悪女が逆ハーレムを夢見るとき、生贄たちは推しのユメを見る   作:paruco

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 *あてんしょん
 主人公たち≠ユウリ・マサル
 複数主人公
 夢・腐的要素あり
 勘違い要素をふんだんに盛り込む予定
 捏造設定・特殊設定有り
 とにかくなんでも有りが大丈夫な人のみ閲覧推奨



同じ夢を描いた 我ら同志よ

 

【オニオン side】

 

 それは、とても幻想的で美しく……そしてとても残酷で悲しいひとときだった。

 

 

 

同じ夢を描いた 我ら同志よ

 

 

 イランという可愛らしい少女との邂逅後、どういう原理なのか少しだけ三人の言葉が理解できるようになった。理解できるというよりは彼らが此方の言語を少しだけ話せるようになったといった方が正しいのかもしれない、とオニオンは思った。とはいえ、彼ら同士での会話にはあの不思議な音の言語が使われているので、理解どころか聞き取ることさえできないことには変わりはなかった。

 それでも条件付きとはいえ意思疎通が簡易になったことはとても喜ばしいことだった。

 

「そういえば、ずっと、気になっていたんだけど……パプリカって、誰?」

 

 色んな話に花を咲かせ、数時間前の殺気立った空気が嘘のように霧散した頃、オニオンはそう切り出した。その質問に特別重要な意味などはなかった。ただの純粋な興味だった。

 しかし凍てつく空気と三人から剥がれ落ちるように消えた笑みを見て、瞬時にこの質問が〝禁句〟であったことに気がついた。好奇心はチョロネコをも殺す。そんな言葉が後悔と共に脳を占めた時、静かにこちらを見つめていた21Sがゆっくりと語り始めた。

 

「彼は……良い子だった」

「キミによく似ていた」

 

 そう呟くようにポツリポツリと言葉を零す21Sの姿はいつもと変わらないはずなのに、オニオンにはどこか無理をしているように見えた。泣きたいのに泣けない、そんな雰囲気に感じたのだ。

 聞いてはいけないことだった。触れてはいけない過去だった。どれだけ悔やもうと、過去は変えられない。後悔は起こったあとでなければできないのだから。

 

「あー、そうだ! 歌! 前にみんなで作った歌でも歌おうぜ」

 

 不意に気まずい空気を砕くように明るい声で42Aが言った。歌とはどんなだろうと首をひねるオニオンを見てか、68Cが研究所にいた時に被検体のみんなで作った歌だよ、と教えてくれた。どうやら被検体同士はとても仲がよかったらしい。……きっと、パプリカという人物とも仲がよかったのだろう。

 

 歌は非常に明るい曲調なものだった。

 しかしそんな曲調とは裏腹に紡がれる歌詞はとても明るいとは言い難いものだった。

 

 真夜中に始まる秘密のパーティ。

 被検体みんなで集まり、今まで色んな苦労があったねと話し合う小さなパーティ。

 そして最後はいつも同じ「これからもまたよろしくね」という言葉で締め括られる。

 心を通わせて、時に涙して、それでも夢や希望をいつまでも懐いていたいと願う子供たち。

 顔ぶれが変わっても、明日眠りについたとしても、心はずっとみんな一緒。

 

 そんな歌詞を三人は楽しそうに歌うのだ。だけどどう考えても楽しい歌詞ではないし、寧ろ暗く悲しいものだとオニオンは思ったが、ふとラテラルジムで聞いた話を思い出した。

 その昔、人々は辛く苦しい時こそ唄を唄ったのだ、と。「どうして?」と聞けば、その人は柔らかな笑みを浮かべて答えてくれた。

 

 ───辛く、苦しい時にはどうしても口からは不平不満が出る。だから唄うことでその辛さや苦しさを少しでも和らげようとしたのだ。唄にはその力がある。唄は希望となり、そして人生を変えるのさ。

 

 嗚呼、これは被検体にされた子供たちの『希望』なのだ。叶うはずがないと分かっていながらも、彼らはこの歌に縋った。人々が神を信仰して生きるように、彼らはあの歌を信仰し唯一の心の拠り所としたのだろう。

 ふと、歌う三人の周囲に色とりどりの光の球体が浮いていることにオニオンは気がついた。それは左右上下に飛び回りまるで歌に合わせて踊っているようだった。

 

 オニオンには死んだゴーストタイプのポケモンが視えた。否、正しくは〝死んだものの姿〟が視えるのだ。だからオニオンにはあの球体が何なのかはすぐに検討がついた。

 これは───

 

「死んだ、子供たち……違う、被検体の、魂」

 

 オニオンが呟いたその時、球体たちがぐにゃりと形を変えた。それはどんどん形を変えて、やがて目視でも何に変わったのかわかるようになった。

 それは子供たちやポケモンだった。子供たちはみんな薄汚れたぼろ雑巾のような服を着ていた。手や足のない人もいる。口を縫われた人もいた。それはポケモンたちも一緒だった。だけど、その誰もが怨みも妬みも感じさせないほどの笑顔を浮かべて歌っていた。三人と、一緒に。

 

「───き、れい」

 

 キラキラ、キラキラ。

 七色の光に照らされたそこはまるで小さな舞台のように美しく、幻想的だった。

 不意に宙を自由自在に飛び回る子供たちの一人と目が合ったような気がした。その少年は目を丸くしたけれど、すぐにまた笑顔に戻しこちらに向かって手を振った。そしてそよ風のようにオニオンの前へと踊り出る。

 彼のアメジストの瞳を見つめた時、なぜだか自然と息を呑んでいた。

 

