【完結】戦姫絶唱シンフォギア ~キミに決めた!~ 作:カンさん
ついに浮上したフロンティア。
その地に足を踏み入れたマリア一行とウェル達は、各々の想いを胸に抱く。
(月の落下を止めて皆を助けるんだ)
無辜の人々を想うセレナ。
(ようやく此処まで来ましたね……)
これまでの戦い、そしてそれまで頑張ってきた二人を想うナスターシャ。
(──さて、彼女達は来るのかしら)
追って来るであろう者たちを想うマリア。
(ようやく切歌を──)
大切な人の、大切な人を救えると想うキリカ。
(──切ちゃん)
ポッド内にいる友を想う調。
そして──。
「ようやく、僕の野望が果たされる」
一人笑みを浮かべるウェル。
彼女たちは遺跡へと向かった。
第十六話「浮上──
響は発令室前の扉で立ち竦んでいた。
「……」
眉を顰めて、手を前に出したかと思えば引っ込めて。
頭をガシガシと掻きむしったかと思えば、深く息を吸って、咽せる。
「大丈夫?」
「…………うん」
沈黙が長かった。
未来が隣に居ることでなんとか平静を保てているが──響は自分のした事を……仲間に言った事を覚えている。
後悔するほど傷つけた。
後悔するほど拒絶した。
後悔するほど──言ってはいけない事を言った。
だから、今更どんな顔をすれば良いのか分からず二の足を踏んでおり──。
「もう、響! 行くよっ」
「え? ちょ、待って未来──」
「待たない!」
未来はコマチと違ってグイグイと来るタイプだった。そりゃあ街に繰り出して危ない技を出す響の前にも飛び出す。時代が時代なら女傑と呼ばれていたのかもしれない。
ちなみにコマチなら一緒に待っている。何分も何十分も何時間も。それはそれで重い。
未来に引き摺られる形で発令室に入った響は──トンッと軽い衝撃が腹部に感じた。
視線を下げると、ふわふわな銀髪が見えた。
「クリ──」
「──許さない」
有無を言わさずクリスは響の言葉を遮り。
「また一人で居なくなったら許さないから……!」
「──ごめん。それに酷い事言った」
クリスは無言で首を横に振り、響はじんわりと服が熱くなるのを感じた。
ポンポンッとクリスの背中を叩き、それを未来は優しい眼差しで見ている。
「よ! 効いたぜお前の雷」
「翼さん──」
「オレはクリスほど甘くねえぞ」
包帯を巻いた翼は、響の後悔した暗い声にピシャリと言い放ち。
「今度飯を奢ってくれ。それでチャラにしてやる」
「──そんな事で?」
「おいおい何言ってんだ。お前の財布がすっからかんになるまで食ってやるから覚悟しとけって言ってんだ──逃げるんじゃねーぞ」
「──はい」
強引に約束を取り付け、いつも通りに接して響に気にしていないと不器用に伝える翼。その素直じゃない思いやりに響は思わず笑みを浮かべて受け入れた。
「響」
「奏さん」
「──ありがとう戻ってきてくれて。そして生きていてくれてありがとう」
「あ──」
──生きるのを諦めるな!
