やはり東方の青春ラブコメはまちがっている。   作:セブンアップ

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故に封獣ぬえは、独りではなかった。

 そこそこの距離を歩き、命蓮寺に到着した。到着すると、目的の人物が命蓮寺の中から現れる。その人物とは、まさしく封獣ぬえ本人。

 

「誰?お前達」

 

 封獣はこちらを見るなり、ぶっきらぼうに尋ねる。廊下の時のあの表情が嘘みたいに、険しい表情であった。

 

「私達は東方学院の生徒会だよ!私は河城にとり!よろしくね!」

 

「鍵山雛よ」

 

「比企谷…」

 

「ふうん。その生徒会が、わざわざ命蓮寺になんの用?まさか、わざわざお参りに来たわけじゃないでしょ」

 

 あの、封獣さん?人が自己紹介してるときに遮らないでください?ていうかあいつ、俺のこと眼中にない。こちらに目すら向けない。俺ってばそんな存在感ないのん?うっ、涙が。

 

「…貴女が校内のあちこちで迷惑をかけているのは聞いてる。高校生にもなって、小さな悪戯していて恥ずかしくないの?」

 

「全っ然。むしろ楽しいね」

 

「でも、みんなは困ってるよ。今日だって、君の悪戯のせいで相手の子全身びしょ濡れだったし」

 

「だから?大体、あっちから喧嘩売ってきたんだから。私は悪くない」

 

 どうやら、相当拗れているようだ。こういった人間は、そう簡単に悪戯をやめたりしない。むしろ逆上して、エスカレートする可能性がある。

 

「…やめないのか?」

 

「やめないよ。楽しいし。ていうかお前誰」

 

 自己紹介しようとしてるところを遮っておいてなんだこの野郎。

 

「…比企谷八幡だ」

 

「あっそ。で、何?生徒会のメンバーが命蓮寺に押しかけてしたかったことって、私の悪戯を止めたいとかそんなところ?」

 

「分かってるんだったら…!」

 

「やだね。私は人間が嫌いなんだ。だから悪戯し続ける。誰に何を言われようが、絶対にやめない」

 

 封獣の頑固な考えには、聖さんや河城先輩たちが困り果てていた。だが、あながちこいつが言っていることが分からないわけではない。

 

「…そうだな。人間なんて、本性を表せば醜い生き物だ。そんなやつらのことを好きになれるわけないよな」

 

「…へぇ。正攻法じゃ私が納得しないから、私に取り入ろうってこと?」

 

 人間不信なだけあって、やはり疑ってくるか。

 

「事実を言っただけだ。実は、俺も人間が嫌いなんでな」

 

「ふうん。でも、変な話だよね。人嫌いの人間が、生徒会に入ってるのって」

 

「稗田先生の作文で内容不適切扱いで強制的に入れられただけだ。同じ一年なら、お前も書いただろ?」

 

「あぁ、あの"青春とは何か"ってテーマでしょ?くっだらないテーマだったよ。反吐が出そうだった」

 

「同感だな」

 

 なんだ、案外話せるじゃないか。聖さんの話だと、無視されるって聞いたから、流されると思っていたのだが。

 

「…ねぇ、聞かせてよ。あんたの作文」

 

「いいぞ。歴史に残る会心の出来だからな」

 

 俺は"青春とは何か"というテーマの内容を、封獣に聞かせていく。そして全てを言い終えた後、その内容に対する封獣の反応は。

 

「あーっはっはっは!何それ、最っ高!あはははっ!」

 

 どうやら大爆笑だったようです。封獣は腹を抱えて、その場で(うずくま)る。少しして、笑いが収まったのか、封獣はゆっくりと立ち上がる。

 

「…はぁ…はぁ……。あー…笑った笑った」

 

「それで、感想は?」

 

「最高だよ。面白かった。…あーあ、私も八幡と同じクラスだったらなぁ」

 

「へ?」

 

 突然の封獣の呟きに、俺は素っ頓狂な声を出してしまう。

 すると、封獣はこっちに近寄って、一つの提案を持ちかけて来た。

 

