ソードアート・オンライン フェイタルバレットー切札の弾丸ー 作:トライダー
思ったよりリアルパートが長くなってしまったので一話に纏めましたが読みずらかったら申し訳ございません。
次回から再びGGOパートです、あと少しでファントムバレット編ですのでキリト達が出ますお楽しみください。
⭐︎
カランコロンカランッ
茶色い木の扉を開きドアベルが店内に鳴り響く、店の中はアンティークを基準としたお洒落な喫茶店。
ここはカフェ《エモシオン》俺のお気に入りのお店だ。
「こんにちはマスター」
「ん? ああ遼か、いらっしゃい」
店のカウンターの向こうに座り新聞を読んでいる初老の男性へと声をかける。
気付いたマスターは優しい笑顔を返してくれる。
「今日は悪かったね、店貸し切りにしてもらっちゃって」
「構わないよ、君と私の仲だしね。さぁ此方へどうぞ」
そう言うとマスターは店の奥のテーブルへと案内してくれる。
俺と紅葉が隣に座りツェリスカが向かいの席へと座る。
「お飲み物はいかがなさいますかな?」
「ではコーヒーをブラックで」
「あ、あたしもお願いします……」
「俺もいつもので頼みます」
「かしこまりました」
俺たちの注文を聞くとマスターはお手本のようなお辞儀をして厨房へと向かって行く。
「じゃあ改めて自己紹介するわね、わたしの名前は星山翠子。翠で良いわ、よろしくね二人とも」
「あ、そ、その……よろしくお願いします。高峰紅葉です……」
「俺は右京遼! よろしくなお姉さん♪」
紅葉はまだ緊張しているのか俺の服の裾を握っている、その姿が小動物みたいで可愛い。
しかしその事を追求すると紅葉は意地になって離してしまうだろうからあえて触れないでおく。
「そう、紅葉ちゃんって言うのね可愛い名前ね〜」
「そ、そんなありがとうございます」
名前を褒められた紅葉は顔を赤くし照れている。
「俺は俺は?」
「リアルの名前をアバターネームにするのはやめた方がいいと思うわよ?」
「う……人が気にしてることをズバッと……でもそんな所も素敵!」
俺はGGOを始めるまでゲームなんてした事が無かった、てっきり名前なんて本名を使うものだと思っていたんだが当てが外れた。
本当は直ぐに変えたかったんだが、アファシスを手に入れた事でキャラを作り直せなくなったからな。
「ふふっ、やっぱりクレハちゃんは想像してた通り可愛らしい子ね〜」
「そ、そんな事は……」
「俺は俺は?」
「遼はあまり変わらないわね〜」
「う、まじかよ……」
「ええ、変わらず素敵よ」
「よっしゃーっ!!」
「こらこら遼、他にお客様が居ないからと言って店の雰囲気を壊さないで欲しいんだがね?」
「あ! す、すいませんマスター」
落ち着いた雰囲気のこの店で騒ぐのは場違いだ、飲み物を持って来たマスターへと頭を掻きながら謝罪する。
マスターに謝っている俺の姿を見た二人は不思議そうにしている。
自分でも意外だと思うがマスターはこの店を命より大事にしていて怒ると怖い、チンピラ時代に何度もボコボコにされたものだ。
と言うこともあって俺の頭の上がらない人トップ3に入る。
「遼がいつもお世話になっております。私この店の店長の『渡辺』と申します、以後お見知り置きを」
「は、はい!よろしくお願いします!」
「よろしくお願いしますね〜」
マスターは落ち着いた態度で深々とお辞儀をする、相変わらずこの人の気品に満ちた態度は参考になる。
「そうだ遼、今度掃除を頼まれてくれないかい?」
「ん? あ、ああ分かった」
「中々の大掃除になりそうだからしっかり準備をしておくんだよ」
「分かってますよ。準備しておきますんで詳しい日にちは後日教えてください」
そう言うとマスターは頷きもう一度紅葉たちに一礼すると戻って行った。
「あんた掃除なんてしてるの?」
「まぁな、この辺りはお年寄りも多いから力のいる作業を手伝ってるんだ」
そんな話しをしながら運ばれて来たコーヒーを一口、すると二人の瞳が輝く。
「あら、このコーヒーとても美味しいわ♪」
「本当!さっき飲んだのと全然違う」
「だろ? マスターの淹れるコーヒーは超一流なんだぜ!」
お気に入りの味を褒められて嬉しくなり俺も一口飲む。
やっぱり美味い、俺や師匠と同じ豆を使ってるのに何故此処まで差がつくのだろうか?
