【完結】戦姫絶唱シンフォギア ~キミに決めた!~ 作:カンさん
──生きるのを諦めるな!
この言葉のおかげで……この言葉のせいで、わたしは死の淵から這い上がり、生き地獄へと堕ちた。
天羽奏。彼女を見ていると思い出す。あの日のライブの輝きを。壊れた日常を。
彼女が居たからわたしは今日まで生きて来られた。死ぬ事が出来なかった。
胸に浮かぶ歌と紫電。
頭に浮かぶ呪いの言葉と痛み。
ああ。やっぱりわたしは彼女を見る事ができない。
街で彼女が変わらず歌い続けるのを見て、戦場で槍を振るい歌う姿を見て。
わたしは、彼女の事を、天羽奏の事を──どうしても目を離せなくなる。
この激情で気が狂いそうになりそうで。
第五話「堕涙」
「ガングニール……だとぉ!?」
ターゲットに接触すると同時にノイズが発生し、戦闘を開始した二課。
しかしすぐに現れた反応に驚きを顕にする。
戦場に新たに現れたのは、天羽奏が振るう聖遺物と同じアウフヴァッヘン波形──ガングニールのもの。さらに映像越しに見える少女が纏うのは明らかにシンフォギア。
どういう事だとその場に居た全員が疑問に思う。
シンフォギアは櫻井了子の提唱する「櫻井理論」に基づき作れた対ノイズ戦の唯一の装備。
本来なら二課のみが所有し、秘蔵されている筈だが──。
(彼女は何者……? いや、その背後にある組織は──)
弦十郎の目には、未だ全容が見えておらず、背後の目つきを鋭くさせた了子の様子にも気付いていなかった。
◆
──忘れる筈がなかった。
何故なら彼女は、奏が救う事ができなかった人間で、奏の家族が救った人間だからだ。
いわば、光彦の形見。
ノイズの魔の手から守り、奏の振るうガングニールの破片が胸を貫き、その傷を光彦が己の存在を以て塞いだ……繋ぎ止めた命。
それが、戦場に居る。
拳を構えて、こちらを目つき鋭く睨み付けている。
「……っ」
バチリ、と軽い音が鳴った瞬間、奏の目の前には立花響が居た。
「奏!」
翼が叫ぶが、既に響は拳を握り締めて振り被っていた。
常識外れに速い。
身体中に走る紫電とガングニールの力で、超高速移動を可能にしているのだろう。常人なら認識する事すら困難。
奏の視界でスローモーションで動く響。
彼女は殴られるのだろうか? と思い、当然の事だと納得した。
奏はそのまま身を任せて拳を受け止めようとし──雷撃が彼女の横を通り過ぎた。そして、背後に居るノイズを消滅させた。
衝撃で奏の長髪がぶわりと舞う。
「……!?」
響は、まるで奏の事など眼中にないと言わんばかりにノイズに向かって拳を振るう。
紫電を纏った拳が次々とその数を減らしていき、自ら大軍の中に突っ込んでいく。
「ブイ!」
その後を追うのはコマチ。
響の後ろに陣取り、彼女を背後から襲おうとするノイズを牽制、迎撃する。
しかし……。
「邪魔」
ヒョイッとコマチの首根っこを掴んで一言そう言うと、周りのノイズを破竹の勢いで蹴散らしていく。
それを茫然と見ている奏の元に翼が駆け寄り、檄を飛ばす。
「奏! アイツの事が気になるのは分かるが、今はノイズだ!」
「! ああ。わかった」
翼の言葉でようやく正気に戻った奏はアームドギアを振るい、響から離れた位置のノイズを狩っていく。
結果的に、三人の装者の尽力によりノイズは全てチリと化した。
戦場の後に残ったのは、響とコマチとツヴァイウィングの二人。
ノイズがいない事を確認した響は、掴んでいたコマチを肩に乗せるとその場を立ち去ろうとし、奏に呼び止められる。
「待ってくれ!」
「……」
「アンタ……あの時の子、だろ?」
「……」
反応がない。嫌な静粛だった。まるで嵐の前の静けさ。爆弾が爆発する寸前。
それでも奏は言葉を紡ぐ。
