やはり東方の青春ラブコメはまちがっている。 作:セブンアップ
「…んん、ん……」
目を覚ますと、そこは知らない天井……ではなく、旅館の部屋の窓から差し込むような太陽の光はなく、朝であるにも関わらず暗い天気である。
そして。
「…んぅ……ん…」
「え」
俺のすぐ隣に、霧雨が眠っていたのだ。いや、霧雨が隣で寝ているから間違いではない。そうではなく、自分の布団のスペースから俺の布団のスペースに入り込んできていたのだ。
しかも今気づいたことがもう一つ。
霧雨にしがみつかれて動けない。
かろうじて顔だけが動かせるのだが、身体全てが霧雨に拘束されているので身動きが取れない。
寝相が悪いって言っても限度がある。俺の布団のスペースに転がってきて、挙げ句の果てに俺にしがみつく。しかも、霧雨の浴衣がやや着崩れしており、彼女の綺麗な肩が見えてしまっている。
要するに何が言いたいか。
「これヤバくない?」
時間的にはもう朝なんだろう。スマホで時間を確認しようと思っても、霧雨が邪魔で使えない。
「八幡……」
「!?」
唐突に、霧雨から俺の名前が。
「UNOって言ってなーい……」
昨日散々UNOしただろ。夢の中でもUNOしてるのかお前。
しかしどうしたものだろう。博麗に見つかったら終わりだし、霧雨本人が起きても終わり。マーガトロイドがこの状況を冷静に見てくれそうなんだが。
二度寝ということも思い当たったわけだが、目がすぐ冴えてしまって二度寝出来ない。こうなれば、無理にこの拘束を抜け出すしかない。そう決めた俺は、霧雨が俺を無理矢理拘束している両腕を解き、なんとか抜け出すことが出来た。
「…朝から寿命が縮められた」
やっぱり女子と同じ部屋で寝るのはキツい。そんなぐっすりおねんね出来る余裕がない。俺は枕元に置いてあるスマホを持って、部屋から出て行く。
「はぁ…」
部屋から出たものの、行く当ては全くない。適当に廊下を歩いていると、とある部屋から彼女が出てくる。
「あら、八幡。おはよう」
「…十六夜か」
髪を下ろした十六夜が部屋から出てきた。
「どうしたの?こんなに早起きするなんて。まだ5時半よ」
「…たまには早起きもいいかなって思っただけだ」
「ふうん…」
嘘である。後1時間ぐらい寝たかったまである。
「ねぇ八幡」
「…なんだ?」
「今週末、何か予定ある?」
いいか皆の衆。女子の言う「予定ある?」は高確率で面倒事に違いない。荷物持ちとか、そういうの。
「ある。アレがアレで忙しいから無理だ」
「何一つ情報が入ってこなかったけど。要するに暇ね」
聞けよ人の話。忙しいっつってんだろ耳あんのか。
「土日のどちらかでいいわ。また紅魔館にきてくれないかしら」
やっぱり面倒事だった。
確かにまた紅魔館に行くとは言ったけど、紅魔館に泊まってからまだ3、4週間ぐらいしか経ってない。
「フランお嬢様が、八幡に会いたがっているの。ほら、この間フードコートで私とレミリアお嬢様に出会ったでしょう?そのことをフランお嬢様に話したら、"お姉様と咲夜だけズルい!私もお兄様に会いたかった!"と言っていて…」
フランドールは、封獣のように情緒が不安定な人間である。フランドールの暴走を止めて以来、異常に好感度が上がって懐かれてしまった。去る前日なんて、レミリアお嬢様が部屋に来なかったら八幡のハチマンが奪われるとこだった。
「ダメかしら?」
もし、今ここで断ってそれがフランドールに伝わったら。フランドールはおそらく行動力に長けている。だから学校に来て拉致るくらいやりかねない。
何より、俺が出会ったやつらは常識が通用しない。
「言っとくけど、泊まりは無しだからな」
「…やっぱり、優しいわね。八幡は」
十六夜はそう微笑む。
これは優しいとかそういうのじゃない。平穏な生活を守り切るために、そうしてるだけだ。誰のためでもない、俺のためだ。
「そういえば、これどこ向かってるんだ?」
「…さぁ?」
なんとなく十六夜と旅館の廊下を歩いているが、行き先を決めていなかった。
「起床時間までまだ時間あるし、エントランス辺りでゆっくり寛がない?」
「…おう」