『ボクたち、もう行かないといけないんだ』

 

 少年はとても澄んだ声をしているというのになぜか眉を曇らせている。

 

『三人には凄く感謝しているんだ。あのままだと、ボクらはずっとあそこに囚われたままだったから……』

 

 それほどまでに彼ら全員がいたという研究所は業が深いのだろう。

 これだけの魂が一箇所に留まることとなれば、その地に与える影響も大きかったことを考えるとオニオンは肝が冷えるような気持ちになった。

 

『死ぬのは怖くなかったよ。だって死んでも残った誰かがボクたちの心を引き受けてくれるから。でも、最後に残った人の心は一体誰が引き受けてくれるんだろうね』

「もしかして、キミたちは、それが心残りで……」

 

 少年は答えなかった。ただただ、静かに微笑むだけ。

 そんな少年の周囲から一人、また一人と子供たちが天へと昇って行く。

 

『ありがとう』

『さようなら』

『元気でね』

『幸せになってね』

 

 歌を歌う三人には恐らくその声は届いていないのだろうが、それでも彼らは必ず声を掛けていた。これだけの気持ちを、心を三人は受け取って生きていたのだと思うと、そして最期まで必ず誰かが自由を手に入れてくれると信じて眠りについた被検体のみんなを考えると……涙が止まらなかった。止められるわけがなかった。

 

『ボクも、もう行かないと』

「待っ───」

 

 最後に残った少年は穏やかな笑みを浮かべたまま、ヒラヒラと手を振って天井へと高く舞い上がる。

 咄嗟に伸ばしたオニオンの手は彼に触れることはなく、行き場を失うだけに終わった。

 人の姿から七色の光へと変わり、やがて少年だったソレは光の粒子となり空気に消えた。

 

『───三人をよろしくね、オニオン君』

 

 最後の一欠片が消える瞬間、そんな少年の声が聞こえた気がした。

 オニオンにはあの少年が誰なのか、なんとなくだが察しがついていた。彼こそがオニオンが気になっていた『パプリカ』本人なのだろう、と。

 とても澄んだ声と瞳をしていた、と思った。オニオンが今まで視てきた霊はどんよりとした空気を纏っており、怨みや妬みでドロドロに濁っていたので珍しいとさえ思ったほどだった。

 だからこそこんなにも美しくそれでいて残酷な終の別れを目にして、ただ胸が一杯となった。

 

 そして、鎮魂歌(うた)が終わった。

 

 


 

 

 

【42A side】

 

 キバナ様のお宅に居候してから数日、それは即ち俺が推しに養わせているという事実にメンタルを破壊されては、推しからの萌え供給で復活するのを繰り返した日数であった。ヲタクは何度でも死ぬがその度に復活する不死鳥なんだぜ。まあ俺らはどちらかというと腐死鳥っていう方が合ってるけどな。

 

 ワイルドエリアでのサバイバル生活とは違い、流石に人様の家で好き勝手に過ごすことなどできないし、そもそも俺がそんなことは赦さないので日々のルーティンとしてはキバナ様の手持ちポケモンさん方から俺の知らないキバナ様の話を聞かせて頂くか、三人でダンデからプレゼントされたピッピにんぎょうを愛でるかという思わずニートが笑顔で両肩を叩いてきそうな一日を過ごしている。

 ここで一つ言いたいのは、俺たちは決して堕落した生活がしたくてしているわけではないということ。寧ろ推しが目の前にいるのにお布施もできない現状にずっと打ちひしがれてるんだわ。頼むから俺に推し事をさせてくれ。こちとりゃ多忙と過労が生み出す過労死が売りの元ジャパニーズ社畜マンなんだぞ。

 

 とはいえただでさえ居候で迷惑を掛けている手前外出させてくれとも言えず、だからといって勝手に『テレポート』を使ってワイルドエリアに行くのも色々迷惑をかける結果になりそうだしと思い、ただただ悶々と時間だけを浪費していたある日のこと。

 今日も今日とてナックルジムへお仕事に向かうキバナ様に心の安全距離を開けていってらっしゃいのバイバイをして、本日の監視担当であるヌメルゴン姉さんからジムチャレンジ時代のキバナ様の話しを聞いていた時に事件は起こった。

 

「21S! 42A!」

 

 不意にお揃いのピッピにんぎょうで遊んでいた68Cが俺たちの名前を呼んだ。それも、かなり切羽詰まった様子で、だ。

 

「ど、どうした?」

「誰か、来る」

「訪問か?」

 

 じっと玄関の方を見つめながらも「そうじゃない」と答える68Cの声は固い。ヌメルゴン姉さんも今日は誰かが来るような予定はなかったはず、と首を傾げている。

 そんな中、突然ピンポーンとインターホンが鳴った。

 キバナ様から口が酸っぱくなるほど留守番の時にインターホンが鳴っても出なくていいと言われているので、勿論誰一人として出ようとはしない。それにこういう突然の訪問は今日が初めてというわけではなく、寧ろどちらかというと多い気がする。まあ、ここに住んでいるのがキバナ様だからってのが一番の理由だろうけどな。

 それなのにここまで68Cが警戒するということは、恐らくこれからよろしくないことが起こる可能性があるのだろう。

 ちらりと21Sを見れば、心得たとばかりに頷かれた。

 

「『みねうち』は任せろ」

「違うそうじゃねェ。ってか、怪我させたらキバナ様に迷惑掛かるンだからマジでやめろよ?」

「……『さいみんじゅつ』で手を打とう」

「なんで嫌そうなんだ?? お前は戦闘民族か??」

「生まれながらの戦士だ」

 

 それはストライクの話だろうがよ。お前は人間なンだから知識を使えよ。何でも武力で解決しようとすんじゃねェ。

 しかもちょっとどや顔なのが腹立つ。

 

「二人共、来るよ」

 

 68Cがそう言った瞬間、ガチャリと鍵の開く音がした。キバナ様の場合この時点で「おーい、帰ったぞー」と声を掛けてくれるのだが、一向に声が掛かる気配はない。

 えっ、もしかして泥棒か? 泥棒なのか?? 

