やはり東方の青春ラブコメはまちがっている。   作:セブンアップ

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妹という存在は、兄に甘えたがる。

 みんな。最近名前だけが出ていても、姿形を現していない人物は誰か当てられるか?

 

 風見先輩か?それかレミリアお嬢様?あるいは八雲藍先生?

 

 違うな。俺の目の前にいる人物はそんな甘っちょろい人物じゃあない。答えは。

 

「最近、なんだか楽しそうだよね。八幡?」

 

 全く目に光を宿していない封獣ぬえです。なんだか久しぶりに見た気がするよ。

 今日は、以前から約束していた紅魔館に向かう日。その道中、封獣と遭遇したのだ。

 

「私が目を離した隙に、あの鬱陶しい雌共達と楽しくしてたんだね」

 

「別に楽しくしてねぇよ」

 

「へぇ。合宿じゃあの雌共と寝泊まりして?最近は朝と夕方に博麗神社に行って?昨日は白玉楼に行ってたみたいじゃん?八幡って、結構浮気性なんだ」

 

 こうして詰められるのも久しぶりな気がする。二度と懐かしみたくない状況だが。

 

「…付き合ってないんだから浮気じゃねぇだろ」

 

「どうせ付き合うんだから変わりないよ」

 

 グッと俺の腕を掴む力を強める。俺はその腕を見た瞬間、怖気がした。封獣の両腕には、夥しい包帯が巻かれている。

 

「おい、お前、これ…」

 

「ん?あぁ、これ?八幡に会えないのがイライラしててさ、そのストレス発散でやっちゃった。痛いけど、これがいいの。だって、傷の量だけ八幡を想う強さが確認出来るから」

 

 間違いない。

 こいつ、リストカットしてる。俺に会えないことがストレスになり、我慢出来ずに自身の腕を傷付けたんだろう。

 

「…リスカはやめとけ。腕を傷だらけにすんな」

 

「心配してくれてるんだ。ありがとっ、八幡」

 

 掴んでいた両腕を離し、今度は俺にしがみつく。

 

「ねぇ八幡。今から私とどっかに行こ?暇でしょ?」

 

「悪いが先約がある。無理だ」

 

「そんな約束いいじゃんか。そんな約束よりもっと気持ちいいこと、してあげるからさ」

 

「すぐそっち方面に持っていこうとすんな。お前のこと別に嫌いじゃないが、そういうのは本当に好きなやつとしかしない」

 

「私は八幡のことが好きだからしたいんだけど?」

 

「知ってる。でも俺はそうじゃない。嫌いじゃないけど、お前のようにそこまでお前を好いているわけじゃない。そういうのは、互いの合意みたいなもんがあんだろ」

 

 これは合意とかそういうものじゃない。封獣の一方通行でしかないのだ。

 幾度か、こいつの過度なスキンシップに理性が揺らいだ。が、身を委ねて仕舞えば、それは俺でなくなり、封獣も更に依存してしまう。それはもう泥沼でしかない。

 

「関係ないよ。そんなの」

 

「…は?」

 

「合意なんて待ってたら、八幡が別の雌のものになる。それだけは嫌。絶対嫌。それならいっそのこと…」

 

「待て馬鹿者」

 

「いたっ」

 

 背後から封獣の頭を手刀で叩き、制した。

 そこにいたのは、命蓮寺のナズーリン先輩、そして寅丸先輩である。

 

「そうやって八幡に迷惑をかけるな。それこそ嫌われてしまうぞ」

 

「だって!…だって、八幡が他の女と仲良くして欲しくないんだもん。八幡は私だけを見ていればいいのに…」

 

「だからって人に迷惑をかけていい理由にはならないだろうが。…悪いな、比企谷」

 

「い、いえ…」

 

 ナズーリン先輩が封獣の襟を掴んで引き離す。

 

「比企谷にも私達にも予定があるんだ。行くぞ」

 

「…チッ、分かったよ。…じゃあね、八幡。八幡のことずっと見てるから。あんまり他の雌と仲良くしてると、私何するか分かんないよ」

 

 封獣はそう言って、目の前から去っていった。何も起きなかった安堵なのか、それともこれから何か起きる不安なのか、大きく溜め息を吐いてしまう。

 

「…苦労されてますね」

 

「まぁ、はい。…でも、あいつが今までいた環境が環境だから、強く押し返せないんですよ」

 

