やはり東方の青春ラブコメはまちがっている。 作:セブンアップ
鈴仙の後を追って自転車を漕ぐが、一向に見つからない。
俺は自転車を止めて、鈴仙に電話を掛ける。だが、出ない。着信拒否では無さそうだが。
「…先に学校に行ったのか?」
その可能性はあり得る。さっさと学校に行ってしまえば、例え朝からストーカーが鈴仙を狙っていても、手出しは出来ない。
そう考え、俺は一度、学校に向かった。到着し、正門付近の前に乱暴に駐車して、まず自分のクラスに向かった。
鈴仙は俺と同じクラス。先に行っているのなら、教室にいるだろうし、最悪鈴仙が教室にいなくても荷物はあるはずなのだ。
クラスに到着し、俺は鈴仙の机を目視する。しかし、鈴仙は来ておらず、更に荷物すら置いていない。ということは、学校に来ていないということになる。
「あんた、何してんのよ」
後ろから博麗が気怠げに声を掛ける。博麗の背後には、霧雨とマーガトロイドまでも。
「なぁ、鈴仙を見てないか?」
「鈴仙?誰よそれ」
「貴女ねぇ……少なくとも私達は見てないけれど」
「そうか。ならいい」
俺は少し乱暴に彼女達を押し除け、廊下を走った。
「って、おい!八幡!」
背後から彼女達が何か言っているが、自身の足音でそんな声は聞こえない。
校舎を飛び出し、正門付近に駐車した自転車に再び乗り出し、鈴仙を探しに向かう。
さぁ比企谷八幡。ここからは遅れを取れば、鈴仙が終わる。
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彼の姿が見えなくなったあたりで、私は走るのをやめて歩き始める。
『短い間、ありがとね』
きっと突き放して正解だ。これ以上、私の問題に彼を巻き込むわけにはいかない。
師匠を守るための格闘技を会得したが、まさか自衛のために使うかも知れないとは思わなかった。
相手がどんなやつでも関係ない。私を狙うストーカーは、私が潰してやる。
「あれ?鈴仙ちゃんじゃないか」
「え?」
後ろから聞き覚えのある声を掛けられ、振り返る。しかし、顔は全然見覚えがなかった。
「…どちら様ですか?」
「あー悪い悪い。これ付けてなかった」
その男性は、「罪」と書かれたマスクを被る。
「あ、罪さん」
「そうそう。いつもマスクしてたから、そりゃ気付かないよな」
初めて罪さんの素顔を見た。というか、往来の場でそんなセンス皆無の不審マスク被っていて何も感じないのだろうか。
「今から学校?大変だね」
「えぇ、まぁそうですね。…というか私、少し急いでるので、話はまた配達した時にお願いします」
私はそう一方的に話を終わらせて、罪さんを背に向けて学校に向かって歩き始めた。
私個人としては、早く学校に行きたい。ストーカーが今もいるかも知れない。学校にさえ行けば、とりあえずストーカーに手を出されることはない。
「そっか。それじゃあ残念だけど、学校は休まないとね」
「えっ?」
その瞬間、後ろから強引に身体を拘束されて、首元には何かを突きつけられてしまう。
「な、何するのっ…!」
「これ防犯のためのスタンガンなんだけどさ、首に電気流せばどうなると思う?」
罪さんはヘラヘラしながらそう尋ねる。
首に電気が流れてしまえば、そんなの気絶するに決まってる。
「最初はナイフにしようかなって思ったんだけどさ、鈴仙ちゃんに切り傷とか付けたくないのよ。だからスタンガン。スタンガンで鈴仙ちゃんを気絶させる。ビリビリってね」
すると、首元から電気が発生する小さな音が聞こえる。
「抵抗さえしなければスタンガンは当てないよ」
「…何が、目的なのっ…!」
「そうだね。とりあえずここは人目に付くから、誰もいないところに行こうか」
罪さん、いや、ストーカーであろう人物は私を強引に引っ張って歩いていく。
私の右肩に手を回して、依然スタンガンを突きつけたまま。こんな状態、普通なら通行人が見るはずなのに、誰もがスルーしていく。
「君の髪の毛が多いから、良い具合にスタンガンが隠れてる。身動き一つしたら、首に電気を流す」
「そ、そんなことしたら、それこそ人の目に付くんじゃ…」
「かもね。でもそれは君が気絶したって部分だけだろうし、怪しまれても"彼女が体調を崩した"って言えば通じる」
「っ…!」
このストーカー、犯罪慣れしてる。初めてのストーカーなら、多少なりとも焦りや動揺、なんらかの隙があるはずなのに、それがない。そのことを察せてしまったから、尚のことこの人に恐怖を抱いた。
