1964年 8月 30日
一週間前のミッションの失敗の傷も癒えきらぬうちに男は再び帰って来た。
ソ連 ツェリノヤルスク
祖国を裏切った売国奴、亡命をしておきながら核を撃ち込んだ狂人、
そして、敬愛する
作戦は順調な滑り出しを見せていた。
二回目の潜入。敵兵にその存在を気取らせることなくラスヴィエット、科学者ソコロフが監禁されていた廃墟までたどり着いている。
人気はない。しかし慎重にクリアリングを行い安全を確保する。
最後に北東の小部屋を調べるためドアに近付いた時、小さな異変に気がついた。
僅かに扉が開いている。
何かが飛び出してもいいように銃とナイフを構え直し、音をたてぬように注意深く扉を開け中へと忍び込む。
薄暗い部屋のなか、簡素な寝台の上には子猫のように丸まって眠る泥にまみれた少女‐紫苑‐がそこにいた。
この時、蛇の名を持つ男は確かに囚われた。運命の歯車が回りだしたのだ。
花畑の邂逅の後、紫苑は気を失っていたのか木に体を預けて眠っていた。
僅かに差し込んだ木漏れ日にまぶたを刺激されたのか徐々に意識を取り戻した。
(…流石に驚いた。うん、これは流石に驚くよ。
文治にぃに朽葉流・砲砕を初めて見せてもらったときよりビックリした。
確かに山の中に居たのは間違いないかもしれない。
最後に居た所は見覚えもなかったしね。
でも確実にここはわたしのいた
まぁ15歳のいたいけな少女のテリトリーが野山ってのもね…
あれ?何故だか涙が…
ひとしきり完結したのか体に着いた土を払いながら立ち上がると異常がないか確かめ辺りを見渡す。
手近な木によじ登り周辺を見通してみたがこの森はかなりの広さのようだった。
何か目印のようなものがないか探してみると谷にかかる吊り橋、その先には微かに屋根のようなものが見てとれた。
行く宛もないのだ。建造物があるなら人がいるかもしれない。
とにかくそこに紫苑は向かうことにした。
吊り橋に近付くと思惑通り人影を見かけた紫苑。
声を掛けようと近付こうと思ったが彼らの手にある物々しい銃器に思わず木の陰に身を隠した。
(…マジ?)
何者かを待ち受けるかのように哨戒する彼らを見て少なくとも猟師の類いではない、揃いの服装から見ても恐らく正規の軍人。
人を殺すプロ集団。
なんとなく彼らの死角に移動しひょいと木に飛び上がると注意しながら近付いていく。
一人の兵士が腰のトランシーバーを取り出すと立ち止まり交信をはじめた。
「
「
紫苑は我が耳を疑った。
彼らの言葉が全く分からなかったからである。
(え、ここ日本じゃないの!?)
あまりの衝撃に思わず体がゆらぎ、登っていた枝から足を滑らせてしまった。
受け身はきちんととったので痛みはなかったが、さすがに音まで消すことはできなかった。
『
怒声と共に銃口を向けられた紫苑は恐怖に身を震わせた。
鍛錬で兄たちと組手を行っていたが本気の殺し合いの経験は無かった。
例え朽葉流が人を殺めることを目的とした戦闘技術だとしてもだ。
一方兵士にも衝撃だった。
ここは戦場、しかもジャングルのど真ん中である。
子供、少女が居ようはずもない。
『
それは僅かな戸惑い、確かな隙だった。
一瞬の間隙、そこをつくことができたのはやはり二人の兄との鍛錬があったこそだろう。
手に触れていた小石を握ると兵士の顔めがけて投げつけると素早く立ち上がり脱兎の如く駆け出した。
虚をつかれた兵士も銃口をむけ直し、少女の背中に銃弾を放ったが深い木々に阻まれ紫苑に当たることはなかった。
(嘘でしょ!?ホントに撃ってきた!!)
心臓が口からとびだしそうに高鳴っている。
怖い…訳の判らない状況で命の危機に晒された紫苑は全力で走り続けていた。
後ろを振り返る余裕など無い。
鍛えたお陰か火事場のなんとやらか、自身のトップスピードで風のごとく森を駆け抜け、木の上から見つけた吊り橋のもとへたどり着いていた。
(うぅ…またいる…)
さっきより随分落ち着いたが恐怖がなくなるわけではない。
どうやら自分のことが伝わってはいないようで吊り橋の前にいる兵士はわりとリラックスした状態に見える。
なんとかこの橋を渡ってしまいたいがどうすればいいだろうか。
ふと兵士のすぐそばにある木に目をやると枝に蜂の巣が見えた。
(これだ!!)
