ソードアート・オンライン フェイタルバレットー切札の弾丸ー   作:トライダー

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 LMR

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「えー! ピトさん出場しないんですかー?!」

 

 後日わたしたちは《SJ》の事を話し合うためにGGO内のカフェに集まったのだが、会合が始まって早々大きな声をあげてしまう。

 

「お前自分で誘っといて……ったく、せっかくやる気が出てきたのによ」

 

「ゴメンてば、丁度その日用事が入っちゃって、抜け出すと色々うるさい奴がいるのよ〜」

 

 ピトさんは申し訳なさそうに両手を合わせる。

 

「その代わりに頼りになるメンバー呼んだいたから。アイツがいれば3人でも何とかなるでしょ」

 

「アイツ?ってか三人!? え?助っ人って一人だけなんですか?! SJって6人チームでしょ? たった三人で勝てるわけないよ!」

 

「落ち着けってバニー」

 

「だってリョウさん……そうだ! リョウさんの知り合いは? クレハさんやツェリスカさんが一緒なら」

 

 アファシスは参加できないからレイちゃんは出場出来なくても、強くて綺麗で頼もしいあの二人が加わってくれれば優勝だって狙える筈。

 まだ希望はある。

 

「二人とも用事だ」

 

 わたしの希望はいとも簡単に砕かれた。

 

「えー!ツェリスカはともかくクレハちゃんも出ないの〜?」

 

「ああ、ついでにイツキの奴も用があるらしく《アルファルド》も出場しないらしい。《バレット・ワークス》は出るみたいだけどな」

 

(バレット・ワークスって確か……)

 

 確か前に会ったエースって人が入ってるスコードローンだ。

 確かあの人はリョウさんの兄弟子さんで、リョウさんもリアルでは一度も勝った事がないぐらい強いって言ってた。

 前に戦った時はレベルやスキルの差でリョウさんが有利だった、でもあれから結構経ってる、きっとあの人ももっと強くなってる筈。

 

(そっか、だからリョウさん気合入ってるんだ)

 

 まえにピトさんに誘われた時は凄く面倒くさそうにしてたのに、今日の会合に顔を出した時、その瞳には強い闘志が見えた。

 きっともう一度エースさんと戦って今度こそ文句の無い勝利を得るつもりなんだ。

 

「なら頑張ろうねリョウさん! 一緒に優勝しよう!」

 

 リョウさんを勝たせてあげる事、それがわたしなりのリョウさんへの恩返しになる筈だ。

 

「よーし! なら気合を入れて……」

 

「悪い遅くなった」

 

 フシューとドアが開く音が聞こえ野太い男の人の声が聞こえる。

 その声につられ振り向くとそこには

 

「っ!?」

 

 わたしの真後ろに二メートルは超えている大男が立っていた。

 長身のリョウさんよりもさらに大きく上身体つきも一回り以上大きい、その人を見たわたしが一番最初に感じた感想は動物園のヒグマみたいだということ。

 

「ああああああのぉ〜〜〜……」

 

「まあ変な奴だし頭の中はほとんど犯罪者だけど悪い奴じゃ無いから、良い奴でも無いけど。三人で頑張ってね」

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして俺はエムと言います。よろしく」

 

「は、初めまして……わ、わたしはレンって言います……」

 

 ドカリとエムさんはわたしの正面の席に座り丁寧に挨拶を交わす。

 対してわたしはリョウさんの背に身を隠し、震えながら挨拶を返す。

 

「コイツの知り合いって聞いて察してたけどやっぱりエムだったか、随分と久しぶりだな」

 

「ああ、あの時以来だな。ピトが誘うと言ってたが本当に来てくれているとはな」

 

「一応あん時の借りがあるからな、これでチャラだ」

 

「ああ構わない」

 

 震えているわたしとは対照的に、リョウさんはエムさんと親しそうに話している。

 わたしはリョウへと小声で耳打ちする。

 

(リョウさんエムさんと知り合いなんですか?)

 

「まあな、見た目は厳ついが悪い奴じゃねぇよ。少なくともそこのイカれたタトゥー女よりはずっとマシだ」

 

「そーんな褒めないでよ〜」

 

 確かにリョウさんと普通に話している姿を見ても見た目ほど怖い人じゃ無いのかもしれない。

 そう思いもう一度エムさんと目を合わせようとしてみる。

 

「………………」

 

(やっぱりムリー!)

