【完結】戦姫絶唱シンフォギア ~キミに決めた!~   作:カンさん

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第三話「繋いだ手だけが紡ぐもの」

「サンジェルマン殿」

「──! まさかお前が連絡係として来るとは」

 

 SONGに在中しているサンジェルマンの元に、錬金術師協会より使者が訪れた。その人物は中年の男性で、サンジェルマンが驚くほどの人物。

 目の前の男はサンジェルマン、カリオストロ、プレラーティを除けば、実力、地位共に高い幹部だ。

 だから連絡係として遣わされている事に彼女は驚き、それと同時に協会内部の状況を察する。

 

「本部は今どうなっている?」

 

 二代目からの連絡事項を聞き終わった後、サンジェルマンは男に尋ねた。

 するとそれまで表情を変えなかった男が、顔色を険しくし、言いづらそうにしながらもサンジェルマンに伝える。

 

「統制局長が抑えていますが──今すぐにでもアカシアを彼の神に抹消させ、この世界を、未来を救うべきだと全員が……」

「やはりか……」

 

 予想通りの展開に思わずサンジェルマンは舌打ちをする。

 米国も何処からか情報を掴んだのか、日本政府、並びに国連に働きかけてアカシアを消そうとしている動きを見せている。兼ねてよりアカシアの存在を危険視していたが、シェム・ハの一件で日本と歩み寄りを見せていた為に、その言葉の強さ、誠実さはアメリカにあり……SONGの立ち位置は危うい。

 このままでは強制捜査、そして捕獲が行われるのも時間の問題だ。

 もう、この世界から人がどんどん死んで行っている事実は、表と裏関係なく皆が感じ取ってしまっている。

 

 あの日、アカシアの歌と繋がった為に、それは強く強く──結び付けられていた。

 

「お前はどう思っている?」

「……私は」

 

 サンジェルマンの問いに、男は答えあぐねた。

 彼は知っている。サンジェルマンのアカシアへの──イグニスへの想いを。

 協会でも常に一緒で、イグニスがサンジェルマンに甘えている光景は微笑ましく、サンジェルマンがイグニスへと向ける目はとても優しくて。

 だからシェム・ハとの戦いでその命を落としたと知った際にはとても悲しく思えた。

 

 二人の絆を知っているが故に、彼は安易に己の本音を打ち明ける事ができない。

 それを察したサンジェルマンは忘れてくれと言う。

 

(知らず知らずのうちに、私も精神的にキているのか)

 

 己自身にため息を吐きつつ──ふと彼女は先日のプレラーティの言葉を思い出す。

 

 

 

「これで納得が行ったワケダ」

「……どういう意味かしらプレラーティ」

 

 ピリッとした乾いた空気が二人の間で流れ、それを察知したカリオストロは二人の衝突を止めようと口を開く。

 

「ちょ、ちょっと二人とも? 今は緊急事態なんだから穏便にね?」

「……」

「……」

 

 それは目の前の女の言動次第だ。

 そう言わんばかりに二人からプレッシャーが流れ、カリオストロはすぐに仲裁は不可能だと判断し、傍観に徹する事にした。

 彼女が引っ込んだ事を確認したプレラーティは、サンジェルマンの問いかけに答えた。

 

「以前私はアカシアの無償の人への救済行為に違和感と君悪さを覚えていた」

 

 だが、しかし。

 

「今回の件で全てが分かった──あれは無償の救いではない。単なる罪滅ぼしだ」

「──」

 

 サンジェルマンが、二人には今まで決して見せた事がない表情でプレラーティに掴み掛かった。そして怒りのままに振り上げた拳をカリオストロに止められる。

 

「ちょ、サンジェルマン落ち着いて!」

「放せカリオストロ! 今の発言は看過できない!」

 

 暴れ始めるサンジェルマンをカリオストロは仕方なく錬金術で拘束し──思いっきり平手打ちをした。

 パシンッと音が鳴り響き、打たれたサンジェルマンは呆然とし頬が赤く腫れる。そんな彼女を真面目な顔で見据えながらカリオストロは口を開いた。

 

