてもらおう」
だから安心してくれ、という温かな感情が春風のようにわたしを包む。
それが、嘘偽りのない彼の気持ちだった。
今思えば、わたし自身はずっと前からダンデさんのことを知っていたけれど、ダンデさんがわたしを知ったのはつい先程なのだから、そもそも期待してもらおうとかそういう感情を持つこと自体がおこがましいことだった。
思い出せ、どうしてわたしはあの時自分がダンデさんに相応しくないと思ったのかを。
それは果たして、ダンデさんの隣に立つ資格がないからだったか?
──いいや、違う。
わたしが、相応しくないと思った本当の理由、相応しい女になろうと決意した理由。
それは、ダンデさんを好きで推しているわたし自身が今のままでは、彼の品位を落としてしまうと感じたからだっただろう。
そして、誰かを推すということは、即ちわたし自身がその人の……しいては推しの看板を背負うということだと、先輩方から教わったからだ。
(そのためにも、今のままじゃ駄目だ。もっとダンデさんに相応しい人にならないと)
ラッキーさんの子守唄をBGMに、わたしは新たにそう決意して、ゆっくりと深い深い眠りの海へと沈んで行った。
なんかよく分からないままにやって来たドクターなる人にあれやこれやと色々診察やら治療やらをされ、腕にぶっすりと点滴をぶち込まれ「絶対安静」を言い渡された私たち。
そのまま通されたのは先程までのキッズルーム擬きではなく、ちゃんとした病室だった。
そして現在、そのドクターに同行してきたらしいパッドロトムなるスマホロトムのご親戚かなと思うソレから色々と話を聞き終えたところである。
なんでもこの地方の上層部には、あの研究所が爆発したのは事故ということで伝わっているらしい。しかも私たちは死んでいることで既に処理されているのだとか。
誰かに私の推測を語る前に真実を知れて、本当によかった。危うく恥をかくところだった。
「研究所にリターンされる可能性が無くなったのは良いけどよォ、それじゃあ俺たちはこれからどうなるんだ?」
「本件において、既にガラル地方リーグ協会会長・ローズ委員長とガラル地方チャンピオン・ダンデの二名により処置が施されている。処置内容:三名分の戸籍作成」
「えっ……推しの手を煩わせたとか絶許過ぎて死にそう」
「生きろ、そなたは美しい」
というか、このパッドロトムの口調を聞いていると物凄く「人類に栄光あれ!」と敬礼したくなるのはなぜだろう。あれかな、忘れてしまった記憶が関係しているのかな。
手で顔を覆いながら天を仰ぎ出した68Cを宥めていると、コンコンと軽いノック音のあとに開かれた扉からひょっこりと顔を覗かせた麗しき推しことカブさんのご尊顔。
突然の推しに、思わずそのまま静止してしまったのは仕方ない。
その後に入ってきたキバナ様を見て42Aも同じように固まった後、興奮で震えていたのには内心笑ってしまったけれど。ずっと思っていたけど、感極まってるね。
「お話し中にごめんね、今、少しいいかな?」
申し訳なさそうに眉を下げるカブさんに言われ、考えることなくほぼ反射的に頷いた。というか、気がついた時には頷いていた。
あとカブさんが入ってきた時から薄らと血の臭いがするのだけど、誰か怪我してたりするのかな。
「じゃあ、改めて自己紹介をしようか。ボクはカブ。ここエンジンシティでジムリーダーを務めさせてもらっているよ」
「オレはナックルシティのジムリーダー、キバナだ」
よっ、と手を挙げて挨拶をするキバナ様に42Aが「ヒエッ、しゅき……」と声を漏らすのが聞こえる。漏れてる、心の声がめちゃくちゃ口から漏れてるよ42A。
推しが自己紹介してくれたのに自分たちが返さないのは主に己が許せなかったので、簡潔に自分は被検体番号:CQ105473a_21Sだと名乗ったのだが、どうやらカブさん達には日本語が分からないようで、唯一通じたのは英語読みした部分と相手の名前だけだった。
私たちからすればカブさんたちも日本語で喋っているように聞こえているのだけど、トリップ特典により不思議な力で日本語に聞こえているだけの可能性も無きにしも非ず。もしそうなのだとしたらトリップ特典にはもう少し努力していただきたい所存である。
ひとまず、意思疎通については追々考えるとしてカブさん達の要件を聞くことにしたのだが、先程パッドロトムから聞いた話をされたあと、なんとキバナ様が私たちに同居を提案してくれたのだ。
本来ならば里親もしくは施設に行くのが妥当なのだけど、私たちは色々と規格外過ぎてある程度の実力のある者の監視下に置くことにしたのだとか。
そしてその監視者として白羽の矢が立ったのが、キバナ様とダンデさんだった。
それを聞いて、「前門の
尚、42Aに関しては目を開けたまま死んでいた。
(い、いやいやいやいや、確かに俺は生まれ変わったらナックラーになってキバナ様に育ててもらうんだとか迷い事言ってたけどな? 言ってたけどな?? あくまでもそれは妄想の領域であって、寧ろ妄想であるから言えることであり、なんていうか現実になるなんて聞いてねェしそもそも覚悟もなにもできてねェよ!)
