【完結】戦姫絶唱シンフォギア ~キミに決めた!~ 作:カンさん
「ふぁあああ……!」
『……』
獣の前に一人の幼い少女が居た。
少女は威風堂々に佇む獣を見上げて、目を輝かせている。
彼の持つスプーンの範囲内に既に入っているが、少女は殺される様子はない──響にとっては当たり前の事だが。
少女はウロチョロと獣を見続ける。
獣はそんな少女に苛立ちを……見せている風に見せかけて、内心酷く困惑している。何なんだこの少女は、と。
一通り獣の姿を見終わったのか、少女は獣の真正面に戻ると──興奮高らかに叫んだ。
「カッコイイ!」
『──???』
テレパシーにより言葉は通じているのに、獣は少女の言っている意味が分らなかった。
困惑し切った獣のその姿に響が思わず吹き出し、獣は響を睨み付ける。
少女はぴょんぴょんとジャンプして獣に語りかけた。
「ねえ! あなたのお名前は何? 私のお友達になってよ! 私はラルメル!」
姦しい少女だった。あまり口を開かない響とは正反対だ。
可愛げはこちらにあるな、と考えた獣。
何か失礼な事考えたな、と獣をジロっと見る響。
混沌とした空間の中、思わず獣はため息を吐いた。
そもそも彼が此処に来たのは──滅びた町を見かけた為。
そこなら拠点として使えそうだと思い……少女を見つけた。見つけてしまった。
親を亡くしたのだろう。痩せ細った体で両親の物と思われる遺体の前で泣き叫ぶ少女。放っておけば衰弱死する弱い命。
関係ないのだから放っておけば良い。人間と関わるつもりは無いのだから。
昔の彼なら……孤独だった彼ならそうしたのかもしれない。
そしてずっと後悔し続ける。
しかし響と出会って変わった彼は──余計なお節介をしてしまった。
食料を分け与え、響と手分けして死んだ人たちを埋葬し、少女が元気になるまで数日町に滞在した。
その後少女は回復したが、そこで彼らは少女が失明している事に気づき──獣が四苦八苦しながらも何とか失明を治し。
現在に至る。
少女は初めて見た獣を怖がる事なく、彼と友達になりたいと言い出し、抱きついた。
獣はそれをサイコキネシスで剥がすと、スッとある方角を指さす。
『あの方角へと真っ直ぐ進めば、人間の里に辿り着く。食料も渡す。三日あれば着く』
それは少女──ラルメルの友達になろうという言葉への拒絶だった。
響と触れ合っても──否、響と触れ合ったからこそ、獣は人と共に居るべきではないと考えている。
それが響やラルメルのような優しい人間なら尚更だ。
『ヒビキ。送ってやれ。それとお前とも此処までだ』
だから獣は独りになろうする。
『──ではな』
それだけ伝えて獣はその場を立ち去り。
『──何故着いて来ている!?』
「だって別に了承していないし」
「ないしー!」
サバサバと返す響と元気よく響の真似をするラルメル。
チッと舌打ちをしようとして、幼いラルメルを怖がらせてしまうか? と彼は当たり前のように考え、それに気づき顔を歪めてため息を吐く。
此処で何を言ってもどうせ響に言いくるめられると察したのだろう。
一年以上突き放しても、一年以上付き纏われた響を撒く事ができるとは到底思えなかった。
『好きにしろ』
獣はそれだけ告げると、彼の後ろで響とラルメルがハイタッチをしていた。
それからの獣の日常は、響と過ごして来たこれまでよりも騒々しい物となった。
ラルメルは常に獣に引っ付き、話しかけ続けていた。静かに寄り添う響とは違って。
「ねーねー! お名前教えてよー」
『名前など不要だ』
ラルメルの言葉に素っ気なく返す獣。
五千年の中でたくさんの姿とたくさんの名前を得るとは思えない言葉だ。
その言葉に響は少し寂しくなる。
獣は尻尾にしがみ付いているラルメルを振り張ろうとして、しかしラルメルはブンブン振り回されても離れず、そして巻き起こされた砂塵が響の顔面を襲った。
