やはり東方の青春ラブコメはまちがっている。   作:セブンアップ

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ラブコメに、危険はつきものである。

「強くなってきたな」

 

 豪雨と言っても過言ではないレベルの雨が降り注ぐ。そんな中、俺は行方不明になった霊烏路を探し始めていた。

 闇雲に探しても見つからない。とりあえず一旦、旅館の近くにあるコンビニに向かうことにする。そこから、霊烏路が行きそうな道筋を予測する。

 

「…分からん」

 

 コンビニに到着したのだが、どう考えても迷わない道のりだったのだ。火焔猫曰く、霊烏路は究極の鳥頭だと言っていたのだが。

 まさか極度の方向音痴ってわけじゃねぇよな。原作でも、流石の雪ノ下でさえここまで酷くないぞ。

 

 …誰だ雪ノ下。

 

 コンビニの周りには、手入れされていない森と、俺達がバスで通ってきたやや険しい道路しかない。だから霊烏路が行くとするなら、森かバスで通ってきた道路だ。道路なら走って行けば追いつけるが、森の中なら捜索に時間がかかる。どちらか片方に時間を費やせば、その分霊烏路を見失う可能性が高くなる。

 故に、どちらかを選ぶしかないのだ。

 

「…クソッタレ」

 

 俺はとある事象を頼りに、森の中へと入って行く。

 何故森の中を選んだのかというと、ラブコメでそこそこありがちな舞台だからだ。主人公が森の中に迷い込んだヒロインを探すというシーンを、咄嗟に思い出したのだ。

 正直、これは賭けでしかない。ただ頼れるものがない以上、そういう架空の事象ですら必要な情報になるのだ。覚悟を決めた俺は、森の中へと入って行った。

 

 俺はスマホのライトを頼りに、霊烏路を探し始めた。しかし、雨のせいで森の中の地面がぬかるんでいて、異常に歩きにくい。

 

「霊烏路!どこだ!」

 

 俺は霊烏路の名前を呼ぶも、すぐに強い雨音でかき消される。だが俺は、繰り返し彼女の名前を呼び続けた。それでも、霊烏路の返事が聞こえないどころか、姿すら見えない。

 元々このバカ広い森の中を探すということ自体が無謀だった。大人しく救助隊を待てばいい話なのに。

 

「…馬鹿げてやがる」

 

 俺は更に森の奥へと足を踏み入れる。奥へ奥へ行く度に、退路を見失うような錯覚を起こす。フィクションの世界みたいに、通った道に何かしらの印を付けている暇はない。

 

「霊烏路!聞こえたら返事しろ!」

 

 俺が今出来るのは、彼女の名前を呼び続けることだけである。

 消しゴム買うだけで、なんでこんなわけ分からんところ入るんだよクソッタレが。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あーさっぱりしたぜー!」

 

「今日でこの大浴場で過ごす時間が最後だと思うと、なんだか名残惜しいわね」

 

 私達3人は、大浴場で疲れを癒した。浴衣に着替えて、自分達の部屋に戻ろうとするが。

 

「あれ、鍵開いてない」

 

 部屋の鍵が閉まったままだった。

 このドアはオートロック式で、内側からでしかドアを開けることが出来ない。

 

「さっさと開けなさい八幡。今なら半殺しで許してあげるわ」

 

 しかし、ドアの向こう側からは何の返事もない。

 

「まさか、寝てるのかしら?」

 

「なわけないでしょ。魔理沙じゃあるまいし」

 

 そもそも、風呂上がりにすぐ寝付くことが出来るほど疲れたことはしていない。たかだか長時間の授業を行なっただけ。

 

「もしかしたら、エントランスにいるのかも知れないぜ」

 

 八幡の人格なら、部屋に戻らないならその旨を私達の誰かに伝えるはず。変なとこで義理堅いとこあるし。

 

「とりあえず、電話してみるわ。あのバカがどこにいるか確認しないと」

 