十六夜の提案により、エントランスでゆっくりすることになった。エントランスに向かうと、他の生徒はまだ寝ているのか、受付の人間以外誰もいない。エントランスに設置されているソファに座って、俺達は寛ぎ始める。
「…暇ね」
「そうだな」
十六夜と特に話すことがない。別に気まずいとかそんなのはないが、話すネタがない以上会話を打ち出す必要はない。
「…そういえば、昨日貴方達妙なゲームをしていたわね。確か……"愛してるゲーム"…だったかしら」
何故お前がそのことを掘り下げてくるんだよ。お前ちゃっかり聞いてたのかよ。
「…だからなんだ」
「どうせ暇だし、私としない?」
「絶対嫌だ。もうやりたくねぇよあんなクソゲーは」
カップルでやるならまだしも、クラスメイト同士でやるには少々刺激的なゲームだ。女子同士、あるいは男子同士ならまだ100歩譲って許されるだろう。しかし、男女でこのゲームはアウトだ。
何故なら、かなり恥ずかしい思いをするからである。
「確か相手に好意を告げて、辱めた方がいいのよね」
「だからやらんって」
「八幡」
十六夜は急接近し、俺の耳元で熱い吐息と共に。
「愛してるわ」
「ッ!」
微塵の遠慮もなく、十六夜はそう囁いた。囁いた十六夜は、してやったりと悪戯っぽく微笑む。対する俺は、嘘だと理解しているのに過剰反応してしまう。
顔が熱い熱い。
「あら、顔が赤いわね。これで私の勝ちってことかしら?」
「ざっ、けんな…!不意打ちだろ今の…!」
「知ってる?バスの座席、私貴方の後ろだったの。昨日もこんな風に囁かれて、顔を赤くして……本当」
再び十六夜が顔を近づけて。
「可愛いわ」
「ッッッ!?」
更に顔が熱くなり、とっさに囁かれた耳元を押さえてしまう。
「ふふふ…。八幡っていいリアクションするから、いい退屈凌ぎになるのよね」
こいつを見ていると、あの夜のレミリアお嬢様を思い出してしまう。主人に従者が似るとかタチ悪ぃよクソが。
「思春期男子の純情な心を弄んで楽しいのかお前…」
「なんだか嗜虐心が芽生えそうな程ぐらいは楽しいわよ。八幡の周りには女が沢山いるのに、未だに女慣れしてないのね」
「するわけないだろ。そもそも女慣れどころか男慣れすらしていないまである」
「それ単なる人見知りじゃない」
それもそうだ。
だがしかし、別に俺は人見知りではない。初対面で話しかけられるとキョドってしまったりするが、誓ってこれは人見知りではない。俺は誰とも話さないだけで、話せないことはない。OK?
「にしてもお前ドS体質だったのな。日常会話で嗜虐心が芽生えるとか今日日聞かねぇぞ」
「私よりレミリアお嬢様の方がよっぽどサディストな気がするけど。八幡が紅魔館を去った後、突然お嬢様が"八幡って可愛いわよね"って言っていたわ」
「わけ分からん。どこがだよ」
「だから私も聞いたの。そうしたら、お嬢様はこう答えたわ」
『八幡ってクールぶっているけど、ちょっと耳元で囁くだけで可愛らしい反応するじゃない?あんな反応されてしまうと、もっと彼を虐めたくなるの。彼がどんな声で喘ぐのか、どんな表情で私を見るのか。それを考えるだけで、興奮してしまうわ』
「って、恍惚な表情でそう言ってたわ」
やばいやばいやばいやばい。
確かに初対面からちょっとヤバげな印象はあったんだが、いざ聞いてみたらとんでもない性癖の持ち主だよあのお嬢様。
「…俺やっぱり行きたくない。まだ俺死にたくない」
「大丈夫よ。流石のレミリアお嬢様も、
「ってことは将来やられる可能性あんのかよ。怖ぇよ」
「うふふ……」
姉妹揃って頭のネジが外れてる。姉は結構なドSだし、妹は重度の依存性だし。
もうこいつらに常識云々を物申すのはやめよう。頭と胃が痛くなるだけだ。
「あれ、八幡さん?」
「…お?」
こんな朝早くから、俺達の前に魂魄が現れた。
「おはようございます、八幡さん」
「おう。早いなお前。まだ今6時過ぎとかだぞ」
「普段から早起きなんですよ、私。…えっと、隣の方は…」
「八幡と同じクラスの十六夜咲夜よ」
「あ、これはどうも。私、C組の魂魄妖夢と申します」
魂魄って誰に対しても礼儀正しい。律儀に挨拶する辺り、教育者の教育が行き届いていることが窺える。
「良ければ、私も相席してよろしいですか?」
「えぇ、別に構わないわよ」
「では失礼して」
魂魄は俺の隣に腰をかける。
