飛び去ったヘリを追って二人は研究所へとたどり着いた。
遠くから偵察していると兵士や科学者たちが忙しなく出入りしている。
『なんだか騒がしいね。』
『身分確認はしていないみたい。変装すれば紛れ込めるかも。』
つぶやく紫苑の眼には施設の裏手で休憩をしようと喧騒から離れる二人の科学者が映っていた。
丁重な-お願い-の結果、快く借りた白衣に身を包んだ二人は研究所の内部へと潜入していた。
『あたしはこういうところは苦手だね。頭のいい奴の世界って感じでさ。』
『あら?その格好にあってるわよ。のりのりでメガネまでかけて。』
『…!?これは…あ、あんたがかけなって言ったんじゃないか!』
『フフッ♪私、メガネ萌なのよ。』
モエ?と首を傾げるトップとともに紫苑は研究所の一室に辿り着いた。
複雑そうな機械に埋め尽くされた部屋は中心部だけがぽっかりと空いていた。
『何かあったみたい…大きな、箱のような…』
『そこにあったのは絶対兵士の調整槽ですよ、お姫様♪』
驚いて振り返った紫苑の前には白衣の男が立っていた。
忘れもしない
忘れられる訳もない
あの時-1964-に
あの場所-ソ連-で出会った
あの人-THEBOSS-の…
-家族-
降ってわいたように現れた男にトップは紫苑をかばうように前に出るとM1911A1を向けた。
『貴様、何者だ。ここの科学者ではないだろう!』
『おやぁ?新しい-彼氏-ですか?これはまたずいぶんと凛々しい騎士様だ。』
『答えろ!!』
『…ザ・グリード…』
男の名前が語られた。それは紫苑の唇から零れ落ち、部屋に響いた。
『知り合いなのか?!』
驚くトップには答えず紫苑が歩み出る。
『お久しぶりですね、グリードさん。』
『えぇ。あなたは綺麗になりました。あ、もちろん変わらず愛らしくもありますよ♪』
『…その…私、ザ・ボスを…』
言いよどむ紫苑の頭に右手を置くとグリードはクスリと笑った。
『わかっていますよ。彼女には彼女の、あなたにはあなたの-居場所-があるのです。』
『…-居場所-…』
『えぇ。ですのであなたが気にする必要はないんですよ。』
優しげに微笑むグリードに紫苑もわずかに顔を緩ませる。
彼女にとってグリードはあの戦場で自身を助けてくれた恩人であり、同じ女性を救いたいと思った同志である。決して後悔は消えはしないが、彼の言葉は優しく自分の中に染み込むようだった。
『…それで、再会の挨拶をしたくてこんなところ-サンヒエロニモ-にまで来たのかい?救援ってわけではなさそうだし、あんたも奴ら-FOX-の…』
油断なく銃を構え尋問するトップにグリードは笑って答える。
『私は彼らとは友人程度の付き合いさ。今回も関わった計画の成果を覗き見に来ただけ。』
訝しげに見るトップを面白そうにグリードは眺める。
『そうそう。実は紫苑ちゃんにプレゼントがあるんだよ♪』
『私にプレゼント?』
キョトンとする紫苑にグリードが少年のような笑顔を見せた。
『人をプレゼント扱いとはいただけないわね、Mr.グリード?』
咎める声とともに調整室へと入ってきた二人の美女に紫苑は目を奪われた。
一人は気品と自信に満ち溢れながらも纏う空気は覇者‐Empress‐のもの。
勝ち気な目でこちらを見るその肉体は完成された大人の女性を絵に描いたような存在だった。
もう一方は長身の女。先の女性が‐至高‐とすればこちらは‐孤高‐。
何人も並び立つことを許さぬ気高さは神々しさすら感じるような美しさだ。
『お目にかかれて光栄ですわ、Ms.クガシラ。私はアイリーン。アイリーン・アドラーと申します。』
優雅に微笑むその姿はまるで貴族のように様になっている。
そのこちらを見定めるような眼も、生まれついての支配者のようだ。