「ねぇ、これから私に付き合ってよ。人嫌いってところは共通してるんだし、八幡と一緒なら、何か面白い悪戯が思い付くかも知れない」

 

「何を考えているのですか、ぬえ!」

 

「関係ない聖は黙っててよ」

 

 聖さんが横槍を入れるも、封獣はそれ突き返す。

 

「で、どう?私達、結構気が合うと思うんだ」

 

 どうすればいい。断るか断らないか。

 ここで断れば、一度掴んだ尻尾が二度と掴めない可能性がある。逆に賛成して封獣と一緒にいれば、俺がなんとかして迷惑行為を抑えることが出来る。

 

 聖さんの依頼は、封獣ぬえの心の闇を取り払うこと。内容が漠然としているが、要はこいつが独りではないこと、周囲の人間が誰しも敵ではないことを教えてやることだ。

 

 一歩間違えれば依頼は失敗するが、断ってしまえばその時点で、彼女と話を交わす機会すら失うかもしれない。

 

 最悪、俺がなんとかすればいい。

 

「……そうだな。別に構わんぞ」

 

「こ、後輩くん!?」

 

 俺が封獣の誘いを受けたことに、周りが動揺する。反対に、封獣だけは嬉々とした表情だ。

 

「ち、ちょっとこっち来て!」

 

 河城先輩が俺の腕を掴んで、封獣から一旦距離を離す。そして封獣に聞かれないように、ボリュームを下げて問い詰めてくる。

 

「どういうつもりなの!?あの子に加担するって…」

 

「…貴方、正気なの?」

 

「これが、今出来る最善の策です」

 

「でも、私達で話し合ったりすれば……」

 

「他勢にあーだこーだ言われたら、多分それこそ機嫌を損ねて悪戯が過激になりかねません。こういう場合、一人の方が動きやすいんです。それに、わざわざ指名までされてますしね」

 

「…分かったわ。会長には、私から報告しておくわね。にとりもそれでいい?」

 

「…うん。分かったよ」

 

 鍵山先輩は呆れた表情で、河城先輩は渋々といった表情で納得してくれた。

 

「…とりあえずしばらくはお前に同行する。…だが、そんな簡単に俺を信用できるのか?」

 

「いいよ別に裏切っても。裏切ったらその時は八幡を標的にするから。嫌でしょ?毎日私の悪戯受けるの」

 

 そういうことか。流石に、毎日毎日封獣の悪戯はこちらとしては受けたくない。

 

「…まぁ流石に鬱陶しいな。それ」

 

「でしょ?だったら私を裏切るなんてことはできない。一々"こいつは裏切らないやつ"なんて信用する必要もない。どっちに転んでも私に損はないから」

 

「…そうかい」

 

「じゃあとりあえず、今から私に付き合ってよ」

 

「?どっか行くのか?」

 

「私の悪戯道具切らしててさ。ドンキとかだったらいっぱい売ってるし」

 

 自分の悪戯のためにあの大型有名店を利用するとは、なかなか肝の据わった女の子だ。そこに痺れもしないし憧れもしないけど。

 

「じゃ、行こうよ」

 

 封獣はそう言って、俺の手を引いて走っていく。それに釣られて、俺も走っていく。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「何を買おっかな〜……」

 

 封獣はウキウキとした面持ちでドンキの中を歩き回る。ドンキの中ならば、そういった小道具も存在するだろう。

 俺は少なからず、今からなんの関連性もない人間に迷惑をかけてしまう。小町に言ったら確実に怒られるようなことだ。出来るなら、悪戯をする前にこいつをなんとかしたい。

 

「…何も小道具だけが悪戯の醍醐味じゃないぞ」

 

「どういうこと?」

 

「例えばだ。周りの人がいなくなった途端、人知れず全てのシャーペンの芯を机の上にばら撒く。地味だがされたら鬱陶しい悪戯だ」

 

「おぉー…。陰湿だけど、確かにそれもありかも。他には?」

 

「他?他には……」

 

 俺は封獣に、思い付く限りの悪戯を教えた。彼女は興味津々に話を聞いて、まるで子どものようだった。

 

