やはり東方の青春ラブコメはまちがっている。   作:セブンアップ

10 / 55
こんなラブコメは間違っている。

 ゴールデンウィーク4日目。博麗達との買い物から3日が経った。外に出る用事もなく、変わらず家でゴロゴロしていた。

 しかし、今日は別だ。前々から話していた、封獣の家庭訪問の日が突如として決まった。

 

『明日、八幡の家行くから』

 

 夜中に電話した時に、彼女はそう言ってきた。

 いつか来るとは分かっていたが、今日は不運にも両親はおろか、小町すら帰ってこない日なのだ。そんな日に、封獣の家庭訪問。確実なバッドエンドルートである。何されるか分かったもんじゃない。

 

 家にいてもアウト。外に出て逃げてもおそらくアウト。どっちにしろ、バッドエンド間違いなし。とんだ無理ゲーじゃねぇかよ。

 

「はぁ…」

 

 リビングでカマクラと戯れていると、チャイムの音が高らかに鳴り響いた。玄関に向かい、ドアを開けると。

 

「あ、八幡っ。やっと会えた」

 

 本当に俺の家に来ちゃったよ。家のことを知ってるってのは何かの嘘なのではないかと期待していたのだが、そんな期待は彼女によって砕かれた。

 

「本当に来たのかよ…」

 

「?だから言ったじゃん。八幡の家に行くって。入れて?」

 

「お前だいぶ厚かましいな…」

 

 正直、こいつを家に入れるのはあまり良くないが、騒がれても困る。近所迷惑にもなってしまうしな。

 

「…はよ入れよ」

 

「お邪魔しまーすっ」

 

 封獣はウキウキしながら、我が家に上がっていく。とりあえず彼女をリビングへと案内する。

 

「八幡の家って猫いるんだ」

 

「…あぁ。まぁな」

 

「ふーん……」

 

 封獣はソファに腰掛けた。一応あんなのでも来客なので、俺は麦茶を用意し始める。

 

「あ、そうだ。八幡」

 

「なんだ?」

 

「八幡の部屋に案内してよ。八幡の部屋に行きたい」

 

 そら見たことか。こいつを家に上げると碌なことにならない。いや上げたのは俺だけども。

 

「なんでだよ。別に一日中家で過ごすならリビングでもいいだろ」

 

「やだ。八幡の部屋に行きたい」

 

「お前我儘過ぎだろ。却下だ却下。リビングで過ごせないなら家から出て行ってくれて構わないんだぞ」

 

 別にやましいものがあるだとか、部屋が散らかってるからとかそんな理由ではない。封獣を俺の部屋に上げると、何するか分かったもんじゃない。

 

「けち」

 

「これくらい譲歩しろ。ほれ、お茶」

 

 封獣に麦茶を差し出す。封獣は納得いかないと言った表情のまま、麦茶を飲み始める。

 

「…ね、八幡。こっち来て?」

 

「や、別にそっち行く必要…」

 

「来て」

 

 彼女の二度目の声は、あからさまな低音だった。俺は封獣との距離を取りつつ、ソファに腰掛けた。しかし、封獣はこちらに寄ってくっついてくる。

 

「今日一日、八幡と一緒っ。ゴールデンウィークが始まってから、私ずっと寂しかった」

 

「…ずっと電話してただろ。つか離れろ」

 

「電話じゃ足りない。前にも言ったよね?私、八幡がいないと生きていけない。本当なら、今すぐ部屋借りて二人きりで住みたい」

 

「別に俺がいなくても、聖さんや命蓮寺の人がいるだろ」

 

「私は八幡にいて欲しいの。聖達も大切だけど、それ以上に八幡が大切なの。ずっと一緒にいたい。ずっと、ずっとずっとずっとずーっと、八幡といたい」

 

 三日程度顔を合わせていないだけでこれだ。おそらく夏休みとかになったら、マジでやばい。依存性とかいうレベルを軽く超えている。

 

「ね、八幡」

 

 すると不意に、彼女は俺の耳元で囁く。

 

「今日ね。私、ブラしてないの」

 

