【完結】戦姫絶唱シンフォギア ~キミに決めた!~ 作:カンさん
「娘と向き合うんじゃなかったのか?」
「……」
現在、キャロルと洸は円卓越しに向かっている。
しかしキャロルがジッと真っ直ぐ視線を向けるのに対し、洸は居心地悪そうに目を背けてソワソワし、口を開いては閉じてを繰り返していた。
それを見ていたキャロルの額に青筋が浮かび上がり、怒号が響き渡る。
「シャキッとしろ! 男だろうが!」
「は、はい!」
このやり取りだけで彼女たちの力関係が把握できる。
キャロルは深くため息を吐き、彼に語りかけた。
「この国には『二度あることは三度ある』という諺があるが……まさか身を以て教えてくれるとはな」
洸は、過去に響から逃げた事が二回ある。
一度目は、ノイズ生存者へのバッシングが激しくなり、響たちの家が標的にされた時。
二度目は、響とコマチを街で見かけた時のこと。
奇妙な縁でコマチと交流し、ダメ人間ながらも手に職つけて頑張ろうとしたその時──自分の娘を見つけた。
過去に覚えている時よりも、目付きを、雰囲気が刺々しく変わってしまっていた娘を。
まるで自分の罪を突きつけられているようで、洸は逃げ出した。
そして今回──キャロルの協力のもと、二人の前に出て……失敗した。
「……また覚悟が決まったら声を掛けろ。それが対価だ」
「ああ──ありがとう」
「ふん……それにしても」
キャロルは先ほどの二人の問答を思い出して、一言。
「情けない」
「ぐはっ!?」
「立花響の味方をする訳では無いが──お前がもしオレのパパだったらゾッとするな」
「げほぅおぁ!?」
キャロルの容赦の無い言葉責めに、洸は瀕死寸前だった。
彼女が言っている事が全て正しいのがさらに質が悪く、洸は言い返せなかった。
「そ、そこまで言わなくても良いじゃないか!」
それでも辛いので、不満を返そうとした瞬間、キャロルのテレポートジェムからアカシア・クローン達が飛び出し、洸に威嚇する。
『フシャー!!!』
「ひぃいい!?」
「こら、お前たち。勝手に出てくるな」
ブースター、エーフィ、リーフィアを叱りながら落ち着くように撫で付けるキャロル。
叱られたアカシア・クローンたちは威嚇をやめ、シュンと落ち込みながらキャロルの側に寄る。
それを見た洸はほっと安堵し、キャロルはそのままアカシア・クローンたちのブラッシングを始めた。
『……♪』
気持ちよさそうに目を細める彼らを、キャロルは優しい顔で見つめる。
その光景を見ていた洸は、いつの間にか口を開いていた。
「なぁ」
「なんだ」
「そいつらは、何なんだ?」
洸の問いに、キャロルは怪訝な顔をし、答える。
「以前にも答えただろう。こいつらはアカシア・クローンと言って──」
「ああ、違う。そういう事じゃ無い」
洸は、キャロルの言葉を遮って──改めて問う。
「そいつらは、君にとって何なんだ?」
「──」
その問いに、キャロルは一瞬言葉に詰まり──しかし、すぐに真っ直ぐと彼を見据えて淀み無く答えた。
「オレの、大切な家族だ」
第九話「オレの大切なモノ」
「完全聖遺物キマイラとネフィリムの細胞。これでオレにどうしろと?」
『好きに扱ってくれても構わないさ、別にね。それとキマイラではなくアカシアと言うんだ、本当の名は』
初めは面倒だと思った。
パパの命題を完遂する為に、世界を壊す為の歌にて、万象黙示録を果たそうとしていたオレは、奴からの贈り物に微塵も興味も抱かなかった。
いや、それは少し語弊があるな。
それが、オレの嘘偽りの無い感情だった。
キマイラ──否、アカシアの事は知っている。
様々な時代で、様々な場所で、多くの人間を救って来た奇跡の体現者。
オレにとって、到底認められる存在ではなかった。
パパを殺した奇跡という名の毒の塊みたいなもの。それがオレのアカシアに対する印象だった。
──奇跡の体現者なら、何故パパをあの時助けてくれなかった?