「冷静になってサンジェルマン」

「カリオストロ……」

「プレラーティがあなたを怒らせる為にそう言っている訳ないでしょ?」

 

 普段なら、普段の冷静なサンジェルマンなら汲み取れる事だった。

 しかし、サンジェルマンも動揺していたのだろう──らしくなく、食って掛かってしまった。

 カリオストロの平手打ちで正気に戻ったのか、サンジェルマンはプレラーティに謝りつつ先を促す。

 

「……簡単な話なワケダ。呪われているのは人類だけではなく、奴自身もだ」

「アカシアが呪われている?」

「ああ──罪悪感という名の呪いだ」

 

 誰の目から見てもアカシアは善性側の存在。

 とても自分から人を殺すようには見えない。

 しかし殺した。理由はまだ明かされていないが、アルセウス曰く殺意と憎しみによって。

 そしてこれからも殺していく。本人の意思とは関係なく。

 

「その事を本能が覚えていたワケダ。だから人間を救おうと──己の命を燃やしてでも救おうとしたワケダ」

 

 それこそ愛する者と居たいという気持ちを殺し、たくさんの人を救いにあたり前のように命を投げ出すくらいには。

 そしてそこにその時のアカシアの意志はなく、あるのは負の感情を爆発させて滅びの歌を唄い、その後後悔した一番初めのアカシアの遺志だけだ。

 

「だから、彼も救うべきだと私は思うワケダ」

「──プレラーティ」

「だからサンジェルマン。お前は」

 

 かつてと同じ後悔を絶対にするな。

 

 

(それでも──世界中が「死ぬべき」とアカシアを否定する現状は耐え難い)

 

 サンジェルマンでもこうなのだ。

 シンフォギア装者達……特に響の心労は計り知れない。

 

「引き続き此処は私が受け持つと二代目とプレラーティ達に伝えてくれ」

「かしこまりました。……どうぞお気をつけて」

「ああ。……ところで」

 

 ふとサンジェルマンは男に尋ねた。

 状況が状況故に、目の前の当人を見ると心配してしまう。

 

「娘と妻は無事か?」

 

 男は錬金術師としてこの世界に入った時、愛する妻と娘と別れた。

 家族仲はとても良かった。良かったからこそ、彼女達を巻き込みたくないと男は判断し、別れた。

 しかし男の妻は新しい夫を作る事もなく、娘も父に対して恨言を言う事もなく、二人は男がいつでも帰ってきても良いようにと強く生きていた。

 男と仲の良い錬金術師がそれを伝え、周りからやり直せと言われる程にその家族の絆は強いものだった。

 

「ええ、無事です。だからこそ、彼女達に被害が及ぶ前に解決したいものです」

「そうだな」

 

 

 男の決意に満ちた言葉にサンジェルマンは同意を示し、男と別れて発令室に向かった。

 男の言葉を胸に刻んで。

 そして──男の瞳の奥深くに潜む感情に気づかなかった。

 

 

 第三話「繋いだ手だけが紡ぐもの」

 

 

「うん……うん。わたしは大丈夫。ソーニャお姉ちゃんも無理しないでね……」

 

 悲壮な表情を浮かべてクリスは電話を切り、深く深くため息を吐いた。

 世界中でたくさんの人々が死んでいる──滅びの歌で。

 それにより世界はかつてない程の大混乱を引き起こしていた。

 人というのは慣れるもので、仮に世界中で流行している病気でたくさんの人が亡くなっても、テレビ越しに見たその光景を「大変だ」と言う感想を抱き、明日の仕事や学校に影響が無いかを心配する。

 所詮他人事なのだ。身近な人が亡くなって初めて事態の重さを思い知る。

 

