やはり東方の青春ラブコメはまちがっている。   作:セブンアップ

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極めて、封獣ぬえは病んでいた。

「見回り終わりました」

 

「ご苦労様。では、報告を」

 

 生徒会室に戻った俺と風見先輩は、すぐに四季先輩に見回りの報告をした。何も異常はなく、ただ端的に報告を終えた。

 そのまま椅子に掛けて、本を読み始める。すると、ポケットに入れていたケータイから太腿に振動が伝わってくるのを感じた。どうやら誰か俺にラインを送ってきたようだ。

 通知先を見ると、先程出会った封獣ぬえからの名前が映っていた。

 

『八幡、今何してる?』

 

『生徒会室で本読んでる』

 

 そう短く返す。すると秒どころか、返信した瞬間に既読が付く。あいつ既読早いな。

 

『私、命蓮寺に帰る途中だよ』

 

『そうか』

 

 特に彼女と話すこともないので、俺は適当に短く返信してケータイをポケットに(しま)う。

 

「余程懐かれてんだね、八幡」

 

 ラインのやり取りを見ていた小野塚先輩は、揶揄う様にそう言う。

 

 あれは懐くとかそういうのではない。懐くにしても、何か変だ。懐いた過程もそうだが、連絡先を交換するためにわざわざ命蓮寺から学校に戻ってくる。異常とまでは言わないが、変ではある。

 

 すると、またすぐに通知が来る。再びケータイを取り出すと、やはり封獣からの通知だった。

 

『今、命蓮寺に着いたよ』

 

 と、彼女は写真と共に送ってきた。何故か、自撮り写真を送ってきた。いや、本当なんでだ。

 

『そうか。つーかなんだこの自撮りは』

 

 そう返すと、彼女から一瞬で返信が返ってくる。

 

『ちゃんと保存してね』

 

 なんでだ。保存しないから。そんな異性の自撮りを受け取ってやっはろーみたいな反応はしないから。ていうかなんだよやっはろーって。

 

『気が向いたらな』

 

『嫌。今保存して』

 

「…はぁ?」

 

 俺は思わず、声に出してしまった。それを生徒会室にいる先輩達が聞き逃すわけもなく。

 

「どうしたの後輩くん」

 

「いや、別に何も…」

 

「ないってわけないでしょう?どうかしたの?」

 

「いや、アレですアレ。妹にパシられんのがアレだなってことで」

 

「アレアレ何を言ってるの?」

 

 知らん。俺も途中から何言ってるか分かんなくなってた。

 

「ていうか、後輩くんに妹がいたんだ」

 

「あぁ、あたいと同じ名前の子だっけ」

 

「小町と同じ名前?八幡の妹の名前も小町ということなの?」

 

 なんだか小町と小町でややこしいなオイ。小野塚先輩と小町が出会ったら余計ややこしくなりそうだけど見てみたいなそれ。

 

「…それで、結局なんだったの?」

 

 鍵山先輩が話を戻す。

 流石に、封獣のことをこのまま教えるのは駄目だろう。もし仮に今の封獣の様子が、俺が蒔いた種ならば、それは俺個人でなんとかしなければならないこと。

 生徒会の先輩達にこのことを話せば、彼女達はおそらくなんとかすることだろう。だが、先程も言った通り、俺個人でなんとかしなければならない。先輩達に迷惑をかけることは、極力したくない。

 

「俺に買ってきて欲しいものがあるから買ってきてって内容です」

 

「…そうですか。なら、今日はもう帰って結構です。どのみち、そろそろ切り上げようかと思っていた頃ですし」

 

 思いの外、早く生徒会が終わった。といっても、もう夕方の5時半になるところだが。

 俺は鞄を持って、先に生徒会室から出て行く。そのまま校内の玄関に到着し、再び封獣とのトーク履歴を閲覧すると、すごい量のラインが来ていた。

 

『なんで返信しないの?』

 

『既読付いてるのになんで?』

 

『私何か嫌なこと言った?』

 

『無視しないでよ。何か返してよ』

 

『やっぱり私のこと嫌いなの?』

 

 そんな多量の通知を見て、俺はゾッとした。

 封獣とのトーク画面を開きっぱなしで無意識に既読を付けたままだった。小町のことを話していて、封獣との連絡はそっちのけだったが。

 

「…いや、怖ぇよ。あと怖い」

 

 間違いない。彼女は懐くとかいうレベルを超えている。懐くというより、依存している。依存したきっかけは、おそらく昨日のことだろう。だが、別に依存させるようなことはしていない。