 あいつは人の愛に飢えている。愛を与えてくれる者に依存し、愛を要求するのだ。

 その対象が俺。今のあいつの止めどころが分からない。リスカまでやってしまっているから。

 

「…あいつの腕はもう見ただろう?比企谷に会えないストレスからか、カッターナイフで自分の腕を切っていたんだ。気づいた時点でやめろとは言ったのだが、聞かなくてな…」

 

「私も見ました。…聖が痛々しい表情で手当てをするところも」

 

「…比企谷、気をつけろよ。私達がいる場ではなんとかなるが、いない場合は君がなんとかするしかない。現にぬえのやつ、私達がいなければ君を犯そうとしてたからな」

 

 女子にレイプされることが嬉しいとか言ってるそこの読者。認識を改めた方がいい。本当にそういう場面に立ち会った時、身体が思うように動かないものなのだ。恐怖が故にな。

 

「ではな、比企谷」

 

「あ、はい…」

 

 ナズーリン先輩と寅丸先輩も目の前から去っていった。

 封獣とエンカウントする度に、封獣に対するアプローチが分からなくなる。俺が何をしても、彼女の依存が強まるだけだ。

 

「…行くか」

 

 俺は再び、紅魔館への道のりを辿り始めた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あっ、八幡さん!お久しぶりですね!」

 

 紅魔館に到着し、出迎えてくれたのが門番の紅美鈴。今日はどうやら寝ていないようだ。

 

「どうぞ!お嬢様達もお待ちになっていますので!」

 

「悪いな」

 

 紅魔館の門を潜り、敷地内に入る。

 なんだか久しぶりに紅魔館に来た気がするな。この真っ赤な色の館も相変わらずだ。

 懐かしみながら紅魔館の中に入ろうとすると、扉が勝手に開く。中から現れたのは。

 

「いらっしゃい、八幡」

 

 メイド長の十六夜である。こいつのメイド姿も久しぶりに見るな。

 

「どうぞ中に入って。レミリアお嬢様が会いたがってるわ」

 

 正直、ちょっと苦手意識があるんだよな。この間に十六夜の話を聞いてから、レミリアお嬢様に対してちょっとした恐怖感を抱いているのだ。

 

「…やっぱ俺用事思い出したから帰るわ」

 

 俺は回れ右して外に出ようとするが、十六夜が素早く俺の両手を後ろに拘束して身動きが取れないようにする。

 

「ダメよ。そんなことしたら、貴方がイクまでこうしてあげるわ」

 

 十六夜は俺の耳元で、息を吹きかけた。

 

「ふぁッ!?」

 

 十六夜から発した生暖かい空気が、俺の耳を刺激する。

 

「ふふふ……女子にこんなことされて、情けない声出して。貴方が帰らないって言うまで、永遠に刺激してあげる」

 

「お前っ…悪魔かよっ…!」

 

「悪魔なんて心外ね。そんな悪い貴方にはこうよ。…ふぅっ」

 

「ぅぐっ!」

 

 そういえばこいつも十分なドS気質だったわ。このままこいつにASMR擬きをされ続けてたら、間違いなくおかしくなる。

 

「わ、分かったっ。帰らねぇからそれやめろっ」

 

「…つまんないわね」

 

 十六夜は渋々といった様子で俺を離す。

 あー危なかった。ビッチかよ。メイドでビッチとか何そのエロオプション。怖ぇよ。

 

 十六夜の先導により、レミリアお嬢様専用の部屋へと向かった。それにしても、相変わらず目がチカチカするわここ。

 

「着いたわ。気に入られているとはいえ、無礼な行動はNGだから」

 

「分かってるよ」

 

「では開けるわよ。…失礼します、お嬢様」

 

 十六夜は3回ノックし、扉を開ける。開けた先には、玉座に座ってワイングラスを手に持つレミリアお嬢様がいた。

 

「久しぶりね。八幡」

 

「…そっすね」

 

「咲夜、席を外してちょうだい。八幡と話したいの。2人きりで」

 

「かしこまりました」

 

 十六夜はレミリアお嬢様の指示に従い、部屋から退室していった。

 なんなら俺もこの部屋からフェードアウトしたい。さっきからずっとこっち見てるから、あの人。

 

「八幡」

 

「は、はい?」

 

「こちらに来なさい」

 

「いや、別に…」

 