 その爆弾発言に、俺は吹き出しそうになる。同時に、驚きで身体を少し震わせた。

 

「ッ!?お、おまっ……!」

 

「ビクッてした。可愛い八幡っ」

 

 すると今度は、正面から抱きついてくる。俺の頸に両手を回し、離さないと言わんばかりにしがみつく。そしてアピールするように、自身の胸を俺に押し付ける。

 

「今日一日、誰もいないんでしょ?じゃあ、思いっきりヤっても大丈夫だよね」

 

「ば、ばっかお前!そんなっ、急にビッチみたいなこと言ってくんじゃねぇ!」

 

「ビッチって酷いなぁ。私、そういうのは八幡にしかしないよ?」

 

 俺は彼女の肩を掴んで離そうとするが、力いっぱいにしがみつかれているため、離れない。

 

「八幡の愛が欲しい。八幡に愛されてるって証が欲しいの」

 

「だからって、なんでそっち方向に考えた!?」

 

「だって、八幡の周りってウザい女がいっぱいいるじゃん。だから、八幡が私だけを愛したっていう証をあいつらに見せつけてやるの」

 

「あ、証って…!?」

 

「んー。まぁベストは、八幡との子供だよね」

 

「こどっ…!?」

 

 二度目の爆弾発言。

 なんなのこいつ爆弾魔か何かなの?ゲンスルーよりタチ悪いじゃねぇかよ。

 

「既成事実さえ作れば、あいつらは否が応でも手を出してこない。ナマでヤったら、確実に孕むよね。それが私の狙い」

 

「お前いよいよやばいわ」

 

 こいつ俺を逆レイプしようとしてやがる。俺のハチマンがこんなおっかないやつに奪われたらとんでもないことになる。

 これを冗談で言っていないから、尚のこと怖いのである。

 

「ね、いいでしょ?私、八幡との子供産むから。お金だって、聖達になんとかしてもらうし」

 

「そんなの誰が許すと思ってんだよ。俺の両親……は最近あんま話してないからなんとも言えんけど、少なくとも聖さんは許さんだろ」

 

「デキちゃったんだから仕方ないじゃんって言えばいい」

 

「考えなしにも程があるだろ」

 

 俺達はまだ15歳か16歳なんだ。そんな男女が急に、「子供作った」とか知られてみれば、世間からの当たりは厳しくなるし、仮に俺が封獣の誘いをOKしても、満足に暮らしていけるわけがない。

 責任も取れないし、そもそも俺は封獣のことを好きではない。嫌い、ではないが、流石に嫌いじゃないからといって、そういうことをするのは違う。

 

 彼女が俺に依存しているのだって、もしかしたら一時の迷いかも知れない。いつか本当に彼女を理解してくれる人間が現れるかも知れないし、封獣はその人間に依存することだろう。

 

 つまるところ、無謀だってことだ。

 しかし、先程から俺が否定ばかりしているのが気に入らないからか、あからさまに機嫌を悪くし始める。

 

「…さっきから否定して、なんなの?八幡、私のこと嫌いなの?」

 

「嫌いとか関係なく、普通に考えたら否定するだろ。まだ高校生だぞ」

 

「そんなの関係ないよ。16歳だろうが学生だろうが、それが何?言いたいやつは勝手に言わせてやればいいじゃん」

 

「そういうわけにはいかねぇだろ。つか、そういうのは好き同士がすることで…」

 

「だからシよって言ってんじゃん。私は八幡が好き。八幡の子供も産みたい。…でも八幡は?さっきからあれこれ理屈捏ねて否定して……。どうせ、私のこと嫌いなんでしょ?嫌いだから、私とヤりたくないんだ」

 

 どうすればこいつは納得するんだよ…。これ「好き」って言う選択肢以外ないのかよ。

 

『とにかく、あまり中途半端なことはしないでおくことね。じゃないと、辛くなるのはあんただから』

 

 この間、博麗に言われたことを思い出す。

 きっと、こういうところが中途半端なのだろう。否定すれば、彼女は壊れてしまうのではないか。俺に危害を加えるかも知れないし、小町に加えるかも知れない。最悪の場合、自殺だってあり得る。