かつて響は彼女の言葉で苦しみながらも、生きる事を諦めなかった。
記憶を取り戻した今、それが鮮明に思い出される。
生きるのを諦めなかったから──こうして未来と手を繋ぐ事ができた。
そして、奏は大切な家族を失った。最も生きるのを諦めて欲しくなかった相手に。
さらには今回同じ想いをし──響は酷い事を言った。
「奏さん、わたし──」
「いや、言わなくても分かっているだろうからそれ以上言わなくて良い──ただ、これだけを覚えていてくれ」
「……」
「どんなに苦しくても、どんなに辛くても──生きるのを諦めないでくれ」
奏は再びあの日と同じ言葉を送る。
「そうしたら──あたし達が絶対に助けてやるからな」
そう言ってニカッと笑い、あのライブの日に言えなかった事を言う。
失う辛さも、失われる辛さも知っている奏だからこそ言える言葉であり、同じ痛みを持つ者にはよく伝わる。
響は胸が締め付けられ──涙を流しながら強く頷いた。
それを奏は、満足そうに見ていた。
しばらくして落ち着いた響は、改めて二課のスタッフ達にも謝罪した。
勝手な事をしてごめんなさい。迷惑をかけてごめんなさい、と。
しかし二課の者達は誰一人響に恨み言を言わず、それどころか彼女の帰還を心から喜び、歓迎した。
「司令も、その……」
「ん? ああ、あれか」
響の気にしている事を察した弦十郎は、険しい顔をしながら呟いた。
「──許せんな」
「っ……」
流石に直接害した手前、響は当然の事だと受け入れようとし。
「オレの未熟さにな」
「え……?」
しかし続く言葉に呆然とする。
「例えアカシアくん由来の力といえど、二度も不覚を取ったからな……また一から鍛え直しだ」
「でも、あれは……わたしが」
「それに」
ポンッと響の頭に手を置き。
「子どもの我がままを受け入れられないで何が大人だ。不甲斐ないオレ達だが、それでも君を助けたいと思っている──だからもうこれ以上自分を責めるんじゃない」
「……はい」
響の中の蟠りを晴らし、彼らは現状の確認を行うことになった。
まず響の体について。
「響くんの体内にガングニールは無い。未来くんの力のおかげだ」
メディカルチェックの結果、響はガングニールとの融合が解け、普通の少女へと戻っていた。彼女を利用していたダインスレイフも記憶を封印していた力も消え、晴れて響は自由の身。
「ただ……」
「──分かっています」
言い淀む弦十郎に代わって、響が言った。
「コマチの力も、無くなっているんですよね」
「それって……」
今まで響を守ってきた紫電の力が──光が喪失していた。
翳り、闇色の道を温かく照らし、響を支えていた力。それを失った響は──しかし、寂しそうにしていない。
「響、その……」
「未来のせいじゃないよ」
しかし今の響は──日向の道を歩む事ができる。
何故なら隣に陽だまりがあるのだから。
「多分未来の光に照らされる前に限界だった。……わたしがそういう使い方をしてたから」
初めは命を救われた。ライブで死にかけていた彼女の手を掴み、闇から光へと。
次に、戦いの日々に投じる彼女を人として留めていた。ノイズを、その裏にいるフィーネを強く恨み、連日連夜ノイズを倒すべく力を奮っていたにも関わらず、響はガングニールとの融合による人としての在り方を失わなかった。それは彼女が気付いていない所で必死に抵抗してたから。
そして最後は、闇に堕ちた響を繋ぎ止め続けて獣に成り果てるのを必死に阻止していた。
(──コマチ)
唯一残っていた彼との繋がり。
しかし響はそれを喪失と思わなかった──彼女はもう迷わない。
「大丈夫。わたしはもう一人じゃない。未来がいる。皆がいる──だから明日に歩いて行ける」
響の力強い言葉を聞いて、皆はとりあえずは大丈夫だと判断し次の話題へと移る。
「次はフロンティアだ」
FISによってフロンティアは浮上し、モニターには大陸が映り、レーダーでは全体図が映し出される。
レーダーに映し出されたフロンティアを見る限り、海上に出たのは本の一部だという事が分かった。
あまりにも巨大。これが稼働する際のエネルギーは? そしてそれが兵器として使用された際には──。
最悪を想定すればするほど、ゾッとしてしまう。
「アイツらはこれを使って月の落下を防ぐつもりなのか?」
「うん、そのつもりみたい──マリアさん達は」
翼の疑問に未来が答える。
とても気になるニュアンスで。
