やはり東方の青春ラブコメはまちがっている。 作:セブンアップ
「人手が足りない…」
「そうなのよ。専門的なことはさせないから。薬や医療用の器具を持って来てもらうとかそんなサポート的な仕事だけだから」
夏休みだと言うのに俺は今、永遠亭にやって来ていた。鈴仙曰く、今日はやたらと訪ねて来る人が多いらしい。故に、邪魔にならない程度のサポートを頼まれたのだ。
「勿論、バイト代は出すって師匠も言ってる。だからお願い出来ないかしら…?」
「…はぁ…。まぁ、金が出るなら手伝うけど」
「本当?ありがとう!」
暑い中で動くなら即断っていただろうが、エアコンが効いて部屋の中で冷えている。そこまで俺が働くことも無い可能性だってあるし、それで金が貰えるならやっても構わない。
そんなわけでその日一日中、永遠亭のサポートに徹した俺。
病院みたいに大きな機関ではなく、どちらかと言えば診療所なので働く人間が少ないのだ。永遠亭は尚の事、八意先生と鈴仙でほとんど仕事を回していた。
故にやって来る人間が多い程、かなり負担を強いられる。無論、サポートに徹していた俺もそこそこ働いたのであった。
「今日は本当にありがとう。貴方がいてくれて助かったわ」
「や、別に助けるほど何もしてないんですけど…」
「いいえ、1人いるいないの差はこの診療所では大きいから。本当ならてゐもいる筈なのに、どこかに消えてしまったし…」
というか、そんなに人手が足りないのなら募集すれば良いのではないかと思うのだが、見たところこの少人数で切り盛りしているようだ。つまり、敢えて募集をしていないという事なのだろうか。
「お疲れ〜。なんか今日はやたらと患者が多かったね」
「てゐ!今までどこ行ってたのよ」
癖のある黒く短い髪に、桃色の半袖ワンピースを着ていた少女がヘラヘラとしながらやって来た。その少女に、鈴仙が問い詰める。
「いやぁちょーっと用事があってさ〜。…およ?そこの人間はどちら様?」
「彼は比企谷八幡。優曇華のクラスメイトよ」
「へぇ〜」
すると、てゐと呼ばれる少女はこちらに寄って来る。こちらの顔をジッと見ると。
「めっちゃ目ぇ腐ってるじゃん。何、今から眼球を取り替えたりすんの?」
「そんな事しないわよ。今日忙しかったから、手伝って貰っていたの」
「ふーん。あ、私は
「お、おう…」
なんだろう。この胡散臭い感じは。隙を見せたら悪戯でもされそうな気配がするんだが。
「とにかく、今日は本当にありがとう。これは今日のバイト代よ」
八意先生は、お札が入った封筒を渡す。俺は短く感謝を告げて、遠慮なく貰うことに。
「あ、師匠。折角ですし、八幡も夕飯に誘っても良いですか?」
「構わないわよ。彼が良いなら」
「え、俺普通に帰る気なんだけど」
手伝いは終わって、永遠亭に残る理由も無い。
「ダメ、なの…?」
「う……」
鈴仙の上目遣いが、即決を阻んだ。男子の上目遣いなんて気色悪いだけだが、女子の上目遣いはどうしても断りにくい雰囲気を醸し出している。
「…まぁ、別に良いけど。今日は家に妹いないし」
小町はあのカラフルな友人とお泊まりするらしい。だから帰りにこの金でサイゼかなりたけでも食って帰ろうかと思ったのだが…。
そろそろ女子の上目遣いに対して耐性を付けなければならないな。じゃないと碌なことになりかねない。
「それじゃ、早速夕飯にしましょうか。優曇華」
「はい!」
「あ、折角だから私も手伝うよ〜」
「え。て、てゐが?」
「私だって客人をもてなすぐらいの心はあるのさ」
しかし、因幡のその言葉に鈴仙は怪訝な顔をしていた。
「…まぁ私が近くにいるから大丈夫かしら。でも妙な事したらすぐ叩き出すからね」
「はーいはい」
「それじゃ、私は比企谷くんを案内するわね」
「あ、はい」
俺は仕事場の永遠亭ではなく、彼女達のプライベートルームである永遠亭を案内して貰った。内装がどことなく、命蓮寺や白玉楼を思わせる和風な造り。
そう思いながら八意先生の後に付いて行くと、どこからか聞き覚えのある効果音が聞こえて来る。この音は……ゲーム?
