異世界に呼ばれたけどこの世界に美食は無い   作:てとらぽっと

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『―――――これが、私の軌跡だ。分かったか?』

「んー、まあ?結局、そのアカシアってオッサンは何がしたかったんだろう?」

『さあて、な。ネオを受け入れて欲しかったのか、それは分からんよ』

「じゃあ、一龍さんはどうなのさ。やっぱり、スライムの力を使ったら三虎さんを殺すって分かってたから?」

『そうかもしれんな。それから“ドン”を付けんか。スライム単体だと、私が雑魚の様ではないか』

「結局、ネオに食われて悲鳴上げたのに?」

『うるさい!そんな事より、竿が引いてるぞ!』

「分かってるよ、よいしょっと」

 

 傍から見れば独り言を呟いている様にしか見えなかった少年が、手元の竿を引き上げる。

 竿、といっても釣り竿ではなく、特殊合金製の五メートルある鉄筋にこれまた合金製の特殊なワイヤーを巻き付けた手製の代物。

 その鉄筋が大きく撓る。ワイヤーが一気に鉄筋を締め上げるようにして引き延ばされる。

 そして、一本釣り。

 

「ギャーーーースッ!!!」

「ええっと…………何だっけ、コイツ」

『ディーパーサーペントだな』

「ふーん」

 

 蒼銀の鱗を持つ大蛇を前にして、しかし少年は一欠けらの動揺を浮かべる事も無い。

 

「強いっけ?」

『程々だろう。ま、私を宿した貴様なら、並大抵の奴には負けんがな』

「でも、ネオには食われたんだろ」

『うっ、うるさい!さっさと仕留めて腹の足しにしてしまえ!』

「はいはい」

 

 言って、彼は拳を握った。

 相手は捕獲レベルにして70を超える怪物。因みに、捕獲レベル1でプロのハンター十人がかりで討伐できるというもの。10近くにもなれば戦車を要請しても倒せない可能性もあるレベル。

 とはいえ、彼の拳は()()()()()()()()

 

「―――――ふんっ!」

 

 アッパー気味に放たれた一撃は、鎌首擡げてせまる大蛇の顎を正確にとらえ、その巨体を一息に海から引き上げるようにして空へとカチ上げてしまった。

 ざっと目算で百メートルオーバー。そんな大蛇が宙を舞う。

 その光景を見上げながら、少年は右の手刀を構えた。

 

「“ブラックナイフ”」

 

 ごくごく普通の肌色であった手刀が、突然黒光りする金属光沢のものへと変化する。

 振るわれる一閃。大蛇は、頭の先から尻尾の先端まで真っ二つだ。

 

「まあ、この程度なら敵じゃないな」

『私のお陰でな!』

「ハイハイそうだね、スライム」

『“ドン”を付けろ!』

「生で食べれたっけ」

『ぐぬぬ……はぁ…………忘れたのか。グルメ細胞に食えないモノは無い。食材だろうが、岩だろうが、土だろうが、砂だろうが、食えるさ』

「そう言えば、そっか…………まあ、オレは火を通すけどねぇ」

 

 自分の内側に居る何者かの声をガン無視しながら、少年は降ってきた二つの肉塊をキャッチ。引きずって今の今まで立っていた断崖絶壁を後にする。

 

 美食の時代。多くのグルメ食材が流通し、飽食を宇宙規模で謳う世界。

 食材を調理する料理人と、食材を調達する美食屋。

 とあるコンビが、神の食材を調理し人々の目が元の大きさの数倍以上ともなった地球の外にも向けられるようになって十数年。

 グルメ細胞と呼ばれる特殊な細胞を生まれながらに宿し、尚且つ悪魔を完全に自分の手中へと収めた彼もまた、数多居る美食屋の一人であった。

 名前を、一心。とある料理人の老婆が名付けたものであり、ある人物より一文字貰っていたりもする。

 一心は強かった。それはもう、宿しているグルメ細胞の悪魔も規格外であるならば、そもそも体自体も特別仕様。

 それこそ、十数年前のある戦いに居ればもっと犠牲は少なく済んだだろうと言われる程度には強い。

 だからだろうか、彼は常に退屈していた。

 暇潰しに、グルメ界の奥地と言う地獄に足を踏み入れ、適当な食材を食べていたり、はたまたふらりと宇宙に旅に出たりもする。

 暇で、暇で、仕方が無いのだ。それでも何か大きな争いを起こさないのは、偏に一心の行動の原点に在るのが食欲だから。

 幾らでも食べられる胃の許容量を誇れども、だからと言って他人の飯を奪ってまでその腹を満たすつもりは毛頭ない。そんな事をするぐらいならば、自分で必要な分を調達するし、自制心だって持ち合わせていた。

 だが、

 

「暇だ………」

『そう言うがな。ちょっと前には、ヤバかったんだぞ?私も食われ、地球はそのまま崩壊するところだったんだからな』

「そうは言っても、今が暇なことは事実じゃないか。そりゃ、スライムが言いたいことも分かるよ。平和な今は、その時の結果のお陰だって。でも、頭が理解しても、心が受け入れないって事はあるんじゃないかな。少なくとも、この暇な時間はオレとしては実に退屈な訳」