 私はスマホを操作して、八幡に電話をかける。

 

『も……も…し…?』

 

 八幡は電話にすぐに出たが、何やら様子がおかしい。変に息は荒々しいし、八幡の周りが騒々しいせいで、ちゃんと聞き取ることが出来ない。

 

「…あんた今どこにいるの?ルームキーなかったら部屋に入れないんだけど」

 

『…りぃ…。すぐ……えれなさそう…わ』

 

「すぐ帰れないって、あんた本当どこにいるのっ…」

 

 すると、八幡からの通話が切れた。居場所確認すら出来ず、何のことだか分からずじまいだ。

 

「…どうしたの、霊夢?」

 

 変に息か荒く、そして周りが異様にうるさかった。あれは環境音、つまり雨音だ。

 ということは、八幡はなんらかの理由で外出していることになる。

 

「八幡はいるかい!?」

 

 そう考え込んでいると、同じクラスの火焔猫燐が焦った表情でこちらに走ってきた。

 

「八幡ならいないぞ?」

 

「何かあったの?」

 

「は、八幡がいないんだ!旅館の中探してもらってるけど、八幡()いなくなったんだ!」

 

 この女の言い方に、少し引っかかった。八幡()いなくなった?

 

「八幡は今、外にいるらしいけど」

 

「やっぱりか…!」

 

「?さっきからなんの話か全く分かんねえけど。どうしたんだ?」

 

「…お空が外に出て行ったまま帰って来なくなって…」

 

「!まさか、あのバカ…!」

 

 私は今の一言で全てを理解した。

 火焔猫燐が何故焦っているのか。何故八幡が見当たらないのか。

 

「何か分かったのか?」

 

「…八幡、多分そのお空とかいう女を探しに外に出てる。経緯は分からないけど、旅館にいないのはそのためよ」

 

「う…嘘だろ…?」

 

「確かに、八幡って変に他人に優しいからね。それぐらい、一人でやりかねないわ」

 

 自分一人で勝手に出て行って勝手に解決しようとするところが、あいつらしい人格だ。別にあいつがどうなろうが知ったことじゃないし、一人で勝手にするなら私は止めたりしない。

 

 しかし、連絡の一つも寄越さないのが気に食わない。報連相を知らないのかしらあいつは。

 

「急いで探しに行かねえと!」

 

「待ちなさい。あんたまで探しに行ってどうすんのよ。ミイラ取りがミイラになるだけ」

 

「けど!」

 

「大人しく待ちなさいって言ってるの。私達が何か出来るほど、世の中そんなに甘くないわよ」

 

 こんな山の中に警察や救助隊が来ることは期待出来ない。来たとしても明日の朝辺りだろう。それまでは、私達が待つしかない。

 

 帰って来たら、一発ぶん殴っても構わないわよね。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 しばらく探していても、霊烏路が見つかる気配がしない。ただただ森の奥へと進んで行くだけ。引き返そうにも、もはや来た道が分からない。

 スマホの充電ももう残り少ない。ライトを常時点灯しており、更にさっき博麗と電話したことでだいぶ減少している。

 

「…す…けて……」

 

「ッ!」

 

 微かではあるが、霊烏路の声が聞こえた気がする。雨に紛れて聞き取りにくかったが、間違いなく霊烏路の声だった。これが幻聴だったのなら、絶望してしまうだろう。

 

「霊烏路!どこにいる!!」

 

「だ…れ…?た……け…て…」

 

「こっちか!」

 

 雨に紛れるが、さっきより若干聞き取りやすくなった。俺は声がした方角に、走っていく。ぬかるんでいる地面でとても走りづらいが、不恰好ながら走って行く。

 

 木々を潜って走って行くと、全身濡れた姿で三角座りしている霊烏路を見つけた。

 

「…やっと見つけた…」

 

「…八幡……」

 

