やはり東方の青春ラブコメはまちがっている。   作:セブンアップ

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折れるのは、いつも比企谷八幡である。

 今日が本当に罰ゲーム最終日である。先日、博麗が眠たいのを我慢して起きていようとしていたため、それを阻止すべくとある提案を出した。要は「罰ゲーム一日延長やるから早く寝ろ」という提案である。

 

「おはよう、八幡」

 

「うっす」

 

 いつも通り麓で待っていると、博麗が学校に行く準備をしてやって来た。

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「えぇ、もう大丈夫。それじゃ行くわよ」

 

 博麗は鞄をカゴに入れて、後ろの荷台に乗る。そこまでの流れは、何も変わっていなかったのだが。

 

「…お前、何してんの?」

 

「何って、何よ」

 

「いや、掴むところの話。なんでお前俺の身体に掴まってんの?」

 

 絵面的には、後ろからハグされているような。そこまで密着しているわけではないが、博麗の両手は俺の腹筋辺りを掴んでいるのだ。

 

「安全性を考慮した結果よ。荷台掴んでたら、自転車の振動で離してしまう時があったから。あんたに掴まってれば、例え私が体勢を悪くして落ちることになっても、一緒に落ちるでしょ?」

 

「後半。何道連れにしようとしてんだ」

 

「うるさいわね。さっさと行きなさいよ」

 

 風邪引いてた方がなんか素直だった気がするんだよな。普段通りの博麗が戻ってきたことで、八幡いびりが始まっちゃった。そんな博麗に対する溜め息を吐き、自転車を漕ぎ始めた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「毎度毎度お前乗せて行くのしんどいわ」

 

「は?私軽いんだからしんどくないでしょ」

 

 ここで普通に重いって言えばいいのだが、女子にそういうことを言ってはダメと小町から学んだ気する。女心って面倒だなぁ。

 

「霊夢、八幡!おいっす!」

 

 後ろから霧雨が大きい声で呼んでくる。

 

「どうやらもう大丈夫のようね」

 

「私の有能な下僕が献身的な看病をしてくれたからね。…後、昨日の見舞いありがと。私寝てたけど」

 

「いいってそんなこと!気にすんなよ!」

 

「そう。じゃあ気にしないわ」

 

 3人は普段通り仲良く歩き、俺は博麗の荷物を持ってやや後ろで歩く。これが普段の構図だが、後ろから見てみると人と人の関係の深さがよく見える。

 博麗は一見、一匹狼的な存在だが、霧雨やマーガトロイドのことを嫌っているわけではない。拒絶しないのがその証拠。

 

「おーい!早く行こうぜ、八幡!」

 

「…あぁ」

 

 上靴に履き替え、俺達は自分達の教室へと向かった。教室に到着し、ホームルームが始まるまで俺はラノベを開いて暇を潰していた。

 

「最近暑くなってきたよな〜」

 

 制服を摘んでパタパタと仰ぐ霧雨。

 確かに、少しずつ暑くなってはきている。直に、梅雨入りもするだろう。

 

「夏祭りもそうだけどさ、夏休みどっかに遊びに行かねえか?パーっとさ!」

 

「私は却下。炎天下に外出るなんて頭おかしいでしょ。夏休みはエアコンで涼むわ」

 

「私も霊夢と同じ意見。あまり外に出るタイプじゃないから」

 

「えー!じゃあ八幡!」

 

「お前この流れで俺が断らないと思うのかよ」

 

 そんなクソ暑い中誰が外に出るってんだ馬鹿馬鹿しい。黙って冷えた部屋でアイス食ってやがれ。

 

「ふっふっふ。言っておくが、お前は断れないんだぜ?」

 

「はあ?」

 

 そう不敵に笑う霧雨。なんだかしょうもないことを考えていそうな面だな。

 

「罰ゲームのこと、忘れてるわけじゃあねえよな?」

 

「あ」

 

 前言撤回。全然しょうもなくなかった。

 ここ1週間博麗の罰ゲームに付き合っていたせいで、こいつらまで罰ゲーム権があることを忘れていた。

 

「乙女の下着を見た罪は重いんだぜ?八幡」

 

「クソッタレ…」

 

 自分の不運を呪うわ本当に。博麗の次は霧雨かよ。

 