「…そういうわけで、小道具が全てじゃない。金がかからない悪戯が出来るってことだ」

 

「流石八幡。人間嫌いだけあってやることは陰湿だね」

 

「知能犯と呼んでくれていいぞ」

 

 なんだかんだで思い付くものなんだな。自分でも次から次に思い付いてびっくりした。

 

「…おい、あれ」

 

「うわ、悪戯好きの封獣じゃん」

 

「隣にいる男誰だ?まさか彼氏とか?」

 

「犯罪者みたいな顔じゃん。ま、封獣にはお似合いなんだろうけど」

 

 ひそひそとこちらを見て噂する男たち。制服を見ると、俺達と同じ学校の生徒だった。ていうか最後。犯罪者みたいな顔とはなんだ。普通に傷つくぞこんにゃろう。

 

「…うるさ。行こう、八幡」

 

 封獣はそんな連中に気にも止めず、俺の手を引いてドンキから出て行き、近くの公園まで向かうことにした。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 公園のベンチで座り込んだ俺達。その空間にあるのは、静寂のみだった。

 その静寂の空間を破り、俺は封獣に尋ねた。

 

「…一つ聞いていいか?」

 

「…何?」

 

「なんでお前、そこまで悪戯に固執するんだ?わざわざ知らないやつにまで迷惑をかけて、一体何したいんだ?」

 

 推測でいじめとは言ったものの、実際は違うのかも知れない。ならば聞いておく必要がある。これからのアプローチが変わってくる。

 

「…八幡には関係ないでしょ」

 

「確かに関係ないな。だが、お前は自分のリスクを考えたことはあるのか?」

 

「…どういうこと?」

 

 俺の言葉に、封獣は理解していないようだ。

 

「悪戯をすることで、違う意味でリターンが返ってくることを予め頭に入れてんのかって聞いてんだ」

 

「……」

 

「お前は今まで色々悪戯をしたんだろ?さっきのやつらみたいに、お前をよく思わないやつらだっている。むしろそういうやつの方が多い。そういうやつらが一団となって、お前に仕返しに来たらどうする。たった一人で、お前は太刀打ち出来るか?」

 

 封獣は悔しそうに下唇を噛む。どうやら図星のようだ。

 こいつはただ悪戯することしか考えていなかった。後のことなど、まるっきり考えていなかったのだ。

 

「先に言っておくが、お前は孤立させられたんじゃない。自ら孤立したんだよ」

 

「ッ!」

 

 今の言葉に、封獣は激しく反応する。俺に対して、凄まじい敵意を向けている。

 

「…悪戯さえしなけりゃ、少なくとも独りではなかった。折角友達が出来る機会を捨てた。お前は自滅したんだよ」

 

「……さい……」

 

「リスクリターンも考えないぼっちの末路は、一方的なリンチだ」

 

「…るさい……」

 

「チープな考えで自分の首を絞めてることに気づかなかった。自業自得だな」

 

「うるさぁいッ!!」

 

 堪忍袋の尾が切れた封獣は、けたたましい叫び声を発す。周りに誰もいないことが幸いした。

 

「お前に何が分かるんだよッ!!何もしてないのにいじめられて、友達だと思っていたやつらにも裏切られてッ!!私は何も悪くないのに!!」

 

 どうやら俺の推測は的を得ていたようだ。やはり、封獣は過去にいじめを受けていたのだ。

 

「なんなんだよ!!いじめたやつが悪くなくて、いじめられたやつが悪いのかッ!?だったら私だってやってやる!!やられたやつが悪いって言うなら、やられる前にやってやる!!」

 

 きっと、こんなことは誰にも相談出来なかったのだろう。それまでに、彼女は人間不信に陥っていた。身近にいる聖さんでさえ信用出来ないくらいに、友人に裏切られたことがショックだったのだろう。

 

「結局やられる前にやっても後から返ってくるだけだぞ。それじゃいたちごっこだ」

 

「うるっさいな!!お前には関係ないだろ!!私がどうなっても、どうせ誰も助けてくれない!!みんな裏切るに決まってる!!」

 

