【完結】戦姫絶唱シンフォギア ~キミに決めた!~ 作:カンさん
――奏は思い出す。光彦との思い出を。
『ピカピカ……チャア』
(奏ちゃんあんまり無理しないでよ? 奏ちゃんが倒れたら俺悲しいからさ)
いつも奏の身を案じ、傷を負って帰ると大騒ぎして救急箱をひっくり返していた。
――そしてライブの事件で命を落としたと思い……生きている事を知った。
それなのに――その大事な家族は敵の手にある。
――返してくれ、と彼女は懇願する。
――翼は思い出す。光彦との思い出を。
『チャア……チュウ……』
(翼ちゃんまた我慢しているでしょ? それみんなにバレているから、素直になりなよ)
時折喧嘩をする仲だったが、それでも大好きだった。家の事を考え塞ぎ込んだ時は元気出せと背中を叩いてくれた。そして何より……光彦と過ごす二課での生活は、実家では感じられなかった『家族との時間』が、確かにそこにあった。
――返せよ、と彼女は怒りに燃える。
――クリスは思い出す。コマチとの思い出を。
『ブイブイ!』
(相変わらず美味しいね! 流石我が友!)
公園で友達だと言われた時は嬉しかった。攫った後も、変わらず友達だと言ってくれた時は胸が締め付けられる想いだった。
フィーネを止めたいという想いとは別に、彼を助けたいという想いも強くあった。
それが今は無い事にクリスは胸を締め付けられる想いだった。
――返して、と彼女は涙を流す。
――響は思い出す。コマチとの思い出を。
『ブ〜〜……ブイブイ!』
(心配しないで。キミが歩けるように、俺は側に居るから)
救われた後もあの地獄を夢に見て飛び起きた時がある。その度にコマチはすり寄って大丈夫だと、キミを独りにしないと言ってくれた。温もりを与えてくれた。
彼が居たからこそ、響は復讐以外の、怒り以外の感情を思い出していく事ができた。
――返せ、と響は怒りに燃える。
「返してくれ」
「返せよ」
「返して」
「返せ」
『――今すぐ、返せ!!』
第十二話「わたしの大切な人」
四人の叫びを聞いたフィーネは嘲笑う。
「返せだと? 妙な事を言う――そんなに大事か? 自分を慰めてくれる相手が」
ふざけるなよ、とフィーネの額に青筋が浮かび上がる。
「貴様らはいつもそうだ! そうしてこの方の優しさに縋り、救いを求め――そうやって幾千年も苦しみを与え続ける!」
そもそも、とフィーネは語る。
「お前らが過ごした時間は、この方にとってはほんの一部にしか過ぎない――そしてその時間も失われる。この方が命を賭して人を救い続ける限り」
奏の脳裏に、光彦が死んだ日の事が浮かび上がる。
「――まさか」
「流石に分かるか。ああ、そうだ。あの方は祈りにより他者を救う事ができる。それこそ、絶唱で死にかけた装者や死にかけの人間を万全な状態に戻すくらいには」
「――その代償が、記憶の喪失とでも言うのか!?」
翼の問いにフィーネはあえて答えないが――それこそが何よりも雄弁に答えていた。
光彦が死にコマチになった際に、彼はその時の事を全て忘れる。故にツヴァイウィングと出会っても思い出せない。他人だから奏ちゃん、翼ちゃんではなく、奏さん、翼さんとなる。
そして彼は――アカシアはそれを何度も何百回も何千回も――永き時の中、己を磨り減らしながら行ってきた。
――フィーネはそれに耐えた。他でも無い本人が望んだから。
「良い事を教えてやろう――アカシア様は、失った記憶を取り戻す事はできない」
『――っ!?』
ツヴァイウィングの二人は目を見開く。
「確かにあの方は何度も復活するが――死んでいるんだよ。何度も何度も何度も――お前たちの想う光彦は既に死んでいる。もしかしたら、という可能性は――無い」
改めて家族の、大切な者の死を突き付けられた二人は――静かに涙を流した。
ポッカリと空いていた穴に残酷な真実が埋め込まれる。コマチの存在を知り、無意識に浮かんでいた期待が――崩れ落ちる。