(わたしもダンデさんと同棲とかムリだし、そもそもチャンピオンで忙しいだろうダンデさんにわたしというお荷物を押し付けることからまず烏滸がましすぎて死ぬ。っていうか、ヲタクは軽率に死ぬ生き物だから推しはもっとヲタクのことを考えた方がいいと思うんだけど!?)
(五月蝿い)
((人生の勝ち組は黙ってろ!!))
あの、二人とも、突然の
途中から騒ぎまくっている二人の念話を完全シャットアウトしてカブさん達の話を聞いたところ、ひとまず今日は一日ポケモンセンターにお泊まりして、明日からキバナ様のところかダンデさんのところかに引き取られることになるのだとか。
私としては特に問題ないので、分かったと頷いたらカブさんもキバナ様も安心したのかあからさまにほっとした顔をしていた。
その後、カブさんが手の平を怪我していることに気がついて『いやしのはどう』で頑張って治してあげたり、その感謝の言葉と共に頭を撫でられて昇天したり、慌てた様子で病室に飛び込んできたダンデさんの登場に68Cが死んだりと色々あったけれど、兎にも角にも私たちが推しに引き取られる未来は確定しているようで心底安心した。
ちなみに余談だけど、ダンデさんとキバナ様のどちらに引き取ってもらうかを決める際に、萌え死にたくない一心で42Aと68Cが互いに押し付けあっていたのは見ていてなかなかに面白かった。
「……で、どっち?」
「キバナで」
「ダンデで」
「「名前を呼ぶ時は敬称を付けろよデコスケ野郎!!」」
……といった感じでキャットファイトを始めてしまったのだ。
最終的にキバナ様に決まったけれどね。
そうして、長い夜が更けていった。
【キバナside】
その日キバナは、久方ぶりに初めてジムチャレンジに参加した最初の一日目のような、不安や期待で満ち溢れた朝を迎えた。
それもそのはず、なにせ今日はあの三人を引き取るかもしれない日なのだ。
昨日その話をした時、他の二人が青ざめた顔をしている中、恐らくリーダー格であろうストライクの少年こと21S(本人がそう呼べとパッドロトムを通して伝えてきた)が納得した様子で頷いていたのできっと問題はないだろう。
あるとすれば、三人が保護者として己を選んでくれるかどうかだけである。
一抹の不安を抱えたまま準備を進め、集合場所であるエンジンシティのポケモンセンター前へと向かっていたキバナは、己が一番乗りだと思っていたにも関わらず既にポケモンセンターの前に人影があることに驚きつつも、きっとカブさんだろうと思い直しその人物に向かって軽く手を上げながら声を掛けて、振り返ったその人の顔を見て再び目を丸くした。
「誰かと思えばルリナじゃねェか。どうしたんだよ、こんなところで」
「アンタねぇ、どうしたもこうしたもないでしょ!?」
キッと目を吊り上げてそう捲し立てるルリナを見てもキバナは本気で意味が分からなかった。
理解できたのは、何かに対してルリナが心底ご立腹だということだけ。
「まあまあ、ルリナもそうカッカしないで。でも、アタシたちになんの相談もしてくれないだなんてキバナも水臭いねぇ」
「えっ、メロンさんも!? いや、なんで二人がエンジンシティに!?」
バシバシと豪快に背中を叩かれながらもキバナがそう聞くと、メロンはおおらかな笑みを浮かべたまま理由を教えてくれた。
なんでも、昨日のうちにカブさんが他のジムリーダーたちに三人の情報を送ってくれていたらしく、内一人は女の子であるとのことでそれならば同性がいないとなにかと不便だろうと急遽都合のついたルリナとメロン、それと同じ年頃の子供がいれば少しだけでも安心できないかとオニオンの三人が駆けつけてくれたとのこと。