 しかし今回の出来事は──世界中の人たちが危機感を抱いている。

 多いのだ。一日における世界各地の死者数が。

 アルセウスは一週間で全人類が死ぬと言った。それはつまり、一週間で70億の人間が死ぬという事であり──一日における死者数は平均で10億人。

 既にゴーストタウンどころか、国として機能していない国も出て来始めている。戦争をしていた国は戦っていた相手と手を取り合おうとしてその前に全員死に、豊かな土地と人で溢れ返っていた都市は人の気配がなく、回収し切れていない遺体が腐敗し始めて異臭がし始める始末。

 

 SONGでも友里や他のスタッフが死に、ナスターシャはウェルの延命で何とか生きているがいつ死んでもおかしくなく、調はシュルシャガナのアカシアの力が必死に命を繋ぎ止めている。

 

 そして、クリスは此処最近睡眠時間が増え起きている時間が減っている。食事も摂れなくなり、栄養を取ろうと無理やり食べれば消化し切れずすぐに吐いてしまう。

 さらに姉妹当然に仲の良かったソーニャの家族のうち三人が死んだと聞かされた。電話越しの彼女も悲しみ、疲れ切っており、クリスは励ます言葉が見つからなかった。

 

 原因を知っているが為に、と思い。

 この事態をコマチのせいだと無意識に、当たり前のように考えている自分に嫌悪し。

 でも弱り切った体と心が仕方ない事だと諦めていた。

 

「……コマチ」

 

 クリスはあの日以来コマチと会っていない。

 それにも関わらず寂しいと思わない。

 彼を嫌いになったのではない。むしろ常に身近に存在を感じて──耳を澄ませば歌が聞こえてきそうだと思った。

 

 それが滅びの歌だと気づかないフリをしながら──。

 

 

 ◆

 

 

「親父……!」

「泣くな翼──最期は笑っていてくれ」

 

 政府直轄の病院にて、翼は──父の最期を看取りに来ていた。

 呼吸器とや心電図に繋がれた八紘はやつれており、どうしようもなく、彼は助からない事を翼に非常な現実を突き付けていた。

 

「もっと見ていてくれよ! オレが歌っている所を──羽撃いている所を!」

「すまないな……俺もそうしたいのだが」

 

 彼は既に目が掠れて翼の顔も見えていなかった。彼女が泣いていると分かったのは泣き叫ぶ声と握り締められた手が震えているからだ。

 悲しみに暮れる翼を見ながら、八紘は場違いにも──嬉しく思った。

 翼の為と思いながら幼少期に辛く当たり、彼女の母を貶してしまった。ブラックナイト事件の際に歩み寄ることができたのは奇跡に近かった。彼は翼に一生憎まれる事も覚悟していた。

 だから訃堂に操られていると知った時は怒りに燃えた。

 だから今こうして自分の為に涙を流している事を嬉しく思えた。

 

 しかし、それ以上に。

 

「翼、歌を嫌いにならないでくれ」

 

 彼女の夢をこのような形で壊して欲しくないと思った。

 

「ずっとずっと見ている」

 

 母の想いを受け継ぎ、ツヴァイウィングとして羽撃く彼女を想い続ける。

 

「だから、どうか──」

「……親父?」

 

 心電図に示された脈拍の反応が途絶える。

 呼吸音が聞こえなくなる。

 ──全く動かなくなる。

 

「親父……おい、親父! ──お父様!」

 

 翼が必死に呼び叫ぶが、しかし風鳴八紘は──風鳴翼の父は。

 

「お父様ぁぁぁあああああ!!!」

 

 この日、最期まで娘を想いながら──この世を去った。

 翼は泣き叫び──立ち上がる事ができなかった。

 

 

 ◆

 

 

「……」

「光彦……」

 

 先ほど、翼から連絡を受けた奏は──コマチの部屋の前の廊下で座り込んでいた。おそらく、この事を彼は知っている。力で通信連絡の類を傍受する事ができるからだ。

 しかしそれ以上に──死した魂が経験値としてコマチの元に集う以上、八紘の死を誰よりも早く察知できるのは彼だけだ。

 今は響が側に居て何とか慰めているが、効果はないだろう。

 響以外の人間は結界により中に入れず、こうして閉ざされた扉を見る事しかできない。

 

