【完結】戦姫絶唱シンフォギア ~キミに決めた!~ 作:カンさん
「変わらないね、昔から」
湯船に漬かり、ワインを飲みながらその男は眺める。まるでその光景が肴と言わんばかりに。
『ブイブーイ!』
『……』
『ブイブイブイブイブイ!』
『邪魔』
一人の少女に纏わり付く小動物と、それを押し除ける少女。
以前の仲違いから一月。一人と一匹の距離は縮まるどころか、どんどん離れているように見えた。
いや、正確には少女が一方的に距離を取ろうとしている。
このままでは彼らの関係は悪化し、少女は暴走してしまうのかもしれない。
それは男にとって──願ってもいない事だった。
「そろそろするとしようか、テコ入れを」
男はそう言うと──自分の部下に命じた。
二課からの情報網に、餌を投げろと。
第四話「戦場ですれ違う」
『ピカチュウ、チャア〜』
……よう、光彦。今日も起こしてくれたのか?
でもなあ、やっぱりこの瞼開くの嫌なんだ。
此処なら……夢の中なら、お前とこうして触れ合うことができる。
ほら、この肌触り……記憶に残っているのと同じだ。
『ピ!』
……ははは。それでも起きろってお前は言うんだな。
歌を歌えって。戦えって。……みんなを守れって。
でもよお、光彦。あたしにそんな資格あると思うか?
大切な人を殺して、のうのうと生き残っているあたしがさ。
『ピカ、チュ!』
……やっぱりお前は凄いよ。
分かった。翼と一緒に頑張る。
だからさ──。
もうちょっとだけ、このまま──。
「……」
虚空に突き出していた手を、下ろす。
触れようとした手は、虚しく空を切り……どうしようもなく、現実にあいつは居なくて、あたしが殺してしまった事を突きつける。
そのことが辛くて、超えられなくて、信じたくなくて。
あたしはいつものように突き出していた腕で目元を覆い。
「光彦……」
失ってしまった家族の名を呼んだ。
しかし、あの時のように、あたしにすり寄ってくるあざとい声は聞こえなかった。
◆
「おはよう! 奏!」
「おー、おはよう翼」
二課の食堂にて、奏は翼と朝食を摂っていた。
そして、変化には他にもある。
「……奏、体壊すぞ」
「あ。悪い悪い」
献立は変化がない。しかし、奏はあの日以来ケチャップを多用するようになった。
正直正面に座っている翼は口の中が酸っぱくなるから勘弁して欲しいと思っている。しかし、その事をズバッと言う事はできなかった。
何故なら……。
「この味さ……アイツのことを思い出してホッとするんだ」
「初めは酸っぱくて食えたもんじゃなかったけど……もっと寄り添っていれば良かったな……」
かつて此処にはもう一匹、両翼に寄り添う暖かな雷光が居た。
ずっと一緒に居られると思っていた。だからこそ、彼を喪失した彼女たちは何かで補おうとする。
奏は彼と同じことをしようとして、翼はぬいぐるみをたくさん買って。
頭ではこんなことをしても意味がないと分かっているが──それでも彼女たちは、未だに乗り越えることができない。
「……とにかく外では我慢してくれよ。天羽奏がケチャラーだったなんて知ったファンがなんて言うか」
「……王子様と慕っている翼のファンが、実はぬいぐるみで部屋を埋め尽くす可愛い物好きって知れたらどうなるかな?」
「……」
「……」
「奏ええええ!!」
「翼ああああ!!」
そしてもう一つ変わった事がある。
二人は、以前よりも喧嘩をするようになった。
姉妹のように仲良く。
◆
弦十郎の拳骨により喧嘩両成敗され、発令所に連れてこられた二人はそのままミーティングに参加させられた。
今回の議題は、ノイズを討伐する謎の勢力について。
「ノイズは確実に発生しているのですが、すぐに沈黙させられています」
「戦闘痕がある事から、何者かが戦っているのは確かなのですが……」
オペレーター組の言う通り、存在自体は把握することができている。
しかし隠蔽能力が普通ではない。
レーダーにも監視モニターにも映らず、装者を急行させても影すら掴むことができず。