 いやでも泥棒って律儀に部屋の鍵を開けて入ってくるものだったか。ヤベェ、記憶が抜け落ちてて何が正しくて何が正しくねェのか分かんねェ。

 どうしたらいいのか分からずただひたすらにピッピにんぎょうを抱きしめていると、ゆらりと玄関から何かが顔を出した。見知らぬ女性だった。

 

「ああ、本当にいたんだ……」

 

(……えっ、あの人瞳孔開いてねェか? 明らかにヤベェ臭いがぷんぷんすンだが??)

(ゴメン、わたしが視えたのはここまでだから……この後どうなるかは分かんない)

(処すべきでは?)

 

 なぜか物凄く攻撃性が高い21Sはさておき、玄関から堂々と侵入してきた女性はパッと見た感じ二十代後半から三十代前半ぐらいの少々根暗そうな人だった。

 その人がブツブツと呟く言葉の中に「隠し子」やら「心中」やら不穏なものが混じっていて正気を疑うし、今にも襲い掛かってくるのではと思うとひやひやする。主にウチの火力担当と書いて女子と呼ぶ連中がやらかさないか、だけどな。

 っていうかホントにこの人誰なんだよ。なんでキバナ様の家の鍵持ってンの? 元カノとかか? やめろそれは俺の中では解釈違いだ。

 

「ヌメルゴン姉さん、この人に見覚えってあるか?」

「いいえ、初めて見る人だわ……どうして鍵を持っているのかしら」

「ストーカーか?」

 

 あ~~~~それはあり得るな……。

 発言からして俺たちがキバナ様の家にいることは事前に知っていたようだし。もしかしてこれ、家に盗聴器とかし掛けられてる可能性もあるよな。俺も推しのことは逐一知りたいけど流石に法に触れるようなことはできないししたくない。あと黙認もできない。

 推しに迷惑をかけるなどキバナ様女子&キバナ様男子の片隅にも置けねェな。

 

「うわぁ、いま最悪な予知しちゃった」

「めちゃくちゃ聞きたくねェけど、内容をどーぞ」

「キバナ過激派勢VSわたしたちによるナックルシティ鬼ごっこ」

「余裕だな」

「まァ、ウン、生身の人間に本気の21Sを捕まえるなんてムリな話だよな、ウン」

 

 普段はそんな鱗片は見せていないが、21Sが本気を出せばワイルドエリアの端から端までをあっという間に横断することだってできるほどには速い。肉体の限界を考えたスピードでそれなのだから、臨界点を突破した21Sはもはや誰も追いつけないほど速かった。

 それを見たのはたった一度だけ。俺たちが研究所を脱走した時だけだ。

 思えば、21Sはそれだけ本気であり必死だったンだろうな。あの時もしも捕まっていたら、きっと今頃俺たちは生きてさえいなかっただろうしなァ。

 

 現実逃避を兼ねて過去を思い返していた脳にそろそろ現実を見ろと命令し、俺は未だ不気味に呟きを続けている女性を見据えた。それとほぼ同時に、女性も俯かせていた顔を上げた。

 その目が、俺とかち合った。

 

「わたしの、わたしのキバナ様を解放しろぉぉぉぉおおお!!」

「……などと供述しているが?」

「は──────、闇堕ちしそう。つーか、キバナ様はキバナ様のモンであり誰のモンでもねェんだけど?」

 

 暢気にそんな会話をしているが聞いてくれ、なんとこの女性……手に銀色に輝くナイフを持っている。

 ア────────────ッ俺たちへの殺意が物理的に見えてる! 一切隠れてねェ! 

 とはいえ、本気の命のやりとりなんてしたことがない人間の動きなんて実はかなり単調なので避けるぐらいおちゃのこさいさいだけどな。普段戦闘なんてしない俺でさえ余裕なのだから他の二人なんて赤子の手をひねるようなものだろう。

 フーフーと肩で息をしている女性の目は血走っており、少なくとも俺たち三人の内一人でも仕留めないと気が収まらない、と空気が語っている。

 あああ、キバナ様の自宅という神聖な場所で暴れンじゃねェ!! 

 

「21S!」

「任せろ」

「ゴメン、ヌメルゴンお姉ちゃんはボールに戻ってて」

「っでも!」

 

 これ以上この神聖な場所を荒らされたくないので、21Sを呼べばすぐさま女性に『さいみんじゅつ』を掛けて眠らせてくれた。その間に68Cがヌメルゴン姉さんをボールに戻して、俺たちのピッピにんぎょうを宙に浮かべて運ぶ。いやこんな時でもピッピにんぎょうは大事なんだな。

 カタカタとボールの中から必死に外に出ようとするヌメルゴン姉さんには悪いが、きちんとロックをさせてもらった。これで万が一何かあってもヌメルゴン姉さんは安全だ。

 

「いや、マジでキバナ様過激派怖ェ……普通、ここまでするかァ?」

「これだから過激派は」

「21S特大ブーメランって知ってる?」

 

 ハンっと鼻で笑う21Sにもしもこれがカブさんだったらどうする? と質問したら秒で「仕留める」と返答された。おい待てカブ過激派。

 