そう思ってしまう自分に苛立ち、アカシアの細胞を送り届けて来た奴に突っ返そうと思っていた。
だが、奴は言うだけ言って立ち去ってしまった。
返却する機会を失ったオレは、それを放置しようとして──いつの間にかアカシアとネフィリムの細胞を使って実験をしていた。
「何をしているんだろうな、オレは」
自分自身に呆れながらも、研究はオレの内情を無視して進み、ついには完成してしまった。
「──ブイ?」
アカシア・クローンは初め卵になる。その後孵化して初めてその実体を見る事ができるのだが──オレの前に現れたのは、データで見たアカシアの色違い、真っ白なアカシアだった。
アルビノの色違い。
それが、オレが初めて作り上げたアカシア・クローン──イヴとの出会いだった。
◆
「ヴイ♪ ヴイヴイ、ヴイ!」
アカシア・クローンは、奴によりイヴと名付けられた。オレは特に反対する事なく、アカシア・クローンの事をイヴと呼ぶ事にした。
イヴは好奇心旺盛だった。
チフォージュシャトーの中をキョロキョロと見渡しながら歩き回ったり、自分の尻尾を追ってその場をグルグルと回ったり、オートスコアラーの周りをうろちょろしたりとやりたい放題だった。
そして何が楽しいのか、毎回オレの元にやって来て、今日の出来事を報告してくる。
……初めは鬱陶しいと振り払っていたが、次第に諦め、横でブイブイと喧しいと思いながら──いつしか、心地よく感じていた。
「なあ、イヴ」
「ヴイ?」
「お前、世界を見てみたいか?」
イヴは、チフォージュシャトーの中から出た事が無かった。
そもそも、彼女は生まれたばかりで、知らない事が多すぎる。
故に目に映る物が新しく、彼女の心を刺激する。
アレは何だろう?
コレは何だろう?
走るのは楽しいな。
歌を唄うのは楽しいな。
そんな彼女に、キャロルからの申し出は青天の霹靂で──何より嬉しいものだった。
イヴは、キャロルと世界を回った。目に映る物に目を輝かせてアレは何? コレは何? とキャロルに尋ね、そしてキャロルはイヴと問いに全て答えた。
煩わしいとは思わなかった。面倒だとは思わなかった。
それどころか、胸の奥がポカポカと温かくなり──消えた筈のあの日の思い出を思い出していた。
父イザークと旅をしていた頃、キャロルもまた彼に尋ねて回っていた。
その時の父は──微笑ましそうに優しい笑みを浮かべていた。
その時の父は──どのような想いでキャロルを見ていたのか、今はっきりと分かっていた。
そして、あの時──最期に命題を託した時、彼は何を想っていたのか。
──その意味を、キャロルは改めて考えさせられていた。
「──」
イヴに世界を見せる為の旅が、キャロルに世界を識る為のきっかけを与えた。
それは、奇跡ではなく──他者を想う愛だろう。
「奇跡の殺戮者が、奇跡の体現者のクローンに絆されるとはな……」
しかし。
「──だが、世界は醜い。今のままならいっそ世界を」
長年積み重ねられた恨みは、想いはそう易々と消えない。
イヴの事を大事だと想い始めたからこそ、この世界を認める事ができない。
万象黙示録は、未だ止まらず。
だが──彼女には、時間がなかった。
「ヴイ……」
「──イヴ?」
突如、ドサリとイヴが倒れ──。
「──イヴ!」
キャロルは、彼女の名前を叫ぶ事しかできなかった。
◆
『寿命だね、倒れた理由は』
「そんな……! オレのレシピは完成された──」
『元々多いからね、アカシアの謎は。そもそも無理だったのかもしれない、彼の代わりを作るのは』
電話先の男は、既にイヴに対して興味を失っていた。
『まぁこれから研鑽すると良い、アカシア・クローンについては。惜しむつもりはないさ、支援を』
「──少し、時間をくれ」
黒電話が消え、キャロルは自室へと戻る。
そこには浅く息をし、苦しそうな表情をしているイヴがいた。
錬金術ではどうにもならなかった。それ以外の知識も役に立たなかった。奇跡も起きなかった。
イヴは死ぬ。
それだけが──キャロルに突きつけられた真実だった。
「──は」
キャロルが鼻で笑う。
「奇跡の殺戮者とはよく言ったものだ──今こうして殺そうとしている」
思い出すのは、イヴとの短い時間。
「ああ、そうだ。オレは奇跡の殺戮者だ」
依頼で作ったアルカ・ノイズとは別の戦力として作られた兵器。それがイヴだ。
「パパの命題を完遂する為に、止まる訳には行かない……」
それだけの筈だった。
──それだけの筈だったのだ。