だがオニオンの姿が見えないな、と視線を彷徨わせているキバナに、ルリナは未だ眉を吊り上げたまま答えた。
「オニオンは先に三人の様子を見に行っているわ。賢い子だから、不用意に近づくことはしないだろうしね」
「いや、でもよ……」
「言っておくけど、大人になっても報・連・相がままならない人にとやかく言われる筋合いはないわよ」
今にもバトルが始まりそうなほどの怒気に、キバナは慌ててコクコクと首振り人形のように何度も頷いてみせた後、無駄に身振り手振りをつけながらも別に他のジムリーダーたちをないがしろにしようと思っていたわけじゃないことを説明した。
色々と訳アリの様子だったし、なにより、ラルトスに変身できる少女とミニリュウに変身できる少年が酷く大人を怖がっているような素振りを見せるので、落ち着いたあとで全員に連絡しようと思っていただけだと。決して連絡を入れ忘れていたわけではないと主張する。
「まあ、カブさんからの情報によれば自分から誰かに危害を加える気はないみたいだし、大丈夫だとは思うけどね。それでも、これからガラルで生活するのならアタシたちに相談ぐらいはしてくれても良かったんじゃないかい?」
「なにかあった時、対応するのはジムリーダー全員なのよ。本当はそんなこと遭ってほしくないけど、最悪の場合を考えたら……ね」
子供に言い聞かせるように困った顔をしたメロンと不安そうな顔をしているルリナに重ねて悪かったと謝罪し、キバナは二人に聞こえないほど小さく息をついた。
もし、もしも、ルリナの言う『最悪の場合』が本当に起こってしまった時、はたして己はトップジムリーダーとしての責務を全うできるだろうか、と考えてしまったからだ。
相手は己よりも下手をすれば一回りは年が離れているであろう子供だが、実力だけでいえば己以上に強いことは肌で感じている。
弱らせて、大人しくさせるなど己の実力では到底無理な話で、事態を収束させるにはきっと……
そこまで考えて、キバナは頭を振った。
馬鹿馬鹿しい、と一蹴することはできないが、回避できない未来ではないのだと己を鼓舞激励する。
思い出すのはこちらを見つめる、光届かない深海のように暗い無数の瞳。
恐怖に染まることはあるにしろ、しかしそこに憎悪や嫌悪という感情は見えなかったということは、きっと彼らはまだ完全に闇に染まったわけではないのだと思えた。
ただ、それも時間の問題なのかもしれない。
ゆっくりと、しかし着実に深い闇の中に沈んでいるであろう彼らを光溢れる世界へ引き上げられるかは恐らく、今後彼らとどう関わっていくかが重要となるだろう。
キバナは、こちらに向かって走ってくるカブに手を振りながらも、できれば可能性が可能性のまま終わってくれればいいという願いをそっと胸の内へと呑みこんだ。
もぐもぐとラッキーさんが運んできてくれた朝食を食べながら、定期的に自分の膝の上に座る少年にもお裾分けをする。
少年は最初物凄く遠慮していたのだけど、私に諦める気がないのを悟るとただただされるがままになっていた。
そんな少年の様子を42Aと68Cがどこか可哀想なものを見るような、生暖かい瞳で見ている。
少年との出会いは本当に偶然だった。
三人で朝食を食べていた際、不意に扉の向こうで見知らぬ気配がし、しかも扉から動くことがなかったのでてっきり私たちに用があるのかと思い、見かねた68Cが念力で強制的に室内へとご案内したのがこの少年だった。