 ひとまず眠りこけている女性を外に運び出し、68Cのサイコパワーで鍵を掛けてもらい俺たちは外へと飛び出した。

 向かう先はただ一つ、ナックルジムで社畜しているであろうキバナ様のところである。流石に突撃ヤバめの過激派をされて悠長に家にはいられないし、キバナ様にこのことを伝えないといけねェからな。

 

 


 

 

【とあるジムトレーナー side】

 

 ジムで必要な道具の在庫が少ないことに気がつき、急ぎ買い出しへと出向いた俺は無数の絡み付くような視線を背にひっそりと溜息をついた。

 俺の名はリョウタ。ナックルジムで働くしがないジムトレーナーである。

 元々、俺が務めるナックルジムは非常に人気の高いジムで昔から色々な視線を向けられることはあった。なにせ、俺の上司であり憧れであり目標である人物ことキバナ様が非常に女性受けが良いからだ。確かにキバナ様は性格良し、ルックス良し、地位良しな優良物件なのだから当たり前だけどな。

 だが、ここ数日はその比ではないほどの視線を感じていた。

 

「はァ、キバナ様が悪いわけでも、ましてやあの子たちが悪いわけでもないのに……」

 

 俺はこの悪意すら感じるほどの視線がどうして己に向けられるのかを知っていた。そもそもこのナックルシティに住んでいてその理由を知らない者はいないのではなかろうかとさえ思うほどだ。

 

 ある日、キバナ様が三人の子供を保護したことから全ては始まった。

 彼らはとある地方近くの無人島に存在した研究所から命からがら逃げてきた被害者らしく、リーグ関係者で話し合った結果キバナ様が保護することに決まったらしい。人でありながらポケモンにも変身できる彼らは非常に高い戦闘能力を有しており、一般人は疎か並大抵のトレーナーには荷が重いのだとか。

 そういえば、どこかの研究所が事故により全壊したというニュースが流れていた、とその時ふと思い出した。

 さすがに真実をありのまま公表することはできないので、伝えられる部分だけをかいつまみキバナ様は自身のポケスタで彼らの写真と共にアップロードした。

 勿論「彼らが新しい環境に慣れるまでは優しく見守ってやってくれ」という一文は忘れずに。

 

 だが、その顔の良さや性格の良さから非常に女性人気が高いキバナ様だからこそ起こってしまった悲劇。

 大抵の人はキバナ様本人の書き込みを信じ、可哀想な子供たちが早く健やかな日々を過ごせるようにと願う中、何故かその事実を大きく歪め自身の妄想と事実を混ぜ合わせたような湾曲した解釈をする者が現れたのだ。

 

 曰く、あの子供たちはキバナ様の隠し子なのではないか。

 

 そんな虚言に尾鰭がつき、それこそが事実と信じてしまう者が続出し一時期ポケスタが大炎上したのだ。いや、その論争は今も鎮火することなく激突しておりキバナ様本人が何を言ってももう手が付けられないところまで進んでしまっている。

 そんな経緯があり、結果今に至るというわけだ。

 

「キバナ様も本当は彼らにもっと外を知っていただきたいのに、今の状態だとそれもままならない。寧ろもっと大人を信じられなくなる可能性もあるのか」

 

 視線から逃げるように路地裏を駆使し、漸く一息つけたところで連日愚痴を零す上司を思い出し苦笑する。

 こればかりは話題が風化するか民衆の目が別のものへと映らないことには解決できないか。

 そう思い、一度荷物を抱え直した時だった。

 

 トンっと軽い音と共に屋根から何かが降ってきたのだ。

 

「!? キミは───」

 

 ふわりと風に舞うグリーンの髪に思わず背筋を伸ばしてしまいそうなほど鋭い目、そして小さな体からは考えられないほど圧倒的な存在感。

 朝のミーティング後にデレデレと顔を綻ばせたキバナ様から見せてもらう写真でしかその風貌を拝見したことのなかった〝彼〟。

 

「21S、君!?」

 

 その彼が、目の前に現れたのだ。それも頭にラルトス腰にミニリュウを付け、周囲に浮かせた三体のピッピにんぎょうを携えてという謎の状態で、だ。

 まさかその状態で屋根から飛び降りて……?! というか、もしやそのラルトスとミニリュウは他の子供たちなのでは……!? 

 

「ど、どうしてここに? というか、今日はキバナ様のご自宅で留守番中では……? というか、キバナ様は知っているのか!?」

 

 呆然と彼を見つめていたが、ハッと我に返った俺は慌てながら早口で捲し立てる。

 だが当の本人である21Sは質問に答えることなく、寧ろこちらを制するようにスッと手を前に出した。

 えっ、なにそれカッコイイ……。

 反射的にぐっと言葉を呑んだ俺を見て、続けて21Sは人差し指を自身の口に当てて小さく「Si」と言う。

 えっ、まっ、イケメン……! 君は本当に子供なのか!? 

 いや、よく考えたらキバナ様が保護者なのだからイケメン力が高くなるのは必然なのではないだろうか。

 

「あのガキ、どこに行ったの!?」

「どうせ近くにいるわ、探し出して!」

「どこのバンバドロの骨かも分からない女の子供なんて、絶対に許さないんだから!」

 

 何故か妙にドキドキと音をたてる心にドキマギしていたが、不意に聞こえてきた劈くような喧騒によりその高鳴りは消えた。

 

「もしかして、彼女たちから逃げて……?」

「家に不審な女が侵入してきた」

 

 家に!? 侵入!? キバナ様のご自宅に!?!? 

