やはり東方の青春ラブコメはまちがっている。 作:セブンアップ
啖呵切ったのはいいが、ぶっちゃけると何をすればいいか分からない。精神的な病を俺が治すとか不可能だし。とりあえず、フランドールと話を交わさなきゃ分からないままだ。
俺は広い館の廊下をあちらこちら歩きながら、先程見つけた大図書館の更に地下に繋がる階段へと向かった。歩くこと10分して、ようやく辿り着いた。
「…ここだな」
誰もいないかと周りを警戒して、謎の階段に足を踏み入れた。降りて行くにつれて、段々と薄暗くなる。階段を降り、壁に触れながら歩いていく。すると、重々しく見える扉が見えて来た。
「…これか」
流石にいきなり入るのは失礼だと思い、扉にノックをする。しかし、何も返って来ず。何度かノックをするが、うんともすんとも言わない。
「…仕方ない」
寝ていたなら戻るし、いなかったとしても戻る。
俺はドアノブに手をかけて、扉を開ける。開けた先に広がるのは、荒んだ部屋の風景だった。
割れた鏡、千切られたぬいぐるみの数々、そして、返り血のようなものがそこらじゅうにこびりついていた。
部屋の真ん中には濃い黄色の髪を持ち、その髪をサイドテールにまとめ、その上からナイトキャップと呼ばれる帽子を被った、華奢な女の子が立っていた。
「…だぁれ?」
「…紅魔館の執事になってしまった、比企谷八幡だ」
「ヒキガエル・ハイマン?」
「違ぇよ。なんだその奇妙な名前の外国人は」
ていうか小学の頃の俺のあだ名を、何故こいつは知っているんだろうか。
「…フランドール・スカーレットだな」
「私のこと知ってるんだ」
「まぁな。それより、さっきまで何してたんだ?」
「お人形遊び。でも、すぐ壊れちゃう。こんな風にね」
そこらに転がっていた、熊のぬいぐるみであろうものを拾って見せつける。片手片足がもぎ取られ、目もくり抜かれていた。
「毎日毎日同じことの繰り返しでつまんない。誰もこの部屋には来ないし、来たとしても咲夜やお姉様がご飯届けに来る程度だし」
「ずっと引きこもるのも考えものだな」
何年も地下に幽閉されていたんじゃ、気が狂いそうになる。最低限の生活は出来るが、それでも自由とは言い難い。確かに身を守るのには最善の策だろうが、これはこれでストレスが溜まって違う精神病を患う可能性もある。
「まぁとりあえず、なんかして遊ぶか。何する?」
「…遊んでくれるの?私、きっと危ないかも知れないよ。気づいたら周りがめちゃくちゃになってるし」
「お前より余程危ないやつ知ってるから大丈夫だ。それで、何する?」
「んーっとね、じゃあ最初は……」
それから俺達は、限られた中で遊べることを片っ端から遊んだ。かくれんぼだったり、だるまさんがころんだだったりと。なんだかんだで、幼い子供のようだと安堵し切っていた。
彼女が豹変するまでは。
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「八幡に教えたのですか!?」
「えぇ。どのみち知ることになるだろうし、彼に隠し事は出来ないわ。すぐに見抜かれていたようだし」
お嬢様は何を考えているのだろう。紅魔館に来て初日の八幡を、フラン様に会わせるなんて。
「私もね、八幡にそんなことはさせたくなかったわ。興味本位で連れてきたけれど、フランに会わせれば八幡もただではすまない。けれど、彼がこう言ったの。自分は紅魔館の執事で私の従者だから、主人の悩み事はスパッと解消するもんじゃないんですかね、って」
「八幡……」
「とことん情けなくなるわ。紅魔館の主人である私が、一般人に助けてもらうだなんて」
八幡は無事なのだろうか?もしかすれば、早々にフランお嬢様に危害を加えられているかも知れない。
「…私も行きます。私も紅魔館のメイドで、レミリアお嬢様の従者です。主人の悩みは私の悩み。八幡だけ行かせて、指を咥えて待つなんて出来ません」
「…そうね。…私も行くわ。これを機に、私も改めてフランに歩み寄らなければならないわ」
私達は、フランお嬢様が住んでいる大図書館の更に地下へと向かった。
八幡……無事でいてくれているといいのだけれど。
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子供の体力とは無尽蔵なのだろうか。今までの鬱憤が溜まっていたのか、次から次へと遊び倒す始末。
