【完結】戦姫絶唱シンフォギア ~キミに決めた!~ 作:カンさん
「なんだ、あれは……!?」
アメリカの第二哨戒船部隊が到着し、浮上したフロンティアに近付き──乗組員は絶句する。
怪物が、そこに居た。
怪物は流体の触手を海へと伸ばし、その海底にいる生命全てを飲み込んでいた。
触手の周りだけ空間が広がり、渦潮が発生している。
それを遠方から眺めていた彼らは──こちらへと迫る触手に気付くと、怯え叫んだ。
「た、たすけ──」
「逃げろ、こんなの聞いて──」
「ああああああ!! かあさああああああん!!」
次々と取り込んでいき、その身に蓄積させていくネフィリム。
その光景を、触手からの猛攻を何とか回避しながら二課の者たちは見ていた。
「あれは、いったいどうなっているんだ!?」
これが果たしてFISの企みの果てにあるものなのか。
しかし、さらに事態は動く。
ネフィリムは突如動きを止めると、空を──その先にある月を見上げる。
──『◾️◾️◾️◾️っ』。
ネフィリムには存在しない記憶が、ノイズを生む。
──これは──面白いな。
アカシアという存在を恨んでいるネフィリムは──彼が最も嫌がるであろう行為を進んで行った。
フロンティアを操作し、月へとアンカーを射出し──打ち込む。
それによってフロンティアは月にぶら下がるように宙へ浮かび、天に輝く月もまた地球への落下を早めた。
そしてそれに巻き込まれた二課の仮説本部はフロンティアに打ち上げられるように上陸した。
「皆無事か!?」
「なんとか……」
どうやら今の衝撃で負傷者は出ておらず、弦十郎はホッとため息を吐き──モニターに映るメタグラードンを見る。
「……フロンティアが枯れていく」
メタグラードンによってフロンティアはそのエネルギーを吸われ続け、端からボロボロと崩れ始めていた。
事態の急変に二課は戸惑いながらも──それでも迷わず進む。
それが、特務災害機動部二課の仕事なのだから。
第十七話「奇跡──それは残酷な軌跡」
二課は装者を防衛組と斥候組に分ける事にした。万が一を考えて全滅をしない為である。
斥候組に組み込まれた翼とクリスは、翼のボードに乗ってネフィリムに向かって飛んでいた。
しかし近づけば近づくほど相手の大きさが認識でき、以前戦ったダイマックスしたレックウザを彷彿させる巨体であった。
戦力差に二人が顔を顰めていると──クリスがあるものを見つけた。
「翼っ」
「ぐえ!? な、なんだ?」
グイッと服を引っ張られ窒息しかけるも、翼はすぐにクリスの指示に従ってボードを操作。
急降下し大岩の陰に降り──そこに隠れていた者たちの前に立つ。
「──! クリス……」
「キリちゃん……」
そこに居たのはキリカと調だった。
彼女たちは翼たちに敵意を向ける事はなく、翼たちもまた彼女たちに敵意を向ける事はなかった。
それ以上に事態が切迫しているというのもあるが──調に生きる活力が無かった。
「……切ちゃん」
それをキリカが悲しそうに見ていた。
「……何があった?」
「えっとデスね」
翼の問いに答えたのは、失意の底に堕ち、全てを諦め自暴自棄になった調だった。
「ネフィリムが暴走した」
「ネフィリムが?」
「そう。そしてアカシアの卵を吸収したんだと思う──あの姿がその証明」
ネフィリムに姿を変える力はない。
遠くに見えるネフィリムは、確かにアカシアが姿取るソレと似ていたが──化け物染みているのは取り込んだ元となったネフィリムのせいか。
そして暴走したネフィリムはありとあらゆる生命を吸収する為に触手を伸ばし──切歌を調から奪った。
「せっかく……せっかく切ちゃんを助ける術を見つけたのに」
絶望する調。
事の顛末を知り言葉を失う翼とクリス。
しかし、キリカだけが──ジッとメタグラードンを見ていた。
「つまりアレは生命力の塊という事ですね」
そして何故か何処か希望を持った声色で呟き。
「だったら──これはチャンス、という訳デスね」