「そういうことだ!夏休み、付き合ってもらうからな!」

 

「マジかよ……」

 

 まぁ博麗よりマシ……マシなのか?炎天下に連れて行かれる時点で灼熱地獄受けるようなもんだけど。これが果たしてマシなのか否か。

 

「魔理沙」

 

「ん?どうした霊夢」

 

「その罰ゲーム、具体的には何をするわけ?」

 

 霧雨にそう尋ねる博麗の表情がどこか冷たく見えるのは、俺の気のせいなんだろうか。

 

「具体的に?んー……やっぱどっかに連れて行って遊ぶとかかな」

 

「遊ぶだけね……ならいいわ」

 

「…?」

 

 何故、博麗が霧雨の罰ゲームの内容に対して許可を出したのだろう。罰ゲームの内容をダブらせないようにするためなのか。それとも他に何かあるのか。

 

「…とりあえず、どこ行くかはそっちで決めてくれ。俺に任せたら、家にしかならねぇからな」

 

「八幡の家か……そういえば行ったことなかったし、それもありだな!」

 

「おい」

 

「八幡の家なら私も行くわ。室内だからエアコン効いてるし」

 

「ちょっと」

 

「私もお邪魔しようかしら。異性の家なんて行ったことないのよね」

 

「話聞けよ」

 

 なんでこの3人は俺の家に来る気満々なんだ。いや、百歩譲って罰ゲームの権利を持ってる霧雨ならOKしてる。

 だが残りの2人はなんだ。エアコン効いてるからとか異性の家行ったことないからとか。舐めとんのか人ん家を。

 

「なんだよー。八幡の家になったらみんな来るのかよ」

 

「外で何かするのは嫌だけど、他人の家ならエアコン効いてるからね。これなら行ってあげてもいいわ」

 

「純粋に八幡の家に興味があるしね。私と魔理沙は寮生活で、博麗神社は何度も行ったことがあるけれど、八幡の家に行ったことがないし」

 

「じゃあこれは罰ゲームとは別にしよう!霊夢もアリスも来たんじゃ、なんか私だけの罰ゲームって感じはしないからな!罰ゲームは罰ゲームで、私達2人でどっかに行こうぜ!」

 

「いや、もう、はい。もうそれでいいです」

 

 口は災いのもととはよく言ったものだ。罰ゲームは罰ゲームで霧雨と外に行かなきゃならなくなり、別でこいつらが俺の家に来る。

 

 まぁたかだか2日程度だし、我慢しよう。

 

「八幡さんの家に行くと聞いて!」

 

「うわっ文!?」

 

 廊下から勢いよく姿を見せた射命丸。隣には、同じクラスの妖夢までいる。

 

「おはようございます、みなさん」

 

「…あんたら何しに来たのよ」

 

「いやぁ、霊夢さん達のクラスに行ったら何やら面白そうな話をしてまして。八幡さんの家に行くとかなんとか。そんな面白い話を私が放って置くわけないじゃないですか〜」

 

 「じゃないですか〜」じゃねぇよ。盗み聞きした挙句何サラッと人ん家に上がり込もうとしてんだ。

 

「それはあまりに厚かましいですよ、文さん。八幡さんの許可なしにそれは…」

 

「でも気にならないんですか?八幡さんの家。もしかすれば、八幡さんの部屋にも入れるのかも知れませんよ?」

 

「俺は許可しないぞそんなもん」

 

 この場では妖夢、お前だけがまともキャラだ。頼むからこの胡散臭いJKをなんとか言いくるめてくれ。

 

「…確かに、少し、気になります…」

 

 どうやら俺を擁護する人間はいないらしい。妖夢もそっち側だったのか。

 

「な、いいだろ八幡?」

 

 世の中、決まるのは多数派が全て。少数派が多数派に抗っても、無意味でしかない。ならば俺が返す言葉は。

 

「言っとくけど家で暴れたりしたら叩き出すからな」

 

「てことは?」

 

「…日が決まったら教えてくれ。小町……妹にも言っとく」

 

「よっしゃー!」

 

 多数派の意見は質より量。どれだけ優れた質も、数に勝てはしない。

 もうやだ。なんで夏休みにこいつら俺の家に来るんだよ。しかも5人も。パーティーするわけじゃねぇんだぞ。小町も俺もびっくらぽんだぞ。

 