『……はぁ、一龍の奴が無欲だったからか、私もそれに充てられたか…………?宇宙の厄災、悪意ある天災と呼ばれた私が、丸くなったもんだ…………』

「スライム、元から丸いじゃん。マジの時は別だけど、禿げてるし」

『禿げてねぇわ、馬鹿!第一私は、最初からこのフォルムだ』

「え、最初から禿げてたの?」

『禿げから離れろ!第一、私たち食霊に容姿は関係無いっての。大体お前は―――――』

「でも、トリコさんの青鬼とかココさんのポイズンデビルとか髪の毛あるし。サニーさんのヘアモンスターに至っては毛の塊だし。あ、でもゼブラさんのボイスデーモンは禿げだったな」

『禿げの話題に食いつき過ぎだろう!?そこまで、私らの毛髪事情に関心があるのか!?』

「ぶっちゃけ、ある。ほら、ニトロとかはふっさふさだろ?でも、ネオとかはツルツルどころか体毛の一本もない。でも、会長の阿修羅は螺髪があったし……いや、パンチパーマか。その辺、どうなのか気にならない?」

『まず、その考え方が間違っているんだがな…………再三、今までも言ってきたがグルメ細胞の悪魔にそもそも食欲以外の要素が無いんだよ。私たちは、只管に食べて、食べて、食べて、食べ尽くして、最後には死ぬ。その繰り返しが私たちだ。だからな、見た目だとか、何だとかその辺は全くの無頓着。元々、興味が無い』

「でも、スライムは気にしてるじゃないか」

『私や、宿主と多くの交流を持った者は、変わるんだよ。私がこう在れるのは、一龍のお陰だな。お前も、同じ“一”の字を持つんだ。少しは―――――』

「待った、“ドン”・スライム」

 

 小言を連ねようとした相棒を制して、一心は空を見上げる。

 望遠レンズの様な彼の瞳が捉えたのは、風に揺れて落ちてくる紙の様なモノ。

 風に巻かれるように、風に乗るように、不規則な軌道を描きながらもしかし真っ直ぐにソレは一心の手元へと落ちてきた。

 

「…………封筒か?」

 

 指で挟むようにしてキャッチした一心は、しげしげと封筒を眺め鼻を鳴らす。

 某四天王の様に、特筆するほど優れた感覚器官を有しているわけではないが、それでも彼の鼻はかなり広い範囲のニオイを感知することが出来る。聴覚なども、また然り。

 その上で、今手元にある封筒は()()()()()()。無論、一心の感知範囲外から流れてきた可能性も否定はできないが、生憎とここは()()()

 何より、

 

「露骨ぅ…………」

『お前の名前じゃないか?』

 

 裏返した面に【一心 殿】の名前が。不思議な手紙、から気味の悪いナニかへのジョブチェンジが起きた瞬間だった。

 

「胡散臭い」

『だと思うなら、捨てれば良いだろう。ちょうど火もある事だしな』

「でも、暇潰しにはなるかもしれないじゃん」

 

 言うや否や、()()()()()を口の中へと放り込み一心は封筒へと手を掛けた。

 入っていたのは、一枚のカード。

 

 

 悩み多し異才を持つ少年少女に告げる

 

 その才能(ギフト)を試すことを望むのならば

 

 己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、

 

 我らの【箱庭】に来られたし

 

 

 書かれていたのはそれだけ。そして、一心は首を傾げる。

 

「招待状って事で良いのか。と言うか、才能って何だ」

『そりゃあ、私の事だろう。何せ私は、“ドン”・スライム!宇宙の厄災にして悪意ある天災なのだから!』

「…………」

『おい、何とか言えよ。私がスベッたみたいじゃないか?』

「みたい、じゃなくて滑ってるよ。それは見事に。会長のハンサムネタよりもね」

『私をあのアルコールの権化のような男と一緒にするんじゃない!』

「禿げ仲間じゃないか」

『その話を引っ張るな!…………で?お前はどうするつもりなんだ?この招待に応じるつもりか?』

「それも悪くはないかな、と思ってるよ。一応、オレも独り立ちしてるし。音信不通になるのも、珍しくないし」

『ふむ……それで、迎えはどこだ?』

「さあ―――――あ?」

 

 瞬間、襲い掛かるのは浮遊感。

 無人島から、放り出されたのは空中四千メートル。重力に引かれて、下へ―――――

 

「―――――まあ、オレは飛べるんだけども」

 

 言って、一心は空中にふわりと浮かび上がる。

 嗅いだことのないニオイ。見たことのない景色。聞いたことのない音。

 

「こりゃ、凄いな。初めて見たかもしれない」

『ほお……これは、中々』

 

 完全無欠の異世界を前にして、しかし一心の感動は最小。生憎と、宇宙旅行までしている彼にとっては今更景色がおかしいことなど寧ろ見慣れている。

 下の方で水飛沫の上がるような音がしたが、そこで漸く一心は自分と同じような境遇の存在が居たことに気づいた。

 まあ、気づいたところで助けに行くかと問われれば否。これは何も、彼が薄情であるとかそんな事ではない。

 こうして、自分と同じように空中に投げ出されたという事は、同じ手紙を受け取っているという事。裏を返せば、手紙を受け取る=特殊な力を持つというのが一心の考え。

 それで死ぬならば、それは招いた方の瑕疵。自分は知らないというのが、彼の結論だった。

 とはいえ、このまま浮いていてもしょうがない。

 ゆったりとした速度で、彼は地面へと降り立つのだった。


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