「こちらに来なさい」

 

 怖い怖い怖い。同じ言葉しかインプットされてないNPCかよ。

 俺は断ることを諦めて、彼女が座る玉座へと歩み寄る。

 

「跪きなさい」

 

 言葉のままに従う。

 俺今から何されんだろうか。紅魔館に来て早々拷問でもされるのだろうか。

 

「ふふふ……本当に久しぶりね。あまりに楽しみだったから昨日はあまり眠れていないわ」

 

「そ、そっすか…」

 

 するとレミリアお嬢様は唐突に、俺の顎をやや上に持ち上げる。いわゆる顎クイというやつである。

 

「その怯えた表情が堪らないわ……。ねぇ、やっぱり私は貴方が欲しいわ。ずっと手元に置いておきたいの。紅魔館の、いえ、私に永遠の忠誠を誓ってくれるかしら?」

 

「…前も言いましたけど、無理です。家には小町がいるし、そもそも働く気はないんですよ」

 

「また断られてしまったわ。まぁ、分かっていたのだけれどね」

 

 分かっていた、という割にはこの人の表情はガチだった。ガチで俺を手元に置くつもりだったんだ。

 

「今日は夜までいるのでしょう?フランやパチェにも会っていきなさい」

 

「あ、はい。分かりました」

 

「よろしい。ではもう出て行ってもらって構わないわ」

 

 俺は立ち上がり、レミリアお嬢様の部屋から退室した。退室して次に目指す場所は、ノーレッジ先輩がいる大図書館。フランがいる地下部屋に行くには、大図書館を通る必要があるのだ。

 

 長い廊下を歩き続け、やっと大図書館への入り口に到着した。扉を開けると、その部屋は何千、何万の本が収納された大きな棚がズラッと並んでいる。この光景も、久しぶりである。

 

 大きな棚と棚の間を通って行くと、やや大きな机で本を熟読しているノーレッジ先輩がいた。足音で気づいたのか、彼女はこちらに振り向く。

 

「…驚いた。久しぶりの来客ね」

 

「ども」

 

「今日は何?またレミィに誘拐でもされたの?」

 

「違います。…単純に、十六夜から誘われただけですよ。まぁ後、フランと会う約束もしてます」

 

「あぁ……懐かれてるものね、貴方」

 

 そんな可愛いもんではなかったと思うのだが。危うく奪われそうになったし。

 

「会いに行くなら早く会いに行くといいわ。喜ぶだろうし」

 

「…そうします」

 

 そうして俺は大図書館を通り抜けて、フランがいる地下部屋へと向かった。地下に降りるにつれて、薄暗くなっていく。灯りが中途半端に付いているだけに、不気味さは拭いきれない。

 そんな不気味な雰囲気を感じさせる階段を降りて行くと、フランの部屋の入り口に到着。俺は扉に3回、ノックする。

 

「だーれ?咲夜ー?」

 

「俺だ。比企谷八幡だ」

 

「お兄様っ!?」

 

 すると中からドタバタと忙しない物音が聞こえ、そして勢いよく扉が開かれる。そこには目をキラキラしたフランが。

 

「お兄様っ!」

 

 フランは俺の顔を見るや否や、突然抱きついてきた。こうして小町じゃない他人に、しかも異性に抱きつかれると、年下であれ意識しないことは出来ない。

 見た感じ、年でいえば小町と同じくらいだし。

 

「お兄様お兄様お兄様っ!また会えて嬉しいよっ!」

 

「そ、そうか…」

 

 言葉に詰まりながら相槌を打つ。こう、どストレートに言葉を、自分の気持ちを伝える人間に対して慣れていないのだ。それが俺に対する言葉であるなら尚更。

 

「さ、早く入って入って!」

 

 フランは今度、俺の腕に抱きついて、部屋の中へと引っ張っていく。

 

「お兄様っ、何して遊ぼっか?」

 

「なんでもいいぞ」

 

 ただしこの間みたいにリアル大乱闘スマッシュブラザーズは無しだぞ。

 多分、力じゃフランに勝てねぇ。こんな細身の細腕で、あり得ねぇパワー出してんだから。

 

「うーん……今まで一人だったから一緒に遊ぶ物がないんだよね。お手玉…おはじき…あやとり…」

 

「お前の部屋は昭和なの?」

 