「なんて言ったら良いのか正直分からない──でも、あたしはアンタのことを探していたんだ。ライブの後、アンタは──」
「生きるのを諦めるな」
「……! その言葉……」
「あなたが死にかけていたわたしを救った言葉……そして」
──今となっては呪いの言葉。
「……っ」
響の昏い目が奏に向けられる。
しかしその目には奏は映っておらず、別のものが映っていた。
それは果たして……。
「その様子だと、わたしが……いや、ライブで
二課はあの時の事故……否、事件により日本政府により責を問われていた。
ネフシュタンの鎧の損失。大勢の一般人の死。
しかし、とある男の尽力により、二課はなんとか存続し特殊災害対策機動部として首の皮一枚繋がった。
つまり、その後に起きた世論による被害者の対策は設けられておらず、情報も回されず、行動も制限されていた。
二課は尻拭いする機会を得られなかった。
何もしなかったわけではない。しかし尽く後手に回り、誰もが己の無力さに拳を握り締めた。
そして、奏の目の前にいる彼女もまた、その一人。
「何で助けてくれなかったんだって言いません。意味がないので」
「あたしは……」
「知ってます」
「え?」
「ヒトデナシ……いえ、協力者から情報は得ています。アナタがわたしを探していた事も。生き残った人たちの為に全国を回り、世論を何とか覆そうとした事も」
それを聞いてなお、響は言った。
「──わたしは、生きていてはいけなかった。あの時死ぬべきだった」
「──」
「あなた達が何を言おうと、世間にとってわたしは、わたし達は加害者なんです。あの地獄を生き残ってしまった以上、死んだ人間を押し除けて生き残ってしまった以上、どんなに綺麗に、汚く生き残ってしまった以上、彼ら彼女らからしたら命を踏み躙った犯罪者。正義は彼ら。わたしにも、あなた達にも無い」
「──」
「
響は同じ事を言った。生き延びた者達に死ぬべきだと、卑怯者だと罵った彼らと同じ言葉を。
故に奏は許せない。認められない。黙っていられない。
その言葉を肯定してしまったら──彼女の家族の死は無意味となる。
「そんな事ない! お前は、生きていて良い! いや、生きなくちゃいけないんだ! そうでないと、お前を救った光彦が──」
「──そっか」
「……?」
「あの時わたしを救った人も……死んだんですね」
ならば。
「やっぱり、居ない。わたしが一番苦しい時に助けてくれた人ももう居ない! むしろ、わたしが助かってしまったからその人が死んだ!
わたしが死にたくないと思ったから!
わたしが助けて欲しいと願ったから!
だから、わたしは……もう手を伸ばせない。
伸ばしちゃあいけない!
わたしみたいな化け物が居ると、みんな不幸になる!
だからわたしは──独りが良い!!」
響はコマチに助けて欲しい時に助けて貰えなかったと叫んだ。
そして今、奏に対して助けを求めてはいけなかったと叫んでいる。
助けて貰えなかった。助かってはいけなかったと矛盾する言葉を吐き続けている。
しかしそれは同時に、響が助けて欲しいと思い、同時に周りの人間に不幸になる事を嫌っている事を示している。
彼女は元々性格が明るく、仲の良い親友と当たり前な日常を笑顔で過ごす、そんなどこにでも居る少女だった。
……だからこそ、彼女は独りになる事を選んだ。
人を、温もりを求めて、その温もりを壊さないように。
──だが、それを認められない者がいる。
「ブイ、ブーイ!」
コマチだった。
コマチは鳴き声を上げながら、前足でペチペチと響の頬を叩いた。
「ブイブイブーイ。ブイブイブイ!」
(響ちゃんは助かってよかった! 助けを求めて良かった! 独りで居てはダメだ! こんなに優しいのに!)