「…次は何する?」
「次はね……」
突然何かがあったわけではなかった。しかし、フランドールが見せた表情は、先程の天真爛漫のそれではなく。
「…大乱闘ごっこ」
まるで、今から殺戮でも起こすと言わんばかりの表情。口角が吊り上がり、鋭い八重歯を見せつけ、瞳孔を大きく開き切る。
「八幡は私と遊んでくれるんだよね?じゃあさ、大乱闘ごっこに付き合ってよ。どっちかが壊れるまで終わらない」
「…やっべ」
ジリジリとこちらに近づいてくる。彼女の伸びた鋭い爪が、凶器にしか見えてならない。
「なんで逃げるの?私と遊んでくれるんでしょ?逃げてちゃあ、大乱闘ごっこにならないよッ!」
フランドールは突然、俺に飛びかかる。ナイフを突きつけるように、鋭い爪を俺に向けた。俺は間一髪のところ、フランドールの突撃をかわした。
「あはははッ!ナイス回避〜!でも、反撃しなくちゃ勝てないよねェッ!」
フランドールは続けて突撃してくる。爪を突きつけようとしたり、引っ掻こうとしたりと、爪を使って攻撃してくる。俺はない体力を使って、必死にフランドールの攻撃をかわす。
後これ、バトル系の小説じゃないんだけどね。
「むぅー!八幡逃げてばっかでつまんなーい!」
流石に反撃するわけにはいかない。しかし、フランドールは今、暴走している。普段と変わらなさそうだが、通常よりも更にハイになってやがる。
「八幡ってさ、すっごく肌が綺麗だよね。白くてすべすべしてそう」
「美肌系男子なんでな」
「でもさァ……私、そういうのを傷つけちゃいたいんだよねェ!ううんそれだけじゃ足りない!八幡を壊したい!ぐっちゃぐちゃにさァ!ねェ、いいでしょ!いいよねェ!!」
フランドールは再び突撃してくる。絶え間ない攻撃で、俺はかわすのだけで精一杯だ。対して、フランドールの無尽蔵の体力と脅威の身体能力。俺にとって最悪の相手と言ってもいい。
「ちょ、一旦休憩しない?」
「大乱闘に待ったなしだよッ!」
カッコいいこと言うじゃないか。それが殺意剥き出しじゃなけりゃ良かったんだけどね。
こうなりゃ、一か八かの捨て身作戦に出るしかない。
フランドールが突撃してくると、俺はあえてかわさずにそれを受ける。そのまま勢いよく、フランドールに押し倒されてしまい、馬乗りの状態となってしまう。
うわ、なんだかエッチい。とか言ってる場合ではなく。
「捕まえた〜。最初はどこから壊して欲しい?腕?足?頭?」
「…お前、壊すのが好きなのか?」
俺はフランドールに尋ねる。フランドールは嬉々とした表情で、返してくる。
「好きだよ、大好き!壊した
「なら好きにしろよ。煮るなり焼くなり壊すなりな」
フランドールから逃げ続けたところで、状況は変わらない。反撃するのは論外。なら俺が手を取れる行動は、あえてフランドールの攻撃を受けることだ。
「…なんだかつまんない。もっと怖がってよ。怖がった八幡が見たいの。ね、だから怖がって?」
「お前より怖いやつなんて周りにいるから慣れてる。…それに、さっきお前言ったな。壊すことが好きだって。俺からしてみれば、嘘をついているようにしか見えないんだがな」
「な、何を言ってるの?楽しいに決まってるじゃん。いい加減なこと言うと、首絞めちゃうよ?」
「ならやれよ。壊したいんだろ?」
「ッ………ああああァァッ!!」
フランドールは雄叫びを上げながら、俺の首に両手をかける。首が絞まる感覚と、彼女の長い爪が食い込む痛みが鮮烈に感じる。
「…どう、だ……?…楽しい、か……?」
「あっ……!」
すると、彼女の両手に加わった力が緩む。その瞬間、俺は咳き込んでしまう。
「ゲホッ、ゲホッゲホッ!」
マジで死ぬかと思った。少女の力だと思って軽視していたが、男子顔負けの握力を持っていた。後少ししたら、天に召されていたかも知れない。
「…な、なんで……壊すことが楽しいはずなのに……」
フランドールはあり得ないといった表情で、自身の両手を見つめる。俺は息を整えて、フランドールに話す。
「…大乱闘ごっこになってから、お前は明らかに変わった。殺意剥き出しもそうだが、楽しそうにしていた表情が一変して、悲しそうな表情になっていた。生憎と、人間観察は得意なんでな」
「あ、あ……」