⭐︎
昼飯もまだ食べていなかった俺たちは食事を取りながら、雑談の内容は仕事や学校の話へと変わる。
「ええっ!? じゃあ翠さんってあのザスカーの社員なんですか!?」
「なるほどな、だからあまり表立ったイベントに参加してないんだな」
「ええ、運営の関係者が参加したなんてバレたら不正を疑われる可能性があるもの」
ツェリスカこと翠子の正体、それはGGOの運営である《ザスカー》のプログラマーらしい、彼女の言動などからある程度予想していたが本当に社員だったとは驚きだ。
「あれ?ならデイジーの事は?」
「言っておくけど、デイジーちゃんの事は完全な実力で手に入れたのよ。ほんとうは手放そうとも思ったけどあの子の可愛さにメロメロになっちゃって」
「あ〜わかるわかる」
俺もアイと初めて会った時は面倒なものを手に入れたって思ったが今じゃ可愛くてしょうがない。
「紅葉ちゃんは今学生?」
「は、はい看護系の専門学校の方に通っているんです。だから二人みたいに仕事はまだ……」
「あら、学生だって大切なお仕事よ、そこでの経験を将来に生かすのだから自信を持って」
「あ、ありがとうございます……」
「社会に出ると勉強する暇もないもの、学べることは今のうちに学んでおくべきよ」
「あー、わかるわかる」
「いやアンタは暇でしょ?」
まだ少しぎこちないが紅葉も翠とだいぶ打ち解けて来たのか言動がリラックスしているのが分かる。
嬉しい反面、袖を掴む手が離れたのは少し寂しい。
「遼、少し来てもらって良いかい?」
「あ、はい! 直ぐに行きます。悪い少し席外すな」
「ええ、行ってらっしゃい」
ふとマスターに呼ばれる、恐らく先程の掃除の話だろう、久しぶりの仕事の依頼だし気合を入れないとな。
⭐︎
遼が居なくなってから紅葉ちゃんと二人で話を続ける、最初は緊張していた彼女も次第にリラックスしていきた様子を見せる。
「あ、あの!ありがとうございました! ツェリ……翠さんが励ましてくれたお陰です」
「ね?わたしの言った通りだったでしょ? 遼は貴方が思ってる以上に紅葉ちゃんを大事に思ってるって」
「はい、それなのにあたしは自分の事で精一杯で遼の事を全然信じていませんでした」
「ほらほら、直ぐに下を向かないで上を向いて笑顔でいて、遼もそんな紅葉ちゃんの方が好きな筈よ」
「は、はい!……」
遼の名前を出すだけで顔を真っ赤にしちゃって可愛いわね。
「ふふっ、良かったわね。この様子ならわたしは要らなかったかも」
「そ、そんな事ありません! 翠さんが怖いなら一緒に会ってくれるって言ってくれたお陰でもう一度勇気を出せたんです」
「『その前に少しだけ二人で話したい』って言ったのは紅葉ちゃんでしょ? 最後に自分から勇気を出したのは紅葉ちゃんよ」
「あ、ありがとうございます!」
元気な声でお礼を言う紅葉ちゃん、その姿は少しだけクレハちゃんに戻ったように見える。
やっぱりGGOでの彼女が本来の性格なんでしょうね。
「……でも良かったんですか? 翠さんのその……秘密を教えて……」
「気にしなくても良いわ、寧ろ丁度良かったわ」
正直わたしは二人が羨ましかった。
リョウとクレハちゃんは幼なじみ、そして二人が互いを大切に思い合っているのもよく分かった。
対してわたしとの関係はあくまでGGOの中だけ、そんなところに少し疎外感を感じていた。
だからこそリアルで会って互いの事をよく知り合いたかった、これで少しはこの二人と対等になれたかしら。
わたしだって彼の事を大切に思っているんだもの、もっと彼の事を知りたいと思ってる。
