ソードアート・オンライン フェイタルバレットー切札の弾丸ー 作:トライダー
新章突入です。
導入ですので今回は短めにしました。
⭐︎
コンプレックス
⭐︎
一月十日 ー東京ー
ガンッ
「うっ!」
階段の一番下を降り、廊下へと出ようとした時に鈍い音と共に頭に激痛が走る。
「い、いててて……またやっちゃった」
なんて事の無い頭をぶつけただけだ、わたしはぶつけた端を軽く睨む。
『頭上注意』と書かれた看板が貼ってある、普通なら誰がぶつけるのだろう? と思うぐらいの高さ、しかしわたしは普通じゃ無い。
わたしの長身はこのお嬢様学校の平均身長を遥かに超えてしまっているのだから。
「大丈夫?」
「え!? あ……へ、平気……です」
ぶつけた所を撫でていると、別の生徒が心配そうにこちらを見てくる、勿論わたしよりもずっと背の低く可愛らしい女性だ。
それを見た瞬間、自分の事がとてつもなく恥ずかしく思えてくる。
わたしは背を丸め逃げるようにその場所を後にした。
わたしの名前は
小学校3年生からすくすくと伸び始めた身長は、なんと19歳の現在で183cm、小さい頃から大女と揶揄され、今ではコンプレックスの塊だ。
何とか自分を変えようと地元を離れ、東京のお嬢様学校に入学したのは良かったのですが……
初等部からエスカレーター式に駆け上がる学校では友人も出来ずらく、その上ここの生徒達は皆背が小さくお姫様みたいにキラキラしている。
結果余計にコンプレックスが強くなり見事大学デビューに失敗した。
「はぁ……」
今日も講義を終え帰路に着く、講義の途中で後ろの席から「黒板が見えづらい」などと聞こえてしまいわたしの精神は限界に近い。
今日は早く帰って休もう。
「あ……」
帰る途中、向こうの方から大学付属の高等部の生徒達が歩いて来る。
偶に見かける6人組、あれだけいるのに全員がちっちゃくて可愛らしい。
全員が花のような笑顔を見せている、もし大女じゃ無ければわたしもこんな青春を送れたのだろうか……
そんな事を考えながらいつものように背中を丸め、その彼女達の横を通り過ぎようとする。
「ねぇ、あの人……」
「!!……っ!」
ふとそんな声が聞こえる、そこから先を聞きたく無いわたしはより背を低くし走る速度を上げる、少しでも彼女達との身長差が無くなるように。
「うきゃあっ!?」
「うお!」
彼女達と距離を取り曲がり角を曲がった瞬間、強い衝撃に後ろに倒れてしまう。
男の人の声が聞こえる、どうやら曲がった拍子にぶつかってしまったようだ。
「い、いたたた……」
「こいつは失礼。大丈夫かい?お嬢さん」
「え? あ、はい……」
わたしがぶつかったのは黒い帽子とスーツの男の人だった、男の人に手を貸してもらい立ち上がる。
大きな手、わたしも女性の中では大きいけどそれよりも大きくゴツい手をしていた。
「わわっ!」
「おっと!」
手を貸してもらい立ち上がった拍子に足がぐらつき、前のめりに倒れそうになってしまう。
そんなわたしの体をその男性は簡単に受け止めてしまう。
「ご、ごめんなさい!」
「いやなに、怪我がなくて何よりだ」
申し訳なくなって謝るわたしにその人は優しく微笑んだ。
その柔らかい笑顔に胸の奥がドキッと騒ぎ頬が熱くなる。
「でもこの辺は子供も多いから気をつけて欲しいな、特に曲がり角はね」
「はい、本当にすみませんでした……」
「ははっ、もういいよ。それに俺としては運が良かったぐらいだ」
「え?」
「こんな所で君のような魅力的な女性と出会えたからね」
「そ、そそそそんな! わたしなんて……」
顔が近い、整った顔立ちにキリッとした瞳で見つめられる。
男の人にそんな事を言われた経験の無いわたしは、自分でも引くくらい焦ってしまう。
この背丈のせいで同じクラスの男子には馬鹿にされ、男子というものが子供にしか見えていなかったわたしには初めての感覚だった。
でもその男性はわたしよりも背が高く体もガッチリしていて、先程わたしが勢いよくぶつかった時もびくともしていない。
逞しくともゴツすぎず優しい、その感じはまるで物語の王子様のようにキラキラして見えた。
「良かったら俺とお茶にでも……と、言いたいんだけど残念な事に用事があるんだよな。またねお嬢さん、もしもう一度会う事があったらその時はゆっくりお話しでも」
「は、はいっ!」
わたしの方を見て軽くウィンクをすると彼は去って行った。
その動作一つだけでわたしの胸は強くときめく。
⭐︎
《あっははははっ!!!》