「はぁ……」

 

 思わずため息を吐き。

 

「失礼、お嬢さん。少し聞きたい事が」

「……アンタは」

 

 そんな彼女に話ける者が居た。

 

「私は錬金術師協会の者です。この度はサンジェルマン殿に言伝があり、訪問させて頂いた次第です」

「はぁ、どうも」

 

 男の自己紹介に、しかし奏は元気なく答える。

 状況が状況の為仕方ないとはいえ、外部の人間に失礼な態度だ。にも関わらずこうして覇気がないのは相当参っているか、それとも──彼女自身も肉体的、精神的に限界だからだろうか。

 

「と言っても既にサンジェルマン殿とは合流を果たした後。私の仕事は終えているのです」

「はぁ……」

「ですので、未だに私が此処に居るのは完全な私情」

 

 そう言って男は──コマチが居る部屋を見る。

 

「あそこに例のアカシアが居るのですね」

「……だったら何だ?」

 

 奏の問いに、男は答えず。

 

「そうか、そこに居るのですか──」

 

 確かめる様に何度も頷きながら扉を見て。

 

「──居るんだな。其処に……!」

 

 目の色を変えて、激情を込めて扉を、その先に居るアカシアを睨み付けて錬金術を行使した。

 男の手から放たれた破壊の炎は結界ごと扉を破壊し、SONG本部に警報が鳴り響く。奏は目の前の光景に驚いて呆然とし、しかしすぐにギアを纏うと慌てて男の後を追い、部屋に入る。

 

「アカシアァアアアアア! 死ねぇええええ!!」

 

 其処には、憎しみを込めて叫びながら氷の剣を思いっきり振り下ろす男と、コマチを庇って抱き締める響が居て。

 奏は光彦の雷を纏い男の頭を掴んで思いっきり床に叩きつけた。そして槍で氷の剣を砕く。

 

「がっ……放せぇ!」

 

 痛みに悶えながらも男は叫んで拘束から抜け出そうとするが、ギアを纏った奏に勝てる筈もなく動けなかった。

 しかしそれでも彼はアカシアを憎み、殺そうとして──呆然とこちらを見るコマチに恨みの限りを叫んだ。

 

「お前のせいだ! お前がみんなを殺した!」

 

 その言葉は鋭利な刃となってコマチの心を傷つける。

 

「だからと言って、光彦を殺しても何にもならないんだよ!」

 

 暴れる男を止めようと奏がイラつきながら言い。

 

「それに、アイツだって本当はこんな事……!」

 

 光彦の事が好きだからこそ、彼も苦しんでいるのだと伝えようとし。

 

「──なんで死なないといけないんだ」

 

 しかし男の次の言葉に。

 

「娘はまだ未来があったんだ……!」

「──」

 

 奏は黙らされた。

 

 罪悪感で苦しんでいる? 殺したくないのに殺してしまう事を悲しんでいる? 確かにそうだろう。アカシアは優しい。優しいからこそ、彼は苦しみ、彼の事を好きな者たちも悲しみながらどうにかしようとしている。

 

「とても優しい子だった! 勝手に離れた私の事をお父さんとずっと呼んでくれていた!」

 

 しかし、本当に苦しいのは、悲しいのは──アカシアなのか? 

 

「妻が泣きながら言っていた! 死にたくないと! まだやりたい事があると! 将来の夢も持っていた!」

 

 本当に苦しいのは──可哀想なのは。

 

「私の娘を返せぇ!!」

「ブ、ブイ……」

 

 何の罪も無いのに、悪い事をしていないのに、ただ人類だから、アカシアに呪われていたからというそんな理由で──理不尽に殺される子ども達なのではなかろうか? 