「あ!翠さん、そろそろあたし先に行ってますね」
「あらそう? なら少し彼を借りちゃおうかしら」
「あははっ! 別にあたしだけの物じゃ無いですから好きにしてやってください、あいつも喜ぶでしょうし」
「ふふっそうね。なら少し独り占めさせて貰うわね?」
⭐︎
「あれ? 紅葉どこ行くんだ?」
用事を終わらせ席に戻ろうとすると紅葉とすれ違う。
「言ったでしょ?あたしが此処に来たのは用事があるからよ、少し行ってくるからちゃんと翠さんを楽しませなさいよ!」
「それは勿論だが道は分かるのか?」
「まぁ大丈夫でしょ、さっき案内してもらったし……」
「心配だなぁ……ん? おっ!丁度いいのが居た!」
「あっ! 遼?!」
最後の方の言葉が怪しかった紅葉を心配に思っていると、窓の外を見覚えのある警察官が通り過ぎるのを見つけ外へ飛び出した。
「おーい丈二のオッサン!」
「あん?……あっ!コラ遼! ようやく見つけたぞ、まったく面倒な仕事を押しつけやがって!せめて事情聴取ぐらい受けろ!」
「悪い悪い、約束があってさ。さっきの子はどうなった?」
「心配しなくてもちゃんと送り届けたよ被害者だしな、お前こそあの子に感謝しとけよ?正直ギリギリだったからな」
「ギリギリって、正当防衛だろ?」
「三人中一人は手首の捻挫、もう一人は鼻の骨の骨折だ。証言がなかったら十分過剰防衛だっての!」
「一人は自爆だしもう一人は武器持ってたんだぜ? どう見てもこっちが被害者だろうが?」
「普通ならそうなんだがお前さんは強すぎるからなぁ、本気でやったら最悪……」
「ガキ相手に本気なんざ出すかよ。まぁ良いや、それより頼みがあるんだけど」
「ったく、勝手なやつだな……んで何だ?」
「この子を目的地まで案内してやってくれないか?」
「ど、どうも……」
「ん?この子は?」
「高峰紅葉って言って、俺の幼なじ……ぐえっ!」
言い切る前にオッサンが腕を首へと回し引き寄せてくる、暑苦しい上に息苦しい。
そんな俺に対してオッサンは嬉しそうだ。
「な、何すんだよオッサン!」
「何だよオイ!水臭いじゃねぇか、彼女が出来たなら言えよな!」
「いやだから……」
「なるほどな〜彼女との約束があったから急いでたんだな、ならしょうがねぇ! 良い子そうだし二人の仲を許そうじゃねぇか!」
「だから何で皆んな親目線なのっ!?」
「よし!お嬢ちゃんついて来な、案内してやるよ」
「は、はい! よろしくお願いします……」
「うんうん!丁寧で良い子だ。安心しな将来のカミさんは無事に送り届けてやるからな! ハッハッハッー!!」
「あ、オイ!オッサン!……ったく話を聞かないのはオッサンもじゃねぇか、紅葉あの人顔は怖いけど良い人だから安心しな」
「え、ええ分かったわ、それじゃ後で」
人の話を聞かずに先々へと歩いていくオッサンの後を紅葉は追いかけて行った。
彼女がちゃんと合流するのを確認すると俺も店の中へと戻って行く。
「さっきの警察官は貴方の知り合い?」
「ああ、中坊の頃からのな。仕事上の付き合いの他に色々と世話を焼いてくれるんだが……何故だか親以上に親目線なんだよな」
「ふふっそうなの」
「そう言えば翠は何の用事でこっちに来たんだ?」
「そうね先にその話をしましょうか。遼とリアルで会いたかったってのも理由の一つだけど、もう一つ仕事の用事があってね」
「仕事?」
そう言うと鞄から何枚かの書類を取り出して見せてくれる。
殆どが英語で読めないが所々見覚えのある単語が見える。
AFa-Sys?