「……? キリちゃん、何を言って──」
「──お前! まだそんな事を言っているのか!?」
キリカの言う事が分からず首を傾げるクリスと違い、その言葉を聞いた調は激昂してキリカに掴みかかった。
しかし、キリカは微笑みを絶やさず穏やかな声で彼女に言った。
「調、大丈夫デスよ。理論上は──いや、絶対成功するデス」
「だから! 何の為にわたし達が別の方法を調べていたと思って!」
「ハハハ! やっぱりそうでしたか──調は、優しいですね」
言い合う二人だが、様子が対照的だ。
キリカはどこまでも希望に満ちてとても嬉しそうに笑っていた。
調はどこまでも絶望に満ちて、とても悲しそうに、悔しそうに、泣いてキリカを止めようとしていた。
「おい、お前らは何の話を──」
「──こいつが! こいつが自分の命を使って切ちゃんを救おうとしている! そう馬鹿げた事を言っているんだ!」
『──!?』
目の前の人間が命を投げ出そうとしている。
それを聞いた二人は目を見開いた。
特にクリスは、キリカを友達だと思っている彼女の動揺は凄まじく、調同様詰め寄った。
「キリちゃん! どういう事!?」
「──どうもこうも、これが一番確実だったのデス」
キリカは言う。
「あたしの命と力を使えば、切歌はもっと早く目覚める事ができたデス。でも優しい調たちはそれを却下して、今のいままで方法を探していたデス。でもそれができないから、最終手段を取る──そんな簡単な話です」
「簡単な話な訳あるか! そんな勝手な事、許せない!」
翼は──理解した。
調は、キリカの事が疎ましいからあのような冷たい態度を取っていたのではない。
それどころか、もしかしたら目覚めさせたい親友と同じくらいに大切に想っていたからこそ──認められなかったのかもしれない。
頑張れば頑張るほど、準備が整うほど、キリカは調の望まない方法で、一刻も早く彼女の望みを叶えようとする。
なんて優しくて──残酷だろうか。
「もうこれしかないですよ。それに──コホッ」
口元を抑えてキリカが咳き込み──その手にはベットリと血が付いていた。
キリカの寿命も残り少ない。
ならば、それを有効に使おうと、彼女はそう言っているのだ。
それを見た調は顔を漂白させて──涙を流して縋り付く。
「ダメ──ダメダメダメ……ダメ!!」
「調……」
「わたし、もっと頑張るから。寿命を伸ばせる方法を見つけるから──明日に進む日を貴女にあげたいから」
「……」
「だからお願い──キリちゃん……!」
「──」
キリカは──。
「あたしを、そう呼んでくれるのですね」
心底嬉しそうに笑みを浮かべて。
「──ありがとうデス。調。大好きですよ」
「あ──キ、リ……ちゃん」
トンッと当て身をして、調の意識を絶った。
倒れる彼女を支え、ゆっくりと地面に下ろすと、翼たちに背中を向けて言った。
「調を頼みます。あたしは──」
トンッと軽い衝撃が彼女の背中に伝わり、ギュッと細い腕がキリカを締め付けた。
「ダメ──行ったらダメ!」
「クリス……」
「そんな事しても、残された方は辛いだけ! だから──」
「──行かせて」
それをキリカは──彼女は、クリスを落ち着かせる声で、そっと手に触れた。
「大切な者の為なら命は惜しくない──確かにそれはエゴだけど、体が勝手に動いてしまうもの」
「──」
「でも、二度もそんな思いをさせるのは、本当に申し訳ない──ごめんデスよ、キリカ」
それだけ言うとキリカはクリスを振り払ってメタグラードンへと駆けて行った。
「キリ──」
「危ない、クリス!」
呼び止めようとしたクリスを、翼が調共々回収し終え空へと飛ぶ。
どうやら彼女たちの生命エネルギーに気付いてしまったようで、タイミング悪く彼女たちを襲い始めたようだ。
結果キリカは最短距離で真っ直ぐに一直線でメタグラードンに向かい、翼たちはそれを追う事ができず、クリスの叫び声が虚しく響いた。
──キリちゃん!!