彼女たちの温かな雷光は――既に途絶えていた。
「――うるさい」
そんななか、響はなお怒りに燃える。
「わたしは――奪還する。忘れさせない。失わない! ソイツは約束したんだ! 傍に居るって!」
「――なんだ聞いていなかったのか。クリスがそちら側に着いているからてっきり」
「……っ」
フィーネの言葉に、クリスがピクリと反応する。
「――どういう事?」
「ふん。大層執着する割には気付かないのか……いや、あの方の本質が変わらないから、か……」
「――どういう事かって、聞いてんの……!」
バチバチッと響から紫電が迸る。
それをフィーネは冷たい目で見下し――決定的な事を言った。
「――知れた事。お前の言うコマチは……もうこの世には居ない」
「…………は?」
コマチが、居ない。それはつまり――。
「デタラメを言うな! アイツは死んでいなかった! 現に、取り戻してからも変わってなくて――」
「本当にそうか? ……貴様なら分かるんじゃないか? 違和感を感じたんじゃないか? ――あの方の言葉が分からなくなったんじゃないか?」
「――」
そう言われ――思い出すのは、取り戻してのすぐの事。
食事量が減った。顔馴染みの筈の街の人に戸惑い隠れる姿。一緒に寝る時、風呂に入る時に照れが無かった。――言葉が伝わらなくなった。
ちょっと待て、と響は瞳を激しく揺らす。それではまるでフィーネが言っている事が――本当じゃないか、と思ってしまう。
「……ごめんなさい」
クリスが顔を俯かせて謝る。
「あの装置を使ってフィーネはあの子の記憶を消した。そしてアナタに再び返してノイズと安全に戦わせてデュランダルとの融合係数を上昇させて――再び自分の手元に」
それが――フィーネの計画の一部。
響は――利用されていた。
そしてクリスはコマチが記憶を失ってしまった事を響に知られたくなくて、大切な人を失った真実で傷付ける事が――自分と同じ痛みで苦しむ事に我慢できなくて、どうにかコマチを回収しようと思っていた。
そして計画が全て為された後に、どうにか記憶を戻せないかとフィーネに縋ったが――その目論見も全て潰えた。
――大きな喪失感を装者たちが襲う。
それを確認したフィーネが動き出す。
「そこで見ているが良い――私の積年の想いが稔る瞬間を!」
リディアンを地響きが襲う。
シェルターから悲鳴が響き渡り、敷地内を突き破って巨大な塔が地上に現れた。
「これこそが、月を穿つ恋文――荷電粒子砲カ・ディンギル」
「荷電粒子砲……!?」
「月を穿つ――月を壊すというのか!?」
奏と翼の問いに、フィーネはそうだと答える。
「人類の不和はバラルの呪詛が原因――そしてその呪いはあの月を破壊する事で解く事ができる!」
その暁には――。
「私のこの胸の想い――届けてみせる!」
――だが、そんな事をすれば地球がどうなるのか等……分かりきった事。
故に、彼女たちは立ち上がる。
光彦が、コマチが、今まで守ってきた命を――未来に繋げる為に。
「――やはり立ち上がるか」
ならば。
「私
そう言ってフィーネは、手に持ったボール型装置を投げた。するとパカリと開き中から光が飛び出し――それは一つの生物へと変わる。
「キリュリリュリリイイ!!」
コマチ――ではなかった。
それはエメラルド色の体を持つドラゴン。
目を赤く光らせ、咆哮を上げる。
戦う為だけに選ばれたかのように、そのドラゴン――レックウザは、装者たちを睨み付ける。
「行きましょうアカシア様――今こそ誓いを果たす時です」
フィーネの覚悟に呼応するように、レックウザが叫び返した。
カ・ディンギルは依然としてその砲身にエネルギーを溜めていた。
◆
「キリュリリ!!」
「くっ、こいつは……!」
レックウザはその巨体に似合わない俊敏さで襲いかかった。ただ動くだけでその巨体は一つの武器となり、槍で防ぎながら回避した奏が痛みで呻く。