 

 そう考えれば、中途半端な対応を取らざるを得ない。小町にも危害を加えたくないし、封獣が死んだら、一旦の責任は俺にある。十字架を背負って生きていく勇気なんて、俺にはない。

 

 とにかく、彼女を落ち着かせること。俺がすべきことは、それだ。

 

「…嫌いだったら電話にも出ないし家にも上げない。そこまで信用ないのね俺は」

 

「嫌いじゃないなら私を抱いてよ。私を八幡だけの女にしてよ」

 

「ダメだ、絶対に。そんなのは、流れでするもんじゃない。もっと段階を踏まなきゃダメだ。だから……」

 

 俺らしくない行動。その行動に、流石の封獣も戸惑った。

 何故か。それは……。

 

「は、八幡…?」

 

 俺は、封獣の身体を力いっぱい抱きしめた。彼女でもないし、友達でもない女の子の身体を抱きしめるなんてセクハラでしかない。クズ男だって思われたって仕方ない。甘んじて受けてやる。

 

「…今の俺には、こういうことしか出来ない」

 

 封獣は人の愛に飢えている。それは知っての通りだが、それが異常なレベルなまでになっている。

 

 言葉だけじゃ信用出来ない。

 だから彼女は、肉体関係を確立することで、本当に自分は愛されているのだと思いたいのだ。封獣が性行為をせがんで来たのはそういうことだ。

 

 勿論、俺は彼女のことは好きじゃない。嫌いではないが、少なくともそういう目で見たことは未だにない。だから、彼女の誘いに乗ることは出来ない。

 今の俺に出来るのは、こういうクソッタレな行動だけだ。全く、どこのラブコメ主人公なんだ俺は。

 

 …さて、ハグして十数秒は経ったはずなのだが。封獣が何の反応もしないのは、いささか変だ。

 俺は一旦、封獣から離れようとすると。

 

「ぐぇっ」

 

 逆に彼女から、力いっぱい抱きしめられてしまう。あまりの強さに、肺が締められる。

 

「八幡からハグしてくれたの初めて……もう絶対離さない……」

 

「ほ、封獣、さん?」

 

 彼女は伏せていた顔をゆっくり上げる。彼女の表情は、恍惚とした表情であった。頬には赤みを帯び、瞳も潤んでいる。心なしか、息も少し荒い。

 すると彼女は突然、小さく呟き始めた。

 

「…私だけ特別なんだ。そうだ、八幡にとって私は特別なんだ。あの女達も、八幡から抱きしめられたことないはず。私だけ、私だけが八幡の特別なんだ……」

 

「…やっべ」

 

 こりゃあ逆効果でした。これ逆に、彼女の感情を爆発させる起爆剤だったりしたのか?真のボマーは俺だったのかよ、笑えねぇ。

 

「ほ、封獣さん?そろそろ離れようか?ね、ね?」

 

 俺は暴走する前に、封獣から一旦距離を取ろうとするも。

 

「やだ。八幡からハグしてくれるのなんてなかった。もう離れたくない。私、やっぱり八幡がいないと生きていけないよ」

 

「や、あのね?ちょっと聞いて?」

 

「この際、セックスなんて後回しでいいや。今日一日、ずっと、ずーっと私を抱きしめていて。八幡の温もり、私に感じさせて」

 

 ダメだ聞いてくれねぇや。

 まぁ性行為まではいかなくなったから良かった……のか、これ。なんかこれはこれでだいぶまずいんじゃね?

 

 封獣は離れる素振りを一切見せない。その時、俺のケータイから着信音が流れ始める。ポケットに入れていたケータイを取り出し、着信相手を確認すると。

 

「小野塚先輩か…」

 

 そう呟いたのが悪かったのか、俺を抱きしめていた封獣はすぐさま俺からケータイを取り上げて、遠くへと投げる。

 

「ちょ、おい。あれ俺の」

 

「ダメ。私以外に他の女と電話なんてダメだから。今は私だけを見て。私だけを考えて。私だけを気にして。私だけを感じて。私と八幡の間に、余計な女を入れないで」

 

「うっ…」

 