 スマホのライトを照らすと、間違いなく霊烏路空である。ようやく見つけることが出来た。

 

「八幡……八幡っ!」

 

 彼女はすぐに俺にしがみつき、胸の中で泣き始める。

 

「怖かった……怖かったよぉ……」

 

「…そうか」

 

 いくら高校生だからとはいえ、こんな見知らぬ暗い森の中で一人でいるのは怖いことこの上ないだろう。

 

「お燐やさとり様達に会えないんじゃないかって…怖かった……!」

 

「…とりあえず、あれだ。お前はもう一人じゃない。俺がいる。だから泣きやめ」

 

 後、霊烏路さんの発育されたあれがむにゅむにゅ当たるからそろそろやめて欲しい。

 

「……うん…」

 

 霊烏路は顔を上げて、目を擦って涙を拭き取る。

 

「…それじゃ、帰るぞ。俺もこんなとこさっさと抜け出したい」

 

「う、うん……いたっ!」

 

 すると、霊烏路は左足首を押さえる。

 

「…痛めたのか?」

 

「ちょっとだけ」

 

「…仕方ねぇな」

 

 俺は屈んで、おんぶの体勢になる。

 

「早よ乗れ。足が痛いままぬかるんだ地面を歩く気かお前」

 

「…ありがとう。八幡っ」

 

 霊烏路は俺の背中に体重を預けて、俺は霊烏路をおぶる。そこそこ背が高いというのに、体重が軽い。背中にメロンがむにゅむにゅ当たるのにも関わらず軽いとは。

 

「…霊烏路、俺のスマホ持って足元を照らしてくれ。それか前」

 

「分かったっ」

 

 霊烏路はスマホを掲げて照らす。そして俺は転ばないように、ゆっくりと歩いて帰る。

 

「…八幡」

 

「…なんだ」

 

「怖かった。二度とお燐達に会えないじゃないかって。寂しくて、暗くて……怖かった…」

 

「…そうか」

 

「でも、八幡が来てくれた。八幡は私の王子様だよ。絵本の中にいる王子様」

 

「…そんなにいいもんじゃねぇよ」

 

 俺に王子様役は似合わない。せいぜい似合うとするなら、王子様の道に現れる小悪党役ぐらいだろう。そこまで美化される謂れはない。

 

「ううん、そんなことない。私が怖かった時に、八幡が助けに来てくれたもん。…へっくちゅ」

 

 霊烏路は可愛らしいくしゃみをした。それと同時に、彼女のしがみつく力が強くなる。

 

「…風邪引いたか」

 

「分かんない。さっきからずっと寒気がする」

 

 ずっと雨に打たれていたんだ。風邪を引いてもおかしくはない。何か羽織れるものを貸してやりたいのは山々だが、生憎そんなものを持ち合わせていない。

 

「…悪いな。何か羽織れるもん持ってねぇ。我慢してくれ」

 

「ううん。八幡の身体、ちょっと暖かいから」

 

「そ、そうか…」

 

 霊烏路のしがみつく力が強くなるほど、背中にかかるおっぱいの圧力が強くなるんだけど。なんだかんだこんなこと考える辺り、俺はまだ余裕なんだろうか。

 

「…にしても、歩いても歩いても帰り道が分からねぇとはな…」

 

 そう難儀に思っていると、遠くから雷の音が聞こえてきた。このままさっさと抜け出さないと、ガチで危ない。極端な話、死ぬかも知れない。

 しかもそこに追い討ちをかけるように、足元を照らしていた光が消えてしまう。

 

「…充電が切れちゃった」

 

「まずいな…」

 

 なんで勉強合宿に来てサバイバルもどきをしなきゃならないんだ。

 光が消えたことで一気に不安になったのか、霊烏路のしがみつく力が更に強くなる。

 

「怖いよぉ…」

 

 精神的にだいぶ不安定になってる。頼みの光も消えて、ここからは全神経使わないと帰れない状況に陥った。

 

