やはり東方の青春ラブコメはまちがっている。 作:セブンアップ
「ふあ…あ…」
俺はあくびをしながら、駐輪場に自転車を止める。夜更かししてゲームしたせいか、あくびが止まらない。午前の授業は全部寝るとしようそうしよう。
「八幡」
「ん?」
後ろを振り向くと、そこには封獣がいた。封獣は昨日とは違って、どこか清々しい表情だ。
「おはよっ」
「…うす」
棘が抜けたのか、なんだか陽気な立ち振る舞いだ。これが、彼女本来の人格だったのかも知れない。
「一緒に行こ」
「…おう」
何故か、俺は封獣と一緒に行くこととなる。彼女は歩きながら、隣で話しかけてくる。
「八幡っていつも自転車登校なわけ?」
「ん、まぁな。徒歩じゃ遠いし、かといってバスを使うまでもないからな。チャリが丁度いい」
「ふうん。だったらさ、明日から私も乗っけてよ。命蓮寺から学校まで行くの、面倒だし」
「残念だが俺の後ろの席は小町で埋まってる」
「小町?誰?お米?」
「妹だ妹。お米じゃねぇ」
人の妹を米扱いするとはいい度胸だ。一度こいつに小町の素晴らしさを教えてやる必要があるな。
「妹と登校してるんだ。仲良いね」
「まぁ小町は天使だからな」
「シスコンじゃん」
千葉の兄妹はみんなこんなもんだぞ。これ、千葉県横断ウルトラクイズに出るから絶対覚えておくことだ。…まぁ出ないだろうけど。出ないよね?
「…昨日はありがと。八幡のおかげで、命蓮寺のみんなと久しぶりに話せた気がするよ」
「そうか。そりゃ良かったな」
「うん。…でも、私クラスじゃ一人だからさ。これから休み時間になったら八幡のクラス行くね」
「そうか。そりゃ意味分からんわ」
いや本当に。命蓮寺のみんなと話せたのならそっちに行けよ。なに俺のところに来ようとしてんだよ。
「最初は命蓮寺のみんなのところに行こうと思ったけど、これ以上迷惑かけるわけにはいかないし。ほら、私って腫れ物扱いされてるから」
「俺なら迷惑かけていいわけなのね」
「昨日一緒にいるとこ見られたからいいかなって。それに、昨日も言ったけど、八幡とは気が合うなって思ってるからさ。……それとも、私が来たら迷惑?」
封獣は不安そうな表情でこちらの顔を伺う。俺はため息を吐いて、封獣に答えを返す。
「…別に構わんけど。どうせ一人だし、お前が来たところで何も変わらん」
「じゃあ決まりっ。今日から八幡のクラス行くから」
「…そうかい」
なんだかんだ了承してしまったが、これは果たして良かったのだろうか。なんだか、嫌な予感がしてならない。
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そして時は、一時間目が終わった休み時間。一時間目が数学だったため、俺は眠ることを決めた。
「あんたさ、初っ端からなに爆睡して……」
前にいる博麗が呆れた顔で何か言おうとしてくると。
「八幡っ!」
ウチの教室の入り口から俺の名を呼ぶ人物が現れる。もう誰なのかは分かりきっている。
「…封獣……ぬえ?」
近くにいた霧雨やマーガトロイドが目を大きく開けて、封獣に視線を向ける。そんな怪訝な視線を向けられているとも知らずに、封獣は構わず教室に入ってくる。
そして、俺の席の近くまで歩み寄り、話しかけてくる。
「八幡、もしかして寝てたの?寝癖付いてる」
「…数学だったからな。あんなもん寝るに限る。専門的な職に就かないなら計算だけで十分だろ」
「だよね。つまんないし、私もこれから寝ることにしようかな」
当たり前のように会話をしているが、周りのクラスメイトは「何が起きているんだ?」と言わんばかりの表情をしている。事実、博麗達も驚いている。
「…え、八幡。お前、いつからこいつと仲良くなったんだ?」
「いや、仲良くなったっつーか……」
別に仲良くはなっていない。強いて言うなら、会話は出来る程度の関係になったまではあるけど。
「あんた、一体どういうつもりなの?悪戯ばっかりしてたやつが、急に世間話持ちかけてくるなんて…」
「うるさい。私、今八幡と話してんの。お前達には関係ないでしょ」
「は?」