 どう考えても内装とのギャップがあり過ぎだろ。チェスとか置いていそうな西洋風な内装なのに、あるのはお手玉おはじきあやとりて。

 

「んー……じゃあ、一緒にお昼寝しよ?やることもないし、一緒にベッドに行こ?」

 

「え」

 

 フランは俺の返事も聞かず、ベッドへ強引に連れて行く。

 だからなんだこいつのパワーは。腕か手の中に鉄でも仕込んでんじゃねぇのか。マジタニかよこいつ。

 

「待った待った待った。流石にそれはダメだろ」

 

「え、なんで?お兄様とお昼寝することの何がダメなの?」

 

 これが一般常識が備わっている女子であれば、「そういうのは好きな人と」的な話をすればなんとかなる。が、フランはこの間まで外の世界を知らなかった。故に一般常識を知るわけもない。

 

 本気で、一緒に昼寝しようとしているんだろう。

 

 いや、それなら何の危険もないからいいのだが、俺が平静を保てるかどうか分からない。

 さて、どう説明しようものか。

 

「なんでお昼寝ダメなの?」

 

「…アレがアレだからダメなんだ」

 

 自分でも何言ってるかさっぱり分からん。アレがアレってなんだよ。

 

「よく分かんないけど、私お兄様とお昼寝したいの!次お兄様が来るのいつになるか、分かんないもん………ダメ?」

 

 クソっ。なんてあざといんだこの子は。そんな上目遣い反則だろ。

 

 …まぁ俺も寝てしまえば、フランを意識することはないだろう。意識して寝ることが出来るか分からんけど。

 

「…分かったよ。昼寝するか」

 

「わーい!やったやったっ!お兄様とお昼寝だ!」

 

 フランは上機嫌でベッドにダイブする。俺も靴を脱いで、ベッドに腰掛ける。

 

「お兄様、早く早くっ」

 

「…分かったって」

 

 フランがタオルケットに入り、それに乗じて俺も中に入る。すると、フランとの距離が一気に縮まる。

 それはもう分かりきっていたことなんだけど。

 

「お兄様、もっと引っ付いてもいい?」

 

 あーもう知らん。異性と思うから意識してしまうんだ。小町同様、妹と思えば何ら問題ない。

 こいつは妹こいつは妹こいつは妹。

 

「…ばっちこーい」

 

「やったっ。えへへ」

 

 フランは俺の身体にしがみつく。彼女の体温が伝わるくらいに、強く抱きしめられている。

 昔、小町が夜怖いって言って一緒に寝たのが懐かしいな。あいつを安心させるために、頭を撫でたりしたんだっけか。親に撫でられた記憶がないのだが、頭を撫でられていた小町の顔はとても気持ち良さそうだったな。

 

 そんなことを思い返しながら、無意識にフランの頭を撫で始めていた。

 

「お兄様のなでなで……気持ちいいよぉ」

 

 くすぐったそうにするフラン。

 うむ、妹として見れば普通に可愛い。ていうかめっちゃ可愛い。なんだこれ。

 

「お兄様……」

 

 しばらくすると彼女の目が、うつらうつらし始める。

 

「…おやすみ、フラン」

 

「お兄…様……おや…すみ…」

 

 フランはゆっくり目を瞑り、次第に寝息を立て始める。

 

「…俺も寝ようかね」

 

 最近は合宿なり博麗の罰ゲームなりで忙しかったからな。明日になれば一日彼女の奴隷に戻るし、こうしてゆっくりすることもない。休めるとするならば、今ぐらいだろうか。

 

 そう考えた俺は、ゆっくりと瞼を下ろした。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 気付くと、何故か私は起きていた。

 キョロキョロと周りを見回すと、目の端にキラキラしたものが見える。後ろに目をやると、背中から宝石のような翼が生えていた。

 

「何…これ…」

 

 いつの間にか私に羽が生えていた。そのことに驚いたけど、それより。

 

「お兄様?」

 

 ベッドではすやすやとお兄様が寝ている。普段は目がちょっと怖いけど、こうして見ると可愛いな。

 そんな気持ちと同時に、もう一つの気持ちが心から湧き上がってくる。

 

 お兄様の首筋に噛みつきたい。

 

 噛みつきたいというのか、お兄様の()が吸いたい。お兄様の美味しそうな首筋に噛みついて、血を吸いたい。吸って吸って吸い尽くして、お兄様の血を根こそぎ私の中に欲しい。

 

 目の前にご馳走がある。これを我慢しろと言われても、私は絶対我慢しない。

 

「いただきます」

 

 お兄様の首筋に、思い切り噛みつく。噛みついた途端、私は身体が熱くなる。噛み跡から血が出ているけれど、血の味がしない。

 

 血って何の味もしなかったっけ?