 

 騒ぎを聞きつけた弦十郎達SONG、そしてサンジェルマン達は──彼の悲痛な叫び声に打ちのめされていた。

 

「駆け付けた時には死んでいた……」

 

 そしてそれはコマチに寄り添う響も。

 

「私は娘の最期にも間に合わなかった……!」

 

 コマチ自身も何も言えず、泣きそうになり、でも泣く資格は彼には無くて、それは侮辱で──俯く事しかできず。

 

「何故──何故あの子が死ななくてはならないんだ……」

 

 男は力無くそう呟き、そのまま拘束され。

 しかし彼に対して誰も責める視線も咎める言葉も投げ掛ける事なく。

 

 ただただ──どうしようもない絶望だけがそこに残った。

 

 

 ◆

 

 

 それから翌日。

 弦十郎はサンジェルマンと共に、二代目と通信越しに先日の事について話し合っていた。

 まず二代目が謝罪を行った。

 

『すまなかったね、先日は。全ての責任は私にある、申し開きの無いほどに』

「いや……」

 

 弦十郎は応えあぐねていた。

 あの男の言葉を聞いてしまった以上、全てを否定する事ができない。彼を責めるには──あまりにも酷だ。

 かと言ってこのままで良いとは言えず、あの一件以降SONG内でも嫌な空気が流れている。

 

『今後は全て通信でやり取りさせて貰うよ、流石にね』

 

 それはつまり、既に錬金術師協会の中にアカシアを害さないと完全に言える人物が居ない事の証明であり。

 これが唯一のアカシアを守るための手段だ。

 

 しかしそのアカシアもさらに塞ぎ込み──ついには響すら拒絶してしまい、彼女も部屋に入られなくなった。

 もう彼と接触できる者は居ない。

 

『……庇う訳でも、言い訳する訳でもないが。信じていたんだ、彼を。彼ならできると思ったんだ、冷静な判断を』

「……今、その男はどうしている?」

『……』

 

 弦十郎の問い掛けに、二代目が押し黙る。

 何かあったのだろうか。

 常に余裕の態度を崩さない彼にしては珍しく、眉を顰め険しい顔をしていた。

 そして、伝えるべきだと判断したのか、口を開いた。

 

『死んだよ、彼は』

「──なん、だとぉ……!?」

 

 弦十郎もサンジェルマンも目を見開いて絶句した。

 

「自殺か!?」

『いや、おそらくアカシア様の歌で死んだのだろう』

 

 そう言われて嫌な考えが浮かんでしまうのが人間の嫌な所で、二人はアカシアを殺そうとしたから呪いの力が強まって彼を死なせたのではないか? と思い──その考えを自然と抱く自分にゾッとする。

 もう、彼らは今までの様にアカシアを見る事ができないでいた。

 これはもう──災害として見てしまっている。

 

 しかしそれ以上の絶望的な真実が、彼らのそんな考えを吹き飛ばす。

 

『ここからなんだ、話は』

「何かあったのか?」

『ああ。彼は最期──アカシア様への謝罪の言葉を口にしていた』

「──は?」

 

 それは──どういう事なのだろうか。

 何故死ぬ間際にアカシアへ謝る? 男は娘を殺されたとアカシアに対して強い憎しみと怒りを抱いていた。

 しかし一点して彼は申し訳なさと後悔を胸に抱いて「アカシアは悪くない」「彼に酷い事をしてしまった」「せめて彼の糧になろう」と言い残し──あれ程愛していた娘への言葉無く死んでいった。

 

「なんだ、それは……!」

 

 これが二代目の冗談であれば、どれ程良かっただろうか。しかし実際に見聞きした彼自身も困惑の表情を浮かべている。とても嘘を吐いている様には見えない。

 男がアカシアを苦しめる為に言ったという線は、男の事をよく知るサンジェルマンが否定した。アカシアを憎んだが、その心根は変わっていない。アカシアを貶める為だけにしたとは思えなかった。

 

 だからこそ理解できない。

 何故アレだけ憎んでいた彼がその様な事を? 