それ以上に心が痛かった。
姿形が変わっても分かる――あれは光彦だ。感じる力が彼のもので……しかし何処か機械的で彼らしくない。
「了子さん……いやフィーネ! お前、何しやがった!!」
「……このモンスターボールはアカシア様専用の制御装置。かつて、アカシア様が……己の友と作った物だ」
「なに!?」
自分自身で、自分を制御する装置を作った事に眉を顰める奏。
それにフィーネはなんらおかしくないと言った。
「アカシア様の力は強大過ぎる。――あの方は優しい。だから己に枷を嵌める事になんら疑問をもたない」
そして、フィーネが使ったのはその中でも最強のマスターボール。その制御率は最高だ。
「慕っている相手を操って、それでお前はいいのか!?」
ブレードをボード型にしてレックウザの周囲を飛び牽制する翼。話を聞いていた彼女は怒りに顔を歪めながらフィーネに向かって叫び。
「良いわけあるかぁ!!」
それ以上の怒りを以て、鞭で翼を叩き落とした。
「がはっ!?」
「翼!!」
駆け寄るクリスに構わず、フィーネは叫ぶ。
「かつては私の想いを察し手を差し伸べ! 記憶を失っても尚寄り添い、身と心を案じ、背中を押してくれた! そして何度記憶を失っても、敵対者である私に慈悲の念を送って下さる――そんな相手を操る私が! 何も! 感じてない筈があろうか!!」
それでも。
「それでも! 私は誓った! 月を穿つと! ――そう約束をしたからだ!」
「っ……」
「翼、無理しないで。それと――」
フィーネが怒りを爆発させるなか、クリスは翼の身を案じつつこっそりとバレないように耳打ちをした。
それに翼は目を見開くも――クリスの覚悟の決まった目を見て何も言えなくなる。
「そして! 何よりも気に入らないのは――貴様だ立花響!」
フィーネの視線の先には――呆然としている響の姿が。
「あの方に縋るだけの貴様は、私の逆さ鱗に触れまくった! そうやって心を死なせたまま戦場に立つのなら――身も朽ち果てろ!」
鞭を勢いよく振るい、鋭い一撃が響に振るわれ――その間にクリスが入り込む。
「な――!?」
「――」
フィーネと響が驚愕の表情を浮かべる。
クリスの腹部にはグッサリとネフシュタンの一撃が突き刺さっていた。血に染まった鞭の先端が響の目の前で止まり、ポタポタと赤い雫が垂れる。
それを見たフィーネは鞭を切り放した。
クリスはそれを見て――嬉しそうに笑った。
そしてクルリとフィーネに背を向けて響の元まで近寄ると――パンっと乾いた音が響いた。
クリスが響の頬を叩いたのだ。
しかし、響は叩かれても何処か呆然としており、クリスはそんな彼女の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「――諦めるなよ!」
「――」
いつも物静かなクリスとは思えない強く荒っぽく粗暴な――しかし優しいのは変わらない。雪音クリスの言葉が紡がれる。
「わたしに襲いかかってきた時の気概はどうした! 絶対に取り戻すって! 大切なものを奪わせないって! そう叫んでいただろうが!」
「――でも」
しかし、響は――折れていた。
「もう、居ないんだ――わたしの日陰は。もうわたしの事を覚えていないんだ。それで取り戻したって……アイツにとってわたしは他人で、傍に居てくれるって約束も忘れて……!」
静かに涙を流す響。
今の彼女は――戻っていた。
ライブの事件で生き残った結果、周りの人間から謂れのない誹謗中傷で心をズタズタにされた時の彼女に。
しかし唯一違うのは――独りで居ることに耐えられない事。
温もりを感じた少女は――孤独に身を震わせる事に驚いている。
「そうだよな――辛いよな一人ぼっちは」
そんな震える彼女を、クリスは優しく抱き締めた。
優しく頭を撫で、謝る。