「…いいんですか?」

 

 妖夢が恐る恐るこちらに尋ねる。勢いで決まってしまったことに、少なからず罪悪感を感じているのだろうか。だとしたらマジ妖夢天使。

 

「…別に構わねぇよ。今更決まったもんを取り消すのも面倒だしな」

 

 その日一日俺の家が騒がしくなるだけで、別に害があるわけじゃない。やましいものもないし、来ても面白いものがあるわけでもないが。

 

「では!日程が決まればまたご連絡お願いします!」

 

「おう!」

 

 そう言って、射名丸は勢いよくクラスから飛び出して行った。嵐のようなやつとはこのことである。

 しかし、もう片方の魂魄は未だに残っている。

 

「お前はまだ帰らねぇのか?」

 

「あの…その…」

 

 すると妖夢は顔をこちらに近づけて、口に手を添える。そして。

 

「今週の土曜日、待ってますからっ…」

 

 俺の耳元で囁き、頭を下げてクラスから出て行った。去り際の彼女の頬は、ほんの少し赤くなっていたのだが。

 

 え何今のめっちゃ可愛いんだけど。今間違いなく俺のハートが撃ち抜かれた音したんだけど。天使かよ。小町に次ぐ天使か妖夢は。

 なんだよ惚れちゃうだろそんで告白して振られちゃうだろ。振られちゃダメだろ。

 

「キモいわよ、顔」

 

 うるせぇ。ちょっと余韻に浸らせろ。

 

「…バカみたい」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 放課後。

 

「八幡。鞄」

 

「へいへい」

 

 俺は自分のと、博麗の鞄、両方を持ってクラスを出て行く。

 異世界の学校じゃ、お嬢様がお付きの人間に鞄を持たせる描写があるが、正しくそれである。

 

 今日も今日とて、何も変わらない日常を送り、そして終わった。

 博麗が荷台に乗り、俺の身体にしがみつく。そして、俺がゆっくり漕ぎ始める。

 

 こういった下校も、これで最後だ。

 

「あのな。登校中にも言ったが、別のところ掴めばいいだろ」

 

「…うるさい。いいでしょ」

 

 俺の言葉に苛立ったのか、更に掴む力が強まる。

 これ以上何か言うと、更に博麗を苛立たせてしまうと思い、俺は言葉を慎むようにした。

 どこにも寄らず、博麗神社の麓に到着。自転車を停めて、自分と博麗の鞄を持つ。

 

「八幡」

 

「ん?」

 

 階段を登り切ったところで、さっきまで黙っていた博麗が口を開いた。

 

「朝、妖夢に何言われたの?」

 

 尋ねてきた内容は、妖夢が俺に囁いた内容である。

 

「今週末、妖夢と会うだけだ。その確認」

 

 土曜日、妖夢が住む白玉楼へと赴くことになっている。それを端的に博麗に教えるが、博麗はどうも納得のいかないといった面持ちであった。

 

「聞いてないわよ。そんなの」

 

「別に聞かれたわけでもなかったしな」

 

「そういえば、先週の土曜日も確かあの女のいる家に行ってたわよね。何してたの?」

 

 先週の土曜日……紅魔館に出向いた時のことか。

 

「いや、特別何もしてねぇけど…」

 

「何もしてないは嘘よね。誰と何の話をして、何をしたの?隠さずに教えなさい」

 

「ち、ちょっと待て。なんで博麗にそこまで言わなきゃならないんだよ」

 

「言わなきゃならないの。今、あんたは私の下僕なのよ。私が教えてって言ってるんだから教えなさいよ。それとも何?あんた最終日だからって調子乗って私に反抗するつもりなわけ?」

 

 博麗が詰め寄って捲し立てる。その勢いと、そして彼女の鬼気迫る表情に、俺は気圧されてしまう。

 

「教えて。全部。隠さずに」

 

「ひ、ひゃいっ」

 

 俺は包み隠さず、紅魔館での出来事、そして妖夢に誘われた経緯を話した。俺だって命は惜しいのだ。博麗の暗殺者再来である。

 

「…もう一つ、聞いていい?」

 

「な、なんだ?」

 