「…霊烏路、目閉じとけ。今度目開ける時は、旅館に着いた時だ」

 

「わ、分かった…」

 

 目を閉じることで、とりあえず不安を取り除く。見えないことが何も不安になる材料とは限らない。怖い時には目を閉じる。よくあることだ。

 

「…はぁ…はぁ…」

 

 俺は暗闇の森の中を、地面に気をつけて歩いて行く。右へ左へ、どこに向かっているか自分でも分からなくなる。まるで荒野を彷徨うよう。そんな中、霊烏路を抱えながら歩く体力の消費はバカにならない。

 

 これでもまだ歩けるのは、自転車通学だったからだ。そうでもなかったらろくすっぽ歩けねぇよ。

 

「…まだ…?」

 

「…もう少しだ。だから怖がるな」

 

 俺は彼女を安心させるために嘘をついた。実のところ、もう少しかどうか分からない。もしかしたら、出口とは違う方向に歩いているのかも知れない。

 しかし、こんな嘘を言わないとやってられない。嘘だろうがなんだろうが、あらゆる手段でこいつを安心させなきゃならない。

 

 俺は途方もない道を歩いた。歩いて歩いて歩きまくった。身体が固まるように冷えて、下半身の負荷もそろそろ限界に近くなってきた。

 これまでか……と思ったその時、目の前には微かな光が見えた。

 

「…おい霊烏路。あれって…」

 

「な、何…?……って、あ!も、戻ってきた!」

 

 微かな光の先には、先程寄ったコンビニが一店。間違いなく、俺達は戻って来たのだと確信した。

 

「…ここまで来れば、旅館はもう目と鼻の先だ」

 

「うんっ!」

 

 俺達は険しい道を歩き続け、ようやくアスファルトの地に足を付けた。そのまま、俺達は旅館まで歩いて行く。コンビニから旅館までの道のりはそこまで長くはなく、数分も歩けば到着する距離だ。

 

 限界に来た足を、なんとか旅館に辿り着くまで力を振り絞った。

 そして。

 

「…着いた」

 

「戻って来た……戻って来たんだね!」

 

「あぁ…」

 

 俺達は旅館の自動ドアを潜ると、エントランスには火焔猫を始め、先生や博麗、霧雨などといった一部の生徒が集まっていた。

 

「お空!それに八幡!」

 

「お燐……」

 

 俺は彼女を下ろす。と同時に、火焔猫は霊烏路を抱きしめる。

 

「良かった……本っ当に良かったよ…!」

 

「お燐…お燐……うわああぁぁぁん!」

 

 彼女達は互いが互いの身体を抱きしめて、号泣し始める。そんな彼女達を横目に見て、俺は稗田先生の前に行く。

 

「…霊烏路さんと比企谷くんが無事で何よりです。が、今後はこういう危ない行動は独断で動かないこと。…いいですね?」

 

「…はい……すんませんでした」

 

 俺は稗田先生に頭を下げる。

 

「…とりあえず、身体が冷えているでしょう。お風呂に入って、その冷え切った身体を温めなさい」

 

「…うっす」

 

 俺は重い足取りで、浴衣を取りに行くために部屋へと戻ろうとした。しかし、その道を遮るように、博麗と霧雨、マーガトロイドに魂魄、射命丸や十六夜が待ち構えていた。

 

「……通れねぇんだけど」

 

 博麗は無言でこちらに歩み寄ってくる。何を言うのかと思いきや、博麗は右手を大きく振って、俺の頬を引っ叩いた。乾いた音がエントランスに響き、俺は叩かれた頬を押さえる。

 

「あんたね、報連相って言葉を知らないわけ?いくら私達が湯船に浸かってる間だからって、なんの連絡もないって何?」

 

「…別に、いいだろ。するまでもなかった。それだけだ」

 