 

 無言でこちらを睨みつけて来るエムさんに、冷や汗が止まらなくなってしまいリョウさんの背隠れてしまう。

 特別男の人が苦手なわけじゃ無いけどやっぱり怖い。

 

「はい、挨拶おしまい! と言うわけでこの三人で頑張ってね、レン分隊長殿!」

 

「え?………………分隊長(リーダー)!?」

 

 突然の重役に声が大きくなる。

 

「何でわたしが?!そんなの無理だよ! リョウさんやエムさんの方が適に……」

 

 そこまで言ってわたしはSJのルールを思い出した。

 SJは基本的にBOBと同じ、10km四方の広いフィールドで行われ、10分ごとのサテライトスキャンで相手の居場所が分かる。

 しかしBOBとは違ってスキャンで分かるのは『そのチームのリーダーのみ』

 つまりわたしがリーダーに選ばれたのは

 

「わたし囮ってこと!?」

 

「勝つ為の作戦よ」

 

「確かに、三人の中で一番回避率の高いバニーが適任か。俺やエムのステータスじゃ集中砲火受けるとキツいからな」

 

「う〜……」

 

 リーダーで囮でしかもメンバーがたった三人だなんてあんまりだよ。

 

「……ねぇピトさん、どうしても参加できないの? 出てくれたら勝てる確率もググッと上がると思うなぁ……」

 

「え?そう? そうかな?」

 

 一か八か最後の手段『おねだり』は意外と好感触。

 わたしは自分の愛くるしさを生かして甘い声と瞳をキラキラさせる。

 元々リョウさんに使うために練習したのだけどこんな所で使うとは思ってみなかった。

 肝心のリョウさんには全く通用しなかったけど

 

「うん!ピトさんが居れば優勝間違いなし!」

 

「だよねーやっぱりエントリーしようか……」

 

「ピト」

 

「なによ?」

 

「…………………………」

 

「あーはいはい、分かってるわよ鬱陶しいわね」

 

 もう少しと言うところでエムさんがピトさんを呼び止めてジーと無言で顔を近づける。

 その無言の圧力に流石のピトさんも諦めたようだ。

 わたしは再びテーブルに突っ伏す。

 

「まぁそんなに落ち込むなよバニー。リーダーつっても形だけだ、細かい指示なんかは俺たちが出すから気楽にやれ」

 

「でもでも囮だよ?! 狙われるんだよ?死んじゃうんだよ?怖いよ!」

 

「俺が守ってやる」

 

「……え?」

 

「何かあったら俺がお前を守る。それじゃダメか?」

 

「は、はい……それで、良いです」

 

 曇りの無い真っ直ぐな紫色の瞳に見つめられて顔が熱くなり、何故か敬語になってしまう。

 今日のリョウさんはいつも以上にカッコ良く見える気がする。

 多分エースさんの件からかいつもと違って雰囲気が真剣だからだ、リョウさんって気取るよりこうしてる方がモテそうな気がする。

 

「じゃあ話もまとまったところで私用事あるから行くね? 後はお若い三人でごゆっくり〜」

 

「え?あ、ちょっと待ってピトさーん!」

 

 席を立ち去っていくピトさん。

 わたしの叫びも虚しく自動ドアが閉められ、ピトさんの姿が完全に見えなくなる。

 

「……………」 

 

「うう……」

 

 ピトさんが去って無言の空間が続く。

 リョウさんも真面目モードだからか、いつもの軽口が飛んで来ないせいで余計に何を言って良いかわからない。

 

「おいエム見てないで何か喋れよ」

 

「お、おれか?」

 

「ピトフーイが居ないんだからお前が主催者側だろ? 責任とってアイツの代わりにお前が仕切れよ」

 

「あ、えっと……ま、まあ……あんまり緊張しないでいきましょう」

 

「へ?」

 

 大きな厳つい見た目に反して丁寧な話し方に驚いて変な声が出てしまう。

 

「い、いや!いこう……敬語を使うと後でピトの奴にボコボコに殴られる」

 

「ぷっ! あははっ!」

 

 だらだらと冷や汗をかきながらそう言うエムさんが面白くてつい吹き出してしまう。

 でもおかげで二人の間にある緊張が逸れて行った。

 