少年は最初、「あ」だとか「う」だとか母音しか話さなかったし、ワイルドエリアにいた生まれたばかりのポケモンたちを連想させるほどぶるぶると震えるというとても可哀想な状態で、私たちはすぐに状況を理解した。
これは……迷子だ、と。
私も何度か親ポケモンから迷子の捜索を頼まれることがあったが、大抵どの子も今の少年のような様子でぴいぴい泣いていた。
少年も、今にも泣き出してしまいそうな声で震えているので、一先ず安心させてあげようと思い膝の上に乗せてあげ、今に至るわけだ。ちなみに、食事に邪魔な仮面は問答無用で外させてもらった。
「んー、なんだったかなァ。どっか引っ掛かってンだよなァ」
「42Aも? わたしもなんだよねぇ。どっかで見たような気がするんだよね、その子」
「……あっ! そうだ、確かジムリーダー! ジムリーダーの中に居た気がする!」
ポンッと手を叩く42A曰く、少年はジムリーダーで名前は確か四文字の野菜だった気がするらしい。
「……パプリカ?」
「えっ、そんな花が咲きそうな名前だったっけ……?」
「いや、でもなんかそんな感じの名前だったような気がしねェでもないから強く否定もできねェ」
うんうん唸る42Aと68Cも少年の名前を思い出せないようで、最終的に少年のことは『パプリカ』と呼ぶことにした。そもそも、言葉が通じないみたいなのでどう呼ぼうと少年には分からないだろうし。
そうしてみんなで楽しく朝食を食べていると、突然「おーい!」と遠くから誰かの声が聞こえてきた。
バサバサと羽ばたく音と共に窓の縁へと着地したのは、あの日42Aの危急を知らせてくれた友人のマメ吉(マメパト)だった。
なんでも、私たちがエンジンシティ方面に消えたあとから全く見かけなくなったので、ワイルドエリアのみんなが心配しているとのこと。特にラプラスの姐さんは42Aが襲われている現場を目撃していたので、今にも地上に上がっていきそうなほどの勢いなのだとか。
さすがに水タイプ持ちの姐さんが地上に出るのは危険なので、マメ吉と姐さんたちに私たちが無事だという事を伝えてもらう約束をして、ついでにデザートとして出た山盛りのきのみの一部を分けてあげていると、それをパプリカくん(仮)がじーっと見つめているのに気がついた。
どうしたのだろうと首を傾げていると、それに気づいたパプリカくん(仮)はおろおろと戸惑いをみせた後、ぽそぽそと小さな声で理由を話してくれた。
「その、ボク、ゴーストタイプのポケモン以外って、その、あんまり見たこと、なくて……」
詳しく聞いてみると、どうもパプリカくん(仮)は4歳の頃に事故に遭いその時から死んだゴーストタイプが視えるようになったのと同時にゴーストタイプのポケモンから好かれるようになったのだとか。しかも、それに比例するように他タイプのポケモンが寄り付かなくなってしまったそう。
なのでこうして間近でゴーストタイプ以外のポケモンを見るのは久しぶりだ、とどこかキラキラとした瞳をしているパプリカくん(仮)がとてつもなく可愛かったので、マメ吉にも手伝ってもらい彼の鳩胸をもふらせてあげればそれはそれは嬉しそうに笑ってくれた。は──────、子供めっちゃ可愛い。
十分にもふりタイムを楽しんだあと、マメ吉とさよならバイバイして再度朝食を再開。
めちゃくちゃ食べてると思うかもしれないけれど、そもそも出された朝食が一人前以上あるんだよね。
でもさっきのもふりタイムで心の距離が縮まったのか、パプリカくん(仮)から「あーん」をしてくれるようになったので寧ろこの量で良かったのかもしれない。食べ過ぎでそろそろ胃が爆発しそうだけど。