「誰かを頼れみたいな教師精神溢れたセリフは言わない。私だって、一人で出来ることがあるならそうすることもあるから。……だけど、何の連絡もしないのは違うでしょ」

 

 博麗の声が、少し震えていた。俺は彼女の表情を窺うと。

 

「…ッ!」

 

 下唇を軽く噛み、涙を堪えていた。同時に、俺を鋭く睨みつけている。

 

「…霊夢こんな口だけどさ、霊夢も私達も、みんな八幡のことも心配だったんだぜ。私なんて、霊夢が止めてなけりゃ探しに出たぐらいだしな」

 

「無茶し過ぎなのよ。貴方まで行方不明になってたらどうするつもりだったの」

 

 霧雨は俺を心配する素振りを見せ、マーガトロイドは窘める言い方をする。

 

「…八幡さんの、人を助ける自己犠牲の精神は素晴らしいものだと思います。…でも私個人としては、もう二度とこんなことして欲しくないです」

 

「そうね。フランお嬢様の時といい、貴方って時々無謀な行動すること多いから。…あまり人に心配をかけるものじゃないわよ」

 

「霊夢さん達から話を聞いた時は、内心ヒヤヒヤしました。八幡さんがここまでする人だとは、ちょっと意外でしたよ」

 

 魂魄も十六夜も射命丸も、こいつらは俺を心配、あるいは窘めるような言葉を言う。

 

 確かに、こいつらの言うことが正しい。間違っていないし、綺麗な正論である。だが、警察が来るのを悠長に待つことは出来ない。

 あんな暗い森の中に、霊烏路は一人でいたんだ。彼女を早期発見することが、その時必要な行動だった。それが自己犠牲だろうが自己満足だろうが関係ない。

 

 動けるから動いた。それだけだ。

 

「…さっさと風呂入りなさいよ。…ばか」

 

「…そうするわ。寒い」

 

 俺は彼女達の横を通り過ぎ、自分の部屋に戻って浴衣を取りに向かった。そして、浴衣を回収した俺は、もう一度大浴場へと足を運んだ。

 

 本日2度目の、お風呂である。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「何も叩くことはなかったんじゃない?」

 

「…うるさい」

 

 私は八幡の頬を思い切り叩いた。今まで大幣で誰かを叩いてきたことはあったけど、誰かの頬を掌で思い切り叩いたことは一度もなかった。

 

 叩いてやりたかった。叩かなきゃ気が済まなかった。

 

 あいつは、自分のことをなんとも思っていない。自己犠牲なんて綺麗な言葉で括れるような優しいものじゃない。

 

『別に、いいだろ。するまでもなかった』

 

 あの言葉は、私達を信頼していない、あるいは私達を巻き込まないようにするという、二つの意味のどちらかが含まれている。

 

 あいつの人格なら、私達を巻き込ませないという意味を含めていたのかも知れない。結構一人で抱え込むタイプだから。封獣ぬえへの対応がいい例だ。

 もし八幡が私達に伝えていたら、私達、特に正義感の強い魔理沙は必ず動くと踏んでいたのかも知れない。

 

 逆に私達を信頼していないなら、それはそれで腹が立つ。もしかしたら、私達を頼る必要がない、別に自分だけで事足りる、という意味が含まれていたのかも知れない。

 

 どっちにせよ、叩かなきゃ気が済まなかった。八幡がいなかっただけで、私の心がここまでざわつくなんて思わなかったのだ。このざわつきが、一体何を表しているのかは分からない。

 

 けれど、言えることが一つある。

 

 八幡が無事で帰ってきたのを見ると、私は少し安堵した。

 何故、私は安堵したのだろう。八幡がいないから不安だったのか?彼が無事かどうか、心配だったのか?

 

 あんなロクでなしを、私が?