「これは俺の仮説だし、違う可能性もあるだろうからそれはそれで否定してくれていい。……お前、本当は壊したことをしっかり覚えてるよな」
「ッ!」
俺の言葉にフランドールはビクッと身体を震わせる。どうやら当たりのようだ。
「破壊衝動に駆られたお前は、自分が壊したのではないと思いたかった。だから周りにも、そして自分にも嘘をついた。そうすれば、自分が意図して壊したわけじゃないと思い込ませることが出来る」
「……」
「でも、フランドールの中にある破壊衝動は、何度も駆り立てられてしまう。その度に壊して、自分は嫌な思いをする。だからお前は、いっそのこと破壊することを楽しもうとした。自分は本当は壊すのが大好きな人間だと、そう思い込みたかった」
「…わ、私は……」
これがフランドールの精神的な病の正体だ。彼女が破壊衝動を備えていることは本当なんだろう。一番最初に壊した際、記憶が曖昧だったのは混乱した結果の可能性が高い。
最初からフランドールは覚えていた。でも、幼い彼女はパニックで、自分は悪くないと言いたかったのだろう。小さい頃なら、身に覚えがあっても自分は悪くないと嘘をついて自分の身を守りたいからな。
「…本当は、壊したくなかったんだろ?」
「…わ、私っ……。本当は嫌だった……壊したくなんてなかった……。でも、逆らえなくて……壊すことを楽しまなきゃって思って……」
彼女は涙をこぼしながら、真実を述べていく。
「…覚えてた……周りを壊したことも、パチェを殺しかけたことも……。…でも、私がしたんじゃないって思いたかったっ……私は悪くない、私は何もしてないって……!そうしなきゃ、嫌われちゃう……」
彼女もまた、苦悩し続けていたのだ。自分の中に秘められた破壊衝動によって。
「…壊そうとするなら十六夜や紅が止めるし、最悪、俺もお前を止める。遊び相手が欲しいなら暇人を連れてきてやる」
「あ…あ……」
「小学生の頃にそんなショッキングなことがあったら、そんなもん俺だって嘘をつくわ。お前は別に、悪いことはしてないんだし」
「あ…ああ……」
「……だからもう、嘘はつかなくていい。無理に楽しむこともしなくていい。誰も、お前を嫌ったりはしない」
「…は…八幡………わああぁぁぁっ!!」
フランドールは泣きながら、俺にしがみついてくる。俺は妹を慰めるように、頭を撫でる。フランドールは、俺より過酷な人生を送っていた。
本当に、世界というのは残酷なものだ。
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彼女は
「…八幡はさ」
「ん?」
「なんでここまでしてくれたの?私が様子がおかしいって分かってたんなら、さっさとこの部屋から出て行けば良かったのにさ」
「……俺にも妹がいるんだよ。我儘で、俺に対してめっちゃ辛辣でな。時折、ごみぃちゃんとか言われるんだわ。小さい頃に家出もしてな、迷惑かけられたりしたよ」
「そうなんだ……」
「でもあいつは、小町はさ。俺が嫌な思いをしてもあいつだけが支えてくれたんだ。俺のことどう思ってるかは知らんけど、あいつがどれだけ迷惑をかけようが我儘を言おうが、あいつは俺の大切な妹だ。そこは変わらん」
正直、小町がいるから今の俺がいる。あいつの元気な姿が、俺を元気にしてくれる。あいつは大切な妹だ。
だから小町に這い寄る虫は俺が駆除するからな分かったかコラ。
「でも、私関係ないよね?」
「まぁな。だがまぁ、なんだ?……千葉の兄は、妹って存在に甘いからな」
キリッ。
ほーらカッコよく決めちゃった。あーあ恥ずかしい。後で布団の中で悶えちゃうじゃない。
「……じゃあ、さ」
「ん?」
フランドールの瞳を見ると、なんだかうるうるしている。加えて、頬を赤らめている。
「私のお兄様に、なって?」
「…………ふぁっ!?」
このロリちゃんは一体何を言っているんだろうか。
「私、お兄様が好きになったの。だから、私のお兄様になってよ。その妹みたいに、私も大切にして?」
「ざ、残念だが俺の妹は小町だけだからな。そんな急に言われても…」
「やだ!私もお兄様の妹になりたい!私もお兄様が欲しい!」
「って言われてもなぁ…」
ぎゃーぎゃーと駄々を捏ねるフランドール。それをなんとか落ち着かせようとする最中、フランドールの部屋が開く。
「フラン…」
「…お姉様」