 

 

 

 

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 エムさんと挨拶を終えると今度は三人でグロッケンに存在する演習場へとやって来る。

 

「エムさん、ここで何をするの?」

 

「今からおれの言った通りに動いてほしい」

 

「バニーの実力を調べる為のテストって事か?」

 

「そうだ。実力が分からないようではどう指示を出したら良いか分からないからな」

 

「ならリョウさんも一緒にやるの?」

 

「いや今回はレンだけだ。正直リョウの戦い方はバリエーションが多くて、おれが指示を出すよりも好きに動いてくれたほうが実力を出せるだろう」

 

「だな、なら俺はゆっくり見物してるわ」

 

 リョウさんが演習場に置かれたコンテナの上で横になる。

 それを合図にエムさんのテストが始まる。

 

 まず最初は基本的な射撃。

 P90(ピーちゃん)の弾を10発ずつ撃ったり、50発全てをドラム缶へ撃ったりした。

 その次は200メートル離れたトラックまで走ってタッチしてまた戻ると言うもの。

 更には全速力で走りながらフルオートで引き金を引く、その上で残量が8以下になったら素早いリロード。

 銃を撃つ以外にも遠くの物を目測で何メートルあるか答えたりもした。

 全部が終わる頃には流石に疲れた。

 

「驚いた。始めて一ヶ月程だと聞いていたから心配だったが想像以上だ、これなら充分優勝の可能性はあるな」

 

「本当! リョウさんやったよ!」

 

「おう、よくやったなバニー。お前なら出来るって信じてたぞ」

 

「えへへへ〜」

 

 確かに大変だったけど普段からのリョウさんとの普段のクエストや実戦の方が何倍も大変だった。

 あの時の経験がちゃんと力になってる事が嬉しくなった。

 リョウさんも自分の事のように喜びながらわたしの頭を撫でてくれる、それが一番嬉しかったかもしれない。

 

「そう言えばエムさんの戦闘スタイルってどんなのですか?」

 

「おれの武器はコイツだ《M14 EBR》。コイツを使っての中遠距離での射撃、基本的には開けた場所で相手との距離を保って戦う」

 

 そういうとエムさんはライフルを構え数十メートル離れたトラックのミラーを撃ち抜く、しかもミラー本体ではなくてミラーを接続する金具の部分をだ。

 

「すごい! エムさんが遠距離から中距離。リョウさんが中距離から近距離。でわたしが近距離特化。あれ?結構バランス取れてる?」

 

「ああ数こそ少ないがチームとしてのバランスはかなり良い、戦局を早まら無ければどんな状況にも対応できるだろう」

 

「チーム戦で大事なのは個人の実力よりも作戦とチームワークだ。そこさえ磨けばどうとでもなる」

 

「そっか! うーん希望が出てきた!」

 

「よし次はより実戦的なチームワークの特訓だ。まずは基本的なポジショニング、前衛レン、その5メートル後ろにリョウ、更にその後衛におれの流れだ」

 

「うん! ほらほらリョウさんも早く!」

 

「はいはい。仰せのままに、隊長殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ふ〜ふふ〜ん〜♪」

 

 耳につけているイヤホンから流れる綺麗な声に心が癒され鼻歌を口ずさむ。

 

 神崎エルザ

 小さくて可愛くて、その上とても綺麗な歌声を持つ彼女はわたしのお気に入りの歌手だ。

 

 彼女の歌を聞きながら最近見つけたお気に入りのお店《エモシオン》でティータイムを過ごすのが最近の楽しみ。

 

(本当に良いお店。雰囲気は良いしコーヒーは美味しいし落ち着いていてエルザの曲を聴くのに最適。教えてくれたリョウさんに感謝しないと)

 

 前にリョウさんと『風水』の話で盛り上がった時に、リョウさんがお気に入りと言っていたのが気になっていたけど来てみて正解だった。

 周りの古めかしくとも味のあるお店、カッコつけなリョウさんが好きそうな場所。

 

(あの大きな窓の席なんていかにもリョウさんが座りそうな場所)

 

 日の当たる席でコーヒーを飲みながらキザったらしいセリフを言っているリョウさんが想像出来る。

 顔は良いから自然と絵にはなると思う。

 

(まあリョウさんがリアルでどんな姿か知らないんだけど……)