「──クリス。調」
しかしキリカにはしっかりと届き、雫が空を舞う。
それでも彼女は走り続ける。
命ある限り、燃やし続けて、大切な人の為に走り続ける。
「ただのホムンクルスが、本物になれなかった偽物が、よくここまで来れたものデス」
もしくは、この時のために自分は存在していたのでは無いか、と彼女は思う。
メタグラードンを睨む。
大切な人の掛け替えの無い存在は──キリカにとっても大切な人となっていた。
故にこれは奪還だ。
未来へ──明日へ歩いて行く為の奪還だ。
「Zeios igalima raizen tron」
数ある聖遺物の中で最も適合率の高いギアを纏い、キリカはメタグラードンに突っ込む。
ウェルに頼み備え付けられた右眼の義眼には、切歌の生命反応をしっかりと捉えていた。
そこに向かって彼女は一直線に突き進む。
「さぁさご覧あれ! 造られし短命の人形ホムンクルス! 胸にある歌は贋作! されど心の臓に宿るこの想いだけは偽物にあらず! 我が主、月詠調が想いと共に返してもらうぞ!」
キリカがアームドギアをメタグラードンに突き付けて叫ぶ。
「我が手にあるのは魂を切り裂く鎌イガリマ! デカブツ相手なら当てやすい──命惜しければ、盗った物全てそこに置いていけ……デス!」
それに対するメタグラードンの応えは──吸収の為ではなく迎撃の為に伸ばした触手が全てを物語っていた。
キリカはイガリマで切り裂きながら舌打ちをする。彼女は吸収する為にあえて挑発したのだが──。
「クソ! 残りカスには興味無いデスか! 意外とリッチな舌してるデスね!」
吸収してくれないのなら突撃するしか無い。
キリカは走りながらイガリマを振るい続ける。
しかし──。
「──カハッ」
体内汚染が残っているキリカの口から血が吐き出される。
一瞬動きが鈍る、その隙を突いて触手がキリカを叩いて吹き飛ばした。
空を舞うキリカ。
「っ──」
しかし彼女はその状態でLinkerを打ち込み、別のギアを取り出す。
「Imyuteus amenohabakiri tron」
手にするのはアメノハバキリ。
日本刀を手に体勢を立て直した彼女は、蒼い斬撃を放ち触手を切り捨てる。
そしてアメノハバキリの機動性を以って、襲い掛かる触手の大群を刀を奮い続けながら突き進んだ。
「っ……!」
タラリと鼻から血が垂れる。
視界もかすみ、頭の奥がスッーと冷たくなっていく。
呼吸も浅く早くなっていく。
足に力が入らなくなり、倒れそうになる。
もう、限界だ。
(──だとしても!!)