 もはや炎上などという話ではない事態にひっくり返りそうだったがなんとか耐え、スマホロトムを起動してキバナ様に不法侵入の件と子供たちを保護した事を連絡するように伝える。

 ロトムもかなり驚いていたが公私混同はしないタイプなのでテキパキとキバナ様へメッセージを送信していた。お前は本当にできるロトムだよ。

 

「急ぎナックルジムへ向かおう。大丈夫、そこにキバナ様がいるから」

「恩に着る」

 

 とりあえず浮いているピッピにんぎょうを回収し、それを手荷物の中に追加してからナックルジムに勤務している者しか知らない裏口へと向かう。

 迷子になってはいけないからと差し出した手に恐る恐る乗せられた小さな手は、まるで氷水に漬けていたのかと思うほどに冷たかったのが酷く印象的だった。

 

 

 いつもならきちんと一呼吸置いてノックしてから入る事務所の扉を勢いのまま開け放ち、すぐさま子供たちを中へ招き入れドアを閉める。

 その瞬間、脳裏にミッションコンプリートの文字が掠めた。下手なジムチャレンジよりも難易度が高いミッションだった。思わずガッツポーズを決めたくなったが、さすがに上司や同僚の前でそんなことをすれば羞恥心で明日から勤務できなくなるので心の中だけに留めておく。

 

「リョウタ! 大丈夫だったか!?」

「はい、道中は問題なく。ただ、私と会うまでに色々あったようで、かなり憔悴しているみたいで……」

 

 現に21S君の頭の上に乗っているラルトス───確か、68Cちゃん、だったか───はピクリとも動かない。というか、出会ってから一度も動いていないような気がするのだが大丈夫なのか……? えっ、大丈夫なのか!? 

 だが反対にミニリュウ───こちらは42A君だったと思う───はキバナ様の声にピクリと反応すると徐に21S君から離れ、途中で人間の姿に変わるとボロボロと大粒の涙と奇声のような声を上げながらキバナ様に抱きついた。

 ハッとしてキバナ様を見ると……し、しんでいる!? 

 

「って、キバナ様しっかりしてください!」

「……ハッ! ま、まさかいつも怖がって近寄って来ない42Aに抱きつかれて……って、そうじゃねぇ! 家! 女! 不法侵入!!」

「そうです!!」

 

 キバナ様、いま割と大変なことになっているんですからね!? とレナからの援護射撃を受け、キバナ様はすぐさま自身のスマホロトムで警察に通報を入れた。もちろん、べしょべしょに泣きじゃくっている42A君を抱っこしながら。

 ……ああ、うん、普段全く甘えてもらえないからですね、ハイ。

 

 とりあえずキバナ様の方はレナに任せて、俺は21S君の方を見ることにした。

 どうやら68Cちゃんも今は人間の姿になっているようで、ブランケットにくるまったままヒトミに抱き抱えられている。ヒトミの顔が聖母のようになっているのは同僚のよしみで見なかったことにしておいてやろう。

 

「君は大丈夫か?」

「問題ない」

 

 ヒトミから手渡されたであろうブランケットを持ったまま、何をするでもなくただじっと入ってきた扉を見つめていた21S君に話し掛けると、彼は此方に顔と視線を向けて単調な声で答えた。

 先程からずっと変わらない表情や声色から察するに、彼は感情表現が苦手なのかもしれない。もしもその予想が正しいのであれば、彼の言動には人一倍気を配っておかなければと思う。こういうタイプは本当に些細な変化でしか感情を表現できないからだ。

 

「それでも、突然見知らぬ女性から追い掛け回されてビックリしただろうし、なにより怖かっただろう? よく頑張ったな」

「いや……」

 

 目線を合わせるようにしゃがんで21S君の頭を撫でてやろうと手を伸ばし、手が頭に触れようとした時だった。

 

「地獄ならとうに見た」

 

 抑揚のない、どこか冷めた声で21S君はそう言い放ったのだ。

 俺は生まれて初めて場の空気が凍るという言葉を体験した気がした。それはまるで頭にアイアンヘッドを喰らったような衝撃だった。

 だが場を凍らせた当の本人はお構い無しに続ける。

 

「あの日々に比べれば造作もない」

 

 彼の言う『あの日々』とは、もしかしなくとも彼らが居たという研究所での日々のことだろう。かなり、酷い扱いだったと聞いている。

 知っていたはずなのに、それを体験していた当人から聞かされるとなると言葉の重みが違った。

 

「そう、か……」

 

 何を言ってやればよかったのだろう。どう答えてあげるのが正解なのだろうか。出口のない迷宮に迷い込んだような思考の中、漸く絞り出せたのはただただ肯定するだけの言葉だった。

 答えを探すようにさ迷わせた視線に、声を押し殺して泣いているレナとヒトミの姿が写った。42A君を抱き上げているキバナ様も苦虫を噛み潰したような顔で唇を噛み締めている。

 じわりと涙で視界が霞む。俺が泣いたところで何かが変わるわけでもないというのに。何もできない自分がやるせなく、21S君に見せる顔がないと視線と顔を俯かせた。

 

 ───ポフッ。

 

 う、ん……うん? 何かが頭に乗って……? いや、これは撫でている、のか? 