 

 そう思うと頭の中の話題は、リョウさんはリアルでどんな姿なんだろうと言う話へと変わる。

 

(もしかして本当は年下で小さくて可愛かったりして、それで大人ぶってたりしてたら可愛いな。反対にすごいおじさんだったらどうしよう? ちょっと嫌だな、あれ?でも確か年齢は20歳だった筈。ならわたしよりも一個上だよね、なら……)

 

 話の内容がどんな人だろう?からこんな人なら良いな、に変わっていく。

 スラリと背が高く、ゴツすぎず細すぎずないガッチリとした体格で、優しく微笑む姿。

 その姿はあの時道端でぶつかったお兄さん(王子様)の姿だった。

 その瞬間自分がとても嫌な存在に思えた。

 

(わたし最低だ。リョウさんがあの人だったら良いのにって思ってしまった……)

 

 そんな筈ないのに自分の都合の良い理想を想像してしまう。

 わたしは今同時に二人の男性が気になってしまっている。

 あれだけ美優にあの人と出会ったことを惚気ていたのに、同じかそれ以上にリョウさんのことを気にしている。

 どっちの事を思えば良いのか考える内に、二人の男性を統合してしまうのは今に始まった事じゃなく、その度に罪悪感に囚われる。

 

(ああもう!やめやめ、歌を聞いて落ち着こう)

 

 そもそもこの店に来るようになったのも落ち込んだ後、静かにエルザの歌を聞ける場所が欲しかったから。

 でももしかしたらリョウさんと出会えるかもって言う疚しい気持ちも無いわけではない。

 

(自分でも浅はかな考えだと思う、リアルの姿を知らない上にもし会えたって話しかけられるはずが無いのに)

 

 鏡に映った自分の姿を見てそう思う。

 自分のリアルに自信を持てていないわたしが、リョウさんのリアルを気にする資格なんて無いのに。

 

「あーもうっ!」

 

 相変わらずの自分のメンタルの弱さにさえ苛立ってしまう。

 レンになってマシになってきたけど、こればかりはいくらちっちゃくなったって変わらない。

 もうエルザの歌も効果が無く、イラつきながら背後に大きく腕を突き出し伸びをする。

 

「え? きゃあっ!?」

 

 バキッと鈍い音が鳴りそのまま上体が背後へと倒れていく。

 無理に体重をかけた事で椅子の脚の一本が折れてしまったようだ。

 こんな事ならダイエットしておくんだった、などと思う暇もなくわたしの体が叩きつけられようとする。

 

「おっと、怪我は無いかい? お嬢さん」

 

「…………え? あ、あなたは」

 

 しかし痛みも衝撃もやって来ない、代わりに背中に逞しくガッチリとした感触と優しい声が聞こえる。

 目を開けるとそこに居たのはあの時の出会ったお兄さん(王子様)だった。

 

「どうやら木が腐ってたみたいだな。怖い目に合わせてゴメンな」

 

「ああいや、あああのっ! わわっ!」

 

 何か言おうにも舌が上手く回らない。

 お兄さんはそんな首まで赤くしテンパるわたしの背中と膝の下に手を回し持ち上げる。

 

(こ、これはお姫様抱っこ! 本当に?!)

 

 小さい頃から憧れていたお姫様抱っこ。

 レンになってからリョウさんに何度かしてもらったことはあるけど、リアルでして貰える日が来るとは思ってなかった。

 お兄さんはそのまま壊れた椅子から離れた場所に両足からゆっくりと降ろしてくれる。

 

「あ、ありがとうございます。そ、その重くなかったですか?」

 

「いや全然。羽みたいに軽くて離したくなかったぐらいだよ」

 

「そ、そんな……」

 

 一見キザったらしいセリフでも今のわたしには効果抜群だ。

 

「あ、あのわたしのこと覚えてますか?」

 

「もちろん。記憶力は良いんだ、特に君みたいな可愛い子が相手なら尚更ね」 

 

 ウィンクしながらそう言うお兄さんにドキドキしながらも、今度はお兄さんの格好に気がつく。

 前は上下からのスーツに帽子だったけど、今は帽子を被ってなくてスーツの上着とネクタイを外してこのお店のエプロンを付けてある。

 

「あの、ここで働いてるんですか?」

 