キリカは限界を超えて、走る。走る。走る──。
血反吐を吐きながら、目から血涙を流しながら──その血を握り締めて歌う。
「あたしは絶対、諦めないデス!!」
それを嘲笑うように触手が殺到し──。
「はあ!!」
「せい!!」
──全て、マリアとセレナが斬り払った。
キリカは目の前に現れた二人を、茫然とした顔で見ていた。
「生きていたデスか二人とも……でも、何で此処に……?」
彼女の問いに、二人は振り返って──優しく微笑んだ。
「確かに初めは利害の一致からなるただの協力関係だったかもしれない──でも、一生懸命なアナタの事をずっと好ましく思っていた」
マリアが歩み寄る姿勢を見せて、キリカと仲間になりたかったと告白する。
「これが終わったら歓迎会をしようかなって思っています。……やっぱりわたし、キリカさんの事、放っておけません──ごめんなさい、今まで冷たく接して」
セレナは未来の事を話した。これまで話せなかった事、やりたかった事をして──友達になろう、と。彼女はキリカの手を掴んだ。
「──マリア。セレナ」
「そう。わたしはマリア・カデンツヴァ・イヴ」
「はい。わたしはセレナ・カデンツヴァ・イヴ」
──武装組織フィーネはお互いに相手のことを知っていた。
故に自己紹介は最低限であり、そこに仲間意識はなかった。
しかし、ここでは──確かに新たな絆を作ろうとしていた。
『貴女の名前は?』
二人が、彼女の名を問う。
「──あ、あたしは……あたしはっ!」
キリカは、胸に宿る初めての想いに言葉を詰まらせながら叫んだ。
「──あたしはキリカ! 調博士とウェル博士に造られたホムンクルス! 普通の人とちょっと違うデスが、それでもこの胸にある想いは本物デス!」
「──その胸にある想い、聞かせてちょうだい」
「──調の、調の笑顔を取り戻す為に、暁切歌を助けたいデス!
ずっとずっと奪われていた光を、あたしの大切な人に届けたい!」
キリカの願いを聞いた二人は──。
「その願い──」
「確かに聞き遂げた──」
波導と白銀の刃が道を拓く。
「行け! 我が同志キリカよ。その願い、叶えてみせろ。だから──」
「安心してください。キリカちゃんの背中はわたし達が守ります。だから──」
──振り返らず、進め。
「──ありがとう、デス!」
キリカは、涙を流しながらメタグラードンへと突撃し──その体内に入り切歌の元へと突き進んでいく。
それを見送った二人は──。
「姉さん」
「なに?」
「──わたし」
マリアの優しく温かい手がポンっと彼女の頭に乗せられ、ゆっくりと撫でられる。
「──もう少し早く歩み寄っていれば良かったわね」
「……うん」
「──あの子の好きなもの、聞いておけば良かったわね」
「…………うん」
「──もっと楽しく過ごしたかったわね」
「──うん……!」
セレナは、流れ出る涙を拭い、しかし後から後から涙が溢れ出る。
それをマリアは優しく見守り──キッと前を睨み付ける。
「行くわよ──キリカの頑張りを無駄にするな!」
「──はい!」
二人は破竹の勢いでメタグラードンの触手を殲滅を行い、注意を引き付ける。
彼女の最期の頑張りを無駄にしない為に──。
◆
(──見つけたです!)
メタグラードンの体内には、たくさんの人々が捕われていた。
まるでメタグラードンの細胞のようにゼリー状の膜に覆われ、循環している。
時間を掛けて吸収するつもりなのだろうか?
しかしおかげで、ここは生命力で満ち溢れている──キリカにとって都合が良い。
「Seilien coffin airget-lamh tron」
セレナと同じアガートラムを纏い──血を吐く。
しかしキリカはそれに構わず切歌に近づき──笑った。
「……そんな状態になっても、誰かを守るんですね──コマチ」
──暁切歌は、生命維持装置を付けられて初めてその命を繋ぎ止めていた。
しかしネフィリムの悪意によりそれは無理矢理外され、反対に吸収されている筈だった。そうなればとっくの昔に命を落としている。だから調は絶望していた。
だが、そうはならなかった──彼女のすぐ側にある卵によって。
その卵はネフィリムに逆らい、切歌に生命力を与え続けて生き長らえさせていた。
だからこそ切歌は死なずに済み、キリカは間に合う事ができた。
「ありがとう、守ってくれて」
彼女の言葉に、卵が弱々しく脈を打ったような気がした。
キリカは、持っていた最後のLinkerを手に取り、胸の歌を歌おうとして──。
「──やめろおおおおおおおお!!!」
遠くから、踠きながら、必死に、死ぬ気で、叫びながら、流れに逆らうように泳ぎ、キリカの元へ駆け付けようとする一人の男が居た。
「このクソ餓鬼……! テメエ何しようとしてんだ!!」
男の名はウェル。
かつてFISに所属し、英雄になる事を夢見て──。
「僕の野望を壊すつもりか!!?? ──だから今すぐやめろおおおおおお!!!」
調がFISから離脱する際に誘拐され、利用され、その仕返しを目論み──。
「──生きるのを諦めてんじゃねえぞ! 何の為に此処まで来たと思ってんだ!!」
──いつしか、彼女達を本気で助けようとしていた、ただのウェルだ。
「確かにアガートラムの絶唱を使えば切歌くんは助ける事ができる──だが!」
──キリカ君は死んでしまうじゃないか……!