クリスが代表して彼女に問い掛けた。
「どういう意味なの、未来?」
「えっとね。まず武装組織フィーネは一つの勢力内に二つの勢力があるの。それが月の落下を阻止したいマリアさん、セレナさん、ナスターシャさんのFIS組。
そしてフロンティアを起動させたいウェルはか……ウェルさん。調博士、キリカ」
「ふむ……つまりウェル博士はフロンティアが目的だったわけか」
ウェルの存在は二課にとって判断し兼ねる相手であった。
言動が怪しいにも関わらず、未来に対しては真摯に協力し、彼女の身には何ら後遺症が無かった。
力を手にして誇示したい──そう考えるには、あまりにも情報がまだ少ない。
「他には……」
「えっと。フロンティアが使えれば野望が果たせる、と」
「──野望、か」
未来からの情報に、弦十郎達は思案する。
今までの言動から、その野望は果たして健全なものかはたまた……。
少なくとも月の落下を二の次にしている事から、無辜の人々を救う以上の目的があるのは確かだった。
「でもアイツ、コマチのおかげで小遣いできたって言ってたぞ」
「それにキリちゃんを最高傑作だってまるで物みたいに……」
翼とクリスはウェルの言動から、彼を警戒すべきだと主張した。
「だがあのマリアがそんな奴と手を組むのか? 胡散臭いけど」
「胡散臭いけど言動はどうあれ響を助ける力もくれました。それに……」
奏と未来は状況的判断から、彼のことを危険ではないと言う。胡散臭く感じながらも。
意見が二つに割れる中、響が言う。
「──どのみち、フロンティアに行かないと」
響は未来から聞いていた。
ネフィリムが倒された際、マリア達は心臓と卵を手に入れていた。
そして、マリアはその卵を大切に扱い──未来に伝言を託した。響に向かって。
『彼が次に目覚めるとしたらこの卵から──取り戻したいのなら、わたしを倒しなさい』
──もう、コマチは自分の事を覚えていないのかもしれない。
でもやっぱり──彼女は諦める事ができない。
闇に堕ちて尚、暴走しても尚、彼への想いは翳らなかった。
「──取り戻すんだコマチを」
もう、迷わない。間違えない。
響は、仲間と共にフロンティアに向かう。
その胸に歌を抱いて。
◆
「これでフロンティアは起動──時期に生命力が行き渡ります」
ネフィリムの心臓をフロンティアに専用の機器にて接続したウェル。彼の言葉通り、外を見ると徐々に木々が生い茂げ始めていた。
それを眺めていたナスターシャ達に、ウェルが操作端末を投げ渡す。
「これは……?」
「フロンティアを使う為のアクセスキーとでも言いましょうか。ネフィリムの心臓に取り付けている機器と連動し、このフロンティアの操作を可能とします」
そう言ってウェルもまた同じ端末を見せつける。
「では、月の落下阻止は任せましたよ。こちらはする事があるので」
「……? いったい何をする気なのですか?」
ウェル達が月の落下の阻止をマリア達に丸投げをしているのは、共有されている認識だ。
しかし、彼らが何をしようとしているのかは分からない。セレナが問い掛けると、ウェルはニヤリと笑みを浮かべて答える。
「──知りたいですか?」
「──っ!」
それにセレナは怯えた表情を見せ──。
「いいえ、言わなくて結構。それは後で説明してちょうだい──時間がないはず」
「──そう、ですか。分かりました。では」
マリアの言葉を受けたウェル達はブリッジルームへと向かった。
彼らを見送った後、セレナはマリアに詰め寄る。
「姉さん、良いのですか?」
「なにが?」
「なにがって──」
言い淀むセレナの額をバチンッと指で弾くマリア。
セレナはその衝撃と痛みで思わず声を上げた。
「いたい!?」
「心配し過ぎよアナタは──マム、わたし達も制御室に行きましょう」
「そうですね」
話を終えた三人は、制御室に向かった。
セレナは額を押さえながら。
【──】
そして誰も気付かなかった──ネフィリムの心臓が怪しく脈動するのを。
「手分けして探しましょう。その方が効率的です」
「ダメ助手にしては真面な意見」
「酷い! ……キリカくんは休んでいてください。君は……」
「大丈夫デス! ここまで来たのデスから最期まで!」
「……」
三人でフロンティアを使い、蓄積された情報を開示、分析していく。
ウェルも調もキリカも真剣な表情で次々と膨大な情報を閲覧していく。
そんななか──。
(え──?)