「いやここのマスターとは昔からの知り合いでね、こうやってたまに手伝ってるのさ。普段は別の仕事」

 

「そ、そうなんですね」

 

「ああそうだ、怖がらせたお詫びにデザートをサービスするよ。ちょっと待っててくれ」

 

「そ、そんな!貰えませんよ!」

 

「しー、ウチの店ではもう少しお静かに」

 

「は、はい」

 

 つい大きな声を出してしまい両手で口を押さえる。

 そう言えばさっきからずっと大きな声を出してしまっていた、だからお兄さんがここに来たんだと思うと途端に恥ずかしくなる。

 

「気にしないでくれ、寧ろお詫びしないとこっちの気が済まないんだ。だから受け取って欲しい」

 

 そう言って微笑むとお兄さんは厨房の方へと入っていく。

 

 

 

 

 

「へーじゃあ去年この街に引っ越してきたのか」

 

「はい、大学に入学するのと同時に。お兄さんは?」

 

「俺はずっとここの生まれさ。風水は良い街だろ?」

 

「はい、空気も澄んでいて水も綺麗で……とは言ってもわたし学校と自宅の範囲しか知らないんですけど」

 

 デザートのケーキを持ってきてもらってから軽い雑談をする。

 名前を聞きたかったけど仕事中にそう言う話をするのは失礼かと思ってまだ聞き出せていない。

 ようやく舌も回り普通に喋れるようになって来たころ、内容は風水の話へと変わる。

 

「そいつは勿体無いな、良かったら俺が案内しようか? 仕事柄そう言うのに慣れるし、俺もこの街の良いところをもっと知ってもらいたいからね」

 

「それは……」

 

 嬉しい提案。

 もう一度会いたいと思っていたお兄さんからのお誘い、もしかしたらデートみたいになるかもしれない。

 でもその瞬間わたしの頭の中にリョウさんの顔が映る。

 

『そいつは勿体無いな。美味いラーメン屋とか、綺麗な公園とか、遊園地だってあるぜ、自然も綺麗だしな〜。うっし! もし向こうで会うことがあったら俺が色々案内してやるよ!』

 

『ふふふっ!期待してますよ〜』

 

 あの日グロッケンの風車の上で交わした"約束"を思い出す。

 その瞬間考えるよりも早く口が動いていた。

 

「いえ、いつか友達に案内してもらうって約束しましたから」

 

 お兄さんからのお誘いを断っていた。

 理由は分からない、でもわたしはお兄さんよりもリョウさんに街を案内して欲しいと思ったのだ。

 

「そっか、なら無理に誘うのは無粋だな。馬に蹴られたくは無いし」

 

「え?」

 

「ん? 相手は男じゃなかったか?」

 

「いえ、でも何でわかったんですか?」

 

「大した理由じゃ無い。強いて言えば、君の表情がまるで『恋する乙女』に見えたから、かな?」

 

 笑いながらそう言うとお兄さんは店長らしき人に呼ばれ厨房の方に戻って行った。

 その後ろ姿を見送ったわたしは手元のコーヒーに視線を向ける。

 

「こい……わたしは恋をしているの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2月10日 《スクワッド・ジャム》当日。

 

「マスター!準備できましたか?」

 

「問題ねぇよ」

 

「弾は持ちましたか? ティッシュは?ハンカチは? お手洗いは問題ありませんか?」

 

「大丈夫だって、オカンかお前は!」

 

「だって今日はマスターの晴れ舞台ですよ! ようやくわたしのマスターの凄さがGGOに知れ渡るのです!」

 

 《幸運のニュービー》《道化師》名前こそは有名になったがその実力は未知数。

 そのせいか前回のザクシードのように陰口を言う者も少なくなく、前回のBOBに出場しなかった事で更に数は増えている。

 アイとしてはそう言う奴らを全員見返せる良い機会だと気合が入っているのだ。

 

「あのな、それが嫌だからこんな格好してるんだろうが」

 

「あれ? リョウさんその格好は?」

 

 アイとリョウがそんなやり取りをしていると、ログインして来たレンが合流しリョウの格好に驚く。

 

「普段の格好じゃ目立っちまうからな、SJ用に揃えてきたんだよ」

 