「うわぁ……21Sがかつてないほどデロンデロンになってる……怖っ」
「それなのに1ミリも表情が変わらないってのが更に怖さを助長してるな……」
「五月蠅いぞ野外」
堂々とのたまう二人にぴしゃりとそう言い放っていれば、パプリカくん(仮)が68Cを見てすぐに私を見上げてから「21S……?」と小さく繰り返した。
42Aと68Cの二人に比べても二回りほど身体が大きいからか、小さいパプリカくん(仮)が私を見ようとすると必然的に上目使いになるのが本当に可愛いし思わず「ありがとうございます」と言いたくなる。可愛いは正義、ハッキリ分かんだね。
こくりと頷けば、パプリカくん(仮)は嬉しそうに何度も私の名前を呼んだ。なにこれ可愛いんですけど? は? 可愛すぎてそろそろ可愛いがゲシュタルト崩壊しそう。……咄嗟に飛び出たけど、ゲシュタルト崩壊って何だっけ。
その後、パプリカくん(仮)の圧倒的可愛さに私同様平伏した二人と共に擬似ポケモン交流会をした。わかりやすくいえば、私たちがポケモンの姿に変身してパプリカくん(仮)と戯れるだけの会だ。
パプリカくん(仮)はラルトスもミニリュウも図鑑やトレーナーの手持ちとして見たことはあっても触れ合ったことは無かったようで、終始満開の笑顔であった。は~こころがぴょんぴょんするんじゃ~。
あっ、私は見学参加でした。『じこさいせい』でほぼ再生済みだとしてもまだ完全に回復したわけじゃないしね。
ただパプリカくん(仮)にもふられている68Cが謎のマウントをとってきたのは許さん。その喧嘩は売値で買うぞ。
ただ、視線と念話での攻防もパプリカくん(仮)のもふもふタイムも突然響いた「カシャッ」というシャッター音により中断されることとなった。
弾かれたようにパプリカくん(仮)から離れ変身を解いた42Aの動きも、即座に仮面を被りなおすパプリカくん(仮)の動きも無駄がなく洗礼されていて正直かなりビックリしたけれど、音がした方を見てもっと驚いた。
そこには両手で顔を覆い天を仰ぐキバナ様その他大勢の人の姿があったのだ。尚、その近くにスマホロトムが浮いているので先程のシャッター音はそのスマホロトムから鳴ったのだろうことが窺える。
「おや、みんなと仲良くなったんだねオニオンくん」
「カ、カブさん、その、は、はい……」
少々委縮しながらも肯定するパプリカくん(仮)もといオニオンくん。
そうか、キミはパプリカくんじゃなかったんだね……
「全然パプリカじゃなかったね、名前」
「まあ、同じ野菜だったってことでいいンじゃねェの?」
「惜しかった」
私の中で四文字の野菜がパプリカしか思い浮かばなかったし、仕方ないね。
それはそうと、キバナ様とカブさん以外の女性たちは誰なのだろうか。
見た感じ、全員が顔見知り以上な関係なのだろうことはなんとなく感じ取れるけど……も、もしかして二人の恋b「キバナ様に恋人は存在しねェ。そこんとこ間違えんな」あっ、ハイ。
恐ろしい念が飛んできて内心びくびくしていると、じっと見つめていたことに気づいてかキバナ様に似た褐色肌の女性がにこりと笑顔を浮かべて自己紹介をしてくれた。
彼女はルリナという名で、はやりというかジムリーダーの一人だった。そういえば、ジムリーダーに何名か女性がいたなと朧げながら思い出した。
そしてもう一人の婦人はメロンといい、そちらもジムリーダーなのだとか。……あれ、もしかして今この場にジムリーダーの大半が集結してるのでは?