「……あふぁ……しぇ……?」
「アファシスよ、英語は苦手?」
「う……そ、それは置いておいてアファシスの書類?何の?」
「それはアファシスがGGOに出てきてから数ヶ月間のデータを記録したものよ」
「はぁ……?」
「アファシスが成長するAIって言う話は知ってるわよね?」
「ああ、アイから何度か聞かされた事がある」
更にアファシスには三つのタイプが存在する。
所持していなくてもレンタル出来るタイプA、GGO内の店などでプレイヤーをサポートするタイプB、そして特にレアで特殊なAIを組み込まれたタイプXだ。
アイが言うにはAよりB、BよりXの方が優秀らしいが
「ザスカーはその成長データをずっと記録し続けているの、ほら見てこれがこのアファシスの初期値でこっちが現在のデータ」
アファシスのステータスらしき物がグラフと数字によって分かりやすく描かれている。
初期値は一桁なのに対し、現在のデータは三桁にまで上昇している。
「確かにこの数値が正しいなら凄い成長をしてる事になるな……」
「このデータはレンタルの出来るアファシスタイプAのものよ。業務用のタイプBのデータがこっち、そしてデイジーちゃん達タイプXのデータがこれよ」
タイプAとBの能力値が同じ100から200なのに対してタイプXのステータスは500を超えている者もいる。
「………なるほどな確かにレアアイテムなだけはあるな、他と比べても上昇値が高い……おっ!」
タイプAタイプBと比べても著しい上昇を見せるタイプX、その中でも特に大きな上昇値を叩き出している者を見つける。
daisy………つまりツァリスカのアファシスであるデイジーであった。
戦闘には出さないから戦闘の能力は低いがその他の演算やプログラミングなどのサポート能力が全て500を超えている、他のタイプXと比べても圧倒的であった。
「やっぱりマスターが良いからかな? 逆にコイツはもう少し頑張った方がいいだろうな」
やはりマスターの影響が大きいのか同じタイプXなのに全ての能力が最低値の奴もいる。
一つを除いて全てのステータスが100をギリギリ超えている数値、下手をすればタイプAにすら劣る、よっぽどマスターが悪いのか……
「ふふっありがとう、でもその子の名前よく見てみて」
「うん?」
彼女にそう言われて名前の欄を見てみる、AI……えーあい?………あい?
脳内に浮かび上がったのは見慣れた眩しい笑顔のちびっ子。
「えええええぇぇぇっっ!???」
「遼、五月蝿いよ」
「あ!すいませんマスター……ど、どう言う事? 俺そんなに教育間違った?!」
「落ち着いて遼」
「嫌でもだってええ?! いや確かに俺はまだまだ半人前だけどさ、だからって………」
「聞いて遼」
「もしかしてファッションか?!この格好がダメなのか?それとも……」
「聞きなさい!」
「あいてっ!」
混乱する俺の頭に手刀が飛んでくる、痛くは無いが頭への衝撃に少し落ち着きを取り戻す。
「落ち着いて聞いて遼、これは凄い事なのよ」
「どこがっすか〜! 俺がアファシスのマスターとしてだらし無いって事でしょ?」
「泣かないで、確かにレイちゃんの能力の低さは意外だったけど一つだけ群を抜いて数値の高いステータスがあるでしょ?」
「ん?」
確かにアイの能力は一番下のグラフだげ圧倒的長い、デイジーですら他より長いが700なのに対してアイは900を超えている。
「それは感情値よ」
「感情?」
「初めて会った時から感じていたのだけどレイちゃんは他のアファシスと比べても感情が豊かだったわ」
「まぁ確かにな、俺も偶にあいつがAIだって事忘れそうになるし」