博麗の尋ねに対して、封獣は表情を一変させる。敵意剥き出しで、博麗を突っぱねる。
そんな封獣の態度に、博麗はこめかみをピクピクさせている。…やっべキレそうだこれ。
「封獣、ちょっと落ち着け」
「向こうから突っかかって来たんだ。別に間違ったこと言ってないし。それよりさ、八幡…」
封獣は博麗達を放置し、俺と会話しようと口を動かす。封獣のこの態度は、今だけだと思っていた。だが、それは杞憂に終わる。休み時間になっては、毎回封獣は教室に訪れる。周りに博麗達がいるのにもかかわらず、彼女は博麗達を完全に無視していた。
休み時間だけなら良かったのだが、それは放課後にまで続き。
「八幡、帰ろうよ」
「や、俺今から生徒会あるんだが……」
「無理矢理入れられたんでしょ?別にサボっても八幡悪くないじゃん」
「いやまぁそうなんだが……」
今日の封獣は何か変だ。ずっとこちらに絡んでくるのもそうなのだが、妙に距離が近い。それに、俺以外に対する態度があからさまに違う。休み時間の時の博麗への態度がいい例だ。
「…ていうか、命蓮寺の人達はどうしたよ。話せるなら一緒に帰れるだろ」
「他のみんな、部活してるから帰りが遅くなるんだ。いつも命蓮寺に早く帰ってるのは私だけ。…ね、いいでしょ?一緒に帰ろうよ」
俺としても生徒会はサボってでも行きたくないのだが、それが発覚したら稗田先生か四季先輩に何か言われてしまうだろう。それは面倒なので避けたいところだ。
「…命蓮寺まで送る、でいいだろ。こっちも色々あるんだよ」
「うんっ。じゃあ、帰ろ」
面倒だが、命蓮寺までこいつを送ってからまた学校に戻って来たらいい。唯一生徒会で連絡先を知っている小野塚先輩に、生徒会には遅れていくと送っておこう。
俺と封獣は、共に命蓮寺へと向かった。道中、同じ学校の人間が奇怪なものを見てしまったと言わんばかりの視線を向けられてしまうが、封獣はそんなことはお構いなしに、俺と会話をしていた。
話をしていると時間などあっという間であり、すぐに命蓮寺に到着した。
「…じゃ、ここまでだな」
「どうせなら、命蓮寺の中に入って来なよ。遅れるって連絡したんなら、ちょっとゆっくりしてても何も言われないって」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
どうも封獣は俺を生徒会に行かせたくないように見える。というより、さっきから俺の行動が制限されている。
「…じゃあ何?そういう問題じゃないならどういう問題?」
「えっ…」
彼女の声色が途端に低くなる。それだけではなく、俺に向ける視線が先程とは一変している。
「遅れるって連絡したんでしょ?ならちょっとゆっくりするくらい別にいいじゃん。なんの問題もないじゃない。……それとも、私と一緒にいるのが嫌なの?」
「や、嫌ではないが……。ていうかどうした今日。なんか変だぞ」
ころころと変わる表情に、俺を逃すまいとする眼力。瞳孔が開き切っていると言っても過言ではない。
「別に変じゃないよ。それより、どうなの?私と一緒にいるの、嫌なの?」
「嫌ではないが…」
「じゃあゆっくりしていきなよ。聖なら喜んで歓迎するし」
「また別の機会でいいだろ。今じゃなきゃならん理由もないだろ」
「……あっそ。もういいよ。行きたいならさっさと行けば」
封獣は不機嫌になり、命蓮寺の中へと入って行った。俺はよく分からないまま、学校へと戻って行った。
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八幡に嫌な態度を取っちゃった。
でも、私は悪くない。悪いのは、八幡を生徒会に縛りつけるあいつらだ。
八幡とは昨日知り合った人物なのだが、私は八幡のことが気に入っている。
八幡は私と同じ、捻くれ者だ。けれど、私はそんな彼を好いている。気が合うだけじゃない。彼は、私の我儘を聞いてくれる。嫌われ者だった私に、短時間だけど付き合ってくれた。脅したのだし、嫌っても文句は言わないのに。