「…誰かゲームでもしてるんですか?」
「あぁ…恐らく姫様ね。彼女、ゲームが好きだから…」
今のところ、どんな人物なのか検討も付かない。姫様と呼ばれた人物はゲームが好きだと言う。
「後で顔を合わせるけれど、どうせなら先に挨拶しておきましょうか」
そう言って、姫様のいる部屋に先に案内された。襖を開けると、そこでは和風の造りに合わない大型のテレビやゲーミングチェア、机の上にはパソコンが置かれている。
「何?もう夕飯なのかしら」
「いいえ。客人をご紹介させていただきたいと思いまして」
「ちょっと待って。後少しで終わるから」
と、彼女はこちらを振り向くこと無くスマブラのオンライン対戦をプレイしていた。残機数を見る限り、姫様の圧倒的有利。相手のパーセンテージもかなり増加しており、場外に叩き出されてもおかしくない。
そう観察していると、すぐに相手は場外に叩き出されてゲームセット。
「このゲームももう飽きたわ。弱い相手しかいないんだもの」
そう言って、彼女は腰を上げてこちらに振り向いた。
ゲーミングチェアの背もたれで気付かなかったが、彼女の服装は和装であった。手を隠す程の長い袖がある桃色の服に、月・桜・竹・紅葉・梅と、日本情緒を連想させる模様が金色で描かれている赤いスカート。
その服装を際立たせているのは、腰より長いほどの黒髪だろう。前髪は眉を覆うぱっつんで、まるでかぐや姫を連想させられる姿。
「それで、貴方が客人?異様な目の腐り具合だけれど」
「姫様、初対面の人間にそういう言葉は…」
「別に良いですよ。言われ慣れてるんで」
目が死んでるだの腐ってるだの、言われ慣れ過ぎて何とも思わなくなった。心が強くなった証拠である。
「そう、なら撤回はしないわ。私は
「…比企谷八幡です」
「八幡、ね。まぁここで会ったのも何かの縁ね。よろしく」
本当にかぐやって名前だった。容姿といい名前といい、確かにこれなら姫と呼ばれてもなんら不思議じゃない。
「永琳、夕飯はまだなのかしら」
「今、優曇華とてゐが作り始めたところですが…」
「なら丁度いいわ。八幡、貴方ゲームは出来るかしら?」
突然、彼女に話を振られた。
「え?ま、まぁそれなりには…」
「そう、なら私と一緒にゲームしましょう。永琳は夕飯が出来たら呼びなさい」
「…分かりました。では比企谷くん、また後で」
「は、はぁ…」
俺が一緒にゲームをやる話になり、八意先生は先に部屋から出て行った。残された俺は、ただ突っ立っていただけだった。
「何突っ立ってるのよ。さっさとこっち来なさい」
「あ、はい」
ゲーミングチェアに座る彼女の隣に、俺は畳に腰を下ろす。「はいこれ」とコントローラーを渡される。
「そういえば名前聞いて思い出したけれど、貴方確かストーカー退治したって子よね。永琳から聞いたわ」
「いや、正確には警察が…」
「けれど鈴仙の助けになったのは紛れも無い貴方でしょ?最近の学生って、勇気あるわね」
「最近の学生て。対して歳変わらないんじゃ…」
「あぁ、私学校行ってないのよ。というか行く理由も無いし」
飄々と言ったその言葉を聞いて目を見開く。まさかこの人、正真正銘の引き篭もりなのか?それにしては、初対面の人とのコミュニケーションをしっかり取れている。
「学校が嫌いとかいじめられたとかじゃないわよ。ただ、学校に行くことより、こうして自分のしたいことをして過ごす方が楽しいのよ。要のところは、今を楽しむってことかしら」
「今を、ですか…」
「そう。過去は無限にやってくるわ。だから、今を楽しまなければ意味が無いじゃない。千年でも万年でも、今の一瞬に敵うものは無いの」
コントローラーを操作しながら発した彼女のその言葉に、俺は心に残った。カッコいいとすら思えてしまったのだ。