そんな二人がなぜこの場に、という疑問はすぐに解消された。
なんでも、私たちの中に女の子がいるので同性がいた方が良いだろうと思い急遽来てくれたのだとか。
何に対して? と新たな疑問に首を傾げていれば、メロンさんが朗笑しながら、生活品なんかを買うのに男だけだと不便だろう、と教えてくれた。特に洋服とかね、と続けたメロンさんに確かにと頷けば子供を褒める時のように頭を撫でられて思わずポカンと見上げてしまった。
そんな私を見て「ゴメンよ、嫌だったかい?」と慌てて手を離したメロンさんに、いや気にしないでという意味を込めて首を横に振って返せば、メロンさんの顔に再び嬉しそうな笑みが戻る。
そうこうしている間に、昨日来てくれたドクターもやってきて私は怪我の経過を見るために別室へと移動し、残った二人は風呂へと連行されて行った。
怪我の方は順調に回復しているようで、ドクターもほっと安心した様子だったし、その後濡れタオルで全身を拭いてもらいスッキリとした気分で病室に戻ってくると、なぜかガタガタと震えたまま「キバナ様のキバナ様はキバナ様だった」とぶつぶつ呟き続けている42Aと妙に疲れている68Cの姿。
そこから少し離れた場所でキバナ様が「なんか、オレ様の名前を連呼してねェか……?」と不思議そうな顔をしている。
「大丈夫か」
「大丈夫じゃないし問題しかないけど、大丈夫。うん、ちょっと女として死んだだけ……」
「キバナ様のキバナ様が……」
「……アレは?」
「ああ、多分キバナと一緒に入浴したから色々衝撃が凄かったんだと思うよ」
それは、うん、ご愁傷さまとしか言いようがないね。
私はそっと心の中で42Aに向かって手を合わせたのだった。
【オニオンside】
その時のボクが三人について知っているのは、彼らはどこかの研究所で酷い目に遭っていたということと、ポケモンに変身できる力を持っているということだけだった。
そもそもこの話はガラル地方から遠く離れた場所でのことなので自分たちには関係ないと思っていたし、人との付き合いは苦手だったこともあり自分から彼らに関する情報を集めようというつもりもなかった。
だから、彼らが悪いトレーナーに怪我を負わされてポケモンセンターに入院していると聞いた時は、そうなんだ可哀想だなとしか思えなかった。
そんなボクがなぜ三人に会おうと思ったのかと云えば、単純に用事があって出向けないサイトウさんの代理でしかなかった。
ボクがゴーストタイプのジムリーダーをしているラテラルジムは二つのジムが毎年交互に入れ替わる特殊なジムで、その相方とも呼べるもう一人のジムリーダーがかくとうタイプのジムリーダーであるサイトウさん。彼女はジムリーダーである前にガラル空手の選手でもあり、今日は空手の試合に呼ばれていたのだ。
申し訳なさそうに謝るサイトウさんに大丈夫と答えて出てきたけれど、正直いますぐにでも帰りたい。
だから、彼らの様子だけ見てさっさと帰ろうと思っていた。
病室の前に来て最初に感じたのは恐ろしいほどの静寂だった。
基本的に生きた生物の近くには少なからずゴーストタイプのポケモンが潜んでいることが多い。なぜなら、彼らはとてつもなく悪戯好きだからだ。
だというのに、この病室の近くだけは不思議なくらいに何もない。時々中から聞きなれない音がするだけで、それ以外の音も気配も、何もない。
もしや自分はとんでもない所に来てしまったのではと慄然し、急いでその場を離れようとした時だった。
ガラリ、とひとりでに目の前の扉が開いたかと思えば突然目に見えない力で室内へと引きずり込まれたのだ。
何が起こったのか分からず目を白黒させているボクの前に現れたのが、何を考えているのか分からない無表情を浮かべた21Sさんだった。
今でこそ、21Sさんはただ表情の変化が乏しいだけで本当は優しい人なんだと理解しているけれど、その時のボクは無表情で見下ろされることに恐怖と驚きしかなくて、ただただ震えることしかできなかった。
「●@¥★¥&♯♯?」と聞いた事のない言葉で話し掛けられたけれど、それさえもその時のボクには恐怖でしかなく、気がついた時には彼の膝の上に座っていたのだから余計に訳が分からなかったことを今でも覚えている。
そんなほぼ置物のように硬直したままのボクを、21Sさんは攻撃してくることはなく、寧ろ自身の朝食を差し出してくれるほど甲斐甲斐しくお世話してくれた。
最初は他人の物を食べるのはと遠慮していたのだけど、全く折れる気配もなかったので渋々食べることにしたら、21Sさんがスっと目を細めてボクを見てボクの有って無いような防御力が一段下がるどころか粉々に潰れたような気がした。
これも後から気づいたけれど、これは睨み付けているのではなく微笑んでいるだけだったらしい。
21Sさんも、42Aさんも、68Cさんも、みんなボクに優しかった。
ボクがゴーストタイプのポケモン以外と触れ合ったことがないと言えば、マメパトを触らせてくれたり、自らポケモンに変身してわざわざ触らせてくれるほど彼らは心優しい人だった。
死んだゴーストポケモンが見えるんだと伝えた時も、馬鹿にすることも疑惑の目を向けてくることもなく、ただ「そうか」と言うようにそっと頭を撫でてくれた。
それがボクにはとてつもなく居心地がよかった。
それと同時に浮かぶのは疑問。
どうして彼らはボクに優しいのだろう。
どうして憎まないのか、なぜ恨まないのか。
だって、彼らをこんなにも歪め、変えたのは、ボクと同じ人間じゃないか……!