「そんな怖がらないでよ。確かにストーカーしたのは悪いと思ってるけどさ、君が可愛いから、優しいからしたんだよ?そのことだけは分かって欲しいなぁ」
知らない。こんな人に媚を売ったり、優しくした覚えはない。全部仕事だから。この人に好かれたくてやったわけじゃない。何を勘違いしてるんだこの男は。
しかし、不用意なことを言うと逆上させてしまう可能性がある。私は我慢し、男に連れて行かれる。しばらく歩き、辿り着いた場所は。
「そ、倉庫…」
「そう。誰も使われていない開放された無人倉庫だ。ここなら人目に付きにくい」
「ほ、本当に何するつもりなの…!?私をこんなところに連れてきて…」
「そうだな。目的地にも着いたし、もう言ってもいいかな」
と言いつつ、おそらく私を狙う目的はぼんやりと分かっていた。
「君を俺の女にする」
…やっぱり。当たって欲しくなかった勘が的中した。
「君にあんな男は似合わない。俺なら君を幸せにしてやれる。君に俺という男を隅から隅まで刻み込んであげるから」
「嫌っ…!」
「あー抵抗しないで。したらスタンガンだよ分かってる?君が気絶してる間に、大事なものが失ってるわけだけど、それでもいいんなら」
首元でバチバチっと音を立てながら脅してくる。結局、隙なんてなかった。
きっと私と出会ってから、綿密に立てていた計画なんだろう。だからこんな冷静に、そして用意が周到だったんだ。
嫌。気絶してる間に、私の処女が失ってるなんて絶対嫌。そもそもこんな男に捧げたくない。
でもこのまま無抵抗で大人しくしていたら、それこそこの男の思う壺。
なんで私がこんな目に遭わないといけないの?
何も悪いことなんてしてない。むしろ人のために頑張ってきたと自負するぐらいだ。
「…抵抗しないってことは、俺の愛を受け入れてくれるんだね。嬉しいよ、鈴仙ちゃん」
嫌…。
「じゃあ中に入ろうか。この中ならどれだけ声を出しても外には届かないから」
誰か…。
「これからは君は俺の女だ」
助けて。
「鈴仙ッ!」
「あ?…うぐぁッ!!」
その時、その男は私から手を離して地面に倒れていく。いきなりのことだったからか、ストーカーはスタンガンを手放して倒れてしまう。
「えっ……」
なんで、ここにいるの?
ストーカーと一緒に倒れたその人物を見て、私はそう思った。だって、彼がここにいるはずがないのだから。
なのに、なんで?
「…比企谷…くん…」
「い、いってぇ……」
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あークソ痛ぇ。勢いよく突進したのは良いものの、突進した反動で受け身が取れなかった。
「な、なんでここに…」
鈴仙がゾンビでも見たような顔をしている。そんなに俺の目がゾンビみたいですかそうですか。
「…あれだ。千葉県民が成せる技だよ」
鈴仙がストーカーと出会した場合、場所は鈴仙が通る通学路。
しかしストーカーが鈴仙を強引にでも引っ張って行こうものならば、周りが黙っていない。まぁ関わって面倒事を避けたいと思っている人間しかいないのなら話は別だが。
で、ストーカーはおそらく、連れて行く際に鈴仙に何かしらの脅しを仕掛けるに違いない。それも、周りに悟られないように。鈴仙がその脅しに屈すれば、後は人目が付かないところに連れて行けばいい。
仮に車でどこかに連れて行こうにしても、数秒の隙が生まれる。俺がストーカーなら、そんな隙は生ませない。だから徒歩だと考えた。
後は鈴仙の通学路からそう遠くない、人目が付かないところを探せばいい。
「そ、その…ありが…」
「礼は永遠亭に帰れた時にしろ。そのまま言ったら死亡フラグっぽくなる」
そう、まだ終わっていない。たかだか突進しただけで、ストーカーがKOするわけがない。
ストーカーは立ち上がり、こちらを睨め付ける。
「…なんなんだよお前……今から俺と鈴仙ちゃんで愛を育むってところだったのに、邪魔しやがって」
「愛を育むねぇ……一方的な愛を押し付けて、よくもまぁそんなカッコいいセリフが出てきたな。どうせあれだろ?ちょっと優しくされたり、笑いかけられたりして好きになっちゃった系男子だろ?」
そんで勘違いして自分が痛い目を見る。思春期男子のお約束だなこりゃあ。
「違う!そんな低レベルの愛じゃない!鈴仙ちゃんは、俺が具合が悪い時に駆けつけてくれた!体調を治すための薬を届けに来てくれたんだ!」
「そりゃ薬を届けるのが仕事だからだろ。ラリってんのかお前」