「でしょ? AIがこれだけの感情値を叩き出せると言うのはまさに異例な事なのよ。この数値が測られた時はザスカーの社員全員が驚いたわ、普通の人間が持つ感情値が990、それに対してレイちゃんは950に差し掛かっている、つまり殆ど人間と同じ感情を持っていると言う事になるわ」
「な、なるほど……」
突然早口になる翠に押され気味になる、恐らくこっちが素の彼女の姿なのかも知れない。
とは言え彼女の気持ちも分かる、サポートAIを作ったと思いきやほぼ人間と同じ物ができてしまったと言うわけだ、運営が驚くのも無理はない。
そしてそれだけの物を発見して黙っているわけがない。
「んで? アイをどうしたいんだ?」
最悪の事態が脳裏を巡りつい彼女を睨みつけてしまう、こう言うすぐ感情で動いてしまう所が半人前である原因なのだろが止められるものじゃない。
それだけ俺たちにとってアイが大切な存在と言うことだ。
「そんな怖い顔しないで、別に貴方達を引き剥がしに来たわけじゃ無いの、寧ろそうさせない為にわたしが来たのよ」
「どう言う意味だ?」
「確かに貴方が思っているような意見もあったわ、運営で管理すべきだとかバグだから排除すべきとかね。でもこのわたしは可能性を潰すのは勿体無いと考えて上司に掛け合ってみたの、そしたら条件次第では現状で様子見にするそうよ」
「条件?」
「社員の一人が貴方に接触して監視と情報の提供をする事になったの」
「その社員が翠なのか?」
「話が早くて助かるわ、暫くよろしくね!」
実験動物みたいに監視されるのは少し癪だけど、下手に逆らって運営を怒らせてアイを危険に晒したくない。
それに近くにいるのが翠なら問題ない、寧ろウェルカム、こっちから誘いたいぐらいだ。
「はいっ!なら社員としての話はお終ーい♪ ここからは一人のプレイヤーとしてお話ししましょうか、ちょっと失礼するわね」
「え? あ、ああ……」
仕事のストレスから解放されたのか真面目な表情を変え、可愛らしい笑顔を見せると俺の隣へと移動する。
「ふふっ、こうしてると恋人同士みたいね?」
「あ、あはははっ……そ、そうですね!」
隣に座ると密着し俺の肩へ頭を乗せる、柔らかい感触と香水の香りで心臓がバクバク言っている。
物凄い緊張する。
俺は自分から行くことは多いが、こうやって来られた経験は全くと言っていいほど無いため耐性が出来ていないのだ。
「ふふふっ♪ なんだか可愛いわね」
「か、可愛い……ですか?」
「ええ、背伸びしてるみたいで可愛いわ〜」
「……褒めてるんですか? どうせならカッコ良いって言って欲しいな」
「心配しなくても普段はカッコ良いわよ、でも時折見せるこう言うところにわたし弱いの」
「ま、まぁそれなら良いですけど……」
自分でもよく分からない感情に口が緩みそうになるのをコーヒーを飲んで誤魔化す。
「ふふっ、ねぇ紅葉ちゃんとはキスしたの?」
「ぶっ!? ゴホッ!ゴホッ!!……な、なんすかいきなり」
いきなりの事に吹き出しそうになるが気合いで抑える、これ以上カッコ悪いところを見せたく無い。
必死に堪える姿を見て翠は微笑ましそうにしている……複雑な心境だ。
「ま、まぁして無いですけど……良い雰囲気にはなったんですけど子供たちに見つかってしまって紅葉が恥ずかしがっちゃって……」
「あらそう。でもそれは紅葉ちゃんが正しいわ。わたしだってそう言うのはちゃんとした雰囲気でしたいもの」
「まぁ俺もがっつき過ぎたしな、今度からは気を付けるさ」
「分かってればよろしい♪」
そう言って俺の鼻の先をチョンとつつく、まるで生徒を相手にする先生のような、大人の余裕を感じさせる。
そんなお姉さんな姿にグッと来てしまう。