 

 そんな疑問はすぐに気にならなくなり、私の噛みつきで濡れたお兄様の首筋にもう一度、噛みつく。

 

 何度も。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 

 噛んでは吸って噛んでは吸って。同じことを同じ場所に繰り返す。その度に、身体が熱くなり、更に太ももと太ももの間がきゅんきゅんする。

 

 もう一度、もう一度お兄様の首筋に噛みつこうとすると、目の前がなんだかボヤけてくる。

 

「お兄…様……」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…んん…」

 

 俺はゆっくり瞼を開ける。周りを見渡すと、自分がいるところはフランの部屋だと理解する。と、同時に、フランと昼寝したことも理解する。

 

「今何時だ…?」

 

 ポケットからスマホを取り出すと、夕方の17時半と映っていた。

 

「結構寝てたんだな………ん?」

 

 俺は右首を触ると、何かベタベタしている。

 

「お兄様…」

 

 フランは俺を呼びながら熟睡している。

 もしかして、寝ているフランの涎でも付いたのだろうか。俺の右隣にフランがいるわけだし、それしかないよな。

 ただ気のせいかどうか分からないが、なんだか右首筋が痛い。丁度、濡れていたところだ。

 

「…ニキビか何かか?」

 

 触ってみると、ニキビではなさそうだ。…まぁ気にするほどの痛みじゃないし、別にいいか。

 フランを起こさずに、俺はゆっくりベッドから抜け出す。

 

 すると、扉からコンコンと、ノック音が聞こえる。

 

「失礼します。フランお嬢様」

 

 入ってきたのは、十六夜である。

 

「…って、八幡もいたのね」

 

「ん、まぁな。フランなら今寝てるぞ」

 

「そう…ならいいわ」

 

 十六夜がこちらを見ると、目を見開く。突然素早く迫り来て、俺は反射的に後退する。

 

「動かないで。何もしないから」

 

 十六夜は俺の右首筋を怪訝な顔で睨む。

 

「どうしたのこれ。内出血してるけど」

 

「マジ?じゃあちょっと痛かったのって内出血してたからか?」

 

「…これ、どう見ても…」

 

「ん?何か心当たりあるのか?」

 

「…あるにはある。けどあまり公に言うものじゃないし、それをそのまま放置していたら多分誰かに刺されて死ぬかもね」

 

「えっ何それ怖い。どうしたらいいんだよ」

 

 俺まだ死にたくない。そんなわけ分からんまま死にたくないよ。

 

「とりあえず治療室に。絆創膏を貼って傷口を隠すの」

 

 そう言って、十六夜は俺の手を引っ張ってフランの部屋から出て行く。治療室に足早で向かっていく。

 治療室に到着し、十六夜は救急箱から絆創膏を取り出して、右首筋にゆっくりと貼り付ける。

 

「内出血なんて2日から5日の間に治ると思うけど。極力その内出血は見せないようにしなさい。死にたくなければね」

 

「…そうする。なんかもう怖い」

 

 内出血しただけで誰かに刺されて死ぬとか不遇過ぎる。

 

「…そういえば、さっきまでフランお嬢様と一緒にいたのよね?何していたの?」

 

「フランが一緒に昼寝したいって言って、付き合わされただけだ」

 

「昼寝……なら良かったわ。その内出血は、ある意味自然に出来たものになるから」

 

「?どういう意味だよ」

 

「まぁあまり気にする必要のないことだけど、気にしなさ過ぎると死ぬから、適度に気にしなさいって話」

 

「お、おう…」

 

 この症状について十六夜は何か知っている。けど特に気にする必要がないなら、俺はそうするだけだ。絆創膏さえしておけば、とりあえず死にはしないのだろう。多分。

 

「じゃあ、私は夕食の準備に取り掛からないとね」

 

「手伝うぞ」

 

「この間と違って客人なのだから、ゆっくりしてなさい」

 

 そう言って、彼女は治療室から退室していった。残った俺は別にここにいても何もすることもないと思い、フランの部屋へと戻った。

 