何かしらの組織の力が働いているのでは? と警戒していた相手。
「しかし今回、唯一の手掛かりと言えるものを手に入れた。緒川」
「はい。今回調査部の方で手に入れたのは、ノイズと戦っていると思われる人物の影。それがこちらです」
弦十郎から説明を引き継いだ緒川は、モニターを操作して一つの映像を出した。
酷く映像が乱れている。
特に画面中央に映し出されている人物は何かしらの手段を用いたのか、その全容が掴めない。モザイクが掛かり、男性なのか女性なのか分からない。
──が。
「……これは」
「リス? それにしては大きいですね」
オペレーター組の視線の先にあるのは──コマチ。
徹底的に隠蔽された映像の中で、唯一コマチだけがその姿を見ることができた。
しかも見る限り、誰かと一緒にノイズと戦っているようだ。
その姿はまるで──。
「──旦那、これって……!」
「ああ。詳しい分析はできていないが──光彦くんと同種の存在と見て良い」
「光彦……」
ツヴァイウィングの二人に影が差す。
一年前に起きたライブ事件。あの日に失ったものはあまりにも多く、そして大きかった。
そしてそれは彼女たちだけではなく、二課スタッフの皆もそうだった。彼らもまた、光彦の力で救出されており、もし彼が居なければもっと多くのスタッフの命が失われていたに違いない。
黙って話を聞いている了子もまた、人知れず唇を噛んだ。血が垂れるが気にする素振りはない。
空気が重くなるなか、緒川は勤めて冷静に報告を続ける。
「背景を見る限り、二課本部からそう離れていません。しかし、我々がノイズの発生を探知してから急行するまでの時間内に殲滅、離脱をしている事から相手の戦闘能力の高さが伺えます」
「もしくは優れた何かしらの支援能力という点もあり得る」
「それじゃあいつものように逃げられてしまうんじゃないのか?」
翼の疑問に、緒川はそこが今回の議題の中心だと答えた。
「翼さんの言う通りですが、今回のこの映像の入手により状況の進展が見られました」
「進展」
「はい。調査したところ、この光彦さんと同種と思われる存在。どうやら街の人と交流があるらしく可愛がられているようでした」
子どもと遊んだり、商店街の方から食べ物を貰ったりしているそうです、と緒川は付け加える。
それを聞いて奏は光彦も外に連れ出せば、もしかしたらそうなっていたのかもしれないと考え、違和感に気づく。
「ん? そんなに有名なら何で二課の調査網に引っ掛からなかったんだ?」
「……おそらく何者かが情報の隠蔽工作を行なっているかと。そして、この映像を送ってきた【イヴ】と名乗る者は──」
「──つまり私たちに対する挑発って訳ね」
不機嫌そうに放たれた了子の言葉が、全てを表していた。
そしてその挑発は果たして二課に対して、はたまた──。
「とりあえず、街に監視の目を張らせています。何か動きがあればすぐにでも──」
──PPPPPPPP。
緒川の言葉を遮るように、彼の端末に着信音が鳴り響く。
「はい、緒川です……え? 見つけた? どこで? ……お好み焼き?」
緒川の気の抜けた声が、発令室に響いた。
◆
おばちゃん、ありがとう!
「じゃあね〜。また来るんだよ」
お腹をたぷんたぷんにさせながら、フラワーを後にする。
ご飯を食べ終わった後だから、少し心がポカポカする。
……でも、すぐに響ちゃんの事を思い出して、暗い気持ちになる。
あれから彼女とは上手く行っていない。むしろ悪化している。
以前はあった日常の会話が全く無くなってしまった。ご飯は作ってくれるし、住まわせてくれるけど。
そして戦闘だけど……俺が戦おうとすると、それを全力で押し除けて倒していく。まるで俺はいらないと言わんばかりに……。
このままだと響ちゃんは本当に独りになってしまう。
どうにかしないと……。
「ブーイ……」
それはそうと……。
「……」
「……」
「……」
なんか、見られてね?