「でもそうねぇ……紅葉ちゃんがまだなのに先にしちゃうのは反則よねぇ………」
「え? なんすかそれ?」
「気にしなくても良いわ。そうねぇならコレぐらいにしておきましょうか!」
翠はスプーンを手に持つと俺が食べかけていたオムライスを一口サイズ掬い俺の方に差し出して来る。
「はい、アーン♡」
「え!い、良いんすか!?」
「勿論よ、こう言うのやってみたかったの♪」
これは俺が女の子にして貰いランキング7位のアーンでは無いか、俺今日死ぬのでは無いだろうか……
「はい、アーン♡」
「あ、あーん……」
童貞臭さを見せないようになるべく余裕を見せて口を開く、空いた口の中にケチャップと卵に包まれたチキンライスが放り込まれる。
「美味しい?」
「お、おう……」
めっちゃ美味い……顔を崩さないように気合いで堪えるが涙が出そうだ、マスターが作る料理は美味いが何十倍も美味く感じる。
「じゃあわたしも……ん〜美味しいわ♪」
「え!? いやあのぉ……」
「ふふっ、関節キスね♡」
か、可愛い!! 大人の色気と悪戯っ子のようなお茶目さが混ざってめっちゃくちゃ良いっ!
「はい、アーン♪」
「え、あ、ん、んん"……い、頂きます……」
再び現れそうになった俺の中の童貞を押し殺し、無駄に良い声を出しながら冷静を装い天国のような時間を過ごした。
⭐︎
食事を終え互いのリアルの話しへと変わる。
翠の生活や仕事との事、普段見られない彼女の顔が見れたのは良い事だ。
特に上司の不満を語っている時は怨念が篭っているかのようだった、これから長い付き合いになりそうだし彼女のストレス発散や愚痴に付き合うのも良いだろう。
「ねぇ今度は遼の話を聞いても良いかしら?」
「勿論♪ お姉さんには俺の全てを知ってもらいたいしね〜」
一時間程話し込みこの状況がにやっと慣れて来た。
いつまでもドギマギしているのは男として悔しいしな。
「遼はGGOが初めてのVRゲームなのよね? それなのにトッププレイヤーに負けない成長速度……格闘技か何かをやっていたの?」
「ん?何で? VR世界にリアルの身体能力は関係無いだろ?」
「確かにね。でも身体能力は無理でも反射能力や戦いの感の様なものは持って行けるわ。だから格闘技をやっている人の方が有利だったりするの、逆にプロの格闘家が反射神経を鍛える為にゲームをしている例もあるわ」
「へぇ〜そうなのか。昔ボクシングを少しな、高一で辞めたけど」
「あら、どうして? 合わなかったの?」
「いや、自慢じゃねえがそこそこ強かったぜ。ただまぁ若気の至りっていうか中学の時に暴力事件を起こしてな」
「遼が?」
「意外か?」
「確かに少し喧嘩っ早い所はあるけど事件を起こすようには……ねぇ良かったら話してくれない?」
「別に面白い話じゃねぇぞ?」
「構わないわ、貴方のこともっと知りたいもの……」
「良いように盛るかもよ?」
「嘘でも本当でも貴方の言葉を信じるわ」
翠子は真っ直ぐな瞳で見つめてくる。
正直言ってカッコ悪い過去だからあまり人に話したくはないのだが、女性にここまで言われて逃げるのはもっとカッコ悪い。
それに彼女と深い関係になる以上、俺だけ自分の事を話さないのはフェアじゃ無い。
「………わかったよ。十年ほど前紅葉が居なくなってから俺は強くなろうとした、筋トレやランニングから始まってその延長としてボクシングを始めたんだ……」
昔っから反射神経はだけは良かった、それと地道な練習が身を結び中学に入る頃には同じ学校に敵がいない程だった。
一年ごとに大会での成績も伸び、中学ニ年では全国大会で優勝する事も出来た。
自慢じゃないがテレビとかで紹介されたり、プロからスカウトだって来たことがある。