「勿論、学校が楽しいって人もいるわけだから、その人の楽しみを否定するつもりは無いわ。けれど、今を楽しむ事は人間が出来る幸福なのよ。その楽しみがゲームでも学生でもね」
今が1番幸福、という点については同意する。
だが俺の場合、過去を振り返れば死にたくなるし、未来を考えれば不安で鬱になるから、消去法で今が幸福だと思っている。
しかし彼女は、過去のことや未来のことよりも、今だけを考えて楽しんでいる。ゲームが好きだから、こうして引き篭もって楽しんでいるのだろう。
カッコよ過ぎだろ。危うく惚れちゃうところだったぞ。
「…カッコいいですね」
「どうせなら美しいと言いなさいな。まぁ、私に身の程知らずの恋をした連中の言葉なんて聞き飽きてるけど。揃って"美しい"って言ってきて。そんな事分かってるわよ」
さっきまでカッコよく見えたのが、今の一瞬で崩れたように見えたのは、俺が妙な期待をしていたからだよな。そう、俺が悪い。
「私ね、こう見えて結構モテるのよ。過去に5人同時に求婚されたこともあるのよ」
待ってこれなんかどっかで聞いた話なんだけど。なんかもうオチが分かっちゃった気する。
「でも、知らない相手にいきなり求婚されて、"はい喜んで"って返すわけないじゃない。相手の心を知らないまま結婚しても幸せになるわけじゃないし、なんなら浮気されることだってあるでしょう?だから彼らに難題を出したのよ。私に見合う相手かどうかを確かめるために」
あーこれあれですね。内容がまんま竹取物語ですね。リアルのかぐや姫を見ることになろうとは思わなんだ。
「結果は全員無駄に終わったわ。よく分からない贋物ばっか持って来たし」
「…そうですか」
「分かったのは、世界有数の財閥の御曹司であっても私に見合う相手じゃないということ。いくら金や人脈があっても、叶わないこともある。世の中そんなに甘くないのよ」
壮大なお話だった。元ネタを知ってるからか、これが本当の話なのか疑いたいとは思うけど。ただ名前や容姿からして、本当にあったことなのではないかと錯覚させられる。
「貴方も諦めた方が良いわよ。私に身の程知らずの恋をする前に、そこらの女に恋をしておくことをお勧めするわ」
「…いや、まずなんで俺が好きになる前提なんですか」
「へ?」
「確かにその容姿ならそういう感情を持っている人がいてもおかしくないですけど、俺別に先輩の事好きじゃないんで」
なんなら少し苦手意識が出て来たまである。生き様はカッコいいし、考え方に共感出来る部分が無いわけじゃない。が、そんなすぐに好きになったりしない。運命の相手なんて信じないタイプだからな。
「またまた、思春期特有の照れ隠しね。そんな隠さなくても良いのよ?私を好きになることは何も恥ずべきことじゃないのだから」
「いやだから、好きじゃないって言ってるじゃないですか。初対面の人間を好きになれるわけないでしょ」
「もう、そういうのは良いから。本音は?」
「だから好きじゃないと。なんなら少し苦手意識出ましたし」
残念だが、俺は今まで恋愛について良い思い出が無かった。
中学で生み出した黒歴史のおかげで、勘違いすることも無くなった。人の言葉を疑うことも覚えた。
ある意味、恋愛に対して無敵と言える。
「私のことが、苦手ですって…!?」
「あ」
これヤバい、怒らせた。確かに初対面の人間に苦手と言われたら、喧嘩売られてんのかって話になる。いやでも、初対面の人間に傲慢に接して来るのもどうなのだろうか。
「私に惚れない人間なんていなかった筈なのに……!貴方感情が死滅してるのかしら…!?」
そんな言う?確かに惚れてもおかしくない容姿だが、だからと言って全人類が惚れるかと言われたらそうじゃないだろ。