 彼女はしばらくの間、俺の身体に顔を(うず)めた。俺は封獣の力の強さに、解ききれずにいた。

 

「私だけ……私だけが特別……八幡の特別は私だけ……」

 

 多分、選択肢を間違えたのかも知れない。

 彼女が性行為をせがんでくることを阻止したのは、良かったと言える。しかし、彼女の想いは変わらない。それどころか、彼女の依存度をまた深めてしまった。

 突き放すのが怖くて、安易に取った行動がこれだ。きっと、封獣に懐かれた時点で、既にゲームオーバーだったんだ。

 

「…ていうか、この状況どうしよ」

 

 封獣がいつまでここにいるかなんて知らないし、もしかしたらこいつこのまま泊まる気なのかも知れない。

 いやいやいかんいかん。そんな状況になれば、まず間違いなく俺の人生が終わる。今、封獣に正面から抱きしめられているのだが。

 

 先程の彼女のセリフ、覚えているだろうか。

 

『私、ブラしてないんだ』

 

 彼女の女性を象徴する柔らかいものが、服越しとはいえダイレクトにしっかり当たっているのだ。ただでさえ、今の俺の理性は爆発しそうなのに、こいつが泊まるってなってしまったら。

 多分こいつは遠慮なく俺を襲うだろう。そうでなくても、寝込みを襲われてしまう。

 

 故にこいつが泊まったら、それは強制封獣ルートとなってしまう。とりあえず、今から俺の脳内は小町で埋めなければならない。他のことを考えることで、なんとか理性を抑える算段だ。

 

 小町が1人、小町が2人、小町が3人、小町が4人…………待って天国かよ。小町が1人いるだけでも最高なのに、多数いるとか最高かよ。

 この調子でいこう。小町が5人、小町が6人、小町が7人、小町が8人……。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 

 

 あれから4時間が経った。俺達二人は、そのまま寝てしまっていたのだ。

 小町を数え過ぎたせいで、睡魔が襲ってきたのだ。封獣に至っては、知らんうちに寝ていた。まぁ見た感じ、何もなかったから良かったけど。

 

 すると、再び着信音が流れ始める。俺のケータイではなく、今度は封獣からである。

 

「…おい、起きろ。電話来てるぞ」

 

 しかし、彼女は一向に起きようとしない。仕方なく俺は、テーブルの上に置いてある封獣のケータイを取り、着信相手を確認した。

 

「…聖さんか」

 

 知らんやつなら尚更起こさなきゃならないが、聖さんならばまだ知人である。俺は封獣の代わりに、電話に出る。

 

「…もしもし」

 

『あれ?比企谷さん、ですか?あれ?これ、ぬえのケータイですよね?』

 

「あ、あぁ、封獣は今爆睡中なので……用件があるなら起こしますけど」

 

『あぁ、そういうことでしたか。…あの、ぬえに早く帰って来いと言ってくれませんか?前のことがあるから、心配で心配で……』

 

「そういうことなら……」

 

 俺は少し強めに、封獣の身体を揺らす。彼女は目が覚めたのか、ゆっくりと瞼を開けながら大きく欠伸をする。

 

「…あ、八幡。なーに?」

 

「ん、これ」

 

 俺は封獣にケータイを返す。

 

「…ケータイ?…あぁ、聖からか……もしもし」

 

『遅いですよ。早く帰って来てください』

 

「やーだ。今日、八幡の家に泊まるから」

 

「what?」

 

 おっと。話の流れが読めないあまりに、反射的に英語が出ちまった。

 今の封獣の言葉に、聖さんは納得するわけがなく。

 

『ダメです。帰って来てください』

 

「その通り。さぁ帰った帰った」

 

「やだ。今日一日は、八幡とずっといる。この三日間、会えなかったんだから」

 

『はぁ……。比企谷さん、貴方からもなんとか言ってくれませんか?』

 

 いや諦めんなよ。どうしてそこで諦めるんだよ。ネバーギブアップでしょうが。

 

「嫌だから。八幡と離れたくない」

 

「…学校でまた会えるじゃねぇか」

 