「もう! そんなに笑う事ないじゃない!」
《いやーごめんごめん。だってコヒーがあまりにもメルヘンなことを言い出すから……ぶふっ!くくく……》
「もう!」
香蓮はマンションに帰って来ると直ぐに親友の篠原美優へと電話が掛ける。
この高まったテンションを何処かにぶつけたくてしょうがなかったのだ、しかし見事にバカ笑いされてしまう。
《いやまぁ分かるけどね? 急いで走ってる途中、曲がり角でイケメンとぶつかって運命の出会い……箱入り娘の香蓮ちゃんからすれば夢のような出来事だもんね〜》
「そ、そんなこと……」
小馬鹿にして来る美優に反論してやりたかったが、自分の部屋に置いてある少女漫画が目に入ってしまい何も言えなくなる。
悔しいが今は笑わせてやる事にした。
《でもコヒーその人の名前も聞かなかったんでしょ? なんか勿体無くない?》
「美優は分かってないな〜そこが良いんじゃない。転んだわたしに手を貸して名前も伝えず去って行く、そして再び出会った時にお互いの名前を伝え合う……それが運命の出会いって言うのよ」
(あんなクソ広い街で再開出来るわけ無いような……)
香蓮の浅はかな考えをツッコんでやりたがったが、ここまで喜んでいる親友を相手に必死で飲み込んだ。
《でもまぁコヒーが楽しそうで良かった。また身長の事で落ち込んでるんじゃないかって心配してたからさ》
「……………」
《コヒー?》
香蓮が自分に電話して来るときは大抵何かあった時、そしてその殆どはコンプレックス関係で上手くいかず落ち込んだ時。
だから今回も香蓮を励ますつもりでいた美優は安心していたのだが、突如電話が無言になり携帯越しにも負のオーラが伝わってくる。
「そう……なんだ……今日も上手くいかなくてさ……」
(う、地雷だった。こんなにテンション高いからもしかしたらって思ったのに失敗だったか)
後悔してももう遅い、いつもの如く香蓮のグチが始まり美優は黙って聞きに入る。
「はぁ、きっとあの人ももっと小さくて可愛くてお姫様みたいな子の方が良いんだろうな」
いつもの自虐、美優的には香蓮は充分魅力のある子だと思っている。
しかし彼女自身がコンプレックスを持っている以上下手な慰めは意味を成さない、それはこの長い付き合いで分かっている。
だから彼女に出来るのは慰めでは無く解決策を考えてあげる事だ。
「あ〜わたしもあれくらいちっちゃくて可愛くなりたい! 見た目が変われば内側からも変われると思うのよね」
《じゃあさ、変わってみれば良いじゃん! ほらほら、この前あげたアレをつかってさ?》
「あー、アレ?」
《そうそう、ほら準備する!》
美優に言われて香蓮は押し入れの奥から小さな段ボールを取り出す。
蓋を開けてみると中に入っていたのは旧型のアミュズフィア、前に美優が新しい物に買い替える時に勿体無いからと半端無理やり押し付けられた物だ。
「でも前にやってみたけど失敗したしな〜」
『VR空間で新しい自分になる』、一度そんな事を考え試しに色んなゲームにログインしてみたが見事に失敗。
美優に教えてもらいながらログインするも全部長身のアバターと化してしまった。
そもそもアミュズフィアはある程度プレイヤーの体をスキャンしている為似た体型になりやすいのだ。
結局その日は30作品ぐらいを試し、脳が疲れたこともありこの策は失敗という結論に至った。
《まあまあ、どうせ無料体験版なんだから物は試しだって! 確かあと6つぐらい残ってたでしょ? 変わりたいならまずは行動あるのみだって》
「うん、そうだ……よね! じゃあまずは……」
美優の言葉に強く頷くと、自分のベッドに横になりアミュズフィアの電源をオンにした。
⭐︎
ーGGO SBCグロッケンー
「ふふ〜ん、ふふふふ〜ん!」
「ずいぶん機嫌が良いですねリョウさん」
リョウが現在居るのはグロッケン内部の噴水広場、プレイヤー達の待ち合わせに場所としてよく使われる場所だ。
そしてリョウの隣にいるのはアイでは無く、ツェリスカのアファシスであるデイジーだ。
「お、分かる?デイジーちゃん。それがさ〜さっき凄え美人と会ってさ〜。しかも俺好みの黒髪ストレートでスレンダーでモデルみたいな子。いや〜今日は良い事があるぜ!」
「もう、リョウさんたら……」
デレデレとだらしない顔をしながら美人の話をするリョウにデイジーは呆れたような表情を見せる。
何故彼女がリョウと居るのか理由は簡単、正月休みも終わったツェリスカが仕事で不在の為アイと一緒に3人でお出かけしようと言う話になったのだ。