『そしてこちらはパーセフォニー。…パーセフォニー?』
わざわざ紹介までしてあげたのに何の反応も返さない相方に、いやな予感のするアイリーン。
紫苑の瞳をじっと見つめたまま動かなかったパーセフォニーはゆっくりと少女に近づいていく。
『『…あ、ヤバい…』』
グリードとアイリーンが声をそろえた時にはすでにパーセフォニーは紫苑のあごをそっと持ち上げると身をかがめて自身の唇を紫苑のそれと重ねてしまっていた。
『~~~~~ッッッ?!?!?!!?』
真ん丸に眼を見開いた紫苑、あちゃ~っと天を仰ぐグリードに頭を抱えるアイリーン、トップはあまりの展開に思考がついて言ってない。
周りの喧騒などいざ知らず、ゆっくりと唇を離したパーセフォニーはその精巧なガラス細工のような瞳で紫苑を覗き込んでいた。
『まるで真白なキャンバス、いいえ。人の本心を写す水鏡のよう。それほど澄みきっているのに…貴女の底が見える気がしない。…もっと貴女を私に味わわせて。』
再び-奇行-に及ばんとするパーセフォニーに怒髪天をつかんばかりのトップが紫苑を淫魔から引き剥がす。
『き、貴様ッ?!!!紫苑になんてことをッ!』
紫苑を自身の腕の中に抱え込みながら、牙をむいて威嚇する。
『……あなた達の目的はなんですか?』
『あら。思ったよりも動揺が少ないわ。ひょっとしてあなたも女性の相手は得意?』
『そこまでだ、アイリーン。』
グリードが制すると女は肩を竦めて引き下がった。
『紫苑。君は非常に危うい立場にいる。』
『…それはここが戦場だからということでしょうか?』
『そうだとも言えるし違うともいえる。君は戦う運命にあるが運命と戦う理由を知らない。』
要領を得ないグリードの言葉。謎というより彼自身もうまく言葉にできない感覚的なものなのか。
『…そしてそれは彼女たちも同じだ。彼女たちは実力はあるが己の舞台を見つけていないんだ。』
背後の女たちも男の言葉をよく理解できていないようだった。
『もう一度言う。君達は非常に危うい。そしてそれ故に可能性に満ちている。』
『…私に何をさせたいのですか?』
『私がさせるのではない。君がするんだ。私は君を、-君達-を待っている。』
グリードはまた紫苑の頭を撫でると背を向けて去って行った。
『いや、結局なんなんだよ…』
トップの呟きには誰にも答えられなかった。
『…それでどうされるんですか?』
取り残された二人の女に紫苑がおずおずと尋ねる。
『私はあなたと一緒がいいわ。』
『……フゥ……パーセフォニーを一人にするわけにもいかないし、私も協力するわ。こんな陰気なところにはもううんざり。』
『…本当に大丈夫かこいつら…』
心配げなトップに紫苑も苦笑いだがそれでも二人で脱出を試みるよりも遥かに現実的だ。
『とにかくFOXの目的を探りましょう。』
紫苑の言葉に皆が動き出した。
戦乙女の序夜が始まる。
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絶対兵士の搬出作業が終わり少女は研究室の片付けを行っていた。必要な書類を纏め、部屋を後にしようと立ち上がった。
『おや?少し痩せましたか?』
『ヒッ!?…博士…驚かせないでください!』
『エルザは可愛いですね♪勿論ウルスラも可愛いですよ。』
まるで童女の相手をするような男の言葉にエルザは顔をしかめる。
『あらら。気を悪くさせてしまいましたか。』
『…ご用件は何でしょうか?』
『実は貴女にご紹介したい子が居まして♪』
『紹介…ですか?』
『えぇ。紫苑ちゃんという可愛らしい女の子です。』
眼を丸くして驚くエルザに男は笑みを深めた。
さぁ彼がお待ちですよ、紫苑ちゃん。
ホントはエルザにも会わせるつもりだったけどちょっと長すぎたorz