いや、いつも街の人に見られているけど視線が違うというかなんというか……。
まるでポケモントレーナーに狙われている野生ポケモンの気分。
幸いなのか、あのホームレスに非常食として見られる目とは違う事だろうか。
そういえばアイツ、街変えてバイトするって言ってたな……。
上手くやってんのかな。
「──光彦?」
考え事をしていると、ふと声がした。
そちらを向くと、こちらを揺れる瞳で見る一人の少女がいた。
いや、この人知っているわ。街の広告でよく見かける。
確か名前は……。
「ちょ、何してんだ奏!」
そうそう奏だ奏。天羽奏だ。
そしてそんな彼女を呼びながら駆け寄って来るのは風鳴翼だ!
ホエー。ツヴァイウィングがこんな所に……。
「いや、悪い……でも、こいつ……」
……? 何だか、この人様子が変だ。
すごく、悲しそう。
後ろの翼さんも、目の前の奏さんほどじゃないけど動揺している。
奏さんは、震える手でこちらに伸ばし……。
「アイツに……光彦に──」
──触れる直前、警報が鳴り響いた。
「! ノイズが……来る!」
奏さんが目つきを鋭くさせて空を見る。
その視線の先には確かに飛行型ノイズが現れていた。
警報を聞いた街の人たちはシェルターに向かう。しかし、ツヴァイウィングの二人は逃げる素振りを見せず、胸元のペンダントを握り締めて──歌った。
「Croitzal ronzell gungnir zizzl」
「Imyuteus amenohabakiri tron」
その歌を聞いて、俺は胸の奥が熱くなった。
俺は、この歌を……知っている?
「行くぞ、翼!」
「ああ! 奏!」
二人はそれぞれの武器を手に、現れたノイズに立ち向かった。
剣で、槍で、人に仇なす人類の天敵を葬っていく。
彼女たちの姿、そしてこの力って……もしかして響ちゃんと同じ──。
「──光彦、後ろだ!!」
突如、奏さんがこちらを見て叫んだ。
光彦? 誰かと勘違いしている?
そう思いつつも後ろを振り返る。
ノイズがいた。相変わらずプギョプギョ言ってる。腕らしき箇所を掲げて殴ろうとしてる。
ひとまず「まもる」を使って……。
「Balwisyall nescell gungnir tron」
歌が聞こえた。いつ聞いても悲しい歌が──空から。
俺が見上げると同時に、それは勢いよく目の前のノイズに拳を叩き付けて──轟音。
砂塵が舞い、その奥からバチバチと紫電が迸る。
……どうやら、今日も迅く此処に来るために電気の力を使ったようだ。
ノイズをブチのめした腕を振り払うと、ビュオッっと風が吹く。そして中から現れるのは響ちゃん。
相変わらず俺を冷たい目で見て、その後前を向き……驚きの表情を浮かべる。
そしてそれは響ちゃんだけではなく、相手も同様で……。
「な……!? それは、奏と同じガングニール……!?」
翼さんが、響ちゃんを見て信じられないと言わんばかりに呟く。
……やっぱり、響ちゃんの力は彼女と同じものなんだ。
加えて、奏さんの纏っているものと響ちゃんのものはおそらく……。
でも、今はそこが問題ではない。
奏さんを見て、響ちゃんを見て思った。
彼女たちを会わせたら──ダメだ、と。
「……お、前は……あの時の……」
奏さんの瞳に浮かぶのは驚き、戸惑い、そして──後悔。
「──天羽……奏……!」
そして響ちゃんの瞳に浮かぶ感情は──彼女に対する『 』という激情であった。