「そんな結末認めないぞ僕は! ビターエンドなんてクソほろ苦いものより、ご都合主義満載の甘々なハッピーエンドが良いに決まっている!」
だから。
「だから今すぐ馬鹿な事をやめろ!!」
息を荒げ、髪がボサボサになるほど感情を顕にするウェル。
そんな彼を見てキリカは──笑っていた。
「──何笑っていやがる……何で笑っているんだ!」
ウェルが怒りの表情で叫ぶ。
「ようやく見つけたんだぞ! 君の寿命を伸ばす方法も、切歌くんを助ける方法も!」
しかしその怒りの矛先は果たして。
「ここまで頑張って来たじゃないか! 調くんの笑顔を見たいと言っていたじゃないか!」
誰に向いているのだろうか。
「此処で死んだら見れないんだぞ!」
きっとそれは、おそらく──。
「──目覚めた切歌くんと一緒にお話したいって言ったじゃないか。
調くんとまた学園祭に行きたいって言ってたじゃないか。
クリスくんと仲直りしたいって言っていたじゃないか。
響くんに謝りたいって言ってたじゃないか」
力の無さを実感している自分自身だろう。
「──全部諦めるのか! それで良いのか!? ──良い訳、無いだろう……!」
彼の頬に涙が流れ、懇願する
「お願いだ生きてくれ……君は……君は、僕にとって──」
「──やれやれ。博士は仕方ないデスね」
キリカが移動し、ウェルと視線を合わせる。
彼女の表情は穏やかで、反対にウェルの顔はぐちゃぐちゃだった。
「博士がそんな調子でどうするデスか。そんなんじゃあ、調も切歌も任せられないデス」
「……そうだ。僕は大した人間じゃ無い。女の子一人救えない屑だ」
「──でも、あたしは知っているデスよ。博士が凄い人間だって」
そっとキリカが手を伸ばし、しかし膜に遮られて触れられず。
しかし温かさは──伝わった。
「あたしの為に、調の為に、切歌の為に、死に物狂いで頑張っているのを知っているデス。そんな博士だからこそ──あたしは、貴方の事を心から尊敬し、博士って呼ぶんデスよ」
「──キリカ、くん」
「だからシャキッとするデス! じゃないと、あたしが調の代わりにケツを蹴ってやるデスよ!?」
「それは……凄い痛そうですね」
「そうです。痛いのデス。だから──」
あたしに蹴られないように、頼むですよ博士。
「キリカくん──キリカくん!!」
背後のウェルの必死の叫び声に、彼女は振り返らず切歌の元へ辿り着くと──絶唱を歌った。
「Gatrandis babel ziggurat edenal」
絶唱を口にするなか、キリカはこれまでの短い生で、心に強く刻まれた記憶を思い出していた。
それは、調と初めて会った時の事を思い出していた。
『──実験は失敗ですね』
『……うん。でも』
調がそっとキリカに触れる。
『この子はこの子。わたし達が生み出した命』
彼女が微笑んだ。
『生まれて来てくれてありがとう──キリちゃん』
──その記憶も歌と共に燃え尽きる。
「Emustolronzen fine el baral zizzl」
次に思い出すのは──クリスとの出会い。
『今日からよろしくデース!』
『……』『およよ?』
初めは素っ気なかった。
協力関係でしか無いから深く関わるなと言われていたからだろう。
しかし……。
『これ』
『何デス?』
『……ご飯』
『? 頂くデス──美味しいデエエエス!!』
二人が仲良くなるのに、時間は掛からなかった。
──その味も、燃え尽きる。
「Gatrandis babel ziggurat edenal」