 涙を流した封獣の、心からの悲痛な叫び。しかし、彼女は一つ勘違いしている。

 

「…人間、自分が可愛い。だからいざとなれば他人を平気で蹴落とす。それは間違いじゃない。一度裏切られれば、周りを信じることが難しいのも理解は出来る。それでも、そんなお前に寄り添おうとしていた人物は誰だ?」

 

「…私に……?」

 

「そうだ。お前がどれだけ無視を決め込んでも、諦めずに接し続けていた人物は誰だ?」

 

「…………聖…」

 

 封獣は小さな声で、聖さんの名を呟く。

 

「そういうことだ。聖さんはお前に変わらず接し続けていたはずだ。無視されても、あの人は根気よく接していた。わざわざ生徒会にお前の話を持ちかけてくるぐらいだ。そんな人物が、簡単にお前を裏切るとは思えない」

 

「………」

 

「気休めを言う。…少なくとも、お前は独りじゃない。お前には、お前を心の底から心配するお人好しな人がいる」

 

 命蓮寺の他の連中は会ったことがないからなんとも言えないが、少なくとも聖さんは封獣を心配している。これでもなお、独りだと言うのならぼっちの風上にも置けない。

 

「だから、お前のことを分かってくれている存在だけを大事にすればいい。何も、全てを信用しろとまで言わん。信用するなら、自分を分かってくれるやつだけでいい」

 

「……でも、もし裏切られたら?」

 

「その時は自分の見る目が無かったって開き直ればいい」

 

「……独りは嫌だよ」

 

「生徒会に来たらいい。話を通せば手厚い歓迎をしてくれると思うぞ」

 

「…そこは"俺が一緒にいてやる"とかじゃないんだ」

 

「俺にそんな主人公補正は付いてねぇし、俺がそんなこと言うとキモいだけだろ」

 

 俺はそんな出来た人間じゃない。ラノベ主人公染みたキャラじゃないし。

 俺のそんな返答に、封獣はぷっと吹き出す。

 

「…確かに。鳥肌立っちゃうわ」

 

 自分でも思い浮かべるだけで吐きそうになる。どこ向けのサービスなんだそれは。

 

「……聖達には、迷惑かけちゃったな」

 

「とりあえず謝るしかないな。最終的には聖さん次第だ」

 

「そうだね。…ねぇ、八幡。一人じゃなんか不安だから……一緒に来て?」

 

 彼女は、そう不安そうに頼んでくる。…何から何まで、手がかかるやつだなこいつは。

 

「……まぁ、構わんけど」

 

 俺達は、再び命蓮寺に帰ることになった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 命蓮寺に帰る時には、既に辺りが暗くなっていた。そんな中、聖さんが寺院の前に立っていた。この様子を見る限り、封獣の帰りをずっと待っていたのだろう。

 

「……ぬえ……」

 

 封獣は一人、聖さんの前に向かって歩いていく。そして聖さんの目の前に立つ。

 

「……聖……。その………ごめん。今まで、色々迷惑かけて……」

 

 封獣はおずおずと聖さんに謝罪を伝える。それに対し、聖さんは何も答えずにいた。

 

「…聖……っ!?」

 

 封獣が恐る恐る顔を上げるとその瞬間、聖さんは封獣を強く抱きしめる。

 

「…もういいのですよ。ぬえが無事に帰ってくるだけで、私は嬉しいんですっ……」

 

 聖さんの瞳から、確かに涙が流れていた。悲しみの涙ではなく、これは嬉し涙といったところだろう。それに釣られて、封獣も涙をこぼしていく。

 

「聖……ごめん……ごめんっ………」

 

「…全く、手のかかる子なんですからっ……」

 

 これで封獣が無闇矢鱈に悪戯することはないだろう。彼女には、命蓮寺という居場所がある。決して、独りではない。辛い時には、きっと命蓮寺の人達が側にいることだろう。

 

 これで依頼は終了だ。四季先輩への報告は、また明日にすればいいか。

 

「…帰るか」

 

 これ以上部外者がいては無粋だろう。俺は抱きしめ合う二人を後にして、我が家目指して帰路を辿った。

 

 


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