 

「…わけ分かんない」

 

 八幡のせいで、なんだか情緒が若干不安定だった。合宿が終わったら、気が済むまでこき使ってやるんだから。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 ゆっくり風呂に浸かった俺は、体操服ではなく、浴衣に着替えて、部屋に向かっている。

 

「…誰かにビンタされんのって、初めてだったな」

 

 両親にも打たれたことないのに!っていう返しをしたら、多分すごい冷たいレーザーポインターを浴びせられそうで怖かったからやめたけど。

 

 そんな下らないことを考えながら歩いていると、自分の部屋に到着。俺を待ち伏せしていたのか、博麗は部屋の前に立っていた。

 

「…何?」

 

「…これからは、ちゃんと連絡して。私でも魔理沙でもアリスでもいい。こういうことがあったら、必ず」

 

 彼女の表情は、真剣そのもの。普段のように気怠げな様子ではなく、真剣な眼差しでこちらを見ていた。

 

「…まぁこんなことが二度あるとは思えんけど。…覚えとく」

 

「ダメ。覚えておくじゃダメ。ちゃんとするって言って。あんたの場合、それではぐらかすでしょ」

 

 別にはぐらかしてるつもりはないんだけど。

 

「…分かったよ」

 

「破ったら、またあんたに罰ゲームくらわせてやるから。一週間下僕よりもキッツイやつくらわせるから」

 

「そりゃ怖い」

 

 あれ以上の罰ゲームってなんなんだよ。紐なしバンジーでもさせられんのか。死ぬじゃねぇか。

 

「…話はそれだけだから」

 

 博麗はルームキーを差し込んで、鍵を開ける。中に入ると、霧雨とマーガトロイドの二人が布団の上で話していた。

 

「戻ったのね、八幡」

 

「なんかさっきは悪かったな。説教みたいで」

 

「…別に謝る必要はねぇよ。お前らが言ってること、間違っちゃいねぇし」

 

 俺は敷かれた布団の上に横たわる。布団の上に寝転ぶだけで、一日の疲れが布団に移っていくような錯覚が起きる。

 

「…はあああぁぁぁ……」

 

「うっさいわね。おっさんみたいな声出さないでくれる?」

 

「おっさん言うな。まだピカピカの高校一年生だぞ」

 

「おーい、おっさん!」

 

「霧雨まで乗ってくんな」

 

「じゃあおじさまかしら」

 

「何お前ら。唐突に謎の結束力見せつけてなんなの?」

 

 この3人マジ腐れ縁だけあって息ぴったりなのな。俺からしたら悪夢のようなメンバーなんだけども。

 

「ねぇおっさん、金貸して?私、今お金に困ってるのよね。代わりにあんたをあらゆる限りの罵倒で罵ってあげるから」

 

「そんな特殊なプレイは望んでないし、なんでお前に金やらにゃいかんのだ」

 

「ケチね」

 

 ドMなおっさんならこういうプレイも許容範囲……なのか?いやはや、世界は広いなぁ。

 

「なぁなぁそこのおっさん!私と遊ぼうぜ!」

 

「さっきからそのノリなんなの?」

 

「ノリ悪いな〜」

 

 ていうか、それリアルにやらないでね?特に博麗の場合、金をもらうというか、金をひったくりそうだから。そうなる前に、博麗にひったくり撲滅ソングでもおすすめしてやろう。

 

「…明日には帰るのよね。いい旅館だったわ」

 

「もうちょっとこの旅館でゆっくりしたかったけどな〜」

 

「私は別に終わって構わないわよ。さっさと帰りたいし、合宿が終われば神社に無償で働く下僕がやってくるんだから」

 

「お前本当いい性格してるよな」

 

「ありがとう。褒め言葉として受け取っておくわ」

 

「ディスってんだよクソが」

 

 俺の平穏はいつになったらやってくるんだろう。生徒会、紅魔館、命蓮寺、勉強合宿。個人的にこれだけの出来事が短期間で起こっている。神は俺を見放したのだろうか。

 

 しばらく彼女達とゆっくりしていると、誰かがドアをノックする。

 