「うるさい!鈴仙ちゃんは俺を愛してるんだ!俺も鈴仙ちゃんを愛してる!だからお前は邪魔なんだよ!」
すると、ストーカーはポケットを探り、とある物を取り出した。銀色に光る鋭利な刃に、黒いグリップ。
「…完全にキマってんな」
人生で一度あったらレアケースだ。まさか、自分がナイフを向けられる日が来るなんて思いもしなかった。
「お前を殺した後で、鈴仙ちゃんとゆっくり愛を育むとするよ」
「…鈴仙。お前絶対動くなよ」
「な、何を…?」
俺は鈴仙の前に立って、ストーカーと向かい合う形になる。
やっべ。全身がブルってる。流石に、ナイフ向けられて怖くないわけないよな。
「どうした?足が震えてるぞ?ビビッてるのか?」
「残念だが武者震いってやつだ。お前こそ、俺に傷一つでも付けりゃあ傷害罪で逮捕されること忘れんなよ。その前に銃刀法違反だけどな」
煽りに煽りまくって、あいつに揺さぶりを仕掛ける。
「うるさいうるさいうるさい!!死ねええええぇぇッ!!」
ストーカーがナイフを向けながら、こちらに突進してくる。
俺が自衛の術とか、体術とか習ってたらストーカーを一人捻ることが出来たんだろうけど。
でも、俺にはそんなこと出来ない。だから俺がやることは一つ。
「動くな!ナイフを捨てて投降しろ!」
先に手を打つことだ。
無人倉庫の周辺には、警察が続々と現れる。ストーカーは何が何やら分かっていない様子だ。
「け、警察だと!?いつの間に…」
「鈴仙を探す際に通報しといた。"女子高生が男に拐われた"ってな。…俺が真正面からお前を相手にするわけないだろ。そんなナイフ持ってる相手に俺が勝てるわけねぇ」
俺が対応出来ないなら、警察に頼ればいい。犯罪者を捕まえるのは警察の仕事。俺は警察が来るまでの時間稼ぎをすればいい。
正に適材適所ってやつだ。
「残念だったな。お前はもう、鈴仙に近づくことすら出来ない」
「ふざけんな!ふざけんな!!」
ナイフをこちらに突き立てようとするストーカーに対し、警察が複数人で取り押さえる。
「離せ、離せよ!俺と鈴仙ちゃんは愛し合ってるんだ!鈴仙ちゃんは俺のために薬を届けに来てくれるんだぞ!なんでお前らなんかに邪魔されないといけないんだよ!」
「…過剰な愛は、最早愛じゃねぇんだよ」
「クソぉッ!!クソぉ……!!」
ストーカー、罪複郎は警察に連行された。俺はストーカーが捕まった安堵からか、その場にへたり込む。
「はあああぁぁぁ……」
「だ、大丈夫!?」
鈴仙がこちらに駆け寄ってくる。
「まぁ、ちょっと足がな。流石にナイフを向けられるとな…」
「貴方が無茶なことするからよ!」
それはそうだ。時間を稼げたからなんとか無傷で終わったが、もし話を流されたらどうなっていたか。
「…でも…ありがとう。…怖かった……とても怖かった……」
鈴仙はその場で涙を流し始める。
「…まぁその、なんだ。無事で良かったな」
「うん…うん……」
…本当、ラノベのラブコメみたいな怒涛の展開だったな。
俺がそう振り返ると、まだその場にいた警察がこちらに近づいてくる。
「…なんですか?」
「申し訳ありません。今回の件の事情聴取のため、署までご同行願いますか?」
「分かりました。…鈴仙、動けるか?」
「うん…」
俺達も一緒にパトカーに乗車し、警察署で今回の件の旨を話した。それなりに時間がかかったため、聴取が終わったのは昼前となった。
「では、学校までお送りいたします」
「あぁ、俺はさっきの倉庫に送ってくれませんか?自転車置いて来たままなんで」
そうして、事件現場の倉庫に送ってもらった。
「じゃあこいつは学校に…」
「待って。…私も一緒に降ります。学校へは、このまま歩いて行きます」
「…分かりました」
俺と鈴仙は倉庫前で降り、パトカーはそのまま去って行った。
「…学校まで送って貰わなくて良かったのか?」
「うん。これでいいの」
「…そうか。じゃ、行くか」
俺達は改めて、学校へと向かい始めた。この分じゃ、5限目の途中ぐらいに着きそうだ。
「ねえ」
「…どうした?」
「なんで助けに来てくれたの?」
「は?」
何を言ってるんだこいつ。
「…私は依頼を取り消したじゃない。貴方がもう動く理由なんてない。なのに…」
「…まぁ、あのまま放置するのは夢見が悪いしな。…それに」
「?」
「お前が助けを求める顔をしてたように見えたから」
あの時、鈴仙は依頼を取り消した。けれど俺には言葉通りの表情には見えなかった。