「ここまでコケにされたのは初めてよ…!」
凄い。この人めっちゃキャラ変わる。もう今のこの人なんか残念な感じがしてならない。
「姫様、比企谷くん。夕飯そろそろ出来るから」
「あ、は、はい」
俺はコントローラーを畳に置いて、彼女から逃げるように八意先生の後に付いていく。
これ完全に地雷踏んだ気する。だって寒気が止まらないんだから。今までの経験からなんとなく分かる。
俺あの人に狙われる可能性あり。
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私は美しい。自他共に認める美少女なのだ。その証拠に、5人もの人間から求婚されたのだから。
それがきっかけになったからか、いつの間にか私を好きにならない人間なんていないと思い込んだ。だって知りもしない相手から出された難題を無謀にも達成させようとしたのよ。
つまり、私はそれほどまでの人間だということなの。
それ以外にも、永遠亭に診断を受けに来た人間にも惚れられたこともある。私の美貌は日本、いや、世界トップレベルと言っても過言ではないわ。この美しさに惚れてしまい、無謀にも私に身の程知らずの恋をしてしまった人間は数え切れない。
だから、私は惚れられることを疑わなかった。
なのに、あの比企谷八幡とかいう不調法者は私のことを苦手とか言い出した。最初は、私を好きになってしまって照れているのだと思った。
しかし、顔がそれを物語っていた。本気で、彼は私のことを苦手としているようだ。
私に惚れない男なんて存在するわけがない。いたとしたら、その人間の感情は死滅している。
「それじゃ全員揃いましたし、食べましょうか」
鈴仙とてゐが作った夕飯。客人を交えての夕飯はいつ以来かしらね。
「どう、八幡?美味しい?」
「あ、おう…普通に美味い」
「その餅も食べてみてよ!突きたてで美味しいからさ」
「マジか」
てゐに促されて八幡は餅を一つ、口に入れると。
「んっ!ゴホッゴホッ!」
八幡はその瞬間、咽せ返す。
「は、八幡!?てゐ、餅に何入れたのよ!」
「中に七味唐辛子をドサっと」
「頭おかしいんじゃないの!?八幡、水飲んで!」
てゐが素直に料理を作るとは思えない。本当、悪戯好きな子なんだから。
「一種のサプライズってやつさ。な?」
「やっぱ止めておけば良かった…!八幡、大丈夫?」
「あ、あぁ…」
それにしても、あの程度の悪戯で苦痛な表情を出すとはね。感情が死滅しているわけではなさそう。ということは、私に惚れない理由は別のところにある。
ということは、やはり照れ隠し?
それが一番あり得るのよね。私を見て惚れない人間なんていないわけなのだから。
しかし、それでも苦手と言ったことは許さない。
照れ隠しも出来ないように、まず彼を私に依存させましょう。私しか考えられないくらいに魅了して、今よりもっと惚れさせる。その上で、私に告白させる。
そして、思い切って彼の告白を振ってみせるのよ。「私、貴方に苦手と言われたことが頭から離れないの。だから、ごめんなさい」ってね。
自分が如何に愚かな選択をしたのか知ることになる。私に惚れたその時が、貴方の最後よ。
そうと決まれば、まず策を練らなければ。ただ単純にべたべた引っ付いて誘惑するのは、乙女としてあるまじき行為。
「あ、水が無くなってる。グラス貸して」
「あ、悪い。ありがとな」
そのまま平和ボケしていなさい。貴方はこれから、私の掌で踊ることになるのだから。
「ふふふ…」
「姫様?どうかなさいました?」
強がる彼が私に惚れて告白し、そして振られて絶望するその表情をするだけで楽しみだわ。
私を敵に回したことを、後悔しないことね。