「火焔猫だけど。少しいいかい?」

 

 どうやら来客したのは、火焔猫のようだ。マーガトロイドが立ち上がり、ドアを開ける。開けた先には、火焔猫と、その火焔猫の肩を借りて立っている霊烏路がいた。

 

「悪いね。こんな時間に…」

 

「それはいいけど……どうしたの?」

 

「八幡にさ、ちょっと話があったから。いいかい?」

 

「…分かったわ。上がって」

 

「邪魔するよ」

 

 二人は部屋に上がってくる。肩を借りて歩く霊烏路は、ゆっくりとその場に座る。

 

「…足、痛むのか?」

 

「うん。さっきせんせーに早急処理?されたんだけど」

 

「応急処置でしょ。バカじゃないの」

 

 博麗の鋭いツッコミが的確に入る。早急処理ってなんだよ。毎度毎度霊烏路のボケは物騒過ぎて舌を巻くわ。

 

「…それで、八幡に何か話があったのでしょう?」

 

 マーガトロイドから、火焔猫が話を継いだ。

 

「あぁ…。…八幡、ありがとね。お空を探し出してくれて」

 

「ありがと、八幡。八幡がいなかったら、私は今でもあそこにいたと思う」

 

 二人は揃って頭を下げる。

 

「…別に礼を言う必要はねぇよ。俺が勝手にそうしただけだ」

 

 頼まれて動いたわけじゃない。勝手に俺が動いた結果、霊烏路を見つけただけ。だから別に気にする必要もない。

 

「それでもだよ。結果的に、八幡が行ってくれたからお空が助かったんだ。大袈裟かも知れないけどさ、あんたはお空の恩人さ」

 

「…そうか」

 

「今度お礼したいから、地霊殿(ちれいでん)に来てくれよ。あんたが客なら、喜んでもてなすよ」

 

「…そうだな。また予定空いたらな」

 

 頼むから俺を大きい家に引きずり込もうとしないでくれ。紅魔館と命蓮寺で変なトラウマというか、ちょっとした拒絶感があるんだよ。そういうのって絶対面倒なことが起きる。

 

「…そういえば私、ずっと気になってたんだけど」

 

「?どうしたんだ霊夢」

 

「そこのバカ女にコンビニ行かせたのは聞いたけど、だからってなんで森の中に入ったわけ?」

 

 それは俺も気になっていた。何故、霊烏路は森の中へ入っていったのか。

 

「……それが」

 

 火焔猫は申し訳なさそうな表情で、霊烏路を横目で見る。

 

「…なんでだっけ?」

 

「…は?」

 

「この通り、なんで森の中に入ったか忘れてるのさ」

 

 火焔猫は申し訳なさそうな表情しているのに対し、迷った本人である霊烏路は呑気にアホ面を見せている。

 そんな彼女に対し、俺達は呆気に取られたような表情をする。

 

「はぁ!?わ、忘れただぁ!?」

 

「嘘、よね……?」

 

「大マジだよ。昔から、お空は物忘れが激しくてね…」

 

「待て待て待て!物忘れが激しいとかいうレベルじゃねえぞそれ!」

 

「この女脳に異常があるでしょ。MRI撮った方がいいんじゃない?」

 

「うにゅ?」

 

 …なんだろう。さっきまでの疲れがぶり返したのか、俺の身体から謎の倦怠感が。

 

 俺は勢いよく、敷かれた布団に倒れ込んだ。

 

「は、八幡?」

 

「はは、ははは……」

 

「やっべえ!八幡が壊れた!」

 

「ちょっとあんた何KOしてんのよ!」

 

「これってあれだよね。カビ交換だよね」

 

「阿鼻叫喚!なんてもん交換してんだい!」

 

 …もうなんか色々アホらしくなってきたわ。なんかみんな騒いでるけど、俺はこのままお眠りするとするよ。

 

 もう疲れたよ、パトラッシュ。

 

 

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