 恐る恐る顔を上げてみると、どういう原理なのかふわふわと宙に浮いた状態の21S君が俺の頭を撫でていた。何を考えているのか分からない無表情だというのに、撫でる手つきがとても優しくて……じゅわりと心に浸透するこの気持ちを何と表せばいいのだろう。どこか手慣れている感じがあるのは、きっと研究所にいた時に他の子供たちを何度も撫でてあげていたのかもしれない。

 例えば、俺が彼が経験したような地獄を体験したとする。恐らくそれは想像を絶するほどの苦痛が伴うもので、恐怖と絶望が己の心を蝕むだろう。

 そうなった時、はたして俺は己や同じ地獄を経験した者以外を信じることができるだろうか。ましてや慰めようなどと思えるだろうか。

 ……いや、俺には無理だろうな。そう考えると、21S君はとても心が強いと思う。寧ろこの齢でここまで『できた人間』でいられる強靱な精神に感服する。

 

「ありがとう、21S君。もう大丈夫だから」

「……そうか」

 

 音もなく地面に降りた21S君は数秒ジッと俺を見つめたかと思えば、手に持っていたブランケットを宙に浮かせて俺の肩に乗せた。なぜこういうことをこんなにもスマートにできるのか本気で疑問なんだが。

 俺は今、小さな紳士に攻略されているのか……? もしや俺がヒロインだった……? 

 

「キバナ様、一体どんな教育をなさっているんですか? 俺もおや:キバナ様になればこのような紳士に進化できるんですかね。というか俺の知らない間にこの世界では男もヒロイン化する仕様になっていたんですね。いや寧ろ実は俺はメスだったのかもしれない……?」

「リョウタしっかりしろ! 一人称が迷子になってる! というか、オレ様もそんな世界は知らねェ!!」

「俺が嫁入りしたらキバナ様が姑……?」

「誰が姑だ、誰が」

「21S君、不束者だがどうかよろしく頼む」

 

 意味は分かっていないのだろうが21S君はこてりと首を傾げた後ゆっくりと頷いてくれた。レナとヒトミが道端に落ちているゴミでも見るような視線を向けてきているが気にしてはいけない。

 というか、今はそれよりも解決しなければならない問題が山積みなのを思い出した。キバナ様を過剰に応援している人たちをなんとかしないと……! 

 

「リョウタ」

「ん? どうしたんだ、21S君」

 

 烈火の如く大炎上しているキバナ様の過激なファンたちをどう対処すべきかと思案していると、控えめにズボンの裾を引かれながら名を呼ばれる。こういうところに子供らしさを感じるんだよな。これがギャップ萌えというものか。

 

「私に任せろ」

 

 ホラ、こういうところだぞいい加減にしろ! 本当にカッコイイなぁ21S君は!! 

 

 


 

 

【とあるキバナ女子 side】

 

 ナックルシティにあるナックルジムのジムリーダー、キバナ様。

 八つあるジムの一角を担う彼は荒々しいドラゴンのような強さを持つトレーナーでありながら、片や全世界の人間がアカウントを持っているといっても過言ではないほど有名なSNS『ポケスタ』で恐ろしい程のフォロワー数を誇っている人気ポケスタラーである。

 

 そんな彼が上げた一つの書き込みが、キバナ様過激派の炎を焚き付けた。

 

 あのキバナ様が、どこのバンバドロの骨かも分からない女から生まれた子供を育てているだなんて目眩がするほど腹が立った。隠し子なんじゃ、なんて書き込みもあったけれど、ポケスタに載っていた写真を見るからにキバナ様に似通っているところは顔が整っているところぐらいだから多分違う。

 

 その時のアタシは、多分不特定多数が同じ意見だったからとそれこそが正義だと心酔していたのだと思う。だから、一人ナックルジムから出てきた緑の髪をした少年が写真に写っていた子供の一人だと気づいた時、彼を人目のつかない場所まで引っ張って行ってわあわあと怒鳴りつけたのだ。アタシが正しい、アタシは間違っていないと信じて。

 

 だけど、その少年はアタシの言葉を遮ることも否定することもなくただただジッと何を考えているのか分からないような黒い瞳で見つめるだけだった。愚かなアタシはそれをバカにされていると思ってしまったの。

 カッとなって出した相棒のロコン。ちょっと痛い目に遭えばいいやだなんて考えて、アタシはロコンに指示を出した。

 

 ───それが駄目だった。

 

「これが私たちの罪と罰だと云うならば、受け入れよう。だがこれが私たちから奪うだけだと云うならば……私も奪わなければならない」

 

 何が起こったのか分からなかった。気がついた時には、相棒のロコンがアタシの足元から消えて、少年の手の中で力なく掴まれたままになっていた。少年が手に持っていたソレをアタシの足元へと投げ捨てる。それでもソレは動かない。足がガクガクと震えて、力が入らなくなって崩れ落ちるように尻餅をついた。

 恐る恐る手を伸ばして……。

 

「あ、たた、かい」

 

 良かった、生きていた。多分今は瀕死状態なのだと思う。それを知って、ボタボタと安堵の涙が頬を伝う。

 失うかと思った。大切な相棒を、アタシの身勝手な行動によって失うかと思ってしまった。

 

「私は沢山奪われた」

 

 少年が呟くように言う。

 少年がいた施設では沢山の子供たちが入れ替わり、口にするのもおぞましいような実験の実験台にされていたらしい。亡くなった子供の数は両手両足では到底足りないほどだった、という。

 

「それと同じだけ私は奪ってきた」

 

 奪うか、奪われるか。

 そうしないと生き残れない世界が、そこには在ったと少年は語る。そして少年は、いや写真に写っていた子供たちは数多の屍を足蹴にして生き残った猛者たちなのだ。

 

 ───ああ、だからキバナ様はこの子供たちの保護者となったのか。

 