あのですね、俺の両サイドに女子が座っているのは結構心臓に悪いんですよ。両手に華とは正にこのことか。
アホらしい。どこのラブコメだこれは。
「にしても本当に早起きだな。普段からっつってたが、早起きして何してるんだ?」
「朝食の準備と、後個人的に特訓を少々」
「特訓?」
「私、剣道部に在籍してるんです。そのための特訓です」
「ふうん…」
それで朝早く起きるなら納得。
魂魄は努力家の一言に尽きる。休日も、空いてる時間があれば竹刀を振っていそうだ。
「私は部活動に打ち込む時間はないからね。館の掃除や夕食の準備だってしなきゃならないし」
「十六夜さんは、バイトでハウスキーパーなどを?」
「咲夜でいいわよ。バイトというか、そういう役割って言うのかしら。私、紅魔館でメイドやってるの」
「私も似たようなことをしているんです。
庭師ということは、おそらくではあるが魂魄の家は相当大きいと予想する。というか、俺の周りがデカい家持っているから、流れ的にそうかなって思っただけなんだが。
「庭師って、結構大変じゃないの?毎日の手入れとか…」
「いえいえ、慣れればなんともないですよ」
しかしこの二人、とんだ社畜の精神っぷりを見せている。俺なら一日どころか1時間でギブアップする。
「まぁ少なくとも、八幡には無理な仕事量ね」
「?どういう意味ですか?」
「私より体力がないもの。まぁ長年館のメイドを務めているから勝手に体力は付いているものだけど。そもそも彼、働いたら負けだなんて言っているし」
「八幡さん…」
「バカお前。今の世の中、働いた内容や時間の割には給料が合わないとかあるだろ。そんなブラック会社に騙されないために働かず、俺は専業主夫を目指しているんだよ。だからその呆れた表情やめて?」
働いたら負けだなんてセリフはないが、働いたら勝ちだなんてセリフだってない。逆説的に考えて、俺の考えは決して間違いではない。
誰か養ってくれねぇかな。
「まぁ、貴方のような人間を養いたいって物好きも世の中にはいるだろうけどね。見つけられる確率はかなり低いけど」
「う…」
「それってもう普通に就職した方が早くないですか?」
「ぐ…」
そんな両サイドから夢を壊すようなこと言わないでくれる?夢見させて?もう少しだけでいいから夢を見させて?
「で、でも…」
「ん?」
「…もし、就職するところがなくて困ったら……白玉楼で雇ってもいいですよ?」
何?何そのよく分からん表情は。なんでちょっと恥じらってるのん?今のどこに恥じらう要素あったのん?
「お、おう……まぁ最悪そうさせてもらおうかな…」
早くも就職先の候補を一つゲットしてしまった。
いやまぁ勿論、専業主夫を目指しますけど?この夢は揺らぎませんけどね?
「はいっ!待ってます!」
何これ可愛い。めっちゃいい笑顔。
「…そういうこと」
「ん、何が?」
「いいえ。貴方って、本当どうしようもない人間ね。いつか四方八方から刺されても知らないわよ」
「何その怖ぇ忠告は」
俺いつか刺されるの?俺結構人畜無害な人生を送ってきたのに。助けて小町。
「そろそろ起床時間ですね…。制服に着替えるので、私部屋に戻ります」
「もうそんな時間か」
「私達も一旦戻りましょうか」
そうして俺達は別れ、各々の部屋へと戻って行った。俺は自分の部屋をゆっくり開けると。
「戻って来たのね、八幡」
「あんた一体どこ行ってたのよ」
マーガトロイドと博麗が起床しており、二人は布団を畳んでいた。
「…気分転換にエントランスで過ごしていただけだ」
スリッパを脱いで部屋に入り、俺も布団を片付け始めた。しかし、俺達が布団を片付ける一方で、霧雨は。
「…Z……Z……Z…」
「これ本当に寝てんのか?」
寝言でZって言うやつ初めて見たんだけど。
「魔理沙、起きなさい」
マーガトロイドが優しく叩いて起こそうとするが、全く目覚める気配がしない。
「…ったく、ぐーすか寝てんじゃないわよ」
博麗は鞄から、
「…なんでそんなの持ってきているの?」
「妖怪に襲われた時用よ。寝込みを襲われないとは限らないからね」
準備万端なことで。
ところで、その言葉は俺に言ってるわけじゃないよね?なんかこっち見ながら言ってたけど、俺を退治する用の大幣じゃないよね?