切れた響が二人を説教し、獣は不貞腐れてラルメルは楽しそうにする。
それを響が呆れたように見て、その視線は不服だと獣が抗議し、駄々を捏ねているとラルメルがケラケラと笑った。
そんな日常をいつの間にか彼らは過ごしていた。
この瞬間だけは。
獣は己の罪と罰、そして孤独を。
響は未来で待っている変えなくてはならない絶望を。
ラルメルは家族を失った喪失感を。
それぞれ忘れる事ができた。
そんな三人の日常が当たり前に成り始めたある日、ラルメルが響に問いかけた。
「ねえ響お姉ちゃん。コマチって誰?」
「──」
それは、響の気の緩みからくる失敗だった。
響は獣が近くに居ないことを確認すると、ラルメルを問い詰めた。
「何処で聞いたの?」
「えっとね。夜起きた時にね、寝ている響お姉ちゃんがそう言っていたの」
響は、夢を──悪夢を見て魘されていた際にコマチの名を呼んでしまったらしい。
「……アイツは聞いていた?」
「んーん。その時ぐっすり寝てたよ。私がおしっこに行く時には起きたけど」
「……そう」
祈るしかなかった。獣が響が誰の事を呼んでいたのかを察しないように。
「ねぇ響お姉ちゃん? 誰なの?」
「そうだね……わたしのとても大切な人」
「好きなの?」
その言葉に響の頬が羞恥で赤く染まり──しかし、彼女は頷いた。
この想いを隠す気はなかった。
響はコマチが好きだ。かけがえのない存在だ。だから過去にやって来てまで彼を救おうとしている。
「そっか。じゃあ、あの人も?」
「うん。好きだよ」
「そっかー! 私と同じだね!」
少女は輝く笑顔でそう言い、響も釣られて笑顔で少女の言葉を肯定した。
その後、帰ってきた獣は二人の様子に首を傾げ、何かあったのかを聞くも響達は笑って「内緒」と言い、獣を大いに困惑させた。
それでも少女達の楽しそうな声は止まず。
次の日、ラルメルの姿が消えた。
◆
『チッ──何処だ』
獣は力を使って空を飛びラルメルを探していた。響もシンフォギアを纏って彼を追いながらも地上からラルメルを探し続ける。
響は走りながら、探しながら、追いかけながら獣に問いかける。
「ねぇ、何でラルメルが攫われたの?」
獣は何かを察した様子を見せ、怒りを顕にしていた。
まるで知っている誰かが彼女を攫ったみたいに。
まるで知っている誰かが彼女を攫うのとは別に目的があるみたいに。
まるで──自分のせいだと言わんばかりに、彼は攫った相手以上に自分に怒りを向けていた。
『以前、話しただろう──私が未来からこの時代に逃げた事を」
響はかつて獣が語った過去の出来事を思い出す。
彼は実験動物として人間に虐げられ、この時代に逃げた。
そして──その際に近くに居た研究所の人間も巻き込んだ、とも。
獣は常に人を警戒していた。
獣は常に人と関わらないようにしていた。
しかし響とラルメルと出会い、時が経ち──彼は彼女達を拒絶できなくなった。
そんな彼女達は、獣は憎む人間にとっては──人質になり得る。
『おそらく何かしらの道具を使い、私の意識から逃れていた』
獣はずっと研究所の人間達を探していた。しかし見つける事ができず──こうしてラルメルを攫われた。
「──必ず、取り戻す」
響の言葉に、獣は応えずとも──その心中は同じで。
だから、その光景を見て言葉を失った。
獣を捕らえる為ならラルメルは生かされるだろうと思っていた。人質の価値とはそういう物だ。
だから、響と獣は彼女を救う為に覚悟を決めていた。
助ける事ができると思っていた。
しかしこれは現実。悲しい程までに残酷な現実。
アニメや物語の様に、整えられた状況はなく、ピンチからの逆転を狙える程優しくはない。
それを彼らは思い知る事となる。
「──来たかキマイラ」