 彼らは『生きること』に貪欲であり、強欲である。その為ならば立ちはだかる全ての壁を破壊することも厭わない。そんな危険極まりない残忍で残酷な子供たちだからこそ、一般家庭は疎か一端のトレーナーなんかでは太刀打ちできないと判断したのだろう。

 

「名を捨て、記憶を失い、それでも尚生きることを諦めなかった我々は知性ある兵器であり、生と死の狭間を彷徨う亡霊。だが、そんな我々を人たらしめようと手を差し出す者がいる」

「あっ……」

「その手を取るのは───罪なのだろうか」

「ち、がう……違う、よぉ……!」

 

 知らなかった、アタシは何も知らなかった。こんなにも全身から血の気が引いたのは、今も昔もこの時だけだったと思う。

 不意に、少年の手がアタシの頬に触れそっと指の腹で溢れ落ちた涙を拭った。

 

「もう、私に奪わせないでくれ」

 

 平坦な声なのに、どこか願うように呟かれた言葉はきっと少年の本心なのだと思った。それと同時にこの事実を間違った正義を振りかざし優越感に浸っている過去のアタシと同じ状態の人たちに知らせなければという使命感に駆られた。

 この少年から、否この子たちから何も奪ってはいけない。奪わせてはいけない。

 

「ごめ、ごめんな、さい……!」

 

 アタシには少年が受けた苦痛がどれほどのものだったかは分からない。きっと一生分かることはないのだとは思う。

 少年は何も言わない。許すとも許さないとも。

 それでもアタシの涙を拭ってくれるその手はとても冷たく、そしてとても優しかった。

 

 少年と別れ、アタシは決意のままに今尚ポケスタで烈火の如く荒れ狂っている同志に向けてメッセージを出した。普段よく関わっている人にも拡散してもらい、沢山の人にこの事実を知ってもらおうと動く。

 それと同時進行で、アタシはとあるファンクラブを立ち上げることにした。

 

 ───『21S君大好きクラブ』を。

 

 


 

 

【68C side】

 

「右の頬をぶたれたら? 相手の顔面が崩れるまでボコボコにすればいいんじゃない?」

 

 普段感じることのない『悪意』を一度に共感しすぎて感情酔いを起こしていたわたしが漸く体を起こした時、外に出ていたらしい21Sが帰ってくるや突然わたしに「もし右の頬をぶたれたらどうする」と聞いてきて、わたしは間髪入れずにそう答えた。

 

「68Cらしいな」

「言って、21Sも似たようなもんでしょ」

「いや」

「へぇ、じゃあどうするの?」

 

 21Sは暫く黙ったあと、ポツリと言葉を零す。

 

「如何にそれが愚かな行為かを分からせた後で罪悪感を植え付けて精神的に殺す」

「21Sも割と物騒だよね」

 

 決してその行為を許さないところとか、特に。

 それから何をしていたのか詳しく聞いてみると、どうやらキバナ過激派の一人とお話(意味深)をしてきたのだとか。どことなく21Sが楽しげだから、きっと良い方に向かったのだろう。わたしが感情酔いさえしていなければ一緒に行っていたのになぁ。

 

「ところで、42Aは?」

「寝てる」

「ああ、そういえば女性怖いって叫んでたね」

 

 大方、泣き叫び過ぎて疲れて寝たんだろうね。子供か……いや、今のわたしたちは子供の姿だったっけ。

 どうも感情の起伏が激しくなると精神が肉体に引っ張られることが多い。いつの間にか全く成長しなくなったこの体はいつになれば大人になれるのだろう。もしかして進化したら体も大きくなるのかな。

 

「もう大丈夫? 68Cちゃん」

「ありがとう、もう大丈夫!」

 

 にこにこ笑顔を向けてくれるこの女性はヒトミさん。わたしが感情酔いしている間にお世話になっていた人で凄く綺麗な心を持っている。今もわたしの言葉を聞いて『安心』や『喜び』という感情だけが伝わってくる。

 ラルトスが感情を読み取ることに長けた種族だからというのもあり、どうしてもわたしは他人の感情と共感しやすい性質を持っていて幾らかはコントロールできるとはいえあまりにも大きな感情には感情酔いを起こしてしまう。今回でいえば、キバナ過激派の皆さんからの『悪意』があまりにも膨大過ぎたということ。そもそも、研究所では悪意に晒されることがなかったから慣れていなかった、というのも要因の一部だったんだけどね。でも今回で悪意がどういうものかを体験できたから次からは感情酔いは起こらないかな。

 ……それにしても、感情酔いなんて最初の実験の時以来だったなぁ。

 

「ヒトミさんの心はとっても心地いいね」

「心が心地いい……?」

「澄んでいて綺麗な心」

「は、はあ……」

 

 ヒトミさんは困ったように眉を下げて微笑んでいた。まあでも綺麗なのはヒトミさんだけじゃなくてレナさんもなんだけどね。リョウタさん……はたまに変な感情が伝わってくることがあるからなぁ。特に21Sと話している時が一番伝わってくることが多いんだよね。アレだ、わたしたちが推しに会った時の感情に似ているような気がする。

 

 それからジュンサーさんと共に一度外に出ていたキバナさんがにこにこの笑顔で帰ってきた。あのキバナ過激派の女はジュンサーさんが引き取って行ったそうで、すぐに家の鍵も違うものに変えてもらったんだと言った。あとなんでかSNSの炎上も瞬く間に鎮火していっているらしくて、それには不思議そうに首を傾げていた。それは多分21Sの話し合いの結果じゃないかなって思うけど別に改めて言うことでもないだろうしいいか。

 

「本当、今回はマジでオレ様の落ち度だなぁ。悪いな、こんな怖い目に遭わせちまって」

 