 愛が深ければ憎しみも強くなると聞くが、その様な風には見えなかった。男はアカシアと接点が無かった。

 だからもし死ぬとしても恨言を零しながら無念のまま死ぬ筈で、謝罪の言葉を遺しながらアカシアの糧になる事を受け入れて安らかに死ぬ事など──。

 

「──まさか」

 

 サンジェルマン、ある者達の存在を思い出した。

 

「どうした?」

「推測でしかないが──」

 

 弦十郎の問いに、サンジェルマンは顔面蒼白で自分が行き着いた可能性──否、真実を語る。

 

 かつて、ノーブルレッド達はアカシアの細胞を植え付けられて怪物と化していた。

 普通の人から怪物となった彼女達は結社の中でも扱いが悪く、その言いようのない孤独感を胸にアカシアを恨んだ。

 

 アカシアが居なければ、自分たちは普通の人間でいられたのに、と。

 

「しかし彼女達はある日突然──アカシアに対して深い愛情を抱き、助けたいと思った」

 

 何故なら彼女達は知ってしまったからだ。アカシアの全て──つまり、記憶、経験、そして感情を。

 それを知ってしまった彼女達はアカシアを憎む事ができず、苦しみながら彼を助けようとし──シェム・ハの言いなりとなった。

 

 そこまでサンジェルマンが言って──二代目も弦十郎もサンジェルマンが言いたい事に気づいた。

 

『──まさか』

「人は……アカシアくんの歌で死ぬ人は、直前にアカシアに対して全く恨みを抱けなくなるのか……!?』

 

 アカシック教の人間達も、エル達も、友里も他の皆も──アカシアは悪くないと言いながら、笑顔で安らかに死んでいきアカシアに魂を捧げていた。

 

 どれだけ彼の事を嫌おうが、憎もうが、恨もうが、恐れようが。

 アカシアの記憶、経験、感情──全てが注ぎ込まれて強制的に共感し、愛し「アカシアの為なら死んでも良い」と思い、命を捧げる。

 

 それはもはや洗脳であった。

 

 アルセウスは言っていた。人間を糧にしていると──そしてそれは正しい表現だった。

 

 人類は、己を殺す相手を恨むという当たり前の感情すら奪われる。

 

 彼を愛する綺麗な魂は、アカシアをどんどん強くしていく。彼が望まなくとも。

 

『──』

「──」

「──」

 

 三人とも何も言えず──ただ押し黙るしか無かった。

 

「……っ」

 

 そして──その話を、響は聞いてしまい、その場から音も無く逃げ出した。

 

 

 ◆

 

 

「う、うああぁぁぁあああああ!!」

 

 SONG本部を抜け出し、人気の無い場所で──響は感情のままに叫んでいた。

 しかしそれで胸の痛みは、苦しみは消えず、ただただ闇の中で彷徨うだけ。

 

「なんで、何でこんな事に……!」

 

 その答えは既に知っていて、しかし信じる事ができなくて。

 でも彼のせいでたくさんの人が死んだとみんなが言って、それも洗脳されて言葉が裏返しとなる。

 

「ああああぁあ!! ──ああああああ!!」

 

 コマチが悪いことをしているのなら、響は迷いなく止めて共に償うだろう。

 その気持ちは今この瞬間も変わらない。

 しかし──コマチは望んでいないのに人を殺している。善悪区別無く、全ての人間を。

 

「っぐううううううう!!」

 

 そして寄り添う事すらできない。

 

「あああああああ!!!」

 

 人を救う事もできない。

 

「──うああああああああああああああああ!!!」

 

 響は──己の無力さにただ叫ぶ事しかできなかった。

 

 払いきれない絶望の闇に、響はもがき続け。

 そんな中──携帯が鳴り響く。

 

「──……」

 

 心をズタボロにしながら、光の無い瞳で携帯を開き画面を見る。

 するとそこには。

 

「──お父さん?」

 

『話したい事があるんだ』。

 簡素に書かれたメールは、父から響への呼び出しで、彼女は擦り減った感情のまま、画面の文字を見つめていた。

 

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