「しっかし、何でアイは待ち合わせなんてしたかったんだ?」
リョウはホームを出て来る時にアイと交わした会話を思い出す。
『マスター、わたし先に行ってますから少し遅れてから来てくださいよ?』
『いや一緒に行けば良いだろ? おんなじ目的地なんだからよ』
『嫌ですー! わたしも他の女の子みたいに待ち合わせをしてみたいのです! せっかくのマスターとのデートなんですから!』
『デートって……今日はデイジーちゃんも一緒だろ?』
『いいから遅れて来て欲しいのです! デイジーだけマスターと待ち合わせなんてズルいのです! 遅れて来てくれないと拗ねますからね!』
『分かった分かった。五分程待つからさっさと行ってこい』
『はーい! 行って来るのです!』
と言ってアイはホームを出て行ったのだが、リョウが待ち合わせ場所に着いたにも関わらずまだ到着していなかった。
心配に思い通話してみると案の定迷子になったらしく、正しい道順を教えてあげたのでもう少しで来るだろう。
「ふふ、でもレイちゃんの気持ちも分かりますね。そう言ったシチュエーション憧れちゃいます」
「……なんか最近アイもデイジーちゃんもマセてきてないか?」
デイジーは最近よく笑うようになった。
前までは典型的なAIの動きしかしなかったのに、今では人間のように笑ったり怒ったりと感情が豊かだ。
変化が大きいのはデイジーだけでは無い。
リョウは普段からアイにお小遣いをあげている、前まではリョウのマネをして推理小説を買ったり、子供のようにお菓子を買っていたが最近は少し違う。
買っていた小説は恋愛ものに変わったり少女漫画もよく読むようになり、子供のようなお菓子は洋服やアクセサリーに変わった。
新しいものを買ってはリョウに見せ、リョウが褒めてあげると笑顔を見せ喜んでくれる。
前よりも更に人間の女の子に近づいているようにリョウは感じた。
「お? 来たか」
デイジーと話していると向かう方から人影が走って来るのが目に入る。
影がかかってよく見えないが人影はかなり小さい、あんなちんちくりんなキャラクターなんてアイぐらいだろうと思ったリョウは人影の前に出る。
「おーい、うん?…………………ぐえぇっ!?」
「リョ、リョウさん!」
自分を見ればスピードを抑えると考えていたリョウ、しかし彼の思惑とは反対に人影はスピードを抑える事のなく、弾丸のようにぶつかって来た。
リョウの油断と勢いが合わさり、二つの人影は大きく転がり合いながら噴水の縁側にぶつかる事で止まった。
「だ、大丈夫ですかリョウさん!」
盛大に転がった二人にデイジーが近づく。
「い、ててて……おいアイ!人前で抱き付くなっていつも言って……」
いつものようにアイが抱きついて来たのだと思ったリョウは、上半身だけを起こし自分の上に乗っかっている存在へと顔を向ける。
しかし、
「うきゅ〜……」
「あれ?」
リョウの胸に乗っかっていたのはいつもの白い少女では無く、茶色のショートカットに緑色のミリタリー服を来た小さい少女だった。
少女は転がった衝撃に目を回し気絶している。
「お、おい、大丈夫かお嬢ちゃん?」
少女の両肩に手を置き軽く揺すって声をかける、しかし意識を取り戻す気配はない。
その時彼女の左胸に名札のようなものが見える、それは初期衣装に見られるもので、彼女が初心者である事が見て取れる。
「LLENN……レン?」
変わった英綴りだがこれはよくあるもので、よくある名前の表記被りを避ける為に子音を重ねたりするものだ。
その事からリョウは彼女の名前が『レン』だと察した。
「マスター、お待たせしました! ごめんなさい迷ってしまっ……」
そんな事をしていると遅れたアイが小走りで広場へと到着する、そしてリョウの姿を見た瞬間元気な声が止まる。
「ま、マスター……」
「アイ、悪いけど手を貸して……」
アイの目に入ったのは馬乗りの形で少女を上に乗せ、両肩を抱いているリョウの姿だった。
「マスターが浮気してるのですーーーーーーーーー!!!」
何を勘違いしたのかアイの叫び声が辺りに轟く。
人の集まりの多い広場での騒音、そのせいもあってたちまちに人が集まり騒ぎになってしまった。
そして後日、GGOの朝刊にロリコン疑惑がかけられた道化師の記事刻まれる事になるのは別の話。
⭐︎
第四部 誰のサイドケースから見たい?
-
キリト
-
アスナ
-
クライン
-
エギル
-
シリカ
-
リズ
-
リーファ
-
シノン
-
ユウキ