スカーレット先輩と、十六夜がやってきた。スカーレット先輩は、フランドールに微笑む。
「…八幡と、仲良くなれたようね」
「…うん。だって、今日から私のお兄様になるんだもん。私とここで、ずっと一緒に暮らすもんね?お兄様」
「…それはさて置き」
置くなよ。ツッコめよそこは。
「…フランのことが心配で見にきたのよ」
「わ、私のことが心配?だ、だって、私を閉じ込めたのは、私が危ないからでっ…!危ない私を嫌ってっ…!」
スカーレット先輩の言葉を否定するフランドール。
「…それは違う、フランドール」
「お兄様……?」
「実はお前の話を聞いたのは、お前の姉からだ。普段を知らないからなんとも言えないが、スカーレット先輩はお前のことを心配していたよ。なんなら、幽閉したことを悔やんでもいた。本当に、これが正しかったのかって」
「お姉様が、私の心配…?う、嘘だよ!そんなの絶対嘘だ!わ、私が危ないから幽閉したんでしょ!?私のことが嫌いだから!」
「違う。言っただろ?この館にいる人間は誰もお前を嫌ってなんていない。…スカーレット先輩は、お前のことを考えていた。お前が誰かを壊したりすれば、お前はパニックに陥ると考えた。妹にそんな思いをさせたくないために、スカーレット先輩は閉じ込めたんだ。…ただ、まぁ……」
「?どうしたの、八幡?」
この話が拗れた部分があるとすれば、おそらく。
「…フランドールの記憶は鮮明だったんだよ」
「えっ…?」
その言葉に、スカーレット先輩と十六夜は目を見開いて驚く。
「どうやら壊したことや殺しかけたことをしっかりと覚えているんだそうだ」
「じゃあ、なんで覚えてないなんて……」
「壊したことを認めたくなかったからだ。小学生だったフランドールは、破壊衝動に駆り立てられ、周りを壊し、更にはノーレッジ先輩まで殺しかけた。そんな辛い現実を、フランドールは受け止めきれなかった。だから嘘をつくことで、少しでも気が楽になりたかったんだ。自分は悪くない、悪いのは勝手に自分を動かしたもう一人の自分、だってな」
早い話が、フランドールが嘘をついた結果、スカーレット先輩は記憶が曖昧だと信じ込んで、フランドールのためを思って幽閉したってことだ。
そのことをフランドールが気づかずに、自分が危険因子だと、嫌われたんだと判断されたから、幽閉されたと思い込んだのだ。
「…フランドール。スカーレット先輩は、ずっとお前のことを気にかけていた。お前の身を案じて、お前を心配して、お前のために幽閉したんだ。決して、危ないから、それで嫌いになったからって理由はない。そこは分かってやってくれ」
「私の、ために……?」
「スカーレット先輩。確かに幽閉する策が最善だったかも知れないですけど、姉なら妹に寄り添うって手もあったんじゃないんですかね。フランドールにとっては、あんたがただ一人のお姉ちゃんなわけなんですし」
「そう、よね……。八幡の言う通りだわ……」
「……まぁあれです。真実も判明したわけなんですし、これから幽閉する必要はないんじゃないんですか?もしまた暴れ出したら、また止めればいい。その時は、周りにいる十六夜や紅に頼ればいいんじゃないですかね」
「そうですよ。私はレミリアお嬢様、フランお嬢様の従者です。迷惑だと思わず、私や美鈴を頼ってください」
「そう、ね……。…えぇ、そうすることにしましょう」
フランドールの破壊衝動が治ったわけではない。しかし、フランドールとスカーレット先輩の間の溝を埋めることくらいは出来ただろうか。
「…折角ですし、姉妹でゆっくり話したらどうですかね。色々、積もる話があるでしょうし」
「えぇ、そうさせてもらうわ。…ありがとう、八幡」
俺と十六夜は、フランドールの部屋から退出していく。兄妹や姉妹は、やっぱり仲良くするのが一番である。これを機に、彼女達が再び仲睦まじい姉妹に戻ることを、陰ながら祈るとしよう。
階段を上がって、俺と十六夜は廊下を歩いていた。
「…八幡には迷惑をかけたわね。お嬢様の無理矢理な連行に、フランお嬢様のことまで……」
「別に気にする必要はねぇよ。…なんせスカーレットお嬢様の従者だからな。無理矢理だが」
「…ふふっ。なんだかんだで、やっぱり優しいのね。八幡は」
「…そんなんじゃねぇよ」
そんなんじゃない。従者だから動いた、それだけだ。そこに優しさなんて存在しない。
あー、疲れた。