 

 とにかく、このまま既読無視していれば、封獣は間違いなく俺に何かをしてくる。そうでなくても、自分で自分に何かをする可能性がある。

 

 例えば、自傷行為。

 

「…流石にやべぇな」

 

 俺はあらゆる危険を想定してしまい、封獣に返信した。

 

『別に嫌いじゃない。あと、返信出来なかったのは、トーク画面開きっぱなしで生徒会の先輩と話をしてたからだぞ』

 

 すると彼女は一瞬で既読を付ける。いややっぱ早いよ。

 

『本当?私のこと嫌いになったからじゃないの?』

 

 苦手意識は芽生えつつあるけどね。

 

『だとしたら即ブロックしてる』

 

『良かった。私、八幡に嫌われたらどうしようって思ったから』

 

 何する気だったんだろうかこいつは。文面から見る限り、とりあえず落ち着いた様子だということが分かる。

 

『今からチャリに乗るから、連絡はまた後でな』

 

 流石にチャリを漕ぎながらケータイを使うほど危ない真似はしたくない。原作では、ケータイ使ってないのに交通事故に遭ってんだから。

 や、原作って何?

 

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 

『なんで?別に自転車押しながらでも連絡出来るじゃん。押しながらライン出来ないなら電話しようよ』

 

 封獣からそう送られてきた直後に、彼女から電話がかかってくる。俺はすぐに電話に出る。

 

『もしもし、八幡』

 

「おう。つか、なんで電話」

 

『だって、こうした方が八幡帰りやすいでしょ?私も八幡と電話出来るし、ウィンウィンじゃん』

 

「いやウィンウィンじゃないから。俺早く帰りたいんだけど」

 

『いいじゃんか。それとも、私のことが嫌いなの?』

 

 封獣は否定されると、すぐこういう返しをしてくる。嫌いではないが苦手意識を持ちつつあるのは事実。

 

「…なんでそういう考えになる。分からなくはないが、嫌いだったらブロックするし、電話も出ねぇよ」

 

『だったら話そうよ。私、八幡と話してる時が一番楽しいんだ』

 

 結局、折れるしかないってことだ。

 

「…分かった。だが、家に着いたら電話は切る。それでいいな」

 

『うんっ。やっぱり八幡って優しいね』

 

「お前の勢いが強いだけだ」

 

 俺は自転車を押しながら、封獣と通話をしていた。そこそこ疲れて話している俺に対して、彼女は次から次へと話を流し込んでくる。

 しばらく歩き、やっと家に到着する。

 

「家に着いたから。一旦切るぞ」

 

『えぇー……。…それじゃあ、8時くらいにまた電話かけるから」

 

「なんでだよ」

 

『どうせやることないでしょ?いいじゃん』

 

「そういうことじゃなくてだな……」

 

 封獣は何がなんでも、俺との繋がりを断ち切りたくはないらしい。少し間を置けば、彼女は嫌われたと思い込んでしまう。封獣の考えも分からなくはないが、やり過ぎな気もする。

 

『ダメなの?』

 

「…せめて、日を越すことは避けたい。寝たいし」

 

『じゃあ電話出てくれんの?やったっ』

 

 断らない俺にも非があるんだろうな。断らないから、封獣はそれに甘えてくる。

 

『それじゃ、また掛けるからね』

 

 最後はそう言い残して、封獣は電話を切った。ようやく通話を終えた俺は、家の中へと入っていく。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「お兄ちゃん」

 

「ん?どうした?」

 

 二人で美味しく夜ご飯をいただいている時に、小町が話を振ってくる。

 

「さっき、家の前でお兄ちゃんの話し声が聞こえてきたんだけど。誰かいたの?」

 

「…あぁ、あれ電話な。帰り道ずっと電話してたから」

 

「お、お兄ちゃんに、電話の相手がッ…!?」

 

 その驚き方はなんだ。いやまぁ普通に考えたら俺に電話掛けてくる人間なんていないしね。なんなら話しかけてくるやつもいないしね。今となっては、そんなことするのは封獣くらいだ。

 

「…でも、入学してまだ数週間で連絡先交換って早いね。生徒会の人達?」

 

「いや、他クラスのやつだ。わけあって連絡先を交換することになった」

 

「ふうん。ねねっ、それって女の人?」

 

 小町が興味津々といった表情で尋ねる。

 

「…まぁ、そうだな」

 

「ということは、小町にもついに義姉ちゃんが…!」

 