腰の木製短刀に手をやると蜂の巣に目掛けて投擲した。
真っ直ぐに飛来した短刀は正確にハチの巣と枝を繋ぐ部分へと命中し、地面へと落ちた。
驚いたのは蜂と真下にいた兵士だ。
前者は我が家を襲撃された怒りに、後者は濡れ衣を着せられた己の末路に身を震わせると橋の向こう側へと消え去った。
また、不運にも橋の上で真面目に仕事をこなしていた同僚も巻き込まれていた。
「ごめんねハチさん」
巣に刺さった短刀を回収しながら紫苑ちは小さく謝罪した。
もっとも剣先に着いた甘い蜜をペロリと嘗めとる辺り謝罪の気持ちが深いかどうかは分からないが。
しばらく歩くと朽ち果てた廃墟が見えた。
どうやらこの辺りには誰もいないらしい。
廃屋にはいると小部屋があった。
汚れたベッドに腰掛けるとようやく一息を着いた。
お世辞にも綺麗とは言えないが今の紫苑には三ツ星ホテルのスイートルームのように思えた。
ふと外を見ると赤い太陽が見える。
もう日が落ちる。
安心すると睡魔に襲われ、それに抗う体力はもう紫苑になかった。
優秀な工作員である、ネイキッド・スネークは大抵のことには動じないつもりである。
特にここ最近はあまりにも衝撃的なことが起こっていたのでそれを越えるような出来事はあり得ないとも思えた。
数分前までは。
『少佐。子供が寝ている。』
『…スネーク…よく聞こえなかったんだが…。』
『ベッドの上で少女が寝ているんだ。捕らえられているようには見えないが…』
『まさかスネーク…拐ったの!?』
『おい!?そうなのかスネークッ!!いくら女っけが無いからってそれはヤバイぞぉ!!』
『…この任務が終わったら二人とも覚えておけよ!!』
『スネーク…そこは敵地だ。万が一と言うこともある。油断はするな。』
一度無線を切ったスネークは少女を観察する。黒い服に身を包み緩やかなカーブを描くその体からは発育途上ではあるが確かに女性を感じる。黒い髪は首もとで一つに纏められている。幼さの残る顔立ちはアジア系。手には木製のナイフが握られており、使い込まれた様子から年季がうかがえる。外を転がりでもしたのか全身に土がついてはいるが外傷は見受けられない。
そこまで観察をしたところで少女に覚醒の兆しが見えた。
素早く間合いをとり、戦闘体勢に移る。
長いまつげが震えるとゆっくり髪と同じ黒い瞳をスネークへとむける。
「…ッン…兄さん?」
『何者だ?』
聞きなれない声、ハッと覚醒した紫苑は体を起こそうとするが
『動くなッ!!』
小さいが有無を言わさぬ声に体を止める。
強い…直感的にスネークの格を己より上位にあると気付いた紫苑は言葉はわからなかったが手を顔の高さまであげて無抵抗をアピールした。
『武器を捨てろ。』
目の動きからその手の相棒の事と悟り、そっと小太刀を枕もとへおいた。
『何者だ?』
自分の事を聞いているようだがなんと言えばいいのか自分にもわからない。
「ア、アイアムシオン…ジャ、ジャパニーズ‼」
片言の英語で精一杯男に話し掛ける。
男は一瞬困惑した様子だが、直ぐに鋭い目に戻ると
『日本人?…日本人が何故こんなとこにいる!本当の事を言え!』
「うぅ…信じてもらえないみたい…。ノーエネミー‼トラストミー‼」
スネークは短く息を吐くと少し後ろへ下がり片手で機械を操作して誰かと話はじめた。
『…少佐。彼女は日本人だと言っている。兵士には…とても見えない。』
『あら、ゲイシャガールなの?』
『ヘェ!!日本から拐ったのかぁ!!やるなスネーク。』
『やめるんだ二人とも。
スネーク、今は任務が最優先だ。
余計なことには関わるな。
それに…もしも任務の妨げになるようならば…
わかるな。』
『…オーバー…』
話が終わったのか、スネークは立ち上がりこちらを見てくる。
もう銃口は向けていないが警戒は解いていない。
『ここで待て』
手振りを交えて紫苑に伝え、紫苑が頷いたのを確認すると部屋からそっと出ていった。
しばらく紫苑は固まっていたが小さく息を吐くとようやく挙げたままの手を下ろした。
恐る恐る立ち上がると部屋を見回してみると日中には気づかなかったロッカーや机を見つけた。
ロッカーのなかにはよくわからない
それらを机において眺めていると
bang‼ bang‼
部屋の外から銃声がした。思わず座っていた椅子から飛び上がると部屋の隅に座りこんだ。
怯えて様子を伺っていると誰かが部屋に近付く気配がする。
さっきの男か、それとも恐ろしい兵士たちか。
固唾を飲んで見守っていると、ゆっくりと扉が開いた。
『なるほどね、これは確かに大問題ね。』
扉の先には金色の美女が紫苑を見つめていた
次回にせちち参上