 いつもの黒のスーツをやめ全体的に茶色く染め、帽子代わりにポンチョを羽織っている。

 GGO内で目立つ事嫌うリョウは、レンやエムと並んでも違和感の少ないミリタリー色の強い服装へと変更した。

 

「正直俺はアイツと戦えればそれで良いんだけどな」

 

「ダメですよマスター。出場する以上目指せ優勝です! 中途半端に参加するなんてカッコ悪いのです!」

 

「う、格好悪いのはゴメンだな。目立つのはともかく優勝はしてやるさ」

 

「そのいきなのです! ではマスター、レン頑張ってください!」

 

 参加できないアイはホームでリョウ達の戦いを見る為、事務所へと戻って行く。

 それと入れ替わるように今度はエムがログインしてくる。

 

「二人とも時間通りだな」

 

「社会人として当然だ。相棒にも気合を入れられたし今日は頑張ろうぜ」

 

「わたしも! 今日は暴れまくるつもりで来たからね、よろしくエムさん!」

 

「ああ、頼りにしている」

 

 SJが始まるまであと数分程、三人は席に座ると最終ミィーティングを始める。

 

「あ、わたしたちのチームだ」

 

 エントリー23チームを確認していると『LMR』の文字が見える、これがリョウ達のチーム名だ。

 

「おれ達以外のチームは6人と思うべきだが、逆に3人だけのおれ達は相手の油断を誘うことができる筈だ」

 

「そう上手くいくかな?」

 

「ま、ポジティブに考えようぜ。始まる前からマイナスに考えても良いことないしな」

 

「そっか、うん!そうだね!」

 

「……………」

 

「ん? どうかしたのかエム?」

 

「い、いや……実は昨日ピトのやつに言われてな。ぜ、『絶対優勝して来い』って……」

 

「あーピトさん言いそうだよね」

 

「ったく、自分出ないくせに勝手だな」

 

「も、勿論最善を尽くすつもりだ。だがこちらはただでさえ戦力が半分絶対的不利は避けられない。もし2人の内どちらかでもやられれ相手が多数ならおれは直ぐに棄権するつもりだ」

 

「ま、それぐらいの方が気合が入って良いだろうよ」

 

 どうせ一人でもやられれば志気も下りチームワークにも支障をきたす、ならば最初から倒されないように立ち回れば良い。

 余計な保険を掛けるよりも追い込んだ方がリョウもやり易い。

 

「リョウさんの言う通り、どうせなら全員生還で優勝目指そう!」

 

 レンが気合を入れると同時にアナウンスが入る。

 最後のミィーティングタイムが終わりSJが始まる、三人は待機室である真っ暗な空間へと移動する。

 

 

 

 

 

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 残り10分を表すカウントダウンが表示され、急いで最後の装備の点検をする。

 先に終えたリョウさんがカウントを見つめながら、革製のグローブを締め直し感触を確かめている。

 

「ねぇリョウさん」

 

「どうしたバニー?」

 

 わたしも準備を終えるとリョウの隣に立ち話し掛ける。

 

「前に話した約束覚えてる?」

 

「約束?」

 

「ほら、今度風水を案内してくれるって話」

 

「ああ! 勿論忘れるかよ」

 

 あの日の話した約束、もし忘れていたらどうしようかと思っていたけど杞憂だったみたい。

 あの日のことを思い出したのか、嬉しそうな表情を見せるリョウさんを見て、わたしは勇気を出す。

 

「じゃあさ、もし優勝できたら二人でリアルで合わない?」

 

「おお!良いなそれ。任せとけお前に最高の街を見せてやるからよ」

 

「うん! 約束だよ?」

 

「おう、約束だ!」

 

 正直まだ怖い。

 でもリョウさんには本当のわたしを知ってもらいたい、そしてわたしも本当の彼を知りたい。

 その時、耳の通信機からエムさんの声が聞こえる。

 

『テスト、通信機は問題ないな。残り10秒、二人とも準備はいいか?』

 

「ああ、やるからには格好良く暴れてやろうぜ」

 

(うん、わたしも暴れるぞー!)

 

 勇気が足りないならこの大会で優勝して着ければ良い。

 彼との"約束"を果たすためわたしは戦場へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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第四部 誰のサイドケースから見たい?

  • キリト
  • アスナ
  • クライン
  • エギル
  • シリカ
  • リズ
  • リーファ
  • シノン
  • ユウキ

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