彼は嫌な顔一つせずに、こんな私に最後まで付き合ってくれた。こんな私を理解してくれた。こんな私の我儘を聞いてくれた。
本当はもう少し八幡といたかった。八幡と一緒にいて、八幡ともっと話したかった。でも、八幡の周りがそうはさせてくれない。
先程も言った生徒会もそうなのだが、八幡の周りの席には博麗の巫女やその取り巻き達がいる。私は八幡に話しに行っているのに、あいつらが邪魔過ぎる。私は八幡と一緒にいたいだけなのに、周りがそれを邪魔する。
ウザい。鬱陶しい。気に入らない。
生徒会に縛りつけるあいつらも、八幡の周りで
全員邪魔。
私が気兼ねなく話すことができ、聖と同じく、私のことを分かってくれる数少ない人物なんだ。聖以外の命蓮寺のみんなには、今まで迷惑をかけたせいで、少し気まずいのだ。話せるとは言ったものの、最低限の会話が成り立つくらいだ。
けど八幡となら、心置きなく話すことが出来る。八幡となら、いつまでも一緒にいても退屈しない。
彼の隣にいると、心が落ち着く。こんな気持ちは初めてだ。
まだまだ話し足りない。ずっと話していたい。今からでも電話をして、八幡と話したい。でも、私は八幡の連絡先を知らない。
……そうだ。今から学校に戻って、八幡の連絡先を聞こう。
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「遅いです」
命蓮寺から学校に戻って、そのまま生徒会室に向かった。すると開口一番、四季先輩からのきついコメントが飛んでくる。
「いや、俺小野塚先輩に遅れるってLINEしたんですけど……」
「へ?……あ、本当だ。通知来てた」
まさか今気づいたのかよ。なんのためのケータイだよ。
四季先輩は一つ、ため息を吐いて。
「……もういいです。それで、昨日の案件は?河城にとりと鍵山雛からはあらかた聞きましたが」
「そうだよ!あの後、どうなったの?」
「あの後は……」
昨日の聖さんの依頼の旨を、簡潔にまとめて四季先輩に伝えた。
「……確かに、今日は封獣ぬえによる被害の報告は見受けられていません。…なるほど、貴方の手腕は見事なものですね」
「やるねぇ八幡」
「どうも…」
別に大したことはしていないのだが、褒められるとむず痒いものがある。なんだか気持ち悪い。
「…しかし、今日は大変だったって聞くわよ?」
風見先輩が、俺を揶揄うようにそう言ってくる。
「大変だったって?」
「今日の休み時間、ずっとあの
「あぁ……」
ていうかなんであんた知ってんだ。3年生でしょうが。
「何か心当たりがあるのですか?」
風見先輩の言う通り、今日一日ずっと封獣に絡まれていた。生徒会に遅れたのも、彼女に絡まれたから。
理由は分からないが、彼女は妙に俺に固執している。
「理由は分からないですけど、今日の休み時間と放課後はほとんど封獣が近くにいました。あとついでに言えば、さっき遅れて来たのは封獣を命蓮寺に送ってたからです」
「…懐かれたの?」
「昨日の今日で懐かないわよ普通は」
そう。封獣と出会ったのは昨日が初めてだ。確かに気が合う部分がないというわけではなかったが、それにしては馴れ馴れし過ぎるというか、懐くには早い気がするのだ。
「…とにかく、しばらくは様子を見てみましょう。貴方は引き続き、封獣ぬえとのコミュニケーションを取ってください」
「は、はぁ…」
まぁ何もしなくても、おそらくあっちから勝手にコミュニケーションを取って来るだろうけど。
「では、改めて生徒会の仕事に取り掛かるとしましょう。まずは、部活動の予算案について……」
本格的に、生徒会の仕事を行い始めた。庶務の俺は、現在何かをすることはなく、ただただ暇である。ここで暇を潰すくらいならさっさと家に帰りたい。
「八幡は今暇ですね?」
「え、は、はい?」
ボーっとしていると四季先輩から突然に話しかけられる。
「暇であるなら、校内に異常がないか見回りをお願いします。それが、貴方が今出来る善行です」
「見回り……」
「風見幽香。貴女も八幡と共に付いて行ってあげなさい。八幡は入学して間もないし、校内のこともまだ把握しきれていないでしょう」