そう思い21Sさんを見上げても、彼はただ目を細めるだけで確答は得られない。
それに、不思議な言葉の節々に現れる『パプリカ』という単語は一体どういう意味なのだろうか。
検診のために出ていった21Sさんに続き、お風呂へと連れて行かれる42Aさんと68Cさんを見送ってから、ボクはそれとなくその場に残っていたカブさんに聞いてみた。
すると、カブさんは少し考える素振りを見せたあと「もしかしたらだけど……」という前フリをしてから、こう話し出した。
「もしかすると、彼らがいた研究所でパプリカという名前の子がいたのかもしれないね」
「えっと、その子は……?」
「分からない。少なくとも、受け取った資料には載っていなかったから……」
「そう、ですか」
三人は、その『パプリカ』という名前の子とボクを重ねていたのだろうか。
そんな考えも浮かんだけれど、ボクは直ぐにそれを否定した。
確かに三人の瞳に光はなかったけれど、それでも三人はしっかりとボクの目を見ていたからだ。
もしかすると、ボクとその『パプリカ』という子が似ていたのかもしれない。
だから、似ているボクを見てその子の名前が出たのかもしれないと思った。
その後、帰ってきた三人が何度かボクの名前を呼んだけれど、『パプリカ』という単語が出てくることは二度となかった。
21S(♀)
可愛い子が好きな怪我人。
笑う時は目を細めるのだが表情筋が無職なため睨んでいるように見えることを本人は知らない。
連日推しに会えて超絶ハッピー。推しとの同棲フラグが立たなかった人生の勝ち組。
男と間違われていることを知らない。
42A(♂)
今回、推しとの同棲フラグが立ち無事回収された不憫。
更に推しとの入浴シーンという莫大な供給にキャパオーバーを起こした。
しかしこれからこの供給が通常化することをまだ知らない。
68C(♀)
無事推しとの同棲フラグを回避した。
オニオンと戯れながらいつもなにかしら勝ち組な21Sにどや顔をするという煽りをした。
その後、メロンとルリナに風呂へ連行された際に色々と格差を見せられて心が折れそうになった。ぴえん。
オニオン
三人とお友達になった小さなジムリーダー。
まさか自分が『パプリカ』と呼ばれていたことなど知らないので彼の中で謎の人物『パプリカ』が爆誕した。
キバナから三人と戯れている写真を貰いスマホの待ち受け画像にした。
カブ
ボールペンが二本犠牲となった。
キバナ
無事三人を引き取ることに成功したことに喜んだが、震えたまま自身の名前を連呼する42Aを見て気分がジェットコースター状態。
尚、三人とオニオンが戯れている写真はジムリーダー全員に送った。
故ボールペン
自訴も期さない。
*あるかもしれない次回
「これはなかなかの感触」
「……触るな」
「なんだ、アンタ生きてたの?」
「──死は救済ではない」
気が向いたら書くかもしれない。