「起きなさい」
博麗は遠慮なく、霧雨の額に大幣を勢いよく振るう。額が叩かれた音が部屋に響く。
「いってえ!?」
霧雨は悲痛な声を上げて、額を抑える。
「いったたた……何すんだよ霊夢!」
「あんたが爆睡するのが悪いんでしょ。さっさと起きなさい」
「だからって叩くことはねーだろ…」
霧雨は額を抑えながら、洗面所へと歩いていく。
「じゃあ次は八幡ね」
「ちょっと待て。俺お前に何もしてねぇ」
「何かされてからじゃ遅いからね。やられる前にやるのよ。さぁ覚悟しなさい」
「その理屈はおかしい」
今日もいつも通りの横暴っぷりですねありがとうございます。調子がいいですね博麗さん。
「八幡。もうそろそろエントランスで朝食のお弁当が配布されるだろうから、取りに行ってくれないかしら?その間に私達制服に着替えたいし」
そういえばこいつらと同じ部屋で寝泊まりしてたんだったわ。男子同士、あるいは女子同士なら何の気無しに着替えることが出来ただろうけど、流石にJKの着替えシーンに居合わせるわけにはいかないよな。
「…了解」
布団を畳み終えた俺は、再び部屋を出てエントランスへと向かう。エントランスに向かうと先程までいなかった先生達が弁当を配布している。弁当を貰うために、稗田先生に話しかける。
「先生、弁当貰いに来ました」
「おはようございます、比企谷くん。何もしていませんよね?」
「するわけないでしょ…」
そこまで非常識な人間じゃないよ俺。一応ちゃんとした常識は持ってるつもりだから。
「では8時に、またこのエントランスに来てください。それまでは、自由時間です」
「うっす」
俺は稗田先生から弁当を貰って、さっさと部屋に戻った。部屋に戻り、ドアを開けると。
「あ」
ドアを開いた先に見えた光景は、彼女達の下着姿であった。3人共々、顔を赤面させて、そして。
「このエロ妖怪がぁッ!!」
博麗が枕を手に取って、俺に投げつけた。両手が塞がっている俺には防ぐ術もなく、顔面に直撃。
「ぐぇっ」
やるじゃん、ラブコメの神様。
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私は今、3人の女子に見下されながら正座しています。
「いよいよこいつを祓う理由が出来たわ」
「ちょっと待て。あれは不可抗力だ」
「言い訳していいと思ってるの?ん?」
怖い怖い博麗怖い。今にも俺を殺しそうな目してる………のはいつものことだけども、普段より殺意マシマシだ。
「あーあ、私達の下着見たからにはただじゃ済まないぜ?ちゃんと責任取れよな」
「…そうね。故意ではないとはいえ、下着を見たことに変わりはないし」
んー四面楚歌。これはもう言い逃れも言い訳も何も出来ねぇや。
「じゃあこんなのはどうだ?一人一つ、八幡になんでも命令出来るってのは?」
「え」
「魔理沙、あんたたまにはいい知恵働かせるわね」
「ちょ」
「いいわねそれ。面白そう」
「ま」
「楽しみね。あんたにどんな命令してやろうかしら」
ダメだこいつら。人の話を全く聞こうとしねぇ。
いや、確かに不用意に部屋に入ったのは俺が悪いよ?けど、ちょっとこれはやり過ぎじゃない?死ねとかいう命令だったらどうしよう。
「乙女の下着を見た罪は重いのよ、八幡」
「覚悟するんだぜっ!」
もうどうにでもなれクソッタレが。生命に関わること以外だったらなんだってやってやる。自称パシられ検定1級の俺の従順っぷりを見せてやろうではないか。
「私はもう決まってるわ」
「頼むから死ねとかは無しだぞ」
「退治されたいなら遠慮なくするけど?」
博麗がなんかウキウキしてるんだけど。俺にそんな命令をするのが楽しみなの?