『やはり貴様らか……!』
数人の大人の男達が、やって来た獣を憎々しげに睨みつけていた。
獣に巻き込まれてこの時代で必死に生きて来たのだろう。体も服も、そして心もボロボロで、しかしそれでも生きるのを諦めなかった。自分たちをこんな目に合わせた獣に復讐をする為に。
彼らの足元にはラルメルが横たわっていた。眠らされているのか目を閉じており、しかし妙なティアラを付けられている。
何かの聖遺物なのだろうか、妙な術が彼女に掛けられている。
「ラルメルを返せ!」
「ふん。取り戻してみるんだな」
響の叫びに対して、研究者たちは見下すような笑みを浮かべながらそう言い。
獣に向けて銃弾を放った。
『無駄な──』
それを獣はバリアで防ごうとし──しかし銃弾はバリアの存在を無視して、獣の肉体を貫いた。
瞬間、獣は苦悶の表情を浮かべてその場に膝を着いた。
身体中が痛くて、内側から破壊尽くされているかのような不快感。
そして何より──力が安定しない。
「お前みたいな危険物を、抑止力無しに研究する訳がないだろう」
彼らが使ったのは聖遺物をあえて暴走させる銃弾。聖遺物の研究の際、暴走してしまう事は珍しくなく、彼らはその時の現象を調査、研究し、解決策は見つからなかったが引き起こす事はできるようになった。
その技術のノウハウは並行世界のある場所でも行われており、それによりたくさんの人を失い、片翼を失う者も居る。
「そして仕上げはコレだ」
そう言って男が次に取り出したのは──聖遺物の活動を沈静化させる銃弾。
今この瞬間に獣に撃てば──不安定な獣は戦う力を暫くの間失うだろう。
そうなれば──彼らの鬱憤を晴らすには十分な時間が稼げる。
「さぁ、もっと苦しめキマイラ!」
男達は躊躇なくその銃弾を使い。
「──く」
そして響は迷いなく獣前に立ち、その銃弾をその身に受けた。
「っ──あああああああ!?!?」
すると響の体に耐え難い激痛が走り、ギアが解除される。
それを見た獣は響に駆け寄ろうと手を伸ばし。
「ラルメルを──!」
『……っ』
しかし決死の響の言葉に、獣は彼女とラルメルを見て──自分の中で暴れ回る力と衝動を抑え込みながらサイコキネシスでラルメルを掴み、自分たちの方へと引き寄せた。男達が庇った響に意識を取られている隙は大きく、難なく取り戻す事ができた。
男達は驚いた表情を浮かべていたが──獣とラルメルを見るとすぐに笑みを浮かべた。
『ラルメル。無事か──』
獣が男達に付けられたティアラを外し、彼女の目を覚まさせようとしたその時。
『──』
彼は──言葉を失った。
獣と響が、研究所の人間達が潜伏していた村に辿り着いたその時──既に、ラルメルは死んでいた。
顔は殴り尽くされ原型を留めておらず、あの明るい笑顔はもう一生見る事はできない。
獣の事を好きだと、響の事をお姉ちゃんと呼んでいた口は、折り砕かれた歯でズタズタにされて、舌は乱暴に切り裂かれていた。
手足の指は折られ、切断され、砕かれ。
彼女の綺麗な髪は焼いた後に引き抜いたのか見るも無惨で。
そして体は──男達の醜悪な欲望で汚され、犯され、壊されていた事が辛うじて分かる程度だった。
──人間のする事ではない。
──もはや悪魔のする所業。
そして悪魔は獣に囁く。
「貴様を殺す事が最大の復讐だと思っていた」
しかしそれはある日を境に変わった。
「随分と入れ込んでいたな。そのガキとそこの女に」
彼らはずっと見ていた。獣の事を。
「だから決めたんだ。お前を殺すのは最後だって」
彼らはずっと見ていた。彼が少女達と心を通わせるのを。
「これからそこの女を犯して、壊して、貴様に見せつけてやる。そこのガキのように」
獣の中に力が──もう抑えられない。
「貴様が悪いんだ。──貴様のせいでこいつらは酷い目に遭って死ぬんだ!」