 「起きたら隣にいなかった」って言われたら敵わないからな。

 

 フランの部屋に戻ると、丁度起き始めたようだ。目を擦りながら、ゆっくりと起き上がる。

 

「お兄…様……どこ行ってたの…?」

 

「ちょっとな。それより、俺達結構寝ちまってたみたいだ。もう夕方だし」

 

「もうそんな時間……ふわああ〜……」

 

 フランは大きな欠伸をして、タオルケットから出る。ベッドから降りて、こちらにゆっくり歩み寄り、そして抱きつく。

 

「お兄様…おんぶして?」

 

「え、あ、おう」

 

 甘えてくるフランをなんだかんだで拒絶しない辺り、フランに対してやや妹意識が芽生えてしまっている。

 いや、俺の妹じゃないんだけどね?

 

「お兄様…お兄様…えへへ」

 

 出会った時とは雲泥の差だな。

 最初なんて表情が暗かったし、歪な笑顔を浮かべていた。今では、心の底から笑えるようになっている。

 

 本当、妹って生物は世話が焼ける。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「これまた豪勢なお食事で…」

 

 分かりきっていたこと。だが、やはりこの高級感はいつまで経っても慣れないものだ。

 

「それでは、いただきましょうか」

 

「いただきまーす!」

 

 俺達は十六夜が用意した高級ディナーをいただくことに。ただ一人を除いて。

 

「咲夜さ〜ん…なんで私だけカップラーメンなんですかぁ〜…」

 

「夕食出してあげてるんだから感謝しなさい」

 

 一人だけ、カップラーメンを泣く泣く食す紅美鈴。客人の俺でさえこんな待遇だと言うのに。

 

「…どうしたんですか、あれ」

 

「また門の前で寝てたんでしょ。いつものことよ」

 

 と、ノーレッジ先輩が教えてくれた。そういえば立ったまま寝るとか言っていたなこの人。

 

「八幡さん……私に恵みを〜…」

 

 …流石にカップラーメンだけじゃな。俺は何かを紅に与えようとするが。

 

「必要ないわよ八幡。然るべき罰だから」

 

 十六夜が清々しい笑顔でそう言い放つ。その笑顔が恐ろしく見えるのは俺だけだろうか。真っ黒に見えるのは気のせいなのだろうか。

 

「…そういうわけだから。…ドンマイ」

 

「そ、そんなぁ〜…」

 

 哀れな紅。そんな彼女を横目に、俺は黙々と食べていく。

 

「…そういえば気になっていたのだけど、その首筋の絆創膏どうしたの?」

 

 と、レミリアお嬢様が尋ねてくる。

 

「気づいたら内出血してました。原因不明です」

 

「原因不明の内出血…?それ大丈夫なの?何かの病気じゃない?」

 

 確かに、言われてみればそうかも知れない。急に浮かんできた内出血なんて、突発性の何かだろうしな。けど、別に今までそんなに体調不良を起こすような生活はしていない。

 

「いえ、大丈夫です。痕を見た感じ、病気の類ではありませんでした」

 

「?そうなの?」

 

「はい。少なくとも身体に異常性は見られないと思います」

 

「…ならいいけれど」

 

 十六夜に医療の知識があるのかは分からないが、やはり不自然に浮かび上がってきた内出血に疑問を抱くことは変わらない。

 

 何故浮かんできたのか?原因は?

 

 こういった体調不良になりそうなきっかけを探すべく、料理に手をつけながら自分の過去を探ることに。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 結局過去を探っても心当たりがない。疑問は疑問のまま残ってしまった。

 そんなモヤモヤとした気分になっている俺は、帰宅の準備を始めた。正門前では、紅魔館の住人がこぞって見送りに。

 

「今日は良い一日を過ごすことが出来たわ。ありがとう、八幡」

 

「…別に、俺は何も」

 

「お兄様、また来てね!」

 

 フランはそう言って、抱きついてくる。そんな甘えてくる彼女の頭を優しく撫でた。

 

「あぁ、またな。……じゃあ、俺はこれで」

 

「えぇ、さようなら。帰りには気をつけなさい」

 

 俺は軽く頭を下げて、紅魔館に背を向けた。そして、駅の方へと歩き始める。

 

 さて、また明日から博麗のパシリか。気が滅入るな全く。

 

 

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