「合宿が終わってからの1週間、あんた私の下僕ね。家事掃除荷物持ちエトセトラ、私の神社に来てやってもらうわよ」
「ちょっと待て。それはセコくね?」
下僕ってことは、1週間こいつの命令に従わなければならない。本来、なんでも一つのはずなのに。
「は?あんた私に意見出来る立場なの?」
「や、そうじゃないけども…」
「私の命令は、あんたに1週間下僕になれって言ってんの。一応ルールは破っていない。下僕になってからの命令は、無効よ」
巫女がこんなセコいことしていいのだろうか。いや、まぁ確かにルールは破ってはいないけどさ。
「…ならせめて、今週の土日のどっちかは休みにしてくれないか?俺予定入ったんだけど」
「は?あんたに予定があるわけないでしょ」
「バカお前俺にだって予定ぐらいあんだよ」
「じゃあその予定を聞かせなさいよ」
「…紅魔館に、お呼ばれしました」
今朝の十六夜からの招待。行くって言ってしまった以上、断るのは申し訳ない。
「…チッ。じゃあどっちに行くか分かったら連絡しなさい。1日ズラすから」
「へぇ、優しいじゃない霊夢。貴女のことだから"そんな誘いさっさと断りなさい"ぐらい言いそうなのに」
「…単なる気まぐれよ。とにかく、合宿が終わればあんたは私の奴隷。分かったわね?」
「…分かったよ」
いいかお前達。JKの下着姿を見るという行為は、それほどの罪の重さを意味している。もし不可抗力で見てしまった場合、土下座だけでは済まないと思うことだ。
「いいなぁ。私もそういう命令にしよっかなぁ〜」
「待て待て。博麗で手一杯なんだ。その手の命令は無しにしてくれ」
もし博麗と同じ命令をされようものなら、俺の学校生活が破綻する。いや、既に紅魔館の件以来から若干破綻しつつあるんだけど。
「私も八幡に何をお願いしようかしら」
まだマーガトロイドは望みがある。この3人の中で、おそらく常識人だろうから。
「最近人形を造っていなかったし、
前言撤回。
なんてサイコパスなんだこいつ。普段と変わらない表情でとんでもないこと言ってきやがった。
「まぁ冗談だけれど。ふふ」
「おっかねぇ冗談だな」
これからどう関わっていいか分からなくなったぞ一瞬。あー怖かった。
「まぁ今すぐ何かして欲しいってことはないし、また後々にね」
「私も八幡に何命令するか考えとくぜ!」
なんならそのまま忘れてくれると助かる。こういうのって
そんな憂鬱な気分になりながら、今日も一日頑張りました。
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授業も終えて、再びこの旅館の売りである大浴場を貸し切りで満喫した。女子達より先に早めに上がった俺は、エントランスにある自動販売機で缶コーヒーでも買おうとしたそんな時。
「八幡、ちょっといいかい?」
珍しく、火焔猫が俺に話しかけてきた。しかしその様子はおよそ、久しぶりに話すような表情ではなく、何やら焦っているようだった。
「お空を見ていないかい?」
「霊烏路?見てないけど。…何かあったのか?」
「…さっきからお空を探してるんだけど、見つからなくてさ」
「風呂入ってるとかじゃねぇのか?」
「それはないよ。あたい、消しゴムを買い替えようと思ってコンビニに行こうとしたんだけどさ。お空が代わりに行ってくるって言って出て行ってしまったんだ」
「ならコンビニじゃねぇの?」
「だと思ってあたいもさっき行ったんだ。けどお空はコンビニにいなかったし、店員に聞いたら店から消しゴム買って出て行ったって。入れ違いならすぐ気づくはずなんだ…」
火焔猫の表情が段々と青ざめていく。コンビニに彼女の姿はなく、入れ違いになったわけでもない。店員曰く、コンビニからは出て行ったとのこと。
であるなら霊烏路は、失踪したということになる。
「…あいつに連絡は」
「こういう時に限って、お空のやつケータイを充電していたんだよ」
…これ、結構まずいかもな。
この旅館の周りは自然に囲まれている。近くには手入れされていない森だってある。旅館からコンビニはそこまで離れているわけではないのだが、霊烏路がコンビニを出て旅館に帰ってきてないとなると。
その手入れされていない森に入り込んだ可能性がある。なんで森に入ったのかは分からないが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「もしかしたら、お空に何かあったのかも……。お空がいなくなったら、あたい…」
「…火焔猫、今すぐ先生呼んで事情説明しろ。こういう時は大人の力がいるかも知れないからな」
最悪、捜索願を出さなきゃならんくなる。
「わ、分かった!」
火焔猫は先生達の部屋に向かい、走って行く。そんな彼女の後ろ姿を見送った俺は、旅館の出口に向かって外に出る。
「最悪だな」
外は暗く、そして強い雨が降っている。そんな荒れた天気を目の当たりにした俺は、思わず呆れ笑ってしまう。
「生きて帰れたらいいな…」
そんな縁起でもないことを呟き、俺は闇夜の雨の中を走って霊烏路を探しに向かった。