 そんな、いつものように小町と雑談しながら夜ご飯を済ませた。お風呂にも入り、後はゲームしたり本を読んだりしている。

 

 ()()()()()、の話だが。

 今は7時58分。つまり8時前だ。まだ寝はしないが、8時にはあいつが電話を掛けてくる。

 

 後2分。そう思って、彼女からの電話を待っていると、俺のケータイから着信音が流れ始める。画面には、"ぬえ"と表示されていた。通話のボタンを押して、再び彼女からの電話に出る。

 

「…もしもし」

 

『あ、八幡っ。8時まで待ちきれなくてさ、電話掛けちゃった』

 

「そうかい。つか思うけど、よく何回も電話掛けてこようと思うな。話すこと尽きないのかよ」

 

『私は八幡の声さえ聴ければそれでいいんだ。会話なんて二の次だよ』

 

「そ、そうか……」

 

 この依存っぷりはどうだ。正直、中学の頃なら間違いなく告白してたよ。でも、今ならよく分かる。

 封獣が俺に抱いている感情は、好きとかいう度合いを越している。

 

 依存、執着、偏愛。

 

 彼女に当てはまる単語だ。

 彼女が愛に飢えているのはすぐ分かった。いじめや裏切りで誰も信じれなくなった故に、封獣の価値観が変わってしまったんだろう。

 彼女にとって自分に優しくする人間は、教祖レベルで崇め、奉る。愛に飢えている人間ほど、自分に優しくする人間に対して愛は重くなる。依存し、執着し、離したくなくなる。

 

『ねぇ八幡、今から命蓮寺来れない?』

 

「は?いや、なんでだよ」

 

『八幡に会いたいから。どうせ暇なんでしょ?来てよ』

 

「や、別に電話してるからよくね?つか、顔見たいならビデオ通話にすりゃあ一発だろ」

 

『そんなんじゃ寂しいよ。私の目の前に来て欲しい。ビデオ通話とか嫌だ。ね、早く来てよ。八幡に会いたいよ』

 

 こういう可能性も、頭の片隅に入れていた。封獣が電話だけでは飽き足らず、俺を呼び出す可能性を。

 

「…別に明日学校で会えるからいいだろ」

 

『……ふうん。八幡は私のこと嫌いなんだ。嫌いだから会いに来てくれないんだ。…いいよ、どうせ私なんて嫌われ者だし。私のことなんて、誰も気にしてくれないんだ』

 

「だからなんでそう考えんだよ」

 

『だって来てくれないんでしょ?暇なくせに、来てくれないんだ。八幡が私のこと嫌ってる証拠だよ。嫌われ者だし、面倒な女なのは知ってるから別にいいけど』

 

 そしてこの可能性も考えていた。もし彼女が電話で俺に何かを頼んで、俺がそれを拒否すれば、間違いなく彼女は卑屈になってしまう。ちょっとでも否定されると、それは嫌われたと同義なのだ。

 

「…命蓮寺までは距離がある。だが、俺の家と命蓮寺の中間には駅がある。俺が今行ける範囲はそこまでだ」

 

 で、結局俺が折れてしまう。

 

『行く行くっ、絶対行くよ。どこの駅に行けばいい?』

 

 さっきまでの卑屈的な封獣が消えて、声が弾んでいる。

 

「幕張本郷駅だ。あそこなら、俺もお前もそこまで遠くはないだろ」

 

『分かったっ。すぐ行くね』

 

 そう言って、彼女のケータイからドタバタとした物音がし始める。おそらく、着替える準備をしているか何かだろう。

 俺は別に着替える必要はないし、パーカーとジャージのズボンで十分だ。俺はケータイと財布を持って、玄関へと向かった。

 

「およ?お兄ちゃんどっか行くの?」

 

「ちょっとコンビニにな」

 

「じゃあ、小町のプリンも買ってきてねっ!」

 

「ちゃっかりしてんなお前」

 

 俺はスニーカーを履いて、家を出て行く。幕張本郷駅までは、まぁ歩いていける距離ではある。わざわざ会うためだけにチャリを使うのは面倒だ。

 

 封獣との通話は繋がったままで、彼女が何か言っている。ケータイを耳に当てると。

 

『準備終わったから、今から行くよ』

 

「そうかい。なら着いたら連絡してくれ。多分俺の方が早く着くし」

 

『分かったっ。また後でね』

 