獣は──彼らと同じように怒りと憎しみで狂い。
『◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!!』
そして──虐殺が始まった。
響はその光景を──獣が男達を蹂躙し、殺す姿を見る事しかできなかった。
5分も掛らなかった。獣はありとあらゆる力を使って、まるでラルメルの痛みをそのまま返すように男達を殺した。
しかし男達は悲鳴を上げなかった。それどころか笑い続けた。
嬉しかったのだろう。憎んでいる獣が苦しんでいるのが。そして──死ぬことでこの地獄から救われる事に。
獣は、彼らを殺す事で救い出した。
彼は初めて人を殺し、そして救った。
奇跡でも優しい心でもなく、暴力と煮えたぎった激情で。
『……』
返り血で赤く染まった獣を響は見ている事しかできなかった。
彼女の心にも闇が翳す。
自分のせいでコマチが苦しんでしまったと、そう思っていた。
まだ、地獄は終わっていないのに。
「この、化け物!」
その声と同時に、獣に向かって石が投げられた。
獣がそちらを見ると、そこには怯えた様子で獣を見る村の人たちがいた。
彼らは今の一部始終を見ていた。
いや、それどころかラルメルが殺される所も見ていた。泣き叫ぶ声も聞いていた。声が聞こえなくなり、力なくただの肉の塊になるところも見ていた。
彼らは男達を止めようとした。
そのせいで見せしめに村の何人かの女子供が殺された。
彼らからすれば、獣達は疫病神だった。それが凄惨な殺し方をしているのを見れば当然の反応だった。
それがつながりが隔たれている、彼らからすればあり得ない存在なら尚更で。
大切な隣人を守る為なら、それは勇気ある正義の行動なのかもしれない。
「出ていけ!」
「俺たちと関わるな!」
「もう殺さないで!」
「壊さないで!」
「誰か助けて!」
言葉と石が投げつけられ、獣の中でどんどん黒い感情が湧き出していく。
何故僕が石を投げられているの?
僕は悪くない。こいつらが悪いのに。
僕だって悲しいんだ。辛いんだ。怒りたいんだ。
それをお前らは──。
しかしそれでも獣は耐えた。耐えて耐えて耐えて──耐えようとしていた。
「やめて! 今この子を傷つけるのは!」
「うるさい!」
「キャッ!」
──しかし。
──獣を庇おうと立ち塞がった響が、運悪く頭部に石をぶつけられ。
──そして倒れた彼女の頭から血が流れているのを見て。
──獣は……全てを見限った。
『──やはりニンゲン、は……!』
ふわりと浮かんだ獣の体から神々しくも恐ろしい光が発せられる。
それを見た村人達は罵倒も石を投げる為に掲げていた腕もぴたりと止める。
そして──彼らは呆然と獣を……否、荒ぶる心を持つ神を見上げた。
『──ニンゲン……は!!!』
その姿に村人達は魅入られ──畏怖と信仰をその心に、魂に刻み込んだ。
「ダメ……コマチ。その歌を唄ったら──」
響が必死に獣に手を伸ばすが──しかし届かず。
獣は、人類への明確な殺意と憎しみを抱いて。
「ダメ……ダメェぇェェエエエエ!!」
『──全て、根絶やしにしてくれる!!』
こうして。
アカシアとなる前の獣は滅びの歌を唄った。
その歌は全人類の魂に刻み込まれ、これから生まれてくるヒトにも呪いをかけた。
歌い終わった獣は涙を流し。
響は泣き叫び、届かない声に絶望し──未来を変える事ができなかった。
第六話「響-こえ-」
「──これは」
そして、その異常事態を察知した一柱の神がいた。
その神は原因を探るべく、同僚の神に一言言って出発する。
「少し出る。此処は任せたぞ──シェム・ハ」
「ふん、好きにするが良い」
こうして物語は──始まりへと至る。
タイトルはビクティニと白き英雄レシラムED響-こえ-より。