「あんた、日曜日に首筋に絆創膏貼って来ていたわよね。金曜日にはなかったのに、日曜日にはあった。日曜日から気にはなっていたんだけど、気にする必要もないから流してた。けど今あんたの話を聞いて、やっぱりその首筋の絆創膏が気になったのよ。…ねぇ」

 

 先程より更に冷たく、鋭い言葉が俺を恐れさせる。

 

「あの絆創膏、何?」

 

 …あの絆創膏の中は内出血で、十六夜曰く、あまり公に曝すのは良くないこと。突然首筋に内出血とか病気以外の何ものでもないと思っていたが、もしかすれば、と予想出来ることが一つある。

 

 内出血が出来た箇所は、ベタベタしていた。ベタベタしていたのは、隣で寝ていたフランが涎を垂らしたものだと思っていた。

 だが、ベタベタしていたところに内出血。そして隣にはフランがいる。そこから導き出される答えは一つ。

 

 俺が寝ている間、フランがキスマークを付けた。

 でなければ、俺は本格的に病院に行く必要がある。十六夜が公に曝すなと言うのは、おそらく、封獣を危惧したからだと思う。

 

 キスマークというのは、彼氏が彼女に、彼女が彼氏に噛み付く、あるいは吸い付くことで、彼は、あるいは彼女は自分のものだという独占欲の現れである。

 もし封獣がそんなのを目撃したら、多分正気を失って片っ端から人を殺してしまう可能性がある。

 

 これら全ては推測に過ぎない。だがその推測がもし正しければ。

 

 封獣、四季先輩などの修羅場が簡単に浮かんでしまう。

 

 で、今博麗にそのことを問い詰められているわけだが。

 

「それ、まさかキスマークってやつじゃないわよね」

 

 嘘をついても得策とは言えない。かと言って今の推測をまんま話せば殺されそう。

 だから。

 

「…分からん。内出血らしきものが浮かんできたのか、それともお前の言う通りなのかは。ただ、あまり外に曝さない方がいいから絆創膏をしているだけだ」

 

「嘘ついてないわよね」

 

「お前騙してどうすんだよ」

 

 ありのままを全て伝えた。余計な推測は却って自分の首を絞めるし、何より本当のことを言っている。

 

「…まぁいいわ。もう聞きたいことはないから、早く神社の掃除お願いね」

 

 博麗はそうぶっきらぼうに言って、一人先に神社に向かった。俺は安堵し、後を追う。神社の中に鞄を置いて、いつものように神社の掃除を始めた。縁側で博麗が寛ぎながら、それを見物している。

 

 この神社の掃除も今日で最後だと思うと、妙に気合が入る。そんな思いで掃除を行なっていると、誰からか電話が掛かってくる。掃除を止めてスマホを確認すると、小野塚先輩からであった。

 

「はい?」

 

『八幡、今どこですか?』

 

 小野塚先輩からの電話なのに、聞こえてきたのは四季先輩の声である。声色だけで分かるこの威圧感に、冷や汗をかいてしまう。

 

『もうあれから1週間が経ったはずですが。何故生徒会室に来ないのですか?』

 

「…色々あって、1日延長しました」

 

『は?』

 

 こっわこの人こっわ。なんでただの一言でこんな威嚇出来るんだよ。

 

『何故?どうしてそうなったのですか?色々では分かりません。そうなった経緯を詳しく、隠すことなく、教えなさい』

 

「え、えっとですね…」

 

 俺が延長した経緯を話そうとすると、いつの間にか隣にいた博麗がスマホを引っ手繰る。そして、通話終了のボタンを押した。

 

「ちょ、俺今電話してたんだけど」

 

「あんたは神社の掃除に集中してればいいのよ。他の女と電話しないで」

 

 博麗がそうキツく言い放つと、また俺のスマホに電話が掛かってくる。掛けてきたのは、また小野塚先輩だ。その画面を見た博麗は、更に不機嫌になり。

 

「鬱陶しい…」

 

 と、着信拒否した。

 

「え、お前何してんの?何着拒してんの?」

 

「さっき言ったでしょ。あんたは神社の掃除に集中してればいい。私に尽くすことだけを考えていればいいのよ。この小町ってやつ、確か生徒会長の隣にいた女でしょ?何の用か知らないけど、今は生徒会より私を優先しなさい」

 