しかしそれと同時に先輩や同期からは良い目で見られなかった。
ボクシング部の奴らには何度も嫌がらせをされた、パシリは当然として怪我にならない程度の暴力やまともに練習させて貰えないなんてザラだ。
教師に話したこともあったが運動部なんてそんなもんだと一喝されたよ。
それでも自主練をこなし、他の部員をおいてもう一度全国大会に出場出来るようになった、その瞬間皆のストレスが限界になったんだろうな、事件の日俺は人気の無い廃工場へと呼び出された。
そこに居たのはボクシング部の先輩たちと何十人もの街の不良、うちの部は不良上りが多くて先輩が知り合いやOBに声をかけたらしい。
「だ、大丈夫だったの!? そんなの……」
「ははっ! んな卑怯な奴らに負けるかよ」
向かってくる奴は全員病院送りにしてやった。
武器も持った奴も何人もいて流石に無傷とはいかなかった、血が止まらなかったし骨を何本も折って大会の出場は取り消された。
「す、凄いわね……でもそれぐらいなら正当防衛として扱われる筈よ?」
「先輩の一人が政治家の息子だったんだよ、その父親がマスコミを操ったみたいなんだ」
最初の計画じゃ俺をボコボコにして後はアリバイでも作って終わるつもりだったらしいが、俺が救急車を呼んだせいで目立ってしまった為、無理矢理にマスコミなどに圧力を掛けて暴行事件に捏造したようだ。
内容が内容だけに信じない人やこの街の人たちは俺の無実を叫んでくれたがメディアの力には勝てなかった。
まぁ実際、人数が多くて手加減が出来ず過剰に痛めすぎたのは事実だ。
そのせいであの事件に関わった奴は全員、今も俺がトラウマになっている者も多し無実とも言い切れない。
「でも酷い話ね」
「まぁな、あの時の俺はその理不尽さに耐え切れず荒れたよ。学校にも行かずに不良どもを見つけては喧嘩を吹っかけてさ」
こんな奴らのせいで傷ついている人がこの街に大勢いる、そう思うだけで胸の奥が燃え上がるように熱くなり見つけ次第ぶっ飛ばしてた。
笑うよな、ただイライラをぶつけてるだけなのに、そんな事で街の自警団を気取っていた。
でも毎日毎日喧嘩を続ける事で俺の心はどんどんドス黒くなっていった、あの日あの人が止めてくれなかったら俺は道を踏み外していただろうな。
「それって、遼がよく話している師匠の事?」
「ああ、あの人は本当に凄い人だった」
最初は止めようとしてくれた師匠の言葉を聞かず殴り掛かったが、手も足も出なかった。
その辺のチンピラなら何十人かかって来ようが負けないが、師匠には掠る事すら出来なかった。
強いだけじゃ無くてそれ以上に弱ってる人や困ってる人を助ける男の中の漢と言える人だった。
師匠に惚れ込んだ俺は直ぐに弟子入りを志願した、勿論最初は何度も断られたが諦めず志願したのと『とある事件』により受け入れて貰えるようになったんだ。
「そう、高校には行ったの?」
「ああ、弟子入りの条件がちゃんと学業にも専念するって条件だったしな」
ある意味あれが一番大変だったかもな、必死こいて師匠やマスターに勉強を教えてもらいギリギリで受かった。
そこから復帰して一年だけボクシングをやってみたが、結局前程本気になれず辞めてしまった。
その時の俺はボクシングなんて腕力だけの強さなんかに興味がなくなっていたんだろう。
「ま、後は前にも話した様に師匠に弟子入りして高校を卒業と同時に事務所で働いてるんだよ」
「そうなのね。ありがとう教えてくれて、それとごめんなさいね嫌な事聞いちゃって」
「話したのは俺の意思だ、気にしないでくれ」
それに俺にとっては師匠と出会うきっかけだ、黒歴史でもあるがそれ以上に大事な思い出だ。
