INNOCENT SORROW
あぁ…またこの夢だ
冷たく重い雨の中 男が空を仰いでいる
「彼女を・・・どうか彼女を・・・」
それは嘆き それとも憤りあるいは絶望
ううん…これは渇望の声…
私と同じ救いを求める声…
あぁ私は何をすればいいの?
どうすればあなたの
その赤い涙を拭えるの?
目覚めは近い
朝が来た。
またあの夢だった。
随分昔から見ているような気もする。
でもきっとあの日から…はっきりと覚えている。
「また泣かせちゃったな」
いくら存在しない夢の住人とは言え大の男に、ましてティーンのうら若き乙女が放つ言葉ではないが少女は、紫苑は本気であった。
彼の悩み事を解決するのは自分だけだと確信しているようだった。
目覚めはいいのかするりと寝床を抜け出すと寝間着から黒の運動着へ着替える。
飾り気はないが自身の動きを阻害しないこの服を彼女は気に入っていた。まったく同じものが4~5着ある程度には気に入っているのだ。
静まり返った純和風な家屋をとてとてと行きながらふと部屋の時計を見ると短い針は5の文字の少し先をさしている。
玄関を開ければ1日で最も暗くなる時間。どうやら今日も太陽に勝利したようだ。
軽く体を解す動きをし、少女は走り出す。
目指すは頂き。山の中腹程にある少女の家からは約1時間程に距離はある。最も成人男性でその程度であり年端もいかない少女の足では過酷と言わざるを得ない。
しかしながら止まらない。少女は山道をものともせず走り続けている。気付いた時には山頂、少なくとも大半の成人男性はまだまだ道の途上であることは間違いない速度である。
少し弾んだ息を整えたのち少女は懐より取り出す。それは二振りの小太刀、もっとも木製ではあるが。
「…フッ!!…ハッ!!」
風を切り太刀を振り、足を蹴りあげる姿は鮮やかな美しさをもち研ぎ清まされた刃のようであった。
やがて満足したのか流れる汗を拭き取りながら手頃な石に腰掛けると、紫苑は思い出していた。
夢の男。どう見ても日本人ではなく立ち姿、まとう空気。間違いなく会社勤めはないだろう。一番上の兄のように堅気ではないだろう、まぁ次兄よりは紳士的な感じは確かだ。しかもなかなかカッコいい…とそこまで考え運動によるものではない体温の上昇を感じて一人わたわたとする。二人の兄がみれば荒れるだろう。あの二人は少女をほっぽりだしてはいるがシスコンなのだ、しかも重度な。
「文治にぃ…会いたいな…、まぁバカジュージは~いいや。」
兄妹仲は良好のようである。
「ま、二人ともやすやすと死ぬたまじゃないでしょ♪」
・・・良好のはずである。
紫苑にとっては愛すべきバカ二人。
彼女も大概ブラコンなのだ。
素直に本人達に言うことは無いだろうが彼女はとても家族を大事にしている。
ふと空を見上げると朝日が昇っていた。
「…ん~~…フゥ~…」
澄んだ朝の空気を胸に吸い込むと気分がいい。
深呼吸をした後、精神を統一すると断続的に息を吸って吐き出していく。
体の中の気の循環をコントロールし集中力を高めていく。
(頭の中はクリア…体のリズムも正常。うん、絶好調。)
そっと目を開けた紫苑が小さく息を吐き、駆け出す。
風を切って駆けだすと子どもの頃を思い出す。
ただ夢中で二人の兄を追いかけていた頃。
(…懐かしいなぁ。まだ朽葉流忍術の免許皆伝をもらう前だもんな。)
朽葉流忍術
それはまだこの国が大小さまざまな勢力に分かれて戦いに明け暮れていた時代に隆盛を誇った戦闘技術。
その中でも紫苑の一族、九頭家は朽葉流筆頭として最強の名を恣にしていた。
(とはいえ、それも昔の話よね。
今の平和な時代にこの技術が生かせるわけもなく…
文治にぃや十二みたいに危険な場所に飛び込みたいとは思わないし。
今代の九頭家は史上最強の三兄妹だなんていう人もいたけど、
私はそんなのに興味なんてない。ただ家族が幸せならそれでいい。)
-やはり君はアイに溢れている-
「え?」
誰かの声が聞こえた気がして紫苑は振り返った。
だがそこには静かな森が広がっているだけだ。
首をかしげて振り返った紫苑の背中を見つめる男の視線。
その眼には強い-悲しみ-が浮かんでいた。
朝の鍛錬を終え帰宅の途についた紫苑。
駆け上った山道をのんびりと下っていく。
そんな時間が彼女は好きだった。
またあの夢を思い出す。
初めて見たときよりも男の声、姿、纏う空気を鮮明に感じている。
何より彼が近くにいる気がしている。
しっかりとはわからないが近いのだ。
自分を大きく変えてしまう何かがもうそこまで来ている。
ふと自分の前方を横切る影が見えた。ほんの一瞬、見間違いかもしれない。
しかし少女には不可解な確信があった。
始まる
私を変えることが始まる!!
「ッ!!待ってッ!!」
紫苑はいつもの帰り道から影の消えていった深い山の中へ躊躇うことなく飛び込んだ。
後には一陣の風が吹き抜けた。
-はやくここまでおいで-
小さな呟きは風に乗り消えた。
やはり人間じゃないわと木から木へと飛び移りながら紫苑は思っていた。
相手は夢の男なのだから当たり前だが常人離れした動きで木々を猿のように飛び回る少女に言われたいとは男も思っていないかもしれない。
この追跡劇の当初は少女も追い付けるとは思っていなかったかもしれないが50メートルほど先に男の姿を捕捉したとき、紫苑の中に火が着いた。
(この山で私から逃げ切ったヤツはいない!!
最も追いかけた男は二人の兄しかいないけどね。)
心の中で呟くと久しぶりの気分が高揚する感覚に口元がつり上がる。
男を追いかけ森の深部へと近付いた時、奇妙なことに気づいた。
(なんで…なんで掴まらないの…)
一定の距離には近付くが自分の間合いに捉えられないのだ。
(あの人…私を何処に連れていこうと言うの…)
遂には紫苑自身も踏みいった記憶の無い最深部に到達し、男が急加速をして一瞬視界から消えてしまった。
慌てて紫苑も後を追い、男の消えた茂みへと飛び込んだ。
そこは一面が白い花で埋め尽くされた場所だった。
不思議に美しく
何故だか哀しかった。
その花畑の中心に男の背中が見えた。
ようやく彼と直接話すことができる。
「私は何をすればいいの?」
何故夢に現れるのか、
何故この森で自分に追い付かれずにいれたのか、
彼女とは一体誰なのか、
そもそも目の前の存在はなんなのか、
様々な疑問はあったが紫苑は一番聞きたいことを真っ直ぐに問いかけた。
男がゆっくりとこちらに向いた。
「…哀しい…」
「哀しい?あなたのいう-彼女-と関係があるの?」
「私は彼女を救えなかった…」
「彼女?…って一体誰なの?」
男は何も写さなかった伽藍堂な瞳にようやく紫苑を写し出したようだ。
「彼女を…BOSSを…どうか救って欲しい…」
瞬間
世界の歯車が軋む音がした。
これは彼女が彼女を救う物語。
一話と二話をくっつけてみた
これから話を進めながらもちょっと改定作業を進めよう