「お前それ横暴だって分かってる?」

 

「うるさいわね。祓うわよ」

 

 博麗は俺のスマホを引っ手繰ったまま、縁側へと戻っていく。なんか分からんけどスマホが没収されてしまった。スマホ使用禁止の仕事なのかこれ。

 

 神社の掃除を終わらせて、次は風呂掃除に移行。その掃除も終わらせたら、後は帰るだけだ。

 

「もう帰るの?」

 

「やることももうないからな。スマホ返せスマホ」

 

 俺は部屋のローテーブルに置かれていたスマホを回収し、神社から出て行く準備を始める。だが、事はそう簡単にはいかず。

 

「まだ…夜にもなってないじゃない」

 

 博麗が袖を掴んで引き止める。

 

「今日一日私に尽くしてくれるんでしょ?なら日が変わる直前まで私に尽くしてよ。それまで私の下僕でいて。私の奴隷でいて。私だけの…八幡でいて」

 

「博麗…お前……」

 

 なんでそんな悲しそうな顔するんだよ。まるでもう二度と会えないみたいな雰囲気が出てるぞ。たかだか罰ゲームだろ。なんでそこまでセンチメンタルになるんだよ。

 

「八幡……」

 

 どうしたらいい。昨日に続き、結局こいつの嘆願に折れている。俺がそこまでする道理もないのだが、博麗の育った環境を考えると、厳しく拒絶するのはあまりに酷と言うもの。

 

 …仕方ない。

 

「…分かったよ。最後までいてやるよ」

 

「…本当?」

 

「ただし、今度こそこれが最後だ。もう延長はしない。そんで明日から俺とお前はクラスメイトに戻る。主人と下僕の関係は今日で最後だ。それが出来ないなら、俺は今すぐ帰る」

 

 また妥協案を出してしまった。昨日も今日も、俺の方が折れてしまったのだ。「無理」って言えばそれだけで俺は解放されるってのに。

 

『あまり中途半端なことはしないでおくことね。じゃないと、辛くなるのはあんただから』

 

 博麗に言われたこの言葉。分かってはいるのに、俺が折れて、結局後から悔やんでしまう。「なんで拒絶しなかったのだろう」と。

 

「…分かった。というか、元々あんたは私の下僕なんだから、私の言うことは聞かなきゃならないのよ。…ふふ」

 

 博麗のこの笑みも、どこか歪なものにすら見えてしまう。

 

「夜ご飯は仕方ないから振る舞ってあげる。けれど皿洗いはよろしくね」

 

 ちゃっかり雑用をやらせることを告げて、彼女は夕飯の支度をするために台所へと向かった。

 俺はその間に、没収されていたスマホを開く。画面には、四季先輩からの着信とメッセージが何十通も届いていることが確認出来た。

 

『何故出ないんですか』

 

『早く出てください』

 

『どこにいるんですか』

 

『誰といるんですか』

 

 など、1人のファンから沢山のお便りが来ていました。いやぁ人気者って辛いなぁ。

 

 …怖ぇよ。

 こういうのは封獣だけでいいんだよ。なんで四季先輩まで同じことしちゃうんだよ。キャラ被っちゃうでしょ。

 

「…はぁ」

 

 『次の生徒会の時に、改めて詳しい話をします』と、返信した。

 四季先輩相手に隠し事や嘘を吐いたら、また先輩を病ませてしまう。それは無理、絶対無理。

 

「八幡」

 

「ふぁい!?」

 

 後ろから音も無く忍び寄った博麗に気づかなかった俺は、奇怪な声を発してしまった。

 

「な、なんだ?」

 

「皿に盛り付けるから、テーブルに持って行って欲しいんだけど」

 

「お、おう。分かった」

 

 博麗の指示に従い、台所へと向かった。台所では焼き魚の香ばしい匂いや、味噌汁のまろやかな香りなどが漂っている。

 

「…改めて見ると、お前料理凄ぇんだな」

 

「ずっと藍に鍛えられたからね。まぁあんたに比べたら当然だけど」

 

「一言余計って言われたことないかな」

 

 とはいえ、確かに食欲がそそられるのは事実。誠に遺憾ではあるのだが。

 

「皿、さっさと出して」

 

「ん」

 