それを見た彼女は、
(これって、アカシア様の──)
「──あった!!」
(──っ!)
しかし、ウェルのその一言により意識は塗り替えられ再び眠りに付く。
歓喜の声を上げるウェルに、調もキリカも振り返って彼を驚きの表情で見ていた。
「これで! これでようやく僕の野望が──」
ウェルの高笑いが響き渡り──フロンティアが揺れた。
◆
ソレは、ずっと機会を伺っていた。
響に倒され、動けない状態のまま、ずっとずっと狙い続けた。
しかし動く為の体が無く、ウェルの技術で封じ込まれていた為行動する事ができなかった。
──が、フロンティアと繋がり
暴走ではない。
外敵を喰らうという欲求に従った、自分を叩きのめしたアイツを取り込んでやるという悪意が生んだ──本当の化け物。
それが、牙を剥いた。
フロンティアに行き渡っていた生命力がネフィリムの心臓へと集中し、さらに至る所から半透明な触手が現れた。
触手は何かを探し出し──食事を開始した。
「──っ!」
最初に気づいたのはマリアだった。
彼女は目覚めた悪意に対処しようとし──。
「マム!!」
「っ!?」
背後のセレナからの悲鳴に振り返った。
するとそこには床から飛び出した触手がナスターシャを飲み込んでいる光景があった。
セレナが駆け寄り救おうとするが──取り込まれて床に消えた。
「マム……!」
動揺を顕にするマリア。
故に気付かなかった次の標的は自分だと。
部屋の至る所から触手が殺到し、マリアは避ける間も無く取り込まれた。
「姉さん!」
「く……!」
悲鳴を上げるセレナ。
逃げろと叫ぼうとし、しかしその前に口元まで呑み込まれもうダメかと思った瞬間──。
「──!?」
マリアの持っていた卵が光り、触手を光の壁で押し戻す。
しかし力が足りないのか、できたのは子ども一人を通す程度の空間で──そこからマリアは、まるで背中を押されるように脱出させられた。
「姉さん!」
飛び出したマリアを受け止めるセレナ。
しかしマリアはすぐに立ち上がって振り返り──。
「──リッくん先輩!」
確かにそこにあった温もりに手を伸ばし──しかし卵を吸収した触手は嬉々としてその場から消え去った。
「──っ」
──マリアは、強く拳を握り締めた。
守れなかった、と。
そして異変はウェル達の居るブリッジでも起きていた。
「ぐ……!?」
「ダメ助手!?」
ウェルもまた触手に取り込まれていた。
それに気付いた調とキリカが助けようとし──。
「違う! 何をしている!」
だがウェルは叫んで彼女達の足を止め。
「切歌くんを連れて逃げるんだ!」
「──切ちゃん!?」
最も救うべき人の名前を叫んだ。
それに反応した調が生命維持装置が繋がれたポッドに目を向ければ──。
「──あ」
ガラスを突き破り、中の切歌を取り込んでいる触手があった。
「お前──」
激昂し突っ込む調を、別の角度から飛び出した触手が彼女を襲う。
「調!」
それをキリカが横から抱え込んで回避する事で難を逃れた。
「放して切ちゃんが!」
そう叫ぶ調だったが──既に取り込まれてしまっていた。
ウェルもまた既にこの場には居らず──絶望だけが残った。
「あ、ああああ……!」
「……調」
「──あああああああ!!!」
調は泣き叫ぶ事しかできず、キリカはそんな彼女を抱えて逃げる事しかできなかった。
ウェル。ナスターシャ。切歌。そしてアカシアの卵。それらを吸収したネフィリムは、フロンティア状に肉体を作り上げて姿を現した。
それは、なり損ないだった。
本来なら大地を作り出す程の力を持つ原始から生き続ける伝説のモンスター。
ネフィリムはそれを歪んだ形で再現し、ドロドロとマグマの体が零れ落ち、大地を溶かす。
──メタグラードン。
誰に願われる事なく、ネフィリムは己の欲望に従い──全てを喰らわんと咆哮を上げた。
まるで、産声をあげるかのように。
ジラーチの映画で出てきたアレ