──そしてキリカは、マリア達との暮らしも思い出す。
『マリアはどうしてそこまで強いのですか?』
『強い? わたしが?』
キリカの問いにマリアは珍しく笑い、キリカは目をシロクロさせた。
それに彼女は、謝り、かつて自分が言われた事を言う。
『わたしは強くなんか無いわ。弱いままよ』
『そうデスか? それにしては──』
『ふふ。確かに腕っ節は他の人より強いのかもしれない──でもそれだけ』
マリアは、優しい声で彼女に伝えた。
『人にはそれぞれの強さと弱さがある。そして、弱いからこそ強くなれる。成長する。進化できる──わたしはそう学んだわ』
『ほへー! なんだかカッコいいです!』
そう団欒していると、セレナが割り込んできた。
『ちょっとセレナ? 何しているの?』
『ツーン……』
『……これ、嫉妬しているわ』
『それはそれで可愛いです!』
──楽しい日常も、燃え尽きる。
「Emustolronzen fine el zizzl」
──最後に思い出すのは、大切な人。
『アガートラムの絶唱で、自分の命と引き換えに蘇らせる?』
『──ふざけるな』
『あなた、わたしを舐めているの? そんな事しなくても切ちゃんは絶対蘇らせるから」
『──しつこい! それ以上言ったら許さないから!』
『……そう。そこまで言う事聞かないなら』
『お前の行動を制限させて貰った』
『──もう二度と、馬鹿な事を言うな……!』
──仲直りする機会を、燃やし尽くした。
全て燃やし尽くして──。
「──なんだ」
キリカは気付く。
「あたしって──こんなに好かれていたのですね」
彼女たちが抱いていたその感情を。
そして、今キリカが抱いているその感情の名を。
「そっか。これが──「嬉しい」って感情なのデスね」
その感情にキリカは──太陽のような笑顔を浮かべて、綺麗な涙を流す。
「最期にこんな素晴らしい感情に気付けて──キリカは幸せ者デス」
故に、彼女はこの言葉を、これまで出会った人々に送る。
「──ありがとう」
キリカの純粋な感情にアガートラムは応え──眩い閃光がフロンティアを照らした。
◆
あーあ。これで調とお別れですか。寂しいデスけど、仕方ないデス。
でも、心配はしていないデスよ?
だって超天才の、あたしの尊敬するウェル博士も居るデスし、頼りになる仲間のマリアやセレナが居るデスから。
それに──これからは、本物の切歌が調の側に居てやれるデス。
あたしにはできない事を、できる筈だから。
──それとコマチ。
ごめんなさいデス。痛かったデスよね? そんな姿になってまで切歌を助けてくれてありがとうデス。
だからお礼って訳じゃないデスけど、貴方にも目を覚まして欲しいデス。
アナタが居なくなってクリスが凄く泣いていたデス──それを見て胸が痛くなって……悲しいって、辛いって、初めての感情を知ったデス。
だから、響さんにも謝りたかったデス。
彼女、物凄く怒っていたデス。物凄く泣いていたデス。……物凄く辛そうにしていたデス。
あんな顔をもし調がしていたと思うと──ゾッとして、そしてこのフロンティアで見せつけられて──イヤだとハッキリ思ったデス。
だから──。
だから……!
「──切歌ッ!! コマチッ!! いい加減目を覚ますデスッ!!」
──彼女の叫びに呼応するように。
──切歌は目を開き、卵は強く脈打ち……パキッとヒビ割れた。
今話の内容により「ホムンクルス切歌」のタグを削除しました。