俺を巻き込むことを危惧して依頼を取り消した。だから助けてって言いたくても言えなかった。強がって、自分一人で解決すると決めたんだろう。
それでも、鈴仙は助けを求めていた。それだけは、鮮明に伝わった。
「…本当……バカみたい…。…貴方、人が良すぎるでしょ…」
「今更気づいたのか?俺ってば超優男だからな」
「…自分で言うものじゃないでしょ……ふふ」
泣いたり笑ったり忙しいやっちゃなこいつ。
涙を袖で拭き取ると、こちらに微笑む。
「…ねぇ、八幡って呼んでもいいかしら?」
「なんだ急に」
「今まで貴方とか比企谷くんって呼んでたし。…ダメかしら?」
「…別に今更名前に固執はしてねぇからどう呼ぼうがお前の勝手だ」
「ありがとっ」
もう異性から八幡と呼ばれることに慣れてしまったからな。今更八幡と呼ばれて慌てたりキョドったりはしない。
これは少し大人になったってことですかね。八幡はレベルアップした!みたいな。
そんな下らないことを考えていると、学校に到着した。正門には、八意先生と八雲紫、八雲藍先生が立っていた。
「優曇華!」
「師匠!」
八意先生は鈴仙を抱きしめ、鈴仙は八意先生に抱きつく。無事に対することからか、二人は涙を流し始めた。
「良かった……本当に良かった…」
「師匠……師匠…」
正にハッピーエンド。部外者の俺はさっさと授業に向かおうとしたのだが。
「話は藍から聞いたわ。どうやら大変なことになっていたそうね」
「驚いたぞ。職員室で作業をしていたら、急に警察から電話が掛かってきたものだからな」
未遂とはいえ事件沙汰になれば、そりゃ学校にも電話の一つは届くか。だから正門で待ってたのか。
「無事で良かったわ」
「…そうですね。過去一、命に関わる出来事でしたよ」
俺はそう返して、下駄箱に向かった。ローファーから上履きに変えて、自分の教室へと向かった。
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師匠の胸に包まれながら、私は彼のことを思い浮かべていた。
比企谷八幡。
目ぇ腐ってるし捻くれてるし周りの女はヤバいし、正直、あんな陰気な男のどこに興味を持つのかが分からなかった。
でも、それは碌に関わりもしないで見ている側だったから。だから今日、彼にどうして惹かれるのか分かった気がする。
酷く優しいのだ。彼は。
彼の一言一言は捻くれてる。でも、それは相手のことを想う意味が含まれてる。その捻くれた優しい言葉が、きっと女を魅了する。
それだけじゃない。
『お前が助けを求める顔をしてたように見えたからな』
彼の行動だ。
私は依頼を取り消した。八幡を巻き込みたくなかったし、何より私の問題だったからだ。
だから八幡があの時助けに来てくれなくても、私は文句を言わなかった。
なのに、八幡は助けに来てくれた。ストーカーがナイフを取り出した時、私を庇う形で前に立ってくれた。
彼はただ捻くれた男じゃない。人に最大の優しさを与えてしまう、魅惑の男なんだ。
そんな彼に、私は毒された。
彼はきっと、困った人を助けるのだろう。バカみたいに捻くれたこと言って、面倒くさがっても行動してくれるのだろう。
でももし、それが私だけだったら?
彼の優しさを、全部私が独占出来ればどうなる?あの甘い魅惑の毒を、私だけが味わえればどうなる?そんなの、決まっている。
幸せでしかない。
子どもがおもちゃを独り占めしているように、私も彼を独り占めしたい。あの優しさを、私だけに向けて欲しい。
もしかしたら、きっと優しさだけじゃ我慢出来なくなる。彼の全てを独占出来れば。
嫌なことに、ストーカーの気持ちを理解してしまった。好きな相手が自分だけ見て欲しいというエゴ。
まぁ私はストーカーなんてしないし、法を犯すような真似はしない。
ならどうすればいいか。簡単だ。
法を犯さない程度で、彼には私だけを見てもらえばいい。法を犯さずとも、彼に好きになってもらう策なんて作ればある。
けれど八幡、一つ先に謝っておくわ。
私、兎みたいに寂しがりやなの。きっと八幡に迷惑を掛けてしまうかも知れない。個人的に八幡には迷惑を掛けたくない。だから。
これ以上あまり私に優しくしないでね。
貴方に好きになってもらうのが大前提だけど、私って結構性欲が強いの。もしこれ以上私に優しくしたら。
私は貴方の人生を無理矢理奪うことになるかも知れないから。貴方がこれからどう歩むか分からない人生を、私が奪ってしまうから。
だから気をつけて、八幡。