「謂わば、貴様も……お前も……」
万象黙示録を成す為の寄り道。
奇跡の体現者という唾棄すべき存在のクローン。
そう思っていた──筈なのに。
「──オレは、また失うのか、家族を……!」
もう、己の心を誤魔化す事はできなかった。
キャロルの掲げた目的は──彼女の世界を壊す歌は、ちっぽけな、しかし彼女の中では大きな存在となったイヴによって打壊しかけていた。
キャロルはその場で崩れ落ち、涙を流す。
「ヴイ……」
イヴは、限界を越え今にも朽ちそうな体を動かし──ポスンとキャロルの膝に乗る。
「イヴ……?」
イヴは──力を行使し始めた。
それを見たキャロルは驚き、慌てて止める。
「やめろ! そんな事をすれば寿命が──」
しかし彼女は力を使うのを辞めず──キャロルに己の想いを伝えた。
今まで共に過ごした短い時間を、しかし確かにそこにあった思い出と共に。
楽しかった。キャロルと一緒に居られて嬉しかった。役に立てないのが悔しかった。もっとたくさんの場所に、キャロルと行きたかった。
キャロルの中に、イヴの全てが注ぎ込まれていく。
さらに──彼女の力は、キャロルが焼却にした筈の思い出を一部再生した。
父の温もり。父の優しさ。父の成したかった事。
そして──身を焼かれながら、キャロルに託した命題。
(──あ)
キャロルは──自分に優しかった父を、そしてイヴとの暮らしによって……命題の真の意味に触れた。
(パパは──本当に世界が壊れるのを良しとするのか?)
イヴは、そんな世界を見たいと言うのか?
それは分からない。父の想いを、イヴの想いを識るには──キャロルはあまりにも世界を識らな過ぎる。
「ヴイ……」
「──! イヴ!」
イヴの行使していた力が失わられ、ポスンとキャロルの膝の上で力尽きる。
キャロルはイヴの名を呼んで抱き起こした。
それにより理解してしまった。
イヴの最期は、もう直ぐそこにまで来ているのだと。
「ヴイ……」
イヴは、ふと溢した。
彼のように、アカシアのようになりたかったと。
たくさんの人を助けて、たくさんの人と手を繋いで──たくさん友達を作りたかった、と。
でも、偽物である自分は──それができない。
その事が悔しかった。──妬ましかった、と。
だが──それをキャロルが否定する。
「──馬鹿。お前はお前だ。お前はアカシアには成れないし、アカシアもお前には成れない。そして何より」
──オレに……独りだったわたしに温もりをくれたのはお前だ。アカシアじゃない。
「それだけははっきりと言える。それだけは、アカシアよりもお前の凄いところだ。だから」
──誇って良いんだ。お前はアカシアを超えた。
その言葉を聞いたイヴは、初めは驚いた顔をし、しかし直ぐに心の底から、魂から喜んだ顔をして──。
「──ヴイィ……」
キャロルにありがとうと言い──光の粒子となり、コロンと石のカケラを残して消えた。
「──」
キャロルはその石を強く握り締めて、天を仰ぎ──。
「──馬鹿。それは、オレの台詞だろうが……!」
彼女の頬を雫が溢れ落ち、ポタポタと床を濡らした。
◆
「──その後、イヴのデータを使って、想い出を用いて生まれたのがコイツらだ」
謂わば、彼らはイヴの生まれ変わりであり、彼女が遺した形見でもある。だからという訳ではないが、キャロルはアカシア・クローン達を大切にし、家族として扱っている。
それでも、あの時のイヴはできなかった。
だが、キャロルはそれで良いと思っている。
彼女との大切な思い出は焼却される事なくキャロルの中に残されているのだから。
「まぁ、寿命の問題を解決する為に調整したからか、アカシアからは程遠くはなったがな。それに、アカシアに対してコンプレックスを感じているのか、奴の存在を否定している」
「ブー、スタァ!」
「リー!」
「フィー!」
キャロルの言葉を聞いたアカシア・クローン達が抗議の声を上げる。
しかしそれは図星から来るもので、キャロルは微笑し気に肉球パンチを甘んじて受けていた。
「それで……」
だからだろうか。その光景を見た洸が問い掛ける。
「……それで、世界を壊すのか?」
「……それは」
洸が問い掛けにキャロルが答えようとしたその時──洸の携帯に通知が入る。
「誰だ? ……っ」
メールの差出人の名前を見た洸は、思わず息を飲んだ。
そこには『立花響』と書かれていた。
第六話「戦う為の理由」を夜間モードでキャロルの発言をもう一度見るとちょっとした気づきがあります