 食器棚から器や皿などを出す。味噌汁を注ぎ、白飯をよそい、皿にはだし巻き玉子や焼き魚を乗せる。後は漬物が少々。典型的な和食である。それらを博麗の部屋へと持ち運び、テーブルに置き、そして座る。

 

「…いただきます」

 

「いただきます」

 

 合掌させて、食への感謝の言葉を告げる。箸を持ち、まずは味噌汁を啜る。

 

「…美味ぇな」

 

「当たり前でしょ。というか、味噌汁なんて誰が作っても一緒でしょ。味噌混ぜるのが下手か上手かで味が変わる簡易的な料理じゃない。味噌の素が美味しいだけで」

 

「そんなん言い出したら、この焼き魚だって魚焼いてるだけだから焼き具合で美味い不味い変わるよなってことになるぞ。いや間違ってないけどさ」

 

「そう。だから私の作った料理が美味しいんじゃなくて、食材元来の味が美味しいだけ。…別にこんなの、覚えたら子どもでも出来るわよ」

 

「…まぁでも、それすら出来ない俺からすれば、博麗の手際が良いのは分かるぞ」

 

 そう。料理は出来ない。作れるのはお粥とカップ麺とマッカンぐらいだ。ちなみに、マッカンは飲料ではなく、食料だ。もう一度言おう。あれは食料だ、

 

「お粥作っておいて何言ってるのよ」

 

「逆に言えばお粥ぐらいしか作れん。味噌汁の混ぜ方なんて知らんし、だし巻き卵とかこの漬物の作り方なんてもっと知らん。だから、素人目から見たら手際良いのはすぐ分かる」

 

「…バカみたい。こんな料理褒めるなんて。普通肉じゃがとかハンバーグとか出てきた時でしょ」

 

「味覚だけには自信があるからな。今まで散々小町…妹の手料理を食い尽くしてきた俺には分かるもんだ」

 

「何それ。ふふっ」

 

 先程までの冷たい博麗が消え、今は普段通りの博麗である。そんな彼女の様子を見て安堵し、また料理に手を付ける。

 神社に来てから、博麗の様子がずっとおかしかった。何が原因か分からないため、気を張って過ごしていたのだ。

 

 原因の一端は、俺にあるんだろうけど。

 

 ゆらりと寛ぎ彼女と雑談しながら、夕食を平らげていった。

 

「じゃあ私、お風呂入るから。皿洗いよろしくね」

 

「はいよ」

 

 彼女が風呂に入ってる間に、皿や器などを洗っていく。博麗が上がってくるより先に食器を洗い終え、縁側でスマホをいじってゆっくりし始める。

 

 1時間後。

 

「さっぱりした」

 

 風呂上がりの博麗が隣に座る。隣に座った瞬間、シャンプーかリンスのいい匂いが鼻をくすぐる。

 

「…まだ濡れてんじゃねぇか。早よドライヤーしろよ」

 

「じゃあお願い」

 

「は?」

 

 ドライヤーを俺に渡してきた。

 え何?俺が博麗の髪を乾かせと?女子の髪触った時点でセクハラ案件になりそうな俺に髪を乾かせと?正気の沙汰かこいつは。

 

「早くしてよ」

 

 どうせここで拒否ったら、「あんた私の下僕のくせに歯向かうの?下僕なんだから大人しく言うこと聞きなさいよ」とか言われかねない。どっちにしても乾かさなけりゃならなくなるわけだ。

 

「…下手でも文句言うなよ。妹にしかやったことないからな」

 

 ドライヤーをコンセントの挿し口に繋げて、電源を入れる。ノズルから熱風が吹き始め、博麗の濡れた髪に当てて乾かしていく。

 

「…長いな」

 

 小町はどっちかというと短めの髪型だから、乾かす勝手が若干違う。

 最近思ったことなのだが、下僕というより、なんだかお世話係になっている気がする。

 

 丁度いい感じで乾かすことが出来、ドライヤーの電源をオフにする。

 

「髪も梳かして」

 

「そのくらい自分でやれよ。全く」

 

 俺は髪の流れに沿って、櫛を上から下へとスライドする。

 濡れていたから分からなかったが、こいつの髪めっちゃサラサラじゃねぇか。俺も小町も多少クセがある髪をしているのだが、こんなにサラサラした髪を触ったことがない。まぁそもそも女子の髪なんて触ったことないんだけどね。