 一旦、彼女との通話を終わらせる。俺はポケットにケータイと共に手を入れて、幕張本郷駅を目指して歩いて行く。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 改札の近くにあるファミマで、俺は封獣を待った。まだ夜の8時半なだけであって、仕事帰りの人など、改札を通っていく人間は少なくない。俺は封獣が来るまでに、小町に言われていたプリンと、自身のためのマックスコーヒーを何本か買うことに決めた。

 

 中に入り、カゴに入れてレジに通す。会計を済ませて、再びコンビニの外に出る。すると、外からこちらに向かって走ってくる少女が見えて来る。

 目を凝らすと、間違いなく封獣ぬえがこちらに走ってきている。彼女のサイズ感に合わなさそうな黒のパーカーに、極端に短い黒のミニスカート。そして黒の厚底ブーツ。

 

 俗に言う、病み可愛いという服装そのままである。走ってきた封獣は、肩で息をしている。

 

「…別に走ってくる必要なかっただろ」

 

「ううん、八幡に早く会いたかったからさ」

 

 なんだそれ可愛いなお前。

 

「…で、どうするんだ?会ったからって、別に何かするってわけじゃないだろ」

 

「そうだな……ちょっと近くの公園行こうよ」

 

 そう言って、封獣と一緒に、駅からそこそこ近い幕張台公園へと歩き始めた。

 幕張台公園に到着し、滑り台の近くにあるベンチに腰掛ける。封獣も共に座るが、距離が近過ぎる。肩と肩が完全に密着している。

 

「…やっぱり八幡って優しいよね、なんだかんだ。私の我儘に付き合ってくれんだもん」

 

「そうだろ。俺の優しさに気付けたお前は胸を誇るといい。俺マジ優しすぎて神の域に達してるレベル」

 

「うん。私にとって、八幡は神様だよ。八幡の言うことなら、私はなんでも聞くことが出来る」

 

 封獣は平然とそう言ってのける。ここまで依存していると、もはや取り返しのつかないところまでいっている。

 

「私は八幡のお願いをなんでも聞いてあげる。気に入らないやつがいるならそいつを殺してくるし、欲しいものがあるなら私が八幡に届けてあげる。もし八幡が私の身体が欲しいなら、遠慮なく差し出すよ。むしろ推奨するよ?」

 

「いらんいらん。何もいらんから大丈夫だ」

 

「無欲だなぁ、八幡は」

 

 あっぶねぇよこいつ。その気になれば包丁とか携帯して来るんじゃねぇか?それどころか、自分の身すら投げ売るその神経も破綻してる。

 

「…でもね、私も八幡にお願いごとがしたいんだ」

 

「…一応聞いてやる。なんだ」

 

 すると彼女は、途端に赤い瞳を濁らせる。そして、凍りつくような低い声を発し始める。

 

「私以外の女と話さないで。触れないで。近づかないで。生徒会もやめて。同じクラスの博麗の巫女達とも仲良くしないで」

 

「お、おい…」

 

「それだけじゃないよ。私の隣にずっといて。私の身体をずっとギューっとして。毎日、私を抱いてめちゃくちゃにして。八幡の愛を、私だけが独占したい。他の女どころか、男にすら譲りたくない」

 

 次から次へと溢れ出した彼女の欲望。もし俺がこれに応えることになれば、まず間違いなく俺の自由がなくなる。俺の言うことを聞くとは言ったものの、俺を手放すことは絶対ない。

 

「…私、八幡がいないとどうしようも出来ない女の子なんだ。八幡がいないと生きていけないの。だから、今の私のお願いごとはただ一つ。……私を、裏切らないで。見捨てないでね」

 

 彼女が何を基準に裏切られた、見捨てられたと感じるかは分からないが、別に彼女を裏切ったり見捨てたりする理由は、現状ない。

 

「まぁ、それくらいなら」

 

 俺がそう端的に返すと、封獣はクスっと笑みを浮かべる。

 

「八幡は優しいな。……早く、私だけの八幡にしないと」

 

 封獣は小さな声でそう呟いた。難聴系主人公なら、「え、なんだって?」と返すだろう。しかし俺はそんな主人公じゃない。だからしっかりと聴こえているのだ。

 

 …俺の寿命、縮まるのかな。

 

 結局、封獣とかれこれ三時間は公園で話した。家に着く頃には、日を跨ぐ手前だった。ただコンビニに行っているだけだと思っていた小町には、しっかり怒られてしまった。それどころか、少しだけ泣いていたのだ。

 

 小町にいらぬ心配をかけさせてしまった。これはもう、死で償うしかないなよし死のう。

 

 今日の1日を通して言いたいこと。それは。

 

 極めて、封獣ぬえは病んでいた。

 

 


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