「この……何も知らない癖に……!」
コマチの根拠のない、しかし底抜けに温かい言葉に響は苛立ちを見せる。
奏との問答では感じなかった感情が沸き起こる。
さらにそこに奏が響に言った。
「あたしがアンタに「生きるのを諦めるな」って言ったのは苦しんで欲しいからじゃない! あいつがアンタを助けたのも独りになって欲しいからじゃない! だから!」
「だからこそ! わたしは生き延びるべきじゃなかった! だって──」
こうやって、あなた達を悲しめてしまうから。
「──お前」
響が奏を見て、光彦の事を聞いて一番に浮かんだ感情は──罪悪感。
助けてくれたのに、復讐の炎に身を焦がす姿を見せてしまったからだ。
自分は、存在するだけで人を不幸にする。
そう思ってしまうと、もうダメだ。
響は冷静で居られなくなる。感情を制御できない。──恩人にすら牙を剥いてしまう。
「もう、放っておいて! わたしは、ノイズを、全ての元凶のアイツを殺すしか考えられない!」
「くそ、そんな……!」
「それでも尚、わたしに構うなら……!」
彼女の感情と呼応するように、響の全身から雷が迸る。
奏と翼は、彼女を止める為に……否、救う為にアームドギアを構える。
しかし、彼女の前で武器を構えるその時間すら勿体ない。
紫電が走る。
電光石火の如く翼の目の前に現れた響の拳が、翼のアームドギアへと叩きつけられる。
ちなみにコマチは振り落とされた。
紫電を纏った拳は翼の剣を砕き、電撃による麻痺が彼女の手を伝わった。
(はやっ、と言うか痺れ──)
手の痺れにほんの一瞬意識が持っていかれ、その隙を突かれて響の拳がトンと腹部に軽く触れ──雷撃。
全身を駆け巡る雷が翼の体の自由を、意識を刈り取り……ドサリと力なく倒れ伏す。
「翼!」
片翼を倒された奏が翼の名を呼んだ瞬間、視界に居た響が消える。
背中にトンと触れられる感触。
そして。
「──わたしは拒絶する。否定する。独りを求める。……伸ばされた手を振り払う」
さよなら。
その言葉を最後に。
バチンッと軽い音が響き、奏の意識が途絶えた。
◆
「……」
……家に帰ってから響ちゃんのテンション下げ下げです。
でも仕方ないか。助けてくれた人に攻撃しちゃったから。それに、差し伸ばしてくれた手を振り払っちゃったから。
響ちゃーん、元気出して? 俺のプリンあげるから。
そう言ってプリンを咥えてすり寄ってみる。
「こっちに来ないで」
しかし素気無く拒絶されてゴロンと離れさせられた。プリンは取られて。
……んー。思っていた以上に重症だ。
そもそもあの日から状況が好転しない。どんどん悪くなっていくばかりだ。
──GRRRRRRRRRRR。
――ガシャアン!!
「……」
……えっと。
響ちゃんの傍に例の電話が現れて。
それを響ちゃんが見向きもせず拳を振り抜いて壊して。
嫌な沈黙が場を包み込んでます……。
──PRRRRRRRR。
今度は端末から着信だ。
最初は無視しようとした響ちゃんだけど、数コール後に嫌々ながら電話に出た。
『困るね、出てくれないと』
「……今機嫌が悪いんだけど」
『知っているよ、見てたからね。会ってみてどんな気分だい、恩人と』
「……やっぱりアンタの仕業か、ヒトデナシ!」
『そう怒らないでくれ、必要な事だった故に。それはそうと持ってきたんだ、君にとっての朗報を』
響ちゃん、あの電話の人と本当に仲が悪いなー。
『掴んだよ、情報を。とある場所に居るらしい、フィーネがね』
「っ! どこに居る!?」
と思ったら急に叫んだ。しかもかなり切羽詰まった様子で。
──でもその顔はすぐに変わった。
『──』
「──は」
電話口に語られたであろう言葉に、響ちゃんは信じられないと言わんばかりに顔を青く染め、呼吸が荒くなり、瞳孔は開く。
「──」
響ちゃんが呆然と呟いたのは──彼女の生まれ育った町の名前だった。