 

「…ほれ、終わったぞ」

 

「ん、ありがと。ドライヤー片付けてきて」

 

「はいはい」

 

 あれをして、これをして、それに従う俺マジ従順。

 ドライヤーを片付け、部屋に戻る。博麗は部屋にはおらず、縁側で夜空を見上げている。

 

「隣、来なさいよ」

 

「え?」

 

「これが最後の命令だから。それくらい、いいでしょ」

 

「あ、あぁ…」

 

 少し距離を空けて、縁側に掛ける。

 

「なんでそんな距離空けるのよ」

 

「いや、一応隣っちゃ隣だろ」

 

「それを隣って言い張るあんたの女子の慣れてなさが窺えるわね」

 

「うるせぇ」

 

 女子はおろか、男子に俺のパーソナルスペースを踏み入れられることにだって慣れてないんだよ。まぁ俺が拒絶してるって言うか?彷徨える孤高の魂は仲間を必要としないと言うか?

 

「ありがとね」

 

「何がだ」

 

「この1週間、私に尽くしてくれたことよ。罰ゲームだからそもそも私が感謝を言う必要はないけど、なんだかんだあんたの優しさに甘えた自覚はあるの」

 

「…そうか」

 

 手前味噌ではあるが、確かに結構尽くしてきたような気はする。なんならサービス精神旺盛で1日延長したりね。

 

「…楽しかった」

 

「え?」

 

「学校じゃあ魔理沙やアリス、鬱陶しい文とあんたがいるけど」

 

「ごめん俺今鬱陶しいって言われた?」

 

 射名丸だけだよね?誓って俺も鬱陶しい枠に含まれてるわけじゃないよね?

 

「神社に帰れば独りになる。小さい頃から独りだったから、特に嫌だとか寂しいとかって感情はなかったわ。…それでも、孤独という事実は変わらない」

 

「博麗…」

 

「だから、なのかしら。この1週間、神社に帰っても退屈はしなかった。だって、あんたが隣にいるから」

 

 1週間を通しての博麗の感想。博麗の様々な感情が入り混じるその言葉に、俺は固唾を呑んで見守るだけだった。

 

「いつからか、あんたが隣にいることが当たり前とすら思えてきたの」

 

「…まぁ、この1週間1番関わったからな」

 

「八幡は、どうだった?」

 

「どうって、何が?」

 

「この1週間よ。結構あんたに色々言ってきたつもりだけど。…やっぱり、嫌だったの?」

 

 この1週間がどうだったか、か。

 確かに博麗には色々言われてきたし、無理強いも多かった。面倒でもあったし、小町と関わる時間もなかった。

 

 だが。

 

「…もし嫌なら適当な理由つけてバックれるし、1日延長なんてしねぇよ」

 

 面倒ではあった。だが、別に「嫌だ」という感情は特に芽生えはしなかった。だからと言って「好きだ」という感情が芽生えたわけでもないが、別に嫌ではなかった。

 

 もしかしたら、俺ってば社畜気質があるのかも知れない。

 

 それにまず前提として、下着を見た事実がある。不可抗力とはいえ、下着を見てしまった。見てしまったからには償う義理はあるからな。

 

「…そう」

 

 博麗はなんだか満足げな表情を浮かべる。

 

「ありがと。もういいわよ、帰っても」

 

「え?」

 

「あんたの働きに満足したからね。これ以上あんたをここに縛り続けたら、またあんたに甘えそうになる」

 

「…そうか。なら、遠慮なく帰るわ」

 

 俺は帰る支度を始める。その刹那。

 

「でも」

 

 何度も聞いた博麗の冷たい声が、再び発される。

 

「私以外に対して愛さ(尽くさ)ないで。今度は罰ゲームどころじゃなくなるから」

 

「あ、あぁ…。というか、別にそんな相手いないけど」

 

「あんたがそうでも、他がどうか分からないでしょ。警告よ」

 

「お、おう。善処するわ」

 

「ならいいの。…それじゃあね、八幡。おやすみなさい」

 

「ん、じゃあな。おやすみ」

 

 俺は博麗の姿を背にして、神社を後にする。

 

 これにて博麗の罰ゲームが、終了した。

 

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