「それまで我慢したくない。八幡が隣にいないだけで、すっごく不安なんだってことが改めて分かった。だから、私は離れない」

 

 あのハグは逆効果だった。なら、いっそのこと脅してやればいい。

 

「…そうか。でもな、俺聞き分けが悪いやつ大嫌いなんだよ。都合の良いことだけは聞いて、都合が悪いことは聞かない。そんなやつが一番腹立つんだわ」

 

 そんな嘘をペラペラと並べていくと、封獣の表情は一気に真っ青になる。

 

「…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!八幡に嫌われたら私、どうしたらっ……!」

 

 彼女の表情は絶望そのものだ。女子にこんな顔させるのは気が引けるが、ここは押し通すしかない。

 

「…でも逆に、聞き分けが良いやつは嫌いじゃないな」

 

「わ、分かった。帰るっ、帰るから嫌わないでっ!八幡に嫌われたら、私生きていけないっ…!」

 

 この慌てようはどうだろう。中途半端な対応が、彼女を更に依存させている。元々、そういう傾向の人間なんだろうが、これはマジでやばい。

 今日の封獣を見て、改めて分かった。俺には、彼女の依存性を治すことは出来ない。むしろ、彼女の依存性を後押ししている。

 

「…まぁ、そういうことなんで」

 

『ぬえは本当に比企谷さんのことが好きなんですね』

 

 そんな甘いもんじゃないと思うけど。

 

『では、私が直接そちらに伺ってもよろしいでしょうか?』

 

「あ、分かりました」

 

 どうやら聖さんが車でこちらに来るらしい。聖さんに住所を教えて、一通りの通話を終えた後、封獣に返した。

 

「…私、帰るから。八幡に嫌われたくないから」

 

『えぇ。私がそちらまで伺うことになりましたので、ぬえは比企谷さんの家で待っていてください』

 

 封獣は聖さんとの通話を終えて、ケータイをポケットに直す。すると、彼女は縋り付くようにこちらに寄ってきた。

 

「私、帰るから。これで八幡、嫌いにならないよね?私のこと、嫌いにならないよね?」

 

 先程のことが、あまりにショックだったのか、封獣はこちらを見てそう尋ねる。そんな彼女の瞳は、焦点が合っておらず、言葉通り目が死んでいた。

 

「お、おう……。つか、誰もそんなことで嫌いにはならねぇよ」

 

「じゃあ、嘘、だったの…?」

 

「まぁな。聖さんはお前のことを心配してたし、急に俺の家に泊まるって言って、はいそうですかってならんだろ」

 

「な、なんだぁ……良かった…。私、嫌われてないんだ…」

 

 嫌われていないということに安堵したのか、彼女は力なくこちらに寄りかかってくる。

 

「お、おい……」

 

「嘘ついたからこのままにして。聖が来るまで、八幡と離れたくない」

 

 封獣は俺の服をぎゅっと掴んで、俺の胸に顔を埋める。これが普通のラブコメ展開ならば良かった。

 しかし、俺の青春ラブコメは間違っているのだ。つまり、これも間違っている。

 

 少し経つと、チャイムが鳴る。おそらく、聖さんが来たのだろう。

 

「…ほれ。お迎えだ」

 

 封獣を連れて、玄関のドアを開ける。家の前には、車で来ていた聖さんが立っていた。

 

「あ、比企谷さん。その節はありがとうございました」

 

「いえ…」

 

「ぬえ、早く帰りますよ」

 

「……分かった。ばいばい、八幡」

 

 封獣は不貞腐れながら、車に乗り込んだ。

 

「今日はうちのぬえがご迷惑をおかけして、すみませんでした」

 

「別に、大丈夫です」

 

「では、私達はこれで。お邪魔しました」

 

 聖さんは車に乗り込んで、運転席に座る。エンジンをかけて、車を発進して、我が家から去って行った。

 

「…はあああ……」

 

 俺は大きくため息を吐いた。

 聖さんから電話が来て良かった。あのまま耐え切れる自信はなかったかも知れないからな。

 

「やっぱ怖いわ」

 

 そう一人で呟き、家の中へと戻っていった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。