 ポンポンと軽く頭を撫でられながら、改めてこの人本当に顔面が凶器(いい意味)だなぁと感心した。そりゃあ、女が狂わされるはずだよね。でもこれダンデさんにも言えたことなんだよなぁ。

 問題ないよ、という意味で首を横に振ればなぜかキバナさんは悲しそうに微笑んだ。えっ、なんでそんな顔するの? 意味分かんないんだけど。困惑して21Sと顔を見合わせたけれど、その理由は分からなかった。流石に知り合いの感情をずっと共感し続けるのも忍びないので、今はもう共感しないようにしているから余計に今キバナさんが何を考えているのか分からないし。

 

「……やっぱ、オレは信用できねぇか?」

「どうして?」

「理解不能」

「お前らがオレを頼らないのはそういうことなンじゃねーのか?」

 

 んんん? つまり、キバナさんはわたしたちに頼ってほしいということ? 

 わたしは再度21Sと顔を見合わせた後、くすくすと笑った。なんだ、この人全然分かってないんだ。

 

「それは違う」

「うんうん、じゃないとキバナさんのところになんて来ないよね」

「自分たちだけで処分する」

 

 キバナさんはわたしたちの言葉の意味が分からなかったのか最初こそ眉をしかめていたけれど、やがてゆるゆると目を大きく見開いてわたしたちを見下ろした。それからいつもと同じへにゃりとした笑顔を浮かべたかと思えば、わたしと21Sを腕の中へと引き寄せた。

 

「そっか、これからももっと頼ってくれよな」

 

 身長差があるからか屈められた身体により、必然的に耳元で囁くように呟かれた言葉は酷く優しい音に聞こえた。

 

 ───これは堕ちるわ。

 

 この一瞬でなぜこの世にキバナ女子が生まれるのかという真理を覗き込んだ気がした。

 隣で同じように抱きしめられている21Sもどこか遠い場所を見つめているような目をしている。分かる、例え頭のてっぺんから足のつま先までカブさん沼とダンデさん沼に浸っていたとしても恐ろしい暴風のせいでキバナ沼に落ちるかと思ったよね。ポンポンと背中を叩く手つきが完全に小さいポケモンを相手にするようなものだとしても、下手をしたら色んな女のヤバい性癖をこじ開けるよコレは。

 ひええ、顔面600族の暴風が凄い~~~~とか思っていれば、不意に背後から冷たい空気を感じた。

 

「……どういうことだ?」

 

 アッ、わたしたち42Aに殺させる。

 そう思ったと同時にわたしは21Sの手を掴んで『テレポート』を使った。

 

 その瞬間、わたしたちの間で何度目かの戦いのゴングが鳴り響いたのだった。

 

「なんで……なんでお前らがキバナ様からギュッギュポンポンされてンだよ!?」

「申し訳ない」

「めちゃくちゃ不可抗力だし。ホント申し訳」

「許 さ れ な い」

 




 *21S(♀)

 最近ちょっと攻撃的な無表情冷淡ガール。
 物理的な傷よりも精神的な傷を深く残すタイプ。
 今日はいつも以上に話したのでちょっとお疲れモード。
 リョウタのことはユーモアに溢れた人だなぁと思っている。つまり嫁入り云々はネタだと思っている。
 申し訳ない。


 *42A(♂)

 キバナ過激派の狂気に一番ビビり散らした人。おんなのひと こわい。
 色々と精神的に限界だったが故に推し(癒し)を求めて抱き着いちゃった。
 後に思い出しては後悔と羞恥でビタンビタンする羽目になる。
 お ま え ら ゆ る さ ん 。


 *68C(♀)

 初めて感じた他人からの膨大な『悪意』に感情酔いを起こした。
 気分は二日酔いしたオッサン。
 やられたら倍返しが基本だと素で思っている。
 この度キバナ沼に落ちかけたけどなんとか踏み止まったダンデ強火担。
 ホントごめんねーwww


 *キバナ
 SNSの炎上は知っていたけどどうにもできなくて頭を抱えていた時にリョウタからの連絡に気絶するかと思っていた。
 三人が完全に他人を信用できなくなったんじゃ……と心配していたけれど、実は自分を頼ってジムまで来てくれたという事実を知り気分は急上昇。ただやはりまだまだ彼らの闇は深いと実感した。
 尚、自宅の鍵はすぐに換えてもらいSNSでも次に同じことをしたらどんな手を使っても許さないという強迫……忠告書き込みをした。
 ははは、アイツら今日も元気だなぁ。


 *ナックルジム ジムトレーナー

 思っていた以上に子供たちの闇が深くてぴえん。
 それでも拒絶されないことに安堵したし、寧ろ返事も返してくれることにめちゃくちゃガッツポーズした。
 いつの間にか設立していたファンクラブにはすぐさま入った。
 キバナ様も子供たちも楽しそうでなによりです。


 *キバナ女子の皆さん

 隠し子じゃないし、色々ヤバい子供だった。
 あれは敵に回しちゃ駄目。
 っていうか、泣き止むまでずっと涙を拭ってくれるって凄くイケメンじゃない……? トゥンク……

 *被検体のみんな

 魂だけになっても三人と共にいた。
 だけどもう三人が大丈夫そうだと思ったので天へと昇って行った。
 もう近くにはいないけど、ぼくらはずっと一緒だよ。



 *あるかもしれない次回

「……かゆい」
「過度のストレスのせいかもしれないですね」
「それじゃあ勝てないね」
「お前らオレ様の目を見て答えてくれ? な??」


 書くかもしれないし書かないかもしれない。

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