「加担したわたしが言えた事じゃない。ごめんなさい。でもこれだけは分かって欲しい。そこで諦めたら――一生会えなくなる」
「……っ」
「だからどうか――手を伸ばすのを諦めないで」
それだけ伝えると、クリスは響を放しフィーネへと向き合う。
フィーネは攻撃せずにジッと彼女たちのやりとりを見ていた。そこに軽蔑を嘲笑もなく、ただジッと見ていた。
クリスはその様子に心中で笑みを浮かべて――強い眼差しでフィーネを見据える。
「わたしは……アナタを止める」
「ふっ……やはり賛同できないか」
「違う」
「では何故だ? 何故止める? 利用してきた私が憎いからか? 捨てた私への意趣返しか?」
皮肉を込めてフィーネが嗤いながら問い掛け――。
「――わたしが、アナタの事が大好きだから」
「――は?」
――クリスの言葉に、口を開いて止まった。
「何を、言って――」
「大好きな人が間違っている事をしているから。やりたく無い事をしているから。苦しみながら歩いているから――それをわたしは止めたい」
「……何故だ。私とお前の関係は利害一致で繋がった冷え切った物。それを――」
フィーネは必死に言葉を繕う。
まるでそれだけは言わせないと言わんばかりに。
しかし――クリスははっきりと言った。
「わたしはね、フィーネ――アナタの事をもう一人のお母さんだと思っているから」
「――」
「だから――絶対に止めてみせる」
明らかにフィーネが動揺する。
「っ……もう、遅い! お前では止められない」
それを振り切るようにして、フィーネが鞭を伸ばす。
「ぐっ……!」
「!? 馬鹿、よせ! 死ぬぞ!」
しかしクリスはそれを腹に刺さったままの鞭を強引に引き抜いて、自分を捕らえようとしていた鞭にぶつける。
思わず叫んだフィーネにクリスは嬉しそうな笑みを浮かべて――叫んだ。
「――つばさぁぁぁああああ!!」
「――ああ!」
血を吐くように応える翼。
クリスが跳ぶと同時に、翼のボードが彼女を乗せてカ・ディンギルへと向かう。
それを見たフィーネが顔を青ざめさせて、鞭を使ってクリスを捕らえようと振るった。
しかし、その間に翼が現れ妨害する。その姿を見たフィーネが叫んだ。
「貴様分かっているのか!? このままではクリスが!」
「分かっているさ――アイツの覚悟を!!」
クリスは妨害に合う事なくカ・ディンギルの砲口から中に入る。すると眼前には今にも砲撃を放とうとエネルギーを溜める姿が。
ここに全てのエネルギーを叩き込めばどうなるかなど――分かり切った事。
そして、月を穿つ程の威力にぶつけるのなら――それ相応の力が必要だ。
「Gatrandis babel ziggurat edenal」
クリスの脳裏にフィーネとの思い出が浮かび上がる。
「Emustolronzen fine el baral zizzl」
淑女であれと厳しくされ――しかしいつしかそこに愛を感じた。
「Gatrandis babel ziggurat edenal」
戦争で命を落とした両親は偉大だったと、自分の大切な人を認められた時は――涙を流して喜び……初めてありがとうと言った。
「Emustolronzen fine el zizzl」
そしてその日は一緒に寝て――もう一人のお母さんだと思えるようになった。
だからクリスは――フィーネを止める。
(バイバイ、フィーネお母さん。コマチ。――みんな)
「……やめろ! やめてくれ――やめなさい!!」
――フィーネのその懇願は、果たして積年の想いが阻まれるからか。それとも……。
しかし、彼女の叫びは虚しく響き、そして届かず。
――目の前で、カ・ディンギルが大爆発を起こし……イチイバルの反応が消えた。
「あああ……」
それを見ている事しかできなかった響は――。
「――ああああああああああ!!!」
ただただ……泣き叫ぶことしかできなかった。