「嬉しかったわ、貴方の事が知れて」
「俺もだよ翠の意外な所が見れて嬉しかった」
こんな話で喜んでくれるなら安いものだ、人によっては武勇伝かも知れないが俺からすれば自分の為だけに力を使って結果何も産まず最悪の事態を引き起こしただけの話。
『お前は一度でも、誰かの為にその拳を使った事はあるか?』
かつて師匠に言われた事を自分の拳を見ながら思い出す。
「……あら?」
「ん?どうした翠?」
「紅葉ちゃんから連絡ね、準備出来たみたい行きましょうか」
「え?行くって何処に?」
「わたしたちの家よ♪」
⭐︎
「さぁ上がって」
「お、お邪魔しまーす……」
「あ!翠さんお帰りなさい、遼もいらっしゃい」
部屋に入るとエプロンを付けた紅葉がダンボールだらけの部屋を整理していた。
「ごめんなさいね。紅葉ちゃんに任せちゃって」
「良いんですよ、これからお世話になるんですからこのぐらい」
「紅葉の用事ってこれか?」
「おーい紅葉ちゃん!これはここで良いのかー?」
「あ、丈二さん、はいありがとうございます!」
「オッサン!?」
何故か丈二のオッサンが制服姿のまま引っ越し業者の手伝いをしている。
「何やってんだよオッサン!」
「おお遼か! 何って見たらわかんだろ?手伝ってんだよ、男手が増えた方が早いだろ?」
「いやそうじゃなくて……どう言う事だよ翠、初めて聞いたぞ引っ越しなんて、しかも『事務所の隣』に!」
そう、今俺達がいるのは俺の事務所の真隣の家であった、いきなり引っ越し業者が集まっていて驚いたものだ。
「言ったでしょ?監視と情報が必要だって、なら近い方が良いじゃない♪」
「いや近すぎるだろ……まさか買ったのか?」
家のサイズは二階建てで結構立派である、正直言ってうちの事務所よりもずっとデカい。
「あらザスカーの社員を舐めちゃダメよ、お金には困ってないわ」
「さいですか……お世話になるって紅葉もか?」
「あははっ!驚いたでしょ? 元々一人暮らしをしようと思って部屋を探す為にこっちに帰って来る予定だったの。それを翠さんに話したら部屋を貸すから一緒に住まないかって話になって」
「紅葉ちゃんも節約出来るしわたしも一人じゃ寂しいし、WINWINだと思ってね」
「意地悪だなぁ、言ってくれよ」
「あんたの驚いた顔が見たかったのよ」
「うふふっ、ごめんなさいね」
今日は驚いたりドキドキしたりとハードボイルドじゃないところばっかり見せている、全くこれじゃいつまで経っても半人前だな。
「あ、もしかして怒った?」
「驚いただけで怒ってはいないよ、これからよろしくな二人とも♪」
「うんっ!」
「ええ♪」
新しいご近所さんは笑顔で返事をする。
ま、この二人が笑ってくれるならそれで良いか
⭐︎
星山翠子 (ほしやま みどりこ)
ツェリスカのリアルの姿。
ミステリアスなお姉さんであった彼女の正体は、GGOの運営である《ザスカー》のプログラマー。
しかし茅場や須郷のように管理者権限を持つスーパーアカウントを使っているわけではなく、あくまでプライベートとして一般アカウントでプレイしている。
社員といっても運営への干渉もデータ閲覧も不可能な身分であり、デイジーを入手したことも偶然。
しかし正体を明かす訳にはいかないので他のプレイヤーとは一歩引いた姿勢でプレイしていた。
プログラマーとしてとても優秀で上司からの信頼も厚いが、時期によって非常に忙しくなる仕事に不満も抱えおり呪いのように愚痴を呟いている。
ちなみにかなりの酒豪
第四部 誰のサイドケースから見たい?
-
キリト
-
アスナ
-
クライン
-
エギル
-
シリカ
-
リズ
-
リーファ
-
シノン
-
ユウキ