後輩泣かせの異名を持つ風見先輩と見回りになってしまった。俺も見回り中に泣かされるのかな。
「分かったわ。…じゃあ八幡、行くわよ」
「…うす」
俺達は生徒会室を一時、退出して校内の見回りを始めた。不意に、風見先輩は俺に話を振ってくる。
「…貴方、花って好きかしら?」
「花、ですか?」
別に嫌いではないし、中学の頃に花占いしたくらいでもある。あれはいい思い出である。とんでもない黒歴史として。
「…嫌いではないですよ」
「そう。私はね、花が好きなの。小さな頃から私は花に触れて生きてきた。今の時期に咲く花は、サクラは勿論、ネモフィラやナデシコ、チューリップなどが代表的ね」
「…確か、ヒヤシンスとかスイセンも春の花でしたっけ」
「…へぇ。貴方、なかなか花の知識があるのね」
「たまたまです」
また遡って中学の頃。女子が花好きという偏見を持ってしまい、片っ端から花を調べて知っただけである。挙げ句の果てには、花言葉も調べたレベル。
「じゃあ、今貴方が言ったヒヤシンス。そうね……じゃあ、紫色のヒヤシンス。その花言葉は分かる?」
「悲しみ。悲哀。なのにヒヤシンス全般の花言葉はスポーツとかゲームとかでしたよね」
「…凄いわね。正解よ。一体どこで覚えたのよ」
「まぁ色々ありまして…」
あの時の俺はマジでイタイやつだ。花言葉なんて調べて、花占いなんてチープなものに縋り付いて、何度も何度も同じことを繰り返して。
あの時の俺に言おう。普通に勉強しろよ。
「花について話せる子なんて、周りにはあまりいなくてね。正直、退屈してたの」
「…別に、俺も先輩ほど花について話せないですよ」
「そりゃあ私ほどの花好きはいないわ。けど、貴方と話してて楽しいと思ったのは事実よ」
「…そうですか」
「そうね。今度、私の家にいらっしゃい。私の家の庭には沢山の花を育ててるの。八幡にも、ぜひ見せてあげたいわ」
「…まぁ、また機会があれば」
この短時間で風見先輩の人柄は分かった。後輩泣かせの異名はどこから付いたのかは知らないが、少なくとも彼女は無類の花好き。そんな人間が、進んで後輩を泣かせるわけがない。
逆に自主的に泣かせていたら、この人サイコホラー過ぎる。破綻JKにも程がある。
会話をしながら、校内を見回る。特に異常はなく、目立ったことはなかった。
「これで終わりですかね」
「八幡、見つけた」
「ん?」
見回りが終わり、生徒会室に帰ろうとすると、背後から俺の名を呼ぶ女の子の声が聞こえた。振り向くと、そこには命蓮寺に帰ったはずの封獣がいた。
突然現れた封獣に、俺は少し驚く。
「え、何?どうしたのお前」
「八幡の連絡先知らなかったから、聞きにきたんだよ」
「や、そんなの別に明日でも……」
「今日じゃないと嫌。早く教えて」
「お、おう」
わけがわからないまま、俺は封獣の勢いに呑まれてケータイを取り出し、彼女の手に渡す。
「私がやるんだ…」
彼女はそう呟いて、自分のケータイと俺のケータイを操作しながら、連絡先の交換を行なっている。すると彼女は、突然に手を止める。
「…ねぇ、八幡。この小町って連絡先が二つあるんだけど。一つは妹って聞いたけど、もう一人は誰?」
突然、封獣の雰囲気が変わる。俺はたじろぎながら、彼女の尋ねに答える。
「それは副会長の連絡先だ。生徒会の連絡とかで追加しただけだ」
「…そう。ならいいや。私の連絡先、入れておいたから」
封獣は俺にケータイを返す。確かに、封獣の連絡先が追加されていた。
「じゃあ今日の夜、電話かけるから。ちゃんと出てよ」
封獣はそう言い残して、俺の前から去っていった。一部始終を見ていた風見先輩が、俺に尋ねてくる。
「…あれが封獣ぬえ、よね。噂通り、確かに貴方に懐いているわね。というより、懐きすぎているわ」
「…そう、なんですかね」
「悪戯をしなくなったのなら、いいことなのだろうけどね。…戻りましょうか」
校内の見回りを終えて、風見先輩と共に生徒会室へと戻っていった。
この時、封獣のことを楽観視していたのかも知れない。彼女の心には、新たな闇が生まれていることに、俺は知る由もなかった。